思わぬ客
口では何とでもいえる。
永遠の愛や不滅の忠誠も、口にするだけなら誰にでもできる。
にも拘わらず、ケイもランリも狐太郎へ言ってはいけないことを言ってしまった。
巧言令色鮮し仁とはいうが、自分勝手なことや暴言を吐いてもいいということはない。
発言も行動であり選択であり、それ故に責任が伴う。
それが酒の席や極限状態ではなく、正式な面接の場で責任者を前に言ってしまうのなら、思慮が足りないという言葉では収まらない。
本気で伝えたい言葉は、相手も本気で受け取る。
己が尊厳をかけて発した言葉は、相手も尊厳をかけて受け取る。
であれば、言っただけ、言いたかっただけ、では通らない。
大事なことを通そうとすれば、愚直に思いを伝えようとするのなら。
無傷で済むと期待するのは、自分で自分の言葉を軽くしている。
自分で言ったことを実行することで、自分の言葉に重みが宿るように。
相手がどう受け止めるかで、言葉の重要性も変わるのだ。
※
さて、大公が帰った後の話である。
狐太郎たちは自分達の家に帰って、とりあえず一息ついた。
思いのほか、自分たちは重要な役割を負ったようである。
(重い物を背負っているんだなあ……)
一灯隊は、この基地の一般職員とカセイにある孤児院を守りたいと思っている。
抜山隊は、自分たちの生活や遊行のために戦っている。
蛍雪隊は、現在の立場や研究費を得るために戦っている。
白眉隊は、役場の人間さえも守ろうとしている。
各々がそれなりのモチベーションで戦っているのだが、狐太郎たちはカセイに行ったことがない。
よって先日に狐太郎が四体を先行させたときも、カセイを守りたいとはちっとも思っていなかった。
だが、全員に対して賃金を払っているのは、カセイの民なのだ。
誰がどう思ったところで、この基地で戦っている目的はカセイを守るためである。
狐太郎や四体にその気がなかったとしても、カセイの民がAランクモンスターの暴威に怯えず暮らしているのは、狐太郎たちのおかげなのだ。
実感がないが、それでも大公や公女はそう思っているのである。そして、事実そうなのだ。
「少し、軽く考えていたわね」
クツロのつぶやきは、無音で肯定された。
自分たちのことを弱いと思ったことはないし、この森のAランクモンスターが弱いと思ったこともない。
しかし自分たちが馬鹿にされたぐらいで、ここまで大ごとになるとは思っていなかった。
我知らずに、たくさんの人の命を背負っていたのである。
「手続きが簡単なのがいけないんだよ……あんな簡単にBランクとかAランクになったから、全然大したことないと思ってたもん。もっとこうさ、カセイに案内してもらって大々的にパレードとかパーティーとかしてくれないと分からないじゃん」
(税金の無駄だけど、一理あるな)
改めて、金がたまったら辞めちまおうと思っていたことへの罪悪感が募る。
世界を破滅に陥れようとする魔王や、この国を滅ぼそうとしている悪の軍勢と戦っているわけではない。
ただ強いだけの野生動物と戦っているだけなのだが、それでも大都市で暮らす人々を守っているのだ。
世界だとか国家に比べれば軽いが、それでも何千何万もの命を背負っている。
なのに、入る試験は森に入ってモンスターを倒して、役場で説明を受けるだけ。
Aランクハンターになった時も、気さくな大公が挨拶をして、森に入ってAランクを討伐するだけ。
アカネの言うように、儀礼のようなものをすっ飛ばし過ぎて実感がなかった。
もちろん実際にやったらとんでもなく面倒なのだろうが、それでも多少の責任感は湧いたかもしれない。
とはいえ、それも暴論だろう。決して隠していたわけではなく、むしろ前面に出していた。
大切なことは、何時だって目に見えるところにある。
大切だからこそ、誰もが大真面目に伝えてくる。
それに気づかないのは、真摯に受け止めない側の問題だ。
(まじめに受け止めていなかったのは、俺たちも一緒なんだよなあ……)
もしかしたら、あの面接室で本当に真剣だったのは、リァンだけだったのかもしれない。
他の誰もが気を抜いていて、他人事のように受け止めていたのかもしれない。
「いろいろなことは置いておいて、戦力の補強は難しくなったな」
コゴエが今後のことを案じ始めた。
過ぎたことは過ぎたことだが、今後に影響を与えることは確実である。
「暴言を吐いたという過失があったとはいえ、学部やら将軍の家やらが潰されたことは事実だ。大公の招集に応じないことはありえないとしても、どの有力者も二の足を踏むだろう」
「『新しいAランクハンターは腰抜けだから、暴言を吐かれても悔しがるだけ』と思われるのとどっちがいいのかって話よね。まったく、あの二人のせいで散々だわ」
長命組の言うように、根本的な問題はまったく解決していない。
狐太郎の護衛は一人も決まっていないし、候補さえいなかった。
(みんな残ってくれたらなあ……)
勝手な妄想だと分かってはいるが、都合のいい可能性が頭をよぎる。
今この部屋の中に、あの四人とそのモンスターがいたかもしれないのだ。
クツロが亜人たちやピンインと一緒に、酒を飲んで肉を食べたり。
アカネが騎乗したケイと一緒に、前線基地の周囲を散歩したり。
ランリがコゴエと協力して、望んだように大規模な連携をしたり。
ササゲがセキトと談笑して、ブゥが嫌そうにそれを眺めていたり。
そんな、たわいもない日常がここであったかもしれないのだ。
逃した魚は大きい、どうしても惜しんでしまう。
「狐太郎! いるか!」
そんなことを考えていると、家の前に人が来た。
よく通る声をしている、妙にアクセントがしっかりしている男。
一灯隊隊長、リゥイであった。
「リゥイか、どうした……む?」
その彼を迎えたのは、やはりと言うべきか雪女のコゴエである。
そしてコゴエが見たのは、リゥイといるはずのない人物だった。
「お久しぶりですね、コゴエさん」
大公ジューガーの娘、リァンであった。
ただしその恰好は、どう見てもハンターのもの、公女のそれではない。
しかし鍛え上げられた肉体があらわになっているので、顔以外はとてもしっくり来ている。
肩まで伸びていた髪も短くなっており、姿だけ見て公女だと思う者はいないだろう。
狐太郎たちは、リゥイとリァンを部屋に迎えた。
二人の身分はまったく違うのだが、隣に座っているとハンターの夫婦にも見えてしまう。
(なんだろう、良い予感はしない……)
もうすでに、この時点でこれから何を言われるのか大体わかってしまった。
少なくとも、狐太郎に有益な話ではあるまい。
「この度は大変申し訳ありませんでした。本来父が面接をした時点で、あの二人を落としておくべきだったのです。ここまで大ごとにしてしまったのは、父の代理として試験を仕切っていた私の責任……どうぞお許しください」
「い、いえ……そんな……」
誰にとっても不幸なことだったのだろう。
まさか試験を受けに来たものが、失敗や敗北や死亡ではなく、過失をしてしまうなど。
そんなことを言い出せば、それこそキリがない。そんなことは、家で教えておくべきことだ。
(まあ、その場で殺すことの方が、俺としては一番怖いのだけれども)
目の前にいるのは、連続殺人鬼である。
この世界の基準で言えば役割を果たしただけなのだろうが、狐太郎の価値観から言えばやはり人殺しだった。
それを口に出すことはないが、心証はとても悪い。
「お許しくださるのは、とても嬉しいことです。ですが……私も責任を取りたいのです!」
どう見てもハンター、どう見てもモンスターと戦う武装をしている彼女は、気高く宣言した。
「一灯隊に入隊させていただきました!」
「そういうことだ!」
誇らしげに、二人は状況を説明する。
なるほど、実に息がぴったりであろう。
「私には治癒属性しか宿っていませんが、力には自信があります。必ずやお役に立ってみせます!」
「そ、そうですか……一応お伺いしますが、なぜ一灯隊に?」
リァンは回復能力を持っているので、四体と役割がかぶらない。むしろ前回は、いてくれて助かったほどだ。
役割から言えば、彼女は欲しい。なお、できれば彼女以外の回復役が欲しい。
「私は今回、貴方からの信頼を失いました。お傍にいられるわけもなく……」
(そこは客観視できるんだな)
「なので他の隊に入れていただくことに。父とも相談をしたのですが、相性も考えまして一灯隊に」
「そういうことだ! 大公様には御恩があるし、今回の処断にも異論はない! 少々下種なことを言えば、回復をしてくださるお方が一人いれば金も浮くからな!」
思えば、面接のときにリァンが二人を殺したことを、リゥイだけは全面的に賛成していた。
孤児院で育った者たちに公女が混じるのは良くない気もするが、気はばっちり合っているようだし。
「私も討伐隊に参加しますので、どうぞお声がけをください。一灯隊を優先せざるをえませんが、怪我の治療などをさせていただきますので」
こうして、頼もしい仲間が加わった(一灯隊に)。
今まで回復役がいなかったのだが、それが補われた分更なる戦果が望めるだろう(一灯隊は)。
戦力が増えれば被害も収まる、きっと悲劇も防げるだろう!(一灯隊が)。
※
「ごめんなさい、入ってもいいかしら」
リゥイとリァンが去った後、狐太郎の家を訪れたのは蛍雪隊のシャインだった。
ひたすら落ち込んでいる顔の、会ったことがない女性を連れている。
果たして彼女は何者なのか、なぜシャインが連れてきたのか、さっぱりわからないことだった。
「どうしたの、シャインさん。その女の人、泣いてるけど……シャインさんも、落ち込んでるし……」
「アカネちゃん……実はね、この子は私の隊に新しく入ったハンターなの」
女性がハンターとは珍しい。
しかもその恰好はシャインと同じで、リァンのように鍛えこんでいるわけではない。
どうみても、この前線基地で働くことを前向きにとらえているわけではなかった。
「初めまして、狐太郎さん……私はコチョウ・ガオ……火の精霊使いです……」
「……ガオ?」
「貴方に失礼をした、ランリ・ガオの姉です……」
泣きじゃくる彼女は、体を震わせながら頭を下げてきた。
「本当に……失礼をしました!」
弟を殺されたうえで、在籍していた学部を潰された、何の罪もない被害者。
その彼女が、頭を下げるという理不尽。あまりにも、かわいそうすぎた。
「あ、あの……お、弟さんのことは、申し訳ないと言いますか……ご愁傷様といいますか……」
「いえ! 仕方がないことです! 姉であり先輩であった、私の責任でもあるんです!」
泣きながら、事件の原因の一端である狐太郎を一切咎めなかった。
「弟が失礼をしたと聞いたときは驚きましたが……弟なら言いそうだったんです!」
どうやらランリは、普段から結構問題があったらしい。
「弟には精霊使いの才能があったのですが、戦うことや名声を得ることにだけ興味があって……その手のことに興味が薄い学友へ、とても攻撃的で排他的だったのです」
(なぜそんなのをよこした……)
弟を失った姉からの、手厳しい評価。
確かにそんな感じではあったが、なぜそんなのを推薦してきたのかわからない。
「精霊は裕福な家では好んで飼われるモンスターなので、その分精霊学部には裕福な家の方が多いのです。その方々は上昇志向がない一方で、扱いきれていない高い位の精霊と契約をしていることが多く、それを問題視していました……」
本気で精霊使いを目指している、高みを目指している人間からすれば、扱いきれない精霊をやる気のない金持ちが使役していることに腹を立てるだろう。
しかし物の道理で言えば、家の金で買った精霊を、その子供が使っているだけなのだ。法的には、ちっとも問題ではない。
「貴方と契約をなさっている最上位の氷の精霊を前にして、舞い上がってしまったのでしょう……申し訳ないことです……」
強い精霊は、優秀な精霊使いが使うべき。
もっともな意見に思えるが、本質的に破綻していた。
他人へ過酷な労働を強いることを、『物扱いしている』とか『家畜扱いしている』という。
しかし物を粗末に扱うことは良くないことであり、家畜だってきちんと世話をしなければならない。
物だって家畜だって、立派な財産だ。譲渡は当然のこと、貸し借りとて容易に行えるわけがない。
ランリが精霊をどう思っていたのかわからないが、他人の財産であるということへの認識が浅すぎたのだろう。
「大公様がおっしゃったように、精霊使い云々以前に最低限の礼儀と常識を知らない人間でした……。精霊学部が国家に貢献できていない、無駄金を使うだけの場所と断じられたことは仕方がないのです……」
このランリがバカなのは仕方ないとして、それを矯正できないのは教育機関としての問題であり、それを見抜けず大公に派遣した学部長の罪は重かった。
想定しうる範囲における最悪のことが起こってしまった。そう、想定できたのに、起こってしまったのである。
「精霊学部は潰され、魔女学園への大公様からの援助金も減らされ、現役の精霊使いの方々にもご迷惑が……」
(思った以上に影響が大きい……というか、大公様は魔女学園そのもののスポンサーだったのか?! そりゃあ学部潰せるわ!)
大公が強権を振るえた理由もよくわかった。
魔女学園に関しては大口のスポンサーなので、罰を与えるまでもなく資金を引き揚げるだけで十分に痛手を与えられたのである。
仮に精霊学部を潰すように指示しなかったとしても、魔女学園の側で潰すことを決断していただろう。
「あのね狐太郎君、実は私も魔女学園のOGなのよ。だからある程度罰を軽くするようにお願いしたんだけど、それでも学部は潰されてしまったわ……」
「シャインさんは悪くありません……もしもそのお願いがなければ、援助は完全に打ち切られていたでしょう」
比喩誇張抜き、一切の偽りなく、自分の弟のせいで精霊使いの地位は地に落ちた。
彼女の心労、いかばかりか。察するに余りある。
「責任を取るため……各地に残っている精霊学部を守るために……弟の罪を償うべく、この地で私もハンターをすることにいたしました。そこで既に隊長を務めていらっしゃる、シャイン様を頼らせていただいたのです」
「コチョウちゃんが来てくれて私も嬉しいわよ、そんなに気にしないで、ね?」
とんでもなく落ち込んでいるコチョウを、シャインは必死で慰めていた。
「コチョウちゃんは強くて優秀なのよ! 灼熱の魔女とも呼ばれる、凄腕の精霊使いなんだから!」
(灼熱の魔女が燃え尽きている……鎮火している……)
ともかく、こうして新しい仲間が加わった。(蛍雪隊に)。
火の精霊使いによって、火力は圧倒的に向上するだろう。(蛍雪隊が)。
より一層の活躍が期待できるはずだ(蛍雪隊の)。
※
「マースー家の長となりました、ショウエン・マースーと申します……この度、部下を率いて白眉隊に入隊させていただきました……」
物凄く精悍な顔をしていたであろう偉丈夫が、ジョーと一緒に現れた。
どうやら話の流れからして、コチョウと同じ状態のようである。
「妹の無礼も含めまして、ご挨拶に伺わせていただきました」
「そ、そうですか……」
「不肖の妹の暴言、聞き逃せるものではなかったでしょう……不肖の父に代わりまして、お詫びさせていただきます」
むせび泣く大男。
精神的に負担を強いられ、やつれている大男。
きっと未来があって、あふれる希望があった、竜騎士の中の竜騎士。
落ちぶれ切った彼は、体を震わせていた。
「他人事とは思えなくてね……迎え入れたのだよ」
(本当に他人事に見えない……)
ジョーの顔も、見れたものではなかった。
心の底からショウエンに共鳴しており、共に苦しみを分かち合っている。
きっと白眉隊の隊員たちも、ショウエンと一緒に入隊した部下たちを温かく迎えているはずだ。
「ショウエン君はBランクの飛竜と契約していてね……不落の星とも称えられていたのだよ」
(不落の星が、地に落ちている……)
ジョーの紹介も、今はむなしい。
灼熱の魔女であるコチョウもそうだったが、どうして優秀な人が家族の失態によって落ちぶれなければならないのか。
この世界は、そういうふうにできているのかもしれない。
「兵たちには暇を出さねばならず、彼らへ就職先を探し、頭を下げて回り……竜たちも信頼できる人へ預けていきましたが……それで残った財産が尽きました……。残った古くからの家臣や、その家族、私の竜を食わせていくにはここに来るほかなく……!」
「大変だったな……! わかるとも……!」
男泣きしながらショウエンを支えるジョー。
人と人が分かり合うとは、こんなにも悲しいことなのだ。
痛みを知ることで他人へ優しくできるというが、こんなにも痛ましいのだ。
「……あの、一応なんですが、俺の護衛になってくれないんですか?」
「無理です!」
一応聞いたところ、力強く断られた。
「貴方の護衛は、信頼できるものでしか務まりません。大公様のお顔に泥をぬったマースー家は、その信頼を失っているのです。それに貴方に恨みを持っていると思われても不思議ではありません……許可など、到底下りないでしょう」
コチョウもそうだったが、ショウエンもまた狐太郎へ恨みをもっても不思議ではない状況にある。
如何に実力が十分でも、直属の護衛になることはありえないだろう。
「私にできる償いは、貴方の負担を和らげることのみ……白眉隊の騎竜小隊を預かることになった身として、身をささげる覚悟です!」
こうして、新しい仲間が加わった(白眉隊に)。
高い機動力を誇る竜騎士は、戦術に幅をもたらすだろう(白眉隊は)。
更なる武勲を、期待できるはずだった(白眉隊が)。
※
「なんで他のところに人が行くんだろう……」
三組の客が帰った後、狐太郎は落ち込んでいた。
狐太郎の護衛を増やすという話だったのに、全員別の隊に入ってしまった。
結果的に前線基地の戦力は増えているのだが、狐太郎だけを守ってくれる人は一人も増えていない。
「ご主人様、前向きに考えることはできませんか? 前線基地そのものの戦力は向上しているんですし、他の隊と連携をとることを前提に動けばよいのでは」
「……確かに」
クツロの提案に、狐太郎は同意する。
この前線基地には四つの隊があるのだから、彼らと協力すれば戦力の不足は大体補える。
そもそも今までだって、そうしてきたのだし。
(いや、そもそも護衛をしてくれそうなのが白眉隊しかいないな……)
やや恨みがましく、四体を見る。
自分を戦場に連れて行こうとする、諸悪の根源を見る。
(いや、よそう……こいつら四体を咎めてもいいことはない……)
思い出すのは、あの大百足との闘いだ。
クツロもアカネも、血まみれになっていた。
それでも恨み言を言わずに、こちらを気遣ってくれたではないか。
それを思えば、自分が恨み言を言うのはおかしい、厚かましい、浅ましい。
「はぁ……」
やはり、逃がした魚は大きかった。
「少しだけ、弱音を言うよ」
前置きをするのは、四体に対して甘えているからだった。
正式な場ではなく、こうして小さな部屋で、『身内』にいるからこそ。
言ってはいけないことも、つい漏らしてしまうのだ。
「迷惑だっただろうけど、あの人たちが一緒にいてほしかったよ」
この言葉に、なんの意味があるのやら。
この四体に悪いし、そもそも四体にはどうしようもないことだ。
彼ら自身の意志を無視した、勝手なことである。
少なくともケイは、全力でそれを嫌がっていた。
であれば、やはり受け入れるべきなのだ。この、四体しかいない現状を。
「うん……そうだね。私もラプテルちゃんと、もっとお友達になりたかったよ」
建設的な会話ではなく、ただの同調。
論理的に無駄な時間、合理に到達しない会話だった。
それでも、お互いにしてほしいことをしていた。
「私もそうですよ、ご主人様。あの亜人たちとも、一緒に戦いたかったわ」
「私もです。この世界の同種と、親密になりたかった」
人間に従うモンスター同士、多少は心を通わせていた。
人間同士の諍いによって引き裂かれてしまったが、戦友になれれば一番だった。
本当に、惜しかった。
惜しみあうのも、それを正直に明かすのも、悪くはなかった。
「そうねえ、私も……あら?」
ササゲが、家へまた客が来たことに気付いた。
「し、失礼します~~」
「お久しぶりですね、陛下。皆様もお元気そうで何よりです」
先日の生き残り、ブゥ・ルゥとセキトである。
「実は、お話がありまして……今度からこの前線基地で働かせていただこうかと~~」
「ああ、抜山隊に入るの?」
「なんでですか?!」
もう何も期待していない狐太郎は、彼が自分以外の隊に入ると信じて疑わなかった。
「意地悪を言わないでくださいよ! そりゃあ僕はこの間逃げましたけど、でも今日は違うんです!」
やや慌てた風で、恥ずかし気に切り出した。
「僕を護衛として雇っていただけないでしょうか?」
「……いいの?」
「はい、お願いします」
狐太郎が出会った人間の中では、ガイセイの次に強い男。
Bランク上位の大悪魔と契約している、ルゥ家当主ブゥ。
彼は狐太郎の護衛になるべく、前線基地を訪れていたのだ。
「僕は、斥候とか探知とか牽制とか機動力とかはないですけど、呪詛による弱体化と打撃や拘束ぐらいしかできませんが……それでもお願いしたいんです」
「嬉しいけど……なんで?」
元々ブゥは、さほど乗り気ではなかった。
その彼だけが、狐太郎の護衛になりたがっている。
その動機は、果たして何なのか。
「大公様と公女様が怖くて……」
「ああ……」
納得の一言だった。
「お二人は断ってもいいと最初は言っていたんですけど、あの後ああなっちゃったじゃないですか。あとになればなるほど、辞めちゃっていいのかなと思うようになって……ここに来ました」
シュバルツバルトから逃げるのは簡単だが、大公や公女から逃げるのは簡単ではない。
それこそ、この国を逃げ出す覚悟が必要だろう。
それならいっそ、虎口に飛び込んだ方がまだましだ。
ブゥは一応Aランクに達しうる実力者であり、この森で生き抜くのもそれなりに現実的である。
権力で陰湿に潰されることに怯えるよりは、それなりに前向きだった。
「それにセキトが、今大公様に恩を売っておくべきだって……」
「ええ、その通りです。マースー家が落ちぶれた今、ルゥ家がのし上がるチャンスですからねえ」
悪魔であるセキトは、まさに悪魔の笑いをしていた。
「大公様は全力でルゥ家を援助してくれるでしょう。またカイが起きるぞ、という奴です。私どもを厚遇するほどに、狐太郎様の護衛を志願する者も増えるでしょうからね」
(多分俺が知っている故事成語と、微妙に違うな)
先ず隗より始めよ、という言葉がある。
王が『新しい優秀な人材を得るにはどうすればいいか』という問いをして、臣下だった隗は『既に雇っている私を厚遇するべき。そうすれば優秀な人材が集まってくる』と返答をしたことからなる故事成語だった。
なおこの世界で『またカイが起きるぞ』というと、働いている実力者には惜しまず報酬を注ぎまくれ、さもないと暴れて大変なことになるぞ、という意味であるらしい。
着地点は似たような物だが、方向性や危機感はだいぶ異なっている。
「……みんな、俺はいいと思う」
四体を見れば、少しだけ嬉しそうにしていた。
おそらく狐太郎も、同じような顔をしているだろう。
「ブゥ君……セキトさん」
結局は、みんな同じ気持ちだった。
この世界で、仲間が欲しかったのだ。
「こっちからもお願いします、どうか俺の仲間になってください」
「はい……そう言ってもらえると助かります」
固く、握手を交わす。
簡単なはずのことが、なんと難しいことか。
(これで、少しでも俺の身が安全になればなあ……)
そんなことを想っていると、またも客が現れた。
「おう、狐太郎! いるか?!」
(今度はガイセイかよ……)
いきなり入ってきたガイセイは、相変わらずの豪快さで話をぐいぐい進めていく。
「実は俺の隊に新しいのが入ってな! お前らに会いたいっていうんで、連れてきてやったのさ!」
(もしかして、ピンインさんか?)
「おら、入って来いよ!」
促されて入ってきたのは、狐太郎が会ったことのない三人。
しかし、見たことがある三人。
「……この男が、一人目の英雄。魔王を討ち果たした、近代最初の勇者」
甘茶蝶花。
「この世界でもAランクに達している……私たちの世界で一番強いモンスターを従える者」
千尋獅子子。
「……僕らを倒したアイツよりも、強い男」
そして原石麒麟。
モンスターパラダイス3のラスボス。
三作品目の主人公の前に立ちふさがった、先祖返りたちによる思想集団、『新人類』のトップであった。




