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他人ごと

 軟体動物型最強種ノットブレイカー、および魚類型最強種テラーマウス。

 これらのモンスターは、尋常ならざる生態を持ち、それ故にナイル一行を大いに苦しめたが……。


 しかしこの二大捕食者は、だからこそリヴァイアサンを恐れる。

 この二体がどれだけ強くとも、ハラワタの内側から食われればただで済むわけもない。

 仮に五分と五分の状況で遭遇しても、むしろノットブレイカーとテラーマウスの方が逃げるだろう。


 わんさかといる、数えきれないほどの敵がいる上で、一体でも噛みつかれれば、そのまま詰みである。

 捕食と突撃しか攻撃手段がないこの二種では、それこそ逃げるしかないのだ。


 だが広域へ遠距離攻撃が可能な三人の英雄たちにとっては、むしろありがたい敵だったともいえるだろう。

 もちろんその量と危険性は厄介だったが、EOSがある以上対処は可能だった。


 そしてその光景を、食堂車に乗っていた者たちは見届けていた。

 話には聞いていたが、本当にAランク上位モンスターを倒したのである。

 それも、到底想像できない手段で。


「……彼らもまた英雄ということか」


 異郷の英雄は、ただの事実としてその証を示した。

 海の王者、その一角は完全に駆除されたのである。


 程なくして、後方車両と戦闘車両は再度連結し、その海域を後にした。

 もうリヴァイアサンは死滅したが、それが撒き餌になって再度モンスターが寄ってきかねなかったのである。

 何よりも寄生虫の死骸という、途方もない異臭が酷くて……とにかくさっさと離れたかったのだ。


 ナイルはその自己修復機能によって気密を回復した後、海中へ潜航しその車体に染みついた体液をはがし……。

 その後浮上し、なんとか窮地を脱し切ったのだった。


「まったく、あんなに元気なら寄生なんぞしなくても十分やっていけるだろうに」

「いや~~……なんつうかこう、おぞましかったっすねえ。こう、がっつりと……モンスターを退治した感があったな!」

(メンタルが強い……)


 英雄とその仲間たちは、武装を解いて食堂車両へ戻ってきた。

 一人も、一体も欠けることなく、海の化け物に勝って帰還したのである。


「お客人、怖がらせて申し訳なかったな。もっと早い段階で逃げておけば、そもそも襲われずに済んだんだが」


 狼太郎は、自分の不手際を詫びた。

 結局のところ、モンスターの群れを見物していたことが諸悪の根源である。

 リヴァイアサンにしても、ただ単に生物として当然の行動をしていただけで、そこに悪意など一切ない。

 むしろ関わってしまった、ナイル一行の側に問題があるだろう。


 もちろん、無抵抗で食われるべきだった、という意味ではない。

 早く逃げておけばゴーたちを危ない目に遭わせずに済んだのだ。

 彼女はそれを詫びているのである。


「い、いえ……」


 ゴーはそれを咎めなかった。

 むしろ自分に非があるとさえ思っていたのだ。

 央土や南万の者たちはリヴァイアサンのことを知っていたのだから、先にそれを注意しておくべきだったのである。

 それを怠った自分たちにこそ、非があると思っていたのだ。


 だがそれはそれとして、狼太郎に対しては警戒をせざるを得なかった。

 他の面々はともかく、彼女の真の姿に対しては既知だったからだ。


「失礼ですが、狼太郎様……貴女はもしや、悪魔ですか」

「……ん、ああ、そうだな、警戒して当然か」


 言葉を慎重に選んでいるゴーに対して、狼太郎は理解を示した。

 魔王がこの世界から来たのなら、この世界にも悪魔はいて当然である。

 ならば、何よりも自分を恐れて不思議ではない。


「先にはっきり言っておく、俺はお前達を呪わない。誓っておくぞ」


 だからこそ、エチケットとして最初に言い切った。

 これを悪魔は言いたがらないが、だからこそ重みがあるのだ。


 それを聞いて、ゴーやホウシュンたちは、ほっと一息つく。

 どのみち抵抗などできるものではないが、呪われるのは嫌だったのだ。

 むしろそれぐらい警戒しないと、悪魔は却って怒るというし。


「そのうえで……まあ隠す意味もないから俺の正体を教えておこう。その方が怖くないだろう」


 少年の姿だった狼太郎は、するりと手足を伸ばしていく。

 性差のない子供の姿から、余りにも女性的な姿へ。

 この世界の住人の基準では背が低すぎるが、それでも絶世の美女へと変身していた。


「俺は悪魔の亜種であるサキュバスと、合体している身の上だ。つまりこれが俺の真の姿というわけだな」


 元々大人のような態度を隠そうともしていなかった狼太郎だが、その姿になるとなんともマッチしている。

 これが本当の姿というのも、納得できる振る舞いであった。


「悪魔憑きのようなものですか?」

「お前の言う悪魔憑きとは違う気もするが、とにかく悪魔みたいなものであることは事実だ。不安になったならお前達の前に出ないようにするが?」

「……いえ、これは貴女の船です。我らへこれ以上の配慮など求められません」

「真面目だなあ……俺はそこまで気にしてないんだが」


 脱出不能の密室で、悪魔が一緒にいる。

 それはなんとも恐ろしいことであるが、それは今更である。


「改めて理解いたしました。私もそれなりに強いつもりですし、配下も精鋭のつもりですが……総出でも貴方達一人にさえ敵わない」


 女官や戦士たちへ伝わるように、はっきりと言い切る。

 ここまで戦力差があれば、疑う意味がない。それこそ相手の厚意にすがるよりほかに、一切の選択肢がないのだから。


(そうでもないけどね……私たちはともかく、兎太郎君のところはきついでしょ)


 あえて騒ぐ必要もないので、インダスはその『勘違い』を指摘しなかった。

 ちらりと兎太郎の仲間を見れば、顔を引きつらせて青ざめている。


 戦火を潜り抜けてきた狼太郎の仲間は、キンセイ兵器がなくともゴーと一対一でも互角に戦える。

 だが兎太郎の仲間たちは、文明の利器がなければ『一般人』である。

 この世界の住人と同じ程度には強いのだろうが、ゴーはおろかピンイン率いるキョウショウ族にも大きく劣る。

 鍛えればそれなりには強くなるだろうが、現時点ではCランクモンスター一体にさえ食い殺されるに違いない。


 よってゴーの解釈はずれているのだが、それを聞いてしめしめと思う程、彼女達は邪悪ではない。

 むしろ勘違いされていることに罪悪感を覚えていた。とはいえ、訂正するとそれはそれで怖いのだが。


(勝てると思われたら、襲われるかも……!)


 別に、長々と一緒に暮らすわけではない。

 ごく短い期間同行するだけなのだから、対等ではなく上下関係があっても問題ではないだろう。

 まあ要するに我が身可愛さで、黙ることにした。騙すようで悪い気もするが、未知に警戒するのは彼女たちも同じである。


「黙ってて悪かったな、驚いただろ」

「いえ……偶々船に乗せた者へ、そこまで説明する義理はないでしょう。咎める気などありません」

「真面目だな、お前は、所帯持ちじゃなかったら、それこそ口説いていたところだ」


 普段から彼女と付き合いのある面々は、それが冗談であると理解していた。

 普段の彼女なら、隠そうとして隠し切れなかったはずである。


「安心しな、所帯持ちと子供は俺も興味がない。あと七年生きてりゃ危なかったけどな」

(それは結構危険域を攻めているな……)


 この世界の倫理観にも依るし、人種による成長の違いにも依るが、蛇太郎の価値観としては結構危ないところである。

 この狼太郎、長く生きていて価値観がどうなっているのか怪しいところだった。


「ナイル、全員にミルク……じゃなかった、水を。ちょっと温めでな」

『了解しました』


 戦闘中と違って、ほとんど揺れない車内。

 世にもおぞましい怪物に襲われた一行は、一息を入れるために喉を潤していた。

 緊張しきっていた体には、冷え切った水は却って毒だろう。ぬるま湯程度の真水は、するりと体に入ってきた。


 体の緊張がほぐれれば、心の緊張も解けるという物。

 先ほど幽霊か悪魔のようだった者たちも、よくよく考えれば寄生虫よりも大分マシ。

 酒ではなく白湯によって心はほぐれ、再びくつろぎが食堂車に満ちていた。


「いやしっかしまあ……さっきのは凄かったな。アレ……リヴァイアサンだっけ? 寄生虫ってレベルじゃなかったぜ」

「ええ。リヴァイアサンはAランク上位モンスター……最強の一角です」

「……あのデカくなる鮫と飛んでくるイカもそうなんだったか」

「はい。テラーマウスもノットブレイカーも、最強の一角です。とはいえ、リヴァイアサンはその二体の天敵ですが」


 もっと早く言っておくべきだった、そう後悔しているゴーは、兎太郎の問いにつらつらと答える。

 狼太郎たちならBランク程度はどうとでもできるだろうが、Aランク上位ぐらいはちゃんと説明しておくべきだと判断した。


(勝ちはしたが……余裕ではなかったからな。やはり説明をしておくべきだろう)


 せめてもの誠意として、情報を明かすことにする。

 元々時間はあるし、有効活用するべきだと考える。


「確かにな……あの寄生虫がうじゃうじゃと入ってきたら、鮫もイカもどうにもならないか。じゃあこの海で一番強いのはリヴァイアサンなのか」

「いえ……他でもない、私たちが暮らしていた場所……ストーンバルーンや、マリンナインはリヴァイアサンの天敵です」

「マリンナインはよくわからんけども……あのサンゴがどうやって寄生虫に勝つんだよ」


 兎太郎の率直な疑問は、まったくもって正論であった。

 確かにあの寄生虫も、サンゴ礁には寄生できまい。

 寄生できたとしても、食べて栄養にする、というのは無理そうだった。


 だがそれはそれとして、天敵というのはよくわからない。

 あのサンゴに、なにか秘密でもあるというのか。


「なに、リヴァイアサンに襲われそうになったら、変形して襲い掛かるの?」

「いえ、そんなことはないのです。あのサンゴは、そのままほとんど動きません。ですが……リヴァイアサンは勝手に自滅するのです」


 Aランク上位モンスターは、共通して知性が低い。

 最強種であるからこそ、知性などなくても不自由がないのだろう。

 だがそれは、時として判断を誤る、ということでもあった。


「実物をご覧になったのなら分かるでしょうが……あのリヴァイアサンの群れでも、ストーンバルーンの前では大山とミミズです。力の限り暴れまわったとして、海面の上を壊すのがやっとでしょう」

「それはそうだろうけど、食うところもないだろうし、次のところへ行くんじゃないか?」

「いえ……リヴァイアサンはそうした知恵がないのです。とにかく近くのモンスターへ襲い掛かって攻撃するので、無駄だと分からないのですよ」


 所詮は寄生虫である。

 相手がモンスターであると認識すれば、無駄だと分からぬままに襲い掛かる。

 相手が無抵抗ならば、なおのことだ。


「そのうえ、リヴァイアサンの成体の寿命は短いそうです。成体になればその日の夜までに死んでしまうとか……」

「まあ寿命長くても困るけども、そういうところだけは下等生物だな……」

「もちろん死ぬまでに、モンスターの死体へ産卵するのですが……これをストーンバルーンにしてしまった場合、大問題があるのです」


 さて、モンスターは魔境から離れられない。

 瘴気の存在を知らずとも、それは経験則として知られていることだった。


「フェニックスやマリンナインと同じく、ストーンバルーンは魔境にいないのです。よって近くにモンスターが通りかかり、その卵を食べるということはなく……そのうち卵も死んでしまうとか」


 リヴァイアサンの生態は、ストーンバルーンとかみ合わせが悪すぎる。

 寄生虫型モンスターであるリヴァイアサンの卵は、モンスターに食べてもらわないといけない。

 だが魔境の近くにいないストーンバルーンに植え付けても、モンスターが近づいてくれないのだ。


 つまり運悪くストーンバルーンを見つけてしまったリヴァイアサンは、到底倒しきれない巨体へ力尽きるまで無駄な労力を支払い、孵化する見込みのない産卵をするしかなくなるのだ。

 まさに自滅である。


「へえ~~……別に食べるわけじゃないのか」


 ストーンバルーンは、魔境の近くにいない。

 それは漂流した人間にとっては都合のいいことだが、リヴァイアサンや他のモンスターにとってはとても都合が悪いことのようだ。


「ええ……聞いたところでは、ストーンバルーンの体を調べれば、干からびたリヴァイアサンの卵が見つかることもあるとか……探す気はありませんでしたが」

「面白い話だな~~……他にもあります? そういうの」

「ええ……では、とっておきを」


 普段は多弁ではないゴーは、兎太郎たちへ報いるべく、身内の恥をさらすことにした。

 公然の秘密という奴なので、遠慮なく教えられるのである。


「海にも多くの魔境があり、多くのモンスターが生息しているように、陸にも魔境とモンスターがいます。その中にはAランク上位モンスターが大量にいる魔境というのがありまして……」

「へ~~……じゃあ誰も近づかないな」

「近くに大きな街があります」

「……馬鹿じゃねえの?」


 素で驚いた兎太郎は、思わず呆れていた。

 冗談としか思えない話だが、ゴーが真面目に言っているので信じるしかなかった。

 だがだからこそ、笑うに笑えない、信じられない事実だった。


「ゴー様……そんなところがあるなんて、私は聞いたことがありません。本当なのですか?」

「ホウシュン殿……貴女が知らないのも無理はない。ですが近くに有る街はご存じのはず」


 南万の女官たちも驚いているが、ゴーの部下たちにとっても初耳らしく、無言で彼の方を向き聞き入っていた。


「央土第二の大都市……カセイという街です」

「……王都であるカンヨーにも負けないという、あの大都市ですか」

「その大都市の近くに、最大規模の魔境があり……そこには多くの最強種が闊歩しているのですよ」


 知っている者は知っている、特にハンターたちは知っていることだ。

 隠されているわけではなく、ただ知らんぷりをしているところであった。


「よく滅ばねえな、イカや鮫みたいなのがゴロゴロいるんだろ?」

「ええ……なのでその森の前に前線基地を築き、Aランクハンターに常駐していただいて……魔境を出るモンスターを討伐していただいているのですよ」

「……街ごとひっこせばいいのに」


 実際にAランク上位モンスターと複数種類遭遇した面々は、だからこそその街の不安定さに呆れていた。

 兎太郎は呆れを口にできていたが、他の者は口にすることもできないほど呆れていた。


「そうお考えの方もいらっしゃいましたが、大きな街となると簡単にはいかず……Aランクハンター様に、頑張っていただいているのです」

「俺だったら嫌だな~~。その……Aランクハンターの役、絶対やらねえ」


 子細を聞くまでもなく、誰もがその重責にうんざりしていた。

 他人事なので呆れるだけで済むが、当事者になるのはごめんである。


 だがだからこそ、その役を担うものへ、敬意も生じるのだが。


(きっと……素晴らしい人なんだろうな)


 蛇太郎はその英雄に思いをはせる。


(俺と違って……素敵な仲間がいるんだろうな……)


 それを当人が聞けばどう思うか。

 それは遠い先のことである。

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― 新着の感想 ―
[一言] 聞けるぐらい仲良くなれるのが遠いけど会えるのは早かったって展開に逆張りしてみる
[良い点] >リヴァイアサンVSストーンバルーン あれですね、アスファルトの上で干からびてるミミズ お互いの生態の噛み合い具合が面白いですね [一言] >「安心しな、所帯持ちと子供は俺も興味がない。あ…
[一言] シュバルツバルトって知名度低かったんか~(棒 ・・・モンスターの生態よくもまあそこまで調べられるな どんな変態が昔に居たんんだ(明後日の方を見ながら
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