英雄に敗れた者
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「甲種や英雄にだけ効く……ですか?」
「そうだ、元々そういう風にできている。少なくともこの世界において、アレが意味を発揮できるのは英雄と甲種だけなのだ」
祀の言葉を聞いて、実際に英雄と会ったことのある者たちは、些か信じられないという顔をしていた。
あれこそは正に最強の生物、それを一方的に倒せるうえで、しかし他のモンスターや人間には意味がないというのは、少々以上に理不尽である。
いっそ超火力で何もかもを滅ぼす方が、よほど理解できるという物だ。
「おかしいと思うか? しかし話を聞けば理解できるだろう……」
「まずそもそも……魔王の冠はどうやって作ったか知っているか?」
「人間たちの持つ『王へのイメージ』をそのまま反映した結果なのだ」
魔物を統べる王、魔王。
それを生み出すために、祀の先祖は魔王の冠を生み出そうとした。
モンスターの力を強化する、魔王の冠を。
「国家には強大な王が必要だ。そう考えた我等の先祖は、王に与える力を人間から学ぼうとした。その結果……イメージが先行し過ぎたのだ!」
先祖の失敗を素直に認める子孫たち。
彼らは賢いので、失敗をきちんと引き継いでいる。
あるいは、先祖の屈辱を後世に伝えていると言えるのかもしれない。
「天地を引き裂く技を持つ、敵に負けても立ち上がる、より優れた者が現れればそれに引き継がれる、とても大きい体! そうしたイメージに我等の先祖も納得し、実際にその力を持つ宝を生み出したが……微妙だった!」
現在四体の魔王は、実際に多くの同胞を従えている。
そもそも冠頂く魔王の存在は亜人を含めて多くのモンスターに知られており、その時点である程度はイメージ戦略として成功している。
だが国家をまとめられるほどか、というと違ったのだ。
「想定されていた通りの機能を発揮したが、効果はいま一つだった。王がいればいい、民がいればいいというのは間違っていたのだ」
「今は民もいませんね!」
「そうだな! 今は切実に民が欲しい! もしくは全自動に工業化してほしい!」
隊長であるスザクがちょっとおかしなことを言ったが、それには全員が同意する。
もう農作業などうんざりだし、調理もうんざりなのだ。自分以外の誰かにやってほしいのである。
それが、社会の姿だった。
「まあとにかく……王だけではどうにもならない。だからこそ、婚の宝と祭の宝、そして葬の宝が求められたのだ」
「王が強大で不死身でも、広大な国家を治めることなど不可能。実際に施行したからこそ分かった不備を補うために、新しく三つの宝を生み出そうとしたのだ」
「そうだ……漠然としたイメージではなく、明確な目的のために、必要な機能を注ぎ込んだのだ」
結果完成した、手元にある二つの宝。
それらは想定していた機能を、しっかりと果たしていた。
「支配者になりたがる人間の魂で生み出された冠、天寿を全うして幸福に死んだ人間の魂で生み出された婚、熱狂の中で果てた人間の魂で生み出された祭。そして……最も強い感情をもつ魂で生み出された葬。なかでも葬は、冠以上に意味がある代物だ」
「なにせ今の我らは、追われる身。仮に人間の奴隷をかき集めても、英雄をもつ国に見つかれば逃げるしかないのだ……」
「英雄を倒せる葬の宝、EOS。アレがあれば、人間どももうかつに手を出せなくなる」
奴隷という労働力を守るために武力を欲するという、よくわかるようなよくわからないような話である。
まず武力を確保してから奴隷、ということなのだろう。しかもその奴隷にやらせるのは普通の農作業である。
まあ奴隷ってそんなもんなのだが……。
チタセーも理解していたように、皮肉にも祀や昏の下で奴隷になったほうがいい人々もいる。
「……とはいえ、だ。葬の宝が英雄を殺すだけでいいのなら、そこまで難しいことはない。お前達も想像するように、英雄以上の力を出せばいいだけだからな」
「だが……甲種モンスターを倒さなければならない、となれば話は違う」
その場の昏たちは、そろってミゼットとスザクを見た。
ついでにマイクとジャンボも見た。
「なるほど……甲種は無理ですよね……」
「甲種は文字通り化物ですもんね……」
「存在そのものが理不尽っていうか……気持ち悪いっていうか……」
「おぞましいよね、同じくくりに入りたくないし……」
「……あのね、お姉様たち、そんなに嫌いにならないで」
哺乳類型最強種、ベヒモス。
不死性、単純な防御力と巨体。
再生可能部位、なし。
「なによなによ! アンタたちに何を言われたって、私は全然平気よ!」
魚類型最強種、テラーマウス。
不死性、小さい体による隠密性。
再生可能部位、歯。
「だそうですよ、隊長」
軟体動物型最強種、ノットブレイカー。
不死性、無敵の甲殻。
再生可能部位、手足。
「私?! 私が一番の化物なの?!」
鳥類型最強種、フェニックス。
不死性、最高の再生能力。
再生可能部位、全身。
他にも甲種は存在し、それらは際立った能力を誇っている。
英雄には勝ち目のないモンスターたちだが、英雄を殺せる手段が通じるとは限らない。
「際立って異常な力を持ったモンスターたちを倒すには、その異常性を無効化しなければならない」
「だがその異常性を無効化する手段があったとして……それはそのモンスターにしか通じない」
「無敵の甲殻を砕く武器も、ノットブレイカー以外には意味がないようにな……」
英雄と甲種を倒すための最強兵器。
それを目標として生み出した、EOS。
それは極まりすぎて、結果的にやや使い勝手が悪くなっていた。
「英雄を倒す機能にしてもそうだ、英雄ほどの膨大なエネルギーを持っていなければ機能しない」
「よってそれさえあれば、誰でも無敵になれるというわけではない。まあそもそも、七人目の英雄のように無力な人間が使うための道具ではない」
「それこそお前達のように、最初から強いものや魔王が使うための道具なのだ。そう考えれば、特におかしなこともないだろう」
もしもEOSが、誰でも無敵にするご都合主義の塊なら、持っている方はありがたいが、奪う方は大変だろう。
そういう意味では、人間の英雄が所持している状況で、EOSに欠陥があったことはありがたい。
だがしかし、その欠点は簡単に埋めることができる。
それこそ天帝がやっているように、他の人に頼ればいいのだ。
「ですが、皆さま……冥王は既に二人の英雄と合流しています。あの面々と甲種を抜きに戦うのは難しい……いえ、犠牲を覚悟しなければなりません」
「そう難しく考えるな、ミゼット。何のことはない、簡単に解決できることだ」
祀の一人が、意味ありげに笑った。
「天帝は我らを認識しているが、冥王やその周囲は我らを知らん。つまり……EOSが狙われていることを知らないのだ」
「……まあそうですね」
本当に難しく考えすぎていただけだった。
確かに狙われていると知っているのとそうではないのでは、警戒に割く神経が違う。
「なんのことはない、頼もしい仲間がいるのなら、引きはがしてやればいいだけだ。武器が強い仲間が強い護衛が強いというのは……結局本人が強いわけではない。簡単に倒せる」
「一旦引きはがしさえしてしまえば、EOSを警戒する必要もない。お前達甲種をぶつければいいだけのことだ」
「とはいえ、だからこそ、急がなければな。婚の宝を持っていた英雄……鴨太郎。奴やその意思を継ぐ者が、ここへ合流してくるかもしれん」
できるだけ戦力を整えてから、南万の蛇太郎を襲う。
それも周囲にいる兎太郎や狼太郎を引きはがしたうえで。
とてもシンプルで、だからこそ比較的成功が見込める作戦だった。
だがしかし、懸念はあった。
「よろしいでしょうか」
やはりミゼットである。
彼女が懸念しているのは、英雄や魔王の遺産だけではない。
前回の戦争で自分達昏を追い詰めたのは、究極のモンスターだった。
彼女がいなければ、今頃あの戦争に勝ち、冠も手に入り、こんな面倒なことなんてせずに済んだだろう。
「二人目の英雄に敗れた究極のモンスター、三人目の英雄に倒された新人類の首魁三人。これらが既に天帝と合流しています。他にも英雄に敗れた者たちが、この世界に来ていて……私たちを脅かしうるのではないでしょうか」
「……あり得るな」
七人目の英雄である蛇太郎、彼の後に立った英雄たち。
その彼らが異次元へ追放した、強大な敵。それはやはり、この世界にたどり着いている可能性があった。
「不完全なワープは、時間を大きく移動する。それによって今この瞬間にも、現れないとも限らない」
「まあもっとも、それを言い出せばキリがないが……以前のように、究極のモンスターを前に自己強化や弱体化技を使っても問題だからな……」
ある意味では、祀も昏もそれに該当する。
英雄を苦しめた、ラスボスたち。
「この世界に来ている可能性があるのは、あと二つ。一つは『対乙種級衛世兵器』、もう一つは『丙種級怨霊九十九』……いずれも楽園で生み出された危険物であり、同時に楽園の英雄ならば使いこなしうるものだ」
「もしも奴らがそれを手にすれば……あるいは、他の英雄と合流する以上に厄介なことになるかもしれん」
祀は、その存在を知っている。
この世界に来ている可能性を知っている。
だが、その双方が目を覚ます時が来ているなどとは……。
流石に都合が良すぎると判断するだろう。
いずれにせよ、まだ彼らは最終的な勝利を得ていなかった。
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