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夢のチケット

 英雄たちは、天命を悟る。

 ある機をもって、己のここにいる意味を悟る。


 馬太郎は人間の醜悪さと対面したとき。

 猫太郎は優れた者たちの勝手な嘆きを知った時。

 狗太郎は仲間の意思を見た時。

 狼太郎は最後の敗者が勝ち誇った時。

 兎太郎は最後の壁に阻まれた時。


 牛太郎は手段を択ばぬ理想を説かれた時。

 蛙太郎は師から使命を託された時。

 雁太郎は筆を折った時。

 鴨太郎は愛するものを取り戻した時。


 己がやるのだと、天命を請け負う。

 己が討つのだと、天命を悟る。


 己がここにいる意味を、自ら定義する。


 悪しき(カミ)に挑む善の(ヒト)として、立ち上がり立ち向かう。


 蛇太郎。彼にはまだ、その機が訪れていなかった。



 英雄信仰。


 近代に現れた英雄たちを祀る信仰であり、人間やモンスターたちにとっては新しい祭のシンボルとなっている。

 特に六人目の英雄については顕著であり、一年に一度、各地で祭が行われているほどだという。


 誰がどの英雄を好むかは、それこそ各々の自由だろう。

 流石に功績の規模によって英雄を蔑むのはよくないが、自分が誰を好きになるかは自由のはずだ。


 そして蛇太郎は、六人目の英雄、星になった戦士を特に好んでいた。

 これを言うと、功績が大きいからとか、とにかく派手だとか、あるいは自分が実際に救われた世代だからと言われる。


 もちろん、それが無いわけではない。

 だが蛇太郎が六人目の英雄とその使徒を敬っているのは、別の理由だった。


「乗員乗客の中に、先祖返りはいなかった。月面に残されていたであろう兵器は、キメラシステムだけ……アバターシステムはカセイ兵器の中にあっただけ……つまりただの事実として、六人目の英雄には……仲間がいた」


 カセイ兵器が動いたのだから、六人目の英雄たる人間がいたことは確実。

 キメラシステム以外に使用可能な兵器がなかったのだから、実際に活用したかどうかはともかく、モンスターが仲間に居たことは事実。

 そして、彼らは久遠の到達者で帰還することができた。にも拘わらず、月に突入する道を選んだ。


 これらが意味するところは、六人目の英雄はモンスターと共に死地へ赴いたということ。

 一緒に死んでもいいという仲間と共に、生き残る道を捨てたのだ。


「……きっと、素敵な仲間が居たんだろうな」


 敬う気持ちはあるが、それ以上に羨ましい。

 生き残ることだってできたのに、一緒に死んだのだ。

 確実な生があったのに、確実な死を選んだのだ。


 なんという友情だろう。

 羨ましいにもほどがある。


「本物の仲間、本当の友達か……」


 たとえ世界を救うためだとはいえ、あの短い時間の中で、争うことなく死の決断ができるだろうか。

 真の仲間と言う他ない。


 敵の悪あがきによって消えた一人目と五人目の英雄。

 生還した二人目、三人目、四人目の英雄。

 彼らと違って六人目の英雄は、不帰を自ら選んだのだ。


 そんな本当の仲間が、実在したのだ。

 ただの宇宙好きでしかない者たちの中に、そんな固い絆があったのだ。


「俺にも……できるのかな、そんな仲間が」


 重い友情だという自覚があった。

 この平和なご時世に、そんな友情を求める方がどうかしている。


 彼のクラスメイトにもモンスターを仲間にしている生徒は多くいて、彼らはそこまで重い友情を持っていないが、それでも悪い関係には思えなかった。


 変な言い方だが、本当の友情だけが友情ではないのだろう。

 クラスで話をするのも友達、放課後に一緒に帰るのも友達、休日いつも一緒なのも友達だ。


 そういう意味でなら、蛇太郎にも友達はいる、仲間はいる。


 だが蛇太郎が求めているのは、やはり重い友達だった。


 乙女が恋することに夢見るように、蛇太郎は本物の友情を夢見ていた。


 だがそんなもの、求めて手に入るものじゃない。

 それこそ『白馬の王子』に出会うようなものだ。

 そしてその白馬の王子に見合う『姫』に、自分がなれるとは思えない。


 自分なんかに、そこまでの価値があるとは思えない。


 だが、だからこそ……夢を見る。


 そして彼の夢が実現するのは、ある日の夜。ベッドに入る前のことだった。


 その日もなんてことはなかった。

 楽園で生活する彼には、実際まったく仲間は必要なかった。

 彼がどれだけ求めていても、餓えていても、まったく問題なく生きて行けた。


 そんな人生を変える出会いが、その夜に訪れた。


「……ん?」


 彼しかいないはずの家で、物音がした。

 最初は勘違いかと思ったが、そんなことはなかった。確かに物音がした。


 獅子子の忍術のように、楽園には多くの侵入手段があるため、都市の家屋には幾多の『防犯基準』が存在している。

 力づくの強引な方法以外では、家に忍び込むことはとても難しい。

 よって誰かが侵入したというのは、相当に考えにくいことだった。


 だがそれでも、誰かがいる。

 それを理解しているからこそ、彼は其方へ歩いていった。


「……誰だ?」


 誰かが、近づいてくる。

 それに対して、蛇太郎は警戒をしなかった。

 不思議なことに、まったく脅威を感じなかったのである。


 そして実際に、目の前に現れた『モンスター』は、まったくもって弱弱しかった。


「……?」


 だがそれでも、驚きはした。

 ドアをノックして入ってきたならともかく、いきなり自宅に入ってきた存在には、びっくりした。


 まるでぬいぐるみのような、二頭身の妖精。

 手足は短く、背中の羽も小さい。

 ずんぐりとした姿は、どこか栗を思い出させる。


 こんな生き物、いるわけがない……とは思わない。

 モンスターと共生している楽園の住人は、妖精を見ても『異物』とは思わない。

 見慣れない風体でも、精々外国人ぐらいの存在である。


 だが家にいきなり外国人が現れたら、流石に驚くだろう。

 いくら弱そうに見えても、夜に家へ入ってくれば驚くのは当たり前だ。


「夜分遅くに申し訳ない、いきなり入って驚かせてしまったね」


 そんな彼へ、その妖精は申し訳なさそうにしていた。


「僕の名前はマロン、とても大昔から生きている妖精なんだ」

「こ、これはどうも、ご丁寧に……」


 妖精種。

 悪魔や精霊と同じく、魔力の偏りが自我をもった生物。

 繁殖することはなく、性別さえも曖昧で、はっきり言えば脆弱な生き物である。

 長寿であるというが、簡単に死んでしまうため、長く生きている個体は少ないとされる。

 悪魔と同様に、個体ごとに姿かたちが異なっているが……こうした体形は珍しくない。


(……長く生きている妖精なら、この家に入れても不思議じゃないか)


 相手が妖精ならば、この異常もおかしくはない。

 変な話だが、妖精ならばこうした振る舞いも普通のことだ。

 悪戯好きの妖精がノックして入ってくる方が、よほどおかしなことである。


「それで……マロンさん、俺になんの御用でしょうか」


 蛇太郎は努めて冷静に挨拶をしていた。

 その一方で、心の高鳴りがあったことも事実である。


 長く生きている妖精が、凡庸な己に尋ねてくる。

 それは非日常への入り口に思えて仕方ない。


「実は……実はね、僕は夢の世界を守っているんだけど……」

「……夢の世界?」

「そうさ、たくさんの人の夢が集まった世界だ。そこを守ることが、僕の仕事なんだけどね……」


 この世界において、夢とは一般的に『脳の機能』であるとされている。

 魔力やら魔法やら、悪魔やら天使やらがいるのに、『死後の世界』や『夢の世界』については未知の領分だった。


「その夢の世界が、壊されそうになっているんだ。このまま何もしなかったら、世界は滅びてしまう。だからお願いだ……僕と一緒に、夢の世界を守ってくれ!」


 その夢の世界へ、マロンと言う妖精は己を誘っている。

 蛇太郎の中の、他の誰もと同じ気持ち、非日常へのあこがれが燃えていた。


「それは……俺じゃないと駄目なのか?」


 燃えて、焦がれて、出た言葉だった。

 期待してしまっている、返答を求めている質問だった。


「ああ! 君じゃないと駄目なんだ!」


 マロンはにっこりと笑って、手を伸ばす。

 助けを乞う、伸ばされた手。

 それに対して蛇太郎は、応じて手を伸ばした。


(これが……英雄になるってことなのか?)



 夢を守る妖精、マロン。

 彼との握手が、蛇太郎の一歩目だった。


「それじゃあ急ごうか! 夢の世界を守るために!」

「な……え、あ?」


 気の抜けた姿のマロンは、やはり高位の妖精だった。

 彼が指を鳴らすと、それだけで大きな黒い渦が生じる。

 それに引き込まれる形で、蛇太郎はこの世から姿を消していた。



「シシシシシ! マロンの奴め、またも現世(うつしよ)の人間を呼び寄せたな!」


「ジゴジゴジゴ……下らん、先延ばしにしかならぬことを、相も変わらずに……」


「ジャジャジャ、だがそのせいで、我らは何度も阻まれた……この下らぬ世界を滅ぼすことができずにいる」


「テン……テン……テン……ですがそれも、何時かは終わる。永遠など存在しないのだから」


 魔力の偏りとは、膨大な魔力がある場所にて、人という観測者がいて生じるもの。

 膨大な魔力の中に生じた『世界が滅びればいい』という感情の偏りの集合体。

 夢の世界を滅ぼさんとする怪物たち。


 四体のナイトメア。


 悪夢の怪物たちは、蛇太郎が夢の世界に現れたことを察知していた。

 本来夢を見ている人間しか来れないはずの世界へ、肉体をもって現れる人間。

 それすなわち、夢を守る人間に他ならない。


「人は死を願っている」

「人は地獄を求めている」

「人は審判を待っている」

「人は天国を目指している」


「つまりは、終わりを欲しがっている」


 だがこの四体は、それを否定する。人の持つ『最も強い感情』によって生み出された怪物たちは、世界の存続を認めない。


 だって人間は、心のどこかでそれを求めているのだから。


「さあ世界を滅ぼそう、世界と一緒に滅びよう」


 四体の怪物は、人の願いをかなえる怪物。

 彼らもまた、夢の住人。


「決算を、決着を、決断を、区切りを与えよう」


 神である人の下僕に他ならない。


「さあ終末はすぐそこだ」


 夢を終わらせる、夢の住人達。

 彼らは己の使命を果たすため、四つの世界へ散っていった。



 黒い渦に導かれた先で、蛇太郎は『目を覚ました』。

 ここが現世ではなく夢の世界だというのなら、一体どんなところだというのか。


 そう思って周囲を見た彼は、意外な状況に首をひねる。


「……あの、マロンさん。ここは本当に、夢の世界なんですか?」

「そうとも、ここは五つ(・・)ある夢の国、そのうちの一つ目、日常の世界さ」


 非日常へ憧れた蛇太郎、彼が最初に訪れた世界は『日常』であった。


 周囲を見れば、見慣れたものばかり。

 建物も道も植物も人々も、どれもがすべて、知っているものだった。

 日常の世界と言うのなら、それ以外ではないだろう。


「……」

「おやおや、期待していたのと違うかな? でもおかしいことに気付くはずだよ」


 拍子抜けしている蛇太郎の顔を掴んで、マロンは彼に周囲をより見せる。

 そして実際に、彼は見渡した。確かに違和感が大きい。


「モンスターが、いない?」


 人間の都市にしか見えないのだが、モンスターがまったくいなかった。

 本来人間の都市には、人間の仲間となった多種多様なモンスターが多くいる。

 しかしこの『日常』には、一体たりともモンスターがいない。

 人と一緒に買い物をしているモンスター、店員として働いているモンスター、公園で遊んでいるモンスター、それらが一体たりとも見えない。


 それどころか、多くのモンスターへの『バリアフリー』がない。

 大きなモンスターや小さなモンスターのための、大きな扉や小さな椅子が存在しない。


 この夢の世界は、まさしく夢見る()の世界であった。

 それはモンスターと共存する楽園で生まれた蛇太郎には、SFめいた光景ですらある。


「人しかいない世界……それが、これだっていうのか……」

「人の夢の世界だからね。だからしょうがないのさ、それに……そうだ、学校に行ってみようか」


 まだ現実(ゆめ)を受け入れかねている蛇太郎を、マロンは導こうとした。

 強引な妖精に手を引かれ、蛇太郎は人しかいない道を歩いていく。

 その誰もが楽しそうで幸せそうで、笑顔に満ちていた。


「さ、ここが夢の世界の学校だよ! ここを見れば君も夢だって納得するはずさ」

「……なんだこれは」


 そうしてしばらく歩いて、『夢の世界の学校』にたどり着いた蛇太郎。

 そこにあったのは、まさに夢のような学校生活だった。


 校舎の中では生徒たちがたわいもない話をして、誰も授業をしていない。

 校庭では運動会が催されていて、多くの人が応援をしている。

 さらに体育館では文化祭がやっていて、ライブや出店がごった返している。


 まさに、人の夢の学園生活そのままだった。

 理想の学園生活、そのイメージそのままだった。

 多くの人々が汗を流し、声を出し、大いに楽しみ……誰も苦しそうでもない、辛そうでもない。


「……だれも授業をしてない」

「そりゃあ夢の世界だからね」


 楽しいイベントが盛りだくさん、友達がたくさんいて一緒に遊ぶ。

 そんなイメージの集合した、学園そのもの。

 そしてそこにいるのは、夢を見ている人たちだった。


「……違和感が凄いな」

「他人の夢の世界だから仕方ないよ、正気の君がおかしいのさ」

「まあそうだな……」


 現役の学生である蛇太郎にとって、学校とは必ずしも楽しいものではない。

 嫌なこと、面倒なこと、苦しいこと、思い通りにならないこと。

 そんな辛い要素が一切ない夢の世界は、逆に違和感が大きかった。


 だからこそ逆に、夢の世界だと納得できる。

 ここは確かに夢の世界で、『日常』の夢なのだ。


「……あの、マロンさん」

「呼び捨てでいいよ! むしろ呼び捨てで呼んで欲しいな!」

「それじゃあ、マロン……この世界、救う必要ある?」


 良くも悪くも、能天気でお花畑な世界だった。

 よくよく見れば、納得できるほど夢の世界なのだが、だからこそ逆に救う必要があるとは思えない。


「全然助けようって気持ちがわかないんだけども……」

「ははは! そうだね、でももう少し話を聞けばわかると思うよ」


 やはり運動会や文化祭が目立ってしまうのだが、マロンが誘導したのは校舎の中だった。

 何の脅威も感じられない、平和で刺激に満ちた安寧。その中で彼らが、どんな話をしているのか。


(夢の住人同士の話か……寝言同士なんだし、かみ合ってるのか怪しいな)


 救わなければならない、という切迫感がない。

 気が抜けてしまった蛇太郎は、とある教室の中に入ってみた。

 この学校の生徒でもない蛇太郎と、モンスターがいない世界にいる妖精マロン。

 二人が入ってきても、誰も見向きもしない。友人たちと話すことに夢中で、気づいてもいなかった。



「いよいよ来週だよな」

「ああ、来週だ」

「来週世界が滅びて、みんな死んじまうんだよな~~」



 如何に夢の世界とはいえ、信じられない言葉だった。

 正気である蛇太郎は、目をむいて固まっていた。


「ねえねえ、みんなでパーティーしようよ! 死ぬ時まで一緒にさ!」

「いいね! お菓子とジュース持ち寄って、最後の大騒ぎをしようよ!」

「どこにする? 家? それとも学校?」


 誰もが楽しそうに、世界の滅びについて語り合っている。

 和やかな雰囲気そのままに、逃れられない死を迎えようとしていた。


「これが、僕たちの倒すべき敵。その能力みたいなものだよ」

「……」

「この世界の人々は、世界に終わりが来ることを受け入れてしまっている。だから現世の住人である、君の力が必要なんだ」

「……」


 教室に蔓延している、世界に満ちた楽観。

 それが蛇太郎の危機感を促していた。

 この幸せ過ぎる世界に、幸せなままの死が、滅びが、終わりが近づいている。


「そいつは、どこにいるんだ……!」

「あそこさ」


 教室の窓を見るように、マロンは促した。

 そこには他にも生徒たちがいて、空を見上げている。


 そして蛇太郎も同じように、空を見上げた。

 彼は見た、死の具現を。


「……隕石?」

「そう、この世界に終わりをもたらす『死』。何の非もない人々を滅ぼす、イメージの象徴だ」


 雲の彼方に見える、尾をもった星。

 超巨大隕石、そのイメージが空に浮かんでいた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 感想欄を見るとマロンのことをQBっぽいイメージで見てる人が多いんだな。 『DQM』のわたぼうを思い浮かべた私は少数派か。
[良い点] >彼らと違って六人目の英雄は、不帰を自ら選んだのだ。 あの瞬間の兎太郎たちは本当に輝いてたんだよなあ 憧れるのも無理もない [一言] シシシシシ→死 ジゴジゴジゴ→地獄 ジャジャジャ→審判…
[気になる点] 胡散臭さの化身かよ!っていう妖精(仮)マロン。 こっちがそう思うのは某孵卵器とかの影響だけど、モンパラ世界的にはどうなんだろう? 実際に現実に「天使」や「悪魔」や「妖精」が存在して共…
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