アイコンタクト
勝者を称えるために、メズヴは角笛を鳴らしていた。
それに合わせる形で、他のモンスターたちも咆哮を始める。
だがそれもしばらくすれば終わる。
熱狂は食欲に代わり、モンスターたちはそろって暴君に群がり始める。
とにかく飢えていた。
巨大なモンスターを胃に収めるために、誰もが食べ続けていた。
その光景を、メズヴは見る。
(これが、モンスターの軍勢か。今更だが、恐ろしいものだ)
常人がどれだけ研鑽しても、Bランク下位が限界。
メズヴや黄金世代のような天才の限界も、やはりBランク中位程度。
だが当然ながら、この世にはBランク上位モンスターなどたくさんいる。
鍛えた軍が束になってようやく勝てる、そんなモンスターが『種』としている。
生まれながらに、人間よりずっと強いモンスター。それが、この場にさえ十体もいる。
強くなったマックも、この中の一体でしかない。
そして、むさぼられているAランクを見る。
(人間の限界を超えたBランク上位が決死の覚悟で、十体がかりで……それでようやくAランク下位を倒せる)
氷喰いを熊に例えれば、メズヴは鼠に過ぎない。
ジョーもショウエンも、リゥイもグァンもヂャンも、キンカクギンカクドッカクさえも、やはり鼠なのだ。
人間の軍とは、数匹の鼠が数万のトカゲを率いているようなもの。
それではこの熊……Aランクには勝てない、至極当然のことだ。
(だがそのAランク下位を、この男は……飯炊きに使っている!)
自分の力で勝ったなどとは、彼女はまったく思っていない。
己のモンスター、その器量と実力によるものだ。
それも、外敵を排除するという目的で、一時的に結ばれた『器量』でしかない。
だがその死力と度量を、狐太郎は軽く超えてくる。
彼はヤングイと共に鵺にまたがって、氷の精霊を従えながらメズヴの前に現れた。
「お見事でした。Aランクモンスターを倒すなど、シュバルツバルトの討伐隊でも難しいこと。それを成した貴女の相棒は、伝説に語られるほどでしょうね」
「……語ってくださる、ということかな。それはありがたい」
一国を救った英雄は、皮肉でもなんでもなくメズヴの相棒を褒めていた。
息を荒くしている一人と一体を、正しく評価している。
どこか羨ましそうですらあり、見下してなどいない。
だがそこに、恐怖も畏怖もない。
(この男が連れている兵は、余りにも少ない。西重と戦った時と比較するまでもなく、旅の供をさせていた者たちさえもほとんど置いてきた……だが、それでさえも!)
今しがた偉業を成し遂げたマックを、脅威だと認識していない。
彼に従ったモンスターのすべてが襲い掛かってきたらどうしよう、など思いもしない。
ただ単純に余裕で勝てると知っているがゆえに。
(まるで、父だな……やはりこの男もまた)
その時である。
この曇天の空が、より一層暗くなった。
なにか大きなものが、上にあるのだと察した。
だが殺気はない、こちらへ闘志を向けていない。
なのでただ雲を見るように見上げて、震えた。
そこには巨大な竜、クラウドラインがいたのである。
(英雄、か)
Aランク中位モンスター、クラウドライン。
本来なら人間などに関わらぬはずの強者が、その顔を空から降ろし、狐太郎の前に置いている。
『これはこれは、狐太郎様。お久しぶりでございますな。このウズモ、東方の将オーセンより許可を頂き、戻った次第でございます』
「ああ、よくやってくれた。ケガとかはないか?」
『いえ……それはなかったのですが、精霊使い共が……』
「な、なにかあったのか?」
『もっと戦いがいのあるモンスターと戦いたいとかほざいていまして……大百足がまた来ないかな、とか縁起でもないことを』
「そ、それは悪かったな。もう彼らは降ろしたのか?」
『ええ、ここに来る前に降ろしております……未練たらたらのようでしたが、そこは東の将が一喝してくださいました。それに、こやつらも威圧してくださいまして』
そのクラウドラインだけでも恐ろしかったのだが、別の意味で恐ろしい者たちもまた現れた。
狐太郎は悪魔をふもとに残していたが、それの数十倍の数の悪魔がクラウドラインから降りて来た。
彼に対して悪ふざけをすることが一切なく、膝をつき最大限の礼をとっている。
(……この男、どれだけモンスターを従えている?! 大悪魔も数体いるが、他の悪魔も質が高い……マックが従えた群れがかすんで見える!)
天帝の下僕となった悪魔の群れ。
それに対して北笛の姫は、畏怖と感嘆を隠せない。
「みんなよくやってくれた。特にウズモには、面倒なことだっただろう」
『いえいえ、楽な仕事でございました。この間の昏どもにも劣る輩ばかりでしたし、雑魚は精霊使いや悪魔がやってくれましたので、面倒ということもなく……』
この会話の間も、この地のモンスターたちは氷喰いに群がっている。
もはや戦う気の有るものなど、この地にはいなかった。
そう、もう終わったのだ。
無計画に行き当たりばったりで進んできた、メズヴとマックの旅は終わったのだ。
「ウズモ。こういう雑用を嫌がらないのは、とても立派だよ。長老は褒めてくれないかもしれないが、俺は感謝している。ありがとう」
『ははは……あの、お祖父ちゃんにはよろしくお伝え下さい』
「もちろんだ。それで……東から帰ってきてもらって直ぐで申し訳ないが」
狐太郎は、あろうことかこのドラゴンにとんでもないことを頼んだ。
「彼女とこの氷水牛を、北笛の地まで送ってほしい」
「そ、そこまでしていただくわけには……」
「いえ……そうしていただかないと困るんです。Bランク上位モンスターを貴女が乗り回せば、途方もなく迷惑なので……」
「……そういうことなら、お受けします」
何が何でも成果を挙げてみせる。
そう思っていた彼女は、成果を得て心に余裕ができていた。
彼女自身無謀に思えていた試みが達成できたことにより、己の道程を見返せていたのだろう。
「武勲を証明するのに、首級は必要だろう。ウズモ、これも持って行ってやれ」
『承知いたしました』
氷漬けにされた、氷喰いの首。
それを切断して持ってきたコゴエは、ウズモにそれを渡していた。
「本当に、どうもありがとうございました。この御礼は、必ず致します。もしも北笛を訪れることがあれば、その時はキョウド族のところへいらしてください。最上のおもてなしをいたしますので」
「そうですか……国家としては、貴女の行いを褒めることはできません。ですがとても良い主従を見せていただきました、どうか帰ってもお元気で」
コゴエからの気遣いもあって、メズヴは肩の力が抜けていた。
ただ感謝をして、そのままウズモに乗る。
もはやウズモの背に乗り切らぬマックと、その戦果である氷喰いの首は、ウズモの両手に握られていた。
ふんわりと浮かび、去っていくメズヴたち。
その姿を見送る狐太郎は、懐かしいものを見ていた。
「また会おう! 央土の大将軍よ!」
(ヘリで運ばれる家畜みたいだ……)
ロープでつるされて、ヘリで運ばれていく牛や馬。
それを思い出しながら、狐太郎は北の方を向いていたのである。
キョウドの姫、メズヴ。
氷水牛の王マックの主である彼女は、遠くない未来に狐太郎と再会するのだが……。
狐太郎は知る由もなかった。
※
さて、かくてお騒がせ娘は北笛の地へ送り返した。
ウズモも数日後には戻ってきて、しばらく王都で休むことになっている。
一週間もの間ほったらかしにされていたアカネたちへお詫びをするなどとともに、スイコー伯爵の元へ行き、ことが解決したことを報告していた。
いないはずの狐太郎へ本格的な御礼をすることはできなかったが、それでもしばらくは逗留してくださいと、伯爵の屋敷に滞在することになっていた。
ともあれ、また旅行に出向いてもよくなったわけであるが、まだ一つ片付いていないことがあった。
スイコー伯爵の屋敷の中で、狐太郎と四体の魔王、それからアパレとその眷属が集まっていた。
他の悪魔たちは入室を許されないが、それでもやはりそわそわしている。
だが一番そわそわしているのは、やはりササゲだろう。
それこそ、アカネが咎めるほどだった。
「ねえササゲ……気持ち悪いよ」
「うるさいわね!」
「っていうかさ、そもそも聞いていいの? 聞いちゃいけなかったんじゃないの?」
「良くないけども、たまたま一緒にいて、聞いちゃったってことにすればいいのよ!」
「うわ……必死過ぎ」
彼女ほどではないが、アパレの眷属たちも興奮気味である。
彼らもまた、アパレの勝負の内容を知らぬものである。
己たちの主が、どんな勝負を仕掛けられ、そして負けを認めたのか。
知りたがるのは無粋だが、契約によるものではない。こうして別の形で知れることになるとは、と、皆が楽しみにしていた。
そんな悪魔たちに劣らず、ヤングイも楽しそうに笑っている。
狐太郎の人となりをある程度知ったうえで、その知恵の形に興味を深めていたのだ。
さて、肝心の狐太郎である。
彼の心中や如何に。
(……なんかもう、全部バラしてもいい気がしてきた)
恥ずかしいと言えば恥ずかしいのだが、仮にTV放送されてもそこまで問題ないレベルである。
良く知っている者たちに見られると流石に嫌だが、そもそもクツロの食事に比べればマシなわけで……。
(でもそれは、アパレもヤングイも喜ばない……仕方ないな)
狐太郎は覚悟を決めた。
溜息を吐いて、説明を始める。
「では、私がアパレとどんな勝負をしたのか……お教えしましょう」
「ええ、お願いします」
今回ヤングイには、クソ寒い雪原地帯で、一週間ほども同行してもらった。
その彼女の助力もあって、メズヴを帰すこともスムーズに行ったのである。
元々の条件として、彼女へ報酬を渡すことになった。
つまり、アパレとどんな勝負をしたのか、そのヒントを出すことになったのである。
「私はサカモに命じて、三枚のカードと、もう一つの小道具を作らせました。そしてそのカードを使って、こう話したのです。『三枚の内二枚には外れ、一枚に大当たりと書いてある。シャッフルする間目を隠してもらい、そのあとで一枚引いて……大当たりだったら俺の勝ち、外れだったら君の勝ちだ』と言ったのです」
ヒントというよりは、勝負のルール説明だった。
問題は、ここからどうやって騙したのか、である。
カード以外の小道具とやらを利用したのだろうが、条件がシンプル過ぎて逆に想像できなかった。
「思ったよりずっとシンプルね。私でも理解できるルールだったわ……てっきり頭脳バトル漫画みたいに、説明がずらっとあるのかと……」
「っていうか、ババ抜きじゃん。こんなので負けて納得できたの? ちょっと逆にがっかりなんだけど。ねえササゲ……?」
クツロとアカネは、説明を聞くと少しがっかりしていた。
もっと難しくて、よくわからないような、高尚な勝負が繰り広げられていると思っていたのである。
逆に言うと、ルールそのものは理解できていた。
シンプルなババ抜きという評価が適切なほど、ただのババ抜きだったのである。
だがしかし、それを聞いたササゲは……。
「ど、どうしたの、ササゲ」
「あ、ああ……あああ! ひどい、ひどいわ!」
目から涙を流して悔しがっていた。
「クラッシック、ストロングスタイル、シンプルイズベスト! こんな格調高い知恵比べを、ご主人様は彼女のために考えたっていうの……ひどすぎるわ! 私にもやってほしかったのに!」
大いに身もだえ、嘆いていた。
もうどうやって騙したのかさえ、まったく考えていない。
「ご主人様……貴方って人は、残酷すぎるわ!」
「……空論城でやったじゃん」
「アレは空論城の悪魔の為でしょ! 私の為だけに騙しのお題を考えて欲しかったのに!」
自分の主が、素敵な詩を同種に送っていた。
悪魔の価値観において最上位のお宝に、ササゲは嘆き苦しまずにいられなかった。
「空論城の知恵比べがマクロの美なら、アパレの知恵比べはミクロの美……大作と名句、どっちも作れるじゃない!」
「ふふふ……私もそう思いましたとも」
勝ち誇るアパレは、ササゲを見下していた。
魔王ササゲに対して、マウント全開である。
「この勝負の内容を聞いた時点で、私も悶えました。ええ、いい勝負の内容です。悪魔にとっては、至福の一瞬ですよ。貴女はどう思いますかね……?」
さて、肝心なのはヤングイである。
馬鹿々々しいともとれる陳腐な勝負に、彼女はどう思うのか。
「……なるほど、これは手強いですね」
アパレたちの反応を見つつ、ヤングイは感嘆した。
悪魔が喜ぶ趣向、というものを理解した上で、どうやって騙したのか見当もつかなかった。
「まさか三分の一の確率で勝った、などという運任せであるわけもなし……さりとて小道具一つで誘導しきるなど、想像もできません」
(そりゃそうだろうな)
狐太郎は彼女が理解していない理由を、あっさりと理解していた。
なにせこの央土に、褌はない。褌がないのだから、それを起点にした下ネタを思いつくわけもない。
彼女がどれだけ頭脳明晰だったとしても、その小道具が男の下着だとは思わないだろう。
(とはいえ、まさかサカモに『何を用意したんですか』なんて聞くわけないしな。この場合どんな小道具を用意したかなんて聞くのは、それこそ正解を聞くようなもんだ。それは推理じゃない)
メズヴにも美学美意識があり、勝つにしても負けるにしても納得が必要だった。
同じようにヤングイにも、美学や美意識がある。
狐太郎の出した『勝負のルール』を聞いた以上、『どんなトリックで悪魔を納得させたのか』を考える必要があったのだ。
まあ褌を知らないので、知り様がないのだが。
(TVゲームを知らない奴を、TVゲームで騙せるわけがないが……あの場合は褌をアパレが知らなくても成立するからな。で、逆に今は、褌を知らない以上正解に至れない……。むしろ正解する方がどうかしてるな)
ヤングイには世話になったので、もう少しヒントを出したかった。
だが騙し方がシンプル過ぎて、ヒントがそのまま答えになってしまう。
しかしこのまま、彼女を悩ませ続けるのも不本意だった。
どうにかして納得して帰ってほしかったが……。
その時である。
屋敷の外から、爆音が聞こえてきた。
それこそ攻撃でもされたかのような、とんでもない大きな音である。
「な、なんだ?!」
外には大量の護衛がいた。
それが対応できていないということなのだから、それは必然的に……。
「皆行くぞ!」
この地に、英雄が来たことを意味している。
※
スイコー伯爵の屋敷、その周囲には多くの悪魔が展開していた。アパレの眷属やセキトの眷属はいないが、それでも空論城の悪魔が合流したことによってとんでもない数になっている。
ブゥとノベル、キョウショウ族やピンイン、ネゴロ十勇士や侯爵家の四人も加わっており、仮に軍が来ても余裕で対応できるほどだった。
だがそれだけの戦力で守らなければならないのが、今の狐太郎である。
彼らは何があっても、誰も通すまいと厳戒態勢をとっていた。
屋敷の住人からすれば物々しいので怖いのだが、狐太郎が怪我をしても困るのは彼らも同じであり、むしろ頼もしくさえ思えた。
英雄でも来ない限り、何の問題もない。そう思っていた矢先に、とんでもない爆音が響いた。
一体や二体ではなく、何十というモンスターたちの咆哮。
大量のモンスターが、この屋敷の前に現れたのである。
Cランクモンスター、ハンマーボイス。
四足歩行で非常に機敏に走る山羊であり、その咆哮はまるで爆発音のようだという。
戦闘能力は低いものの、あらゆる地形を走破する力もあって、山岳地帯で騎馬として扱われることもあるという。
もちろん悪魔たちなら、その山羊たちを倒すことは容易だった。
だがその山羊たちの背中に、人間が乗っている。それも明らかに、央土の者ではない。
「おうおう……悪魔どもがわんさかいるじゃねえか……。ってえことは、ここにセーイタイショーがいるってことでいいんだよなあ?」
そして、それだけではなかった。
最低最悪なことに、その先頭にいるのは、どう見ても常人ではない。
外国の英雄が、ここに来てしまったのである。
「うちの娘が、ずいぶん世話になったらしいじゃねえか……ええおい!」
彼のかぶっている帽子は、やはりメズヴと同じもの。
それが意味するところは、彼こそが北笛の英雄の一角。
「北笛でキョウドの王はらせてもらってる、エツェル・キョウド参上だぁ! セーイタイショーの狐太郎クンに、娘のことで礼を言いに来たぜ? 出してもらおうじゃねえか! コラ!」
やはり暑かったのか、娘と同様に下着姿である。
腹にはさらしを巻いているが、それを除けばほぼ裸だった。
客観的に見て無礼だが、それを指摘している場合ではない。
「ひぃいい!」
その大きな声を聴いて、スイコー伯爵やその家族たちは震えていた。
外国の英雄が自分の家の直ぐそばに来たのである、そりゃあ怖いに決まっている。
だがしかし、絶望はしていない。なぜならここには、英雄がいるのだから。
「私に御用ですか、北笛の王よ」
逃げる気などまったくない。
むしろ配下を引き連れて、自ら彼の前に向かった。
四冠の狐太郎は、冷や汗をかきながらも彼の前に行ったのである。
狐太郎が行くならばと、公女であるヤングイも同行していた。
そして彼と一緒に、騎乗しているエツェルと対したのである。
「おめーが、チタセーの爺さんとウンリュウをぶっ殺したっつう……」
「ええ、そうです」
「なるほど、いい仲間連れてるじゃねえの……」
どん、と彼は山羊から降りた。
それによって、彼の全貌が明らかになった。
明らかに外国の下着であり、央土の者にはなじみがなかったのだが、同じようなものを四体の魔王は知っていた。
「うわ……褌じゃん」
そう、褌だった。
北笛では、男子の下着は褌らしい。
(なるほど、女性とは違うのですね……)
風になびくそれを見て、ヤングイは感心していた。
先日のメズヴとも少し似ている気がするが、やはり違うところが大きい。
(……あら?)
その時、視線を感じた。
そしてその方を見ると……エツェルを見ていたはずの狐太郎と、その狐太郎を守らなければならないはずのアパレが、ヤングイを見ていたのである。
目と目が合う、その一瞬。
アパレはちょっと嬉しそうに笑い、狐太郎は『やべっ』っとなって……。
「あ!」
他の誰も気づかないが、狐太郎とアパレにだけわかる程度に、ヤングイは笑っていた。
それは、奇跡の瞬間であった。
彼女の脳内で、何が起きたのか閃光のように理解が起きていたのである。
「おい、何他所見してるんだ?」
「は、はい、すみません! な、なにか御用ですか?」
青ざめる狐太郎だが、それどころではない。
目の前には英雄がいるのだ、応対しなければならない。
メンタルがぐちゃぐちゃだが、それでも愛想笑いをした。
「いろいろいいてえことはあるけどよ~~……タイショー」
「はい……な、なにか問題でも?」
「いや、タイショーにはねえんだ……首ももらったうえに、ドラゴンで護送してもらったしよ。マックは王になったし、もうなんて至れり尽くせりっつうか?」
物凄く苛立たし気にしている、目つきの悪い男。
彼は血管を浮き上がらせながら、怒鳴っていた。
「わり~のはウチのボケ娘だ! 一族の名誉にドロ塗りやがって!」
「は、はあ……」
「北笛の軍隊をちらつかせて調子のったあげく、征夷大将軍に案内までさせやがって……マジで戦争だぞ?!」
この場合の戦争とは、直喩で戦争であろう。
「親の財布アテにして、こんなでっけ~借り勝手に作りやがって……御礼をすると約束した! じゃねえよボケ!」
(……ああ、うん、そうだね)
お怒りの内容が思ったよりまともで、狐太郎たちは納得せざるを得なかった。
彼女には先払いの概念が無く、後払いが基本だと思っていたようだが……。
それは彼女個人ではなく、彼女の一族が支払うわけで……。
「返せねえだろ、こんなでっけえ借り! 何払えってんだよ! 舐めやがって!」
まあ切れる。
「本当に、ご迷惑をおかけしました!」
「したっ!」
北の王とその仲間たちは、そろって彼へ頭を下げていた。
つまりこの王は、娘のツケを払いに来たのだった。
やはり人の社会は、どこでもそう変わらないのかもしれない。
「おい、娘連れてこいや!」
「うっす!」
そして何も言えなくなるぐらい、北の王を怒らせた娘は……。
(うわ……)
何も言えなくなるぐらいボコボコにされて、連行されてきた。
「お前も頭下げるんだよぉ~~!!」
「は、はひ……」
「そ、そのぐらいで……」
「これも俺の教育が足りなかったんです! マジサーセンした!」
勝手に家を飛び出して、勝手にデカい買い物をして、事後報告で『払ってね』という娘。
なるほど、ここまでされても仕方ないのかもしれない。




