恋の味
『斉天十二魔将は、私の即位まで空位とします!』
『そもそもこの場にいる者たち以外に十二魔将に相応しいものがおらず、その上でナタが首席に座らないというのなら、十二魔将をわざわざ編成する意味がありません! であればいっそ空位にするのが正しいでしょう!』
『なによりも! すぐに決まるのならまだしも、長々議論し衝突するようなら保留でけっこう! この場の面々にとっては重大でも、民にとっては重大でも重要でもありません!』
『王都で倒れた英霊たちを正しく弔い、そして今も西部を占拠している西重軍を討つこと! それの前段階でごちゃごちゃと会議をするなど、それこそ国家や国民への背任行為です! 異論は一切認めません!』
敵国の兵に家族を殺された若者が立ち上がり、復讐を決意する。
よくある物語の導入であるが、なぜよくあるのか。
それは敵国の兵に家族を殺されることが、途方もなく凄惨であり、同時に……よくあることだからだ。
人類の歴史上、あるいは生物の歴史上、幾度となく行われてきたことだろう。
少なくともこの街で起きたことは、人々を復讐鬼へ変えるには十分だった。
だがその復讐鬼たちも、やがては正気に戻る。
そこにはまだ燃えている街と、人間の欲望によって崩壊した人体が散乱している。
自分たちと自分たちの殺した者たちのなした、滅びた国での熱狂。
祭りの後の寂しさが、この場に満ちていた。
誰もがしばらく動けなかった。
略奪は起きなかったが、暴力だけは十二分に起きた。
ここにはもう、何も残っていない。少なくとも価値のあるものは、人間が壊してしまった。
「ああ、ごほん。お前ら、気分は落ち着いたか? 服脱いでる奴は、着なおせよ。みっともねえからな」
大将軍であるアッカは暴れに暴れた者たちへ、大きな声を出しながら手を叩いて気付けをしていた。暴れ疲れた体からは、既に鬼が去っていた。
誰もが己の暴虐を見つめなおし、気を取り直していた。
「さあて……まったく、敗戦の国を征服するのも楽じゃねえなあ。自国の連中が捕まってるとなればなおさらだ」
圧巻のアッカの軽口は、やはり大将軍らしからぬものである。
だがだからこそ、雑兵たちにとってはわかりやすかった。
既に夕日が沈みかけている中で、疲れた兵たちは反発をしない。
「で、お前ら。このままこの辺りで野宿する気か? おまけにここで集めるつもりだった食料もねえ。さあて、どうする?」
わかりやすい現実を、彼らへ突きつける。
力の限り暴れたところで、何も解決していない現実を。
自分たちが好き勝手にやった結果、何も得ていないという事実を。
「わからねえなら教えてやる……さっさと野営の準備をして、飯の準備をしろ、全員でだ! 急げ、お前たちがやらないと、誰も用意してくれねえぞ!」
もっともすぎる話に、誰もがとぼとぼと動き出す。
暴漢の群れから、兵士たちに戻っていく。
情緒で動いていた者たちは、現実に帰り始めた。
このまま西重の民を皆殺しにしてやろうという情緒情動に対して、疲れて眠い、腹が減ったことのほうが強かった。
今この瞬間の彼らは、本当に疲れてしまったのだ。心のままに動いた結果である。
「……お見事でございます、大将軍閣下」
彼の周囲にいたうちの、老境に入っている将官たちは、その光景を見てアッカを褒めた。
周囲の若い将官たちは戸惑い、この状況の何を褒めているのか考えていた。
「無理に抑えず、あえて暴れ疲れさせ、その後で手綱を握るとは……」
「無理に褒めなくていいぞ。他の連中ならもっとうまくやるだろうしな」
「いいえ、何をおっしゃいます……急造の軍であれば、他のお方もこうなさったでしょう」
「まあそうだな……これで大体の連中も、満足してくれるといいんだが」
この戦争の意義は、国土の奪還と国民の解放。そして労働力の確保である。
その意味で言えば、今回の戦いは失敗と言っていいだろう。
だがしかし、自国民と自国の街を焼かれた後で『可能な限り生け捕りにしろ』と言われても、そう頷けないはずだ。
むしろアッカへ反発し、この男の命令には従えないと思っていたはずだ。
だからこそ、アッカはあえて野放しにしたのだろう。
怒り狂う彼らを誘導し、命令に従わせ続けたのである。
すべては、今後彼らを自分に従わせるために。
「まあそう上手くはいかないだろう。上手くやる必要もねえ……なあリゥイ、グァン、ヂャン」
「……そうですね」
「おっしゃる通りです」
「あの、アッカ様。なんで俺たちだけに言うんですか」
自覚のあるリゥイやグァンと違って、ヂャンは反発した。
問題児から問題児扱いされては、さすがに面白くないのだろう。
「いや~~、お前らにはすげえ苦労させられたからな~~! はははは! ガイセイなんて、お前らに比べればかわいいもんだったぜ」
「ガイセイ以下だって言うんですか!」
「実際そうだろ、狐太郎のことも困らせてたんじゃねえか?」
ぐぅ、と黙るヂャン。
リゥイやグァンも無言で目を閉じるばかりだった。
「はははは! お前らそんなに強くねえのに面倒だもんな、狐太郎はそれも含めてよくやったぜ、なあジョー」
「……一灯隊の働きには、狐太郎君も大いに助けられていましたよ」
「それは苦労に見合ったのかよ」
「わ、私にはなんとも……」
まとめ役であったジョーの頭を、アッカはぐりぐりと撫でている。
その言葉に対して、ジョーは何も言えなかった。
それはそのまま、一灯隊が狐太郎へ迷惑をかけていたことも意味している。
(……狐太郎様は、やはり大変だったんだな)
ショウエンはその会話を見て、改めて狐太郎の大変さを理解していた。
圧巻のアッカは、それこそ年長者の強みと、本人の圧倒的な強さで一灯隊もまとめていた。
だが狐太郎は嫌われていて、嫌われながらまとめていたのである。
もちろん一灯隊側もそれなりには我慢していたが、狐太郎の我慢はさらに輪をかけて大変だったはずだ。
「俺たちも飯食ったら寝るぞ。明日は朝早くから湖の魔境に行くから、兵たちも早めに寝させろよ」
歴代最強のAランクハンター、圧巻のアッカ。
実力は申し分ないとしても、指揮や統率ができるのかとも思っていた将官たちだが、それを改めていた。
(噂ではラセツニ様が十二魔将首席に推していたそうだが……確かにそうかもしれないな)
大志のナタが持たない、一番上の人間が持つ度量。
それを示しながら、彼は自分の寝床へ向かって歩いて行った。
※
翌日である。
圧巻のアッカは、持ち前の大きな声で兵たちへ指示を出していた。
「お前たち、よく寝たか? ここまで歩いてきて、あれだけ暴れたんだ、悪い夢を見る余裕もねえぐらい寝れただろう」
全身で豪傑を体現する大男の、その大声。喉が張り裂けんばかりに叫ぶのではなく、ただの大声である。
それは余裕のある声色であり、だからこそ並んでいる兵たちには余裕をもって伝わっている。
「では、これから、俺たちの動きを説明する! もともとはここを拠点にして各地を解放しつつ、西重の政府へ向かう予定だったが……この街はこの様だ! まさか立て直すわけにはいかねえし、こうしている間にも他の街がこうなってるかもしれないしな」
今回の戦争では、敵に襲われるということはほぼ心配しなくていい。
その上元は自国領であり、敵はここを拠点にするほどの余裕がない。
だからこそどこかに腰を下ろし、ゆっくりと各地を解放するつもりだった。
「そこでだ! まず全軍で魔境の湖に向かい、そこを仮拠点とする! 当分はそこの魚型モンスターがお前たちの飯になるってわけだな! 水もそれを使うから、飲み食いには困らねえぞ」
各地に散った部隊が、食料や水に困った時、とりあえず湖の魔境に戻る。
そうすればとりあえず、飯にありつける。なるほど、ありがたいことであろう。
その拠点から遠くへ離れるのは難しいが、当座は拠点とできるだろう。もちろん、いずれは西重の政府がおかれている場所を拠点とするのだろうが。
「ってことで、飯や水がなくなるまでに、そこへ移動だ! 飯や水がなくなったら、戦争もへったくれもねえからな! つうことで、駆け足だ」
西重から逃げてきて、この軍に参加した者たちも多い。
その彼らへ『まず飯な!』というのは、やや酷な事だろう。
だが既に復讐を達成し疲れている彼らは、現実を知っている。
復讐を終えてエンドロールとはいかない、まだまだ先は長いのだ。
彼らはアッカに逆らうことなく、拠点の確保へ向かったのである。
※
魔境を拠点にする、というのは、定石の一つである。
なにせ環境が回復しやすいという魔境の特徴は、そのまま食料や水の確保が可能になるということだからだ。
とはいえ、小ぶりな魔境では虫やカエル程度しかおらず、消費からの復活も遅い。
かといって大きな魔境では、その分モンスターも強くなる。
敵と戦う前に、モンスターと戦ってつぶれてしまう。それを警戒しなければいけない分、魔境を拠点にするのは難しい。
だが大将軍がいるのなら、大型の魔境でも問題ない。
いや、まあ、そもそも、大将軍の軍に問題などないのだが。
名前もない、湖の魔境。
その辺に荷物を置いた軍だが、誰もが警戒を隠せない。
さすがにシュバルツバルト程ではないが、この湖もかなりの魔境である。
それが証拠に、内部の空間のゆがみはとても大きかった。
「……向こう岸が見えねえ」
シュバルツバルトで森の内部から果てが見えないように、大きな魔境は中からだと反対側が見えないのである。
この湖そのものも、底がないほど深いのではないだろうか。
その分大きなモンスターがいるのではないか。
そう思えば、不安になるのも無理はない。
感覚がマヒするが、本来Bランク下位でも常人には脅威である。
たとえ武装していても、集団でも、単独で壊乱させられ得る。それこそがBランクなのだ。
モンスターと戦うことに慣れている熟練のハンターならそれほどでもないが、モンスターと戦う経験の乏しい央土の兵では難しいだろう。
「どんな魔境でもシュバルツバルトに比べれば楽勝だ。湖のモンスターだって、上がってくれば大差ねえだろう。俺たち一灯隊だけでも十分だぜ!」
「倒すだけでいいのならな。まさか我ら一灯隊だけで、食材の調達ができるのか?」
「グァンの言うとおりだぞ、ヂャン。ただ討伐するのではなく、食べられるように倒さないといけないんだからな」
「さて、そうなるとアッカ様に無理は言えないな」
「そうですね、電撃属性では食肉部がなくなる可能性も……」
だが幸いにして、最悪の魔境であるシュバルツバルトで討伐隊を務めたハンターたちが二部隊もそろっている。
隊長たちが強いのは当然として、隊員もまた精強である。
仮にBランク上位モンスターが出現しても、一隊でどうにか出来てしまうだろう。
「おいおい、お前ら。まさか出てくるのを待つ気か? ここはシュバルツバルトじゃねえんだぞ、ただ待ってたって出てこねえよ。ばしゃばしゃやって、起こしてやらねえとな」
いつ出てきてもいいように布陣して、迎撃の構えをとっている一灯隊と白眉隊の面々。
その彼らを茶化すように笑うアッカは、自ら湖に近づいて行った。
「さあて、出て来いよ……サンダーエフェクト、ゼウス!」
ほとばしる電撃が、湖面に打ち込まれた。
それも一瞬だけではない、持続して放電され続ける。
まるで湖が雷雲になったかのように、光を放ち続けていた。
ただ光るだけではない、その熱によって沸騰し、電気によって電気分解さえ起こっている。
広すぎる湖面で、大量の気泡があふれ出していた。
「ん……ん?」
なにか手ごたえがおかしい。アッカは電撃を収め、その湖面を見た。
「……思ったよりは小さい魔境だったな」
反対側が見えないほど広大な湖の、その湖面が下がっていた。
もちろん満潮から干潮になったわけではない、単純に水の量が減ってしまったのである。
おそらくその気になれば、湖の水をすべて干上がらせることもできるだろう。
それに何の意味もないことは事実だが。
「さあて……?」
ぷかぷかと、大量の死体が浮かび上がってくる。
FランクやEランクであろう、小さいモンスターたちは当然のこと、大人でも手こずるCランクモンスターさえも大量に浮き上がってきた。
それこそ、この周辺の湖面が死体で満たされるほどである。
それを遠くから見ていた一般兵たちは、それこそすべてのモンスターが死んだのではないかと勘違いしたほどだ。
だがしかし、湖が波打ち始めた。
大きな口が湖の水ごと、大量の死体を呑んだのである。
それも一体や二体ではない、何十体と現れて食い荒らしていく。
Bランクモンスターの群れが、大量のえさに沸き立っているのだ。
「魚類型Bランク中位モンスター、登り鯉か!」
ざっぱんざっぱんと、鯉たちが湖から飛び上がり、そして湖面へ戻っていく。
何十というBランク中位の巨体は、一般兵たちにはとても恐ろしいだろう。
それこそ呼び込んだ大将軍に、何とかしてほしいところであろう。
だがそれには及ばないのだ。
「あれだけいれば、今晩の食材には十分だろう。ショウエン、申し訳ないがワイバーンで追い込んでくれ。私たちも可能な限り援護する」
「承知いたしました」
これから各兵たちを率いていく、武人たち。
彼らは己の配下へ武を示す。たかが鯉ごときに遅れは取らないと、全員の前でわかりやすく戦おうとしていた。
初めての地形、湖面での戦い。初めての敵、魚類型モンスター。初めての条件、食肉目的の捕獲。
それでもハンターたちは果敢に立ち向かい、勝利し、その強さを兵たちへ示していた。
なお、肝心の鯉の味は『食べられるだけ』であったもよう。




