自分の仕事
一難去って、また一難。
さて目の前には、険悪な雰囲気の大将軍三人がそろっている。
先ほどの二人よりも平均年齢は低いのだが、それでも狐太郎よりも高齢だった。
まあ順当に出世して順当に実力をつけて順当に経験を積んで順当に大将軍になったのなら、むしろ若いぐらいなのかもしれない。
むしろ狐太郎の方が、よっぽど、ずっと、異常に若すぎるのだろう。
(にもかかわらず、敬意を払われている……)
狐太郎でも分かるほど、三人とも狐太郎を上位だと認識していた。
ただ単に征夷大将軍へ据えられたならともかく、きっちりと仕事を終えて、その地位にしがみつかずに引退したのだから、当然なのかもしれないが。
だが狐太郎にしてみれば、甚だ迷惑である。別に敬意なんて求めていないのだが。
(実力がある年長者の皆さんから敬意を示されるって、心が辛い……)
そしてそんな狐太郎を見て、カンシンは……。
(大変申し訳ない……)
この状況が必要だとは思っているが、しかしそれが負担だとも理解している。
せめて和やかならよかったのだが、ガクヒとオーセンではそうなる見込みがない。
「いやはや、面倒なことになりましたねえ。まさかあのラセツニ様が、ナタではなく兄者を……アッカ様を推すとは。まああの人もまだ働けるのに隠居したんですから、非常事態に陥った今は復帰を願うのが当たり前なんですけどね」
「……まあその通りだな」
オーセンの言葉を、ガクヒは認めていた。
実際のところ、引退したアッカと現役のジローでは、どう考えてもアッカの方がいい。
もちろん心情的には微妙な線だが、それでもアッカを推すべきだと彼も思っている。
「まったく……ジローは私の師なのですが、あのお方は大将軍を引退した後も現役のころと同じように振舞ってくる。もちろん今回は私の力不足で助勢を願ったのですが、それでも十二魔将の首席へ名乗り出るなど……はあ」
確かにアッカへ不満を持つものは多い。
だがそれでも、一番不満を表明しそうなラセツニとナタの推薦である。
だからこそアッカも引き受けたのに、ジローが進言したことでややこしくなってしまった。
アッカが完全に不適当というわけではないのだから、出しゃばったのは完全にジローである。
「言っては悪いですが、数年でナタが引き継ぐと分かっているのです。アッカが一時的に首席に座ってもいいでしょうに……」
「そうおっしゃらずに。ジロー殿が就いても良いのですから、文句をおっしゃるのは如何かと」
ジローへの愚痴が止まらないガクヒへ、カンシンがとりなした。
今この場でもめるなど、それこそ狐太郎へ迷惑なだけだった。
そもそもガクヒ自身、オーセンへ出しゃばったことを言っている。
「ごほん……まずは助勢が遅れ、大変申し訳ありませんでした。如何に命令を頂いていたとはいえ、ナタ殿にもご負担を強い……結局間に合ったとは言い切れぬことに」
「それは……いえ、ナタ様が来てくださらなければ、どうなっていたか」
「あのチタセー殿の率いる軍と、五分にまで持ち込んだ。それは途方もないことです。いえ……ウンリュウ殿が率いる軍にも勝ったのでしたな、貴殿は」
「仲間に救われました、私は指一本動かしていません」
「彼は強かった……もちろんギョクリン将軍も……南を預かる私も何度か矛を交えましたが、己の非才を呪うばかり……三人とも小国の雄でしたよ」
ほう、とため息を漏らす。
「私と同じ世代に、私よりも優れた者たちはいました。ですが彼らはウンリュウ殿やギョクリン殿に討たれ、残った私が大将軍……生き残ってしまった不運を、呪わしく思ったものです」
あるいは、おそらくは。
ギョクリンやウンリュウが倒れた後のチタセーも、同じことを考えたのではないか。
それを思うと、カンシンの心は深く沈む。
「……彼らが我が国へ攻め込み、一人残らず打ち倒された。それに対して、私は……一言で言えない感情を抱えてしまっています」
「それは私も同じだ。いずれ雌雄を決する日も来るかと思っていたが……いや、私たちこそが雌雄を決するべきだった。それをあろうことか、畑違いである貴方たちに任せてしまった。本当に申し訳ない」
強者に対して敬意を抱く一方で、畏怖も抱いている。
彼らが死に物狂いで襲い掛かってきたその時、いったいどれだけの怪物になるのか。
それは想像を絶することだ。それと戦い勝った狐太郎へ、申し訳なくなるのも当然だろう。
「……オーセン、せめてお前は動くべきだったんじゃないか」
「おやおやガクヒ殿。私にも貴方と同じように、東を守るようにと命令がありました」
「戦時中の大将軍には、大王の命を拒否する権利がある筈だ!」
「ですが戦争が終わった後、その拒否権が正当であったか精査される……それを口実に殺されることもある」
法的に認められている権利があっても、当然ながら『好き勝手』を明文化していることはない。
オーセンが大将軍の権利を行使し、大王からの命令を無視して王都へ向かったとする。
それは当然戦後に検討され、場合によっては死罪となるだろう。
なぜならそれは、東威との勝手な和睦が前提であり、不利な条件を勝手に飲むことを意味している。
それを言いがかりにすれば、死罪を言い渡されても文句は言えない。
「そもそも私は大王陛下……征夷大将軍閣下の命令に従ったまでのこと……。命令に文句があるのなら、それこそご本人へ直接申されるべきでは」
「……失言でした、お許しください」
名義上とはいえ、狐太郎の命令が各将軍たちに伝わっていたのだ。
それを思い出して、ガクヒは謝る。
「ですが、本心でもあります。不敬かもしれませんが……オーセンを動かすべきだったと、私は考えています」
「おやおや、首が惜しくないので」
「大将軍として、国防には進言する義務がある!」
ガクヒははっきりと、今回の国家戦略に不満を表していた。
「ははは……ガクヒ殿、それぐらいに……オーセン殿、私と同じ話があったのでは?」
「ええ、そうそう、その話が大事でしたな」
カンシンのとりなしによって、ガクヒは黙った。
それに引き換える形で、オーセンが切り出す。
「東威との和平が成りました。ですが講和に合わせて、東威の都まで、閣下に来ていただきたいと」
「……なぜ」
「はっきり言いますが……兄者、アッカ様と同じように、仕事に手抜きはしない男でしてね。それはもう、コテンパンにしてやりました」
「……なるほど、もう東威もかなり厳しいと」
「ええ、流石に貴方ほどではない。いえ、それについてはジョー将軍の腕前ですか……」
オーセンは改めて、狐太郎を見た。
一国を滅ぼすという偉業を成した、羨ましくない、敬うべき男を見た。
真っ向からの削り合いで勝つには、腰の据わった将が要る。そういう男は、勇猛な将よりも厄介だ。
この狐太郎、戦場で敵に回したくない男である。オーセンは、狐太郎が敵ではないことを安堵した。
「そうですか……」
「いずれにせよ、私も同席いたします。何、負けた方が来いと言っているのです、のんびりじらしてやりましょう」
狐太郎はオーセンを見た。
アッカやガイセイに似ているようで、数段賢しい男を見た。
おそらく彼は、自分たちほど悲惨な戦いを経ずに、上手く勝ったのだろう。
羨ましい、敬うべき相手だった。
「私の方もおなじようなものですが……南万は、こちらへ来ると申しております。その折には、どうぞご同席を」
(これは次期大王の仕事なんだろうか……)
「北笛は勝手に下がり、そのままです。油断はできませんが、少なくともすぐに攻め込んでくる体力はないでしょう。そして……問題は西です」
ガクヒの切り出した話題は、気の重くなる話だった。
終わっていることではあるが、終わらせなければならないことがある。
「現在西重は、事実上すべての戦力を失いました。昏なる組織にも英雄と戦える者がいない以上、あとは煮るなり焼くなり好きにできますが、誰かが煮て焼かねばなりません」
嫌な話だった。
死力を振り絞ったあとの相手に、とどめを刺す。
必要な仕事ではあるが、名誉もへったくれもあるまい。
「おそらく大王陛下は、ナタを十二魔将首席に据えたうえで、彼に西重への進軍を命じるつもりだったのでしょう。ですがすんなり決まらなかったため、別の者に任せる可能性があります」
「……まさか」
「ええ……皆殺しにするだけならともかく、占領して支配するとなれば、やはり時間がかかります。私たち三人は長く空けられませんし、師であるジローや、その対抗であるアッカ様にも無理です。もちろんナタもいやがるでしょう、そうなれば……貴方に役目が回る可能性も……」
実質的に、西重は『誰でも滅ぼせる状態』である。
よってそれを征伐することは今回の戦争の幕引きを担うことになり、次の十二魔将首席、あるいは西方大将軍の座につくものに任されるのだろう。
逆に言うと、それ以外の者には任せられないのである。
そうなれば、実質的に、既にそれについている者が担うしかない。
「そ、そんな……私が、侵略戦争を……いや、報復戦争を……!」
うろたえている狐太郎だが、他の三人の目は一種冷ややかだった。
(いや~~……一番向いているのは、間違いなくこの人なんだけどな~~)
(相手に英雄がいないのなら、このお方こそが最適だ。最強の魔物使い……カバーできる範囲が、私たちとは違い過ぎる)
(ドラゴンを出さずとも悪魔で十分、犠牲らしい犠牲も出ないでしょう。兵たちにとっても、この方にやっていただきたいでしょうなあ……)
適任という意味では、狐太郎がもっともふさわしい。
三人はそろってその状況を想定し、兵士たちのことを思うのであった。
※
さて、十二魔将首席候補のAランクハンター二人と、三人の大将軍。
彼らとの話が終わったので、当然のように王族としての話が始まった。
「まったくナタとラセツニにも困ったものだ」
大王ジューガー。
「ええ、まったくです。これでは何のための会議なのかわかりません」
王女リァン。
「もう狐太郎様に続投していただきませんか?」
次期女王ダッキ。
(やめろ)
今まであった者たちよりも偉い王族なのだが、悲しいことにしょっちゅうあっているのであんまり緊張しない。
感覚の麻痺を感じるが、よく考えれば狐太郎へ下から目線ではないのは、このジューガーぐらいだった。
そういう意味では上位者がいるのは、やはり気楽なのかもしれない。
「……それはよくないことだ。もはや有事ではない、これ以上無理はさせられん。能力の問題ではない、心身の問題だ」
はっきりと大王は拒んだが、その前にしばらく黙ったのは、狐太郎への気遣いの言葉を考える為であろう。
うかつに否定すれば、狐太郎の名誉を汚すことになるからだ。
「それにだ……狐太郎君に十二魔将首席を続投させるのは、やはり無理がある。ラセツニの言うように、十二魔将首席は教育係としての任務もあるのでな」
狐太郎がさっさと首席を退いても文句を言われなかったのは、それこそ教育係が務まらないからである。
むしろ続投します、という場合に文句が出るはずだ。それは狐太郎と利害が一致しているともいえる。
「元々十二魔将が十二人もいるのは、世代交代でぬけが起きないようにするためだ。首席が近衛兵の長を務め、次席は次期首席として首席の仕事を学び……以降も半々で現役世代と次世代が入っている。もっとも、ギュウマの代では次席に相当する人物が三人もいたが……それは豊作の代だったからだ。そもそも一世代で十二人も精鋭がそろうわけもないからな」
(ほぼ同世代でそろっていた討伐隊は一体……)
「首席が引退すれば、首席と同世代の者たちも一緒に引退する。次席が繰り上がって主席となり、次世代たちも繰り上がり、さらに次の世代を迎え入れるのだ。まあある意味普通の組織の仕組みだと思うがね。実際君たちも、キンカクやギンカクという前世代が残ってくれていて助かっただろう? 私自身も、かなり助けられた」
大王をいきなり引き継いだジューガーも、前世代であるキンカクたちに相談をしていた。
それに加えて、三方向の将軍たちへも、伝令として派遣している。
引き継ぎという意味でも、複数の世代がいたほうが楽なのだろう。
「……あの三人とのことも、ナタは気にしているのだろうな」
「見事な討ち死にだったと聞いております。そうよね、ダッキ」
「はい……彼ら三人は私の命令に従い、最後まで戦い抜きました。その躯は全身に傷を負い……その身を盾として私たちを守ったのです」
護衛とは、とても大変な仕事である。
ましてや近衛兵、どれほどの重圧だろうか。
それをまっとうした者たちである、天晴れという他ない。
「彼ら三人には、……俺も感謝しています」
惜しい人たちだった。
彼らは本当に立派だった。
だからこそ、間に合わなかったことを、ナタは呪っているのだろう。
「しかしそれを引きずることはできん。むしろだからこそ、早急に十二魔将首席を決め、再編成しなければならないのだ!」
(そうじゃないと、俺が西重へ向かうことに……)
狐太郎に取っても、切実な話である。
このままだと『もう一回戦争して?』とおねだりされかねない。
「しかしお父様、ナタの悩みはまっとうですし、ジロー閣下とアッカ様の衝突も必然です。一体どうすればよいのですか?」
「そうだな、ジローが私の命令で納得するわけもなし……」
(大王の護衛がそれでいいのか? いや、いいと思ってないから、大王様もアッカ様も不満に思っているわけだし)
変な話だが、ジローには大王への忠誠心がない。
だからこそ逆に『お前近衛兵になるな』と護衛対象に言われても『うるせえ、お前の言うことなんか聞かねえよ!』と返すのだ。
もちろんもうちょっとやんわりした返答になるだろうが、ジューガーの一声で納得してくれないのである。
(というかこの場に俺がいる意味はなんだ? 決定事項を教えてくれるだけでいいんだが……)
「叔父様! 私にいい考えがあります!」
元気よく発言をしたのはダッキであった。
「……リァン、一応言っておくぞ。ふざけたことを言ったら、叩きだせ」
「お任せください」
(三人とも出て行ってほしい……)
もうまったく期待していなかった。
だが一応発言させてやろう、という程度には彼女の株が上がっている。
今までは発言する前に殴られていたので、マシになったということだ。
「三人が納得する、首席の決め方があるのよ!」
自信満々だった。
満々すぎて、逆に何の信頼性も感じなかった。
「私と結婚する権利をあげる、と言った場合、貴女は過去にさかのぼって抹殺されます」
歴史が変わる瞬間が近づいていた。
少なくともリァンはその気である。
「私は狐太郎様と結婚するのよ?!」
「ふざけないでちょうだい」
「これは本当じゃない!」
この場合、ダッキが理不尽なのかリァンが理不尽なのか。
少なくとも支持されているのはリァンである。
「だいたいそんなバカみたいなこと、言うわけないでしょ!」
(初対面で言われたんだけどなあ……)
若いので昔のことを後悔していないダッキ。
おそらくもう少し年齢を重ねると、昔のことを恥じるようになるだろう。
それまで生きていられるかは疑問だが。
「全部私に任せて!」
えっへん、と彼女は宣言した。
※
さて、当事者である。
十二魔将不在となったこの王都で、ナタは一人門番として立っていた。
寝ずの番として、過分なほどの戦力として、彼は王宮の夜を守っている。
とはいえ、王宮そのものの門ではなく、あくまでもカンヨーの門番。
一番外側であり、近衛が立つには遠すぎる。
当然だが、彼は自ら望んでここにいる。
本来の門番へ無理を言って、代わりに立っているのだ。
彼の中には、矛盾した想いがある。
この王都を如何なる外敵からも守るという覚悟があり、同時に自らを殺傷せしめるほどの強敵の襲来を待ちわびている。
如何なる下法、外法でも構わない。
彼は死者の復活さえ望んでいる。それも味方ではない、敵の復活だ。
『よくもやってくれたな……俺の仲間たちを! 虫けらのように殺したな!』
彼の脳内では、敵の憎悪がこだましている。
何かの間違いで生き残った敵将が、自分の前に現れて、自分へ呪いを吐く瞬間が現れては消えている。
『西重の仲間は、皆倒れた……だがここに一人いるぞ! 仲間の犠牲によって生き残った、この俺がいるぞ! 俺がいる限り、西重は不滅だぞ!』
聞けば、アカネのレックスプラズマで吹き飛んだ敵将二人は、その姿が残らなかったという。
あるいはその二人が、地の果てまで飛んで行って、その地で治療を受けて、ぼろぼろになりながら戻ってくるかもしれない。
いや、それをこそ望む。
『そこを退け、俺は殺さねばならぬ。王家も、将も、皆殺しにせねばならぬ! そうでなければ、西重軍三十万の霊が休まらぬ!』
あるいは西重に、まだ見ぬ英雄がいるかもしれない。
若き英雄、未熟ながらもアッカに匹敵する才覚の持ち主が、ただ一人でここへ来るかもしれない。
それが叶えば……彼は激情をもって迎えるだろう。
ナタは寝ずの番のまま、夜の闇の中で、起きたまま立ったまま夢を見ていた。
そこには、仲間など一人もいない。自分を支えてくれる仲間、自分と一緒に戦ってくれる仲間など一人もいない。
思い描く資格が、彼にはないのだ。彼がそう思ってしまっている。
彼らは近衛をまっとうしたのだ。
(卑しい!)
彼は今まで使ったことのない言葉を、自分に向けて使っていた。
使ってはいけないと思っていた言葉を、自分だけに使うのだ。
(こんな男が、十二魔将首席?! 王都が脅かされることを心から願う男が、ギュウマ様の跡を継ぐ?! なんという卑しき心の持ち主か!)
誰もが戦争に疲れ、これ以上の流血を望んでいない。
にもかかわらず、自分だけが戦いを望んでいる。
なんという下衆、下種、下郎。
私利私欲のために、罪悪感を紛らわせるために、戦争を望んでいる。
これが、十二魔将首席などありえない。自分の手柄を望む首席など、許されない。
(今の私の心中を明かすべきか……そうすればきっと……他の誰もが、私の卑しさに呆れるだろう)
ナタもわかっている。
私心を捨てるべきだと、さっさと十二魔将首席になるべきだと。
雑兵のように、心を捨ててはい分かりましたと言うべきだと。
(狐太郎様のように、ただ大王陛下の命に従えばいい! 道化であっても演じるべきだ! それができない時点で、私は……!)
誰でもできること、やらなければならないこと。それを個人的なこだわりによって、拒絶してしまっている。
なんという愚かなのか。
元十二魔将四席、大志のナタ。
彼は夜の闇の中で、立ち尽くしていた。
「お疲れ様です、ナタさん」
その彼の元へ現れたのは、復調したばかりの元四席、抹消のホワイトであった。
「……ホワイト君」
「聞きましたよ、ここにいるって話で。熱心ですね……」
「いや、そんないいものではない。私は……」
「まあまあ……」
ホワイトはあえてナタの話を聞かなかった。
そのうえで門番の相棒のように、少し距離を取って立っていた。
「俺、十二魔将を辞めるんですよ。もうなる気がないです」
「……そうか、残念だ。君ならば立派な十二魔将に……いや、違うな。君は立派に十二魔将をやり遂げた」
「最後は負けちゃいましたけどね」
恥ずかしそうに、ホワイトは戦績を明かす。
「せめて大将軍相手に負けたのなら恰好もついたんですけど……その卵に負けちゃいました。ダサいですよね」
「そんなことは……」
「俺、前に落ち込んだ時、学校の先生へ相談に行ったんです。今もその時のことを思い出してます」
「……」
恩師の言葉、自分の中に残してくれた言葉。
「自分が大失敗をした時、どうすればいいのか。不甲斐なさで表を歩けなくなったとき、どうすればいいのか。それを教わりました」
「……」
ナタはそれを習わなかった。
彼にとって、そんなことはなかったからだ。
決して安寧に生きてきたわけではないが、こうも絶望的な喪失は初体験だった。
もちろんナタとホワイトでは、その度合いも違うのだろう。
だが足を止めて、恩師の言葉を求めていることは同じだ。
「結局、不甲斐なくなくなるまで頑張るしかないんですよ。実力が足りないのなら、強くなるしかないんです。できないことがあるのなら、できるようになるしかないんです」
「……それで、ぬぐえるのだろうか」
「分かりません。でも……」
能力に不足があるのなら、努力して向上するべきだ。
それは分かるが、それで失敗がなかったことになるわけではない。
「誰かにどうあってほしいと思うのなら、自分もそうするべきじゃないですか」
「!」
「尊敬する人が昔大失敗をしていたとしても、今の立派な姿を見れば……失敗で挫折しなかったんだなって、もっと尊敬できるんじゃないですか?」
「私に、それになれと」
「そっちのほうが、俺はナタさんのことを尊敬できます。迷惑かもしれないですけどね」
ホワイトは、わざわざ大回りをして、ナタの前に立った。
視線が合った。
「ナタさん。正直俺も、貴方が十二魔将首席になるべきだと思ってます。でも……」
彼の目は優しい期待があった。
「ラセツニさんと同じですよ、いつかなってくれればいいんです。納得できないのに憧れの地位になんて、つけませんしね」
返す言葉がない。
ナタは黙って、暫し浸っていた。
(私の卑怯の、最たるものはなにか。それはあの時、黙っていたことではないか)
先ほどの会議で、はっきりと自己主張するべきだったのだ。
たとえどう思われたとしても、首席になれないというべきだった。
(順当という言葉に私は屈した……!)
伝えるべき言葉があった。
自分はなれないと、言うべきだった。
それがどれだけ否定されても、はっきりと言うべきだった。
そうでなければ、卑怯にもほどがある。
(ラセツニ様に甘えていた! ジロー様のように、自分の口で言うべきだった! それが潔いというものだ!)
ナタはホワイトに、決然として背を向けた。
「すまない、ホワイト君。私はやるべきことを見つけた。替えの兵を呼ぶので、それまでここにいて欲しい」
「わかりました」
「……ありがとう」
王宮の中へ、彼は入っていく。
少し遅れたが、自分の気持ちを形にした彼は、自己主張しにいった。
そんな彼の姿を、門の内側にいた究極も見ていた。
彼を見送ると、究極はホワイトの元へ向かう。
「いい顔をしていたね、ホワイト」
「ああ……いい人だ。誰もが推す理由が分かるよ」
もしかしたら、十二魔将自体を引退していたかもしれない。
あるいは表舞台から姿を消し、菩提を弔う日々を過ごしていたかもしれない。
だがそれは先のことであって、今すぐではない。彼はまだ、この苦界でやるべきことがあるのだ。
「それでさ、ホワイト。しばらくお話しないかい?」
「何時もしているだろうが、まったく……」
ホワイトは、その大きな手で究極の肩に手を置く。
「だけどまあ、お前は俺と違って大活躍だったもんな。交代が来るまでは、付き合ってやるよ」
「おお……嬉しいね」
王都の静かな夜。
それを二人は楽しもうとしていた。
その時である。
「じゅ、十二魔将四席、ま、抹消のホワイト様~~!」
おそらく本来寝ずの番をしていたであろう門番が二人、大慌てで走ってきた。
それこそ、まるで襲撃でも受けたような慌てようである。
「ど、どうした?!」
「も、申し訳ありません……!」
息も絶え絶えだった二人は、なんとか敬礼をして報告する。
「我等二名! 大志のナタ様の命により寝ずの番に復帰いたします!」
それを聞いて、究極とホワイトは自分達の状況を再確認する。
『すまない、ふたりとも。寝ずの番を私に譲ってくれないか?』
とナタが言って、二人を休ませた。
その後で……。
『何度も済まない、寝ずの番に戻ってくれ。今はホワイト君がいるから、空いてはいないよ』
それを聞いた、門番の心境や如何に。
「……ああ、うん。お疲れ様」
「頑張ってくださいね」
「はい!」
自分たちがどう思われているのか、ホワイトと究極は再認識するのだった。
 




