強大な王
さて、普通の謁見の間にて、再度会議が行われようとしていた。
そろっている三人の大将軍と、二人のAランクハンター、王族たち。
これに王都奪還軍も加わり、再びの会議である。
正直に言ってうんざりしている空気もあるのだが、それでも会議が始まろうとしていた。
「謹んで申し上げます。私大志のナタは、改めまして斉天十二魔将首席を辞退させていただきます!」
(面倒な人だな……)
潔く振り切った顔のナタだが、それに対して狐太郎は面倒という所感しかなかった。
昨日も言われたが、やれって言われたんだからやればいいのだ。少なくとも狐太郎はそうだったのだ。
本物のAランクハンター大志のナタ様には、同じぐらいの対応をしていただきたいところである。
少なくとも狐太郎はそう思っており、他にも同じように考えている者がちらほらいた。
突き詰めて言えば、彼は嫌だから嫌だと言っているだけで、人によってはただうんざりするだけである。
もちろんナタもそれはわかっているだろうが、それでも卑しさから抜けるべく宣言したのだ。
潔いかもしれないが、迷惑である。
「……そうか、わかった」
もちろん大王も同じ気持ちである。
狐太郎だって嫌々やったんだから、ナタにも嫌々でもやってほしいところである。
だがこうも頑固に言われると、もうどうにもできまい。大王ジューガーは、ため息をつきながら応じた。
さて、こうなるとアッカとジローである。
どちらも実績があるため、少なくともナタよりは上手にやるだろうが、衝突することは避けられまい。
それを避けるためにどうするのか、それは王族のまとめる力の見せどころである。
「……ダッキ」
「はい、陛下」
大王に促され、ダッキが発言を始める。
事実上次の大王である彼女にここで発言をさせるということは、それこそ国内の有力者へ次世代の器量を見せるということなのだろう。
場合によっては、見限ることにもなる。
央土の権力者たちは、有力者たちの前で試されていた。
「ナタ、覚悟は固いのね?」
「はい」
「分かりました、では……」
果たして、次期女王であるダッキの判断は如何に。
「斉天十二魔将は、私の即位まで空位とします!」
シンプルな結論だった。
少なくとも、言葉の意味が分からない、というほどではなかった。
そしてそれを聞いている者たちも、『そうきたか』という具合であり、先日のように不満を持って異論を口にすることはなかった。
「そもそもこの場にいる者たち以外に十二魔将に相応しいものがおらず、その上でナタが首席に座らないというのなら、十二魔将をわざわざ編成する意味がありません! であればいっそ空位にするのが正しいでしょう!」
十二魔将に強い思い入れのある者たちほど、この結論の正しさを認めるだろう。
相応しい者がいないのなら、席を空けておくのは正しいことだ。
「なによりも! すぐに決まるのならまだしも、長々議論し衝突するようなら保留でけっこう! この場の面々にとっては重大でも、民にとっては重大でも重要でもありません!」
彼女はあえて、この場の面々を叱るような口調で言った。
「王都で倒れた英霊たちを正しく弔い、そして今も西部を占拠している西重軍を討つこと! それの前段階でごちゃごちゃと会議をするなど、それこそ国家や国民への背任行為です! 異論は一切認めません!」
なんの力も持たない小娘の断言。
それに対して天地を砕くかという怪物たちは、拍手で賛同した。
会議の場でありながら異論を認めない、という言葉は、しかし国民の代弁であろう。
西重との戦いで家族を失った者たち、今も虐げられている西部の民。
彼らの事を考えれば、たしかにさっさと切り上げるべきであろう。
「とはいえ、本来ならナタを十二魔将首席に据え、彼を総大将に西部を奪還する予定でした。これについては、変更せざるをえません! ナタには王都にとどまってもらい、近衛を束ねてもらいます!」
さて、であれば『本題』を決めねばなるまい。
この場にそろった実力者たちの内、誰が西重の残敵を打ち破るのか。
「圧巻のアッカ! 貴方を西方大将軍に任じ、領土奪還と国民の解放を命じます!」
「……マジか。王都を離れることになるな……嫁と子供どうするか」
嫌そうな顔をするアッカは、しかし拒否しなかった。
それを見て、ガクヒとジローは、当然のように嫌な顔をする。
いくら強くて実績があっても、自分の故郷を吹き飛ばすような男を大将軍に据えたくないだろう。
「ガクヒ、ジロー。私や兄上がアッカやオーセンを贔屓にしていると思っているようであるし、それを否定することもできないが……この決定に合理的な反論はあるか」
「いえ、そのようなことは……」
「好ましくはありませんが、致し方ないかと」
大王が『これ以上まぜっかえすなボケ』と言うと、流石に二人はこれ以上こじらせなかった。彼らもけっして、足の引っ張り合いがしたいわけではない。
斉天十二魔将首席は駄目、大将軍も駄目、でも働け仕事をしろ、というのはわがままが過ぎるだろう。
そもそもアッカを十二魔将首席に据えないことが、既に決まっているので文句もない。
「よし、ではそれを後日の正式な慰霊の場で発表する。西重に反攻し……滅ぼす」
もしも相手に一人でも英雄が生き残っていれば、まだ交渉の余地はあった。
その場合は、まだリスクが生じるからだ。もしかしたら反撃されて、負けないまでも犠牲が出るかもしれないからだ。
だがそれは、もうない。後は滅ぼすだけだった。これに、反論の余地などない。
「……我が国は大きく、人は多い。その分一枚岩ではないし、嫌い合うこともあるだろう。実力を認めている一方で、軽蔑している者もいるはずだ。だが……」
大王は、あえて弱気に振舞った。
「今回の慰霊では、皆でこころを一つにして欲しい。わだかまりを捨て、ただ一心に死者へ哀悼を捧げて欲しい。これに異論をとなえるものは、流石にいないと信じている」
当然、異論などない。
全員がただ黙って肯定し、慰霊を前に死者と遺族たちを想っていた。
失ったことに浸るだけの時間が、彼らにはようやく訪れたのだ。
※
ジューガーは即位に合わせて、狐太郎を頂点とする十二魔将を編成した。
それを解散し、空位のまま放置するなど、それこそ権威の失墜だろう。
だがそれは、国内の話だ。
国外から見れば、その抑止力は残っている。
ジューガーの十二魔将で、戦死したのはキンカクたち三人だけである。
残った九人と、四人の将軍たち。彼ら彼女らは央土の中で新しい道を生きていくというだけで、決して死んだわけではない。
十二魔将になったからといって強くなれるわけではないのと同じで、十二魔将でなくなったからと言って弱くなるわけでもない。
西重の大将軍たちが強大であると知られていたがゆえに、それを破った彼らにはそれ以上の畏敬が向けられていたのだ。
であれば、新しい十二魔将は必ずしも必要ではない。
ジューガーに従い国家を奪還した彼らが健在であれば、残る三か国もうかつに攻め込むことはできない。
であれば、ダッキが即位するその日まで、再編成しなくても良いのだろう。
だが、脅威が去ったわけではない。
遠い、遠い北の地で。
巨大な青い狼と、同じく巨大な白い鹿を侍らせた男がいた。
彼の周囲には同じく巨大な獣を従えた男たちが冷たい地面に座っており、大勢の巨大な獣が壁となる形で、野に陣を張っていた。
「チタセーの爺さんだけじゃなく、ギョクリンもウンリュウもやられたか」
皮袋に詰まった乳酒を飲みながら、男は斥候からの報告を聞いていた。
彼の直ぐ後ろ、青い狼の毛の中には、裸の女性達が押し込められている。
「そうかそうか……あの兄ちゃん、確かに約束は守ったか」
城を持たず、街を持たず、字を持たず。
されど国家の長である男は、泰然として構えていた。
その表情は、野趣あふれる笑顔であった。
「本当に、国が滅びるまで戦いやがったか! はっはっは! 大したもんだ!」
西重の大王コホジウが交渉をした、北笛の大王、テッキ・ジーン。
極寒の地に点在する魔境をめぐる、数多の騎獣民族、遊牧民族を束ねる、偉大なる王。
彼は己の前に現れた小僧が、しかし国家が滅亡するまで戦ったと聞いて笑っていた。
もちろん、周りの者たちは笑っていない。
せっかく勝っていたのに、勝ちきることはできなかったのだ。
だが彼が上機嫌であるのなら、それを妨げることはできない。
この『英雄』がその気になれば、それこそ一族は路頭に迷う。
この北の大地で、どの魔境にも入れず、飢えて凍えてさまようのだ。
「……で、よろしいので。西重にも、東威にも攻め込まないので」
「ん?」
「かなり兵がやられました、これではどの民族も納得することは……」
だが笑う王を見ているだけでは、何も始まらない。
テッキ・ジーンに対して、側近であろう男は現実的なことを問うていた。
「お前達は、生きてて楽しいか?」
それに対して、大王は質問で返した。
「楽しいってなんだ? 幸せってなんだ?」
「……良き家族と共に、多くの家畜を従えながら、敵に怯えず旅をする。この広大な大地を、友である獣の背に乗って駆ける。それが幸福だと存じます」
側近の返事は、本心であった。
おそらく多くの民が、そう思っているだろう。
北笛の遊牧民族は、そう思って生きているはずだ。
「違うな」
だが大王は、それを否定する。
「強大な敵を打ち倒し、その両手両足をへし折り、その眼を開かせ、耳の穴を掃除してやって、その前で奪ったものをすべて蹂躙してやることだ」
彼自身がよくやることを、最上の幸福だと断じていた。
「友である獣の背に乗り! 財産である家畜を奪い! 宝である妻や娘を食らう! そしてそれを見て憤死する強敵たちを肴に飲む! それが幸福という物だ!」
断じたうえで、彼は美学を語った。
「もう西重は諦めている。あそこに強大な敵、倒すに値する敵はいない。ただ戦い抜いた後、出し切った後があるだけだ。そんなところに攻め込んでも、何も面白くない。東威も大差はないだろう」
「ですが……」
「あそこはもう、央土の獲物だ。死肉を奪う趣味はない」
「むざむざ、央土が肥えるのを見過ごすとおっしゃるのですか!」
声を大きくした側近は、しかしその舌を掴まれていた。
「で? その後は? 俺達が西重をあさった後、央土の全軍がこっちに来るだけじゃねえか?」
大王は冷静に、彼だけではなく周囲の者たちにも道理を説いていた。
「ジローの爺さんとガクヒだけに手こずってた俺達が、他の大将軍様方の相手ができるのか?」
「ほ、ほうひあけありまへん……!」
「わかればいいんだ、わかればな」
狼と鹿を従えた大王は、改めて宣言する。
「この戦争はここまでだ、さっさと帰るぞ」
倒すに足る、奪うに値する強大な敵。
その三人が倒れたと聞いても、彼に失望はなかった。
「……もし次戦うのなら、四冠の狐太郎とやらとも覇をぶつけたいもんだ!」
乾燥した白い風が吹き荒れる、大空を見上げる大王。
彼は果てしない空に、まだ見ぬ強大な敵を描いていた。




