人を呪わば、穴二つ
世の中には、正当防衛という考え方がある。
攻撃された場合は反撃してもいい、という考えである。
もちろんそれも度を越えれば過剰防衛となり、ある程度罰を受けることになるだろう。
だが攻撃してきた相手から身を守るために、攻撃を行うというのは、ある程度許容された考えだ。
一般人が一般人を攻撃した場合でさえ、そう決まっている。
明らかに敵意をもって攻撃をされた今回の場合、身分どうこう以前に殺しても許されるだろう。
これは狐太郎の価値観でも同じだ。
今回は上手く守ってくれたが、そうでなければ死んでいたかもしれない。
いくら狐太郎でも、殺されそうになれば憤慨するものだ。
だが、相手は明らかに悪魔へ怒りを燃やしている。そうなれば、少しは話が違う。
この場で一番の発言権を持つ狐太郎と、一番強いブゥ。
二人は背後関係を吐かせようとしているネゴロ十勇士を止めて、話し合いの場を設けた。
もちろん、一般ハンターはしっかりと拘束している。
「……目の前にたくさん悪魔がいれば、さぞ驚いたかとは思います。ですがこうして刃物を投げるのはよくないでしょう」
縄で縛られ、しっかりと抑えられ、座らされている。
そんな彼に対して、狐太郎は言葉を選んでいた。
「ケガをすることだってあるでしょうし、死んでしまうかもしれないじゃないですか」
そこまで言って、周囲を見た。
「……死ぬよねえ?」
「当たり所によっては……」
聞かれたロバーは、神妙な顔をして答える。
狐太郎は死ぬかもしれないが、そうでもなければ放物線軌道で投げた山刀が当たったぐらいで死ぬのは珍しいだろう。
もちろんよほど無防備に、よほどの急所に当たれば話は別だろうが。
「……ああ、まあ、そう」
狐太郎はロバーから気遣いを感じ取った。
そして本題でもないので流した。
「ともかく……なぜいきなりこんなことを?」
狐太郎は、だいたいわかっていたのだが、あえて聞いていた。
むしろ、わかっているからこそ聞くのだろう。分かっていなかった場合、それこそネゴロやフーマに任せるところである。
「……」
当然の如く、だんまりであった。
素直に話してくれそうにない雰囲気である。
あるいは、悪魔使いとうかつに話をしない、というセオリーを守っているのかもしれない。
それは賢いことだが、そもそも手を出している時点で手遅れである。
「私の身分を明かすことはできませんが……一応申し上げておきましょう。貴方が何も言わない場合、まず貴方を拘束して、周囲の町や村を捜索します」
「?!」
「かなり強引な捜査になり、場合によっては拷問もされるでしょう。これは脅しではなく、ただの事実です。私の意思とは関係なく、起きてしまう事柄です」
まあそうなるだろうな、と誰もが理解していた。
ハンターでさえも、そうなるだろうと察してしまう。
黙っていれば実行犯が殺されるだけで済む、という状況ではないのだ。
「計画的犯行であることを疑い、貴方の周囲に協力者がいないのか調べることになるでしょう。まあもっとも……私は衝動的なものだと思いますが」
「……」
「しかし貴方が何も言わなければ、疑わざるを得ないでしょうね」
加害者は、しばらく黙っていた。
だがおそらくは、元々言いたいことがあったのだろう。
堰を切ったように叫び出していた。
「俺一人でやったことだ! 誰も関係ない!」
普通なら誰かをかばったと思うところだが、状況的に見ても事実だろう。
山刀になにか仕掛けがあるわけでもなく、狙って投げたわけでもない。
つまり……たまたま偶然遭遇して、ついカッとなってしまったのだ。
そうとしか思えないし、実際そうなのだろう。
「……一応お伺いしますが、なぜですか」
本当に、一応であった。
狐太郎からすれば、もう無罪放免してもいい気分だった。
情状酌量の余地あり、という奴である。正式な儀礼の場で、計画的に犯行をしたわけではないのだし、まあいいではないかと結論したのだ。
それだけ、彼が何を想っていたのか、わかってしまうのである。
そう、この世界は……。
モンスターと人間が仲良く暮らす楽園、などではないのだから。
「……俺は元々、紅葉が有名な観光地で生きていた。優しい両親がいたし、毎日幸せだった」
改めて男を見れば、とても若い。
おそらくだが年齢的には、中学生程度なのだろう。
その彼が両親がいた、というのは、先日失ってしまったのだろう。
「だけど……あの日、あの日……他のモンスターを引き連れて、悪魔が俺達の街に来たんだ!」
彼は涙を流しながら告発をする。
自分の行動がどれだけ正当で、悪魔というものがどれだけ許しがたいのか、全力で伝えようとしていた。
「俺は通りかかったハンターに助けてもらった……そのハンターが悪魔も退治してくれた。でも、でも……父さんも母さんも帰ってこなかった」
彼は、自分がどうしてこうなったのかを、切々と伝えていた。
こうやって生きるしかなかったのだと、一人で生きていくのがやっとだと、なんとか言おうとしていた。
「最初はその街でハンターをしていたけど、そのうちに新しいハンターが来て、俺を締め出したんだ。そのあとは、流れて流れて……こんなところまで」
悔しそうだった。
世の中のあらゆることが、うまくいっていない。
彼に非はないのに、環境が彼を追いつめている。
それを聞いていると、ピンインもブゥも、侯爵家の四人も、思わず恥じてしまっていた。
成功した重みに耐えかねているだけで、実質なにも失っていない。それで辛いだの苦しいだのと言ってきた。
本当に不幸になってしまった人を前に、恥ずかしくて仕方ない。
「お前は……お前は、悪魔使いだろう!」
「ええ、まあ……」
「悪魔と契約をして、悪魔の力を使って、自分は汗も流さずに大儲けしているんだろう!」
悪魔に両親が殺された、そりゃあ悪魔が憎い。
その悪魔を使って金儲けをしている奴がいた、そりゃあそいつも憎い。
「たくさんの人を不幸にして、それで幸せになっているんだろう!」
そりゃあ、何かを投げたくなる。
そりゃあ、ただ背を向けて去ることができなくなる。
ただそれだけの、衝動的な犯行だった。
「お前なんか、死んじまえばいいんだ!」
西重という侵略者から、この国を守った男。
間違いなくこの時代を代表する英雄であろう、四冠の狐太郎。
その彼は、その国の人間から死ねとののしられていた。
(返す言葉もない……確かに俺は、悪魔を働かせて利益をむさぼっている……)
狐太郎は落ち込んでいた。
彼の指摘がもっともすぎたのだ。
ただの事実として、狐太郎が出会った悪魔の誰もが、ろくなもんじゃなかった。
もちろん狐太郎に対しては忠誠を誓い、手足として働いている。
だがそれは狐太郎に対してだけであり、他の者には悪意を示している。
狐太郎にだけ誠実、というのはいい人ではあるまい。
(僕も……!)
ブゥも結構ダメージを受けていた。
自覚があるだけに、被害者から言われるとキツイ。
悪魔たちは、とりあえず何もしなかった。
彼らの主観から言えば、同胞の被害者が自分達に敵意を向けるのは、決して理不尽なことではない。
そしてもっと言えば、狐太郎やブゥが悪魔使いであることを理由に白眼視されることは、決して不当でもない。
悪魔を使って利益を得たいが、悪名は欲しくない。そんな姿勢では、悪魔は悪魔使いに敬意を払わない。
今狐太郎とブゥが傷ついているのは、傷つくと分かって『悪魔や悪魔使いへ石を投げる者』の話を聞いているのは、二人が責任のある悪魔使いである証拠だった。
「言いたいことはそれだけか?」
だがしかし、そんなことはネゴロ十勇士には関係ない。
はっきり言って、彼らは一族単位で、今の彼よりもずっと不幸だった。
ずっとずっと、先祖にさかのぼるまで不幸で、ようやくなんとか這いあがったところなのだ。
たかが両親が死んで、故郷を追い出されたぐらいで、何を偉そうに不幸自慢をしているのか。
ネゴロやフーマと不幸自慢をすれば、それこそ勝負にもなるまい。
よって、なんの感傷もない。
むしろその程度のことで攻撃してくる彼へ、軽蔑を覚えるほどだった。
「アレを投げたとき、お前は人生を投げたのだ。まだ何か得られたかもしれない人生を、一時の感情で投げたのだ。お前は死ぬ、苦しんで死ぬ」
ネゴロ一族だって、石を投げたかった。
自分たちを迫害する社会へ、石を投げてやりたかった。
だがそれをすればどうなるのか、わかっていた。
だからそれをしなかったのだ。
そして彼は、それをしたのだ。
もう生かす余地など、彼らの中にない。
「まあ待て」
だが狐太郎は止めた。
止めたうえで、自分の仲間である四体の魔王を見た。
彼女たちも、殺す気がないようだった。
わかっているのだ、あの山刀がただの石だと。
手に持っている物を放り投げただけで、ただの癇癪で……。
そこに殺意などなかったと。
もしも弓矢で狙ってくればその限りでもなかったが、それこそ腹が立って石を投げてきただけなのだ。
家族を失い故郷を追われた者へ、振り下ろす何かを彼らは持っていない。
「なんだ、情けでもかけてくれるのか? それで善行を積んだ気にでもなるのか? 殺せよ、お前が今まで陥れてきた連中のようにな! 悪魔や悪魔使いのお慈悲で生き延びるぐらいなら、死んだほうがましだ」
「勘違いしないでいただきたい」
狐太郎は立ち上がった。
そして彼へ背を向ける。
「私はここにいなかった、貴方は誰にも会わなかった。そういうことです」
「……は?」
「私がここにいるのは非公式でしてね、いると分かるとそれなりに面倒なんです」
「どこかの誰かでも呪う気か?」
「いえいえ……ただの観光ですよ、正真正銘ね」
狐太郎は、周囲に移動を促した。
彼がそう決断してしまえば、他の者に一切拒否権などない。
大体まあ、こんな衝動的な暴漢一人に、そんなに時間を割く意味がない。
「……お、お前は! 俺を放っていくのか?!」
「ええ」
「俺のことなんて、どうでもいいのか?!」
「それはそうでしょう」
狐太郎は、話を終わらせにかかった。
「誰も怪我をしていないんですから、終わりでいいじゃないですか」
実際のところ、目の前の彼は何も達成できなかった。
狐太郎の周囲にいる護衛達が正常に動き、彼を守り切ったのである。
「……!」
何もできなかった。
全存在を投げ捨てることになると分かったうえで、それを投じた。
にもかかわらず、誰一人、傷一つ負わせることもできなかった。
それが、現実である。
今の彼の全存在価値など、そんなものでしかない。
「……俺だけじゃない、俺だけじゃないぞ!」
その彼にできることは、呪いを吐くことだけだった。
狐太郎という男を傷つける、呪いの言葉を吐くだけだった。
「この世界には、いくらでも、悪魔の被害者がいるんだ! 誰もが悪魔を恨んでいて、その力を使ってのし上がったお前を呪ってる! それはいつか、お前を地獄に落とす!」
皮肉にもそれは、魔王の呪いと同じだった。
狐太郎たちをこの世界へ送り込んだ、復活した魔王の願っていたことそのものだ。
狐太郎とそのモンスターへ、モンスターに家族を殺された者が石を投げるのだ。
「一度落ちぶれてしまえば! 誰も! お前を! 助けない!」
今更だった。
今更だが……。
(誰かに言われるときついなあ……)
わかり切っていることでも、腹の底から叫ばれると辛かった。
※
その後狐太郎はネゴロやフーマに守られながら、四体の魔王とともに、貸し切りの宿で寛いでいた。
もちろん、寛ぐどころの心中ではなかったのだが。
「はぁ……」
狐太郎は、やはりため息をつく。
戦争のことばかりに意識が向かっていたが、それを抜きにしてもこの世界には苦しみが溢れている。
戦争が終わり、防衛が終わっても、それまでのことが全部なかったことになるわけではないのだ。
「ご主人様……そんなに気にしなくてもいいじゃん。あんなの、ただの難癖だって!」
「あのな、アカネ。それはわかってるけどさあ……難癖ってつけられるときついんだぞ?」
本気で苦しんでいる人から、感情をぶつけられる。
それは負い目の有る者にとって、とても苦しいことだ。
なまじ現状幸せだからこそ、彼のいう通りだからこそ、胸が痛いのだ。
狐太郎は、費用対効果に見合うかどうかはともかく、苦難を乗り越えて幸福に至った。
だが彼は苦難の中にいて、それの先に幸福が待っているわけではない。
「魔王の呪いね……戦争もそうだったけど、この世界は確かに地獄だわ。私たちのご先祖様が乗り越えた、苦しい時代よ」
山刀を投げてきた彼を、やはり憎めないクツロ。
彼女もまた、この世界、時代を見つめなおしていた。
「これから数千年かけて、人類が多くの戦争や平和を越えて、文明を発展させて、その先に私たちの故郷のような楽園になるとしても……そんなことは何の救いにもならないのよね」
それこそ、弥勒菩薩を待つようなものだ。
自分の子供か、孫が幸せになるのなら想像できる。
だが数千年後など、何の救いにもなるまい。
「だがそれでも積み重ねたわ。それが人間という生き物の、最大の長所よ」
実際に数千年生きてきたササゲは、クツロの悲嘆を否定する。
数千年後の楽園などどうでもいい、と言うのが普通だろう。
だが楽園を作った者たちの先祖は、実際にそれを行って、引き継いで、最後には成し遂げたのだ。
そして狐太郎や、その後輩である英雄たちは、その楽園を維持するために戦い続けた。
「悪魔である私が、この世界で言うのはどうかと思うけどね」
ササゲは狐太郎に気を使って、少し離れていた。
狐太郎が彼と話をしたことは、悪魔として正しいことだと思っている。
彼は自分やアパレ、その眷属に筋を通したのだ。
だがそれはそれとして、狐太郎が傷ついたことは悲しんでいる。
自分が彼を苦しめていることを、申し訳なくも思っている。
「……なんか、ごめんな、みんな。せっかくの旅行なのに、湿っぽくなっちまって」
「ご主人様、謝ることなどありません。我らは苦楽を共にしてきたではないですか」
弱気になっている狐太郎の謝罪を、コゴエは受け取らなかった。
不意打ちではあったが、想定外ではなかった。
理不尽に思えたが、そんなことはないのだ。
異郷に来れば、こうなると知っていた。
魔王はそうするために、自分たちをここへ送り込んだのだから。
だがそれでも生きてみせると踏ん張って、今日までやってきたのだ。
「旅先で嫌なことがあれば、それを分かち合う。それもまた旅の醍醐味と聞いています」
「……それもそうだな」
嫌なことがあったら、それを言い合える。
それもまた、仲間のいいところである。
むしろずっとそんなものだった、と狐太郎は思い直した。
「今日は嫌な日だったな、でいいか。明日はいいことがあると良いな」
「うん、そうだね!」
「ええ、旅行は始まったばかりですし、明日に期待しましょう」
「うふふ……ご機嫌が直って何よりだわ」
「……」
笑い合う狐太郎たち。
その中でコゴエだけは、何かを察していた。
(おそらく彼は、我等を知らなかったのだろう。だが、だからこそ……)
悪魔使いのコスト、デメリット、ヘイト。
それらを考えなければ、彼のやったことはただの八つ当たりである。
彼が不幸になったのは、確かに悪魔のせいなのだろう。
だがその悪魔も既に討伐されているのだから、他人と知ったうえでの凶行に過ぎない。
それに対して、コゴエは思うところがないわけではない。
だが放置しても、彼が不幸になること、不幸に拍車がかかることは理解していた。
(周りが彼を追い詰めるだろうな)
それを知れば、狐太郎は更に心を痛めるだろう。
だからこそコゴエは、狐太郎を呪った者の、その呪い返しを口にしなかった。
※
さて、狐太郎たちへ山刀を投げたハンターである。
彼はあの後、結局何事もなかったかのように振舞った。
彼は本当に悪魔の被害者であり、だからこそアレを喧伝できなかった。
もしも彼が、世間で悪とされている者へ石を投げて、正義感を満たすような阿呆なら、むしろ山刀を投げてやったと自慢したはずだ。
狐太郎に見逃されたことも含めて、大げさに尾ひれをつけて話していたはずである。
彼にとって悪魔使いへの攻撃が神聖なことであるからこそ、それが誰も傷つけられなかったという事実を屈辱と感じたのである。
(俺は何もできなかったんだ……! あれだけ暴利をむさぼっている輩を、少し不愉快にすることしかできなかった……!)
無力であった。
改めて、不幸な自分が、そのまま無力であることを痛感してしまったのだ。
彼にできたことと言えば、今日の成果を役場に出して、報酬を受け取って、そのまま酒場に行くことだけだった。
陳腐な言い方だが、飲まなければやってられなかったのだ。
彼が行った酒場は、盛況だった。
以前は西重との戦争で緊張していた、或いは悲観していたが、勝った今では毎日が大騒ぎである。
中には戦争に参加して、なんとか生還した者もいる。
彼らはあの戦争が如何に凄惨だったか、生き残った自分がどれだけ運がいいのか、それを大いに語っていた。
(……戦争か)
もちろん彼とて、悪魔の被害者以外でも、かわいそうな人はいると分かっている。
戦争の犠牲者など、悪魔の被害者に比べれば大したことがない、など言う気はない。
しかし戦争が始まる前から不幸だった彼には、結局他人事だった。どうしても同調しきれなかったのである。
(侵略者を、英雄が倒したか……。あんな悪魔使いをのさばらせてる癖に、英雄か……)
もちろん彼にとって、悪魔を倒してくれたハンターは英雄である。
正直に言えば、もっと早くきて、犠牲が出る前に倒してほしかった、と思わないでもない。
だが一番憎い親の仇を討ってくれたことについては、全面的に感謝している。
だからこそ彼にとって、悪魔を倒したハンターだけが英雄だ。他の誰も、自分を救ってくれなかったのだから。
「それにしても、一時はどうしたもんかと思ったよな。西の大将軍様がやられて、十二魔将様も大王様もやられちまったんだ。よくあそこから盛り返してきたもんだよ」
「それさ! あの戦争では、ハンターから十二魔将に昇格したやつらが、今の大王様と一緒に戦ったんだと!」
彼はただ、酒場の雑音を聞き流していた。
酒の酔いと酔っ払いの叫び声が、彼の心をごまかしてくれたのだ。
だが彼は、酒場にいるべきではなかった。
今日だけではなく、今後一切酒場に来るべきではなかった。
彼は、真実を知ってはいけなかったのだ。
「大王様のお抱えってなると、BランクやAランクか……俺達には遠い話だよな」
「っつうか、例のあれだろ、シュバルツバルトの討伐隊だろ?」
「……そうだよ! そりゃ強いに決まってるよ!」
「そうだよな……あんな森で討伐隊やってるんだもんな、人間の軍なんて敵じゃねえよな……」
彼よりも年齢を重ねたハンターたちが、酔いから醒めていた。
彼らは話している途中で気付いたのだ、つながったのだ、戦争で誰が活躍したのか悟ったのだ。
「俺も前に……ほら、玉手箱やら竜がしょっちゅう来るやらで……行ったけどよ……」
「やめろよ、あの森の話は……酒で酔えなくなる」
「あそこのモンスターは、マジでヤバいからな……今でも夢に見るぜ」
(あの森? あのモンスター? 何のことだ?)
まだ駆け出しの彼は、シュバルツバルトも、その討伐隊も知らない。
また、そこまで興味もなかった。
「で、例のAランクハンター様が、御国を救ったと」
「だろうな。あのちっこい亜人の兄ちゃんが、侵略者どもを蹴散らしてくれたんだろうよ」
そこまで聞いて、彼は顔をしかめた。
彼の中で、さっきであった悪魔使いが繋がってしまったのである。
(まあ、本人なわけがないしな……)
「きっと、わんさか従えている悪魔をけしかけてくれたんだろうぜ」
(……は?)
彼は、思わず話をしている方を見てしまった。
「史上最強の魔物使い、Aランクハンター、シュバルツバルトの討伐隊隊長、虎威狐太郎。Aランクの悪魔、ドラゴン、精霊、亜人を従える、神様みたいなお人だ」
「今はもっとたくさん従えてるんだろ? すげえよなあ……」
「一緒にいたブゥって兄ちゃんも、十二魔将になったらしいぜ」
(おい、待て……)
彼は、茫然としていた。
もしも自分が出会った男が、悪魔使いが、もしも英雄なら。
自分はこの国の英雄と祀り上げられている男へ『お前は地に落ちるぞ』と、見当違いなことを吐いたことになる。
「そうとも! 四冠の狐太郎は偉大だ! 俺はあの方に従う、悪魔たちに救われたんだ!」
「知ってるか? 狐太郎様は空論城の悪魔を全員従えて、方々に散らせてモンスターを駆除させてるんだと!」
「ああ知ってるぜ、悪魔を小間使いにして貢献させるとはなあ……たまげたぜ」
あってはならないことが、現実に起きていた。
悪魔が、悪魔使いが、褒め称えられている。
「いやあ、悪魔と言えばろくでもないモンスターだと思っていたし、悪魔使いも最低な奴だと思っていたが……」
(やめろ、止めろ!)
「悪魔様々、悪魔使い様々だな!」
彼は店を飛び出した。
先払いなので会計は済んでいるが、それを考える余裕はなかった。
(悪魔は、悪魔使いは……最低で最悪で、どうしようもない奴のはずなんだ!)
彼は小さくて汚い、自分の長屋へ向かう。
ハンター向けに貸し出されているその借家へ、彼は逃げ込む。
だがその長屋の薄い壁を越えて、人の話が聞こえてきた。
となりで酒盛りをしているハンターたちが、狐太郎の噂をしているのである。
無理もないだろう、Aランクハンターは彼らの頂点なのだから。
「知ってるか、今回の戦争で活躍したAランクハンターは……」
「ああ、知ってるぜ。ものすごく貧弱で弱っちいが、その分強いモンスターを従えてるんだってな」
「ダッキ様とも結婚が決まってて、次の大王にもなるんだってよ。四冠の狐太郎ってのは、次期大王、征夷大将軍、Aランクハンター、十二魔将首席を全部やり遂げたって意味らしいぜ」
(やめろ、聞きたくない!)
狐太郎にその気はなくとも、彼は狐太郎の功績に追いつめられていた。
空論城で悪魔たちへ反論しないまま、行動で評価を勝ち取ったように。
今の狐太郎は、成果による賞賛で、悪魔の被害者を追い詰めていた。
「そんなに出世して、妬まれたりしないのか?」
「バカお前、国家を救ったんだぞ? 大王様でも、他の大将軍様でも、頭が上がらねえよ」
「悪魔使いでもなんでもいいさ、西重の侵略者どもよりずっとましだ」
(やめろ~~~!)
彼の吐いた呪いは、彼に返ってきた。
彼にもはや、安息の時は訪れまい。
そしてそれを、誰も救うことはないのだ。
次回から新章です




