地獄に落ちる
対甲種魔導器End of service。
この宝は、文字通り対甲種モンスター、対英雄を想定している。
それ故にいろいろと面倒な発動条件もあるのだが、それを補うのが狼太郎と兎太郎、その仲間たちであろう。
いくら蛇太郎がEOSを持っていても、たった一人では英雄どころか、そこいらのCランクモンスターにさえ勝てまい。
つまりこうしてサイモンを拘束したことも、彼一人の手柄ではなく全員の協力あってのことだ。
仲間たちの連携、絆の勝利と言えるだろう。
だがそれを喜ぶ余裕など、蛇太郎にはなかった。
かろうじて最善の行動をとることができているが、その顔は怒りと憎しみにとらわれている。
「お前は、強いんだろう。その強さを得るために、一生懸命頑張ったんだろう。才能があったうえで努力をして、運が悪ければ死ぬと分かって戦場に赴いて、今日までも一生懸命国家に尽くしてきたんだろう」
蛇太郎は、その激しい目でサイモンをにらんでいる。
サイモン自身にこの声が届いているとは思っていないが、それでも言わずにいられない。
サイモンが私欲でホウシュンたちを殺そうとしたように、蛇太郎もまた私情で彼を殺そうとしていた。
拘束したのだから、このまま抑え込む、など考えていない。
他の選択肢がないことも事実だが、それを選ぶ精神的な余裕がない。
「それでもいい、この国にとってお前がどれだけ貢献してきたとしてもいい。この国の民全員から、おもいっきり石を投げられてもいい。お前を殺す」
噴火にも等しい義憤であった。
およそ、義憤と呼んでいいのかも怪しいほどの憤慨ぶりだった。
「対甲種魔導器End of service、鉄槌形態。コクソウ技、四終、地獄」
EOSはけん玉に似た形状をしており、玉の位置を変えることで形態が変わり、使用できる技も変わってくる。
その中でも四終を冠する技は、その形態における最大の奥義。当然のように、必殺の威力を持つ技である。
「来い……××××!」
発動には条件が存在し、当然他の技よりも難しい。
だが一旦はまってしまえば、どうにもなることはない。
(まずい、まずい、まずい!)
サイモンは焦っていた。
視線さえ動かせない彼は、なんとか体を動かそうとし続けていた。
全身に感じるエナジーを動かし、技として出そうとしていた。
彼は必死でもがこうとして、しかし動かなかった。
抵抗しなければならない、さもなくば死ぬ。彼はそう直感していた。
未知の体験だった。意識があるのに、感覚が正常なのに、動かない。
縄で縛られているとかではなく、動かそうとしても動かないのだ。
だがそれは、ドツボである。
処理落ちを起こしたコンピューターへ、ひたすら入力をし続ければ、それは状況を悪化させるだけだ。
悪化に悪化を重ね、どんどん処理がたまっていく。その果てにこそ、地獄が待っている。
(な、なんだ?!)
まったく動かない視界に、一つの像が現れた。
それは見ただけで気力を萎えさせる、恐るべき怪物であった。
(み、見ているだけで、抵抗する気力が失せていく……視線を切りたいというのに、それさえも叶わない)
全身が責め苦でできている怪物だった。
炎、氷、拷問器具、武器、凶器。
およそ見ているだけで痛々しい物が集まり、キメラのようにいびつな形として出来上がっている。
(そ、そして、何だ?! なんだ、この……この精神状態は?!)
サイモンの中にあった、一つの感情。
それがあふれ出し、いつの間にか心を満たしていた。
(い、いったい、何がどうなって?!)
それは、贖罪するべきだという考え、罰を受けるべきだという感情。
つまりは、わずかだったはずの罪悪感の叫びだった。
(じ、地獄が……地獄が近づいている……触ってしまえば、もうおしまいだ。だがなぜだ、なぜそれを受け入れてしまうんだ?!)
だがその精神状態に、彼は必死で立ち向かう。
このまま終わっていいわけがないと、自分に言い聞かせ、奮い立とうとする。
(あと少し、あと少しなのだ! あと少しで……私は、私が王に……!)
常人ならば、既に屈していただろう。
英雄である彼は、克己心をもってそれに立ち向かう。
己の中の弱さに、負けるわけにはいかない。
(そうだ、私は王になるのだ! 私が王に……! 王になりたかった、そのために励んできた……! 英雄の中では抜きんでていないことも、現女王の方が優れていることも、私に味方がいないことも、正当性がないこともわかっていた! それでも私は王になりたかった!)
サイモンは才能があった、努力もした、運もよく生き残った。
そうでなければ、大将軍になどなれるわけがない。
だがそれでも、環境は彼の夢に適合しなかった。
何のことはない、誰も彼が王になることなど望んでいなかった。
生まれはよかったが、到底王になれるほどではない。
現役の王やその一族がまともだったため、クーデターを企てても賛同者が現れないことはわかっていた。
だからこそ、血族を王にすることで、実質的な王になることで妥協した。
だがしかし、それ以上の妥協はできなかった。
なまじ努力してきたからこそ、なまじ長年抱えてきたからこそ、なまじ……それ以外のほとんどすべてが叶ったからこそ。
彼の中で、それはとても重かった。
(そうだ、責め苦を受け入れる気などない、王、王、王! 王になりたいのだ、私は! あと少しで、あの娘たちを殺すだけで、私は!)
罰を受け入れて、罪を償う。
犯してしまった罪にふさわしい、納得できるだけの苦痛を味わって、気を楽にしたい。
その欲求に、彼は負けなかった。
だがそんなこととは関係なく、葬の宝は真価を発揮する。
「お前には、地獄がふさわしい」
相手へ及ぼす精神的な影響など、単なる副作用の一つでしかない。
地獄を混ぜ合わせたキメラは口を開き、罪人とその周囲の氷を吸い込んでいく。
それはブラックホールに呑み込まれる光のように、時間さえ歪んだ世界への誘い。
スパゲッティーのように伸び切ったサイモンは、その地獄の中に呑まれていった。
「……終わりだ」
大皿と融合していた球を外し、剣に収める。剣を収めるのではなく、剣に収める、というのが一種奇妙だが、実際そういう形状なので仕方ない。
ただのけん玉にもどったそれを、彼は己の中へしまった。
怒りや憎しみをぶつけ切った彼は、敵のいた場所を見る。
既に地獄は去っており、ただ空虚だけが残っている。
まさに、葬儀の終わった後、後始末さえ片付いた後の景色だ。
「俺は……終わってないんだな」
サイモンは最後まで罪悪感に屈しなかったが、蛇太郎は切なさに身をゆだねた。
この狂おしいほどの虚無感こそが、今の彼の求めるものだ。
どうしても浸りたいのだ、この寂しさの中で。そうでもなければ、自分が生きていることに耐えられない。
「ああ~~痛て~~……死ぬかと思った」
だが虚無感は去った。
代わりに兎太郎が現れた。
「あのおっさん、俺の頭を氷の塊でぶん殴ったんだぞ?! すげえ殺意だよ! 一瞬で気を失ったし!」
「ご主人様、頭を強く打ったんだからしゃべったらダメです!」
「そうよ、カセイ兵器に殴られたようなもんなのよ?! いくらアバターシステムの恩恵があっても、後を引きずるかもしれないでしょ!」
まだシヴァ神の似姿になっている彼は、ガナのままのムイメとキクフに肩を借りていた。
遠くから見ていた蛇太郎にはわからないことだが、彼はかなりのクリーンヒットをもらっていた。
もちろん一切悪ふざけはしておらず、最善を尽くした結果、相手も最善を尽くしてきただけである。
「うげえ……頭痛い……吐きそう……」
(どうしよう、文句を言うのは人として間違っているけども……物凄く文句を言いたい……)
前衛として戦ってくれた男が、敵から攻撃を受けて負傷したのである。
その彼へ『お前こっちくんじゃねえよ! 俺は浸ってるんだよ!』とか言えるわけがない。
彼は自分の情緒よりも、人としてのモラルを選んだ。
さっき人を一人殺したが、それでも彼はモラルを保ちたかった。
「兎太郎さん、大丈夫ですか?」
「うん、全然大丈夫じゃねえ……水飲んだら吐きそう……」
物凄くリアルな嘔吐感である。
おそらく本当に強く頭を打ったらしい。
猶更優しくしてあげなければなるまい、普段は厳しい彼の仲間も今はそうしているし。
「こっちの子も酷いわよ~、早く医療車両に乗せてあげましょ」
苦悶の表情で気絶している、ハチクとイツケ。
その二人を抱えているインダスは、かたんかたんと音を立てて戻ってくるナイルの非戦闘車両を待っていた。
「ああ……うう……ハチクとイツケは、俺を逃がすために体を張ってくれたんだ……」
その間も、兎太郎は献身に感謝していた。
「た、助けてあげてくれ……」
「ご主人様、しゃべったらダメですって!」
「そうよ、もう無理しないで!」
美しい友情がそこにあった。
それは先ほどまでうっとうしがっていたことを懺悔したくなるほどの、とても素晴らしい主従愛だった。
(この三人が負傷して、他の人は無事だったのか? いや、ナイルもダメージを負ったみたいだが……)
かたんかたんと、通常運行の連結に戻ったナイルが、非戦闘車両と合流しつつあった。
もちろんチグリスやユーフラテスも同じである。彼女たちも健在であり、ナイルの戻り口に入っていった。
つまり英雄を相手にしたにも関わらず、被害は軽微に収まったのである。
もちろん連戦できる状況ではないが、それでも安心できる材料であろう。
(またしばらくは、修理しないとな)
切なさはなく、倦怠感もない。
一種の安堵さえ覚えるほどに、皆が一緒にいるのが当たり前になっている。
少し罪悪感を覚えるが、悪くないことだった。
今の自分には、仲間がいるのだ。
それこそ、正真正銘の仲間が。
※
さて、医療用のカプセルの中に、三人は入っている。
ムイメとキクフはしばらく傍に居たいと言っているので残してきたが、狼太郎とその仲間、そして蛇太郎は食堂車両に戻っていた。
そこにはすでにゴーとホウシュンがおり、床に額をこすりつけながら謝っている。
「この度は我らの不始末で、英雄と戦わせてしまい……本当に申し訳ありません」
「感謝の言葉もありません……おかげで助かりました……」
「ははは! 気にすんなよ、お前らみたいな面倒な事情の連中を乗せた時点で、みんな覚悟できてたさ。それに俺に謝るよりも、兎太郎たちが戻ってきたときに、精いっぱい感謝を伝えてやりな」
(そうだな……少なくとも俺は、感謝されたくてやったわけじゃないからな……)
少々おかしなことだが、義侠心とは、助ける相手への好感度が高い必要はない。
どちらかといえば、敵がむかつくとか、そういう感情による部分がある。
親子連れを助ける場合は、親子連れが好きというよりも、親子連れを襲う奴が許せないという感情なわけだ。
少なくとも蛇太郎は、そういう動機で戦っていた。
「しかしまあ、どこの世の中も権力に飢えた奴はいるんだなあ。しかもそこいらのガキじゃなくて、いい年してめちゃくちゃ苦労している管理職のおっさんまで王様のお祖父ちゃんになりたいとはな。自分で殺しに来るぐらいだから、マジで相当だぞ」
しみじみと狼太郎は呆れていた。
ここは一応異世界なのに、既視感がバリバリすぎる。
「そ、それで……兎太郎様たちは、大丈夫なんですか?」
「死にはしねえよ。もう治療を始めたからな、一晩も寝ればだいぶ良くなるはずだ」
「それはよかったです……私たちのために、他の国の方を死なせれば……顔向けなどできません」
「だから、俺達はいいんだって。それよりもお前ら、どうする?」
あえて意図的に茶化して、狼太郎は隣に立っている蛇太郎の頭を小突いている。
「あのサイモン、英雄なんだろ? 殺しちゃってよかったのか?」
「よくはありません、ですが……」
狼太郎の問いに対して、ゴーはとても後ろめたそうに答えた。
おそらく彼が自分で言うことは、それこそ彼自身の心を責めさいなむものである。
「南万の戦力が大幅に下がり……央土と戦争を続けるどころではなくなるでしょう……」
「よ、よかったですね……」
「……わ、私たちが戻ってきたばっかりに……」
蛇太郎はなんとか慰めるが、その言葉はまったく届いていない。
実際央土の将としては、南万との戦争が終わることは喜ばしいのだろう。
だが彼自身は、南万が憎いわけではない。むしろ申し訳ないと思っているほどだ。
その南万へ謝罪に来たら、結果的にその国の大将軍を一人殺すことになった。
彼が悪いわけではないが、因果の歯車のめぐりあわせはそうなったのである。
(感覚がマヒしていたけど、やっぱり人殺しは良くないんだな……)
蛇太郎は今更のように、今を生きる命の大事さを思い知っていた。
やっぱり命はつながっていて、助け合っているのだ。初対面で殺されかけたけども。
「やはり私たちは、あの海で藻屑になるか、あるいはずっとあのサンゴ礁にいるべきだったのか……」
「そういうのは悪人が言うセリフだぜ、お父ちゃんよ。子供のこと考えれば、あのまんまは無しだろ」
後悔するゴーを、改めて慰める狼太郎。
やはり子連れには優しいらしい。
「でもまあ、重要人物殺したのは俺達だしな。もうここで待つとか言ってないで、直接謝りに行くしかないんじゃねえの」
「そうですね……サイモン閣下の罪を暴くためにも、母へ会いに行きます……」
サイモンが事件の黒幕であることは、この場の面々は確信している。
だがそれを証明する術は、もはやない。むしろサイモンが死んだことさえ、証明できない状態になっている。
ゴーの言うように央土は救われたが、ゴーたちも狼太郎たちもまったく救われていなかった。
(なんの解決にもなってないな……)
骨折り損のくたびれ儲け。
黒幕を排除した一方で、状況の好転からは程遠い。
蛇太郎は様々な感情をないまぜにしつつ、ただ疲れていた。
だが彼は知らない。
央土が南万だけではなく、他の三つの国とも戦争をしていることを。
皮肉にも和平派であったサイモンの死が、南万と央土の和平を促し……央土という国家全体を救うことにつながったと。
そして……一人目の英雄、その勝利にさえも影響を及ぼしたことを。




