勘違いしないでよね! アンタに興味なんてないんだからね!
狐太郎は割と有能な男である。
度を超えて優れているわけではないのだが、人付き合いは上手である。
気遣いのできる男ではあるのだが、それはもう一つの問題に至る。
本人はそれが好きと言うわけではないのだ。
人に気を使うのが好きなのではなく、むしろ嫌いである。
だがそうしないと生きていけないので、嫌々でも気を使っているのである。
こういう人間を苦労人と言うのだろう。
まあ努力すればなんとかできる、というのは一種の才能なのかもしれない。
世の中にはどれだけ頑張っても状況を改善できない者が多いので、なんだかんだ何とかしているのは凄いのかもしれない。
問題なのは、その処理能力が常に超過されていることだろう。
つまり狐太郎はぎりぎり越えられる試練ばっかり殺到してくるのだ。それも複数まとめて、蓄積しつつ。
そんな彼にとって、ヤングイをはじめとする求婚者の殺到は、ある意味想定通りで、想定通りにうんざりすることだった。
だがしかし、それを味わっていると思うことがあった。
自分の問題が解決していないのはどうかと思うが、それは他人への気遣いを忘れていいということではないのである。
※
王都近くにある魔境に、一旦戻ってきた六体の貴竜。
しばらく三方を守っていた彼らは、報告も兼ねて集結したのである。
もちろん彼らの基準では、そんなにつらくないことではあったのだが……。
それでも大いに貢献してくれたことは事実であろう。
彼らの住処となっている魔境へ訪れた狐太郎とその護衛達は、竜の民を交えて話をすることになった。
「結論から先に言うんだが、ウズモ達が流石にかわいそうだから、若い雌に出張してきてもらえないか?」
狐太郎の結論を聞いて、雄たちが鼻息荒くして顔を寄せてきた。
なんか仕事でも押し付けられるのでは、と思っていた彼らも、これにはにっこりである。
「それはどのような意味でしょうか?」
竜王の主が気を使っているのに、ウズモ達の下僕であるはずの竜の民たちは辛辣だった。
お目付け役なので仕方ないが、ご褒美を上げようという話に何の興味も抱いていない。
「いえね……最近やたらと求婚されてきまして……」
「それはようございますね」
「良縁が一つもないのです」
「それは失礼をいたしました」
流れるように四行落ちである。
狐太郎はもう諦めたような顔をしているが、四体の魔王も同じようなものだった。
「精霊使いがコゴエに興味をもったり、もっとも高価な宝石と呼ばれるノベルに令嬢が興味をもったり、闘技場のご息女がクツロに興味をもったり、俺の財産に興味をもったり……まあろくでもないのがわんさかと」
当然だが、誰一人狐太郎自身に興味を持たなかった。
狐太郎の周囲にあるたくさんの物を求めて、欲まみれで近づいてくるのだ。
「本当に……もううんざりですよ……」
狐太郎の悲嘆は、もう諦念の域に達していた。
(ねえロバー……やっぱりこういう形で接近したのは正しかったね)
(結果から言うとそうだな……お前の言う通りだ)
狐太郎の持つ、ドラゴンズランドとのパイプを目当てに接近した、バブルとロバー。
この二人は最初の段階で『バブルの色仕掛けは無謀』という賢明な判断をしており、実力で取り入っている。
もしもバブルが『私の色仕掛けで!』と思っていた場合、初手で失敗していたことが明らかになった。
やはり狐太郎が求めているのは戦力であって、一緒に連れ歩きたい女性ではない。
なお、その戦力を求めて女性が集まってきている模様。
「正直恋愛沙汰云々さえ嫌だったのです……女性に好かれるために頑張ることの、なんと虚しいことか、まったく理解できない……とまで思いました」
「それは大変でございましたね」
「ですがそこまでいって、そう言えばウズモ達は恋がしたかったはずではと思い出しまして」
ガイセイや麒麟が味わったものと同じ徒労感を、狐太郎も味わった。
必死な女性を味わって、もううんざりだったのだが、それを目的にウズモが来たことを思い出した。
「もちろん、ウズモ達が一時逃げたことは存じています。それに対して、長老様方が憤慨していることも。ですがそれはそれとして、王都奪還戦や今回の派遣でも頑張ってくれたわけですし……」
「私は駄目だよって言ったんだけどね」
「お前の気持ちもわかるけど、流石に鞭だけだと頑張れないだろう」
狐太郎は、社会人である。
今回の仕事がドラゴンたちにとって簡単だったことは理解しているが、簡単でも仕事をちゃんとやってくれたことは評価するつもりだった。
そして評価とは、反映されてなんぼであろう。
「今ドラゴンズランドに帰るのは、長老様もお許しにならないだろう。それを破る気はないですけども」
(いえ、破ってほしいんですが……狐太郎様なら、お爺さん方も要望を聞いてくださるかと……)
狐太郎は配慮のできる男なので、折衷案を出そうと思っていた。
だがウズモ達は若いので、さっさとドラゴンズランドに帰りたかった。
しかしそれを言うとお目付け役たちがチクるので、心の中にとどめていた。
こうして若者は大人になっていくのである。
「若い雌……女性に来ていただくことはできるでしょう。ウズモをはじめとして、アカネの部下になった彼らへ好意を持っている方も多いはずですし」
若い雌という言い方に抵抗を感じる狐太郎。
ドラゴンのことを男とか女とか言うのはなんか違う気がするし、でも雄とか雌とかは下に見ているような気がしてしまい……でも雄と雌が男と女という呼び方に比べて劣るという考え方も失礼に思えて……という具合に、結構混乱していた。
なお、その気遣いは誰にも届いていない模様。
「私も結構無理できる立場ですし、人里から遠くの、大きめの魔境でちょっとしたお見合いをしてもいいと思うんですよね。もちろんウズモ達が良ければ、ですけど」
『是非!』
物凄く格好良く、物凄く格好悪いことを言うウズモ。
まさに鼻息が荒かった。
彼だけではない、他のドラゴンたちも荒くしている。
「……サイテー」
なお、竜王からの評価はダダ下がりの模様。
「アカネの気持ちもわかるけど、タダでこき使ってるんだからこれぐらいの配慮はしてあげていいだろう?」
「でもさ~~そもそもこの子たちが馬鹿なのが悪いんじゃん」
「……それもそうだな」
(納得しないで!)
竜王の正論が、天帝の心を動かしていた。
やはり誠意のある言葉は、人を動かすのである。
「前言を撤回してさっさと諦めるとか、怖いから引き返すとか、他のドラゴンを笑うとか……こいつらろくなもんじゃないよ」
「そうだけども」
事実を羅列すると、Aランクの若き雄たちもばっさりである。
ぶっちゃけ彼らは強い種族に生まれたというだけで、同じ種族の中ではむしろ落ちこぼれに分類される。
アカネの部下になったのも、アカネの下で根性を叩きなおしてもらうためなのだ。
(そんな奴らがこの国を救ったんだねえ……)
なお、ピンインは現状の意味不明さを受け入れかねていた。
一族の落ちこぼれが送り込まれてきて、しかも一国を救っているのである。
まあそうでもない限り、派遣なんかされてこないだろうが……。
(落ちこぼれだから雑用も任せられるんだけどねえ……)
各地から感謝状が届いていて『ずっといていいのよ?』という面の皮の厚いメッセージも来ている。
まあ餌を自力で調達する上に魔境で生活しているのだから、いて困ることなどないのだろうけども。
「やっぱ今の無しにするか……」
『お待ちください!』
ウズモが叫んだ。
彼の魂の叫びであった。
『狐太郎様……この通り、この通りでございます!』
ウズモはその大きな首を上に上げた。
自分の喉笛を、彼に見せているのである。
(犬がお腹を見せているようなもんか?)
なお、他のドラゴンたちもそれぞれ変わったポーズをしている。
おそらく卵産んでくれ踊りとは、別の意味の踊りであるらしい。
「アカネ、意味が分かるか? 俺には謝罪や嘆願っぽい何かにしか見えないんだが……」
「大体合ってるよ。降参のポーズ」
(やっぱりそういうポーズか)
多分土下座的な意味があるのだろう。
土下座してでも女の子に来てほしい、というのは如何なものか。
(いや、むしろ賢いのかもしれない……胸を張れないというだけで)
彼らはそれだけ異性に飢えているのだろう。
もはや恥も外聞もない、ただお願いするばかりである。
(しかしこいつらに恥と外聞があったことがあっただろうか……)
だが土下座で伝わる誠意などささやかなものである。
狐太郎は自分で言い出したことを現地で撤回しかけていた。
「いいじゃないの、アカネ。若い子たちなんだし、ちょっと会うぐらい許してあげなさいよ」
だがそこに助け舟を出したのは、鬼の王クツロだった。
「ご主人様も、本人たちの前で言ったことを撤回するなんて……それこそ意地が悪いわよ」
「それもそうか……クツロの言う通りだな」
クツロがそういうと、アカネも拗ねたように黙った。
狐太郎が納得してしまったので、もう諦めたようである。
『ありがとうございます、鬼の王よ』
「御礼なんていいわよ。みんなずいぶん頑張ってくれているし、貴方にも感謝しているのよ? ただ……」
鬼の王は、少し厳しいことを言う。
「私たちは長老にお願いするだけで、長老がそれに賛同するとは限らないし、賛同しても貴方達とお近づきになりたいって女の子がいるのかもわからないわよ?」
『……夢の無いことですね』
ちょっとがっくり来るウズモ。
おそらく故郷でいいことがなかったのだろう。
でもまあ、シュバルツバルトでの醜態を思えば、故郷でモテなかったのも納得である。
この央土では彼らも偉大なドラゴンだが、故郷に帰ったら落ちこぼれに逆戻りなのだ。
もう一生ここにいたほうがいい気もするが、それだと異性との出会いがないわけで……。
「あの長老は、貴方達のことは情けないことも立派なことも、ちゃんと故郷で話していると思うわ。何があっても自業自得だと思いなさい」
『むぅ……仕方ないことですね』
ウズモは苦悶の表情を浮かべた。
『あの時危険を回避した対価だと思えば……必要な代償でしょうし』
(そういう考え方が情けない賢さだと思うんだが……)
やはり情けないウズモと、その仲間であった。
「……ところで、正直記憶が怪しいから確認するんだけど」
その一方で、ササゲがあることを聞いた。
「ウズモはともかく、他の五体って相手がいなかったかしら」
「そうだったらしいな。確か同種の雌がいたはずだが……ドラゴンズランドでは、番に対してどうなっているのだ」
ササゲとコゴエの、性欲がないコンビ。
彼女達の質問に対して、竜の民が答えるよりも先に、若きドラゴンたちは首をひねって明後日の方向を向いた。
それは視線を逸らす、という行いであろう。
「……焼き殺そうかな」
「待て待て……一応確認しよう。どうなっているんですか?」
「殿様や姫様……場合によりますね」
「つまり女の子たちが嫌がっている場合もあると」
竜の民の返事や彼らの反応を見るに、倫理観は結構緩めだが、だからこそ個体に依るのだろう。
一夫一妻と決まっているわけでもないが、一夫多妻に文句を言う女性もいるのだろう。
ある意味まともである。
『私は、生まれてこのかた、異性に声をかけられたこともありません!』
なお、ウズモは誇らしげに言い切った。
切実に番を欲しがっている男らしい、情けなくも潔い開き直りであった。
まあこの場合は、力強く主張しても間違いではない。
《お前ふざけんなよ、このぼんぼんが!》
《もとをただせば、お前が悪いんだろうが! こっちは付き合わされてるんだぞ!》
《俺達のことも弁護しろ! それが長の務めだろうが!》
《俺達五体で謀反を起こすぞ! お前だけいい思いをしたらマジで許さないからな!》
《プリーズ! ギブミー!》
人語を話せないドラゴンたちの叫びがとどろいた。
おそらく彼らも、子孫を残すために必死なのだ。
もういるかもしれないけども、それでも本能が彼らを突き動かす!
「クツロ、ぶっ殺していいよね?」
「私に許可取らないでよ……まあありだとは思うけど」
なお、女性達からの評価は地に落ちる模様。
「ご主人様は偉いよね、あんなにがっついてないもんね!」
(俺の場合は、相手ががっつき過ぎてひいているんだけどな……お前と同じ心境なんだけどな)
※
さて、クツロと狐太郎の配慮により、長老へ『ちょっとメスを送ってくんない?』という非常に酷い要望が送られることになった。
本人たちが希望すれば、と言うことなのだが、それでも酷いことに変わりはない。
だが長老も『まあ物好きがいれば』という判断で許可が下り……『思ったより結構いました』ということで多くの若き貴竜が来ることになった。
それを聞いて雄たちは立ち上がった。己を上げるために、竜の民をこき使って、己の体を磨かせたのである。
それは竜の民が竜の下僕であることを再確認するものであり……。
バブルがそれをめちゃくちゃがっつり記録していた。多分画集となって、図鑑とか教科書とかになるのだろう。
もちろんロバーもそれを楽しそうに見ていて、キコリとマーメは楽しそうでもなんでもなかった。
さて、本番当日。
空をうねって、地を走って、十体ほどのドラゴンたちが来た。
もちろん全員雌である。
『きゃ~~! 本物の大百足殺しよ~~!』
『私たち、ファンなんです~~!』
『ちょっと鱗をこすってもいいですか~~?』
《みんな、私にもあいさつさせてよ~~!》
《わ、私も、その……お、お話したいなって!》
さて、十体ほどのドラゴンたちは、一体に集中していた。
みんなが惚れる、憧れのドラゴンは一体誰?
「あのさ、私女の子が好きって趣味はないんだけど……」
(アカネがめちゃくちゃ人気だ……)
今更ながら、アカネが一番人気だった。
他の雄なんて見向きもされず、ただ放置されるばかりだった。
「考えてみれば当然ですね、竜王の部下よりも竜王に興味が向かうのは」
「言うなよ、コゴエ……」
ピカピカに磨かれた鱗に覆われた、一張裸の雄たち。
彼らは無言で涙を流し、世の無常を嘆いていた。
だがしかし、ウズモ相手ならともかく、竜王アカネに噛みつくなどできるわけもなく……。
(そうだよな、故郷でモテたいよな……)
この国でモテモテの狐太郎は、異郷の地で頑張るウズモ達に少し共感するのだった。
「しかし、アカネはモテモテね~~。前からそうだったわよね」
「そうだな……しかしクツロ、お前にそういう話はないな」
(言われてみれば確かに……)
「殺すわよ?」
なお、同じように王であり女性でもあるクツロは、そういう話がない模様。
「やっぱりアカネはドラゴン基準だと美人なんだな」
「ご主人様、見てないで助けて~~!」




