エウレカ
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国家の存亡をかけた大戦争の勝者になった狐太郎は、王都でごろごろしていた。
適当に本を読んで、適当にぶらぶらして、適当に過ごしていた。
もちろん周囲には護衛もいるが、それに慣れていた。
今の彼は朝ごはんの時に仲間と『ちょっとあっち行かない?』『そうだな、そうするか~~』と予定を決めて、晩御飯の時に『こんな感じだったぜ~~』『へ~~私も行きたい~~!』『んじゃあみんなでもう一回行くか~~』という緩い日常を送っていた。
まったくもって退屈なほど、暇な日々に浸っていた。
それこそアッカのポジションに狐太郎が代わりに座ったようなものである。
まあ服装がだらけ切っているわけで無し、好き勝手にふるまっているわけでもなし、ある程度看過されていた。
実際のところ狐太郎は四冠の狐太郎であり、つい先日実際に国家を救った男である。
彼が何か罪を犯したのならともかく、ただ堕落した日々を送っているだけなら、文句を言うなど無理だろう。
それこそ大王であるジューガーにも不可能だ。
大体今も彼の手足として、竜や悪魔、精霊使いが各地に散っている。狐太郎の利益のために、モンスターたちが労働している。
祀や昏の求める境地、不労所得で食っていける資産家の地位を得たのだ。
一生分どころか一国分働いたおかげで手に入った地位である。
それを『そんな大したことしてないから、これからも頑張らないと』と思うほど狐太郎は純粋無垢でも謙虚でもない。
むしろ『どうやったらAランクハンター時代にため込んだ財貨を使い切れるかな』と思うほどであった。
そう、金はある、働かなくてもいい立場がある、人を用意してくれるお方もいる。
求めていたものは、国家規模で手に入っていた。別にここまでを求めていたわけではない。
(もしも昔の俺に話せるとしたらこう言いたい……頑張っても見合わないぞ、と……)
贅沢に溺れる日々は、必然的に感覚を鈍らせる。
労力を先払いにしているからだろうが、自分の味わう豪勢な日々に価値を感じなくなっていく。
四冠の名の通り、およそ人間の望むすべてを手に入れた狐太郎は日々に耽溺していた。
今の彼は、数人の楽師にBGMを弾かせながら、図書館で適当に本を読んでいた。
多分その楽師も結構な家の生まれで、血のにじむような努力をして今の腕前に至って、それでも毎日ライバルと切磋琢磨して、なのにこんな音楽の良さも解からない小男のために演奏しているんだろうなあ、と思っていた。
その一方で『もういいよ』とか言ったら『四冠様にイラね、と言われたわよ~~』となりかねないのも事実であった。
それによく考えたら狐太郎自身もすげえ嫌な仕事を押し付けられてきた身なので、それぐらいは楽師の皆さんにも我慢して欲しいところである。
別にハラスメントを仕掛けているわけではないのだし、それも給料のうちだということで。
(こうやって独裁者は生まれるんだなあ……)
自分の仕事を思い出して、他の人の仕事を軽んじる。
とてもよくないことである。でもまあいいかなあ、とも思うのはあんまりいいことではない。
でもそれぐらいいいじゃん、と思うのが今の彼である。
(というか、俺少し前まで独裁者だった……そうだった、俺独裁権を持っていた、政治的に正しい意味で独裁者だった……なんか有効活用したっけ……)
元征夷大将軍、狐太郎。
今更自分が独裁者であったことを知る。
そして何も決めていないことを思い出す。
独裁者なのに、何も決めてない。
まさにお飾りの独裁者であった。
ある意味、政治的に、軍事的に理想的な独裁者であろう。
なお、本人の感想。
(独裁者って、なんかこう……もっと幸せで楽しそうで、笑ってるんじゃなかったっけ……)
独裁者とは他の人を虐げて、悦に浸っているのではないか。
イメージとの誤差に、今更苦しむ狐太郎。
独裁者を駆け抜けた男は、今更過ぎる事実に涙していた。
戦争の全責任を負っていた男が、戦争を終えた後にふとしたことで涙を流す。
ある意味絵になるのだが、内容がかなり理解されがたい。
少なくとも彼のそばで演奏をしている楽師たちは、困惑していた。
一体何が彼の涙を誘うのだろうか、心当たりがありすぎてわからない。
まさか『独裁者だったのに独裁してない』という政治的な事実に反することで泣いているなど、彼らは知ることさえ嫌がるはずだ。
実際にはジューガーが一人で決めていたのだが、一応は狐太郎がハンコを押しているということになっているのだ。
たとえ事実でも、知りたくないことはある。
(何もかも他の人が決めたこと……じゃあ俺にとって独裁者ってなんだ? ハンコをジューガー様に任せていたわけだから……連帯保証人?!)
狐太郎の身体に、電撃が走った。
そうよく考えたら、自分のやっていたことは連帯保証人である。
(お、俺は……他の人にハンコを預けて、ぽんぽん押させていたのか……そうだ、よく考えたら俺は連帯保証人だった……!)
連帯保証人。それは社会人にとって、恐怖である。
戦争という生命的な危機に加えて、連帯保証人という経済的な危機にも及んでいたのである。
(どうりで……どうりでジューガー様が俺にやたら感謝していたわけだ……俺は馬鹿だ!)
狐太郎、覚醒、開眼、悟りを得る。己の使命に目覚める。
四冠とは、連帯保証人と見つけたり。
(勝ってよかった……!)
次期大王というのはジューガーの連帯保証人、征夷大将軍というのはジョーの連帯保証人、十二魔将首席はダッキの連帯保証人であった。
そう考えると腑に落ちたのだ。
(そうか、何の力もない俺が偉くなっていたのは、責任だけおっかぶっていたからか……馬鹿だ!)
泣いたと思ったら立ち上がって震えだす狐太郎。
その彼を見て、いよいよ楽師たちはおびえた。
この男、千の魔を統べ、強大な竜を従える、史上最強の魔物使いである。
もしも彼が不機嫌になれば、それこそ普通の英雄と変わらない結果になってしまう。
「……俺は、馬鹿だ」
彼の独白を、楽師たちはどう解釈したものか。
それこそ預言書の詩を解読する気分であろうに。
しかし彼らはわかるまい。
まさか他でもない狐太郎自身が、自分の仕事の肩書に惑わされていたなどと。
「狐太郎様、よろしいでしょうか。お客人がいらっしゃいました」
そんなことを考えていると、彼のいる部屋へ訪れる者がいた。それを部屋の外に待機しているネゴロ十勇士が伝えてきたのである。
もちろん狐太郎は今でもジューガーの次ぐらいに偉いので、その部屋へ入るなど普通は許されない。
それこそネゴロ一族によって、武力によって排除されることもあるだろう。
なにせ彼は弱いのだ、そこいらのメイドがゲンコツで殴るだけで死にかねない。
よって身体検査が意味を持たず……できるだけ接触できる人間を減らすしかないのだ。
そういう意味でも、この部屋の中の楽師たちはかなりの出身であることが分かる。
なにせこの状況でも、彼らは滞ることなく音楽を奏でているのだから。
「……誰だ?」
「護衛を務めておられる、キコリ・ボトル様です」
「通せ」
「承知しました」
そして当然ながら、侯爵家の生まれであり、狐太郎の護衛である侯爵家の四人は、顔パスが許される例外の一人である。
なにせ護衛の中でも最奥であり、ある意味一番狐太郎の命を握っている者たちである。
彼らに対して全面的な信頼を置くのは、当然のことと言えるだろう。
命をかけてくれる彼らに対しては、狐太郎でも無下には扱えない。
狐太郎は顔をぬぐって通すことを許した。
なんだろうな、と思って狐太郎が彼を迎えると……。
「どうした?!」
「……少々、相談に乗っていただきたくて」
とてもやつれている、キコリの姿があった。
自身もかなり混乱していた狐太郎をして、驚くほどやつれている。
「実は……ご存知の通り、私とバブル・マーメイドは婚約者でして……」
「ああ、そうだったね」
「この間、勢いでその破棄を……その、貴方の前でしてしまいました……」
「……そりゃまあ、知っているけども」
聞くところによると、元々護衛になろうと言い出したのはバブルであったらしい。
その彼女が心配という理由でキコリは護衛になったらしいのだが……その彼に対して、バブルはかなりひどい振る舞いをしていたそうだ。
不当に暴力を振るっていたとかではなく、感謝を示さなかったらしい。
もちろん、彼女には彼女なりの理屈がある。
まず彼女が誘ったのはロバーだけであり、他の二人には声をかけていなかった。
それこそ真の意味で『頼んだわけじゃない』という理屈である。
大体キコリが苦労したこともキコリが死にかけたことも、彼女の責任ではない。
少なくとも狐太郎の見ている範囲で、バブルが仕事中に失敗をして、それをキコリが補ったことはないのだ。
そしてもっと言えば、教師も言っていたことではあるが……。
キコリがバブルを守りたいというのは、邪念であり雑念であり、不純な動機である。
俺はお前を守るために頑張ってるんだから恩に思えというのを、狐太郎に期待するのならともかく、バブルに期待するのはおかしなことだ。
というのは、なんとも心無い話である。
彼女の理屈は正しいが、気遣いが足りない。
気を使っているキコリがバブルから感謝されていないので不満に思う、というのは自然なことであろう。
それがバブルの失態と言えば、その通りである。少なくともロバーは、マーメに対して一応気を使っていた。
「婚約解消を、なかったことにできないかな、と……」
「なんでまた……」
普通、婚約解消というのは一方的にできることではない。
少なくとも当人の意思だけで決められることではない。
だが他でもない、出世頭のキコリとバブルの合意があれば、他の者は賛同するだろう。
特に大きな損失が生じるわけで無し、少々の我儘は聞いてくれるはずだった。
だが言い出した当人が、それを否定したがっている。
些か以上に、奇妙なことであった。
「いえ……冷静になって考えたんですが、その……やっぱりバブルと結婚したいなって……」
「まあ分からなくもない理屈だけども……」
緊急事態に心無いことを言うのは、それこそよくあることだ。
六人目の英雄も仲間から『死ね』とか『生まれてくるな!』とか『お前の仲間にならなきゃよかった』と言われている。
もちろん六人目の英雄は度量がデカいので『よし、行くぞ!』と流したが、それをバブルに求めるのは無理があるだろう。
大体彼女の個性的な性格を抜きにしても、お前のことを好きになって損したとか言われて、じゃあ婚約破棄しようねと言って、いややっぱ無し、というのはふざけるなと言いたくなるはずだ。
だが狐太郎も内心で、仲間に対してとんでもないことを考えてしまうことがよくあるので、キコリの考えていることもわからないではない。
「確かに君の気持ちはわかる……でも力になりようがないというか……」
「でも俺……この後バブルと一緒に働きにくいんです!」
(それは結婚した場合も同じじゃないだろうか……)
変な話だが、キコリが婚約破棄を言い出しても怒られないのは、彼が狐太郎の護衛だからである。だからこそ、今後もその仕事を続けなければならないのだ。
もちろんバブルも一緒に。
「それに今後は、あそこまで危ないことにならないと思いますし……」
(喉元過ぎれば熱さを忘れる、か……)
かなり勝手な理屈なので、狐太郎は呆れてしまう。
しかしバブルも負けないぐらい勝手な理屈を展開しているので、いい勝負といえるだろう。
むしろこれぐらい図々しいことを言っても、彼は許される立場である。
なお、バブルも許される立場である。
「まあ気持ちはわかったよ。でも力になれないことは事実だし……ぶっちゃけ別れた方がいいと思うし……」
「狐太郎様の知略をもってすれば、なんとかできると思います!」
「期待されてもなあ……」
キコリからすれば……というか、この世界の住人からすれば、千体以上の悪魔を相手に一方的な隷属関係の契約を結んだ狐太郎は、それこそ大賢者である。
あの混沌と化していた空論城の未来を、完全に読み切り、最上の結果を出した。
身近にいたからこそ、リアルタイムでその知性にふれているからこそ、キコリは狐太郎を信じ切っていた。
「大体俺の知略でくっついて、君は満足なのかい」
「満足です!」
(……コイツ、あの戦争を越えたことで強くなったな)
自分の護衛の成長を感じ取り、狐太郎は少し嫌な気分になった。
しかし流石の狐太郎も、いざってときに『お前を好きになって人生損したぜ』と言われた乙女の心を癒す術など想像もできないわけで。
(ぶっちゃけコイツを変節させる方が楽だよな……)
狐太郎の知略は、キコリの望まぬ方向に舵を切っていた。
賢者の策は、それこそ常人の及ぶところではないのだ。
「そうだな……あの子のプライベートはよく知らないけど、好きな相手と婚約できる状態なのかい?」
「はい……例外はロバーぐらいでしょうか……同等の功績を上げているマーメを押しのけるわけじゃないのなら、誰とでも結婚できると思います。それに功績が凄いですから……あの性格でも、結婚したくなる人は多いと思います」
(君は本当に彼女のことが好きなのか?)
異世界の恋愛観が微妙にわからなくなってきた狐太郎。
というか許嫁という関係がほぼ未知であるため、いまいち想像できなかった。
(つまりキコリ君も引く手あまたということ……適当な女の子に言い寄られるような状況を作れば、一発だよな)
人間の愚かさを知っている狐太郎は、キコリの今現在の意思を完全に無視することにした。
最終的にキコリが幸せになって、バブルが幸せになればいい。そう割り切ったのである。
「なんとか、なんとかしてください! どうか、お知恵を!」
「よし、わかった。なんとかしてみよう」
彼自身の意思を尊重する気がない狐太郎は、とりあえず請け負った。
この、なんとかしてみよう、という濁しぶりこそが、あるいは彼の悪魔使いたる所以かもしれない。
何とかしますとは言ったが、貴方の意思に沿う結果になるとは確約いたしかねます。
それが狐太郎の本心であった。
「まあとはいえ、あんまり期待しないでくれよ」
「はい……狐太郎様が無理なら、誰がやっても無理だと思いますので!」
(じゃあ無理だな)
一縷の望みを狐太郎に託すキコリだが、狐太郎はもう望みを捨てていた。
※
「とまあ、そんなことがあったんだよ」
夕食の席で、狐太郎は仲間に対してそんなことを言った。
家でゴロゴロしているばかりの夏休み状態だったので、何かあるとそれを話題にできるのである。
正直どうでもいいことなのだが、どうでもいいので夕食の席で話せるのだ。
「へ~~……馬鹿じゃないの」
「俺もそう思う」
アカネの言葉に、狐太郎は全面的に同意していた。
若者の気持ちには理解が及ぶが、それはそれとして取り返しのつかない過ちでもあった。
アカネが不満を表明しているのも当然で、これはどうしようもないことであろう。
「私が倒れた後、そんなことを言ってたんですね」
「むしろお前が倒れたからだな。お前が悪いわけじゃないが……追いつめられて本音が出たんだろう。咎められるもんじゃない……バブルちゃん本人以外は」
「私だって怒ってもいいと思います」
(いかん、地雷だったか……!)
死力を尽くして戦ったクツロは、とても不満そうな顔をしていた。
自分があれだけの豪傑を相手に末代まで語られるような一騎打ちをして、その後に子供の痴話げんかがあったというのは、些か以上に不本意だろう。
「でもまああれだよ……四人とも逃げずに最後まで俺やお前を守ってくれたんだ。それも本当なんだし、大目に見てやってくれ」
「……わかっています」
まあそれはそれとして、最後まで守り切ったことも事実である。
クツロは狐太郎に言われるまでもなく、不満を呑み込んでいた。
「あんまり好きじゃないわねえ……そうやって過ぎたことへ、いつまでも執着するのは」
なお、ササゲ。
飽き性で、いつまでも引っ張ることを嫌う悪魔らしく、発言を取り消そうともがく少年へ嫌悪感をあらわにしていた。
「私は嫌よ~~、そんなのに付き合うなんて」
「まあ気持ちはわかるさ。俺だって嫌だよ、でも護衛をしてくれた子に失礼じゃないか」
事の発端となったのは、バブルがキコリへ感謝を示さなかったことである。
つまりキコリは、ビジネスライクに『仕事をきっちりこなしてくれる同僚と、報酬をくれる雇い主がいればいい』と考えているわけではないのだ。
はっきり言って面倒な性格だが、その面倒な性格が無ければ狐太郎の護衛になってくれなかったわけで。
「具体的には、どうなさるおつもりですか?」
人間に対して理解の深いコゴエは、この問題が難しいことを理解していた。
そのうえでどう解決するのか、あるいは解決する気があると見せかけるのか。
それを狐太郎に聞いていた。
「ぶっちゃけ、考えるだけ無駄だろう。二人が話をできる状況を作って、あとは本人に任せるさ。どのみち二人が話し合わないと、納得なんてできないだろうしな」
今更だが、狐太郎の護衛はいくつかに区分され……その中でも四六時中守っているのは、それこそネゴロ十勇士とフーマ一族だけである。
四体の魔王だってプライベートな時間は欲しいので、食事のとき以外はずっと一緒にいることはない。
それはもちろん、侯爵家の四人も同じであり……彼ら彼女らも常にひとまとめでいるわけではない。
「ちょうどいいし、適当なところへ旅行に行こうと思う。俺達が旅行するってなればあの子たちも同行するし、一つの部屋で話し合う時間もできるだろ。それに……行く先で恋をすることだってあるだろうしな」
そんなに遠くへ行くわけでもないのなら、旅行の許可も下りるだろう。
四体の魔王も王都にずっといれば退屈だろうし、遠出の予定を立てるのも面白いはずだ。
つまりは戦後の、慰安旅行である。
「シュバルツバルトを出たら、みんなでどっか行きたいって話もあっただろ? ドラゴンズランドみたいに遠くへは行けないけど、適当なところでぶらぶらするだけでもいいじゃないか」
「……いいね! そうしようよ!」
「流石ご主人様ね、私酒蔵とか酪農家に行きたい!」
「それ、酒蔵も農家も困るでしょう……」
「まあいいだろう、途中で寄るぐらいは」
狐太郎は出来ている英雄なので、ちゃんとみんなで旅行の計画を建てることができる。
もうみんな、キコリやバブルのことなど忘れて、楽しい旅行の計画を練ることにしていた。
だがまさか、あんなことになるなんて……。
一行はまったく予想できなかった。




