ファーストコンタクト
今回の戦争で決定打となったのは、南万が和平を申し出たことである。
それによってナタの手が空き、王都へ救援として向かうことができた。
もしも彼が間に合っていなければ、まだ結果はわからなかったかもしれない。
それぐらい、両軍の衝突は互角だったのである。
では南万で何が起きたのか。
三人の英雄たち、彼らが何をしたのか。
事の始まりは、やはり南洋からであった。
※
Aランク上位モンスター、ストーンバルーン。
もちろん最強の一角ではあるが、基本的に無害である。
フェニックスと同様に極めて討伐例がすくなく、航行中の船が座礁する以外で被害が生じることはない。(もちろんその船にとってはたまったものではないが)
もちろん瘴気を必要とするのだが、その消費量が極めて少ない。物凄くゆっくり移動してたまに魔境を通りかかるだけで、十分に瘴気の補充ができるほどだ。
この『たまに』というのが数千年、数万年単位だというのだから、極めて気の長い生物である。
動物ではあるがサンゴであり、動くは動くが遅い。
危険度が低いというのは人間だけではなく、普通の海洋生物にとっても同じなのだが……。
ではなぜ最強種なのか、といえば……他の最強種を殺す力があるからだろう。
このストーンバルーン、同じ海洋の最強種リヴァイアサンの天敵である。
詳しく陳べるにはリヴァイアサンの生態を最初から説明する必要があるため、ここでは省くが……リヴァイアサンはノットブレイカーの天敵であることだけは明記する。
カセイ兵器、最後の勝利者、ナイル。
それに乗り込んでいる三人の英雄と仲間たちは、そのストーンバルーンに遭遇していた。
「でっけえ~~~! これ生きてるの?! 動いてるの?! すげえ異世界じゃん!」
興奮して叫ぶ兎太郎だが、他の面々は叫ぶこともできなかった。
もちろんサンゴ礁の存在は知っており、最終的に島になったサンゴ礁があることも知っている。
だが見上げるほど巨大なサンゴは、それこそ山よりも大きかった。
戦闘連結すれば巨大ロボットになるナイルをして、比較にならない大きさである。
巨大なドーム状になっている、『海面上』に出ているストーンバルーンの上部。
海底から海上まで伸びている胴体部からすれば小さいはずだが、それでも彼らの故郷の『都市』のドームとも比較できるだろう。
『ソナーによって内部構造を確認中……内部へのルートを設定できました。当機でも余裕をもって通行可能です』
「お前が通れるほどのトンネルが自然に形成されているのか?」
『おそらく波の影響かと。複数個所に大きな穴が開いており、中央部には空間も確認できました』
「……スケールのデカい話だな。まさに大自然だ」
本当にスケールの大きい生物である。
その内部へ入ろうとするナイルは、遠くから見れば巨大な岩の隙間に入ろうとする小さな蛇のようだろう。
「なにか、磯の匂いがするけど……」
『既にこの付近は浅瀬となっています。海洋生物にとっての魚礁となっており、海藻の類も確認できました。それによるものでしょう』
ワードックのキクフが鼻を引くつかせると、それに対してナイルの説明が入った。
この移動する、海底まで胴体を伸ばしている『島』は、独自の生態系を構築するに至っているらしい。
ふと窓を開けて空を見れば、そこには海鳥の姿があった。時折海面に飛び込んで、魚をくわえて海上に上がっている。
流石にまったく同じ生物ではないが、懐かしい光景、ありふれた光景だった。
この巨大なモンスターの周囲には、普通の生命が溢れているのだ。
ある意味納得で、ある意味おかしなことだろう。
『ソナーによって、浅瀬の中に人工物らしきものが発見されました。おそらく座礁した船の残骸でしょう』
「……そうだな、浅瀬があるなら座礁しても不思議じゃないか。っておい?! 人工物?!」
ナイルの説明を聞いて、全員が驚いていた。
未だまともな陸地にたどり着いていない一行ではあるが、こんな化物が大量に跋扈する世界で、人工物など信じられなかった。
つまりこの世界には文明が存在して、大海原へ漕ぎ出すほどの船を作れるということである。
「この世界に文明があるのか?!」
『そう推定できます。人類が存在するかは、不明ですが』
このナイルの中には、純粋な人間は二人しかない。それ以外は全員モンスターであり、まったく別の種族ばかりである。
同じ世界でも『人間が作ったのかモンスターが作ったのか』と悩むのだから、まったく新しい世界ではなおのことであった。
『……報告します。このサンゴ礁内部に、構造物と生命体の反応を確認しました。パターンからして、人類に近いです』
「……うわあ」
呆れた声が、モンスターたちの口から漏れた。
例えるのなら、北極でゴキブリを見つけたようなものだろうか。
かっ飛んできてカセイ兵器を撃墜するイカとか、巨大化して呑み込みに来る鮫とか、わけのわからんモンスターのオンパレードの世界なのに、人間は普通に文明を構築しているのである。
人類に従属している者たちは、人類の底知れぬ生命力にうんざりしていた。
もう人類が生息しているというだけで、一気に異世界感が薄れたほどである。
本格SF映画で現れた宇宙人が、ちょっと角の生えた人間だった……みたいな興ざめがあった。
「流石ご主人様の同類ですね、どこでも生きていけます……」
「どういう意味だ、ムイメ」
「そのまんまですよ……多分ハーピーは、この世界にいないと思います。人間と違って繊細なんで」
ハーピーのムイメは、自分の種族が同じ土俵にいないとさえ考えていた。
少なくとも自分は、この世界で繁殖する気など湧かない。
キクフもハチクもイツケも、同じように首を縦に振っていた。
「なんだと!? 褒めてるのかバカにしているのかはっきりしろ! なあ蛇太郎!」
(俺を巻き込まないでほしい……)
悲しいことに、この場で純粋な人間なのは、蛇太郎と兎太郎だけで。
なので兎太郎が人間の仲間を求めれば、蛇太郎しかないわけで。
「まあ落ち着けお前ら。この世界に人間がいるのなら、まずは礼儀正しく挨拶だ! まあ言葉が通じるとは思えないが……友好的にいくぞ!」
狼太郎が、ぱちんと指を鳴らした。
「ナイル、ミルクの準備を!」
『承知しました』
自信満々で牛乳を準備させる狼太郎。
別に悪いとは言わないが、なぜ初手で液体の生ものを渡すのか。
正直に言って、この南の海ではすぐ腐りそうである。
「……あの皆さん、なぜ狼太郎さんはミルクを推すんですか?」
蛇太郎は思わず、狼太郎の仲間三体へ尋ねた。
思えば自分も、初めて会った時に『お近づきの印だ、ミルクをご馳走しよう!』とか言っていた気がする。
当時はありがたかったが、よく考えたら少しおかしい気もした。
「ごめんなさいね、ご主人様はミルクが世界一美味しい飲み物だとおもっているの……」
「善意なのよ、あんまり気にしないで上げて」
「私たちもどうかとは思っているのよ? でも他の人間もモンスターも、そんなに気にしていなかったから、修正もしてこなかったのよね」
「なるほど……」
納得できるような、できないような回答だった。
確かに初対面の相手へ牛乳を奢るというのは、そんなにおかしいことでもない気がする。
蛇太郎の価値観ではお茶かコーヒーなのだが、牛乳が出てきてもちょっと『ん?』と思うだけで普通に飲むはずだ。
まあ文化にも依るだろうが、いきなり怒られるような代物でもあるまい。
「サキュバスとの関係とかあるんでしょうか?」
「さあ? サキュバスは絶滅種だし、私たちも詳しくないし」
「よく聞かれるけど、封印される前の時代は、情報がそんなにオープンじゃなかったのよ」
「生きてたんだから何でも知ってるでしょ、って言われるの、嫌なのよね~~……」
エルフ、ダークエルフ、吸血鬼。
狼太郎の中に入っているサキュバスと、そんなに関係がなかったらしい。
そして蛇太郎自身、自分が生きていた時代のことを、全部知っているわけでもない。
(そういえば長命種にこの手のことを聞くのはマナー違反だったな……)
蛇太郎は軽く頭を下げて謝罪すると、そのまま黙った。
ともあれ、現地人との交流である。
なるほど友好的な方がいいだろう。
あるいは襲われるかもしれないが……まあその時はその時だ。
「さて……」
ナイルの長い車体が、細長いトンネルを走っていく。
内部の広い空間までは、やはり相応の時間がかかり……まるで山の中のトンネルであった。
それこそ、線路のトンネルである。
そこを抜け切ると、開けた場所に出た。
海水が内部にも溜まっているが、その一方で中央には南国の植物が生い茂る『砂の島』があった。
砂浜一帯にマングローブが密集しており、さらに奥には椰子の木や背の低い裸子植物が大量に生えているため、とてもではないが内部までは見えない。
海辺の小さなジャングル、というところだろうか。
だがやはり、人気らしいものもある。
使い古された小舟が数席、マングローブに縄で固定されている。
どうみても壊れておらず、ツタなどで作った網も見えるため、漁業もしているのだろう。
「うひょう~~! 現住民とのファーストコンタクトだな! 俺が一番のりだ!」
「ご主人様が行ったら、人類の恥になるから止めた方がいいと思うわ」
窓から飛び降りて、そのまま泳ぎそうな兎太郎。
そんな彼を、ハチクはがっしりとつかんで止めていた。
やはり力がなければ、名誉は守れないのである。
「やはりここは、年長者であるこの俺が……」
「ご主人様が行ったら、惚れちゃうかもしれないでしょう」
交渉役を買って出そうになった狼太郎を、インダスが止める。
何分一目惚れしやすい気質なので、出来れば話をさせたくないところである。
「……わかりました、では俺が」
英雄の仲間というのは、なんでも言い合える仲なのだろう。
それは結構なのだが、狼太郎も兎太郎も、仲間からの評価が低すぎる。しかも正しい。
蛇太郎はそれに対して複雑な感情を抱きつつ、交渉役を請け負うことにした。
やはり人間がやるのが筋である。
蛇太郎はナイルがマングローブの林に達したところで降り、気根を足場にしながら奥へと向かう。
もちろん他の仲間たちも、ナイル以外は同行してくれていた。
(……参ったな、少し楽しい。兎太郎さんじゃないが、けっこう気分がいいな)
仲間と一緒に冒険している、という感じが出ている。
憧れていたシチュエーションに、蛇太郎は内心笑っていた。
(参ったわ……私も楽しくなってきちゃった……! にやにや笑って、ご主人様と一緒に思われないかしら……!)
なお、オークのイツケも同じように考えていた模様。
とはいえ、誰もが真面目にマングローブの気根を乗り越えて、砂浜に降りる。
そこを越えると、やはり深い森があって……。
「一端そこで止まってもらおうか!」
中から声が聞こえてきた。
それを聞いて、一行は足をとめた。
少し踏むだけで海水がしみだしてくる浅い砂浜で、一行はびっくりして足を止めたのだ。
(なんで言葉が通じるんだ?!)
まさか耳の錯覚では、とさえ思った。
だがそんなことは、森の中にいた者たちにはわからない。
森の中に潜んでいた者たちは、蛇太郎たちが止まったことを確認してから、ゆっくりと出てくる。
「……止まっていただいて、感謝する。こちらには交戦の意思がない、話を聞いていただけるのであれば、まずそうしたい」
森の中から出てきた『人間』を見上げて、ようやく彼らはここが異世界だと理解する。
原住民であろう者たちは、他種族による集団を見ても驚かなかった。
むしろ蛇太郎たちこそが、まるで世間知らずであるかのように、その男たちを見て驚いている。
デカい。背が高く、手足が太い。
ミノタウロスのハチクと変わらぬ体格を持ち、しかもそれが不自然ではない。
それこそ最初からこう言う生物、こういう体格の人種であるかのようだった。
「まず双方の状況を確認し合いたいのだが、よろしいか」
「え、ええ……」
蛇太郎たちは、当然ながら大鬼のような巨体の生物を知っている。
日常的によく出会い、見ても驚くことはない。彼らの規格に合わせた公共施設も慣れたもので、わざわざびっくりすることがない。
だがここまでデカい人間は初めてだ。基本が同じ生き物だと分かるからこそ、この異常さが際立つ。
「まずは名乗らせていただく。私は央土国の軍人、ゴー・ホースと申します」
「……このサンゴ礁の名前が央土というのですか?」
「い、いや違う。勘違いさせて申し訳ないのだが……私たちは、漂着した者だ」
「そうですか、失礼を……私は人呑蛇太郎と申します。諸事情ありまして、同郷の者とあの列車で旅をしており、偶々発見したこのサンゴ礁でいったん休息をと……」
「なるほど……ご丁寧に、ありがとうございます」
深く礼をする、代表であろうゴー・ホース。
彼に合わせる形で、他の屈強な男たちも礼をした。
なるほど、その所作から見ても、完全に軍人である。
「どうやらまったくの無関係同士……だからこそ友情をはぐくめると存じます。互いに名乗り合った以上は、腹を割って話しませんか? 宮殿や戦場ならともかく、この僻地で腹芸など無用でしょう。どうか奥へ……質素ですが、家がありますので」
「ご丁寧にどうもありがとうございます。では上がらせていただきます」
未知の文明同士の接触のわりに、やたらと事務的な会話だった。
それこそ名刺交換でもしそうな勢いである。
「つまんね~~……なんかこう、イベントっぽくないぞ」
「ご主人様、黙ってた方がいいですよ」
拍子抜けしている兎太郎を、ムイメが黙らせた。
やはり事務的な作業にも、能力が必要である。
「あのお兄さん……背が高過ぎる気もするけど、目の毒だな……!」
「ご主人様、いきなり新しい世界に行かないで」
久しぶりに強い人間にあった狼太郎は、ちょっとときめいていた。
一応インダスが黙らせるが、ちょっと怪しいところである。
なぜ言葉が通じるのか。
よくわからないことだが、おかげで状況がスムーズである。
森の奥へ進んでいくと、そこには高床式の木造住宅があった。
おそらく船を解体して作ったのだろう、そう思わせる部位が多く見受けられる。
お世辞にも職人が作ったようには見えないが、その工事に手抜きがあったとは思えなかった。
作ったであろう男たちの、真面目さがうかがえるところであろう。
「……ずいぶんと高床ですね」
「たぶん水位が大きく変わるんじゃないかしら。海底の地形とか、潮の満ち引きとか」
ムイメの疑問に、イツケが応えた。
今はこの辺りに『陸』があるが、場合によってはこの辺りも水没するのかもしれない。
高床式ゆえの見えている柱には、それを匂わせる変色部位が、かなり高いところまで来ている。
「漂流していたって話だけど……ずいぶん立派な家を建てるわね~~」
「人間って、やっぱり最強ね……」
南洋の孤島でも、たくましく生きている。
それを察したチグリスとユーフラテスは、自分達エルフではこうはいかないと理解していた。
人間の持つ環境適応能力の強さに、長命種たちは震撼である。
「素人細工でお恥ずかしい……さあどうぞ」
船の内部にあったであろう階段を、そのまま使っていると思われる、住居へはいる高い階段。
それを登って家の中を見ると、マストを切り取って作ったであろうハンモックが天井からいくつも垂れ下がっている、避難所さながらの家があった。
その家の中には数人の女性が待っており、蛇太郎やゴーたちを平伏して迎えていた。
すこし奇妙なことに、ゴーたちとはまた肌の色が違う。
体格はやはり大きめなのだが、女性と男性で明らかに人種が分かれていた。
一瞬、そういう生き物なのか、とも思った。男女の性差が大きい生物など珍しくない。
しかしほつれている服装を見ても、やはり文化が違うと察せる。
そうしていろいろ考えていると、隅の方で小さい子供たちが見えた。
漂流した先でできた子供ではないか、と思える、船旅に耐えられるとは思えない幼い子供ばかりだった。
「本来なら、茶でも出したいのですが……真水は貴重なので、代わりに椰子の実の果汁を。それから、小さいですが西瓜が少し……」
木の器に入っている、白く濁った果汁。そして蛇太郎たちが知っている品種よりもさらに小さいスイカが、蛇太郎たちの人数分よりも少ない数、並べられていた。
人数分もいきわたらないことを恥じながら、しかしゴーたちはそれを差し出してくれた。
「こ、これは、ありがとうございます」
精いっぱいのもてなしであろう『水分』が出た。
こんな島では真水など雨水ぐらいであろうし、それを溜めこむ手段も多くないだろう。
それを思えば、これらでも相当無理をしているはずだった。
「それなら……三人とも、ミルクをご馳走しろ!」
「おお、獣の乳ですか? 久しぶりです……かたじけない」
(意外と好評だった……!)
狼太郎が持ってこさせた、透明な容器に入れた牛乳を見て、ゴーだけではなく男性も女性も大いに喜んでいる。
それを見てインダスやチグリス、ユーフラテスは……。
(お茶の方が良かったんじゃ?)
やっぱりミルクである必然を疑っていた。
「子供や妻に配ってもよろしいでしょうか?」
「もちろん!」
喜んでもらえて鼻高々な狼太郎は、ゴーの願いを快く受けていた。
さて、幼い子供たちである。彼らは一体、初めての牛乳にどんな反応をするのだろうか。
「お母さま、なに、この白いの」
「牛乳よ、頂いたから飲みなさい。とっても体にいいのよ」
「は~い……」
木の器に入れて、飲んでいく。
そして……。
「……なんか変な味」
微妙だった。
大人たちは嬉しそうに飲んでいるが、子供たちはちょっと不満そうである。
「お水! 雨のお水の方がいい!」
「こ、こら! お客様からもらったものに、なんてことをいうの!」
高床式の家の中には、仕切りらしきものはあっても、ちゃんとした壁はない。
そのため声は丸聞こえである。
「お、お許しください、子供にはまだ早すぎたようで……」
「い、いえ、いいんです……おい、ちょっと真水を持ってこい」
ちょっと傷つきつつも、狼太郎は子供たちの願いをかなえてあげることにしたのだった。
「さ、催促をしたわけではないのです……! 海上で水を受け取るなどできません!」
「いえ、いいんです。どうせろ過すれば作れますから……」
「浄化属性をお持ちなのですか? それは羨ましい……」
「そんなところです」
普段は兎太郎の天然に対して文句ばりばりの彼女だが、流石に幼い子供には優しかった。
そしてそれに恐縮するゴーもまた、とても生真面目と言えるだろう。
「子供ならジュースの方がいいんじゃないか?」
「ご主人様、黙ってて」
なお兎太郎は、自分の仲間に黙らされた模様。




