噂は千里を走る
カンヨーへ連行されたコホジウがどんな末路をたどったのか。
それはあまり重要なことではない。
彼はもう終わっている。
彼に従うものは、彼が守りたかったものは、もう終わっているのだから。
彼自身が認めているように、彼がどうなっても何の意味もない。
幽閉されようが殺されようが拷問されようが、歴史に影響を与えることがない。
そして、彼自身にも影響が及ばない。
もう既に、現時点で、西重の民は終わっている。
それが彼にとって、どれだけ辛いことなのか。
それこそが彼の罪であり、罰であろう。
必要な蛇足は、これで終わる。
未来に向かって、物語は動き出す。
※
北の荒野に点在する魔境にて、同盟の盟主、北笛の大王テッキ・ジーン。
彼とその一族の集まりに、アレックス・サードとその一族が現れた。
「おう、盟主殿。ここにいたか、結構探したぜ~~十個ぐらいめぐってきた」
「そりゃあ早くてよかったな。ん、どうしたその顔、男前だな」
「ああ、これか? 一発でコレだぜ」
アッカからゲンコツをもらったアレックスの顔は、数日経過し腫れあがっていた。
明らかに変形し、痛々しい。しかしその膨れたほほには、多くの口紅が残っていた。
二重の意味で、男らしい顔と言えるだろう。
「痛み止めに嫁さんたちから付けてもらったんだけどよ、これがちっとも効かねえ。はははは!」
「おいおい……お前が一発でそれ? アッカってやつは、そんなに強いのかよ」
アレックスの顔を見て、テッキの一族はおののいていた。
アレックスの強さは、テッキに劣らない。その彼がこうも負け顔をしているのだから、いったいどれだけの男がいたのか。
「ああ……ギョクリンはそいつにやられたらしい」
「そりゃあよかった」
敵が別の敵と殺し合い、つぶしあった。
それは確かに喜ぶべきことだが、そんなことではない。
彼らはそんな、俗すぎることで喜んでいるのではない。
「あのギョクリンは、最後まで英雄だったな」
「ああ、最高の敵だった」
強者が強者と戦い、散る。
それは病気や寿命で死ぬよりも、ずっと素晴らしい死にざまだ。
少なくとも彼らは、そういう死を尊ぶ。自分ならば、そうして死にたいのだ。
「あの坊ちゃんも、最後まで良い王様だった」
「なら結構だ。いい戦争だった」
王である二人だけではない、他の雄たちもうなずいている。
自分たちの戦友は、確かに約束を守ったのだ。
それは彼らの価値観において、とても重要なことである。
コンコウリの言う通りであった。
もしも西重が途中で引いていれば、北笛の男たちは激怒して襲い掛かっていただろう。
だがそれは、北笛の価値観どうこうではなく、やはり他人の力を借りて戦ったが故のデメリット。
ハイリスク、ハイコスト、ハイデメリット、ハイリターン。
力を借りるとは、こういうことでしかない。あの時戦いに踏み切ったことが、悪いとは言い切れないのだ。
「で、エツェルはどうした?」
「わざわざ聞くなよ。荒れに荒れてやがる」
「……おいおい、一応聞くけどよ、東威や央土に攻め込んでねえよな?」
「それはねえだろう。そこいらに当たり散らしているだけだ」
この場にいないもう一人の英雄も、やはり敗戦は受け入れている。
これ以上戦わないことは、国家の総意であった。
「問題はどっちかっていうと、アイツの娘の方だろう。戦争が始まって、乗騎を探すのが遅れてたからな」
「ああ……まあいい友を探すのはいいことなんだろうけどなぁ。ランクだけ見て探すってのは、正直どうかと思うぜ」
「あの娘、お前んとこの一族を『馬野郎』なんて言って、エツェルやお袋さんに叱られてたが……」
「なあに、口で黙らせるなんて二流のすることだろうがよ。どんだけの格のモンスターを引っ張ってきても、俺達は負けねえさ」
大事なことは、モンスターの格ではなくその絆。
木馬にまたがって満足するような子供ではいけないが、だからと言ってランクに熱中するのは良くない。
ましてや他の一族の乗騎を侮辱するのは、それこそ宣戦布告に等しい。
「おおう、イカスな。流石は偉大なる騎兵、アレックスのサードだ」
「へへへ……まあな! それを言えば、そっちの二騎だって相当だぜ、流石は強大なる王だ!」
とはいえ、それは誰もが通る道。
二人の偉大なる族長たちは、もう一人の長の娘の冒険譚を楽しみにしていた。
果たして彼女は、何に乗って帰ってくるのか。
そこに至るまでの日々こそが最高の宝なのだと、彼らは知っている。
※
さて、言うまでもないが……。
英雄とはつまり、Aランク上位モンスターを倒せるものを言う。
英雄の才能があるだけではなく、最強のモンスターを倒せる段階にまで成長して、ようやくそう呼ばれるようになるのだが……。
しかしその英雄でさえも、Aランクのモンスターを従えることはできない。
その理由は簡単である、縛れないからだ。
例えばAランクのモンスターをぶん殴って、黙らせて、乗り回すぐらいはできるだろう。
だがそのAランクモンスターもバカではないので、その英雄が寝るなり何なりすれば、さっさと逃げてしまう。
Bランク上位までなら、縛る手段は多くある。だがAランクでは、素材の段階で拘束が不可能なのだ。
もちろん他にも理由はあるだろうが、これが一番であろう。
とはいえ……。
それはある意味、央土、西重、東威、南万、北笛の常識でしかない。
その外においては、また別の常識が存在する。
言うまでもないが、ドラゴンズランドはその外だ。
シュバルツバルトがAランク上位の巣窟ならば、ドラゴンズランドは竜を頂点とする知性の高いモンスターの住処。
そこを出身地とするモンスターたちはとても知性が高く、普通に人語を解する。
人間に服従を誓う制度のある、高度な社会性を持つモンスターも生息しているということだ。
悪魔など最たる例だが、人間が発音できる名前を人間から受け取ると言うのは、知恵のあるモンスターからしても服従の証なのである。
逆に言えば、そういう制度があるということだ。もしも前例がないのなら、そもそもそういう制度自体が存在しないはずだろう。
よって、まあぶっちゃけ……。
この世界においても、Aランクモンスターを従えているのは、狐太郎が初めてではない。
五つの国では知られていないというだけで、別になんということはないのだが……。
しかしそれも、五つの国の中では常識なのである。
「なんだと?!」
巨大な牛の脇に立つ女性……少女と言ってもいい年齢の者が、央土のハンターを締め上げ、話を聞いていた。
もちろん話を聞くというよりも、無理やり吐かせていたということなのだが。
「お前、それは本当か? お前の父や母、祖先に誓えることか?!」
「そ、それは誓えません!」
「なにぃ?!」
「ただそういう噂があるというだけで、自分が見聞きしたわけではないことで誓えません!」
「……それも道理だな。ではその噂自体はあるということだな?」
「はい! それについては誓えます!」
「そんないい加減なことを誓うな!」
北笛から来た彼女は、『真偽不明の噂があることは誓います』と言ったハンターを怒鳴っていた。
とはいえ、直接会ったことがないのでわかりません、というのは事実だろう。
ならばここでああだこうだ言うのは、それこそ筋の通らないことである。
というか、痛めつける意味がない。それぐらいのことは、彼女にもわかってしまうことだ。
「……四冠の狐太郎とやらは、Aランクモンスターを従えている? ふざけている!」
王の娘である己が、跨り誇るに値する、最強の騎獣。
それを求めて央土まで来た彼女は、余りの情報に耳を疑っていた。
「央土の如き徒歩の民に、我らが後れを取るなど許されん……いや、その噂があることさえ許されない」
いわば、不都合な真実、と言う奴だろう。
北笛の王でも従えられない格のモンスターを、央土の将が従えている。
それは彼女の基準に置いて、或いは多くの北笛の民の価値観に置いて、許されないことだった。
「我等が誇りを辱めた罪は重いぞ……狐太郎!」
さて、言うまでもないが……。
北笛の王たちは、彼らなりに仁義を持っている。
あくまでも自分たちは参加者であり、敗者。ちゃんと終わった後で、不意打ちのように仕掛けることを恥だと思っている。
だがそれが何故かと言えば、彼らが大人だからだ。
大人じゃない子は、そうでもないのである。
四冠の狐太郎をぶっ殺しちゃったらどうなるとか、全然考えていないのだ。
「北笛の王よりも上の獣に乗るなど、王の娘である私が許さん!」
彼女の名前は、メズヴ・キョウド。
キョウド族の王、エツェルの娘である。
次回から新章、クーリーの牛争い。




