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口は災いの門

 この日使われた、コゴエの大技。

 それは森のすぐそばにある前線基地でも観測できるものだった。


 気象を操り、氷山さえも生み出す。

 それは雪女にして魔王であるコゴエの、本領発揮であった。

 タイカン技を使わずとも、本来これほどの力を持っている。

 とはいえ、それも時間を稼げれば、ではあるのだが。


「あばばば……死ぬかと思った」


 雪は止み、闇は晴れ、森は静寂を取り戻した。

 残ったのはなぎ倒された大量の木々と、巨大を極める氷山だった。

 戦いが終わった後というよりは、台風一過に近かったのかもしれない。


「……終わったみたいでなにより」


 危うく死にかけた狐太郎は、周囲を見渡して戦いが終わったことを確認した。

 正直こんなことができるのを近くに置くこと自体が嫌になるのだが、そういうことは先送りである。


「ササゲ、もう大丈夫みたいだ」

「ええ、そうね……コゴエも張り切ったみたい」


 ベヒモスを蒸発させるアカネの反対である、巨大なムカデを氷漬けにするコゴエ。

 その光景を見上げれば、もはや何が起こったのか考えるまでもない。


 狐太郎は、もうあきらめている。

 しかし他の面々からすれば、もはや仰天という言葉ですら足りない。


 なまじ魔法じみたものが存在する世界だからこそ、これが比較にならない力だと理解できてしまう。

 こんなことが出来るモンスターは、間違いなくAランクの上位だった。


「ご主人様! 大丈夫だった?」

「以前は危うく死んでしまうところでしたが……今はご無事そうで何よりです」

「……お前らの方が大丈夫じゃないだろ!」


 前回死にかけた狐太郎は、厳重な保護と持続的な癒しによって保たれていた。

 魔王から普段の姿にもどったアカネとクツロは、全身に傷を負っている。

 どちらが重傷なのか、議論の余地もないだろう。


「すみません、リァンさん。回復をお願いできますか?」


 二体とも普通に立って歩いているが、見ていてとても痛々しい。

 消耗具合で言えば最初にAランクと戦い終わったときの方が上だが、あの時の見た目は疲れて寝ているだけで、ここまで血が出たことはなかった。

 何もできないことを呪いながら、リァンへ治療を頼む。そしてそのまま、二体をいたわった。


「ああ、もう……お前ら、俺のことを心配している場合じゃないだろ」

「いやあ……こんなの大したことないし……」

「そうですよ、この程度は……」


 駆け寄る狐太郎は、戦った二人を気遣う。

 その心配ぶりに、二体は照れていた。


「あの、リァンさん? もしかして、お疲れですか?」


 回復ができるリァンが二体を治療してくれないので、少しばかり困る狐太郎。

 何もできない分際なので強くは言えないが、出来れば早く治してほしかった。


「違うわよ、ご主人様。コゴエの力に、みんな見入っているだけ」


 優越感に浸り意地悪い顔になりながら、ササゲが現状を説明する。

 他の面々は、目の前の氷山へ未だに見入っていた。


「まあ、そりゃあ……ちょっと待て、コゴエはどうしてる?」


 これだけの氷山を作ったコゴエは、近くにいない。

 魔王になってこれだけの力を使ったのだ、疲労困憊なのではないだろうか。


「コゴエなら、あのでっかい氷の山にいるよ。少し疲れたから、しばらく息を整えるって」

「周りの雪を全部集めて氷を作ったから、あそこ以外に氷がないんですって」

「そうか……それならいいんだが……」


 狐太郎は、氷の山に封じられた大量の百足を改めて見る。

 こんなにも強大な怪物が、少し森に入ったところにいる。

 改めて、前線基地は魔境の蓋だった。


「……残ってくれないかもな、他の人は」


 これだけ怖い思いをしたのだ、残ってくれなくても咎められない。

 他に行き場のある人なら、別の場所に行くのも仕方ない。狐太郎は、それが少しだけ羨ましかった。



 かくて、試験は終わった。

 護衛候補の実力と、この森に住まうモンスターの脅威。そしてAランクハンターたる狐太郎の実力。

 それらを確認できた今、あとは合意が得られるかどうかだった。

 とはいえ、シュバルツバルトで討伐をしたことにより、一団は著しく疲れていた。


 とりあえず前線基地で一泊してから、翌日に返事は持ち越しとなっていた。


『今回は空き家に泊まっていただきますが、正式に護衛となっていただければ家を提供させていただきます』

『お食事に不満はあるでしょうが、後日カセイでも最上の料理を提供いたします』

『空手形ではありません、大公の名にかけて確約いたします! 書面に交わしても構いません!』


 とまあ、リァンの熱いセールストークもあったが、結局寝泊まりは普通の平屋だった。

 もちろん、護衛の依頼を受ければ、本当に大公家がなんとかするだろう。他の誰でもなく大公の娘が言っているのだし、疑う余地はない。

 金で解決できることを、大公が怠るとは思えない。


 きっと、この地にはそれだけの価値があるのだろう。

 普段カセイで暮らしているピンインやキョウショウ族は、改めて前線基地の重要性を理解していた。

 あの大ムカデは、あの森にうじゃうじゃいる。

 ほかにも大量のモンスターが生息し、いつカセイに来てもおかしくないのだ。


 比喩誇張抜きに、この前線基地がなければカセイは崩壊する。


「で、姐さん。まさかここに残るんじゃ?」

「んなわけないだろ」


 興奮冷めやらぬピンインとキョウショウ族は、酒を飲んでも酔いきれなかった。

 後半はよく見えなかったが、とにかく人知を超えた戦いだったのはわかっている。


「あんなののそばで戦えるかい、死んじまうよ」

「そ、そうっすよね!」


 人知を超えた戦いに、関わってはいけない。

 ピンインの判断に、キョウショウ族は安堵していた。


 確かにクツロは格好が良かったのだが、やはり恐れ多い。

 もともと見物に来たのだし、このまま帰れば話は終わる。

 子々孫々まで自慢できる、土産話ができたと思うことにした。


「あんたらには悪かったね……あそこまでバケモンだとは思ってなかったよ」

「そうですよねえ、あの悪魔使いの兄ちゃんでもきつかったですぜ」

「分相応ってもんが大事ですよねえ!」


 仕事は全部命がけ、だからこそ勝算が大事なのだ。

 少しでも安全な仕事をするのが、結果として勝利や成功につながるのだ。

 自分の力量を大きく超えた戦場に身を置くのは、フリーのハンターがやることではない。

 仮にカセイが崩壊しても彼女たちの責任ではないし、とりあえず逃げてしまえばいいのだ。

 命を懸けて守りたいほど、カセイが好きなわけではない。

 もしもそうなら、最初からハンターになっていない。


「で、でも……断る口実の方は?」

「あんたらが怖がって、戦いたがってない、っていえばいいじゃないか。まっとうな理由だろう?」


 キョウショウ族は、ピンインの奴隷ではない。

 彼女に強制されても、普通に断ることが出来るのだ。そんな権利がなくも、ここで働くぐらいなら逃げるだろうが。


「もともと大公様も断ったっていいって言ってたしね」

「い、いいんですかね? 本当に断っちまって」

「機嫌を損ねて、後々面倒になるんじゃあ?」

「逆、逆。大公様は、契約ってもんが分かってるよ。モンスターのことはよく知らないだろうけども、人の心はわかってる」


 酔えない酒を、ピンインはあおった。


「私たちが貴族ならともかく、ただの民間ハンター相手に圧力なんてかけないさ。むしろ私たちを普通に帰して、評判を広げるよ」

「そういうもんですかねえ?」

「そういうもんさ。大公様が私たちをつぶして何の得をする? 少しスッキリするだけだろう? それどころか大損さ、大公様が一番困るのは希望者が一人も出なくなることなんだからね」


 ブゥは『正当な理由』もなしに辞退することは許されなかった。

 それは同様に、大公家も『正当な理由』もなしに処罰できないということである。

 断る口実となる『正当な理由』を、他の家へ与えることになってしまう。


「できれば民間のハンターも候補に入れたい。それは偽らざる本音ってやつさ」


 信頼できる実力者から、多くの応募が欲しい。

 そのためには、負の要素はできるだけ少ない方がいい。


「大公様は馬鹿じゃない、無駄に手間のかかることなんかしないさ」


 やろうと思えば、ピンインたちを証拠も残さずに排除できるだろう。

 しかしそれはそれなりに手間で、特に成果があるわけでもない。


「私たちが、あの鬼神様方の勇壮さを語ってやれば、大公様も満足さ」





「で、どうするんですか?」

「断るよ、怖いし」


 大悪魔セキトは、自分の主へ今後のことを聞いていた。

 どうやら気弱で幼い当主は、この地で戦う気がないらしい。


「そうですか」

「……あのさ、いいの? 僕が怖いからって断っても」

「もう義理は果たしましたし、かまわないのでは?」


 ブゥの父は、ここに来ないと家がつぶされると言っていた。

 その点に関しては、リァンも肯定している。


 もっと言えば、ここに来たとしてもブゥが力を示さなければ、それはそれでつぶされていただろう。

 なにせ大公が招集をかけたのだ、半端な戦力を送る側に問題がある。


 そういう意味では、今回来た四人の魔物使いは、全員が最低のラインを超えたのだろう。

 狐太郎もリァンも、全員に満足していたのだから。


「受けた方が心証もよろしいでしょうが、無理に受けてもモチベーションが保てませんしね」

「……セキトがいいなら、大丈夫か」


 セキトとルゥ家は隷属契約にあるが、利害は一致している。

 いかにセキトの性格が悪いとは言っても、ルゥ家を長く盛り立ててきたのはセキトでもある。

 彼が家をつぶす気なら、いつでもつぶせるのだ。彼の助言は、普通の人間よりも信頼できる。


「すごかったなあ……悪魔の王様」

「ご主人様が一生懸命頑張れば、あの足元には行けますよ」

「足元なんだ……」

「それでも大したものですがね……」


 この前線基地ですら、ブゥよりも強い人間はガイセイ一人である。

 現時点でもそれだけぶっ壊れた力を持っているのだが、それも発展途上。

 まだまだ先に、まだまだ上を目指せる。

 今回ササゲが一時的に力を貸し出したが、鍛錬次第では同等の出力を出せるようになるだろう。


 この世界の人間は屈強だが、個体差は著しい。

 ブゥこそは虎の中で生まれた大虎、生まれながらの大天才だった。


 だが天才だからこそ、その価値が分かっていない。その強さを活かして、何かなそうと思えないのだ。

 彼にしてみれば、そんな無茶をする意味が分からない。無茶をしなくても十分な強さを持っているのだから、当たり前かもしれないが。


「ただ……」

「ただ、なに?」

「明日は、面白いものが見れるかもしれません」

「……それって、嫌なもの?」

「嫌と言えば嫌でしょうねえ」


 大悪魔セキトは人間をよく知っている、この世界の人間を知っている。

 だからこそ、翌日なにが起きるのか。すでにだいたい悟っていた。


「これは守った方がいい助言です。断るのはいいですが、最後に断った方がいいですよ」



 かくて、夜は明けた。

 昨日に森へ突入した面々は、取り合えず役場の応接室に集まった。

 急かすわけではないが、狐太郎もリァンも暇ではない。というか、電話やネットといった便利なものがない以上、合意が得られるかどうかだけははっきりさせなければならなかった。


 そもそも断っていい、と言ってきてもらったのだ。

 今更判断に迷う方がどうかしている。


 昨日同様に、狐太郎とリァンは面接をする側に立ち、二人の背後には四体が並んでいた。

 とはいえ昨日ほどに緊張はなく、魔物使いの四人はきちんと狐太郎たちを見ていた。

 当たり前だが、四人の顔色はそれぞれである。


(機嫌が悪そうなのはケイさんだけで、他の三人は上機嫌そうだけども……上機嫌と言っても色々あるしなあ……)


 そんな四人の顔を見ている狐太郎は、あまり期待していなかった。

 昨日はあれだけ怖い思いをしたのだ、断られても不思議ではない。正直、全滅も覚悟している。


 ともあれ、ケイだけはやたらと不機嫌だった。

 他の三人は緩く笑っているが、おそらく面接スマイルであろう。

 狐太郎には、それを見分ける技術はない。


「では皆さん、昨日はお疲れさまでした」


 そして、進行をするのは大公代理であるリァンである。

 彼女は相変わらずニコニコと笑って、円滑に面接を進めていた。


「昨日はシュバルツバルトという危険地帯へ同行していただき、ありがとうございます。皆様の力量、経験、技術、どれも素晴らしい物でした。父である大公にも、皆さんが紹介に値したと報告させていただきます」


 もうここまでで、義理は通したと彼女は言い切る。

 ここから先は、各々の判断だった。


「私どもとしては、皆さん全員に護衛を引き受けて欲しいと願っています。いかがでしょうか、皆さまのご意志をお聞かせください」


 緊張の一瞬である。

 できるだけ落胆しないように、狐太郎は心の中で予防線を引いておく。

 ただやはり、期待はしてしまうわけで……。


「受けさせていただきます」


 了承してもらえると、飛びあがりそうになるほど嬉しかった。


「このランリ・ガオ、狐太郎様の護衛として務めさせていただきます」


 風の精霊使い、ランリ・ガオ。

 彼はいの一番に、承諾の返事をしていた。


 それを聞いて、無関係なはずのブゥは驚いていた。

 まさか受けるものが出るとは、思ってもいなかったのだ。


 確かにランリは、来る道では自信満々だった。

 だが森に入ってからは、その自信が折れたはずだった。


「精霊学部の地位向上のためにも、全力を尽くします!」


 一方で、ピンインはさほど驚かなかった。

 若いのだから、それぐらいの無茶をすることもあるだろう。

 なによりも、彼女には何の関係もない。


「そうですか、ありがとうございます!」


 リァンは、もちろん喜んでいた。

 彼の広域感知があれば、それだけで奇襲はほとんど防げる。

 ある意味では、一番欲しい人材だった。


「……」


 ケイは、黙って聞いていた。

 相変わらず、不機嫌そうである。


(いやあ、よかった……これで俺も、一安心だ)

「ただし、条件を付けたいのです」


 部屋の中の空気が喜びに染まる中で、ランリの野心が輝いていた。


「どうか、僕にコゴエさんを預けてくれませんか!」

「……はぁ?」


 たいていの条件は受け入れるはずだった。

 しかし、それを聞いて部屋の中の空気が明らかに変わった。

 それだけ、意外なことだったのである。


(コゴエを、預ける? どういう意味だ?)


 あまりにも唐突な発言に、狐太郎はしばらく硬直してしまっていた。

 それは彼の背後に控える四体も同じだった。


「そ、それはどういう意味ですか?」


 やや慌てて、リァンが問う。

 狐太郎は一応魔物使いである、その魔物を預かるとは穏やかではない。


「僕は風の精霊使いですが、氷の精霊が使えないわけではありません。コゴエさん一人で戦うよりも、僕が同調したほうが戦力になります!」


 ランリの目には、昨日の氷山が焼き付いていた。

 と同時に、ササゲから一時的に力を借りていた、ブゥのことも焼き付いている。


「それに、僕もAランクのモンスターから力を借りられれば……もっとお力になれます! そう、昨日のブゥ君のように!」

「し、失礼ですよ! 訂正してください、ランリさん!」


 興奮気味のランリを、あわててリァンが止める。

 なんとか彼自身に訂正させようとするが、最高の精霊と契約できる機会は逃せなかった。


「僕は本気です! 絶対に、絶対に、後悔はさせません!」


 自分はいい提案をしている、という確信があった。

 それに対して、狐太郎も四体も、反応できなかった。

 拒否されなかったからこそ、ランリはより売り込んでいく。


 そして……。


「そうしたほうが良いのではないですか?」


 目をふせたまま、ケイがランリに賛同していた。


「ケイさん! ありがとうございます!」

「ケイ、何を言っているの?!」


 ケイの言葉を聞いて、ランリは喜んでいた。

 しかしリァンにしてみれば、同調する意味が分からなかった。

 なぜそんなことを、彼女が言うのか。まったくもって、理解できない。


「……ねえリァン、貴女は昔Aランクのハンターになって、前線基地で戦いたいと言っていたわよね?」

「今は、そんな昔話をしている場合じゃ……」

「大事なことよ!」


 蓋をしていた激情が溢れる。

 椅子から立ち上がったケイは、怒りに燃えた目でリァンをにらむ。


「……ええ、確かにそうだったわ。でも、私には……治癒の力しかなかった」

「だから諦めた、あれだけ一生懸命頑張っていたのにね」

「それは、仕方がなかったのよ。だから夢をかなえた、貴女のことを尊敬して……」

「ええ、貴女が諦めたことは、仕方がないわ」


 リァンの隣に座る、狐太郎を指さす。


「でもね、この男が弱いのはどうなのよ!」


 まったくもって、何もできない、何もしない、何もしてこなかった、何もしようとしない男を指さした。


「弱いのは仕方がない、虚弱なのも仕方がない! でもね、この男はそれを補うために何かしたの?! 昨日はモンスターたちが勝手に判断して勝手に行動していた、その男自身は魔物使いらしいことは何もしなかったじゃない!」


 狐太郎も、一時は努力をしようと思った。

 しかしササゲに無意味だからと止められて、力を測定したら何もできないと確認できてしまった。


 その程度で、実際に何もしないままだったのだ。

 才能がないことを言い訳に、努力さえ放棄したのだ。


「でも、それはちゃんと書面に書いてあったじゃない、お父様と一緒に私も確認をしたわ」

「ここまで何もできない、なにかしようともしないなんて思っていなかった!」


 叫ぶケイの目には、涙さえ浮かんでいる。

 自分は必死になって努力をした、とてもつらい日々だった。

 しかし目の前にいる男は、努力を全くせずに自分以上の竜を従えている。

 彼女にしてみれば、許しがたい理不尽だった。


「この男に、Aランクハンターの資格なんてない! 私は、この男を認めない!」


 彼女は正しく努力をした、それ故に糾弾する。

 何の努力もせずに、Aランクハンターという最上級の地位を得た者を否定する。


「Aランクのハンターの地位は! 決して金で買えないもの、買ってはいけないもの! モンスターに、護衛に守られているだけの男が、Aランクハンターになっていいわけがない!」


 ケイはリァンに背を向けた。

 まったく己を高めようとしない男へこびへつらう、かつての友から視線をきった。


「強大な力を持ちながら何も努力をしないのなら、努力をしている者に預けるべき。せめて、そうするのが筋というものよ」

「まって、ケイ!」


 リァンは叫んだ。

 幼いころから友人だった、夢をかなえた友人を呼び止めようとする。


「お願い、待って!」

「待たないわ……私は、何も間違っていない。その男をAランクに認定した大公様のことも、貴女のことも許せない」


 Aランクハンターとは、伝説の勇者である。

 余人とは比べ物にならない才能を持ったうえで、余人以上の鍛錬を積んだ者だけが与えられる称号。

 それを汚した父娘を、ケイは軽蔑していた。


「……わかったわ」


 リァンは、それを感じ取った。

 もうケイを止めることはできないのだと、理解してしまった。


「死ね」


 殺すことにした。


「え?」


 冷えた声に驚いたケイが振り向くと、そこには巨大な長机を軽々と掲げているリァンがいた。

 面接のために書類を置いていた重厚な長机を、リァンは両手で持ち上げて振りかぶっていた。


「え?」


 自分の隣に座っていたリァンが、目の前の重そうな机をいきなり持ち上げたことに、狐太郎も四体も目をむいていた。


「ひ、ひぃいいい!」


 ピンインの判断は早かった。

 椅子を蹴飛ばしながら、部屋から逃げていく。


「逃げましょう、ご主人様」

「え、え、え?!」


 突如現れたセキトは、ブゥを抱えてピンインに続いた。


「は?」


 椅子に座っていたランリは、何が何だかわからずに机をつかんで振りかぶっているリァンを茫然と見ていることしかできなかった。


「~~~~~!」


 無防備なケイの頭に、重厚な机を叩きつけるリァン。

 ケイは頭部を強打されたことにより、大量に出血していた。顔の一部がへこみ、首が不気味に曲がっていて、明らかに致命的な骨折をしている。


(殺人事件だ……!)


 狐太郎も四体も、この世界で人が死ぬところを見たのは初めてである。

 ましてや人間が人間を殺したのだ、驚くのも無理はない。


 先ほどまでケイが何を言っていたのかさえ、頭から消えていた。

 なぜリァンはケイを殴り殺したのか、さっぱりわからない。


「次はお前だ」

「え、ひ、ひぃ!」


 リァンが示した次の標的は、ランリだった。

 返り血を浴びて赤くなっているリァンが殺意を向けてきたことにより、ランリはとっさに攻撃をしてしまう。


 風の精霊が渦巻き、リァンの体を切り裂こうとした。

 だが……。


「そこを、動くな」


 体形がわからないほどに飾りの多い、ふわふわとした服がちぎれる。

 しかし、切り裂かれたのは服だけだった。

 露わになったのは、深窓の令嬢の艶やかな体ではない。

 クツロ同様に鍛え上げられた鋼の筋肉だった。


「ふんっ!」


 屈強な肉体をみせた彼女は、その外見を裏切ることなく机を振りかぶり、そのまま再度たたきつける。

 精霊使いではあっても屈強ではないランリは、それを受けられるわけもなかった。


(連続殺人事件だ……!)


 大公の娘リァン自身が、紹介していた護衛候補たちよりもさらに強いとは思っていなかった。

 こんなにも鍛え上げられた肉体を持ちながら、淑女としてふるまっていたことにも驚きを隠せなかった。

 なによりも、躊躇なく人を殺せるとは思っていなかった。


 狐太郎も四体も、面接室で殺人事件が起こったことに頭がついて行かなかった。

 なぜ二人は、殺されなければならなかったのだろうか。

 なぜ二人も、殺すことになってしまったのだろうか。


「狐太郎様」


 返り血を浴びているリァンは、泣きそうな顔をしていた。

 その顔だけは、とても可憐な乙女だった。

 太い首を含めて、それ以外は乙女ではなく女戦士だったが。


「は、はいっ!」


 連続殺人鬼に話しかけられて、狐太郎は思わず声が上ずる。


「申し訳ありません、こんなゴミどもを紹介してしまったことは私どもの落ち度です」

(俺に謝ってどうするんだ?! っていうか、謝るところ、そこなのか?!)

「殺してお詫びいたしました」

(お詫びになっていない!)


 狐太郎も四体も、正直ケイやランリに腹を立てていた。

 しかしだからと言って、いきなり机で殴り殺されるほどの悪人とは思えなかった。

 むしろ、目の前で人が殺されたことの方が、よほどどうかと思っている。


「もちろん、この程度で償えたとは思っていません」

(いや……殺人の罪を償うべきなのでは?!)

「このゴミどもを推薦してきた者たちにも、しかるべき報いを受けさせますので!」


 大公の代理は、友を殺したことによる涙を振り払って、決然と謝罪していた。


(……い、意味が分からない)


 狐太郎と四体は、価値観の相違に苦しんでいた。

 なお、二人は苦しむ間もなく死んでいた。

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― 新着の感想 ―
姫様があまりにも最高過ぎてこんなコメントしか書けない(笑) 前日までの体験でこんな馬鹿なことしか言えないゴミなんだー、と感心すらしたもの。若いなーで済むはずがない
リァン…恐ろしい サイコパス過ぎる
[良い点] 更新を機に読み返し中ですがやっぱこのシーンは最高すぎる! ずっとニヤニヤしながら読んじゃう!
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