『夢』への挑戦
今回はあとがきで重要なお知らせがあります。
どうかご確認願います。
南万にたどりつき、現地の権力者とつながり、なおかつこの世界の状況をある程度把握した、狼太郎一行。
彼ら彼女らは、もはや孤立無援の存在ではなくなっていたのである。
それでも疎外感は多少あるのだが、それはナイルで暮らしているとさほどでもない。
なにせナイルはカセイ兵器であり、倫理的に問題があるということで排除された禁止技術と最新技術の入り混じったホテルである。
元々狼太郎たちが暮らしていた関係もあって、元の世界の娯楽も満載しており、およそ欲しいものはなんでもそろっている。
不潔だとか不快感だとか、不安さえさほどない。
狐太郎は病気になった時死を覚悟したが、ナイルにいる限り問題はないのだ。
これらが合わさったことによって、兎太郎の仲間たちは安堵していた。
しかし余裕が生まれたからこそ、浮き上がる問題というものはある。
それは特に蛇太郎が顕著だった。
(……俺は、生きなければならない。しかしどう生きればいいのだろうか)
リヴァイアサンやこの世界の英雄であるサイモンと戦ったときは、恐れを知らぬ戦士そのものだった蛇太郎。
しかし平穏を手に入れ、地に足をつけられるようになった彼は、それ故に進路を見いだせずにいた。
もしも狐太郎のように、シュバルツバルトにいてハンターになって、金とコネを得る……という目的があれば違ったかもしれない。
しかしナイルがある以上、その目的は成立しない。必要性がまったくないからだ。
(このナイルに乗っている限り、狼太郎さんの言うことに従うべきなんだろう。でもそれは果たして、生きていると言えるのだろうか)
真面目な人間は暇を得ると、とことん思い詰めてしまうものである。
誇りをもって真面目に生きなければならない、と追いつめられている彼は、無為の時間に罪悪感を覚えていた。
ナイルの中の自室にこもって、手の中のEOSを見る。
それは甲種が跋扈し、それさえ倒す英雄をも葬る、魔王の遺産。
カセイ兵器さえも超える、オーバーテクノロジーの産物である。
これの強大さと罪深さは、彼のよく知るところ。
これを持っている己が、この無為なる平穏に浸っていていいのだろうか。
そう思って、考えて、浸っていた。
(そうだ……思えばあれは……)
「おい蛇太郎、ちょっといいか?」
ドアをノックしてきたのは、人類を救って星を救った男、兎太郎であった。
同郷同種同性の彼は、一応ノックするという真面目さを持っている。
「は、はい……なんでしょうか」
「今晩暇だよな? 実はインダスさんから聞いたんだけど、あの人たち昔映画作ってたらしいんだよ。クソつまんないらしいから、今晩みんなで一緒に見ようぜ」
確かに暇なのだが、なぜ自分のよく知っている人たちの自主製作映画を見なければならないのか。
しかも、当人たちがクソつまらない、と言い切っているほどのそれを。
「……あの」
「いやあ……吸血鬼が撮ったホラーとか、エルフが撮ったミステリーとか、サキュバスクイーンが撮ったラブストーリーとか、中々見れるもんじゃないよな!」
見たくないので断ろうと思ったのだが、兎太郎の説明を聞いているとちょっと興味が湧いてしまった。
確かにちょっと興味が湧いてしまう。そして暇であることも事実で、断る理由が弱くなってしまった。
「……わかりました、それではそのように」
「おう! 晩飯食った後、多目的車両に集合な! ポップコーンとかホットドッグとかも出るらしいから、晩飯は少なめにしておくぜ!」
すさまじいほどの強引さだった。
だがこの強引さが、英雄らしいと言えばその通りだったわけで……。
その英雄らしさに、蛇太郎は少し惹かれていた。
「その……兎太郎さん。今少し、話しとかできますか?」
スライド式のドアを開けて、表にまだいた兎太郎へ話しかける。
「お、なんだ? お前が英雄になった時の話とかか?」
「……いえ、それはちょっと」
「なんだよ。楽しみにしてるのに、もったいぶるなあお前」
(やっぱ話すの止めようかなあ……)
今ここにいる人へ、どうしてこんなことが言えるのだろうか。
蛇太郎は少し悩んだが、それでも他の人には言えないことだった。
「……その、手短に済ませますけど」
「ん?」
蛇太郎は、彼にとって重い言葉を聞いた。
「……ハッピーエンドって何だと思いますか?」
※
さて、兎太郎の仲間たちである。
自分たちの御主人様が、勝利歴末期に活躍した長命者とやたら仲良くなっていることにビビっていたら、彼女達の自主制作した映画を見ることになった。
本人たちが『作った当時は傑作だと思ったけど、百年ぐらい経ってから見直したらクソ映画で、千年ぐらい封じてたけど、二百年ぐらい前に見直したらまあまあだった』というスケールの大きい表現をしてきた。
まあ千三百年ぐらい前の映画なのだが……竹取物語とか紫式部日記とか能とかトーキー映画とかのノリで考えればおかしくはないわけで。
時を超えて親しまれた傑作でもなんでもなく、むしろ残っていただけの素人映画なのだが、金を払うわけでもないので見ることにした。
撮った者たちがすぐ傍に居るのはどうかと思うが、そんなに気難しくない人たちなので、文句を言っても怒られないだろうという判断もあった。
雑に言って、文化祭だと思うことにしたのである。
「映画をみんなで見ようってだけですし……普段の御主人様の無理に比べれば大したことないですよね」
「そうよね……この密林で肝試ししようぜとか言い出すよりはマシよね……」
「毒虫とか毒蛙とか毒蛇のいる密林で肝試し……やりそう……」
「みんな、それ絶対言ったらだめよ! ご主人様のことだもの、やりかねないわ!」
度胸試しを通り越して運試し(ほぼ間違いなく死ぬ)めいた行動さえ、彼女達の御主人様はやりかねなかった。
もちろん『いくら何でもありえない』とは思うのだが、『でももしかしたら……彼ならやるかもしれない』と思わせるのが英雄たる所以であろう。
とにかく映画を鑑賞するだけなので、ある意味気楽だったが、蛇太郎も誘うということになったので少し心配だった。
蛇太郎。
七人目の英雄だという、彼女達が世界を救ってから数年後の時間から来た男。
真面目な彼は兎太郎に振り回されがちだったので、彼女達は誘うところを見に来ていた。
そして聞いたのである、真剣な面持ちの彼が、己たちの主へ質問するところを。
「……ハッピーエンドって何だと思いますか?」
普通なら、辛そうな顔で言うことではない。
だがしかし、彼の顔は極めて苦しそうだった。
まるで、救いを求めるようだった。
「何言ってんのお前」
それに対して、救いの手は差し伸べられなかった。
「……そうですよね、こんなことを聞かれても困りますよね」
「うんまあ、普通に困った」
ほぼノータイムで返事をしているので、困った風には見えない。
でも本当に困っているのだろう、彼の基準においては。
「そんな真面目な顔でハッピーエンドって何ですかって聞かれても、なんだそりゃとしか思わねえよ」
どうしてこう、この男は無神経なのだろうか。
でも言っていることは正論なので、遠くから見守っている四体も文句を言えない。
「なんか嫌なことでもあったんだろ? 言いたいなら聞くぞ」
「……また今度にします」
今まさに嫌な思いをしている蛇太郎は、ひとつ前の先輩へ話しかけることをためらっていた。
「お前本当にもったいぶるなあ……まあいいや、じゃあ晩飯食った後でな」
「はい……」
素直でまっすぐな言葉。
それは素直になれない人を傷つけ、苛む。
それを目の当たりにした四体は、とても心苦しい気分になっていた。
「流石にアレはないですよね……」
「まあでもさあ、確かにどういえばいいのかわからないし」
「多分、EOSと関係あると思うけど……あの人のこと、良く知らないのよね」
「できれば力になってあげたいわね……」
よくわからないことで苦しみ悩んでいる蛇太郎を、よくわからねえなあと言って苦しめる兎太郎。
そんな主の無礼を帳消しにするべく、彼女達四体は動くことにしていた。
とはいえ、蛇太郎のことを良く知らないのに、彼を元気づけたり慰めることなどできるわけもない。
本人が話したがっていないのなら、知っていそうな人へ聞くしかなかった。
そして彼の冒険の手がかりになりそうなEOS、魔王の遺産について詳しそうな女性へ話を聞くことにしたのである。
※
自分の映画を見せることになった狼太郎たちは、結構な数を撮っていたことを思い出して、どれにするか悩んでいた。
小型のテレビで実際に見返しながら検討していたのだが、そこへ兎太郎の仲間四体が現れたのである。
蛇太郎を元気づけたい、と言う健気な願いに対して、狼太郎は……。
「魔法少女ものの見過ぎだぞ、お前ら。元気づけたぐらいでどうにかなるかよ」
という、大人な返答をしていた。
もちろん自分が撮ったラブストーリーを再生しながら、である。
「俺達や兎太郎ならともかく、お前らは不要に踏み込まないほうがいいぞ。あいつの抱えている闇は、とんでもない代物だからな」
「ど、どういう意味でしょうか?」
「闇って、大げさな」
「大げさじゃないのなら、余計に危ないと思うんですけど……」
「そうですよ、いつも思い詰めているじゃないですか」
兎太郎の仲間たちも、余裕が出てきたからこそ周りを見ていた。
蛇太郎が苦しそうにしていることは、彼女達にもわかったのである。
苦しんでいる人を放置するのは、とても苦しいことだった。
「あのな……お前達。兎太郎のことも受け止めきれてないのに、なんで蛇太郎のことは受け止められると思うんだよ」
年上からの言葉は、重かった。
確かに彼女達四体は、兎太郎のことを受け止めきれていないわけで。
あの月面での冒険では、暴言を吐くこともしばしばだったわけで。
まあ兎太郎が悪いのだが……。
「言っておくけどな、蛇太郎の奴は兎太郎よりずっとずっとずっと面倒くさい奴だぞ? 俺よりも面倒な奴だぞ?」
多分蛇太郎が聞いたら『そこまでじゃない』と否定したくなる言葉だった。
兎太郎も狼太郎も、かなり面倒くさい英雄である。
その二人よりもさらに面倒だと、当の狼太郎から言われたら不満にも思うだろう。
「じゃあ逆に聞くけどな、お前ら俺が真面目に『もしも俺達が魔王時代に帰ったらどうすればいいと思う?』とか聞いたらどうするんだよ」
その面倒くささを象徴するような話を持ち出された。
この狼太郎、長く生きているだけに経歴が無茶苦茶で、時代を跨ぎ過ぎて誰の味方で誰の敵なのか一定していないのである。
「まあ俺の場合は、俺自身が深刻に受け止めてないからいいんだが……あいつはそうでもないからな」
話せば楽になるとか、誰かに言うだけでも変わるとか。
そんな理屈が通じないほど、聞くだけで気を病みそうな事情がありえる。
「いいかお前ら……アイツに触れるなとは言わんが、アイツの事情に踏み込むな。今まで通り接してやれば、それで十分だ」
善良で真面目で、普通の四体。
英雄の仲間たちとは思えぬ、凡庸ゆえに良心を持つモンスターたち。
平和な時代で生まれ、優しい両親に育てられ、不自由のない環境で育った者たち。
そんなものでは、背負えない『業』がある。
「アイツはな、誰のことも傷つけたくないんだよ。優しいからな。誰かを傷つけると、自分も傷つくんだ。あいつはそれを怖がってる、だから何も言わないんだ」
優しいから傷つき、優しいから話せない。
そんな人を、面倒と言う狼太郎。
大先輩である彼女へ、四体は嫌悪を向けるが……。
「アイツは一人になりたがっている節があるが、心の底から一人になりたがっている奴を本当に一人にすると悲惨なことになるだけだ。そして気を使われるとかえって気にするから、お前らの御主人様のように勝手な理屈で近づくぐらいがちょうどいいんだ」
そう言われると理解できるし、確かに面倒だった。
「それじゃあせめて、EOSについて教えてくれませんか? 蛇太郎さんには関わりませんから……」
これ以上狼太郎と話をしても、何も教えてくれない。
どうすればいいのかと言う話に対して、何もしないほうがいいと言って来た。
確かにそうなのだろう。
なので、ついでに……と言うわけではないが、疑問に思っていたことを口にしてしまった。
カセイ兵器さえも超えるオーバーテクノロジー。
あくまでも人間の技術で、人間を元にした怨霊と戦ってきた彼女達にとって、わけのわからない代物だった。
だからこそ、聞いてしまったのだろう。知っているはずの、魔王軍四天王へ。
「……アレか」
そして、聞いた段階で、理解してしまった。
なぜ狼太郎が蛇太郎に踏み込むなと言ったのかを。
他でもない狼太郎に踏み込んだことを、彼女達は後悔していた。
聞かなかったことにすればよかったと、立ち去りたい気分になっていた。
少年のような姿のままで、遠い過去へ思いをはせる。
そんな彼女の言葉は、『アレか』の一言さえ重かった。
「EOSがアイツを苦しめていることは確かだろう。アレは製造過程からしてろくなもんじゃないからな」
もはや合いの手さえ入れられない。
彼女の言葉を、黙って聞くしかなかった。
「人間の持つ最も強い感情……絶望よりも、希望よりも、激怒よりも、寛容よりも、恋愛よりも、欲望よりも、さらに強い感情……」
かつて人間の敵対者であった狼太郎は、人間の犠牲を悼まない。
だが共に戦う蛇太郎の気持ちは悼んでいた。
「知りたいか? それがどんな気持ちなのか」
※
再びの静寂。
蛇太郎は自室で、やはりEOSを手に持っていた。
遊びの終わりの名を冠するけん玉を、彼は手にして浸っている。
対甲種魔導器、最強の兵器、英雄殺し、怪物殺し。
こんなものが欲しかったわけじゃない。
だがそれが手の中にあって、誰かの役に立った。
「……俺の、ハッピーエンドは、もしかしたら今なのかもな」
仲間が欲しかった、友達が欲しかった。
それは今いるのかもしれない。
自分の悲しみや苦しみを敬遠せず、積極的に話しかけてくれる男友達。
自分の悲しみや苦しみを察して、話しかければ受け止めてくれる年上の女性。
他にも仲間がいて、これからも一緒に苦労を越えていくと信じられる。
これに文句など言っていいわけがない。
本当はもっといろいろとあったけれど。
それに文句を言うには、自分がひどすぎて。
「これが、俺のめでたしめでたしか」
※
※
※
楽園の都市では、人間とモンスターが共存している。
だがしかし、人間にも馬鹿はいて、モンスターにも馬鹿はいる。
だからこそルールがあり、それを破れば人間もモンスターも罰される。
言い方は悪いが、ペットと同じだ。
いいや、ペット扱いを悪く考える方がどうかしている。
「いいですか、皆さん。モンスターは人間と同じように、悲しんだり苦しんだりする、繊細な心を持っています」
命はどれも尊いと、蛇太郎は習った。
親からも教師からも、娯楽からもそう教わった。
モンスターを大事にすることが格好いいのだと、モンスターを大事にしないことは格好悪いと、そういう価値観の下で育ってきた。
「だからこそ、一人の人間が仲間にしていいモンスターの数は、四体までとなっています。少なくとも法的には、そう決まっているのです」
一人につき四体、それが世界で決まっているルール。
その四体であることに、特に深い理由はない。
もしかしたらあるのかもしれないが、なくても問題ないだろう。
極端な話、百体も二百体も仲間にして、コミュニケーションが取れるだろうか。
みんなを大事にして、触れ合うことができるだろうか。
寂しい思いをさせず、一人遊びをさせずにすむだろうか。
モンスターを仲間にするということは、家族として、友人として、その人生に責任を持つということ。
モンスターは奴隷ではないし、下僕ではないし、なんでも言うことを聞いてくれる召使でもない。
どうしてもそうしたいなら、それこそ召使を雇うべきだろう。
「ですが、だからといって、どんな人でも四体も仲間にしていいわけではありません。ちゃんとモンスターを大事にできる人だけ……責任をもてる人だけが仲間にできるのです。そうではない人は、モンスターを仲間にしてはいけません!」
そう、結局はそれだ。
今のご時世、モンスターを仲間にする必要性などない。
モンスター側も、人間側も、わざわざ仲間になる必要性がない。
ならば、モンスターへ敬意を払うからこそ、大事に思うからこそ、仲間を作らないという選択肢がある。
それはそれで、相対的にまともな考えだ。
無思慮に仲間を作って、その仲間を不幸にするよりはずっといい。
でもだからこそ、苦楽を共にする仲間へ、とても憧れていた。
辛い運命を共に乗り越えていった、英雄とその仲間を尊いと思っていた。
「きっと、六人の英雄たちも、仲間を労わり、大事にしていたのでしょうね。そうでなければ、一緒に戦ってなどくれませんから」
だがそれは、要求される側にしてみればたまったものではないだろう。
今時そんな関係を……重苦しい絆を欲するモンスターなど、そうそういない。
いたとしても、そんなモンスターへ対価を払えない。
だから蛇太郎は、仲間を作ろうとは思わなかった。
誰かを傷つけるぐらいなら、関わらないほうがいい。
それがきっと、正しい生き方というものだ。
だからこそ、求められれば。
試練が前に現れてしまえば、飛びつかずにいられない。
『お願いだ、僕と一緒にみんなの夢を守ってくれ!』
つまり蛇太郎は、兎太郎を笑えなかった。
新章を最高のクオリティでお出しするため、しばらくの間本作の更新を停止させていただきます。
第三部『蛇は昔を語らず』
の更新を、どうかお待ち願います。




