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地雷を踏む

お待たせしました、新章です。


6月21日現在


総合評価 13,634 pt

評価者数 848 人

ブックマーク登録 2,921 件


投降を中断している間も、応援いただきありがとうございました。

 南万の中央である、セイカ。澄み渡る余り生命の息吹がないこの川には、多くの大きな船が浮かんでいる。それらは役所であり、宮殿であり、御所であり、つまりは公的機関であった。

 その船に並ぶ形で、カセイ兵器ナイルは停泊している。設計の段階で分離が可能なこの列車は、何節かに別れている。それによって各船の往来を妨げないようにしているのだが、やはり目立つ。

 無理もないだろう。ナイルの戦闘車両は文字通りの『戦車』であり、見るからに強壮な鉄の城である。それだけではなく、後方の非戦闘車両は豪華客船であり、元々の世界の基準でも最高級である。


 この南万は、お世辞にも華美ではない。文化がどうこうではなく、文明レベルや資源の関係で華美にできない。

 さりとて華美が嫌いというわけではなく、央土にあふれている豪華な装飾などは『舶来品』として大人気だった。

 南万の民にとって央土は『大都会』であり、憧れなのである。その央土よりもさらに上の船が現れたということで、誰もが見物にきていた。


 今も川辺には多くの民が並び、ナイルの車両を見ている。

 もちろん同じ民が何度も見に来ているわけではなく、噂を聞いた民がかわるがわるにやってきて、これが噂の大蛇かと見に来ては帰って、さらに噂を広めるのだ。


 そんな状況ではあるが、当然ナイルに入れるのはごく一部。元々の乗組員である狼太郎一行とその仲間の兎太郎一行に蛇太郎。

 そして……南万の超上流階級だった。


 本当の豪華客船のようにダンスフロアが設置できるほど『横幅』があるわけではないが、それ以外は同等と言っていい。

 元々狼太郎が人をもてなすのが好きということもあって、食堂車両でディナーをしたり、備蓄の布などをプレゼントしたりしていた。


 そのうえで、ホウシュンやゴーたちも、子供たちを連れて訪れていた。

 ある意味で狼太郎たちとの交渉役になっている彼らは、現在の状況を『口語訳』で伝えに来ているのである。


「戦争が終結し、招集されていた軍が各地に戻り、国内は落ち着きを取り戻しつつあります。ですが情報が集まるごとに、各地の荒れ様が伝わるばかりで……」

「まだ戦争を終わらせるべきではなかった、という声も多く見受けられます。もちろん大局を知らぬ者たちの言葉ではありますが……」

「損をしているのが事実なら、大局を知ってるかどうかなんて関係ねえだろう。俺らに変な気を使うことはねえさ。特に俺にはな」


 狼太郎は子供の見た目のまま、ホウシュンやゴーとの話を聞いていた。

 狐太郎たちが西重との戦争を終わらせた一方で、狼太郎たちは南万の戦争を終わらせてしまったのである。

 それが『戦争終わってよかったね』という全面的な肯定にいたるとは、流石に誰も思っていなかった。


「家族が帰ってきた民もいれば、家族が帰ってこなかった民もいる。故郷に帰ってこれた兵もいれば、故郷がモンスターに食い荒らされていた兵もいる。そいつらの意見が一致するわけねえんだ、お前らは悪くねえし……俺達も責任を負うことは出来ねえよ」


 だがそれでも、ゴーやホウシュンとしては心苦しかっただろう。

 ある意味では、ナタと同じなのだ。自分たちにとって都合が良すぎる状況に、生真面目な彼らは耐えられない。

 その二人がここに来ているのは、少なからず告白をして心を楽にしたいという思いがあったのだろう。


 それを汲んだ狼太郎は、二人の心を軽くしようとしていた。


「戦争を始めたのは西重の王様で、それにのっかったのは南万の女王だ。もしも責任云々を負うのならそいつらだ。もっと言えば……南万の戦争を終わらせることになったのは、サイモンだ。あの爺さんが『英雄的行動』に出なければ、まだわからなかっただろうよ」


 南万の大将軍、サイモン。

 今回の騒動の中で、自由意思で行動できる余地があったのは、彼だけだった。

 他の誰もが、選択の余地をもたなかった。なぜなら、状況を把握できたのは彼だけだったのだから。


 というよりは、個人単位で動いていたのは、彼だけだったのだ。

 内心はどうあれ、国家のために南万の要人は動いていた。どう動くにしても、建前を越えることはなかった。

 だが彼だけは、私利私欲のために行動した。それも、まだ判断のできる範囲で。


「ぶっちゃけだ、あの爺さんほどの実力者はこの国にもそういないんだろう? あの爺さんが『おーさま』になることを諦めてりゃあ、それで話は終わってた。うかつに罰せない以上、誰もが諦めざるを得なかった。お前さんたちが証拠を持っていたとしても、大将軍ほどの大物がしらを切ればそれで終わりだからな」


 狼太郎の言う通りであった。

 大将軍サイモンほどの男が王位簒奪をもくろんでいたなど、下手に告発することはできない。

 実際にほぼクロの状態で死んだ今でさえ、病死という扱いになっているのだ。生きていればなおのこと、あいまいにしなければならなかっただろう。


 それはサイモンもわかっていたはずだ。

 自分の孫を王位につけるという野望を諦めていれば、それで済んでいたはずなのだ。

 にもかかわらず、彼は英雄的な行動に踏み切ってしまった。


「お前達が幸せになったのは、ただの結果だ。結婚して子供が生まれて、故郷に帰ってきて受け入れられてってのは……出来過ぎた話だと思うが、ただの結果だ。蛇太郎も言っていたが、お前達の行動は間違ってねえよ。他の道は……選ぶべきじゃなかった」


 狼太郎の言葉が、彼らに染みた。

 文化がどうこうではない、戦争が傍らにある時代を生きた彼女の価値観は、彼らと遠くない。

 だからこそ、仕方がなかったと納得させるには足りていた。


「大体……もっと戦争が続けば、戦果はあったかもしれないが、犠牲は更に増えていた。帰ってこれない兵士がもっと増えて、モンスターに食われる民がもっと増えていた。それもわかるだろうがよ。実際西重って国はそうなったんだろうが」


 狼太郎の言葉に、二人は涙を流していた。

 央土とも南万とも無関係な彼女の言葉だからこそ、二人には届いていた。

 情もへったくれもない理詰めの利詰めだからこそ、真面目な二人を納得させるに足る。


「自分たちが許されたことが心苦しいのなら、その分国家に貢献しろ。お前達には、他にできることなんてねえよ」


 もうこうなっては、この二人は道化を演じるしかない。それが心苦しいとしても、他の選択肢などない。

 両国の懸け橋になるという道化を演じるのだ。嫌でもなんでも、幸せにならなければならないのだ。


 自分たちが幸せになるという罪悪感に耐えかねていたからこそ南万に帰ってきたのに、より一層の罪悪感を抱えて幸せになるしかない。


「元々、子供だけは生かしてもらう覚悟だったんだろう? だったら子供のために耐えろ、お前達も親ならできるはずだ」



 さて、話は変わるが狐太郎のことである。

 悪魔との知恵比べが得意という点を除けば、何のとりえもない彼が討伐隊の面々や魔王たちから認められているのは、なんだかんだ言って面倒なことを請け負ってやり切るからであろう。

 これは大王となったジューガーも同じである。下々の者が上に立つ人間に求めるのは、面倒なことを請け負ってくれる度量だろう。


 つまり三人の英雄一行の中で狼太郎がトップとして認められているのは、彼女が面倒なことを請け負ってくれているからだろう。


 ホウシュンとゴーの真剣な悩みを聞いてあげる、という面倒を引き受けている彼女に対して、誰もが敬意を抱かざるを得なかった。


「さすが魔王軍四天王ね……あんなに思い詰めた二人を慰められるなんて……」

「私だったら、話をふられるだけでも嫌な顔しちゃいますよ……」

「狼太郎さんがいらっしゃってよかったわね。ご主人様だったら、たぶんへこませるだけだったと思うわ」

「そうね、私たちの御主人様はそういう仕事に向いてないものね」


(兎太郎さんへの侮辱が酷い……気持ちはわかるけども)


 誰か一人の評価が上がると、それ以外の人の評価が下がる。

 誰かが凄いことをしていると、それができない誰かの評価が下がる。

 普段は惚れっぽくて危なっかしいところがある狼太郎だが、頼りになる一面を見ると評価が上がる。

 そして普段から危なっかしくていざという時もそんなに役に立たない兎太郎の評価は、とてもとても低かった。

 彼の仲間と蛇太郎は、そろって六人目の英雄を見ていた。


「はいチョコレートだよ~~、ギブミーチョコレートだよ~~」


「わ~~! ありがとう、お兄ちゃん!」

「こ、このつつみ取って! はがして~~!」

「われちゃった~~! べとべとになっちゃった~~!」


「もう、しかたねえなあ。ちょっと待ってな~~」


 ホウシュンやゴーと一緒に来た、島育ちの子供たち。

 まだ幼い子供たちに、わざわざ包装した板チョコを渡している。

 包装が取れなくて泣いている子もいるので、兎太郎は「しかたねえなあ」と満悦の顔で包装を破っているが、どう考えても本人のミスである。


「多分ギブミーチョコレートって言いたいだけなんですよ……」

「なんで配る方がギブミーっていうのよ……言わせるのもどうかと思うけど……」

「見ているこっちが恥ずかしいわ……みっともない」

「教育に悪いとはこのことね……」


(ナイルが用意したチョコレートを、自分が作ったかのようにふるまっている……これが六人目の英雄か……)


 邪悪な行為ではないだろうが、かなり品がない。

 悪気はないのだろうが、見ていると気分が悪くなってくる。


 なんで普通にチョコを振舞うことができないのだろうか、それならここまで非難されることもないだろうに。


「これが母星を救った人なんですね……」


 子供の笑顔を見て幸せそうに笑う男を、蛇太郎は悲しげに見ていた。

 同じ世界、同じ時代、同じ種族の生まれとして恥ずかしかった。


「……あの、蛇太郎さん。ちょっといいですか?」


 そんな蛇太郎へ、ハーピーのムイメが話しかけた。

 自分たちとほぼ同じ時代の後輩へ、自分たちのことを聞きたかったのである。


「私たちの映画って……どうだったんですか?」

「……」


 返事に窮した蛇太郎は、他の三体へ助けを求めていた。

 できれば話したくないのだ、と察して欲しかったのである。

 だが他の三体も、同じように聞きたそうにしていた。


 こうなっては仕方ない、蛇太郎は内容を話すことにした。

 兎太郎に話したら厄介なことになりそうだが、この四体なら大丈夫だろうという判断である。


(まあそもそも、そんなに問題があるわけじゃないしな……)


 あんまりもったいぶることではない、蛇太郎はあんまり受けなかった話をそのまま伝える。


「兎太郎さんには内緒にしてほしいのですが、例の映画はほとんどが母星のドキュメントだったんです。月面でなにがあったのかはほとんど描写されず、当然配役などもなかったんです」


 期待していた内容と違っていたので、四体とも露骨にがっかりしていた。

 悲鳴を上げるほどではないが、それでも望ましくない結果と言う他ない。


「一番の盛り上がりも、当時の国際宇宙局の職員や都市の指導者がカセイ兵器の封印を解くために尽力したところでしたし……」


「……そうですか」


 切なそうな四体。がっかり、という表現が適切な落ち込みぶりだった。


「そうよね……私たちが何やってたかなんて、母星の人たちはわからないものね」

「体を玩具みたいに弄り回されたことが、公開されなくて良かったと思うわ……」

「そうよね、正確に映画化された方が嫌だものね……」


 そして自分たちの冒険を振り返って、正確に描写される方が嫌だという事実を見つめなおしていた。

 世界を救ったという事実によって美化されていたのだが、実際には年頃の乙女の尊厳をかなり捨てていた。

 そんな彼女達へ、蛇太郎は気を回していた。確かに映画で出番はなかったが、それは彼女たちの行動を卑しめるものではない。


「いえ……もともと、映画にすること自体に問題があったんです。それを無理に強行した、制作側の問題でしょう。皆さんの尊い行動については、誰も否定していません」


 名前の残っていない英雄たち。

 彼らの名前が残っていない理由は様々だが、その中でも六人目はレアケースだ。

 二人目の英雄と違って、非合法な手段で拉致されたというわけではない。正規な法的手続きによって宇宙船に乗り込んだ客なのだから、他の犠牲者同様に名簿にしっかり載っている。

 そう、例の宇宙船に乗っていた誰かが『六人目の英雄』となったことはわかっているのだ。だからこそ逆に、想像の余地が許されない。

 名簿の中の誰かであることは確実で、身元も遺族もはっきりわかっている。そんな条件で仮想の役者を決められるわけもない。


「……あの日、世界が一つになりました。誰もが天を仰ぎ、月の貴方達へ祈ったんです。救ってくれとか助けてくれとか、うまく行ってくれとか……勝手な話かもしれませんが、みんなが一つになって願っていたんです」


 不謹慎な話だったが、奇跡のような光景であり、奇跡のような一体感だった。

 文字通りの多種多様性の認められた世界であるにもかかわらず、世界は一つにまとまっていた。

 世界が一心に、六人目の英雄に願いを捧げたのだ。


(俺も……その一人だった……)


「え、そんなことになってたんですか?」

「……全然わからなかった」

「え、やだ……怖い……」

「あの時はそれどころじゃなかったものね……」


(届いてなかった……まあ仕方ないけども……)


 まったくこれっぽっちも願いは届いていなかった。

 まあ状況的には仕方ないだろう、そもそもただ祈ってるだけなので、伝わると思う方がどうかしている。


 届かなくてもいい、せめて祈りたい。そんな切なる願いが、やっぱり届いていませんでした、という回答を得ただけである。


(いやしかし……母星のみんなが祈ってると想像もしないまま、命を捨てて戦ったわけで……)


 兎太郎の仲間四体は、想像以上の事態が母星で起きていたことに戸惑っていた。

 だがそれは決して、彼女達の功績を貶めるものではない。


 世界中のみんなが自分達へ祈っている、と想像しないまま、世界を救うために命を捨てた。

 母星へ帰ることもできたカセイ兵器で、最奥の戦場へ突入したのだ。


(やっぱりこの人たちも……英雄の素敵な仲間なんだな……)


「ほらほら、こうやって包みをはがすんだぞ~~?」


(……この人も偉大なんだ、うん)


 直視に耐えない下品な英雄。

 そんな彼に対しても、蛇太郎は何とか向き合おうとしていた。


 その蛇太郎のことを、ムイメは見ていた。


「なんで濁すのかなあ~~、と思ってたんですけど、私たちががっかりすると思ったからなんですね。納得です」


 しつこい質問をしてしまったこと、答えたがらなかったことを聞きだしたことを、ムイメは恥じていた。

 意地悪をするような人ではないと分かっていたのに、無神経なことをしてしまったのだ。


「い、いえ……それは、その……もとをただせば、俺が皆さんへ映画のことを匂わせたからで……ムイメさんは悪くないですよ」


 その一方で、蛇太郎も謝った。六人目の英雄の物語、星になった戦士の事件が映画になったこと、それを話さなければ済んでいたのだ。

 当人たちへ『映画化したよ』と言っておいて『内容は聞かないでください』というのは、不義理の極みであろう。


 だがそんな風に謝る蛇太郎を見て、ムイメは笑ってしまった。

 ああ、やっぱり狼太郎の言う通り、彼は優しいのだ。


「そんなことないですよ、私が悪いんです」


 だがしかし、彼女は忘れていた。

 いや、深刻に受け止めていなかった。


「蛇太郎さんは優しい人ですね」


 狼太郎の忠告を忘れて、踏み込んでしまったのだ。


「……は?」


 その時、食堂車両が震えた。

 その車両に乗っていた全員が、異常を把握してしまった。

 それほどに、明確な激情が噴き出していた。


「今、なんて言った?」

「え?」

「今、なんて言ったんだ……!」


 蛇太郎に睨まれたムイメは、身動きができなかった。

 七人目の英雄、蛇太郎。冥王と呼ばれる男の逆鱗を……地雷を踏んだ彼女は、蛇に睨まれた小鳥であった。


 彼女の傍に居る三体の仲間も、同様に動けなかった。

 所詮チートで強くなっていただけのモンスターたち、突如として変貌を遂げた『神』を前に動けるわけもなかった。


「俺が……なんだって?」


 彼の迫力に、直接対峙していないゴーやホウシュンも動けなかった。

 チョコで顔を汚していた子供たちも、思わず腰を抜かしている。


「俺が……優しい(・・・)だと?!」

「あ……あ……」


 ムイメたちは、理解できなかった。

 優しいと褒めたことで、ここまで怒るとは思っていなかった。

 優しいと言われて本気で怒る人間が、神がいるなど、想像できなかった。


 理解できないからこそ、なお恐ろしかった。

 たまたま偶然宇宙船に乗り込み、英雄に導かれるままに世界を救った、ただの一般ピープルは、その威圧に屈していた。


()が、優しいわけないだろうが!」



「おい、どうした?」


 兎太郎は臆することなく動く。

 己の使徒が冥王に威圧されている、その場へすぐに近づく。


「……」


 だが蛇太郎は、尊敬する兎太郎が近づいても、それでも意思を萎えさせない。

 許されざる暴言を吐いた娘に全神経を注ぐ彼は、兎太郎に気付くこともなかった。

 そして……。


「ああ、なるほど」


 ぱあん、とムイメの頭を兎太郎がひっぱたいた。

 物凄くいい音がして、場の空気が切り替わった。


「……えええ~~~?」


 ゴーやホウシュン、子供たち、キクフたちは驚いていた。

 もちろん蛇太郎もびっくりしていた。思わず威圧が抜けていたほどだ。


「悪いな、蛇太郎。コイツがなんかお前を怒らせるようなことを言ったんだろ?」

「え、ええ……まあ……」

「俺からも謝るよ……おいムイメ、早く謝れ! 俺も一緒に謝ってやるから!」


 冥王に威圧されていた小鳥の、羽毛に包まれた頭を掴んでぐりぐり揺らす。

 空気の切り替わりに、定命の者たちは困惑するばかりだった。


「え、え?」

「あのなあ、ムイメ。蛇太郎との付き合いもそこそこ長いんだ、なんの理由もなく怒るような奴じゃないことは、お前も知ってるだろうが」


 だがしかし、この英雄は間違えない。

 冒険の神は、致命的な誤りをしない。


「だったら、お前がこいつを怒らせたんだ! そうだろ!」

「……はい」


 確かに、事実だけ見ればそうだった。

 だがまさか、いきなり『かわいそうな小鳥』をひっぱたくとは思っていなかった。


「俺の仲間のムイメが酷いことを言って悪かったな、ごめんな、蛇太郎」

「はい……すみませんでした」


 釈然としないまま、しかし納得しつつムイメは謝った。

 何がどうして蛇太郎を怒らせたのかわからないが、怒らせたことは謝るべきだった。

 なのでムイメは謝り、他の三体も慌てて頭を下げた。


 そして……蛇太郎を見る。


「……お、俺は!」


 そこにはまさに、狼太郎が言っていた通りの、優しい男がいた。

 誰も傷つけまいとする、傷つけることを恐れる男がいた。

 周囲からすれば理不尽に怒ったと、客観視できてしまえる男がいた。


「ご、ごめんなさい……俺が、俺が……!」


 罪悪感につぶされそうな、悲しい男がいた。


「ああ、はいはい。すこし落ち着け、マジで」


 その彼を、背後から魔王の娘が抱きしめる。

 本来の姿になっている彼女が、その豊満な体で抱きしめていた。


「あ、ああ?! お、狼太郎さん?!」

「なあ蛇太郎。お前は戦争を体験してないだろうが、戦争を知らないわけじゃないだろう。戦争を体験した奴が、心を病むことは知っているだろう?」


 今の彼女に、情欲はない。ただ、蛇太郎の方はそうではなかった。

 サキュバスクイーンが全力で魅了し鎮静を図っている。それに抗えるほど、彼の体は強くない。


「お前は、そんな戦士を弱いとか悪だとか思うか?」

「い、いえ、そんなことは……!」

「その通り。咎める奴が無神経なんだ、そうだろう?」

「は、はい……」

「だから、しばらく落ち着け。お前の怒りが吹き飛んだように、その悲しさもしばらくすれば収まる」


 サキュバスクイーンである狼太郎は、極めて直接的に精神へ影響を与えることができる。

 生態として、技術として、能力として、極めて自覚的に精神を操れる。

 彼女がその気になれば、強制的に、しかし負荷をかけることなく、精神を鎮静化させることができるのだ。


「も、もう大丈夫です! あの、離れてください!」


 こうなると、別の意味で興奮してしまうのは蛇太郎だった。

 サキュバスクイーンの鎮静化が、男子にどう作用するのか考えるまでもない。


「そうだな、ここからは他の奴に任せるか……おい、インダス、チグリス、ユーフラテス!」


「あらあら、ご主人様が盛ってないわね。こりゃあヤバいわ」

「凄い怒気があったわねえ……やっぱり蛇太郎君?」

「若い英雄ねえ……いろいろ懐かしいわ~~」


 よくとおる狼太郎の声によって、食堂車両の外にいた三体の長命者が現れた。

 やはりものおじすることなく、先ほどまで怒りと悲しみの中にいた蛇太郎に近づく。


「嫌なことを思い出して悶えてたんでしょ? そういう時は単純作業に没頭するのが一番よ」

「ご主人様の魅了で鎮静させるのも、やりすぎると依存症になるからね。他のアプローチをしましょうか」

「大丈夫大丈夫、私たちは人間について人間よりも詳しいから」


「あ、あ、あ……はい」


 ああほいほいと、蛇太郎は連れていかれる。

 まさに年の功と言うべきだろう、平和な時代の生まれである兎太郎の仲間と違って、狼太郎の仲間は蛇太郎に対しても慣れた対応をしていた。


「あ、あの……わ、私が、変なことを言ったせいで……」


 蛇太郎が去った後で、ムイメはへたり込んで謝った。

 狼太郎が何とかしてくれたが、先ほどまでの彼の顔を思い出すと、申し訳なくて仕方ない。

 ムイメもまた、優しいのだ。蛇太郎を怒らせたことや悲しませたことが、彼女の心を責めさいなんでいた。


「まったくだ、何を言ったらあんなに怒らせるんだ?」

「そういうな、兎太郎。どこが地雷かわからないんだ、踏んじまうのは仕方ない。ただ……」


 変身を解かない狼太郎は、泣きだした子供たちをあやしはじめる。

 やはりたちどころに泣き止んで、落ち着きを取り戻していた。


「……あんまり褒めてやるな。あいつは優しいから、自己評価が低いんだよ」



 本当に優しい人間は、自分で自分のことを優しいとは言わない。

 他者から優しいと評されても、それを受け入れることはない。


 優しい蛇太郎は、だからこそ優しいと言われたことに耐えられなかった。


(……なんで俺、銃の整備をしているんだろう)


 その蛇太郎はエルフたちの私室に案内され、拳銃の分解整備をすることになっていた。

 そしてそんな彼へ指導をしているチグリスとユーフラテスの目は、極めて厳しかった。


「わかっていると思うけど、拳銃はとても危険で繊細なものよ。その分解整備には、危険が伴うと知りなさい」

「私たちの指示に従って、ヤレと言ったことだけやって、やるなと言ったことはやらないのよ。場合によっては大けがじゃすまないかもしれないんだからね」


(理屈はわかるけども……釈然としない)


 当然だが、火薬式の拳銃など、蛇太郎は触ったことがない。

 平和な時代の生まれと言うこともあるが、そもそも拳銃自体が骨とう品なのだ。

 

 日本刀を分解して整備できる日本人が何人いるか、と言う話であり……蛇太郎は初体験である。

 その一方で、拳銃は危険なのでミスると大けが、ということもわかっている。

 全神経を、指先に集中せざるを得なかった。


「集中しなさい! 拳銃はね、誤発砲も怖いけど、動作しないのも怖いのよ!」

「拳銃は嘘をつかないわ! どれだけ真剣に整備したか、直ぐにわかるのよ!」


(エルフとは一体……)


 親身に解決されるのではなく、突き放すような治療だった。

 悩み事がある? わかった、拳銃の整備しようね。

 疲れ果てるまでマラソンをさせるような理屈だが、ある程度有効だった。


(……いや、これぐらいの方がいいかもな)


 そして己を客観視できる蛇太郎は、この処遇を受け入れていた。


 蛇太郎の中にある、相反する感情。


 自分の英雄譚が人類史上最大の悲劇だと思う一方で、本当にそうだったらどうしようという恐怖がある。

 この苦しみに回答がないのではないかと怯える一方で、そんな簡単に解決していいのかという葛藤がある。


 つまり蛇太郎は……悩み多き人間であった。




「僕はマロン! 夢の国を守っている妖精なんだ!」


「たくさんの人の夢が集まった夢の国に、今危機が迫っている」


「誰かが助けてくれないと、幸せな夢の世界が失われてしまうんだ!」


「だから、おねがいだ蛇太郎! 僕と一緒に、悪夢を打ち破ってくれ!」




 モンスターパラダイス7~ハッピーエンドは終わらせない~


 キャッチコピー

 君だけのハッピーエンドをつかみ取れ。

 こんなシナリオ、もう二度とプレイできない。

 シリーズ初のアクションRPG、ボタン連打でボスを倒せ。






第一章 日常と死


次回は明日ではありませんので、ご理解ください。

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― 新着の感想 ―
兎太郎、良くも悪くもその場の空気をかき乱す性質があるな……我が極限まで強い故か空気が全く読めないんだけど、それが良い方向にも作用することがある 非常時だと文句無しに折れない柱として頼りになるんだけどね…
[一言] 最も強い感情。『罪悪感』とかなのかな。
[一言] 過去のEOSの話を見て、感想の考察を見たんだが、 アクションRPGだからEOSの能力が(要求スペックに届かないから)処理落ちや(連打に入力限界があって)ダメージキャップなんじゃないか?つまり…
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