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鼎の軽重を問う

 ケイ・マースー。

 彼女にとって、狐太郎は存在が理不尽だった。


 何の才能も何の努力もなく、竜の王であるアカネを使役している。

 ほかにも悪魔や精霊やら亜人やらと契約しているが、竜さえいなければ我慢もできただろう。


 竜王を従えているというだけで、何の能力も役割も持たない男が英雄になる。いいや、すでに英雄になっている。

 真の強者だけが至れる、Aランクハンターという位置にいる。

 それが、彼女には我慢ならなかった。


 ランリ・ガオ。

 彼にとって、狐太郎は大富豪だった。


 精霊使いでもないのに、最強と言える精霊を従えていた。

 彼の価値観、彼の基準で言えば、コゴエはフリーだった。

 もしもコゴエの力を借りられるのなら、自分は最強の精霊使いになれる。


 最高の馬が、騎兵に乗られていないようなものだった。

 自分がコゴエを使えばより戦術が広がり、周囲への影響なども調整が利くようになる。

 それの何がいけないのか、彼にはまったくわからない。


 もしかしたら、相互理解の余地はあったのかもしれない。

 ケイとは和解できたかもしれないし、ランリとコゴエが実際に共闘していたかもしれない。

 しかし、もう死んでしまった。その機会は、永遠に訪れなくなった。


「あ、あああ……!」


 狐太郎の前で、殺人が行われた。

 きわめて唐突に、面接室で人が人に殺された。

 凶器を含めて、ファンタジーというより殺人事件だった。


(おかしい! なんでこうなったんだ?!)


 狐太郎はおののき、四体にすがっていた。

 恥も外聞もない、目の前には今も死体が転がっている。

 どう見ても死んでいる、蘇生の余地がない人間だったもの。


 殺人への忌避感だとか、人を殺したリァンへの怒りだとか、そういうものが湧き上がらない。

 なぜいきなりこうなったのか、さっぱりわからなかった。


 リァンは限りなく裸に近い姿のまま面接室を去ってしまったし、ピンインもブゥもすでに逃げている。

 狐太郎たちは、本当に状況が分からなかった。

 何もかも見聞きしていたのに、展開が急すぎて雑すぎて、把握が及ばなかった。


(なんでいきなり殺すんだよ?!)


 狐太郎の常識、四体の常識で言えば、二人が犯罪者だったとしてももう少し手順を踏むはずだった。

 少なくとも、今この場で殺すのはただの殺人である。逮捕するとか、取り調べするとか、裁判をするとか、いろいろと法的な行為が必要なのではないだろうか。


(ここ、そこまで野蛮だったのか?!)


 この世界の人々は、肉体的にはともかく精神的には普通だと思っていた。

 分かり合える部分はあり、納得できると思っていた。

 だがしかし、この世界の住人であるリァンが、同じくこの世界の住人であるケイとランリを殺してしまった。

 ピンインやブゥの反応を見るに、この世界の基準でも異常な行動だった。


(じゃあリァンさんがおかしかったのか?! あれは殺人だったのか?! それとも生き返る魔法があるとか?! いや、その割には……死体を放置してる!)


 何が異常で何が正常なのか、もはや判断ができない。

 一つ言えることがあるとすれば、リァンのことを全然わかっていなかったということだ。

 まさかあそこまで、とんでもなく体を鍛えこんでいるとは思っていなかった。


「……ご主人様、大丈夫?」


 かろうじて、ササゲが狐太郎を気遣う。

 ほかの三体も寄り添いあっているが、混乱で頭が回っていない。

 コゴエをして、情報の整理が間に合っていなかった。


「ああ……うぐっ……」


 死体が、そこに転がっている。

 否応なく、それを見てしまう。


「……まずは部屋を出ましょう」

「そ、そうだな……」


 モンスターの死体はさんざん見てきた。

 だがしかし、人間の死体をまざまざと見たのは初めてだった。

 それはアカネやクツロも同じで、それが混乱を助長している。


(失言はあったかもしれないけど、これは……)


 剣も魔法もない、フィジカルによる殺人事件。

 半端に現実味があり、微妙に動機がはっきりしているので、現状認識をあきらめきれずにいた。


 とはいえ、まずは部屋から出たかった。

 とにかく殺人事件の現場から出たかったのだ。


「な、なんだったんだろうね……」

「わからないわ……結構な背筋だったけど……」

「背筋はどうでもいいでしょう……」

「そうだ、背筋はどうでもいい」

(でも背筋は確かにすごかったな……)


 クツロにつられて、公女の背筋を思い出す。

 確かにすごい背筋だった、ボディビルダーだった。


(いや、背筋の重要性は低い……背筋のことはどうでもいいだろう、人が二人も死んでるんだぞ!)


 そんな自分を諫める狐太郎。

 混乱している役場から出ると、そこには各隊の隊長がそろっていた。


「狐太郎君、一体何があったんだ?! 公女様が裸で歩いていたぞ! 何も言わずに帰ってしまった!」

「ええ、凄い裸だったわ……いろんな意味で」

「鍛えているとは聞いていたが、あそこまでとは思っていなかったな! だがなぜ裸になっていたんだ!」

「ああ、ありゃあ凄い裸だった! 何があったんだ? 色っぽい話じゃなさそうだが、面白そうじゃねえか」


 各隊の隊長も、裸を連呼していた。

 もう彼女の肉体美が凄すぎて、他のことがわからなくなってしまったようである。


「とにかく……教えて欲しい、君たちは面接をしていたはずだろう?」

「あ、はい……そうなんですけど……」


 確かに公女が裸になっていたのは、尋常ならざることだった。

 彼女自身も尋常ではない体つきだったが、とにかくおかしいことである。


「一体だれがあんなことを? まさか自分で脱いだわけじゃないだろう」

「いえ……精霊使いのランリが、風を使って切り裂いたんです」

「なんだって?! なぜそんなことに?!」


 言葉にすると、おかしい。

 しかし絵面を思い出すと、なおおかしい。

 なぜ風の魔法で服を切り裂かれて、中から出てきたのがあの裸なのだろうか。


(いかん……本当に話がずれている、殺害方法やら体形は重要じゃないんだ、人が死んでいるんだぞ!)


 とにかく一番大事なことを、殺人が行われたことを伝えなければならなかった。



「……本当に、面接でそんな話になったのかい?」

「はい、そうでした」


 ジョーは目を丸くしていた。


「なんですって」


 シャインはすっかり青ざめていた。


「なんだと!」


 リゥイは怒り狂っていた。


「はははははは!」


 ガイセイは大笑いしていた。 

 四者四様の反応をしているが、特に大きい反応をしていたのはジョーだった。


「なんてことだ……」


 思わずよろめき、顔を押さえている。

 この前線基地で最も精強な部隊の長とは、思えない醜態ぶりであった。

 それを言えば、Aランクハンターである狐太郎が一番醜態を晒しているのだが。


「狐太郎君……目の前で人が殺されて、さぞ驚いているだろう。だがね、リァン様が正しいのだよ」

「ええ?!」

「まず一番大事なことなのだが……リァン様も大公様も、カセイという都市を何よりも大事に考えておられる。そしてそこを守っているのは、君であり、君のモンスターであり、私たちだ」


 大都市カセイを治める大公が、その領地を大事に思っている。

 そのこと自体は、とても自然で、職務に忠実だと思えた。


「お二人は私たち同士の諍いは仲裁するし、私たちの家族などにも配慮をなさってくださる」

「そ、それとこれと、何の関係が?」

「他の者には、寛容でも寛大でもない。無礼を働けば、それなりの対応をする。そして今回殺された二人は、殺されて当然のことを言ってしまった」

「そ、そこまで……酷いことは言っていないと思うんですが……というか、殺されるような悪口って、ないと思うんですけど……」


 物凄い酷いことを言ったので罰される。それはまあ、わからなくもない。

 しかし殺されるほど重罪だとは、到底思えなかった。


「まず、場の問題だ。公女様は大公様の代理として、公務であの場にいらっしゃった。酒の席でもなければ、身内の寄り合いでもない。正式に記録が残される、大事な面接だった。その場での発言は、良くも悪くも重大な責任が伴う」


 大公の代理として、大公の娘が派遣されていた。

 感覚がマヒしていたが、酒の席のように失言の許される無礼講であるはずがない。

 発言の内容によっては、罰を受けることもあり得たのだ。


「君に対して攻撃的な発言、挑発的な発言を公女様の前ですれば、許されないのは当たり前だろう?」

「まあ、そうかもしれませんが……ケイさんはともかく、ランリさんは攻撃的な発言も挑発的な発言もしていないのでは?」


 殺すのはやりすぎだが、罰を受けること自体には納得した。

 しかし、ランリは罰を受けるほどだったのだろうか。


「それは私が説明するわ……」


 頭を押さえながら、気分の悪そうにしているシャインが補足する。


「アカネちゃんたちには気を悪くしてほしくないんだけど、この国で魔物使いのモンスターは家畜やペットと同じ扱いなのよ」


 シャインの言葉は、確かに四体にはやや屈辱的な発言だった。

 しかし日本でもペットや家畜は物扱いだったので、その延長線上と考えれば不自然でもない。


「つまり、四体のモンスターは狐太郎君の全財産であり、コゴエさんは全財産の四分の一というわけ」

「まあ、そうなりますね」

「彼は貴方に『全財産の四分の一を貸せ』と言ってきたのよ」


 氷の精霊を精霊使いに預けて欲しい、というのなら文章上問題はなさそうである。

 しかし全財産の四分の一を貸せ、というふうに言い換えれば無茶も無茶であった。


 当人は自分の実力に自信があり、いい提案をしているつもりなのだろう。

 しかしそれは、相手が無能で役立たずだから、自分の方がうまくやると言っているのである。

 相手が怒るのは当たり前で、絶対に貸すことはないだろう。


「大公様に置き換えてみて。大公様が護衛を募集して、希望者のうち一人が『カセイの四分の一を運営させてくれ』と言い出したらどうなると思う?」

「何を言ってるんだ、ってことになると思います」

「そういうことなのよ……。それにAランクハンターの従えているAランクモンスターを、一般の精霊使いに貸せるわけがない。最初からそのつもりで募集をかけたならともかく、ただの護衛候補が要求するのはおかしすぎるわ」


 ランリは精霊使いであり、精霊の専門家だった。しかし精霊のことに詳しくとも、社会の仕組みに対しては認識が甘かったようである。


(法的にはそうなるのか……確かに、リァンさんがあんなに慌てていたのもわかる)


 コゴエはAランク上位のモンスターであり、大軍勢にも匹敵するのだろう。

 その運用をしてみたいと思うのは勝手だが、公女の前で言うのは勝手どころではない。 


「そっちはどうでもいい! 許せないのはケイとかいう女の方だ! ぶっ殺してやる!」


 怒りに燃えているリゥイは、拳を震わせている。


「あの、もう殺されているんですが……」

「そうだったな、流石は公女様だ! よくやってくださった! 俺がその場にいたら、きっと! 間違いなく! 同じように殺していた!」


 ケイが狐太郎へ攻撃的な発言をしていたことには、議論の余地はない。

 しかし、狐太郎が侮辱されたことで、リゥイが怒るのは意外だった。

 リゥイをはじめとする一灯隊は、狐太郎を嫌っていたはずだった。


「俺だって我慢しているのに!」

(俺の前で、我慢しているのに、と言っている時点で我慢できていないような……)


 やはりリゥイは、狐太郎を嫌っていた。

 だがしかし、狐太郎よりもケイの方に怒っているようである。


「なぜ俺達が、知恵あるモンスターを使っているお前へ、気を使っていると思う!」

(今の発言は、気を使っていないような気が……)

「いろいろと理由はあるが、何よりもまずはカセイを守るためだ! この前線基地には戦力が必要で、お前のモンスターだって欠かせない! そのお前に! 外国人のお前に! カセイに対して何の思い入れもないお前に! 暴言を吐けばどうなるか考えもしない! 呆れた無神経だ!」


 カセイには、一灯隊の育った孤児院がある。

 一灯隊が前線基地で戦っているのは孤児院の運営資金を稼ぐと同時に、カセイの孤児院を守るためでもある。


「今お前が抜けたら! カセイは壊滅するんだぞ! お前がむかついてどっかに行ったらそれまでなんだぞ! 少し考えればわかることだろうが!」

(言われてみれば確かに……そりゃあリァンさんも怒るわ)


 ケイはこの国の人間であり、しかもそれなりに偉い立場の人間である。

 その彼女が『狐太郎なんて死ね』とか言い出せば、狐太郎たちが怒ってこの国を去っても不思議ではない。

 そうなれば遠からずAランクモンスターが街を襲い、大量の犠牲者がでるだろう。


 つまり彼女は、カセイが滅亡してもいいと思っていたのだ。


 そんなつもりはなかった、では済まされない。

 ケイの発言は狐太郎を攻撃するものであり、狐太郎の気分を害させるためのものだった。

 他の意図など、読み取り様がない。


(リァンさんは、ケイさんがカセイを見捨てたと思ったんだな……)


 リァンがケイとランリを殺した。二人の遺体は、とても痛々しいものだった。

 だが狐太郎が抜けてカセイが襲われれば、その時の犠牲者は二人どころではないだろう。


(カセイがどうなるかなんて考えもせずに、自分の言いたいことを言ってケイさんは帰ろうとした。確かに、酷い話だ……)


 もちろん、確実にそうなっていたとは言い切れない。少なくとも狐太郎は、そんな気はなかった。

 だが適当な理由を付けて断っていれば、それだけで避けられた『可能性』である。

 加えて、言ったところで彼女がすっきりするだけだった。誰も得をしない。

 彼女は彼女自身のことしか考えていなかったのだ。


「はははは! しかもお前のことをAランクハンターとして認めないと来た! 最悪だな! 不敬罪どころか国家反逆罪だぞ!」


 唯一楽し気なガイセイは、相変わらず馬鹿笑いをしていた。


「大公の旦那が認めたことを認めないってのは、大公の旦那を認めないってことだ! たかが将軍の娘の分際で、大公の判断を全否定したんだぞ? そりゃ殺されるわ!」


 彼女の考えていたこと自体は、そう的外れではない。

 モンスターを従えていることだけが取り柄の狐太郎が、Aランクハンターになることへ不満を持つ者は彼女だけではない。

 しかしその判断をするのは、やはり大公である。

 大公は狐太郎が弱いと確認したうえで、四体のモンスターが強いのならそれでいいと認めた。認めたことを否定するのは、喧嘩を売るようなもの(・・・・・)どころか喧嘩を売っているのだ。

 到底許せるものではない。


「ひひひ……そんなバカをよこしたマースー家はもうおしまいだな! 家潰されちまうわ!」

「魔女学園もただじゃすまないわね。一般常識さえわからないようなのを推薦してきたんだもの、最低でも精霊学部は廃止されるわ……」


 四体と狐太郎は、互いの顔を見合わせた。理解できてしまった、納得できてしまった。

 つまりリァンの行動はこの国の法において正しいものであり、ケイやランリのほうが罪を犯していたのだ。

 そしてそれは、二人の命だけでは足りなかった。

 既に死んでいる二人の犯した罪は、まだまだ清算されていないのである。

 

「はぁ……」


 そして、ため息をつくジョー。

 その姿を見て、狐太郎は推察してしまう。


(ジョーさんの家も、同じような理由でつぶされたんじゃ……)


 ピンインが危ぶんだように、理想に燃える若い魔物使いを同種の最上級と会わせたことは、大公の落ち度だったのかもしれない。

 しかし特に考えもなく自分の都合だけで判断をしたことは、まぎれもなくランリとケイの落ち度である。

 ブゥに対するセキトのように、ランリやケイに相談できる大人を付けなかったことは、二人を推薦した大人の落ち度である。


 相互理解をするためには、自分の意志を分かりやすく伝えることが重要である。

 しかしそれだけでは足りない。


 相互理解の目的が無益な争いを避けて共存することだというのなら、自己主張と同じぐらいに相手の主張を受け入れる努力が必要である。


 そしてそれら以上に大事なことは、自己主張をする前に『自分の言いたいことを言ったら、相手はどう思うだろうか』と考えることであろう。


 相互理解の本質は正直に本音を言い合うことではなく、相手を尊重することにある。

 尊重を忘れて理解し合えば、憎み合うだけであろう。

 そして最悪の場合は、周囲さえ巻き込んで被害が出る。

 当人が罰を受けるのは仕方がないが、巻き込まれる側ははなはだ迷惑だった。

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― 新着の感想 ―
まあこんなゴミをよこした方面も掃除されるんでしょうね。徹底的に ハンターの抗戦におんぶに抱っこ、その意味を履き違えた馬鹿はそれなりにいる筈な訳で…
[良い点] 隊長たちがリァンの肉体美に意識持っていかれてた流れが面白過ぎる
[良い点] だから、泣いて馬謖を斬るなんだ。
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