一長一短
「聞きましたわ、狐太郎様! ろくに護衛もつれず、ヤングイと二人っきりで一週間も雪原に……はしたないと思いませんか!」
さて、王都に戻ってきた狐太郎は、一応婚約者であるダッキから、もっともすぎることを言われていた。
彼女の主張は極めてまっとうである。許嫁が自分以外の異性と一週間も過ごしていたら、怒るのが当たり前だ。
コゴエとサカモ、そしてメズヴやマックがいたとはいえ、メズヴ以外はモンスターであるし、メズヴは敵国民なのでカウント外なのだろう。
だがヤングイは公女なのだ。地位はダッキに近いし、現在の狐太郎を相手に結婚できるご身分である。
よって、彼女としては危機感を覚えるのだろう。それもあって、大いに怒っていた。
「……」
それに対して、狐太郎の態度は最悪であった。
一切弁解することなく、まるでゴミを見るような目でダッキを見ていた。
物凄く嫌そうに、話す気もないと言わんばかりである。
「酷いわ!」
「そうね、酷いわね、残念ね、貴女は悪くないわ。でも黙れ」
まっとうに怒っているのはダッキである。
だが近くにいたリァンはダッキを黙らせた。
「いたたた!」
「まったく……ほんとうにもう……面倒な女だわ」
(本当にな……)
目の前でいきなり連続殺人を犯したリァンを、狐太郎がそこまで否定的に思わないのは、やはりダッキを制裁してくれるからではないだろうか。
立場的にも、ダッキへ暴行をしても許される数少ない人物。それがリァンである。
彼女が居なかったら、ダッキのことは十倍ぐらい面倒だったに違いない。
「……ダッキ、一応言っておく。お前の主張が間違っているわけではないが、そもそも狐太郎君はお前との婚約に好意的ではないし、お前の存在に対しても好意的ではないし、今はお前がここにいるのもおかしい。だから黙っていろ」
現在狐太郎がどこにいるのかと言えば、カンヨーの会議室である。
狐太郎とその仲間は当然として、元十二魔将の麒麟と、その仲間である獅子子と蝶花。そして大王とナタ。
中々豪華な面々であった。なのでダッキも吹けば飛ぶ状況である。
「でも叔父様! 私は狐太郎様の婚約者で、次期大王ですよ?!」
「ああ、うん、そうだな。リァン、連れていけ」
「承知いたしました、お任せください」
「いだだだだだだだ!」
力づくで追い出される次期大王ダッキ。
今回に限っては彼女が悪いとは言い切れないのだが、空気を読めていないことは確かであった。
(次期大王とは一体……)
狐太郎や麒麟たちは、正真正銘の次期大王を見て切なくなってきた。
もうこの際、誰かが汚名をかぶってでも、彼女を政治的に排除するべきではないだろうか。
誰もが、誰かやってくれないかな、と思う程度にはうっとうしく思っていた。
「あの、ナタさん。今回の件をナタさんはどうお考えで?」
少し気になったので、狐太郎はこれを機会に聞いてみた。
大王の隣でびしっと気を張っている彼に、ダッキの反応を含めて確認したかったのだ。
「ダッキ様の反応が間違っているとは思えません。年頃の女性として、自分の親族と婚約者が一緒に過ごして、快くは思えないでしょう。実際にヤングイも……その、まあ……」
(そういえばこの人の元上司の娘で、しかもナタさんも公爵家の生まれだったな……)
聞いた後で、聞かなきゃよかったと後悔する狐太郎。
あの後ヤングイは嫁入りに向かって動いていて、しかも親であるシカイ公爵も前向きに協力しているらしい。
彼もいろいろと複雑な立場なのだろう。
「ですが、狐太郎様が最善を尽くしてくださったことは理解しております。戦争を回避するために尽力し、結果としてさらわれた女性も返還されました。北側から多くの感謝が届いていますし、気になさることはないかと」
「……聞きにくいことを聞いてすみません」
「いえ……貴方もお辛かったでしょう」
ナタは感激しているらしく、身を震わせていた。
「私心を捨てる振る舞い、その度量……北笛の王たちまでも動かすお心……まさに四冠の器かと」
「……そ、そうですか」
「貴方はやはり、十二魔将首席に相応しいお方でございます……!」
別に間違った認識をされているわけではないのだが、それでも感謝感激されると困る。
狐太郎は自分で話題を振っていて、少し後悔していた。
「ああ、ごほん……私の姪のことで混乱させて済まない。狐太郎君も先日はよくやってくれたので、いろいろと感謝を伝えたいが……それよりもさきに、本題の方を話させてもらう」
大王は話を切り替えた。
狐太郎はちょっと旅行に行っただけなのに、なんかとんでもないことに遭遇して、とんでもなく功績を作ってくれたのだが……もうマジごめん、という気分である。
だがそれを言い出すと本当に切りがなかった。
「レデイス賊から、奇怪なモンスターの死体が見つかったという報告があった。大量の武器をまとめて、それを何度もぶつけたような死体だったと……」
その報告が大王の耳に届いたのは、報告したのがレデイス賊だったからだろう。
殺されていたのがCランクモンスターと言うこともあって、いきなり大王の耳に入るようなことではない。
戦後ということもあって、もっと事態が深刻化、表面化してようやく耳に入っていたはずだ。
「それと同じタイミングで、君たちの持つ武器が反応を始めたというが……」
だからこそ、この一致にもすぐたどり着いていた。
異邦人である狐太郎と麒麟。彼らの持つ、特別な武具。
下位とは言え、Aランクにも届く武器。
何か関係があるのでは、と思うのも当たり前だった。
いやむしろ彼らこそが、そう思っているようだった。
「私たちの武器も震えている……無関係じゃなさそうね」
「凄く落ち着かない……こんなの初めてだよ」
「これは私たちの故郷で人間が作った最高の武器……誤作動の類じゃないことは確実ね」
「不吉な気配は感じないが、その一方で警告にも感じる……胸騒ぎのような気配だ。付喪神の類がいれば、話を聞けたのだろうが……」
武器が震える、というのはこの世界の住人にとって想像もできないことである。
だが一方で、麒麟たちの武器を見たことがあれば、それもあり得るかもしれない、と思うのだ。
それほどに、彼らの持つ武具は高度な技術によってつくられている。
「話せる範囲で構わないが……何が起きているのか想像できるかね?」
「そのレデイス賊が見つけた死体が、僕たちの故郷の武器によるものなのでしょう。僕たちが直接確認し、解決しようと思います」
強い使命感を抱いて、麒麟がそう宣言した。
他の面々と違い、何かを強く感じているようである。
「……君たちの武具には不思議な力がある。無礼を承知で聞くが、話せる範囲で教えてほしい」
狐太郎たちにしてみれば当たり前のことだが、この世界の住人からすれば、『装備が変わったら使える技が変わる』というのはおかしなことである。
多少強くなる程度ならわかるが、誰もがその枠を明らかに超えていた。
「僕たちの『ショクギョウ技』とは、武具そのものに依存しているというよりも……一種の契約です。天使の契約と悪魔の契約、その双方の性質を持っていると言っていいでしょう」
麒麟は静かに説明を始めた。
知られたところで、まったく問題ではないからだ。
麒麟たち自身、細かい原理まで知っているわけでもない。
この世界に、何の影響もおよぼさないだろう。
「例えば……失礼ながらリァン様は、体の中に治癒属性しか宿していない、と聞きました」
「ああ、その通りだ。あの子は戦闘的な属性を欲しがっていたが、こればかりはな。普通は二つか三つは宿しているという……例外的に多いのはシャイン君だったな。アッカも言っていたが、彼女は本当に天才だ」
「そうですか、ではそのリァン様を例にしましょう。彼女が何かの職業の加護を得た場合……『より治療が得意になるが筋力が落ちる』か『より筋力が上がるが治療が苦手になる』のどちらかを選ぶことができます」
なるほど、わかりやすい例だった。
リァンは治癒属性のクリエイト使いであり、Cランクモンスターを素手で葬るほどの怪力を得てもいる。
その二つの長所が、必ずしも同時に活用されるわけではない。場合によっては、片方をまったく使わないこともあるだろう。
「つまり……複数の才能を、一つに集中させることができると? なるほど、確かに天使と悪魔の両方の特徴があるな」
原理はわからないが、理屈は納得できることだ。
まったく何の代償もなく強くなるよりは、ずっと自然なことである。
「仮にホワイト君がそれを使えば、押出属性と圧縮属性、大地属性のどれかに特化するようにもできるのかね?」
「ええ。もちろんそれらすべてが使えなくなる代わりに、素の身体能力を上げることもできます」
才能の無い人間でも、多少は強くなれる。
才能のある人間ならば、もっと強くなれる。
「私は忍者ね。直接攻撃は苦手になるけども、妨害技や回避技などが得意になるわ」
「私は楽士です。味方全体の強化や回復が得意になる代わりに、一人一人への回復技は苦手になるの」
もちろん、モンスターなら尚のことに。
「私は格闘家ね。武器を使う技が苦手になる代わりに、格闘技が強くなって……さらに自己強化や回避技、連続技などの多彩な技を使えるようになるわ」
「私は騎士だよ。火を吐く攻撃ができなくなるけど、基礎能力が上がって、武器を使った攻撃も得意になるんだ」
「私は呪詛師ね。普通の魔法攻撃が苦手になる代わりに、弱体化の呪いがより得意になるわ」
「私は侍だ。魔法攻撃や環境変化技は苦手になるが、その代わりに接近戦に強くなれる」
なるほど、常にそのショクギョウ技を使っていないわけである。
タイカン技ほど如実なデメリットがあるわけではないが、状況によって使い分けたほうがいいのだろう。
「では麒麟君、君の……その勇者とやらにもデメリットが?」
「いえ、僕は少し違います。並の才能を持っているだけでは得られない代わりに、最上位の才能をもつものをさらに強くできる……それが僕の加護、勇者です」
「なるほど、確かに君は多くの属性を操ったな……」
自分には物凄く才能がある。
その自己申告が嫌味に聞こえない上で驕りも感じられないのは、実際に麒麟が強く、武勲を上げ、なおかつ身の程を弁えているからだろう。
西重からも『英雄ほどではないが圧倒的に強い』と言われた麒麟である、それぐらい言っても許される。
「そして、僕たちがショクギョウ技を使う時に出す武具も、その職業に就いている者にしか使えないように制限、呪いがかかっています。その分とても強いのですが……だからこそ、多くの武具を一人で使うというのは明らかに異常です」
麒麟は、とても厳しい目をしてササゲを見た。
「その異常を、僕は一例だけ知っています。ササゲさん、ご存じのはず」
「……知っているというだけなら、他の子も同じよ。私も知っているだけで、見たことがあるわけじゃないわ」
一つの種類の武器ならば、一人で複数持つこともできなくはない。
だが複数種類の武器を同時に使うなど、人間にもモンスターにも無理だ。
だがどちらでもあるものなら、一例だけ存在している。
「私たちが倒した魔王、その配下……魔王軍四天王が一人『破戒大僧正』。あの方だけは、複数の武具を操ったらしいわ」
元は魔王軍に属していたササゲである。
当時のことも知っており、知識だけは知っている。
「らしいって……」
「……仕方ないでしょ、会ったことないし!」
「そうなの?」
「私は別の四天王の配下の下っ端だったのよ!」
アカネに失望されたので、ササゲは反論した。
そもそも現状がおかしいのであって、普通の臣民は国王とかに直接会わない。
「大体、あの方がモンスターを徹底して殺すなんてしないわよ。魔王様の四天王だった人が、なんでモンスターを憎むのよ」
「それもそうだね……」
「それに『破戒大僧正』は、ずいぶん前に殺されているわ! というか、魔王軍四天王で生きているのは『魔王の娘』だけよ! 常識でしょう!」
ササゲははっきりと言い切った。
「あの方は絶対関係ないわ、別口でしょう!」
「そうですか……確かにそうですね、それに現場に行かなければわかりませんし」
さて、この場に集まった面々は、やはり解決に向かって動く気のようだった。
全員がそろって、その現場を確認する気のようである。
これに対して、大王は少し顔を渋らせた。
絶対に失敗しない編成だとは思うのだが、だからこそ怖くもある。
「どうしても全員で行くのかね? 強く止めることはできないが、できればやめてほしいのだが……」
「確かに……狐太郎さんの護衛をしている方にも休憩などは必要ですね。では今回は僕たち三人で護衛しましょう」
麒麟は『旅行の護衛でブゥたちも疲れてるし、無理させないで』と受け止めていた。
だが大王は、全然違うことを考えていた。
「いや……狐太郎君やその護衛ではなく、君たち三人が抜けることが困るのだ」
麒麟、獅子子、蝶花。
ハッキリ言ってこの三人がいれば、他の護衛達が要らないほどである。
つまりそれだけ優秀と言うことであり、彼らがいないといざという時すごく困る。
「レデイス賊たちの判断を咎める気はないが……せめて獅子子君だけ先行して確認してから、というのは?」
まだ人里離れたところで異常があったというだけである。
これだけの優秀な人材を、一気に投入するほどではないと考えてしまう。
「……無茶を承知でお願いします。なぜだかわかりませんが……僕は胸騒ぎがするんです」
武具の震えが、使い手を動かす。
そして勇者は、強く心を動かされる。
何かが起きている、自分たちが、自分が行かなければならない何かがあると。
※
件の魔境であるが、当然ながら積極的に訪れる者はいない。
有用なものが無く、交通にも不便で、Cランクのモンスターが生息しているだけ。
ならばなぜ、人が訪れるのか。
ましてや多くのモンスターが無作為に殺されている場所に、長く残るなどありえない。
「行くぞ~~カリ! この魔境でCランクモンスターを狩りまくって、物凄く強くなってやるんだ!」
「ちょっと待って、ウンサク! なんかすごく嫌なにおいが……」
無思慮で経験の浅い、自信のある若者ぐらいであろう。
「なあに! 何かあっても吹っ飛ばす……それが十二魔将だろ?!」
「そうだけどさ~~……僕たちはまだ、十二魔将様じゃないし……」
その若者たちの未来は、やはりありふれたものなのだろうか。
この森に潜む、異世界の脅威。
全身全霊が憎悪だけで構成されている怪物に、彼らは抗う術をもたない。




