今明かされる真実
祝、評価7000pt突破
西重の大王、コホジウ。
彼は間違いなく世界を動かした男だった。
超大国である央土の王都にまで攻め込み、あと一歩で歴史を変えられるところだった。
だが西重に黄金世代がいたように、央土にはシュバルツバルトの討伐隊がいた。
大規模な都市計画の大失敗を穴埋めするために設立された、二重の意味での人身御供。
みんなどうかと思っていたが、なんとかなってきたので脈々と受け継がれてきた悪しき因習の結晶体が、国家を救ったのである。
これを知った時、コホジウたちは央土が馬鹿であることに耐えられなかったほどだ。
とはいえ、納得せざるを得ないところもある。
これはジューガーも言っていたことだが、善意の第三者がたまたま現れて、都合よく侵略者を倒してくれたというわけではない。
公式に存在する、国民の税金によって維持されていた、立派な央土の戦力である。
外国人である狐太郎や麒麟を含めて、大公だったジューガーの部下。
その彼らが外敵である西重軍と戦って勝利しただけなのだから、不運だとか不幸だとか、そういうものがさしはさまる余地はない。
あくまでも西重が央土に負けたというだけであって、つまりは彼は彼だけを呪っていた。
(歴史において、私は愚王として語り継がれるだろう。ただの事実として……結果だけではなく過程を含めて、愚かなのだから)
現在彼は、馬車に乗せられて運ばれている。
それもチャリオットのような、馬車である。まともに壁も天井もない、さらし者にするための馬車だった。
彼はその馬車に乗せられた椅子に縛り付けられ、首以外の動きが封じられている。
しかもその椅子の後ろには、破れた西重の旗が縛り付けられていた。
まさに、罪人。
大王であるコホジウは、まさに罪人として引っ立てられていた。
皮肉にも、彼が仰ぐ空は青く晴れ渡っている。
風も穏やかなものであり、優しく彼を撫でている。
いっそ辛い日光でもあれば、あるいは吹きすさぶ寒風でもあれば、彼の体を痛めつけることができたであろうに。
温すぎる。コホジウは、今の己が安息であると感じていた。この程度の辱めでは、到底つり合いが取れない。
おそらくは今もなお、残党が狩られ、民が奴隷に落ちているというのに。
そして実際のところ、彼は今安全だった。
現在彼の周囲には、アッカをはじめとした征伐軍の中核が集まっている。
つまり、白眉隊と一灯隊である。
いくら敵国の大王を捕えたとはいえ、大将軍と三人の将軍、その補佐が全員抜けるなど尋常ではなかった。
「……アッカ様、はっきり言っていいですか? 俺、この任務嫌なんですけど。どうせなら残って、残党狩りとか治安維持とか、そういうのしたかったです」
「ははは! 残党狩りと治安維持を『そういうの』でまとめるなよ、ヂャン! まじめな奴が聞いたら怒るぞ、なあジョー!」
「……た、確かに仕事をひとくくりにするのは良くないですね」
実際に、将軍補佐を務めるヂャンは不満げだった。
当然ながらほぼ全員が騎乗しており、ぽこぽことゆったりとした移動をしているのだが、将軍たちでコホジウを包囲している形になっている。
その後ろには、やはり騎乗している隊員たちが続いているが、見ようによってはコホジウを護衛しているようにも見えるだろう。
もちろん、コホジウには王都に行ってもらう必要がある。
そこでどんな沙汰が下されても全く不思議ではないが、道中で死ねば問題になる。
それは正しいのだが、少なくとも大将軍であるアッカや、その側近で身を固める意味はない。
「でもこいつをカンヨーに送るにしても、兵を千ぐらいつけて、俺たちの中の一人でも上に置けばいいじゃないですか。なんで全員でぞろぞろと……せっかく将軍とかの仕事も覚えてきたのに」
「ははは! グァンはともかく、お前までそんなに頭がよくなるとはな。まあガイセイと違って、お前は真面目だもんな。やる気があるから、すげえ伸びたってわけだ」
「……うっす」
「ジューガーの旦那の判断は間違ってなかったな、お前にあってるよ」
結局最後まで狐太郎になつかなかった、若獅子の集まり一灯隊。
その彼らでさえも、アッカを前にすると大人しいものだった。
彼が褒めてくると、照れて黙ってしまう程である。
(これは年の功だな……)
それを見て、ショウエンはそう感じた。
アッカが凶行を実現させたことを知ったうえで、どうしても彼を慕ってしまう。
仮に同じようなことを狐太郎が言えば、きっと怒ってしまうだろう。
まあそんなことを、あの狐太郎が言うとも思えないのだが。
「ヂャンの言い方はともかく……私もどうかと思っていますよ、アッカ様。もうわずかではありますが、敵の残党は残っていますし……新兵たちや雑兵だけでは対応しにくいこともあるでしょう。せめて白眉隊と一灯隊、どちらかだけでも残すべきでは……」
グァンは主題を見失わず、ごまかそうとしたアッカを追求した。
「まさか昔話に花を咲かせたい、とかではありませんよね?」
「バカ言うな、それなら適当な時にやるさ。つうか、お前らとならいつでも会えるだろ」
「では、なぜ」
豪傑らしい豪快なふるまいをしているアッカだが、それでも西方大将軍として行動している。
彼は彼なりに西方軍を再編成しようとしており、今回のこれにも意味がある筈だった。
「理由は二つあるぜ。まあ一つについてはジョーでもわからねえだろうが……どうだ、わかるかい、マースーの兄ちゃん」
「……はい。部下に経験を積ませるためですね」
「正解だ」
ショウエンは速やかに答え、アッカはそれを速やかに認めた。
ここに主だったものがいることに意義があるのではなく、西部に主だったものがいないことに意味がある。
「しつこいくらいに言うが、これは勝ち戦だ。もう勝ってる戦争だ。だがこっちの台所事情は最悪……規律以前に、雑魚しかいない。ここにいる、精鋭中の精鋭を除いてな」
彼の声は、よくとおった。
一灯隊、白眉隊の隊員たち。
その最後尾まで聞こえていた。
ただ耳に届いたのではない、心にまで届いていた。
「ジョー、リゥイ、グァン、ヂャン……あとマースーの兄ちゃん。お前たちは強いが、うでっぷしが強いだけじゃねえ。隊員一人一人が強いのよ。だから二度の大戦争でも、戦果を挙げられたのさ」
各隊の隊員たちは、もちろんアッカの言葉が鼓舞であると分かっていた。
黄金世代という強者たちとぶつかって、常人の範疇でさえ才能の差を感じ取ってしまった。
その彼らへ、改めて適切な評価をしているだけだと。
とはいえ、それでもうれしいものだ。
掛け値なしに最強の男から、本心から適正に評価してもらえるのは。
「だが他が雑魚だ。これは連中が悪いわけじゃねえ、単に死に過ぎただけだ。だから連中には、それなりに苦労してもらう。グァン、お前の言うとおりに今現場は大変だろうが……安心しろ全滅はしない。もう勝ってるからな。下手に群れない分、山賊狩りより簡単だ」
既に兵士たちは、苛烈な実戦を越えている。その前の段階で、訓練も重ねている。
だが決戦と訓練だけの、偏った経験しかない。それだけでは、まともな兵士や将官にならない。
「もちろん苦労するだろうが、幸い俺よりもまともで経験豊富な、じいさん達がたくさんいる。年寄りのいうことを素直に聞いて、妙な誇りを捨てて謙虚になれば、もう連中でも平定できるはずだからな」
雑に言えば、舐めているのだろう。
西重の残党、畏れるに足りずと。
弱い兵士たち、未熟な指揮官たちの、その練習相手にさせるつもりだと。
だがそれに対して、誰も異論は挟まない。
どのみち兵士になれば、命をかけて戦うのだ。ずっと傍に居て守れるわけもない、彼らの成長は確かに必要だった。
「お前達のいた前線基地は、点だった。森の中にAランクハンター様が入っていても、助けてくれって泣きつけばすぐ来てくれただろ?」
「……はい」
「ま、ここではそうもいかない。相手は人間だが、どこにでもいるし、どこにでも現れる。お前らほどじゃないにしても、一人一人強くなってもらわないとな」
晴れやかな空の下で、数えられるほどの雲を仰ぎながら、アッカは未来を見ていた。
おそらくは、自分が動けなくなるほど、遠い先の未来を。
「西重は潰したが、南万と北笛が俺達の敵になる。楽な敵じゃねえぞ……まあ俺も戦ったことはねえけどな」
国がある限り、戦いは終わらない。
そしてそれは、悲しいことではない。
悲しいのは、戦うことができないことだ。
(年長者に従う、耳を傾ける。兵を死地へ置き、育てる。とても普通で、当たり前のことだ……私は、そんな当たり前のことに耐えられない男だった……)
勝者が未来を語るそばに置かれている。
その度に、コホジウは屈辱に震えていた。
(私にとっては敵だが、哀れだな)
その姿を、ジョーは見ていた。
かつて打ちひしがれた、己の姿と重ねていた。
一つ違うのは、彼に再起の目がないことだろう。
もはや彼は、努力でどうにかなる一線を跳び越えていた。
(これを口にすれば、リゥイは『山賊の頭が捕まった後、山賊なんかしなきゃよかったと言ってるだけだ!』と言うのだろうな……それも否定できるものではないが)
ジョーは嘆いたが、気分を切り替えた。
今考えるべきことは、そこではないだろう。
なぜ自分達精鋭が、こうしてここに集まっているのか。
もう誰からも必要とされない、コホジウの護送に参加しているのか。
そのもう一つの理由について、考えを巡らせていた。
「でだ、もう一つの理由はな。王都を出る前に、ある奴から警告を受けていたんだわ」
一つの国、一つの民が終わりつつある、悲しい世界。
そうとは思えない程、改めてのどかな雰囲気だ。
周囲は開けた草原であり、どこかシュバルツバルトの近くを思い出させる。
仮に奇襲を受けたとしても、即座に対応できる土地だ。
少なくとも四方には、大軍勢の影などまるで見えない。
「元北方大将軍、震君のジロー様からだぜ」
びしりと、全体に緊張感が走った。
今彼らがここにいる理由が、アッカの判断によるものではなくジローの警告によるものならば。
それは極めて必要性の高いことなのだろう。場合によっては、戦うこともあり得るはずだ。
「あの爺さんが言うには……そこの兄ちゃんに、誰かが挨拶に来るかもしれない。北笛の方から、馬に乗ってな」
その時であった。
馬上の一団に、馬の足を通して振動が伝わってきた。
軍馬たちが驚き、混乱し、嘶き暴れだす。
流石に竜騎士隊はその限りではないが、他の者たちは全員下馬の上で武器を構えた。
「いいタイミングだな、まさか今来るとは……」
もちろんアッカも下馬し、余裕をもって馬をなだめる。
だが馬を撫でる一方で、彼の目は震源地を見ていた。
「北から……馬? つまり……!」
北笛の民は、騎獣民族である。
大人から子供まで、誰もがアクセルドラゴンのようなモンスターに乗ることができるという。
もちろんモンスターに乗ったまま狩猟を行い、民のすべてが兵として働けるという。
だがしかし、意外なほどに馬のモンスターに乗るものは少ない。
一族ごとに好むモンスターの種別はあるらしいが、それでも馬のモンスターを選ぶ一族は少ないのだ。
だからこそ、北笛の騎馬民族というのは、逆に絞ることができる。
もちろんそれは、容易ならざる相手のことだった。
「ははははは! こりゃあ参った! ちょいと遠くから姿を見せて、死出の旅を見送るつもりだったが……!」
Bランク中位モンスター、バルクホース。
非常に筋肉質な馬のモンスターであり、広く分布している。
地域によっては長毛種と短毛種に分かれるが、それは寒冷地か温暖な地域かの違いだけであり、個体としての性能に差はない。
そしてその馬の群れは、見るからに長毛種。全身が長く太い毛でおおわれ、まるでマンモスのようだった。
人間に飼われているからか、個体によっては飾りが付けられていたり、毛が編まれている。
もちろん馬具も付けられており、蛮族の騎兵そのものであった。
「これだけの護衛がいるのなら、其方にも挨拶をするのが、礼儀というものだ」
Bランク中位モンスター、バルクホース。
その巨大な馬の背にまたがっている、余りにも薄着の男たち。
その中で誰よりも大きな馬にまたがる、誰よりも大きい男。
武装をしていないからこそ、その素の体の大きさが下からでもわかりやすかった。
「我こそは北笛同盟の一角、誇り高き騎馬民族の長、アレックス・サードである!」
名乗りと同時に、他の馬の上に乗っている兵士たちが大声を出し、角笛を鳴らした。
本来吹雪の中でも交信をするための、大きな角笛。それを戦の前準備として、威嚇のように鳴らしていた。
北笛の騎兵の恐ろしさを知る者は、遠くからそれが聞こえただけで荷物をまとめて逃げ出すほどだという。
「一族の雄を率いてここ西重へ来たのは、他でもない……偉大なる西重の大王、コホジウの見送りである!」
「……アレックス殿」
縄で縛り付けられたままのコホジウは、懐かしい顔を見て茫然としていた。
護衛と共に交渉をした時、何度か会っただけの男だった。
「なぜ、今更……私を見送りに、ここまで……」
「央土との戦争へ、参戦を要求しに来たとき、貴殿は我らへこう言った!」
慇懃無礼のような皮肉ではない、そんなことを言いに、わざわざ国境を越えたりしない。
彼はあくまでも、敬意をもって大王コホジウへ礼を示そうとしていた。
「国のすべてをかけて、この戦いに投じると! デカい口を叩くものだと思っていたが……よもやよもや!」
アレックス・サード。
彼は羨ましいとさえ思いながら、捕縛されてしまった彼を称えていた。
「本当に国が滅ぶまで戦うとはな!」
「……!」
アレックスは褒めているのだ、コホジウの真摯さを称えているのだ。
ただの大口ではなく、実際に滅亡するまで戦ったのだ。それも、退く道がありながら。
なるほど、同盟相手に対して誠意を尽くしたといえるだろう。
「あ、アレックス殿……」
「残念な結果になったが、それは仕方のないことだ。ここは央土を……勝者を称えるほかない!」
その賞賛に、気遣いに、コホジウは耐えられなかった。
自分が人の心を動かすために言った言葉が、どれだけ重いのか痛感してしまっている。
負けてしまった彼は、褒められることに耐えられなかった。
だがしかし、アレックスは間違っていない。
アレックスが愚かなのではない。
なぜなら国のすべてをかけて戦うと言ったのは、他でもないコホジウだからだ。
実際にその約束を守ったことを称えているアレックスに、なんの非があるというのか。
アレックスの礼は、コホジウへの容赦ない追撃であった。
「やれやれ、馬の上に乗ったまま偉そうに。上から目線で、頭上通過で、大王様へお話しするとはなあ。それが北笛の礼儀か、おい」
「いかにもである! 我等北笛において、どの程度騎乗できるかは己の腕を示すこと! この程度のことで降りる、お前達が未熟なのだ!」
だがアッカも黙っていない。
バルクホースの上に乗るアレックスへ、見上げつつも上から目線で皮肉を言う。
だがアレックスは、相手にしない。如何にも自分たちの流儀であると誇っていた。
「そこの竜騎士隊は違うがな。実に見事な腕であり、感心な獣だ。人獣一体の境地に達した者が、ここにもいるのは大変嬉しい!」
「……光栄だ」
アカネと共に長く戦ってきた、アクセルドラゴンとワイバーンである。
如何に英雄の率いる軍が相手でも、動揺して主を落とすようなことはしない。
それを見抜かれて賞賛されたショウエンは、しかし顔を固くするばかりだった。
「さて……新しい西方大将軍殿とお見受けするが……名乗っていただこうか」
「ふん、こういう時は、名乗るならお前が先にっていうところだが……もう名乗ってるもんなあ」
アッカは、地面を思いっきり踏んだ。
ただそれだけでバルクホースたちが震え、へたり込み、立てなくなっていた。
アッカの威圧に、英雄の軍馬たちが屈したのである。
「西方大将軍、圧巻のアッカだ。央土じゃあな、相手と話をするときは同じ高さで目線を合わせるのが礼儀なんだぜ、おっちゃん」
その威圧に、アレックスの部下たちさえも震える。
だがその一方で、アクセルドラゴンやワイバーンさえも腰を抜かしていた。
腰が抜けていないのは、アレックス以外では武将たちだけであろう。
「ふふ……失礼をしたな」
怯える愛馬をなだめながら、アレックスは下馬した。
その上でゆっくりと歩き、己よりも少し大きいアッカの傍へ行く。
「ではこれなら、よろしいか」
「ああ、ばっちりだぜ」
アッカは当然のこと、アレックスもまた英雄であろう。
今にもぶつかりそうな距離で、しかし二人は話を始めていた。
「さて……」
アレックスは改めて、アッカとその部下たちを見た。
今はやや怯んでいるが、それでも恐慌に支配されているものは一人もいない。
大将軍の傍を任されているので当然だが、兵士たち一人一人がとても強い。
それこそ、アレックスの供と変わらぬほどに。
「……西重を破った、央土の将兵たちよ。実に、見事だ!」
彼はアッカに言われたように、下馬してから賞賛を始めている。
そこにはやはり、一切の嫌味がない。
「西重が空になるほど、膨大な兵を出してきた。それを貴殿らは打ち破り、返す刀で殲滅した……その戦い、さぞ凄絶だっただろう。その場にいられなかったことが悔やまれる」
敗者へ嫉妬したように、勝者にも嫉妬をしていた。
戦い抜いた者たちへ、羨望を隠さなかった。
「チタセー、ギョクリン、ウンリュウ……誰もが強かった、恐ろしかった。西重の大将軍を倒したいと、私も願っていた。その三人を全員倒した貴殿らには、称賛するしかない」
わずかに、アッカの眉が動いた。
「だがしかし……ふふふ、悲しいかな。貴殿らは所詮、定住民族のようだ。これは余りにも……醜い」
ここでアレックスは、露骨に失意をあらわにしていた。
「一国が滅びたというので、いったいどれだけの地獄になっているのかと思えば……なんだ、この……死肉をあさるような、程度の低い戦いは」
蛮族の勝手な理屈ではある。
だがしかし、誰も反論しなかった。
あながち、否定できたものではない。
この楽勝すぎる戦争は、確かに低レベル極まりない。
「我らが北笛には、こんな言葉がある。己で狩った物を食えば、鶏も鷲になる。施しを受け続ければ、鷲も鶏になる。貴殿らがこの戦争に勝ったのだから、敗者の物を奪うのは当然の権利だが……」
すべての民が兵である、そんな民族は失望をあらわにしている。
「なんだ、この国の民は。まるで自分の身を俎板に置いているようだ」
「なるほど、自分の身を自分で守る、その根性がないってか?」
「その通りだ。やはり我らは相容れんな……この戦いに、価値はない。これでは羊の毛の剃り残しだ」
おそらくは、蛇足だと言いたいのだろう。
強大な軍を破り、その軍が守っていた民や財産を奪うという、軍事の本来の目的を否定していた。
「簡単に餌になる、家畜になる西重の民もどうかと思うが……それを狩り漁って、得意げになっている央土にも疑問がある」
「ほお」
「やはり、安楽な勝利は魂を曇らせるな。いい馬は子供を騎手に育てないというが、まさにそれだ」
「へぇ」
まあ、わからなくもない。
彼の言っていることは、ある意味まともだ。
この有益な戦いは、もはや戦いではなく……。
あの戦争の成果としては、余りにも汚らしい。
「家畜を飼い過ぎる者は、太って食われるという。央土の将よ、飢えを忘れれば人は怠けるぞ?」
「やれやれ……大きなお世話って奴だぜ」
アッカは一歩前に出た。
「来な。話を遠回りさせる男は、格好悪いぜ」
「ふ……気を使っていただいて申し訳ない」
笑って、アレックスも前に出た。
お互い、手の届く距離である。
(す、すげえ……!)
そんな二人の英雄の姿を、倒れている馬につぶされている少年が見ていた。
ジョーの預かりとなった西重の民、ダイトー。若き英雄の卵は、完全体となった英雄の激突を、目を皿のようにして見ていた。
「んん!」
もはや、何もかも無粋。
ケンカを買ってくれた相手に、何かを言うなど無駄。
アレックス・サードは握りこぶしをアッカの顔面に入れていた。
なんのエナジーも込めていない、ただの怪力による拳。
それがアッカの顔に激突し、それこそ軍馬の奔る音や、アッカの足踏みよりもずっと大きい音がした。
「おお……」
アレックスの部下たちも、アレックス自身も震えている。
アレックスの拳は確かにアッカの顔に当たったが、彼は微動だにしなかった。
「ん!」
今度は、アッカの拳がアレックスの顔にめり込んだ。
やはり気味の悪い、尋常ならざる音がした。
アレックスはややよろめき、崩れそうになる膝に手をつけた。
「は、ははは……これは、強い!」
アレックスの顔が、明らかに歪んでいた。
内出血しているだけではなく、骨折もしていると思われた。
「アンタもな。ずいぶんと男の色気が増してるぜ」
その一方で、アッカの鼻から血が流れてきた。
アッカはそれを舌で舐めるが、程なくして垂れてくることも収まった。
共に怪物だが、優劣は明白。先に殴らせたアッカのほうが、ずっとダメージを刻んでいる。
どう見ても、アッカの方が数段格上だった。
「……強さなら、テッキ殿にも負けぬアレックス殿が、こうも」
それを見て、椅子に縛られたままのコホジウは感嘆した。
聞いていたことではあるが、実際に見ると震えるしかない。
「これが、ギョクリンをはじめとして、我が国の英雄五人を殺した男か……!」
そんな彼のつぶやきが、誰もの耳に入っていた。
そして……。
「え?」
他でもない、央土の将兵たちが驚いていた。
「……やべ」
そして、アッカも、物凄く恥ずかしがっていた。
「ばれちまった……内緒にしてたのに」
圧巻のアッカ、痛恨のミスであった。




