出藍の誉
事実をどう受け止めるかは、人それぞれである。
アッカと実家の確執に対して、多くの人々がそれぞれに感じている。
だが、客観だけで考えるのは不適当だ。
当事者の主観で考えてあげないのは、却って客観性を欠くだろう。
歴代最強のAランクハンターと呼ばれるほどになった、圧巻のアッカである。
幼少期からその才覚は甚だしく、強い上で暴力的だったのだろう。
実の親が、実の子を捨てたのである。
それに至るまでの葛藤を思えば、ハクチュウ家……アッカの家族が邪悪とは言えまい。
廃嫡の書類にサインをさせたうえで最前線へ送り込んだことも、散々迷惑をかけられたことの恨みからくる報復と思えば、共感できてしまえるのではないか。
廃嫡を知った時の、若き日のアッカでさえも、その対応を正当だと思ってしまったほどである。加害者側がそう感じたのだ、被害者はどう思っていたのか。
一体どれだけ、家族が苦労したのだろうか。一体どれだけ暴力を振るわれ、一体どれだけ悲しい思いをしたのか。
感情的には、法的には正当だったのだろう。
それでさらに報復をされたのであれば、それこそ悲劇である。
アッカが生まれたこと自体が、ハクチュウ家にとって悲劇だったのだ。
だがずる賢くなっていたアッカの暴挙は、この国の正義であった。
先代大王も、その弟ジューガーも、その凶行を支持した。むしろ従わなかったハクチュウ家へ制裁を下したほどである。
そして大王へ意見を言えるはずの猛者たちも、ハクチュウ家を助けなかった。
カンシンや在りし日のギュウマは『娘を全員差し出させるのはちょっと……』と思っていたが、法的に許されていることなので『大将軍や近衛兵が政治に口出しするのはちょっと……』と自重していた。
ガクヒやジローは『領民を巻き添えにするのはけしからん』と不満をあらわにしていたが『騙して前線へ送り込んだハクチュウ家の人間は皆殺しにされても文句が言えない!』とも考えていたので生き残った彼らへ手を差し伸べなかった。
もっと広い視野をもてば、『ハクチュウ家の家庭内問題だろ?』である。
自分達に危害が及ぶ余地がないのだから、どの貴族も助けようとしなかった。
唯一没落したハクチュウ家へ手を差し伸べた者は、長女と結婚するはずだった婚約者である。
彼は家族を別宅に匿い、その生活の面倒を見ていたのである。
とはいえ、まさか正式に結婚できるはずもなく、復権の可能性があるわけもない。
廃嫡された当時のアッカには、皮肉にも前線で得た力とコネがあり、復讐の機会や復権の余地があった。
だがしかし、今のハクチュウ家にそれはない。
大王と大公から同時に憎まれ、他の貴族たちからは良くも悪くも『娘を全員差し出せばよかったのに……』と思われており……。
もちろん、アッカのように強大な力を秘めているわけでもない。それどころかジョーやリゥイ程度の、武将としての才能さえなかった。
力もコネも、まったくなかった。
まあそもそも、現在のハクチュウ家はアッカと血縁関係がまったくない。
アッカの親族なのでなんか凄い才能がある、とかは望めなかった。
というか、アッカの両親は普通だったので、血縁に何かを期待するのは虚しいことである。
ギュウマの息子であるコウガイに英雄の素養があったのはレアケースで、基本的に英雄の子供は普通である。
とまあ、まったく夢も希望もない生活を送っていたハクチュウ家だが、ある日『吉報』が届いた。
自分達を制裁した大王が、末娘以外の家族もろとも殺された。王都にいたアッカも事実上軟禁状態となり、大公ジューガーの治めていたカセイも壊滅した。
喜んではいけないことだが、なんとも爽快で痛快で愉快なことだった。
一家に久方ぶりの笑顔が戻り、みんなにこやかに日々を過ごせたのである。
もしかしたら西重のせいで自分たちも酷い目に合うかもしれないが、もうすでに落ちるところまで落ちたと思っていた彼らは、何も恐れていなかった。
更なる吉報が届くことを待ち望みながら、慎ましくも楽しい日々を過ごしていたのである。
その一家から、笑顔が失われる時が来てしまった。
西重が敗れ、王都が奪還され、ジューガーが正式に大王となり、先代大王の遺児であるダッキが次期大王となり……。
自分の家族と王都の民を守り切った圧巻のアッカが、西方大将軍に任命されたという。
「……なんということだ」
歴代最強のAランクハンター、圧巻のアッカ。
彼のサクセスストーリーは、まだ始まったばかりのようだ。
※
さて、Aランクハンターをはじめとする央土の実力者たちは、基本的に勲章の類を受け取らない。
あくまでも慣例だが、出世するまでに得た勲章は、その地位に就くと同時に返上される。
どちらかといえば渡す側の人間になったということであり、同時に『その地位に就いていること』自体が最大の名誉だからだ。
他のいかなる勲章よりも、Aランクハンターや十二魔将、大将軍の地位は名誉があるのだ。
だからこそ空論城にその地位が持ち込まれた時は、本当に空前絶後だったのである。
本当に大抵の人間にとって『十二魔将末席』の座は、何を差し出してでも、何を賭けてでも手に入れたいステイタスだったのだ。
であれば、四冠の狐太郎がどれだけ無茶なのか、ということでもある。
単純にステイタスで言えば、狐太郎は理論値を達成しているのだ。
だがそれは、言ってしまえばごく一部の話。
王族である公爵やそれに次ぐ侯爵にとってさえ、勲章の数や質はステイタスである。
勲章の売買が法的に禁止されていることもあって、まさに金で買えない価値があった。
俗っぽい言い方をすれば……勲章をもらえるというのは、すげー自慢になるのである。
だがそれも度を超えると、ただひたすら心が軋むばかりであった。
(ヤバい……)
ロバー・ブレーメ、バブル・マーメイド、マーメ・ビーン、キコリ・ボトル。
侯爵家の彼らに加えて、大王直属Bランクハンター、ピンイン。
今回の受勲式の主役五人は、青ざめながら控室で待機していた。
十二魔将や将軍職に次ぐ勲章が、これから彼らへ授与されるのである。
つまり大王から直接、とんでもなく正式に、国家規模での授与式が行われるのだ。
失態イコール死である。
まあ多少の作法ミスなら見逃されるので大したことではないが、それは彼らにとって嬉しい情報ではなかった。
(勲章とかどうでもいい……家に帰りたい……寝たい……)
控え室にいる彼らは、当然礼服に身を包み、なおかつちょっとした化粧などもしている。
もちろん椅子に座っているのでまったく運動していないのだが、心臓が聞いたこともないリズムで高鳴っていた。
とんでもなく胸が痛くて苦しい、まるで死刑執行直前だった。
(楽隠居したい……ただ何もせずに、平凡な日常を過ごしたい……)
どこか常人とずれたところのあるバブルだが、こうしたときは他の者と大差ない。
それだけこれから起きることがヤバい、ということだった。
(夢も希望もいらない……誰か助けて……!)
(わ、私たちの体……もっと頑張って! もっと頑張って、ストレスでぶっ壊れて!)
病欠を望む子供のような心境で、己の体が不調になることを祈っていた。
だがこの世界の住人は頑丈で、しかも体をしっかり鍛えている五人は、この程度のストレスでは死ななかった。
(今だけでいい……貧弱になって! 狐太郎さんのように……!)
なお、狐太郎は結構慣れてきたので、そんなにストレスを感じない模様。
そんなことを考えていると、控室に人が入ってきた。
それも、大量に。
もちろんここは王宮なので、身元が怪しいということはない。
全員出自のはっきりしている、この場の面々の関係者だった。
「君たち! 大活躍だったらしいじゃないか!」
「いや~~! 我が校から最上位受勲者が現れるとは……!」
「きょ、教職について……教員になって……こんな栄誉を賜る日が来るとは……!」
「私の代で、こんな、こんな素晴らしい生徒たちを輩出できるなんて……我が校の教育理念は間違っていなかった!」
四人の母校、ドルフィン学園の教員たちである。
侯爵家の生まれである彼らは、しかしもはや別世界の住人となってしまった四人へ感動と興奮をぶつけていた。
四人は、受け止めきれていない。
「君たちは、我が校の誇り……否、貴族の誇りだ! もう何と言っていいのかわからない!」
「君たちに出会えたこと、君たちに関われたこと、君たちと話ができたこと……感激だ、一つ一つが輝いている!」
ある意味、教師たちは気楽だった。
控室に入って、生徒たちへ喜びをぶつけるだけでいいのだから。
この後の受勲式には参加できないので、話が終わったら、じゃあ受勲式頑張ってね、で終わる。
もちろん四人を育てた功績は評価されるので、何も悪いことが起きない。
「もはや石碑を作るどころではない……我が校の名前を、ドルフィン学園から君たちの名前に変えた!」
「これから我が校は、ロバー・バブル・マーメ・キコリ学園となるのだ!」
(嫌がらせかな?)
偉人の名前を冠する学校はよくあるだろうが、実際に羅列された面々はそれどころではない。
むしろ迷惑である。
(これから出身校を聞かれたら、自分の名前を言わないといけないのか……)
(学校の名前書くの面倒くさそう……後輩たちに恨まれないかな……)
(なんで私の名前がバブルより後なのかしら……)
(なんで俺の名前が最後なんだろう……)
そんなどうでもいいことまで考えてしまう。
四人は誇るどころか、受け答えもできなかった。
もちろん失礼なのだが、教員たちもわきまえている。
一介の教員とは次元が違う、国家の歴史に名を刻んだ偉人なのだから。
これからの受勲に緊張しているのだろうと察し、興奮しながら礼をして去っていく。
「受勲式……頑張ってくれたまえ! こんな機会、一生に一度……いや、百年に一度あるかどうかだ!」
もちろん誤解はない。
本当に彼らは、四人のよき理解者であり、よき指導者であった。
(プレッシャーをかぶせていきやがった……)
なお、重荷が増えた模様。
※
さて、謁見の間である。
最上位の受勲式は、当然ながら大王から直接贈られる。
その出席者たちはロバーたち各家の親族一同であった。
もちろん正真正銘の『侯爵様』である当主たちもいるのだが、もはやロバーたちの方が上であろう。
だが嫉妬の念はない。むしろあんなに頑張るなんて俺達には無理だな、という心中に達していた。
彼らは全員がそろって並び、ただの観客のように整然としている。
無理もあるまい、今回の受勲式には、四人の大将軍や引退したばかりの十二魔将たちもそろっている。
この国の権威がすべてそろった状況では、それこそ侯爵など木っ端同然だった。
そして、音楽が流れ始める。
アッカによって守られていた宮廷音楽隊が、戦火を免れた歴史ある楽器を奏で、五人を迎えたのである。
侯爵が両脇にいるレッドカーペットを踏みながら、五人はゆっくりと前へ進む。
彼らは目を開いているが、視界がぼやけている。焦点が定まらず、まっすぐ進んでいるのかさえ分かっていなかった。
(ま、曲がったらどうしよう! こ、殺されちゃう!)
侯爵家の者たちを抜けて、十二魔将や大将軍のいる、玉座の前にまで来た。
当然ながらそこには、ジューガーとダッキ、リァンが待っていた。
ダッキとリァンがそれぞれ、勲章の乗せてある小さな台を持っており、にこやかに五人を迎えていた。
「ロバー・ブレーメ」
「はいっ!」
「バブル・マーメイド」
「はい!」
「マーメ・ビーン」
「はひ!」
「キコリ・ボトル」
「はぁ!」
「ピンイン」
「……ははぁ!」
十二魔将や四人の将軍からすれば、この五人はよく知っている相手だった。
だが大将軍たちからすれば、それこそ初めて見た顔である。
だからこそ視線が向いており、興味深げであった。
(し、視線がぁあああ!)
あらかじめ水分を抜いておかなければ、粗相をしていたかもしれない。
そのレベルの重圧を、五人は感じてしまっていた。
無理もないだろう、これだけの英雄に見られる経験など、彼らの人生では想定外のはずだ。
「貴殿ら五人は、この度の戦争で四冠の狐太郎直属として……次期大王である我が姪……兄上の遺児であるダッキの護衛を務めきった。大儀であった」
大王は意図して、大仰に、威厳を最大限に表していた。
「大儀、極まりない」
侯爵家の者たちは、感激のあまり涙した。
受勲者たちは緊張のあまり、小刻みに意識が点滅していた。
「貴殿らの功績、十二魔将たちにも劣るまい……よってここに、最上位勲章である『名誉近衛章』、同位『国家功労章』、同位『大王章』、同位『征夷大将軍章』を授ける」
大王本人も感極まっていた。
特別に才能があるわけでもない『この国の人間』が、外国人である狐太郎を命がけで守り切ったのだ。
こんな誇らしいことが、この世にあるだろうか。
「これら最上位勲章は、大将軍、十二魔将、王族。それら一名ずつの推薦がなければならず、加えて今あげた役職に就く者たちが一名でも異論を唱えれば与えることはできない」
彼は確信をもって、周囲の者へ問う。
「異論のあるものは、信念をもって叫ぶがよい。承認するのならば、拍手をもって称えよ!」
大王自身が拍手をし、さらに四人の大将軍も、ナタとジローも、十二魔将も四人の将軍も。
つまりはこの国のトップだけの、不純物のない最高級の拍手が贈られた。
それを聞いて、観客である侯爵家の者たちのなかで、気絶者さえ出始めていた。
これだけの者がそろった受勲式など、最上位とは言えありえないだろう。
「では……まずはピンイン、前に!」
大王は玉座から立ち上がり、ダッキの持つ台の上に乗せてある勲章をとって……それを自らピンインの服へ付け始めた。
(ひ、ひぃいいいいい!)
名誉だとか光栄だとかを通り越した拷問であった。
もはや呼吸もできなくなっている彼女を見て、続く四人たちも震えている。
(かわいそうに……)
まさか『緊張してるみたいですから止めてあげましょうよ』とか、言えるわけもなく……。
感謝の気持ちを込めて拍手をした狐太郎だが、困っている彼らを助ける術を持たなかった。
※
「姐さん、今頃なにやってるんですかね?」
「酒が不味くなるようなことしてるらしいわ」
「大変ですねえ……」
なおキョウショウ族は、クツロと一緒に肉を食べて酒を飲んでいた。今回は不参加である。
バカにする意図はなく、亜人たちを正式な場に招待しても迷惑だろうという配慮だった。
なんか知らないが値崩れをした、調味料としての香辛料の袋をどっさりとおまけして、食肉用の家畜を現物でプレゼントしたのである。
相手の望むものを、望んだやり方で与える。この国は、他の文化へ理解があった。
なお、同じ国の人には正式な場を用意するもよう。




