義によって立つ
ナイルの航海は順調だった。
程なくして陸地が見えた後は、もうホウシュンが道案内をするだけで終わったのである。
いくら陸地にも魔境があるとはいえ、陸地に沿って移動すれば必ず知ったところにたどり着く。
インドを目指してアメリカにたどり着いたコロンブスではあるまいし、大回りをして別の大陸に達したわけでもなく……。
自ずとホウシュンのよく知る、セイカの河口へ至った。
後は準備しておいた、ホウシュンの持つ印鑑を使った手紙を、現地の領主へ渡して終わったのだ。
終わったというのは、ここでいったん指示を待つことにしたのだ。
流石に七年程度で政権やら何やらが一気に変わったとも思えないが、ホウシュンが帰ってきたことが国家へどう影響を及ぼすかわからなかったため、余計な騒ぎを抑えるために指示を待つことにしたのである。
どこで待っているのかといえば、河口付近の沖に停泊しているナイルの中であった。
それこそ黒船来航のように大騒ぎになっているが、ホウシュンが乗っていることは知られていない。
女官の一人を使者として送っただけで、彼女は故郷の土も踏んでいないのだ。
乗り掛かった舟ならぬ、乗せた舟である。
狼太郎たちも引き渡すまでは付き合ってやろうと思い、しばらく待つことにしたのだった。
さて……一行はいかなる心境で、沙汰を待つ家族たちを見ているのか。
「整列!」
ゴーの指示で、子供たちが慌てて並ぶ。
背が低い子が一番前で、そこから背が高い順に後ろへ続いていく。
「前へ倣え! 休め!」
中身のない貨物車両の中で、子供たちは親から指導を受けていた。
もういよいよ時間がないので、とにかく黙ることと動かないこと、歩き方などをできるだけ教えていた。
別に虐待しているわけではないが、その気迫がとても恐ろしく、子供たちは否応なく従っていた。
「……親子の最後の時間、これでいいのかしら」
ミノタウロスのハチクは、その光景を見学しながらこぼした。
兎太郎と違って、現実に理想を求めていないが、しかし彼女の価値観からするとまともには見えない。
なぜ子供たちへ注げる正真正銘最後の時間を、こんなことに使うのだろうか。
ぶっちゃけ『死ね』と言われたら助けてあげようと進言するつもりだったのだが、その気がどんどん失せていく。
とはいえ『何をバカなことをやっているのですか』と咎めるほどではない。共感できてしまう面もあるのだ。
なので現実ってこんなもんか、と失望しきることもできない。
ただただ、複雑な想いが重なるばかりであった。
「必要性はわかるし気品も誇りもある行いだけど、もうちょっと情緒的に動くべきじゃないかしら」
オークのイツケからツッコミが入った。
完全なる部外者からの身勝手な所感だが、彼女の仲間たちは頷いた。
文章化すると大体合っている。
「そうやって動く人間なら、私たちがたどり着くまでもたなかったわよ」
だがそれを、エルフのチグリスが否定する。
確かに真面目過ぎる考え方だが、そういう人間たちだからこそ孤島でもモラルを保てたのだ。
あれだけ絶望的な環境でも家を建て子を成し生活できたというのは、それこそ彼らが社会的な人間だからこそ。
そういう人間は、都合よくオンオフできないのである。
「それに考えようによっては、助かって王族に迎えてもらった場合の練習でもあるんだし、前向きでもあるんじゃない?」
「……そうですね」
子供がいるんだから許すべき、というのは結構無茶苦茶な暴論である。
双方ともにいろいろと家庭の事情もあったであろうに、勝手に子供を作ったうえで帰ってきたのだから、社会的には問題だ。
だが状況が状況である、情状酌量の余地はあるだろう。
ゴーやホウシュンは沙汰を受けるべきであり……沙汰を下す側も多少は温情をかけるべき。
彼女たちのモラルは、その結論に至っていた。
「あのさ、ホウシュン様」
「様など不要です、呼び捨てて構いません」
「いやいや、さすがにそれはこっちがやりにくいんで、さん付けで。で……ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
子供たちが整列の練習、行進の練習をしているところを、ホウシュンと一緒に見ている兎太郎。
彼は彼女へ、やや差し込んだ質問をした。
「言ってたじゃないですか、もしかしたら謀略で島流しになったのかもって」
「え、ええ……」
「自分達が島流しにあって、得をする人もいるって」
それはゴーが言っていたことである。
だがここは南万であり、ホウシュンにとってのホームである。
であれば確かに、ホウシュンへ聞くべきだった。
「……そうですね、その可能性はあります。ですが、私も一国の姫……申し上げにくいのですが、誰に恨まれているかなど言い切れません」
「そりゃそうか」
女王の娘である。
それこそ恨むものなどいくらでもいるだろう。
他国にとらわれた彼女を陥れられる人物など相当高位だろうが、それでも候補は片手の指では足りないはずだ。
「それじゃあさ、今の情勢を聞いて来たんだろ? ホウシュンさんやゴーさんがいなくなって、誰が一番得をしたんだ?」
より差し込んでくる兎太郎。
それに対して彼の仲間は不満げだったが、狼太郎がそれを制した。
「確かにな。誰が得をしたのかってのは、推理の基本だ。俺達にも聞かせてくれ」
この一行で一番の権力者、ナイルの船長、狼太郎。
彼女が質問をすれば、それこそ誰も逆らえない。
「一応言っておくがな、俺達は確かにお前らを送り届ける気だったし、沙汰が下されるのならそれも仕方ないとは思っているんだ。だが……帰ってきたお前達を『謀殺』しようってんなら、その場合はそれなりに対応をするぞ」
彼女は黙っていた蛇太郎へ問う。
「なあ蛇太郎、流石にお前もそのときは助けるだろう?」
「……もちろんです」
ややためらいつつも、しかし賛同した。
「ですが、その見極めはどうするのですか? 彼女達の視点からしても、死刑になって不思議ではないのでしょう」
躊躇した理由は、その判断の難しさだろう。
一国の王女が、如何に遭難したとはいえ、他国の騎士と子供を作ったのである。
一切悪意がなくても、普通に死刑になりかねない。
「刑じゃなければどうだ? まっとうに裁きが下されるわけじゃなく、何かの手紙で自決を命じてくるわけでもなく……刺客でも送られてきたらどうだ」
「……そうですね」
逮捕や連行を拒否してから刺客を送り込んでくるのならともかく、初手で刺客を送り込んでくるのは確かにおかしいだろう。
その場合は流石に国家の判断ではなく、個人の悪意と思うべきだった。
「それにそうなったら、俺達も殺されるぞ。お姫様と騎士の生存やら遭難までのやり取りを知っていたら、それだけで不利益に思うだろうしな」
元々人間との戦争が長かった狼太郎とその仲間である。
人間の暗殺者に狙われるかもしれないと知っても、さほど動じてはいなかった。
(聞いてない……)
なお、兎太郎の仲間たち。
「そういうことだから、聞いておこうと思ってな。お前たちがいなくなって、誰が一番得をしたんだ?」
「……しいて言えば、大将軍のチンケイサイ閣下でしょうか」
しいて言えば、というところに含みがあった。
おそらく彼女も『この人がものすごく得をしています』と言い切れないのだろう。
「私がいなくなった後も、勢力は変わっていないようです。そのうえで……その、央土との戦争状態になっていますから……」
流石に国家全体のきわどいところまでは、河口にある漁港には伝わっていない。
だが流石に、ゴーの故郷である央土と、ホウシュンの故郷である南万が全面戦争状態にあることは聞いていた。
もちろん内心穏やかではないが、既に覚悟できていたことなので、ある程度は受け入れていた。
「現在戦争は膠着しているそうです。そのうえで戦争の続行派と講和派に分かれているのですが……私が行方不明になっていることが戦争の継続につながっているのなら……続行派のナンバー2であるチンケイサイ閣下が怪しいかと」
「ナンバー2? ああ、ナンバー1は女王様か!」
「はい……母である女王が続行派のトップです。ですが後継者だった私を無理やり行方不明にしてまで……というのは不合理です」
説明を聞けば、納得できることだ。
最高権力者である女王をそそのかすために、王女を行方不明に仕立てたというのなら、それなりに筋は通っている。
「……も、もしもですが」
覚悟していたことではあるが、それでも口にするのは恐ろしいのだろう。
なんの事情も知らない者たちへ事態を説明するからこそ、恐怖が湧き上がってきている。
彼女の女官たちも怯え、騎士であるゴーや部下たちも、子供たちにわからぬようにしつつも、やはり戦慄していた。
「もしも私の考えが確かなら、私たちは英雄……大将軍を敵に回すことになります……!」
ノットブレイカー、テラーマウス、リヴァイアサン。
それら最強種よりも、さらに強い突然変異個体。それが英雄、大将軍である。
敵に回せば、こんな恐ろしいことはない。
この世界の住人にとって、英雄とは英雄以外では抗しえぬものなのだ。
もちろんその比較対象を知っている英雄たちにとっても、それは恐ろしいことである。
「まあ正直俺だって、そんなのとは戦いたくないが……」
「ええ~~」
「兎太郎は黙ってろ。とにかく、お前が手紙を送ったのは戦争に反対している連中なんだろ? そっち側の大将軍を味方に付ければ、うまいこと治めてくれるんじゃないか?」
いくら英雄が強いと言っても、一人しかいないというわけではない。
そもそも一国に一人しかいないのなら、その一人が一々謀略を巡らせるわけがないのだ。
「倒すんじゃなくて、治めるですか?」
「あのな、あの化物どもよりも強い連中が真正面からぶつかってみろ。それこそシャレにもならないぞ。それにそのチンケイサイ閣下だって、隠したがっているってことは、バレたら面倒に思ってるんだろ?」
「……もちろん、閣下が私を陥れたかはわかっていません。ご本人が知らぬ間に、下の者が勝手にやったのかもしれませんし……ですが確かに、治めていただきたいです」
彼女は身の程を弁えていた。
もしも彼女の身が完全に潔白なら、清いままなら、それこそ告発者として現れることができただろう。
だが今の彼女は、良くも悪くも敵国の男に捧げてしまっている。
「……謀略とは関係なく、私は勝手に女として生きてしまい、母になりました。それは誰かの思惑とは無関係……どうあっても、沙汰に従うつもりです。ですが……もしも悪意を持つものが謀略によって国家を動かそうとしているのなら」
後ろめたいままに、彼女は身を投じようとしている。
「それとこれとは、話が違います」
余りにも不真面目な言葉を、あえて使った。
それこそ自分勝手の極みのようなものが好んで使う、常套句の定型文。
それをあえて使うのだから、おそらく彼女は自覚をしている。
つまり……自分が勝手なことをしていると。
(そうだ、それとこれとは話が違う)
その勝手さを、蛇太郎は肯定する。
そのチンケイサイなる男が悪事を働いて、彼女を亡き者にしようとしたこと。
結婚を許可される前に、一国の王女が男と子を成したこと。
それらは別の事柄で、どちらも罪だ。
前者を告発したから、後者の罪が帳消しになるというわけではない。
そして後者に関しては、全面的に有罪が確定している。
悲しいことに、前者に関しては、まだ未確定であり……そもそもしらを切り通せばそれまでだ。
彼女を行方不明にすること、海難事故に見せかけて葬ろうとしたことが失敗したとしても、犯人の証拠を持っているものなど一人もいないのだ。
証拠も確信もないのだから、告発がまず無理だ。それこそ相手が殺しに来てくれないと、やっぱりただの事故だったんだ、で終わってしまう。
そもそも彼女が子を成してしまった時点で、あるいは戦争が始まった時点で、もう目的は果たしているのかもしれない。
であればわざわざ出向いて殺しに来るなど、そうそう考えられることではない。
私が犯人です、貴方が生きていると不都合です、と殺しに来るわけがないのだ。
(それこそ映画じゃないんだ……うやむやにできるのなら、うやむやにして終わらせるだろう)
この世界には、科学捜査も録音技術もない。
つまり現行犯や手紙のようなものでもないかぎり、犯罪の立証は難しい。
それは誰もが分かっているのだから、名乗り出なければそれまでだ。
まあつまり……そもそも大将軍が態々敵に回る、ということが既に自意識過剰なのだろう。
(いや、自意識過剰は俺か……)
そもそもばかりだが……こんなことは、この七年間、彼ら彼女らが考え続けたことだ。
答えが出ないことさえも、分かり切っている。
「ん~~……違うな」
蛇太郎が結論を出したとき、兎太郎がそんなことを言った。
「一番得をした人が誰か、って話をして……その、チンケイサイ閣下が上がった。でもそれは……違うな」
また混ぜ返し始めた。
それこそ本当に、ただの推理小説でも読んでいる気になっている。
もちろんそういう読者こそが、推理小説の作家の求める客なのだろうが。
「最悪じゃない」
だがその一言だけは、傾聴に値した。
央土との戦争、その続行を訴えている大将軍が、事件に直接関与している。
そして自分たちの敵になる。
そんな誇大妄想めいた空想さえ、最悪ではないと言い切る。
何をバカな、と言いたくなるが、そう言われると確かにその通りだった。
彼の最悪じゃないという言葉は、今まで子供たちを指導していた、ゴーの体を止めていた。
そう、この場合の最悪とは。
つまり、もっとも警戒してしかるべき最悪とは。
この場の面々が、備えなければならない事態とは。
「……央土との和平を望んでいらっしゃるお方が、私を遭難させたものだとお考えなのですか」
「ホウシュンさんのお手紙を受け取るのは、前線にいる戦争の続行派じゃなくて、中央にいる和睦派なんだろ? その和睦派の中に黒幕がいて、女王陛下に連絡が行く前に確かめに来て……」
まるで怪談噺のような、そんな語り口だった。
しかしその空想は、聞くものの肝をつぶすものだった。
「俺達ごとぶっ殺して『偽物でした』といえば……まあその女王陛下も信じざるを得ないわけで」
さて、今更であるが。
故郷の近海にたどり着き、故郷の事情を聴いて、騎士も女官も最悪のことが起きていると震えた。
南万と央土の全面戦争。
それで頭がいっぱいになっていた。
他の悪い考えが頭から抜けていた。
「ホウシュンさん」
蛇太郎は睨み殺すような目で、ホウシュンに尋ねた。
「貴女が送った手紙を受け取って、ここに来るのは誰ですか」
「……セイカ付近を守っておられるという、サイモン大将軍です」
「そのお方は、貴女を行方不明にして、何か利があるのですか」
「……それは」
この場の面々は、一番肝心なことを忘れていた。
最短の道を想像しようとして、余りにも多くの容疑者がいすぎたせいで……逆算をしようとして、失敗した。
「サイモン閣下には、娘さまがいらっしゃって……王族の男子と結婚していまして……もしもお孫が生まれていれば」
もうこの時点で、全員の背筋が凍っていた。
「……私が死ねば、そのお孫が次の王位継承者になります」
戦争のことで頭がいっぱいになっていた彼女を、誰が咎められるだろうか。
彼女だけではなく、遭難者全員の失敗である。
そして救助した者たちは思う。
(なんでそんな人に手紙を?!)
もちろん、この想像が真実であるという保証はない。
だがしかし、戦争を引き起こすことが動機であることと、王位継承権を得ることが動機であれば、決定的に違ってしまうことがある。
子供だ。
ゴーとホウシュンは、高確率で殺されるだろう。
だがもしかしたら、その子供は、女王の孫は、生きることが許されるかもしれない。
もしかしたらその女王は、自分の孫を次の後継者にするかもしれない。
ありえないとは、誰も言えない。
そしてそれは、自分の手で排除するに余りある理由だ。
「手紙に、子供ができたことは書きましたか」
「……はい」
「……そうですか」
その手紙を読んでいるかはともかく、察しはするだろう。
なにせ七年だ、この真面目な二人も実行してしまった。
それを確かめるかどうかはともかく……とりあえず殺しておこう、と思うに値する。
「わた……」
「手紙に!」
私が悪い、といいかけた彼女へ、蛇太郎が叫んだ。
「手紙に子供ができたと書いたのは悪ではない!」
怒っていた。
蛇太郎は明らかに尋常ならざる顔になり、怒りをあらわにしていた。
「書くべきだ! 自分の罪を認めたんだ! それが悪であるわけがない!」
英雄と呼ばれる男の、その胆力。
荒々しい気性に、子供たちは震えた。
整列も何もかも忘れて、大人にしがみつく、親にしがみつく。
男たちは、怯える子供を安心させるためではなく、別の理由で抱きしめていた。
「やれやれ、子供を怖がらせるな、蛇太郎。子供は宝だぞ」
狼太郎は重々しい言葉遣いをしていた。
いいや、大人びたことを言いつつも、とても雰囲気が重い。
まるで戦う前のようだ。
「ゴーさん、ホウシュンさん。部下と子供を連れて客車へ行け、いいな」
こくりと頷き、子供を抱えた大人たちは慌てて貨物車両から出ていく。
「偶々漂流したお姫様を助けたら、王位継承権争いに巻き込まれた、か」
兎太郎は軽口をたたくが、決して目は笑っていない。
まるで徒競走でもするかのように、体を動かし始めている。
「こりゃあ出来過ぎだ、映画化決定だな」
誰も彼もが、もう緊張していた。
全員の背筋に、冷たいものが走っていたのだ。
もしかしたら、そうかもしれない。
ただの妄想、推論の段階である。
まだ会ってもいない大将軍チンケイサイが首謀者の可能性だってある、少なくとも大将軍サイモンを犯人と決めつけるのは余りにも不当だ。
だが、ああ、だが。
寒い、背筋が凍る。
死地を越えてここに立つ英雄たちは、その仲間たちは、状況を把握してしまった。
今自分たちは、カセイ兵器よりも強い上で、王位簒奪をもくろむ男へ、その思惑がつぶれる手紙を届けてしまったのだ。
その、凍り付くほどの予感が証拠だった。
もう誰も、推理も妄想もしていない。
『警告、警告』
もうすでに、戦いは始まっている。
『測定不能の高エネルギーが、こちらに接近しています。サイズは人型、3m級です』
その裏付けが、放送として流れてきた。
「……ちょうどいい」
英雄たちは、英雄に立ち向かう。
「殺す」
※
苦々しいと毒づきながらも、排除しなければならぬ者がいる。
関係ないと思いながらも、守らなければならぬ者がいる。
南万を流れる大河、セイカ。
その河口沖で停泊していた長い列車が、轟音とともに変形し、人の形に転じる。
余りにも大きな巨人の周囲を、十にも満たない小さな光が旋回している。
その異質な威容は、まさに臨戦態勢。
強大な敵に対抗するために、全力で立ち向かおうとする戦士の姿であった。
戻ってきました、沙汰は受けます、お待ちしています。
そんな手紙を出した者たちにしては、余りにも物々しい。
はっきり言って、これだけ見れば罠と思われても不思議ではない。
だが、それに呼ばれてきた者は、まったくそれを罠と思わなかった。
自分自身で何をしに来たのかわかっているので、相手がそれを読み取っただけだと理解していた。
つまり殺気が漏れ過ぎていただけだろう。
だが予定に何の変更も生じない。戦わない選択肢も、見逃す選択肢もない。
やらなければ、大望が果たせなくなってしまう。
「なるほど、あの姫はずいぶん遠くまで流されたらしい。こんな連中に拾われるとは……運が太いのか。いや、私の運が悪いのかもしれないな」
大将軍サイモンは、当然のように海の上に立っていた。
圧倒的な存在感を持つ彼は、それを前面に押し出している。
それは威嚇ではない、ただ戦いを前に昂っているだけである。
「さて……もうわかっているだろうから、はっきり言っておく」
サイモンは、最初で最後の交渉を行った。
「私は南万国大将軍、サイモンという」
叫んだわけではない、怒鳴ったわけではない、吠えたわけでもない。
音声属性によるものではない、ただ威厳に乗せた声。
それが三人の英雄と、八体のモンスターの心に届いていた。
「お前達を皆殺しに来た」
よく言えば、話が通じる相手だった。
悪く言えば、交渉の成立しない相手だった。
その相手から、英雄たちは邪悪を感じ取った。
この男は、私欲のためにここに来たのだ。
ビジネスにおける彼がどれだけ真摯だったとしても、そのプライべートはどこまでも自分勝手だった。
「そうか、じゃあわからないから聞かせろ」
狼太郎は問う。
「今沖の方に向かって逃げている車両の中に……男と女と子供がいる。それを殺しに来たのは、女王様の命令か? それともお前の意思か」
場合によっては見捨てていた、国家の利益に反する存在について問う。
「国家の判断なら差し出してやるよ、当人たちも納得済みだからな。だが自分の判断だってんなら、全力で守る!」
拡大された機械の音声が、その海域に響いていた。
「決まっている……私の意思だ!」
「上等だ……じゃあ俺達も俺達の意思で、お前をぶっ殺してやるよ!」
初めて出会っただけで、特に因縁も怨恨もない。
だが一つの島で寄り添っていた家族を、自分の利益のために殺したい者がいて、それを許せぬ者がいる。
あるものは共感によって、ある者はモラルによって、ある者は激怒によって。
野心溢れる英雄を迎え撃つ。
つまりは……義によって、三人の英雄は立ちふさがった。




