弄ばれた遺骸
斉天十二魔将。
それはこの国における近衛の頂点であり、大王の側近たちである。
以前に狐太郎はその座を餌に、空論城のアウトローたちを手玉に取っていた。
この国のほぼ全員が、目の色を変えるほどの栄光。それが十二魔将という看板である。
戦争が終わった後に、あっさりと辞めさせられた。
なるほど、なにかの悪意があると思うのも無理はない。
当人たちがいやがったのでやめた、とは解釈しないだろう。
たとえ本人たちがそう言っていたとしても、いろいろ考えてしまうに違いない。
(どう説明しよう……)
だが本当に、十二魔将のほぼ全員が面倒に思って辞めたのだ。
これを理解できないのは、『十二魔将を辞めたがるものがいるわけがない』という思い込みである。
盛大な勘違いと言う他ない。
既に実力を認められていた者たちからすれば、わざわざなりたがるような仕事ではないのだ。
大公だったジューガーの直属ハンターだった時点で、もう十分に国内最高峰である。
社会的にもそうだったからこそ、そのまま十二魔将へ就任させることができたのだ。
狐太郎が四冠ではなくなっても今までと変わりないように、十二魔将を辞めたあとも麒麟はBランクハンターのままである。
このBランクハンターまで辞めさせられて、王都から追い出されていたら、流石に麒麟もどうかと思っていただろう。
だがそうではないので、まったく不満がない。むしろ周囲の全員が、なる前から不満たらたらで、さっさと辞めたがっていたので『そういう考え方もあるんだな』と驚いたほどである。
しかしまさか、『僕たちみんな、十二魔将とか興味なかったんだよね』と十二魔将に憧れていた少年へ言えるわけもない。
例えば大王がクソだったとか、仕事の内容が最悪だった、とかならそれを言えた。だが実際には、大変ではあるが大事で、確かに名誉ある仕事だった。
変なことを言って、十二魔将への夢を諦めさせるわけにもいかないのだ。
「教えてくれよ! なんでこんなことになっちまったんだよ!」
(……別に落ちぶれているわけではないのに)
わりとしょっちゅう大王に会っているし、仕事ぶりも評価されている。
その状況で、まるで放逐されたかのような扱いを受けると、むしろ逆にムカついてきた。
だがまさか、自分のために怒ってくれている子供へ、暴力を振るうなどありえない。
さて、どうしたものか。そう思っていた時である。
「ひ、ひゃああああ!」
カリが大声を上げて、再び腰を抜かしていた。
麒麟の来た方から、巨大なモンスターが現れたのである。
Aランクモンスター雷獣鵺、その姿をみれば弱気な亜人など腰を抜かすのが当たり前であろう。
『いやあ、木の大きさが半端な魔境ですねえ。ちょっとうっとうしいですよ』
べきべきメリメリと、まるで雑草でも踏むように、大きな木々をへし折っていく。
彼女が意図して大量の木を折ろうとしているのではなく、彼女にぶつかった木が折れていくだけだった。
それはこのモンスターが、この魔境の規格を越えていることを意味していた。
「あら、亜人の子ね。こんなところにいるとは思わなかったわ」
そしてそのモンスターが可愛く見えるほどに、次いで現れた大鬼は恐ろしかった。
種族こそ違えど、亜人であるカリは、亜人の王であるクツロを見てひれ伏してしまう。
「……そんなに畏まらなくていいのに」
「クツロ、驚かし過ぎだよ。かわいそうじゃん、同種の子供には優しくしてあげないと」
「まあ森の中でいきなり魔王に遭遇したらそうなるわよねえ。でもまあ、悪魔の場合はもうちょっと品があるわ。その辺りはドラゴンたちや亜人よりは上よね?」
「くだらないことで和を乱すな。それよりも……確かにここに亜人や子供がいるのはおかしいな。事前の情報が間違っていたのなら、対応を考えなければならないぞ」
それから後も、ぞろぞろとモンスターが現れる。
「あら、その子たちってもしかして、前に麒麟が助けたっていう、村の子供たちかしら?」
「そのようね。少なくとも、この辺りからは遠いはずだけど……」
「あの麒麟君、どうかした?」
そして麒麟と同じ種族であろう人間たちも現れた。
どうやら今回麒麟は、一人ではなく複数でここに来たようである。
「な、な……」
余りの急展開に怒りを忘れて驚くウンサク。
そんな彼を見て、麒麟は……。
「すみません、少し力を貸してください」
「……え?」
英雄の中の英雄に、力を借りることにした。
というか、丸投げした。
※
蝶花の手によって、一旦治療がされたカリ。
彼を交えていったん話し合いが始まった。
「なるほど、麒麟君が冷遇されているのではないかと……そんなことはないですよ。何ならもう一回十二魔将になってもいいぐらいです」
「え、そうなの?!」
「元々十二魔将は一時的なものでしたので、麒麟君の強さを疑問視する人も多かったのですが……二度の戦争で大いに武勲を上げましたからね。つまりお手柄です」
狐太郎は麒麟が厚遇されていることを改めて伝えていた。
なお、麒麟の実力を疑問視していたのは、任じた大王も同じである。
「じゃあなんで十二魔将は解散したんだ?!」
「それは……十二魔将の中で、戦争で心を痛めた優しい人がいたんです」
狐太郎は不意に、アカネの方を見た。
他でもない彼女と一緒に戦っていた、蛍雪隊の隊長のことを思い出していた。
「ですが彼女だけ抜けさせるのは、余りにも忍びない。なのでいったん全員解散することになったんですよ」
全部が間違いではないし、当事者に『そうだったの?』と聞いても『大体合ってるよ』という返事が返ってくるであろう内容だった。
「もちろん急に編成しなおしたら元の木阿弥なので、しばらく時間を置きますけどね。麒麟君が希望すれば、次の十二魔将にもなれますよ。それでなくても、今でも大王陛下から麒麟君は信頼されていますからね」
「じゃあ、友達のため、仲間のために?」
「ええ。でも仲間が腰抜けと思われるのを嫌がって、中々説明できなかったみたいですね」
「そ、そうだったんだ……」
自分が暴言の限りを尽くしていたので、ウンサクは落ち込んでしまった。
その一方で、麒麟と狐太郎はアイコンタクトをした。
(流石です、狐太郎さん)
(いやあ、第三者の立場からの方が楽だからね。大したことしてないよ)
将来有望な若者をなんとか説得できたことを喜ぶ、元十二魔将二人。
当事者同士が話し合うより、第三者を挟んだ方が冷静になれるのは当たり前である。
「す、すみません! 麒麟さん……俺、俺! 勝手なことを言って!」
「いえ、いいんですよ。それよりも、こういう事情があるんで、大っぴらに言わないでくださいね?」
「はい! わかりました!」
ばれても、美談の範囲で収まることではある。仮に『あの戦争で心を痛めた十二魔将がいる』と言う話を生き残った兵士が聞いても『そりゃそうだろ、むしろ痛めないほうがどうかしている』と思うはずだ。残された遺族たちも、同じようなことを考えるはずだ。
だがそれでも、やはり公表しないほうがいいことである。子供に話す程度ならいいが、大っぴらにはしたくないのが本音であった。
「……あの、それで、失礼ですけど……」
「はい」
「貴方は誰ですか? 麒麟さんからは、獅子子さんと蝶花さんっていう仲間がいるとは聞いていたんですけど……」
カリからの質問を聞いて、狐太郎は改めて周りを見た。
今のこの状況、編成を見たのだ。
麒麟、勇者。
獅子子、忍者。
蝶花、楽士。
狐太郎、魔物使い。
全員人種が一緒で、年齢も近い。
(……むべなるかな)
前情報が一切なかったら、誰だって狐太郎を麒麟の仲間、麒麟の一味と思うだろう。
実際そこまで間違っていないので、狐太郎はただ納得した。
「私は虎威といいます。麒麟さんの仲間ですよ」
ここで馬鹿正直に四冠の狐太郎ですよと名乗るのは、それこそパワハラであろう。
狐太郎は気を使った。
(あ……)
なお、そんな狐太郎に麒麟は共感を覚える。
やはり有名人になると、名乗り方にも気を使うのだ。
「そうなんですか……麒麟さんには他にも仲間がいたんですね……」
「へ~~、悪いですけど、聞いたことないです」
(今の俺は四冠の狐太郎だからな……逆に知らないよな)
尚、狐太郎。
何も知らない子供たちへ、『私は救国の英雄です』と名乗るのは恥ずかしかった模様。
(アカネ、余計なことを言わないでね)
「え?」
(黙ってなさいってことよ、察しが悪いわね)
(真実を伝える必要はない、嘘を言っているわけでも、危害を加えるわけでもないからな)
とりあえずこの場を乗り切るために、狐太郎たちは即席で騙すことにした。
芸名が有名になりすぎて、本名を名乗ってもばれないという奴である。
「どうもありがとうございます、きつ……虎威さん。それで、お二人はどうしてここに?」
「その……この辺りにはCランクがいるっていうから、修行しに来たんです……そうしたら、さっきの怨霊に」
「はい……危ないところを助けてくれて、ありがとうございました……」
麒麟からの質問に対して、二人はややしょぼくれながら答えた。
助けてもらった二人からすれば申し訳ないだろうが、彼ら以外からすればありがたいことだった。
やはり付近に人里はない、後は怨霊の元を叩くだけである。
「それでは、お二人はもう魔境から出てください。後は僕たちでどうにかしますので」
「え?」
「不満かもしれませんが、僕たちも仕事で来ていますので。どうかお気になさらず」
麒麟の若く精悍な顔には、自信がみなぎっていた。
それこそ、先ほどの幽霊の元如き、なにも恐れることはないという顔だった。
まさしく、英雄の顔であった。
「あ、あの! 俺……一緒に行きたいです!」
「ぼ、僕も……!」
さて、王道のセリフである。
(どうしましょうか、狐太郎さん)
(どうしようか、麒麟君……)
言われると物凄い困るセリフである。
「これってさ、一緒に来ていいよって言ったら目の前で攫われて、帰るんだっていったら見えないところで攫われるパターンだよね」
「ハメ技みたいな話ね……どっちも普通にあり得るけど」
アカネの軽口に、クツロが苦々しく同調する。
別にウンサクとカリが悪いわけではないし、何も言わなくても同じようなことになりえるのだが、それはそれとして参る展開である。
「そういうことでしたら、私が面倒を見ますよ。幸いここには私でも対応できるモンスターしかいませんし、怨霊についても探知できますから」
(すげえな……)
これがゲームなら、シナリオを破綻させるほどの有能さを発揮する獅子子。
ここが低ランクの魔境であるし、狐太郎と違って貧弱でもないし、最悪死んでもそこまで問題にならないからだろうが、それでも安請け合い出来るだけの力はある。
「そうね、一緒にいたほうが安全だわ。みんなで一緒に行って、それで帰りましょうよ」
蝶花の言葉に、強硬に反対する者はいなかった。
実際まあいいかな、という程度には可愛いオネダリだったからである。
「では行きましょうか。早く怨霊の元を断ちましょう」
狐太郎の提案によって、いよいよ一行は魔境の奥へ向かう。
文字通り、諸悪の根源を叩くために。
※
この時代、この世界である。
如何に英雄のこととはいえ、情報が民へ正確に届くわけがない。
伝聞の伝聞の伝聞なのだから、尾ひれがつくのはマシな方。正しい情報がどうでもいいと省かれていき、最後に残るのは誰もが気にしていることだけだ。
これは個人の中でも起きる。
十二人もいる十二魔将の全員を、ウンサクとカリが把握しきれるわけがない。
ましてや特に目当ての麒麟がいれば、なおさらであろう。
四冠の狐太郎と名乗ったならともかく、虎威と名乗ってしまえばわかるわけもない。
よって、狐太郎の仲間、従えているモンスターへ深く考えているわけではない。
しいて言えば、麒麟の仲間だけあって強いな、と言う程度である。
(これが、本物の英雄とその仲間か……)
本人たちが聞けば、否定するであろうこと。
実際にはもっと王道の、もっと強そうな英雄たちがいる。
彼らに比べれば、ここにいるのは色物ばかりだ。
もちろん、その実力は折り紙付きである。
二人の十二魔将と、その仲間なのだ。たかが怨霊如き、畏れる余地がない。
(……俺は、カリを守れなかった)
(僕は、ウンサクを置いて逃げた……)
それに比べて、己のなんと矮小なことか。
圧倒的な力を持つ、国家が認めた戦力たち。
それと一緒に行動をしていると、もしかしたら自分でも、と思ってしまう。
しかし実際には、既に無様を晒したばかりだった。
助けてもらったにもかかわらず、興奮して暴言を吐く。
あるいはそんな友人を、諫めもしない。
子供だから仕方ないともいえるが、本気で反省しなければ意味がない。
彼らは今傷つき、今成長していた。
もしもここで挫折しても、それはそれで成長であろう。
悲しいことだが、本物を見て諦める者はとても多い。
そして彼らは、本当の意味で『夢の跡』をみる。
「なんだ、これ……」
「凄い数の武器だ……」
魔境の最奥に、明らかな異物が積み上げられていた。
それは余りにも膨大な数の、この世界の住人が使うには小さすぎる武器たち。
麒麟たちが使うであろう、『亜人』の武器だった。
「……これは、間違いなく僕たちの世界の武器……ですよね」
「ああ、でもこれは……?」
乱雑に積み上げられた、数多の武器たち。
それらはどれもが傷つき、明らかに疲弊している。
それは単に経年劣化しているというよりも、何かと戦って傷ついたようで……。
「そんな……ありえないわ!」
ササゲはそれを見て、目をむいて驚いていた。
「これらは確か、各地で慰霊され、封じられていたはずなのに……!」
丙種級怨霊九十九。
その根源となっている、怨念の武器たち。
『ころす……モンスターを殺す!』
眠りを暴かれ、ここに集いしは、志半ばで倒れた者たちの怨念。
魔王の率いるモンスターに倒された、数多の無念。
そして、既に英雄に敗れ、この地へ落ち延びた、麒麟や究極の同類であった。
※
※
※
天帝をはじめとして、冥王で終わった、近代の英雄たち。
時の流れは彼らを伝説として、黄河たちのような過去の英雄の一部にしていた。
それから百年以上が経過し、再び英雄の物語は動き出す。
八人目の英雄が衛世兵器を撃破し、平和を取り戻したときから、さらに数年後。
自治区や都市から遠い、この世界の大部分を占める人里から離れた地にて。
誰の管理下にもない、ある種の危険地帯。
人の手がほぼ入っていない、自然に近い森。その中に建っている、『お屋敷』。
道場などもある、山奥にしては立派過ぎる武家屋敷のなかで、時代錯誤の極みが行われていた。
「今日までの十年、よく耐えた。これでお前も、一旦は一人前と言うことだな」
「光栄です」
「……それならもっと嬉しそうな顔をしてくれ」
「喜んでいます」
「そうか、お前は顔に出ないからな。まあそれはそれで、武術家としては正しいのだが……こういう時は困るな」
大きな鎧が、本尊のように飾られている道場。
その中で、一人の師が、一人の弟子へ一人前であると認めていた。
「正直に言えば、私の代で我が流派も途絶えるかと思ったが……お前がこうして現れて、こうして継いでくれるとはな……ありがたいことだ」
「恐縮です」
「……だからもっと喜べというに」
この二人は古風なやり取りをしているが、古風なのは態度だけではない。
二人ともこの時代では珍しい屈強な人間、『先祖返り』であった。
その古い人間が、キョウツウ技やショクギョウ技などのように簡易的ではなく、古めかしい手段での技術伝承を行っていたのだ。
「ではお前が私の後継者になったということで……開祖の時代から供をしてくださっている方々もまた、お前に引き継ぐ」
勝利歴よりもはるかに昔から引き継がれてきた技、その流派。
その伝承を見守り続けてきた、三体のモンスター。
「今まで、至らぬ私を導いてくださり、感謝いたします。どうか今後は、この弟子をお願いします」
師である無形貝才は、恭しく三体に礼をする。
「ふん! こんな愛想のない奴に大事な流派を引き継ぐなんてね、がっかりしたわ貝才! これはいよいよ御終いかもね!」
小柄な妖精。フェアリー、ヌヌ。
新しい後継者に不満ありありと言わんばかりに、彼の周囲をグルグルと回っている。
「やだもう、ヌヌったら~~。それって前の代でも同じようなこと言ってたじゃない~~! 本当は嬉しいくせに~~!」
宝箱に潜む怪物。ミミック、キキ。
もうすでに新しい主と認めているのか、隠れることなく宝箱の中から声を出していた。
「ぶふぅるるる……」
八本脚の軍馬。スレイプニル、ラク。
人語を話す力はなくとも、理解はしている。
勇壮なるその馬は、わずかに宙に浮いている足で道場の中を歩き、主に顔を寄せていた。
「どうかよろしくお願いします」
「だから! もっと嬉しそうにしなさい!」
「やだも~~、硬くなっちゃってるだけでしょ?」
「いつもこうでしょ、コイツ!」
もちろん新しい後継者は挨拶をするのだが、フェアリーはただ大声で文句を叫んでいた。
「まあいい……ごほん、ともかくお前はこれで、『大橋流古武術』の継承をしたわけだが、最後にある儀式をしてもらう」
古めかしい流派だからこそ、多くの儀式が残っている。
発展の無い技だからこそ、過去から変化をしていないと確認をする必要があった。
普通なら古文書を読む程度しかできないが、この世界では長命者がいる。
人間に従い、しかし人間よりも長く生きている者たちだ。
「我らが流派と縁の深い長命者と会い、その腕を披露するのだ」
「承知しました、頑張ります」
「うむ、任せたぞ……我が弟子蛙太郎よ」
九人目の英雄、蛙太郎。
もはや無意味となった古武術の継承者となった先祖返りは、師やさらにその前の代の継承者と同じように旅に出る。
軍馬にまたがり、宝箱を背負い、妖精を傍らにして、過去を知る者たちへ会いに行くのだ。
それを見送った師匠は、やはり歴代の師と同じように、道場に残っている鎧を見ていた。
それは歴代の誰も身に着けることが許されていない、大橋流古武術の開祖が身に着けていた鎧。
つまり、この道場の本尊である。
「開祖様……これにて私めの役目は終わりました……どうか、弟子のことをお頼み申します……?」
貝才は、その鎧がわずかに震えているような気がした。
もうとっくに主を失っている鎧が、脈動した気がしたのだ。
あるいは、この鎧だけが予感していたのかもしれない。
九人目の英雄の物語。時代を超えた、時代を間違えた戦いの始まりを。
モンスターパラダイス9 受け継がれた残骸




