総括
その人の人間性を測るには、誰を尊敬しているかが一つの指標になるだろう。
これっぽっちも羨ましくない人を尊敬できるのなら、その人はきっとまともに違いない。
その、まともな人間であるピンイン。
近衛兵はすごいな~、と尊敬している一方で、なりたいとは思っていなかった。
だがなった。今の彼女は名誉近衛兵、普通の近衛兵よりも格上で、実質十二魔将に次ぐ地位にいる。
(近衛兵になっちまったよ……)
現在ピンインは、完全にアウェーだった。
先日の裸単騎の時よりも、ずっとずっとアウェーだった。
あの時には、仲間がたくさんいた。一緒に戦ってくれた、心強い仲間たちだ。
粘っていれば、救援も来てくれた。狐太郎も泰然として、足手まといにならなかった。
なのにこの受勲式、味方ゼロである。
おそらくこの世界の人類史上初の『なんか近衛兵になってた』という後悔が心を覆っている。
とても悲しいことに、何も誤解がないのである。
ピンインがそんなに強くないこと、近衛兵に相応しいほどの人物ではないことなど、誰もが知っている。
彼女の仕事ぶりを全員が把握していて、そのうえで勲章を贈ったのだ。
(他の子らは侯爵家様だからいいけど、私はそんなんじゃないんだって……)
受勲を受けた五人は、一人前のクリエイト使い。
とても真剣に努力をして、実力を得た者たちである。
だからこそそれなりの自負があり、同時に身の程を知っている。
まったく努力をしたことのないものが、俺だってやればできるんだぞ、という夢を見ているのとは違う。
実際に自分たちを追い込んで、やれるだけやって、現在の強さにたどり着いたのだ。
自分に秘めた才能があって、それを伸ばせば十二魔将にもなれる……なんてことはない。
良くも悪くも、努力をした凡人にすぎない。本人たちが、それをよくわかっている。
(私たちには、実力も覚悟もない……本物とは違うんだよ……!)
そしてこの場には、本物が集まっている。
その本物たちから本気で称賛されていることが、羞恥に堪えなかった。
「元斉天十二魔将三席ブゥ・ルゥ伯爵。前へ」
「はっ!」
本物の一人。二重の特異体質、悪魔使い、ブゥ・ルゥ。
脇に控えていた彼が、受勲者たちの前に立った。
「同じく末席ノベル、前へ」
「はい」
それに次いで、ノベルも彼の脇に立った。末席ではあるが、その資質はブゥと互角。
ブゥが悪魔と同化しても汚染されないように、ノベルは大地の精霊と一体化しても生命に影響を及ぼされない。
またブゥに強化上限がないように、ノベルには蓄積上限がない。
二人の二重特異体質たちは、すくなからず緊張しているものの、極端な動悸はない。
五人の受勲者たちとは違う、ここにいるべくしているもの。
努力をしたうえで、才能にあふれる者たちだ。
「ブゥ・ルゥ伯爵よ。十二魔将の任は解くが、狐太郎の護衛についてはより一層の精進をせよ」
「承知いたしました」
「ノベルよ、ブゥ・ルゥ伯爵の補佐、よろしく頼む」
「承ってございます」
本来ならノベルは、大王の配下ではない。
だが一時とはいえ十二魔将だったため、その依頼にも快く頷いていた。
「この度の戦争で大任を果たした四冠の狐太郎……彼の護衛として、この者たちを任ずる。では、これにて解散!」
※
南方大将軍、カンシン。
王都に滞在している彼は、もうすぐ南へ戻る予定である。
慰霊や受勲式に参加したことで、後はアッカの西への出陣を見送るだけ。
それが済めばいよいよ王都ともさらば、であった。
(痛ましいことだったが……終わって何よりだ)
大将軍であるカンシンは、当然ながら戦争全体の被害を把握していた。
把握しきれないほど、たくさんの被害が出た、ということを把握したのだ。
人も物も、土地も。どれも壊れに壊れた。
そして得る物と言えば、疲弊した西重の土地と民ぐらいだろう。
それがどれだけ価値があるのか、考えるまでもない。
だがそれでも、負けるよりはましだ。
勝ったという事実、国土が維持された現実。
それに比べれば、相対的にマシである。
(ましてや向かうのは圧巻のアッカ……彼に従うのは王都奪還軍の将軍たち……正直羨ましい編成だな)
カンシンの軍もまた、相応に被害を受けている。
これを立て直すことが彼の仕事だが、当分は難しいだろう。
むしろ多くの兵を一旦解散させ、各地の復興に当たらせる必要があるとさえ踏んでいた。
人員に余裕があるとすれば、被害の大きかった北に向かうだろう。であれば軍の編成は、その地盤となる国家を再建した後である。
(犠牲は忘れられ、栄光だけが後世に残る。私たちの苦しみは残らない……いいことなのだろうな)
カンシンは少しだけ、狐太郎やアッカたちに嫉妬する。
華々しい戦果を挙げた彼らに比べて、自分たちはただ前線を維持することに終始しただけだ。
元々四方の国家を抑える任を帯びていた大将軍でありながら、情けないことである。
そう思っていた時である、彼の元に客が訪れた。
もちろんいきなり現れたわけではない、事前にアポイントメントはとってある。
「失礼します……」
「ああ、楽にしてくれたまえ」
彼は王都奪還軍に参加した、貴族の跡取り息子である。元々従軍しており、今回の戦争でも上級将校だった。
もちろん大将軍であるカンシンからすれば小僧っ子だが、それでも王都奪還軍として戦い、生き残っただけでも会う理由になる。
地獄のような戦火を潜り抜けておいて、大将軍に会うこともできないとしたら。
それはとほうもなく、貴族の若者をゆがめてしまうだろう。
少なくとも彼は、手傷を負っていた。
既に治療を終えているが、体の一部に痕跡がある。
戦った証拠だと、カンシンは見抜いていた。
「この度は慰霊に参加していただき、誠に感謝しております。散っていった友人たちも、きっと喜んでいるでしょう」
「それならいいのだがね……私たちが慰めたところで、呪われるだけかもしれない」
「いえ……少なくとも、私は嬉しかった。広大な央土を守る英雄英傑がそろい、英霊たちを慰めてくれたのですから」
彼の言葉に、嘘はなかった。
おべっかではない。彼は本当に、喪失した友人たちの葬儀を、こうした形にして欲しかったのだろう。
この青年一人を救えたのだ、他にもきっと多くの人が同じことを抱いている。
カンシンは慰霊に参加した意義を確認していた。
「まずは、御礼が言いたく……本題を遅れさせて申し訳ありません」
「いや、いいとも。時間はあるからね」
「では、その御時間を頂きたく……」
その青年は、ずっしりとした書類の束をカンシンの前に置いた。
少々汚れており、清書の形跡がなく、儀礼的に見れば大将軍に渡していいものではない。
だがそんなことで怒るほど、カンシンは馬鹿真面目ではない。彼はそれが何なのか理解して、一つ一つへ目を通し始めた。
「……なるほど、時間が必要そうだな」
「ええ、お願いします」
「うむ」
それは、今回の王都奪還作戦におけるもしも、であった。
王都奪還軍の戦力を、どう動かすかの計画であった。
「……」
もちろんジョーが立案した作戦とは、また別である。
つまり自分ならばこう戦力を動かした、という軍略であった。
カンシンは一つ一つ読んでいく。
それこそ、彼の期待にこたえる形で。
「……拝読させてもらったよ。まだ精査はできないが、それでも目を通した限りで矛盾はなかったと思う」
「ありがとうございます……一応お伺いしますが、まさか『救国の英雄である狐太郎の作戦にケチをつけるとは』とでもおっしゃいますか」
「馬鹿な……軍略に聖域はない。今回の戦争がどんな意義を持っていたとしても、検討する必要はある。そして君の研究は有意義なものだ、私が推薦してもいいほどだよ。もちろん、精査の後でだがね」
「ありがとうございます……名高きカンシン閣下に褒めていただけるなど、光栄の極みです」
「大げさだね……とはいえ、一応君の名前で提出はしておきたまえ。その後で改めて推薦という形でも、問題はないからね」
「お気遣いありがとうございます……」
ここで終われば、何の問題もない。
貴族の上級将校として、大将軍に価値のある戦術の提案をしているだけだ。
推薦を約束してもらえたのだから大成功であり、それだけで価値があるだろう。
だがこれで終わらないことは、カンシンもわかっていた。
彼の目は。喜びではなく怒りに燃えている。
「今回の戦争に、私は不満があります」
仮にも征夷大将軍の指揮する戦争であった。
それへ不満をぶつけるなど、あまり好ましいことではない。
場合によっては、殺されてしまうだろう。
だが戦争の被害者、それも仲間を失った上級将校であれば、それはむしろ甘んじて受けるべきことだ。
「人が……死に過ぎた!」
たった一言だった。
だがその一言だけで、戦争の失敗は言い表せる。
「……閣下、今回の戦争で、事実上の指揮官はジョー・ホースです。彼が現在も西重征伐の軍に、将軍として参加することが許せません!」
彼の怒りは、極めて正当だった。
「奴には十分な時間があった、にもかかわらずかくもずさんな作戦を実行に移した。七人の将軍を確実に始末するためとはいえ……手札を使い過ぎた! その結果が泥仕合です! 無能という他ない!」
彼の考案した戦術は、どれもジョーの実行した戦術よりも優秀だった。
少なくとも、犠牲が少なく済むはずだった。
「私でさえこうも簡単に、奴よりも巧みな策を練ることができました! であれば奴の周囲にいた者たちは、奴よりも無能か、奴が何を言われても聞かなかったか、奴が黙らせていたとしか思えません!」
青年は自分が不世出の天才だとは思っていない。
もっと優れた者がいると知っている。
その上で、その自分でも簡単に上を行く策を練れたことが、彼には腹立たしかった。
「閣下、どうぞ御助力を! せめて将軍職から降ろしたいのです!」
「……」
切なくなる話だ。
彼の言い分はもっともだし、力になってやりたいとも思える。
だがしかし、勘違いは正さなければならない。
「……まず、はっきり言っておく。戦術の検討は今後の研究に活かすためであり、実行したものを引きずり落とすために行うのではない」
だんと、断じた。
議論の余地がないと、カンシンは言い切っていた。
「君がジョー将軍の作戦に不満を持ち、より優れていると思う作戦を出してきても、それはジョー将軍の進退に一切影響を及ぼすことはない。あってはならないことだ」
「……あれだけの被害がでたとしてもですか」
「王都奪還は至上命令だ。それが達成された以上、彼へ文句をつけるなどありえない」
至上命令。
その意味するところは、それさえ達成すれば他はどうでもいいということだ。
犠牲が少ないことにこしたことはないが、勝つことが重要であり、それが達成されたのなら罪にはならない。
罪にならないのなら、罰を下すことはできない。
「……それで、納得できると思いますか」
「できないだろう」
「そうです、できるわけがない!」
だん、と青年は叫んだ。
「あの男は、例の三角攻撃を想いつき、それを実行することが目的になったんです! だからこんな犠牲の多い作戦を……!」
「それに証拠は出せるのかね?」
「……」
「そうに決まっている、というのは願望だ。願望は危険だよ」
カンシンは彼を咎める気にならなかった。
「こんな言い方は酷だが……私も他の大将軍たちも、誰もジョーを咎めていない。君の資料が正確だと分かるが、それも既に知っている情報と一致しているからだ」
「あれだけの犠牲を前提とした戦い方を、誰もが認めているというのですか!」
「そのとおりだ。だからこその至上命令だ」
だがそれでも、間違いは指摘しなければならない。
「王都奪還軍が全員死んだとしても、西重軍を滅ぼさなければならなかったのだ」
返す言葉がなかった。
まさかあれ以上の犠牲さえも、大王は許容していたというのか。
それを思うと、若き貴族は絶望しかけた。
「……君は、西重の征伐に向かうのだろう。ならば実際にみてくればいい」
カンシンは説得をやめ、事実を見せることにした。
「戦争で負けた国がどうなるのか。それを見たうえで、もう一度私のところに来なさい」
「……私に経験が足りないと?」
「そうだ、あの戦争など……これから西重で起きる悲劇に比べれば、まったく大したことではない」
苛烈な戦争だった。
だがそれでも、軍と軍の衝突ではあった。
これから起きるのは、民間人に対する一方的な略奪と虐殺である。
「ですから……ですから! もっといい勝ち方があったと言っているのです! 論点をずらさないでいただきたい!」
「……では貴殿の論点と向き合ってやろう」
大将軍カンシン。
彼は個人の武力としては、そこまでではない。
だがその策略については、やはり相当のものがあった。
「西重の大将軍チタセーは、君の考えた戦術などあっさり破る。彼自身が指揮をとらずとも、彼を支える幕僚たちでどうとでもできる。もちろん他の誰でも、『策』で上手に出ようとしても無理だろう。正面からぶつかるしかなかったのだ」
そのカンシンをして、チタセーは強敵だった。
チタセーを相手に泥仕合へ持ち込んだ、それ自体が偉業であった。
「絶対に勝たなければならない戦いで、勝率を上げるために泥仕合へ持ち込んだ。それの何が悪いのだ」
青年は、返す言葉がなかった。
己の才覚の無さを知るがゆえに、優秀で有能な大将軍の言葉に反論できなかったのだ。
「あの作戦が妥当だったと、そうおっしゃるのですか」
「そうだ」
「ナタ様が救援に来なければ、負けていたかもしれないのにですか」
「そうだ」
「なぜそんなことがまかり通るのですか!」
だからこそ、問いという形で叫ぶのだ。
「強い敵が全力で攻めてきたからだ」
だが彼の叫びには、結局既に回答があった。
そしてそれが、今回の戦争のすべてであった。
強大な敵が死力を尽くして襲い掛かってきたのに、なぜ被害を抑えられると思うのか。
「相手が強ければ、最善を尽くしても犠牲は出る。互角だったというのなら、それも分かるだろう」
「では……では、私は誰を呪えばいいのですか」
「西重を呪いたまえ、私もそうする」
果たして西重の民は、受け止めきれるのだろうか。
攻め込まれた側の国の、余りにも膨大な憎悪を。
カンシンは少しだけ、西重を哀れむ。
だがそれ以上に、目の前の彼が哀れだった。
次回から新章です




