一罰百戒
大都市カセイはこの国における流通の要所であり、それゆえに多くの人々が暮らしている。
貧富の差が激しく、税金もかなり重い。それでも多くの仕事があるため、大いににぎわっている豊かな都市である。
名君として知られる大公が治めていることもあって、人々には夢と希望と活気があった。
近くに、Aランクの巣窟があることも忘れて。
シュバルツバルトの存在を知る誰もが、まず最初に思うこと。
それは『なんでこんなところに都市を作ったんだ』という疑問である。
確かにこの世界にはAランクモンスターという、伝説の勇者でなければ倒せないモンスターが生息している。
突然変異でもなんでもなく、生物として繁栄している。
よって一匹一頭一体どころか、総数も解からないほど生きているのだが、だからと言って人間が絶滅することはない。
単純な話である。
いかなる種類のモンスターであれ、Aランクの上位中位下位であれ、生息域というものがある。
人間のように慎みを知らず、限度もなく縄張りを広げることはない。というよりも、出来ない。
住めないところへ無理やり家を建てたり、エサもないところで田畑を作ることができない。
住んでいる場所ははっきりしているので、近づかなければそれでいいのだ。
ともあれ、この世界の人々にとってAランクモンスターは、人類を滅ぼす魔王のようなものではない。
危険地帯の奥地にでも行かなければ会えない、絵本に出てくる怪物程度の存在である。
もちろんたまには人里を襲うこともあるが、山賊やら敵軍やらBランク以下のモンスターによる被害の方が比較にならないほど大きい。
つまり、Aランクモンスターの住む森や谷や海の近くに、街を作らなければいいのである。
よって、カセイは立地が悪いのだ。わざわざ討伐隊を編成し前線基地へ税金を投じずとも、人がそこから離れればいい。
では、なぜそうしないのか。
決まっている、別にそこまで困っていないからだ。
少なくとも、ほとんどの人がそう思ってしまっている。
※
カセイの歴史は古いが、もとはただの宿場町だったという。
当然ながらさほど大きい町ではなく、よって人口も少なかった。
都市と都市を結ぶ道の途中に作られただけの、小さな町である。
首都にするつもりで町を作ったわけではないので、周囲の探索もいい加減だった。
よって最初期は、Aランクモンスターからの被害はなかった。近くにAランクモンスターの巣窟があるとは、誰も知らなかったのである。
しかし街が大きくなるにつれ、人口が多くなるにつれて、当然ながら餌場としての意味が大きくなっていった。
だんだんとBランクに相当するモンスターが襲うようになり、それに対してハンターによる防衛隊が組織され、さらに都市は拡大していき……。
ある程度大きくなった段階で、Aランクモンスターが襲撃をしてきたのである。
もちろん、それ自体はありえないことではない。しかしAランクモンスターが現れる頻度が多かったため、人々はハンターを雇い周囲を調べた。
ハンターによる捜索隊は、ここでようやくシュバルツバルトを見つけた。
ここでカセイを人々が放棄していれば、前線基地など作られなかっただろう。
なにせ基地を作ろうが何を作ろうが、Aランクハンターかそれに相当する実力者でなければ、Aランクモンスターは倒せないのだから。
当初は正規軍が守ろうとしたが、やがて撤退せざるを得なくなってしまう。
しかし、都合がついてしまった。
当時のカセイは、すでに周辺都市が必要とするほどの要所だった。だからこそ大金が投じられ、Aランクハンターが招集され、実際に来てどうにかしてしまったのだ。
そして、それによってカセイの歴史は続いてしまったのである。
大金を生むカセイは、その大金によってAランクハンターを雇い続けた。
一時代に数人しかいないAランクハンターが、常に一人は街を守ってきた。
それが現在に至るまで、維持され続けている。
その間もカセイは成長し、大王の弟が治めるほどになってしまった。
大公ジューガーは、この大都市の民を愛している。
だがしかし、この大都市そのものが間違っていると思っている。
民間のAランクハンターがいなくなった瞬間に破滅する都市、正規軍が守っていない都市、いつAランクモンスターが襲い掛かってきてもおかしくない都市。
それを失敗と言わずしてなんというのだろうか。
どれだけ費用が発生するとしても、正規軍が守るのならまだいいのだ。
なのに武官の誰もが嫌がって、文官は民間人に『金』と『名誉』で懇願せざるを得ない。
その武官の娘が、こともあろうに『金で買ったAランクハンターに何の価値がある』などとほざき腐った。
武官のくせに国民の保護を人任せにしている分際が、命がけで戦っているものへ唾を吐いた。
当人をぶち殺すぐらいで済ませるわけにはいかない。
いかなる手段を使ってでも、きわめて正当な法的処置の下で、名誉と地位をはく奪しなければならなかった。
※
一か月後。
犯行現場、殺害現場でもある役場の面接室に案内された狐太郎たちを待っていたのは、平伏している大公ジューガーだった。
「謝罪が遅くなって、大変申し訳ない! どうか許してくれ!」
書面の上では『申し訳ない』と言った程度にしておくのだろう。
しかし現実の彼は、額から血が出るほど頭を床にこすりつけていた。
「貴殿は私を信じて護衛の試験をしてくれたのに、肝心の選考を私が誤った! だが貴殿の他にはいないのだ、どうかカセイを見捨てないでくれ!」
「……あ、いや、あの……」
必死の土下座、全力の謝罪を受けて、狐太郎は困惑している。
彼の人生で、目上の人間がここまで謝ってきたのは初めてだったのだ。
「……どうしようか」
「謝罪を受け入れて、今後も励むと返答なさるのがよろしいかと」
「そうだな……」
コゴエの判断に従った狐太郎は、自分も膝をついて大公をねぎらう。
「大公様……俺はそこまで気にしていないので、どうか顔を上げてください。今回は縁がなかったと思って諦めますから」
「そうか……ありがとう」
男泣きしながら、大公は顔を上げた。
その表情に、一切の演技は感じられない。
もしもこれが芝居なら、人間不信になってしまうだろう。
「御礼はいいんですが……その……」
「何でも聞いてくれ! なんでも言ってくれ!」
「今回の件はどうなったんでしょうか? こう、処罰的に」
前線基地のハンターたちは、口々に残酷な処罰を口にしていた。
狐太郎としては、それが現実になってほしくなかったのだ。
「そうだな、気になるところだろう。まず知っての通り、君へ暴言を吐いた二人は、私の娘がその場で処罰した。これは法的にも問題ない」
(俺としては問題がありまくりなんですけど)
「その二人を推薦した者も、正式に訴えを起こして処罰した」
(追加で二人も殺されたのか……というか、将軍を処罰していいのか? 友達じゃなかったのか?)
「加えて、マースー家と魔女学園の精霊学部は潰した。反対は少なくなかったが、すべて潰した」
言われたことが全部実行されたようである。
ここまでくると、むしろ暴言よりも制裁に対して嫌悪感が生じる。
しかしこれも、聞いてみれば納得できるのかもしれない。
狐太郎は周囲の四体とアイコンタクトをして、その理由を聞くことにした。
「大公様、恐れ多いことですが……どうにも俺には、やりすぎのように思えるんです……理由を聞かせていただけませんか?」
「やりすぎか……そう思われるのだな、貴殿は」
羨望のまなざしを、四体に向ける。
金で買ったと言われた、Aランク上位のモンスターを見る。
金で戦力を買える、狐太郎を羨む。平和で豊かな世界で生きていたのだろうと、推測できた。
だからこそ、ここまで寛容になれるのだろう。
「憶えているとは思うが……私は貴殿の能力を調べた」
「そうでしたね」
「もちろん、貴殿は気を悪くされただろう。場合によっては、私に怒っていたかもしれない。能力を隠しているにしても、実際に弱いとしても、測られて楽しいことではない。だがそれでも測ったのは、護衛隊へ正しい情報を伝えなければならなかったからだ」
狐太郎が弱いことを確かめても、誰も得をしない。
モンスターが強いことさえ確認できるのなら、一々弱いことまで確かめる必要はない。
しかしそれでも確かめたのは、護衛隊への誠意である。
「娘の強さを隠していた私が言うことではないが、もしも君が強ければ、君の護衛になる人間は怒ってしまうかもしれない。違うかね?」
(……ありえないとは言い切れないな)
必死になって守った人が、実は余裕でAランクモンスターを倒せました、守る必要ありませんでした。
そんなことが起こったら、確かに腹が立つかもしれない。
少なくともブゥが強かったことに対して、他の護衛候補は少なからず動揺していた。
「実際、ケイの方は疑っていたからね。凡庸で非力な人間に、竜王が従うわけがないと。だが私の情報を疑ったことも、私へ一々確認したことも、私にとってはどうでもいいことだ。それ自体は大したことではない」
狐太郎を怒らせるかもしれない、それでも調べた狐太郎の弱さ。
それを見てもケイは信じられず、大公に確認さえしていた。
だがそれは一種の慎重さであり、護衛に必要な要素でもある。
「問題なのは……問題なのは! 自分でその弱さを確かめて、怒り出したことだ! 貴殿が強かったなら、誤情報を伝えた私が悪い! あるいは、強さを隠して護衛を要求した貴殿に非があるだろう! だが、あの小娘は! 私の伝えた情報が正しかったにも関わらず激怒したのだ! そのうえで貴殿を侮辱したのだ! 意味が分からん! 何をしに来たのだ!」
整理すると、無茶苦茶もいいところである。
弱い人間を守るために護衛を募集して来てもらったのに、護衛対象が本当に弱かったら怒り出す。
それは情報を疑っていたのではなく、自分勝手に妄想や期待を膨らませていただけだ。
勝手な妄想や期待が勘違いだったからと言って、正直に伝えていた相手を怒鳴っていいわけがない。
「私とて、家に帰って愚痴を言ったり、酒の席で陰口をたたく程度なら気にしない! 言いたければ言わせればいいし、一々取り締まる気もない! だが貴殿へ直接言うなど狂気の沙汰だ!」
思えばリァンも、ランリが余計なことを言い出したときにはまだ冷静だった。
だがケイが侮辱をして帰ろうとしたときには、本当に怒り狂っていた。
なるほど、極めて正当である。
(ということはもしかして、ランリは巻き添えで殺されたのだろうか……とはいえランリ君も大概酷かったから、文句は言えなかっただろうけども)
ランリ単体なら、殺すほど怒らなかったかもしれない。
殺されても文句の言えないことだったが、まだ訂正させようとすることができたかもしれない。
しかしケイがさらに非礼なことをしたので、我慢の限界を超えてしまったのだろう。
(しかし……家やら学部まで潰すのはどうかなあ)
連帯責任と言う言葉もあるが、それでも限度を超えている。
いくら何でも、徹底し過ぎではないだろうか。
これでは完全に暴君の所業である。
「当人たちが殺されたことは、まあ分かりました。ですが、学部や家を潰し、さらに推薦した方々まで殺すのはいかがかと……」
「……本当に、そう思うのかね」
意外そうに、逆に問い返すジューガー。
だが狐太郎の言葉を待たず、聞かれたことを答える。
「……私はありとあらゆることに精通しているわけではない。専門家に比べれば、何も知らないも同然だろう。だからこそ、寄越した人材に文句をつける気はなかった。君が私を信じてくれたように、私もまた専門家を信じていた。大公である私へ推薦してきたのだ、さぞ精強で……最低限の礼儀は備えているはずだとね」
その期待は、あっさりと裏切られてしまったわけだが。
「まあつまりだ、マースー家や精霊学部には、アレかそれ以下しかいないわけだ。存在する意味、存続する意義があるかね?」
学校であれ武官の家であれ、極論をすれば存在する目的は一緒である。
つまり社会に役立つ人間を育成し、世の中へ送り出すこと。
そのために多くの予算を割かれているのに、出来上がって送り出してきた人材は、実力こそあっても最低限の礼儀さえ備えていなかった。
その教育能力には、根本的な欠陥があるとしか言いようがない。
「もしいたとしても、大公である私に送りつけてきたのはアレだ。大公である私がきちんと書類を作って、正式に依頼をして、重要なことだから頼むと言ったのに、寄越してきたのはアレなのだ。私のことや、カセイのことをバカにし過ぎていないかね?」
ピンインはともかく、ランリもケイもブゥも、それぞれの分野や家を代表してきていたのだ。
代表しているにもかかわらず、大公の代理の前で暴言の限りを尽くしたのだ。
それは大公家にマースー家や精霊学部が喧嘩を売ったのと何も変わらない。
「……君が私を許してくれなければ、私自身と娘の首もつけるつもりだった。それでカセイが守れるのなら、安いものだ」
まさに命がけだった。
先日の四人はカセイをないがしろにしていたが、彼はとことん尊重している。
それこそ自分の命よりも、何よりも大事に思っている。
狐太郎には、理解できないことだった。
「どうしてそこまでして、カセイを守るのですか?」
「それが私の正義だからだ」
部屋の中の空気が、どんどん冷えていく。
それはコゴエによるものではなく、大公の心中が悲しみに染まっているからだろう。
「カセイの人々は、君のことなんてほとんど知らない。ハンターたちは流石に知っているし出入りの商人も知っているが、ほとんどのカセイ市民は君のことを知らない。それどころか、前線基地のことさえ知らないだろう。自分達の住む都市の近くに、Aランクモンスターの巣窟があることなど想像もしていない」
知らない、ということは感謝していないということだった。
狐太郎やそのモンスター、他のハンターたちがどれだけ必死になっていても、それに感謝していないということである。
もちろん大公がそれを維持するために心を砕いていることにも、何の関心も抱かないだろう。
「だがそれは、彼らにとって当然の権利だ。カセイ市民は前線基地の職員と違って、モンスターの脅威に怯えず暮らせる権利がある。そのために重い税金を払っているのだから」
(税金の問題なんだ……)
「……カセイでは富める者も貧しい者も、等しく納税の苦しみに耐えている。それもこれも、この前線基地を支えるためだ。この前線基地で働くすべてのハンターへの給金はそれで賄われているし、基地の修繕もそれが財源だ。であれば、市民は既に重い役割を果たしている」
誰だって、税金なんぞ納めたくない。
馬鹿正直に納めなくても、どうせどうにかなるのだから。
だが全員がそんなことを言い出せば、それこそどうにもならない。
きちんと納税している者がたくさんいるからこそ、この基地は存続しているのだ。
「正義とは、報いだと思っている。正しく納税の義務を果たしている者は、納税していてよかったと思えるように配慮しなければならない。悪しき誘惑に負ける輩には過酷な罰を与えなければ、正しいものが報われない。それが正義というものだ」
不安な暮らしをしたくない、モンスターに怯えたくない。
だから血が出る思いで、爪に火をともしながら納税している。
税金なんて払いたくないが、モンスターに襲われずに済むのなら払おう。
そういう名目で徴税している以上、大公はいかなる手段を用いてでもモンスターがカセイへ到来することを防がなければならない。
「そして、貴殿も正義だ。貴殿はAランクモンスターの脅威から、人々を守っている。貴殿が戦っていることを市民が知らずに済んでいるということは、貴殿が求められていることをこなしている証拠なのだ」
人知れず、感謝もされず、脅威から人々を守る。
それが正義でなくてなんだというのか、対価を受け取って何が悪いのか。
「貴殿がどれだけ弱くとも、貴殿が強くなるための努力をしていなくとも、命をかけて役割を果たしていることは事実なのだ。その貴殿を、私や娘が守らなくてどうする」
カセイの民が狐太郎たちに感謝しないのは仕方がない。
他の誰かが感謝しないのも仕方がない。
だからこそ、大公やその娘は感謝し、それを伝えなければならないのだ。
狐太郎はここにきてようやく、大公と公女がここまで怒っている理由に気付いた。
(俺たちのことが大切だから、怒ってるんだ)
ほんの少し、孤独が紛れた気がした。
自分のことを大事に思ってくれるのは、四体だけだと思っていた。
しかし違うのだ、少なくとも大公は大切に想ってくれている。
狐太郎たちのために、怒ってくれるのだ。
(でもやりすぎじゃないか?)
なお、狐太郎たちはうれしく思っていない模様。




