人を蔑んでいたら、よく考えると自分も同じことをしていたことに、指摘されて気付く
既に予定から大きく外れているが、それでもさらに大きく脱線することは確実という状況になった。
ヤングイのことはまあいいとして、メズヴに関しては目的からの逸脱である。
しかし狐太郎は根が小心者なので、『俺の判断で人を殺すのはちょっと……』という心境になっていたのでしかたない。
とりあえず協力するだけして、怪我でもして帰ってもらうつもりだった。酷い話だが、本人も了承しているので問題ない。
まあそもそも、どうせうまく行かないだろうとも思っていた。
自分が十体ぐらい従えているのでまったく説得力がないのだが、そんな簡単にAランクモンスターが仲間になるわけがない。
もしもそんな簡単に仲間になるのなら、それこそ誰も困っていない。
彼女と同じことなど今まで多くの人たちがたくさん試しているだろうし、それでも一人もうまく行っていない。
もちろん人類の歴史を紐解けば、先人が失敗し続けてきたことを成功させたものはいる。
だがそれはたいてい、先人とは違うことをした場合や、他の技術の向上によって可能になった場合である。
無策で先人と同じようなことをして、それでうまく行くわけがないのだ。
もちろん彼女には優れた騎乗技術と、それを使うだけの身体能力があるのだろう。
だがまさか、遊牧民史上最高と言うわけでもない。ましてや英雄たちに、勝る筈もなく……。
とりあえず連れて行ってやろう、と言う程度の理由で付き合うことになった。
よって、その変更を伝えるべく、狐太郎は己の護衛を招集したのである。
「お気楽な旅行の予定が、国家紛争を未然に防ぐための接待になってしまい、大変申し訳ありません。これから寒冷地帯の魔境に向かうので、皆さんには準備をしてもらいます」
狐太郎は現状を可能な限り簡単にして、改めて情けなくなってきた。
「……すみません」
なんでこんなことになったんだろうか。
スイコー伯爵から依頼を受けた時点で察していたが、仕方のないことである。
いや、仕方のないことなのだろうか。
(なんで俺が謝るんだろう)
狐太郎は少し虚しくなった。
戦争が実際に起きるよりはましだが、なぜ他所の娘さんの見栄に付き合うのだろうか。
「モンスターを自慢したい、ですか……僕にはよくわかりませんけど、狐太郎さんは気持ちが分かるんじゃないですか?」
「……まあ、さっき無駄に見せびらかしてしまったけども」
「いやいや、征夷大将軍に就任する時、めちゃくちゃ派手にやってたじゃないですか」
「……そういえばそうだった」
よくよく考えたら、とんでもないことをしていたのだった。
確かにあの時は、政治的な事情があったとはいえ、全力で見せびらかしていた。
「……そうね、今まで魔王になってサカモにまたがったことなんてなかったのに、ノリノリで金棒振り回してたわね」
物凄く恥ずかしくなって、クツロは顔を押さえていた。
なんかこう、物凄く盛り上がって、みんなをあっと言わせようとしていた。
「……クツロ様、そんな恥ずかしがらなくても」
なお、そんな自分たちの王を見て、キョウショウ族は切なそうである。
あの時はあんなに格好良かったのに、それを恥ずかしがられると胸が痛む。
とても格好良かったのだから、恥じないでほしかった。
「私もお城崩しちゃったしなあ……」
「あのね、アカネ。他にも恥じたほうがいいこと、たくさんあるわよ」
「そうだな、アレは事故だから気に病むことはない。他のことを気に病め」
やはりアカネも恥じているが、ササゲとコゴエはさほどでもないらしい。
むしろ今更のように気に病んでいる、アカネの方をどうかと思っていた。
「あのね、ブゥ君。アレはあくまでもパフォーマンスなの、仕事だったの。こんな貧相な俺が十二魔将首席とかそういうのになって、みんな不安だろうなって……わかるだろう?」
「同じだと思いますよ? 王様の娘なんだし」
「……アレ自慢だったんだ」
よく考えると、狐太郎が就任式でやったことも、広い意味では自慢なのだろう。
目立つためと言っても、切実に目立たないといけない理由があるのかもしれない。
「そうか……アレ、自慢にカテゴライズされる種類の行動だったんだ」
今まで散々バカにしてきた、自分の飼っているペット自慢。
それを既に、かなりの大規模で行っていたことに気付いて、狐太郎はものすごくへこんでいた。
「じゃあなに、俺ってカセイにいた人たちから『戦争を始めるってときにペットの自慢しはじめる痛い奴』って認識をされてるの?!」
「……いや、そこまでは言ってませんけども」
「でもそれに近いってことだよね!? そう思われても仕方がないってことだよね?!」
「まあ……そうじゃないですか? 悪意のある受け止め方をすれば、そうなんじゃないかと」
思ったことを口にできる関係って素敵ですね(時と場合と相手と話題による)。
「そういえば……俺以外の人は『はい、将軍になります』とか『十二魔将頑張ります』とかしか言ってなかった……」
そして思い返せば、自分だけ浮いていた。
たしかに就任式でやるようなことではない、明らかにおかしかった。
「失礼ですが、ご主人様。このまま狐太郎様を追い詰めると、ろくなことになりませんよ。まともな方向に舵を切ってください」
「え、あ、うん……」
物凄く傷ついている狐太郎、クツロ、アカネ。
悪気はなかったのだろうが、ブゥが彼らをここまで追い詰めたのである。
追い詰めたっていうか、なんていうか……コメントが難しい。
セキトは自分の主に助言をした。
このままだと、狐太郎は十二魔将首席を辞めるとか、征夷大将軍を退職するとか言い出しかねない。
もう辞めてるのに。
「勘違いしないでくださいよ、狐太郎さん。アレは仕事だってことは。僕もわかってますよ。でもさっきも言いましたけど、メズヴって人が目立つのも仕事ってことですよ」
「……俺も彼女も悪いってわけじゃなくて、俺も彼女も間違ってないって事かな」
「そうですよ、ねえ」
狐太郎親衛隊の長であるブゥは、己の配下たちに話題を振った。
十二魔将元三席から、十二魔将元首席を褒めろという命令である。
「も、もちろんそうさ! 狐太郎様、アンタがああやって鼓舞してくれたから、みんなやる気になったんだよ!」
流石はピンイン、反応が早い。
他の者と被る前に、無難な誉め言葉を送っていた。
「アカネ様もクツロ様も格好良かったよな、みんな!」
「あ、ああ! もちろんだ! あの時の狐太郎様は、物凄く頼りがいがありましたよ!」
「そうですよ~~! 御心配なさっていたとおり、あのまま挨拶をしただけではみんな困っていたと思います!」
「そうそうそう、ドラゴンが城を崩すところも格好良かったですよ!」
ロバーの指示に従って、侯爵家の四人も褒める。
それはもう、太鼓持ちの如く。
「狐太郎様、お忘れですか。大王陛下は、たとえ友であっても厳しく裁くお方です。あの方が咎めなかったということは、必要な誇示だったということです」
ネゴロ十勇士が、控えめにフォローする。
確かに狐太郎に問題があれば、あの場でも指摘していたはずだった。
そうしていないということは、必要なことだった、ということであろう。
「そうか……そうだよな……」
狐太郎は、ここで原点に戻っていた。
なぜ自分があんなことをしたのか、それは必要だったからに他ならない。
「そ、それにですね、あの状況で悪意のある見方をする方がどうかしてますよ!」
「そうだよな!」
狐太郎とブゥは笑い合った。
お互いに笑いが硬いので、おそらく吹っ切ろうとして微妙に失敗している物と思われる。
「狐太郎様の就任式、魔王の主に相応しいものだったと聞いています。その時その場にいなかったことが、悔やまれるほどですわ」
そして、ノベルが締めた。
今でこそ狐太郎の護衛である彼女だが、四冠の名を授かって以降の付き合いである。
よって就任式の時には、彼女は空論城にいたのだった。
「そういえばノベルはいなかったんだったな……って」
はたと、狐太郎は『ジューガーに怒られた』ことを思い出した。
他でもない空論城からの帰り道で、チョーアンにウズモと戻った時である。
あの、暗黒の軍団的な百鬼夜行は、それこそ忘れてもらえるものではないだろう。
「ああああああ!」
一度恥じたが、再燃した。
やはり狐太郎、濃厚な人生を送っている。
振り返る度に新しい発見があるというのは、それだけ豊かな日々を送っている証拠だろう。
思い出は財産である。ただ生きているだけの人生は不毛であり、思い出あってこその豊かさであろう。
だが財産とは、時に人を苦しめるものである。
「ご主人様は恥を知っておられるお方だ。だからこそ、ああして誰よりも苦しんでしまう」
「そうね、でもすぐに立ち直るわよ。そういうところも含めて、ご主人様は立派なんだし」
「あのね、二人とも……私たちにも気を向けてくれないかしら」
「ご主人様はみんながフォローしてくれるのに、私たちはこのままなの……?」
コゴエとササゲは、狐太郎を心配しつつも見守っていた。
クツロとアカネのことは、誰も見守っていなかった。
「う、うぐぐ……」
狐太郎は知っている。時間を巻き戻すことは、誰にもできないと。
そして嫌なことを忘れると、余計に酷いことになると。
記憶は忘れられないが、気分は切り替えられるのだ。
「よし、止め。仕事のことを考えよう」
仕事とは、ただ糧を得るのみにあらず。
人は仕事に没頭することで、嫌なことを忘れられるのである。
狐太郎は気分を切り替えることに成功した。
「ササゲ。今回のことは、俺が預かるつもりだ。そのことをガクヒ将軍や大王様に報告する必要がある。アパレの眷属を伝令にしてくれ」
「ええ、わかったわ」
「それから……北だけじゃなくて、南や東にも向かわせて、悪魔やドラゴンたちの仕事ぶりも確認させてくれ」
狐太郎は、仕事のできる男である。
それはつまり、優先順位を間違えないということだった。
「場合によっては謝らないといけないし……それを抜きにしても、撤退させるべきだからな」
仕事のできる男は、わざわざ遠くへ行かせるものへ、一つのことだけを任せない。
連絡をマメにするというのは、頻繁に向かわせればいいという意味ではないのだ。
「まあよっぽどのことがない限りは大丈夫だとは思うんだが……そもそも現地の人も怖がってるだろうしな。いくら大王様の命令とはいえ、あんまりよくないだろう。自慢に思われるかもしれないし……」
なお、引きずっている模様。
※
極寒の地である北笛に比べれば、央土はとても暑いだろう。
春先ぐらいならまだしも、夏に近づけばろくなことにならない。
しかしそれでも、魔境ならば少しは話が変わってくる。
シュバルツバルトはあくまでもモンスターが多いだけの魔境だったが、セミ砂漠のように気候風土さえ周囲と違う魔境もある。
そのうちの一つ、氷の台地。高い山の上に存在する、極低温の魔境である。
この台地、とても面白い構造をしている。
魔境では空間が歪んでいるというが、それが極めて分かりやすく視認できるようになっている。
傾斜が段々険しくなっていく山を登り切り、山頂のあたりに達すると、広大な氷の平原が広がっているのである。
それはまるで、一本足のテーブルを登り切って、テーブルの台に達したようであり……。別名、アイステーブルとも呼ばれている。
高山を登り切ったものを、ここからが本番だぞと教える。
滑落や雪庇などを警戒する必要はないが、疲れている者たちにとっては地獄の先に地獄があったようなものだ。
だがしかし……北笛の者からすれば、実家に戻った程度のことだろう。
「なんだ、央土にもまともな場所があるではないか」
寒風吹きすさぶ台地。
ただでさえ凍える低温の地に時折、花吹雪のように雪が降る。
それは体から熱を奪い、気力を奪い、やがては命を奪う。
つまり、北笛の正常である。
彼らは常に厳しい大地で暮らしており、だからこそ一人一人が強い。
ましてやその地の王の娘が、軟弱であるわけがない。
この凍える台地も、彼女やその乗騎にとってはとても過ごしやすい風土であった。
「我らが北笛にも魔境はあるが、他よりは暖かい場所が多い。央土はその逆というわけだな、面白い」
当然ながら、彼女は本来の服に着替えている。
わざわざ寒いところに来て、わざわざ暖かい恰好をする、というのは少しずれている気もするが、彼女にしてみれば普通のことだろう。
とても分厚い、毛皮の服。露出しているのは顔の一部で、耳もすっぽりと隠れている。
なるほど、こんな姿で春先を歩いていれば、熱中症にもなるというもの。
「魔境といっても色々ありますからね、ここがそうだというだけで、他は熱かったり外と変わらなかったりです。かくいう私も、寒い魔境に来たのは初めてです」
「……というか、征夷大将軍殿。貴殿は寒くないのか?」
なお、狐太郎。
彼は熱いところでも寒いところでも、同じ格好である。
きちんとした防寒服を着ていても、なお寒いこの氷の台地。
やせ我慢などしようものなら体の末端から壊死していく、余りにも激しい土地である。
にも拘わらず狐太郎は平然としていた。
氷水牛のマックにまたがっているメズヴと目が合う。鵺のサカモにまたがっている彼は、至極当然まったく寒そうではない。
「ああ、この服は特別製で。暑いところや寒いところ、空気の薄いところや毒のある所でも平気になれるのです」
「……空気が薄い?」
「あんまり気にしなくてもいいです」
「まあ……正直羨ましいな。寒いのはともかく、暑いのが平気というのは大したものだ」
「これがないと、すぐ死んでしまうので……」
狐太郎本人が持つ、たった一つのチート能力。
それがこの冒険服である。
この世界の住人なら意識することさえないような、ささやかな大気成分の変化にさえ耐えられない、貧弱な狐太郎の体。
それを保護する力を持った、最高の服である。
「……いい馬は子供を騎手に育てないという。お前のサカモは良き馬なのだろうが、だからこそお前は子供同然で……その服を着ているから、お前は貧弱なのではないか?」
(あながち間違っているとは言えないことを……)
過酷な環境に身を置くからこそ、それに適応することができる。
安らかな場に居続ければ、生物はどんどん弱くなっていく。
それは狐太郎としても否定できない、正しい推論だった。
(ただまあ……基本が違うからな)
イエネコだって鍛えればそれなりには強くなるだろうが、虎と同じ基準で考えてはいけないのである。
まあもっとも、それを言えば『素質を言い訳にするな』と言われるのだろうが。
「……まあ、こうして案内してもらっている身で、偉そうなことを言うのも筋違いだな。それに貴殿に文句をつけに来たわけではない、私は自分の目的を達成することだけを考えるべきだな」
「ええ、そうしてください。ここから先も、ご案内いたしますので」
そう言った時である。
狐太郎のすぐわきに、途方もないほどの存在感を放つ存在が現れた。
否、その力を解き放ったというべきだろう。
冬場のコゴエ、地の利を得た雪女である。
「調子はどうだ、コゴエ」
「まったく、問題はありません。既に我らがここに来たことで、精霊たちが自然発生し、私の下へはせ参じております」
本調子を出すのに時間がかかる、スロースターターなコゴエだが、最初から寒冷地帯にいればその限りではない。
その力の規模は、魔王にならずともAランクに達しうるだろう。
「私もシャイン同様に、精霊を維持することは叶いません。しかしそこに精霊がいるのなら、使役することは可能です」
王都奪還戦では、カンヨーを跨いで狙撃をしたほどである。
広範囲を捕捉できるだけではなく、その精度もまた尋常ではない。
「この地にいるAランクモンスターは一体だけということですが、必ず捕捉しご案内いたしましょう」
「……助かる」
短く答えるメズヴだが、決して軽んじているわけではない。
むしろ逆である。他でもない北笛の地に、彼女が侵攻してくればどうなるか。
それを理解しているからこそ、心胆が震えてしまうのだ。
「ご主人様もご安心ください、この地において護衛は私一人で十分。後はサカモがいれば万全かと」
「……そうだな」
ちらりと、狐太郎はサカモの足元を見た。
そこには……。
「あのさ……なに、なんなの? なんでみんな私にセクハラするの?」
「うるさいわね、アカネ。苛立たしいなら、もっと体温上げなさい」
「ま、不味いわ。強化限界ギリギリよ……!」
「お、俺も……このままだと、体が駄目になりそう……」
「二人とも、頑張ってくれ! 二人が防いでくれないと、全員凍えてしまう!」
「そうだよ! 腐りそうになったら治すよ! 強化限界ギリギリと治癒限界ギリギリまで頑張って!」
「姐さん! 壁が迫ってきます! もっと広くしてくだせえ!」
「うるさいね! 二人がかりで強化しているから、下手すると(キコリとマーメが)死ぬんだよ! 塩梅ってもんがあるんだ、塩梅ってもんが!」
アカネを中心とした、五人がかりの防御結界が張られていた。
強化属性二人、回復属性、防御属性、硬質属性。
それらの合わせ技は、マーメとキコリに負担が著しかった。
だがこうもしないと、防寒着があっても寒くて辛いのだ。
アカネは平気でありむしろ暖房器具扱いだが、その彼女の熱を留めつつ寒気を入れないように皆が四苦八苦している。
決して、ふざけているわけではない。むしろ大真面目である。
「……ここまで来てもらってなんだけども、みんなふもとに戻ってくれないか?」
山に登らせておいて、帰っていいよとはこれ如何に。
しかし誰も文句を言わなかった。むしろ全員が大いに頷いて、さっさと帰ろうとしている。
「ちょっと、私は?! このままセクハラされて終わり?! 私寒くても平気なのに!」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう。ここはコゴエに任せましょう」
アカネは皆の暖房になるという使命があるため、クツロに抱えられて移動していく。
やはり有用な人材は、酷使されるという運命にあるのだ。
「私たち悪魔なら平気だけど……正直コゴエの活躍を邪魔したくないのよね。コゴエがフルで暴れられるのは希少だから、そういうところは尊重してあげないと」
「すまんな、ササゲ」
「いいのよ、後で埋め合わせしてもらうからね」
さて、一気に大名行列が解散した。
残ったのはマックとサカモ、狐太郎とメズヴ、そしてコゴエと……。
「私はご同席させていただきますので」
「……は?」
サカモの背中、狐太郎の後ろに、ヤングイが乗っていた。
もちろん密着することはなく、ある程度は離れている。
だがそれでも、一緒に乗っていることは確かだった。
「ヤングイ様は、なんで大丈夫なんですか?」
「私こう見えましても、高熱属性のエフェクト使いでして……自分の体温を保つ程度なら、まったく問題ではありません」
(この世界の住人も体温は三十度半ぐらいだろうし、それを保つだけならエナジーの消費も控えめで済むのか?)
防寒着を着込んだうえで、熱を隅々までいきわたらせることができるのなら、この極寒の地でも耐えられるのだろう。
しかし面倒で疲れることに変わりはないはず。なぜそうもついてきたがるのか。
「この地へご案内したのは私ですので、最後までまっとうしようかと」
「……そうでしたね、これも契約の一環ということですか」
「ええ、もちろん。それに……」
ヤングイは改めて、狐太郎とメズヴを見ていた。
「貴方達がどのような決着に至るのか、見ておきたいと思いまして」
メズヴは生半なことでは納得すまい。
だがだからこそ、面白い。
彼女がどんな納得を見つけてこの地を去るのか、その流れにヤングイは興味を抱いているようだった。
「狐太郎様、貴方はどう思われますか?」
「俺がどう思うか、どう誘導するかなんて問題じゃないでしょう」
狐太郎は、今更のように真摯な目でメズヴを見ていた。
「彼女は真剣に、自分に相応しい仲間を得ようとしている。ならば……私の手並みではなく、彼女の手並みを見るべきでしょう」
「確かに」
狐太郎は思い出していた。
王都奪還戦に向けて、多くの仲間を集めたときのことを。
少々目的は違えども、彼女もまた自分のため、一族のために仲間を欲している。
「エツェル王の娘メズヴ・キョウドと、その仲間であるマック。故郷に近いこの地で、十全に力が出せないというわけはありますまい」
その眼は、確かなものだった。それは威圧するわけではなく、ただ真剣な目だった。
あくまでも役目をまっとうしようとする、彼女を見届けようとしていた。
「貴女に敬意をこめて、命だけは保証しましょう」
「……十分な気遣いだな、武人の礼に感謝する」
死なれると困るが、守ってしまえば彼女は納得しない。
だからこそ命だけは保証する。それに対して、メズヴは理解を示していた。
「さあ行くぞマック! 私に相応しい乗騎、一族の栄えとなる獣を探しに行くぞ!」
「サカモ、頼むぞ。彼女を見失わないようにな」
荒々しく走り出す、巨大な牛。
それに続く形で、雷獣鵺が滑らかに走り出す。
氷の台地は、その走行を阻むことがない。凍えるような風と、体に当たってくる硬い雪さえ心地よい。
二人の騎兵は、乗騎と己、世界と溶け込んだように走っていた。
それはまさに、北笛の光景、遊牧民の光景であった。
「なんか私がないがしろにされている気がする!」
「貴女には無理よ、アカネ」
「黙ってなさい、マジで」
アカネには無理なことだった。




