子子子子子子子子子子子子
いきなり他国の英雄が現れて、こちらの英雄と話を始めた。
対応をしてくれるのはありがたいが、たまったものではない。
エツェル・キョウドと言えば、真に英雄。
彼がその気になれば、この付近など一瞬で消し飛ぶ。
仮に狐太郎一行が応戦しても、同じような結果にしかならないだろう。
スイコー伯爵たちは逃げ出すこともできず身を寄せ合い、嵐が去ることを待っていた。
その彼らが口にするのは、呪いの言葉。
こんなことなら、狐太郎を逗留させるべきではなかった、という後悔の呪いであった。
「なんてこった……状況は悪くなるばかりだ……」
「何が四冠の狐太郎だ……さっさと出て行ってくれれば、こんなことにはならなかったのに」
「恩人だからと逗留してもらったけども……これならいないほうがましだ……」
彼らは心が弱かった。
しかし咎められるものではない、いきなり他国の英雄が現れれば同じようなことになるのが普通だ。
エツェルが狐太郎に会いに来たことはわかっているので、そう言いたくもなる。
「お前達……忘れていないか」
スイコー伯爵は、内心で同じようなことを考えていた。
だがある程度『まっとう』な思考もできていた。
「狐太郎殿のところへエツェルが来たのは、あの娘の対応を我らが任せたからだぞ」
とばっちりを受けたというのなら、それは狐太郎の側である。
少なくとも呼んだ者たちが『何でいるんだ』と思うのは筋違いである。
「で、ですが、あの方に対応を任せた結果、こうなったのでは……」
「まあそうだが……ではあの方を直ぐ追い出していれば、どうなったと思う?」
全員、無言であった。
お忍びの休暇中に無理やり呼び出して、業務範囲外の仕事を押し付けて、終わったら『じゃあ帰れ』。
相手が木っ端ハンターならともかく、救国の英雄である。そのうえ、彼の護衛達も侯爵家や元十二魔将。
ただの伯爵家如きが、逆らっていい相手ではない。
「我等はあの方に守られているのであって、巻き込まれているのではない。それもわきまえずにうかつなことを言えば……この国のすべてが敵になると思え」
※
狐太郎の持つ倫理観において、父親が子供を殴るというのはあまりよくないことである。
いや、はっきり言えば犯罪だ。もちろん場合にも依るだろうが、目の前のメズヴは躾をはるかに超えていた。
警察が見たら、逮捕されるレベルであろう。それほどに徹底して打ちのめしており、もはや拷問の域であった。
アカネ、ササゲ、コゴエ、クツロ。
四体の魔王も、比較的近い価値観を持っている。
彼女達もまた、暴行を肯定的にとらえることはない。
少なくとも狐太郎たちは、彼女を穏便に送り返したのだ。
それで受け取った側ががっつり傷ものにしていれば、腹立たしく思うだろう。
だがそれも、場合に依ることだ。
「……よくよく考えれば、ごもっともね。相手をして損したわ。最初からふんじばって、北笛に送り返せばよかったのね」
「そうだよね……私を買う気だったけど、私を買えるぐらいの家畜なんていないよね……」
「英雄も大変ね、こんなバカな娘の尻拭いをしないといけないなんて」
「我らの対応が間違っていなかったのなら、気に病むこともないだろう。戦争がありえたのだ、慎重に運んで悪いことはない」
(ガイセイも言っていたけど……英雄の傍にいる人は、英雄の足を引っ張ることしかできないんだろうか……)
みんな、理解していた。
なんかおかしいな~~と思っていたが、違う価値観の国から来たからだな、と考えて配慮をしていた。
しかし実際には、彼女が馬鹿だったのである。
行動にいまいち一貫性がなかったのは、単に彼女が馬鹿だったからなのだ。
物凄く大変だったのは、バカの相手をしていたからなのである。
わかってしまうと、何もかも腑に落ちた。
(道中で彼女が偉そうに言っていたことへ、一理あるなと思っていた俺は一体……)
彼女の言っていたことは正しかったのかもしれないが、彼女の信用が無くなったので一気に説得力が無くなっていた。
そしてそんな人の言葉を真に受けていた、己を思いっきり恥じていた。
これだけ多くの人に関わって、これだけ出世したのに、まったく人を見る目が養われていない。
むしろ今まで彼女はろくでもないことばかりしていたのに、どうしてかこうしてか信じることにしたのがおかしかったのだ。
(第一印象は失礼で変な女……初志貫徹するべきだった)
どうして人は人を信じてしまうのか。
自分とは違う人を、無理に信じようとするのか。
やはり発言や価値観ではなく、行動を見て判断をするべきだった。
「ったく……マックに免じてぶっ殺すのは勘弁してやったが、腹の虫がおさまらねえぜ……おぃ?!」
「は、はぃ……」
「こんなでっけえ借り、てめえの一生をぶち込んでも足りねえんだぞ?!」
北笛には北笛の価値観があり、当然央土とは異なっている。
セミ砂漠でホワイトが『こんなところにいるAランクを倒しても誰もお金くれない』と言っていたように、実利が無ければ央土ではあまり意味はない。
実際氷の台地の氷喰いも、実害がないので放置されていたのだ。
だが北笛において、己の乗騎が王になって、配下を率いてAランクを討ち取ったというのは、尋常ではない名誉である。
どっちが正しいとかではなく、そう思われているのだ。
つまり事実として、メズヴは大いに素晴らしい戦果を持ち帰ったのだが……。
彼女が自力で見出したわけではなく、ヤングイの案内であり、そのヤングイへ対価を払ったのは狐太郎で……。
その狐太郎自身も十日ぐらい彼女につきっきりで、帰りまで手配したのである。
マックの武勲が凄ければ凄いほど、それに協力した対価も莫大で膨大になってしまうのだ。
それをメズヴは払うつもりだったが、それは彼女の支払い能力を超えていたわけである。
まあ、怒る。
「マジで……こんなのが自分の娘だと思うと、情けなくなってくらあ!」
メズヴの頭を掴んで、ガンガンに地面にたたきつけている。
しかし誰も止めない。これぐらいされても、文句は言えないのだ。
「たくよぉ……んで、狐太郎クン」
「は、はい……!」
北笛の王、その一人エツェル。
ふんどし一丁の彼は、膝を突きながら、はるかに小さい狐太郎の両手を、大きな手で柔らかく包んでいた。
「セーイタイショー……四冠の狐太郎……マジリスペクトしてます!」
「え……え?」
「マジ憧れてます! こんな形で残念っすけど……会えて超嬉しいっす!」
「は、はあ……」
自国の英雄からも敬意を払われている狐太郎だが、まさか他国の王に熱狂的なファンがいるとは思わなかった。
その眼は、少年のように輝いている。
「てめえら皆殺しだって俺らはよく言いますけど……マジで敵を全殺したのは、アンタぐらいなもんです」
「……まあそうだと思います」
「しかも大物を全部ぶっ殺した後で、美味しいところは全部他の奴に譲るとか、激シブっす!」
「……渋くはないかと」
「今回はガクヒやジローを相手に前線で撤退でしたけど、いつかぜって~~王都に侵入ますんで、その時はガチの勝負してください!」
(来ないでほしいな……)
国境紛争を予選扱いする奴を、少しでもまともだと思った狐太郎。
彼は再び、見る目の無さを痛感していた。
そして親も親なら子も子だった。メズヴも大概だったが、エツェルも大概だった。
「それでですね! 俺は娘に焼き入れたあと……ほらここ」
(見せるなよ……)
「ここに焼き入れた後、盟友のテッキクンとアレックスクンと話付けまして……」
流石は王、一応まともに判断もしている。
問題が大きかったので、自分一人で解決せず、他の二人と相談したのである。
なお、自分の娘にかなり重度の火傷を負わせた模様。
「今回のシャレー、央土の領地に置いてきました」
「……え? 置いてきた?」
「うっす! 結構量あったんで、ガクヒの城の近くに置いてきました!」
もう物凄く不安だった。
この戦争好き、狐太郎へ何を送ったのか。
(嫌なものだったら、断っていいのかな……いや、断ったらそれはそれで不味いけども……)
狐太郎は、不安だった。
もしも変な物だったら、どうしようかと。
狐太郎は知っている。
好意で送られたものでも、災いを招くことがあると。
うかつに受け取ると、ろくなことにならないと。
「央土からさらった女、全員返しました!」
「……」
「あれ? 気に入らねえっすか?」
嫌とはいえない嫌な謝礼だった。
狐太郎は内心どうかと思いながら、一応御礼を言った。
「いえ……とても嬉しいです。私の主である大王陛下も、さぞお喜びになるでしょう……」
「よかった~~! 駄目だったらどうしようかと思ったっす!」
なんで人を攫った連中へ、返してくれたことで御礼を言うのだろうか。
そんなもん帰して当然だろうがボケ、というには狐太郎は大人になりすぎている。
「ご主人様……ご立派です!」
「……ガクヒさんとジローさん、大変だったんだね」
「まあよかったじゃない……そう思いましょう」
「ご主人様だけではなく、他の方からも異議はあるまい。あの徒労の対価と思えば、十分以上のはずだ」
なお四体の魔王も空気を読んでいた。
今ここで怒っても、きっと伝わらないだろう。
それよりもむしろ、さらわれていた女性たちが帰ってきたことを喜びたかった。
そう思わないとやってられない。
「ちょっと多すぎて気を悪くするかなと思ったんですけど、これぐらいしたほうがいいってテッキクンが言うんで……」
(まさかコイツ、半分帰してあげるよ、で済ませる気だったのか……?)
「このバカがとんでもねえ前例作っちまったんで、他の奴が真似するかもしれないじゃないっすか。実際、マックの武勲を聞いて、スカハとイーフェはイライラしてるみてぇだし」
だが話を聞くと、気遣いが見えた。
贈物というか、返却されたものが大概アレな気もするが、ちゃんと狐太郎に気を使っている。
「狐太郎クンはでっけー人ですけど、噂を聞いた馬鹿が何人も来たら、流石にきついっしょ」
「……そうですね」
「前例には前例、これぐらいの返礼ができる奴なんていませんから、もう心配いらねっすよ!」
メズヴが馬鹿をしたせいで、北笛側から見れば『狐太郎のところに行ったらAランクの敵がいるところへ案内してもらえる』という前例ができてしまった。
だが三人の王が気を使ったので『狐太郎にオネダリしたらすげえ対価を払わないと駄目』という前例ができたのである。
これなら狐太郎も北笛の誰かから何かを要求されても『前の時は三人の王が大量の人質を返してくれたけど、お前はどうなん?』と言えるのである。
なるほど、ありがたいことだった。
でも最初からさらわないでほしかったし、戦争もしてほしくなかった。
「ってことで、そろそろ俺も帰ります! あんまり長居すると、ガクヒやジローがうるせえんで!」
「はい……どうか帰り道もお気をつけて……」
かくて、狐太郎の外交手腕によって、北笛にさらわれていた多くの女性達は、貴賤を問わずに全員解放された。
今回のことは非公式ではあったが、そもそも北笛側はそれを知らないので、ちゃんと『狐太郎に感謝しろよ』と女性たちに言ってから解放した。
これによって狐太郎の名声は更に上がり、多くの感謝が狐太郎の元に届き……それへ返信するのが狐太郎の仕事になるのだが……それは少し先のことである。
「行くぞ、お前ら! 北笛最強!」
「キョウドは最強!」
(ガクヒさん、ジローさん……仕事もっと頑張ってくださいね……俺に仕事回さないでくださいね……)
名目上、一時は自分の部下になっていた、北を守る二人の英雄。
彼らにより一層頑張ってほしいと願う、元征夷大将軍なのであった。
※
さて、今回の襲来の後、狐太郎は寝込んだ。
すげえ寝込んだ、むしろ気絶していた。
なんかこう、頭をぶん殴られた後ぶん回されたかのような、そんな具合にダメージを負っていた。
なぜこんな辛い目に遭ってまで、人は仕事をするのだろうか。
休日出勤したらなだれ込むように連勤……そして入院。
世界が変わっても、人間社会は変わらないのかもしれない。
だがバブルの献身的な治療によって、数日で復調。
ぶっちゃけ一月ぐらい寝ていたかったが、流石にスイコー伯爵に悪いので移動となった。
その出発の日、同じように逗留していたヤングイもまた、シカイの元へ帰ることになったのである。
別れの挨拶では、しばらく話ができなかった狐太郎へ、彼女は優しく知的に微笑んでいた。
「お元気になられて、とても安心しました。あれだけ多くのことがあったのですから、普通のお方でも苦しかったでしょう。ましてやお体の弱い狐太郎様では、さぞお辛かったはず……本当にお疲れさまでした」
「い、いえ……まあ……」
ヤングイからの労いに、狐太郎は応えきれなかった。
これも仕事ですからと言いたいが、休暇中であったはずだし、そもそも管轄外だった気がする。
(おかしい……これだけ悪魔を沢山引き連れている俺は、普通に敬遠されるはずではないのだろうか……)
狐太郎は、己を見つめなおした。
そして気付く、猫の手も借りたいと言う現実に。
(今後高額請求したら、そういう前例ができてくれるのだろうか……)
狐太郎の心から、優しさが失われつつあった。
でも元々義務感で仕事をしていたので、優しさが抜けても支障はない模様。
「少々意外なことが続きましたが、これも四冠様のお力によるもの……どうか卑下なさらず、胸を張ってください。狐太郎様のご尽力によって、多くの方が救われたのです」
(誰が俺を救ってくれるんだろう)
切ない思いが、溢れて止まらない。
果たして狐太郎は、どうすれば四冠の重圧から救われるのだろうか。
「そして……」
ちらりと、彼女はササゲを見た。
物凄く期待している顔の彼女に、ヤングイは微笑む。
微笑んだうえで、狐太郎を向いた。
「アパレ様が引いた、大当たりの札。私には見つけることができませんでした」
「……そうですか」
「流石は最強の悪魔使い様の出した問題……今の私には見つけることができないようです」
「そうですか……」
「精進いたしますので、また挑戦させてくださいまし」
とても女性的な笑みを浮かべて……とても楽しそうな、幸せそうな笑みを浮かべて、彼女はアパレに笑った。
「アパレ様……私に見つけられると思いますか?」
「私にはわかりませんが……そうなると素敵ですね」
「ありがとうございます」
そして、最後に、しとやかに一礼をして、彼女は去っていった。
「なんか意味深だったわね……」
「え、そう?」
「ご主人様、どういう意味だか分かる?」
「何やら暗示していたようですが、伝わったのですか」
四体の魔王は、狐太郎に尋ねた。
果たして彼女は、何を言いたかったのか。
「プロポーズされた」
「は?」
「だから……プロポーズされた」
エツェルの下着姿を見た彼女は、大当たりがどこにあったのか悟ったのだ。
その上で、狐太郎の下着を見る資格がないので、それを手に入れるために頑張ると宣言したのだ。
そして狐太郎の下着を見る資格など、それこそ妻ぐらいにしかあるまい。
「はあ……情熱的な方ですね」
「まって、アパレ……貴女にも通じたの?!」
「もちろんです」
「何があったの?!」
こうなると、褌を知っていたことが逆に枷だった。
ササゲはエツェルが褌を締めていても、なんとも思わなかったのである。
それこそメズヴが下着姿であったことと、何も変わらないのだ。
だからこそ、エツェルの褌がヒントになったとは、夢にも思わないのである。
「もういいだろ、さっさと旅行に戻ろう……」
「まって、なんで、なんで?!」
ササゲは縋り付いてくるが、狐太郎に答える気力などあるわけもなく……。
「いいから」
「良くないわ!」
ササゲに対して、誠意を示そうともしていなかった。
「ササゲ、いい加減にしなさい。さっさと出ていきましょ」
「そうだよ、ご主人様がまた倒れたらどうするの?」
「急いでもいいことはあるまい、ここは下がれ」
「いやあああああ!」
悪魔は解けない謎にもがいていた。
※
謎は解けた。
三枚のカード以外に使われた、もう一つの小道具。それは『ふんどし』であろう。
アパレや狐太郎の反応を見るに、大当たりのカードはふんどしの前部分に付けられていたのだろう。
残り二枚の外れは、両手に持って……さあどれだ、と言ったに違いない。
彼はアパレを騙したというよりも……悪魔としての遊び心を刺激したのだ。
どれが外れかわからないようにしたのではなく、こっちを引いたほうが面白い、俺の仲間になったほうがおもしろいと勧誘したのだ。
「ぷくふふふふ……」
しょうもない下ネタだった。
おそらく彼女自身が同じネタを披露されれば、失笑もせずに冷めて、勝負自体を投げていただろう。
だがこういう形でわかったからこそ、その下ネタに笑いが生まれた。
なんという滑稽さ。
こんなしょうもない陳腐な笑いを、魔王ササゲが必死になって求めているのだ。
そして狐太郎はそれを隠していて……あんな予測できない方法で明らかになってしまったのである。
「ふふふふ……!」
思えば、狐太郎があれだけ冷めていたのも当然だ。
クイズとして成立させるには、ヤングイがふんどしを知らないといけないのである。
ヤングイが知らなければ、話はそこで終わる。そしてヤングイは、実際にそれを知らなかった。
だから……なのに……馬鹿みたいだった。
「ブゥ様曰く、狐太郎様はいつもああだとか……もしもお傍に居られれば、退屈せずに済みそうですね」
救国の英雄、狐太郎。
彼は如何なる星の下に生まれたのか、騒動が寄ってきて、意味の分からない決着にたどり着く。
それを彼は越え続け、今に至るわけだが……それはとんでもなく数奇な運命であり、天のもたらした謎を解いていく人生であろう。
「私も公女……さて、ダッキ様と競り合いますか」
狐太郎の価値観は、央土と一致しきっていない。
だがそれでも何とかしているのは、メズヴと違って賢いからだ。
その賢さこそ、ヤングイの求めるものであった。
それこそ、彼女にとっての価値であった。




