表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

414/545

世界は広い

 圧巻のアッカは、王都に侵攻した西重軍と交戦し、将軍四人を討ち、さらに大将軍ギョクリンに致命傷を与えた。

 十二人の英雄を相手に、一人で五人も倒したのである。数の上で見れば、大活躍もいいところだろう。


 実際に西重が常に警戒していたのは、王都に残ったアッカであった。

 王都を解放されると、アッカが暴れだす。それを警戒して、西重は布陣に偏りを作ることができなかったのだ。


 狐太郎と同じぐらいか、それ以上に存在価値を持つ男、圧巻のアッカ。

 しかしその彼は、己の戦果を語ることはなかった。


「……え、アッカ様が一人で五人も倒した?」

「おいおい、ギュウマ様たちと力を合わせて、なんとか五人じゃなかったのかよ……」

「じゃあアッカ様は、自分の手柄を故人の名誉のために……」

「ギュウマ様とは仲が悪かったと聞いていたが……そうか、やはり古い戦友を大事に思っていたのだな……」


 自分の戦果が思わぬところから漏れて、思わず赤面するアッカ。

 ここに来てから大物のように振舞っていた彼にとって、もう逃げ出したくなるほどの恥ずかしさであった。


「だ、黙れぇ!」


 その恥ずかしさが、彼から爆発していた。


「今のは聞かなかったことにしろ、良いな!」


 その彼の反応は、彼が実際に五人を一人で殺したことを裏付けるものだ。同時になぜ彼がそれを隠したのか、その理由の推測も大体合っていることを意味している。


「漏らした奴はぶっ殺すからな!」


 全身から電撃を迸らせる、最強の男。

 その照れ隠しに対して、彼の配下は頷かざるをえなかった。

 特段悪いことをしたわけでもないし、確かに故人の名誉を著しく傷つけかねないからだ。


「アレは俺の人生最大の恥なんだぞ!」


「それは、どういう意味だ!」


 だがしかし、故人の名誉が傷ついたのは、コホジウも同じである。

 今まで打ちひしがれてきた彼は、ここぞとばかりに激憤していた。


「ギョクリンを……我が国の若き英雄を打ち破ったこと、それが恥だというのか!」


 椅子に縛られたまま、彼は怒っていた。

 彼の周囲からは炎も雷も噴き出ないが、それでも彼の怒りは天に届くほどだった。


「……チタセーの爺さんから聞いたのか」


 そしてアッカは、頭を一旦冷やした。

 ちらりとアレックスを見て、黙っていろ、他言無用だと目で語る。

 アレックスはあえて目を閉じ、配下たちにも黙るようハンドジェスチャーをした。


「勘違いするな、コホジウ。あいつらは確かに強かったし、最後まで西重のために戦った。奴らを討ったこと、それ自体は恥じゃねえ」


 アッカは己を恥じているが、それはそれとして相手が恥を晒したとは思っていない。

 彼らの主であるコホジウに対して、そう思っていると伝えることはできなかった。


「俺が恥じていること……それは、あくまでも俺の力不足だ」


 アッカは自分の拳を見た。

 無様に生き残った、戦いきらなかった己の拳だった。


「あの日、俺は……若造三人を相手に手間取った。その間に大王陛下も十二魔将も、近衛兵たちも全滅した。その時点で、俺にとっちゃあ負けみたいなもんだ」


 一緒に戦った仲間は、全滅してしまった。

 ある意味では、彼を足止めした三人こそが、本当の意味で西重を一度の勝利に導いたのだろう。

 もしも足止めに失敗していれば、あの時点で西重は壊滅していたのかもしれない。


「俺がようやく三人を倒して合流しようとしたとき、確かにギュウマたちは一人も倒していなかった。ギュウマは……ゴクウとコウガイに、体力を消耗させるように指示をしたんだろう。あいつらがその気になれば、何人か道連れにできたはずなのに……!」


 その言葉には、ゴクウやコウガイへの敬意もあった。

 できることなら、一人でも倒して死にたかっただろうに。

 だが彼らは、最善を尽くそうとした。圧巻のアッカが来たとき、全員が消耗しきっているように、彼が勝てるようにしていたのである。


「あいつらは俺なら、残り九人を倒しきれると思っていたんだ……なのに、俺は……二人しか殺せなかった」


 コホジウに対して、生き残った彼は、死んでいった者たちの名誉を語った。


「ギョクリンだ。奴が自分の命を賭して、俺を止めた。あと少しで若造共をまとめて始末できたのに……」


 アッカは覚えている。

 己のアルティメット技を、若き英雄たちは総力を挙げて相殺してきた。

 あと少しで勝てると踏んだのだろう、さらに押してきたところで二発目を放った。

 その時点で全員まとめて吹き飛ばし、地面に転がしてやった。

 体勢を立て直すより早く、三発目を撃った。あとは消耗した大将軍二人、なんとかなると思っていた。

 だがそれを、ギョクリンが身を挺して防いだ。


 絶叫しながら、体勢を立て直してくる若造六人。

 渾身の三撃を撃った直後で、動けなかった自分。

 もはやこれまで、あと一人、残った大将軍チタセーだけでも道連れにと思った。


 だがそれさえも、ギョクリンに封じられた。


「結局俺は、我が身と家族可愛さに、戦いを投げちまったのさ。死にかけのギョクリンが、王宮には手を出さないからお前も戦うのを止めてくれ、勝ちを譲ってくれと言ってくるもんだから……」


 おそらくは、真実だろう。

 本当の意味でこれを知っているのは、もうアッカだけになってしまった。


「俺は、お為ごかしをしちまったのさ、情けない、大恥だ」


 コホジウからは、再び怒りが消えていた。

 敵であるアッカの言葉から伝わってくる、ギョクリンの忠誠。

 彼が繋いでくれた国家の未来を、自分が潰してしまったという現実。

 何よりも、アッカは退くことを選んだのに、自分はそれを選べなかった。

 アッカが己を恥じるのならば、自分はより惨めなだけだった。


「何よりも……お前らももうわかってるだろうが、世間に知られちゃまずいのさ。あの三人は、一人も倒せなかったんじゃない。自分の命を捨ててまで、俺につないでくれたんだ。だがそれを、世間はきっと……倒した数だけ見ちまう。それは……偲びねえ」


 五人も倒したのではない、七人も仕損じたのだ。

 圧巻のアッカは、自分の失態を恥じていた。

 本当は命を捨てて、家族も諦めて、死ぬまで戦うべきだったのだろう。


「くくく、ははは! いやあ、感服した」


 聞いていたアレックスは、大いに笑った。


「そうかそうか……まさかギョクリンの死についても聞けるとはな」

「おいおい、ギョクリンの死は、アンタら流に考えればダサいんじゃないか?」

「おうとも! だがそれは、我らの流儀! 北笛の男が同じことを言えば、何をバカなことをと怒鳴るところだが……西重や央土、東威がそういう国であることは知っている」


 相手が違う価値観を持っている、それを知ったうえでアレックスは評価していた。


「そうか、あの将は……最後まで己のなすべきことをやり抜いたのだなあ……」


 お願いしますから、もうやめてください。

 それがギョクリンの言ったことではあろう。

 確かに受け止め方によっては、ダサいのかもしれない。

 だがしかし、自分が死ぬと分かった後でも、国家のために尽くしたのならば。

 生き方に違いはあれども、尊敬できるのだろう。


「やはり、彼らとは雌雄を決したかった。勝つにせよ負けるにせよ、奪うにせよ奪われるにせよ……決着をつけたかった」

「……ほう、つまりおっちゃんも少しは恥じてるってわけだ」

「当然だ」


 どっしりと腰を下ろし胡坐をかくアレックス。

 彼はまるで敗軍の将のように、勝者たちを見上げていた。


「押すには押したが、震君のジローにもガクヒにも勝ちきれなかった! むしろ個人単位では負けたと思っている。それでのうのうと西重をあさるほど、我らは恥知らずではない」


 戦う場にいて、実際に強敵と戦い、勝つことができなかった。

 それは彼の基準において、恥である。


「西重は最後まで戦った誇り高き敗者であり、央土は四方から攻め込まれて尚勝った強者である。それに対して我らは、たった一方さえ押し切れなかった恥ずべき敗者。であれば……長くここに居座る気はない」


 北笛に三人の王がいる。

 彼らは各々が騎獣民族の長であり、盟約によって結びついている。

 だがその中でも今主導権を握っているのはテッキ・ジーンであり……その彼に反する気はアレックスにもない。


「皆立て! これより我らの地へと帰還する!」


 英雄の一喝によって、抜けていた腰が戻ってきた。

 アレックス・サードの配下たちとその騎馬たちは、誰もが慌てて立ち上がった。


「では、さらば、さらばだ! 央土の将兵よ、いずれ覇をぶつけ合おうではないか! 西重の大王よ、良き戦いに招いてくれた! 北笛の万騎に代わって礼を言う!」


 余りにも鮮やかに、長毛の巨大馬たちは去っていった。

 北の英雄とその仲間たちは、北の地へ帰っていったのである。


「……ふぅ、思わぬ流れ矢に当たったぜ」


 圧巻のアッカは、殴られた以上の不意打ちを受け、やれやれとため息をついていた。

 そんな彼のことを、改めて誰もが見た。

 この最強の男は、どれだけ野卑に振舞っても、その実は他人のことを思う義人なのだと。


「おまえら、もう一度言うぞ。あの戦いでギュウマたちは、最善を尽くした。斉天十二魔将の首席、次席、三席は、その座に恥じぬ戦いぶりをした。もちろん、西重の英雄たちもな」


 彼は真実よりも、名誉を重んじていた。


「それが真実だ。そして、この兄ちゃんも……これから大王としての務めを果たしに行く。何もなかったんだ、一々気にするな」


 そう、結局何も起きなかった。

 結局西重の大王を救おうという者はおらず、彼はこの後王都に運ばれる。

 その後彼がどうなるとしても、歴史に何の影響も及ばない。


 そう結局はアレックスの言う通り、ここで起きたことはただの死肉漁りでしかなかった。



 巨大な馬たちは長毛であるため、とても寒冷地に強い。

 だがそれは、暖かいところに来るとすぐにばててしまうということであり、つまりこの地に来ること自体が既に無理があった。


 颯爽と去ったのはいいのだが、直ぐに水場で水浴びをさせる必要がある。

 体温を下げつつ、水分を補給させ、ついでに持ってきた岩塩を舐めさせる。

 巨大な馬も、彼らにとっては友。普段は足になってくれる分、いたわりの心を持って接している。


 その間は、流石に北笛の雄たちもくつろいでいる。

 もちろん馬の世話をし終えた後だが、皮袋に入っている馬乳酒を飲んでいた。


「あの竜騎士ども……中々でしたねえ」

「ああ、ありゃあいい騎手と竜だ。ああいうのを見ると、嬉しくなる」


 ショウエンの率いる竜騎士たちは、それこそ北笛の価値観においても精鋭である。

 アレックスに従っている彼らをして、同等であろうと認めるほどだ。

 もちろん乗騎の差は歴然としているが、それはそれである。モンスターの格だけで、騎兵の価値は決まらない。

 少なくともアレックス達は、そう考えている。


「それにしても……央土は広いですなあ。こうもあっさりと、大将軍が決まってしまう。それも、アレックス様さえ圧倒する実力者とは」


 だがそんな実力者が傅くものが、今まで無名だった。

 それを思うと、誰もが軽く考えることができない。


 アレックスも言っていたが、北笛は結局片手間で相手をされたのだ。

 ガクヒとジローはいずれも実力者であるが、央土全体の中では英雄の一人でしかない。


「我等北笛は、小さいですなあ……」


 西重を羨んだことも、決して嘘ではない。

 自分たちは一方向を切り崩せなかったのに、西重はあっさりと食い破り、侵攻し、王都を占拠したのだから。

 結果的に負けはしたが、本当に大したものである。これで大王を蔑むなど、彼らのプライドが許さない。


「何を言うか、小さくて結構だ」


 同胞たちの弱音を、アレックスは笑った。


「お前達、海を見たことはあるか?」

「海、ですか……?」

「東の方にあるという、塩辛い湖だとか……」

「そうだ、俺は昔行ってみたことがある」


 北笛において、海というのは伝聞の存在である。

 果てしない大地の先には何があるのか、それは氷と海であるという。

 その程度、いわば世界の果て程度でしかない。


「つまらなかった」


 実際に行ってみた男は、そう言い切っていた。


「まあそうでしょうなあ……」


 ただ塩辛い水があって、風が強く吹いている。

 ただそれだけの場所だと伝えられていて、実際にそうだったのだから仕方ない。


「しかしだ……ここも同じような物だろう。ただ広いだけ、何があるわけでもない土地だ。温かいだけで、面白くもない」

 

 アレックスは央土の大地を見た。

 見ようによっては、安全で農耕のできる土地なのかもしれないが、彼らには価値が感じられない。


「世界は広い……だがな、広いだけでは面白くもなんともないのだ」


 アレックスは、空を仰いだ。


「己よりも強いものがいる、己よりも大きいものがいる、自分の知らぬもの、自分のわからぬものが多くある。己の小ささを知った時、なにくそと笑ってこそ男なのだ」


 彼は己より強い男を見て、己のままならぬ世界を笑った。


「さて、狐太郎とやらは、どんな英雄なのだろうなあ……」


 この世には未知が溢れている。

 遠くに行くほど、それに出会える。

 それを痛感した男は、大いに笑った。


「やはり己の手で切り開いてこそ、世界は楽しめる。さてさて……次の戦争が楽しみだ」 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 全盛期なら5連までいけたっぽいから本当に老いてるんだな
[一言] もし狐太郎が一人ならすれ違っても子供だと思って飴ちゃん渡して別れそう。
[一言] 血みどろの戦争で価値とったものだけど、やっぱ平和が一番だね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ