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噂は千里を走る

 カンヨーへ連行されたコホジウがどんな末路をたどったのか。

 それはあまり重要なことではない。


 彼はもう終わっている。

 彼に従うものは、彼が守りたかったものは、もう終わっているのだから。


 彼自身が認めているように、彼がどうなっても何の意味もない。

 幽閉されようが殺されようが拷問されようが、歴史に影響を与えることがない。


 そして、彼自身にも影響が及ばない。

 もう既に、現時点で、西重の民は終わっている。

 それが彼にとって、どれだけ辛いことなのか。

 それこそが彼の罪であり、罰であろう。

 

 必要な蛇足は、これで終わる。

 未来に向かって、物語は動き出す。



 北の荒野に点在する魔境にて、同盟の盟主、北笛の大王テッキ・ジーン。

 彼とその一族の集まりに、アレックス・サードとその一族が現れた。


「おう、盟主殿。ここにいたか、結構探したぜ~~十個ぐらいめぐってきた」

「そりゃあ早くてよかったな。ん、どうしたその顔、男前だな」

「ああ、これか? 一発でコレだぜ」


 アッカからゲンコツをもらったアレックスの顔は、数日経過し腫れあがっていた。

 明らかに変形し、痛々しい。しかしその膨れたほほには、多くの口紅が残っていた。

 二重の意味で、男らしい顔と言えるだろう。


「痛み止めに嫁さんたちから付けてもらったんだけどよ、これがちっとも効かねえ。はははは!」

「おいおい……お前が一発でそれ? アッカってやつは、そんなに強いのかよ」


 アレックスの顔を見て、テッキの一族はおののいていた。

 アレックスの強さは、テッキに劣らない。その彼がこうも負け顔をしているのだから、いったいどれだけの男がいたのか。


「ああ……ギョクリンはそいつにやられたらしい」

「そりゃあよかった」


 敵が別の敵と殺し合い、つぶしあった。

 それは確かに喜ぶべきことだが、そんなことではない。

 彼らはそんな、俗すぎることで喜んでいるのではない。


「あのギョクリンは、最後まで英雄だったな」

「ああ、最高の敵だった」


 強者が強者と戦い、散る。

 それは病気や寿命で死ぬよりも、ずっと素晴らしい死にざまだ。

 少なくとも彼らは、そういう死を尊ぶ。自分ならば、そうして死にたいのだ。


「あの坊ちゃんも、最後まで良い王様だった」

「なら結構だ。いい戦争だった」


 王である二人だけではない、他の雄たちもうなずいている。

 自分たちの戦友は、確かに約束を守ったのだ。

 それは彼らの価値観において、とても重要なことである。


 コンコウリの言う通りであった。

 もしも西重が途中で引いていれば、北笛の男たちは激怒して襲い掛かっていただろう。

 だがそれは、北笛の価値観どうこうではなく、やはり他人の力を借りて戦ったが故のデメリット。

 ハイリスク、ハイコスト、ハイデメリット、ハイリターン。

 力を借りるとは、こういうことでしかない。あの時戦いに踏み切ったことが、悪いとは言い切れないのだ。


「で、エツェルはどうした?」

「わざわざ聞くなよ。荒れに荒れてやがる」

「……おいおい、一応聞くけどよ、東威や央土に攻め込んでねえよな?」

「それはねえだろう。そこいらに当たり散らしているだけだ」


 この場にいないもう一人の英雄も、やはり敗戦は受け入れている。

 これ以上戦わないことは、国家の総意であった。


「問題はどっちかっていうと、アイツの娘の方だろう。戦争が始まって、乗騎を探すのが遅れてたからな」

「ああ……まあいい友を探すのはいいことなんだろうけどなぁ。ランクだけ見て探すってのは、正直どうかと思うぜ」

「あの娘、お前んとこの一族を『馬野郎』なんて言って、エツェルやお袋さんに叱られてたが……」

「なあに、口で黙らせるなんて二流のすることだろうがよ。どんだけの格のモンスターを引っ張ってきても、俺達は負けねえさ」


 大事なことは、モンスターの格ではなくその絆。

 木馬にまたがって満足するような子供ではいけないが、だからと言ってランクに熱中するのは良くない。

 ましてや他の一族の乗騎を侮辱するのは、それこそ宣戦布告に等しい。


「おおう、イカスな。流石は偉大なる騎兵、アレックスのサード()だ」

「へへへ……まあな! それを言えば、そっちの二騎だって相当だぜ、流石は強大なる王(ジーン)だ!」


 とはいえ、それは誰もが通る道。

 二人の偉大なる族長たちは、もう一人の長の娘の冒険譚を楽しみにしていた。


 果たして彼女は、何に乗って帰ってくるのか。

 そこに至るまでの日々こそが最高の宝なのだと、彼らは知っている。



 さて、言うまでもないが……。

 英雄とはつまり、Aランク上位モンスターを倒せるものを言う。

 英雄の才能があるだけではなく、最強のモンスターを倒せる段階にまで成長して、ようやくそう呼ばれるようになるのだが……。


 しかしその英雄でさえも、Aランクのモンスターを従えることはできない。

 その理由は簡単である、縛れないからだ。


 例えばAランクのモンスターをぶん殴って、黙らせて、乗り回すぐらいはできるだろう。

 だがそのAランクモンスターもバカではないので、その英雄が寝るなり何なりすれば、さっさと逃げてしまう。

 Bランク上位までなら、縛る手段は多くある。だがAランクでは、素材の段階で拘束が不可能なのだ。

 もちろん他にも理由はあるだろうが、これが一番であろう。


 とはいえ……。

 それはある意味、央土、西重、東威、南万、北笛の常識でしかない。

 その外においては、また別の常識が存在する。


 言うまでもないが、ドラゴンズランドはその外だ。

 シュバルツバルトがAランク上位の巣窟ならば、ドラゴンズランドは竜を頂点とする知性の高いモンスターの住処。

 そこを出身地とするモンスターたちはとても知性が高く、普通に人語を解する。

 人間に服従を誓う制度のある、高度な社会性を持つモンスターも生息しているということだ。


 悪魔など最たる例だが、人間が発音できる名前を人間から受け取ると言うのは、知恵のあるモンスターからしても服従の証なのである。

 逆に言えば、そういう制度があるということだ。もしも前例がないのなら、そもそもそういう制度自体が存在しないはずだろう。


 よって、まあぶっちゃけ……。

 この世界においても、Aランクモンスターを従えているのは、狐太郎が初めてではない。

 五つの国では知られていないというだけで、別になんということはないのだが……。


 しかしそれも、五つの国の中では常識(・・)なのである。


「なんだと?!」


 巨大な牛の脇に立つ女性……少女と言ってもいい年齢の者が、央土のハンターを締め上げ、話を聞いていた。

 もちろん話を聞くというよりも、無理やり吐かせていたということなのだが。


「お前、それは本当か? お前の父や母、祖先に誓えることか?!」

「そ、それは誓えません!」

「なにぃ?!」

「ただそういう噂があるというだけで、自分が見聞きしたわけではないことで誓えません!」

「……それも道理だな。ではその噂自体はあるということだな?」

「はい! それについては誓えます!」

「そんないい加減なことを誓うな!」


 北笛から来た彼女は、『真偽不明の噂があることは誓います』と言ったハンターを怒鳴っていた。


 とはいえ、直接会ったことがないのでわかりません、というのは事実だろう。

 ならばここでああだこうだ言うのは、それこそ筋の通らないことである。

 というか、痛めつける意味がない。それぐらいのことは、彼女にもわかってしまうことだ。


「……四冠の狐太郎とやらは、Aランクモンスターを従えている? ふざけている!」


 王の娘である己が、跨り誇るに値する、最強の騎獣。

 それを求めて央土まで来た彼女は、余りの情報に耳を疑っていた。


「央土の如き徒歩(かち)の民に、我らが後れを取るなど許されん……いや、その噂があることさえ許されない」


 いわば、不都合な真実、と言う奴だろう。

 北笛の王でも従えられない格のモンスターを、央土の将が従えている。

 それは彼女の基準に置いて、或いは多くの北笛の民の価値観に置いて、許されないことだった。


「我等が誇りを辱めた罪は重いぞ……狐太郎!」


 さて、言うまでもないが……。

 北笛の王たちは、彼らなりに仁義を持っている。

 あくまでも自分たちは参加者であり、敗者。ちゃんと終わった後で、不意打ちのように仕掛けることを恥だと思っている。

 だがそれが何故かと言えば、彼らが大人だからだ。


 大人じゃない子は、そうでもないのである。

 四冠(・・)の狐太郎をぶっ殺しちゃったらどうなるとか、全然考えていないのだ。


「北笛の王よりも上の獣に乗るなど、王の娘である私が許さん!」


 彼女の名前は、メズヴ・キョウド。

 キョウド族の王、エツェルの娘である。


次回から新章、クーリーの牛争い。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] メズヴが央土のハンターを締め上げているシーンで、「北笛から来た彼女は」と書かれていることからメズヴは央土にいるんだろうけど、王の娘が簡単に国境を越えて大丈夫なのかな? アレックスも西重…
[一言] ケイのアッパーバージョンとは しかしこれは面倒ですね 今まで狐さんを狙ってきたのはフーマにせよレデイス賊(クツロ狙い)にせよ、始末して問題ない連中でしたが、メズヴを殺したら確実に北笛と戦争に…
[一言] 英雄レベルのケイか 強くても西重の大将軍以外と同じで頭が残念だな
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