千客万来
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真面目、というのはいいことである。
不真面目、というのは悪いことである。
もちろん狐太郎も、基本的には真面目よりだ。
だがそこまで極端に、大真面目、というわけではない。
だからこそ大真面目な震君のジローに対して、正当性が分かるので話を聞く気になっていたが、内心迷惑に思っていた。
「ご主人様、大変だね~~」
「ああいう面倒なことを、全部請け負ってくれる。流石私たちのご主人様ね」
「ああいう人がいるから社会は回るのよ、人間は偉大ね」
「皆、仕事の邪魔をしてはいけない」
(これが俺の仕事か……)
考えようによっては、偉い人と会って話をするだけで、豪勢な城で次期王様として扱われるのである。
人によっては、夢のような仕事と思うかもしれない。
しかし四体の魔王が感心しているように、とても面倒で面白くない仕事だった。
偉い人、というのも問題だが、そもそもこの二人は異常に強いのである。
そんな異常に強い男たちが、不機嫌な顔をしているのだ。
そりゃあ怖いに決まっている。
それでも立場上は狐太郎が上なのだ、厄介極まりないといえるだろう。
「まったく……ナタとラセツニが面倒なことを言いだしたせいで、国政が滞り赤面の至り。有事の際に滞ることなく速やかに十二魔将の席が決まった、討伐隊に比べてなんと不甲斐ないことか」
(ならもめるなよ……)
改めて、ジローは自分達の不甲斐なさを嘆いていた。
もちろん狐太郎は呆れている。
「貴方はアッカの去ったあとに前線基地へ向かい、引き継ぎなくAランクハンターとなり……最強のハンター集団である討伐隊の長として、皆から認められていたとか」
「そ、そうでもないですけど……」
「リゥイ達か? あいつら面倒だからな~」
他の討伐隊たちとは、良好な関係を作れたと思っている。
しかし一灯隊だけは、かなり険悪なままだった。
とはいえ隊長であるリゥイの生真面目さもあって、一丸となり戦うことができていた。
「この前も会ったけど、アイツらが一番俺をにらんでるんだよな~~!」
「当たり前だ……お前の計画を聞けば、誰でも苛立つ。ましてや実行した後では……!」
(ヤバい……例の件だ、絶対ろくなことじゃない)
狐太郎はアッカが『なにかした』事自体は聞いていた。
だがそれは結構有名なことであるらしく、だからこそ誰もが聞いても教えてくれなかった。
そこまで知りたいわけではなかった狐太郎だが、まさか本人のいる前で聞くことになるとは思わなかった。
「……狐太郎様。貴殿はこの男が何をしたのか、ご存じない様子。それにもしも知っていたとしても、本人の口から聞くのが一番でしょう」
「おいおい、まじかよジローさん」
「早く言え、私が言ってもいいのだぞ」
はあ、とアッカはため息をした。
そのすぐ後で、照れながら何をしたのか話し始めた。
「俺はハクチュウっていう伯爵家に生まれたんだが……これがとんでもない悪ガキでな。親どもはこりゃあ駄目だってなって、俺を戦場に送り出したんだ。それも『僕貴族辞めるよ』っていう書類にサインさせたうえでな。まあよく読まずに、適当にサインした俺が悪いんだが……」
ハクチュウ伯爵家にとって決定的に不運だったのは、生まれた跡取り息子が尋常ではなく強かったことだろう。
歴代最強のAランクハンターになった男である、幼い時からさぞ怪物的に振舞っていたのだろう。
それも、子供故の無思慮さでだ。何一つ遠慮なく、好き勝手だったはずだ。
そして最悪極まりないことに、アッカは強すぎた。
戦場においてさえ、彼に勝る才覚の持ち主はいなかった。
「オーセンと兄弟になったり、ギュウマやラセツニと喧嘩したり……ジューガーの旦那の世話になったり、俺にとって戦場はいい思い出ばっかりだったが……まあ、帰ったら義弟が許嫁と結婚して、お前はもうこの家の子じゃないときた」
普通のドラ息子なら、ここで話は終わっていた。
だがアッカは強かった、度を超えて強かった。
そのうえで、己の中の葛藤もあって、合法的に報復を選んだ。
「むかついたんで吹き飛ばしてやろうとも思ったんだが……ま、どうせなら合法的にやってやろうと思ってな、その時に旦那から聞いたシュバルツバルトの討伐隊を思い出した。そこでAランクハンターを長年勤めれば、王家に婿入りもできるって話だ」
「……今のアッカ様は公爵ですよね? つまり王家に入って、その家を潰そうとしたと?」
「それならどれだけ良かったことか」
狐太郎の、当然の合いの手。
それに対して、ジローは吐き捨てた。
実際、普通ならそう考える。だがこの男は、陰湿にもそうしなかったのだ。
「いや? 俺の義弟と許嫁の間に生まれる女の子を全員嫁にしろと要求するつもりだった。んでもって、実際そうした」
「……は、はぁ?!」
思わず声が裏返った。
それは狐太郎だけではなく、聞いていた四体の魔王も同じだった。
「カイのことは知ってるよな? カセイを滅ぼしたAランクハンターだ。王家全員の先祖に当たるそいつを大罪人にしないため、嫁をよこせと言った相手が拒否した場合には、その相手に何をしてもいいということになっている」
「……お前の娘を全員よこせ、さもなくば領地を吹き飛ばすぞ、ですか」
「ああ……結局吹き飛ばすことになった。まあ領民も義弟とその家族も逃がしたんで、全員まとめて無一文にしただけなんだがな」
しみじみと、復讐の完遂者はひたっていた。
(やべえよこの人……エグイよ!)
聞いていた狐太郎は、それはもうドン引きである。
「復讐するまでは、それを楽しみに生きてきた。討伐隊の連中には、大声で自慢してたもんだ。まあシャインは凄く嫌そうな顔をしてたが……。実際に吹き飛ばして、結婚して、子供ができると……ちょっとな」
(ちょっと?!)
「こういう奴なんです、十二魔将首席に据えたくない理由が分かるでしょう」
身の上話を聞いただけで、狐太郎はアッカに対して不信感が吹き上がっていた。
「……とはいえ、陛下のおっしゃることも的外れではない。私が王家へ不満を抱いていることは、それこそ主張していることですので」
そしてそれは、ジロー自身が抱いていることでもある。
ジローはアッカと王家を、まとめて考えていた。
「狐太郎様、これを聞いてどう思われましたか? いえ、顔を見ればわかります……私が問題に感じているのは、この件が先代様や当代様の許可によって行われた凶行だということ……!」
震君のジローは、苛立ちを露わにしていた。
「信義信条は、ひとそれぞれ。それ故国家には法があり、それを皆が守ることで成立している。しかし……合法なら何をしてもいいというわけではない。少なくとも、そう思う者は現れる」
「……そうですね」
狐太郎は、ガイセイを思い出した。
越えてはいけない一線を視認し、その前で踏み越えそうになる遊びをする男。
仕事はする、実力はある、法律は遵守する。
だが、決定的に、他人に好かれたいと思っていない。
狐太郎ではなくガイセイが十二魔将首席になる事になれば、やはり問題が起きていたのではないか。
狐太郎は今更ながら、自分が首席になった意義を理解していた。
「私やギュウマも、その一人でした。確かにアッカは、法律を守った。そしてアッカの家族は、それだけのことをしました。私個人としては、この男が家族を皆殺しにするぐらいなら奨励したほどです」
「それはちょっと……」
「貴方は、前線を経験した上でそれをおっしゃるのですか」
家族を皆殺しにしていい。
道徳に則って、狐太郎は否定を示す。
しかしジローは、あえて問う。
「貴方の近衛である四人の侯爵家の若人……彼らが実は追放済みで家にも帰れない、となればどうですか!」
「……そうですね、失言でした」
狐太郎は一瞬だけ考えて、己の不明を認めた。
確かにそんなことは、許されることではない。
「アッカを廃嫡し、件の義弟を送り込むのならいい。あるいはアッカを跡取りにしたまま、戦場に送り出すのもいい。ですがアッカを跡取り息子という体で送り込み、それで貴族の義務を果たしたという面をして、その上でアッカを追い出す。許されないことです」
戦場に向かう者は、体のいい生贄ではない。
銃後の者たちが前線の者を裏切れば、それこそ国家が立ち行かなくなる。
「そんな輩、殺されても文句は言えない……ですが、領民へ被害を及ぼしたことは許せない。そしてそれを、先代様や大王様が許可したこと……奨励したことが許せない!」
まさか、大王様がそんなことを。
ジューガーがそんなことを……とは思わない。
「大王陛下らしいことですね……」
悲しいことだが、狐太郎はジューガーのことを知っている。
彼の厳格さを、良くも悪くも理解している。
「お会いしたことはありませんでしたが、先代陛下もそうだったのでしょう」
「ええ、おっしゃる通りです。あのお二人は、カセイを存続させるかどうかなどで意見をたがえておりましたが、気質は同じ。貴族に厳しく、王族に厳しいお方でした」
ふぅ、とため息をつく。
熱くなっていたジローは、自分を諫めた。
「それが悪いとは申しません。大国ゆえに起こりうる、支配階級の腐敗。それを妨げるためには、最上に位置する者が厳しくあらねばならない。ですがそれにも限度がある」
今回の防衛戦争は、皮肉にもこの国が腐っていないことの証明になった。
四方から攻め立てられて、崩壊しなかったのである。それはこの国がまともということであり、偽りによって飾られた大国ではないということ。
だがそれを維持するために、多くの血が流れているのだとしたら。
それは余りにも、非効率的と言わざるを得ない。
(リゥイたちみたいなことを言う人だと思ったけど……少し違うな)
狐太郎はジローの話を聞いて、最初一灯隊を連想した。
だが話を聞いているうちに、彼の根幹にあるものを見出していた。
「貴方も目にしたはずです。陛下のご息女、リァン殿下がショウエン将軍の妹御を殺めたところを」
その考えが正しいと証明されたのは、彼がリァンに対して怒っていることだ。
ケイが殺された時、リゥイはリァンに賛同していた。明らかに齟齬がある。
「もちろん、悪いことをしたことは認めましょう。実際に貴方と話をすれば、それがどれだけ許されがたかったのかもわかります。ですが……彼女は若かった!」
年長者故か、あるいは国家全体を背負っているからか。
カセイを大事に考えていたリゥイやリァンとは、決定的に違う。
「彼女を処刑したことで、東の将軍もまた処刑せざるを得なくなり、その結果東威からの侵攻も受けました……身から出た錆を削いだ結果、というには……錆として削がれた者たちは、無関係が過ぎる」
彼は一つの街を守るものではなく、国家を守るものであった。
「貴方の前だからこそ、あえて申し上げましょう。彼女は……彼女と一緒に殺された、コチョウ将軍の弟ランリ・ガオは、死ななければなりませんでしたか」
そして狐太郎もまた、国を守るものである。
「……私の仲間である四体も同じ意見でしたが、あの二人は惜しかった」
「十分なお言葉です」
「下らねえなあ、ジローさんよ。苦労した兄ちゃんに、嫌なことを思い出させるなや」
しんみりしていた二人を、アッカは鼻で笑った。
「ようはジューガーの旦那と意見が合わねえんだろ? それをはっきり主張してるんだろ? それで終わらせとけよ」
「……お前がお前の主観で語ったように、私も私の主観を語ったまでだ」
「嫌だねえ、長々話す爺さんは」
アッカとジューガーは、それこそ長年の間がらだ。狐太郎とジューガーの関係よりも、さらに深いものなのだろう。
だが決定的に、素行が悪いうえに前科持ちだ。はっきり言えば、周囲からの信頼がない。
その点ジローは、経歴も人格も問題ない。
だがジューガーに対して忠誠心がない。それでは近衛兵に相応しいと言えないだろう。
「ともかく……我らの不適格な要素は知っていただきたかった。だからこそ、ナタがやるべきなのですが……」
「いや~~……ラセツニやナタを舐めてたな。あの二人にしてみれば、首席になるからには完璧な奴じゃないといけないんだろ。理想が高いんだよな~~……」
二人はそろって、同じ人物のことを思い出している。
狐太郎の前任者、ギュウマだ。彼が偉大過ぎて、ナタもラセツニも、ギュウマを基準に考えてしまっている。
「ましてや……お前さんがいるからな。ギュウマの代わりに、残した仕事をやり切った『部外者』がもういる。だからこそ、ナタにちゃんとした首席になってほしいんだろうよ」
アッカの後任として勤めていた狐太郎が、見事に王都奪還軍を統率し、憎い敵を打破した。
今現在のナタは、それに釣り合っていない。だからこそ、釣り合うまでその席に就けないのだろう。
「そんな、私は……いまだに、十二魔将の仕事と大将軍の仕事と次期大王の仕事の区別がつかないぐらいで……」
「……お前さん、マジで大変だったんだな。すげーよ」
「誠、誠に……お見事でございました」
狐太郎の言葉に、二人の英雄は呆れていた。
四冠の狐太郎、なるほど重責であった。
※
かくて、二人のAランクハンターは去った。
これでひとまず、狐太郎は一息つけたのである。
さて、一息ついた後は?
「いやあお疲れのところ、すみませんね~~悪気はないんですよ」
東方大将軍、オーセン。
「オーセン、その言い方はなんだ。失礼だろう!」
北方大将軍、ガクヒ。
(そもそも我等と会うこと自体を嫌がっていると思うのですが……)
南方大将軍、カンシン。
三人の将軍が、狐太郎の元へ訪れていた。
(これは十二魔将首席の仕事なんだろうか、征夷大将軍の仕事なんだろうか、次期大王の仕事なんだろうか……)
狐太郎は未だに、今の自分がどの役職の仕事をしているのかわからなかった。




