根回し
Aランクハンター、震君のジロー。
元北方大将軍であり、現北方大将軍であるガクヒの師に当たる男。
この場の英雄では最高齢に当たり、ギュウマよりもやや年上である。
その彼が十二魔将首席に名乗り出たことで、状況は一気に混迷を深めた。
「ああん?」
元Aランクハンター、圧巻のアッカ。
東方大将軍オーセンの兄貴分であり、斉天十二魔将次席西原のガイセイの師に当たる。
一旦は十二魔将首席になることを渋っていた彼は、ジローが難癖をつけてきたことで一気に不機嫌になった。
「ジローさんよぉ、一体どういう了見だ? ついさっきまで名乗り出る気配もなかったくせに、俺が成るっていったら名乗り出やがって……ケンカ売ってるのか?!」
「お前が十二魔将首席など、受け入れられるものではない! ギュウマの跡をお前が継ぐだと?! 冗談も休み休み言え!」
「俺が言ったわけじゃねえよ! 聞いただろうが、ラセツニが言い出したことだ!」
実際、アッカは他薦である。
それもギュウマの妻であるラセツニからの、熱い推しだ。
もっともアッカを推薦したくないであろう彼女からの推しだからこそ、アッカも受け入れることにしたのだ。
(ギュウマって人とアッカさんは仲が悪かったのか……)
狐太郎はあんまり込み入った事情を知らないので、ただ黙って聞いていた。
うかつに首を突っ込むのは、怖くてたまらない。
「そこまでだ!」
強く、強く、大王ジューガーが一喝した。それこそ、狐太郎とは大違いである。
決して強大ではない彼の一声に、アッカもジローも大人しくなる。
流石に、このまま騒ぐのは良くない、という判断をしたのだろう。
強者ではあるが、双方ともに弁えてはいる。
「まず……我ながら不覚であった。まさかラセツニが、よりにもよってアッカを推すとはな。だが、言っていることはもっともだ。おそらくナタが嫌がる理由も、合理的に説明すればその通りなのだろう」
根回しの不備を、大王は詫びた。
だがそれを咎めるものは、流石にいない。
それこそラセツニ以外の全員が、彼女こそがナタを推すと信じていたのだ。
「ナタよ、そうであろう」
「はい……ギュウマ様のように、後進を指導などできるかどうか……。であれば、アッカ様やジロー様の方が……適任かと」
ナタ自身も、ラセツニの言葉を肯定していた。
実際やったことがないので、偉大過ぎる先達を前にすくんでしまうのだろう。
「……それで、アッカにジローよ。お前たちは自分達がやる気のようだが、実際のところナタの気が変わればどうする?」
「ナタがやればいいだろ、それが筋ってもんだ」
「……ナタが望むのなら、それが一番だ」
アッカはあっけらかんとしたものだが、ジローはアッカと同じであることが不満であるらしい。
しかしそれでも、ナタがやるべきだと推していた。
「……ナタよ、聞いての通りだ。お前が受け入れれば全部丸く収まる」
(パワハラみたいなこと言ってるな……)
自分もよく言われることなので、狐太郎はナタに同情する。
しかし、実際その通りである。
ナタがやらないと、アッカとジローで諍いが起きる。
それは避けなければならないことだ。
「そもそもだ、ラセツニよ。お前の言いたいことは分かるが、いきなり何もかもをギュウマのようにやれと言っているわけではない。そもそもそんなことは、ギュウマ本人以外には無理だ。であれば周りの手助けを受けながら、少しずつ前進すればいい」
ジューガーは、ため息をつきながら狐太郎を掌で示す。
「この『お方』を見るがいい。私はこの狐太郎に四冠という二つ名を押し付け、あらゆる大任を乗せてしまった。だが彼は短い期間にやり遂げた、次期大王としても征夷大将軍としても、斉天十二魔将首席としても……もちろんAランクハンターとしてもだ」
(やっぱり俺……めちゃくちゃ大変だったんだな)
「だがそれは、彼が天才だからではないし、怪物だからでもない。周囲と協力し、支え合った結果だ。それともこの『英雄』の前で、荷が重いので放り出したいと言えるのか?」
その場は、沈黙である。
誰もがナタの言葉を待っているが、しかしナタは言葉を持たなかった。
羞恥と混乱が極まり、何も言えなくなったのである。
否、この無様こそが、自分に相応しいと思ったのかもしれない。
真面目だ、真面目が過ぎる。
呆れてしまう程、ナタは真面目過ぎた。
真面目過ぎて、『順当』であることに耐えられない。
自分が公平ではないこと、公正ではないことに耐えられない。
経歴も家柄も、何もかもが十二魔将首席に相応しかったとしても。
それが功績や実力によるものではなく、ただ他が全員死んだだけでは、めぐってきただけでは、座れないのだ。
「ふぅ……美点、ということにしよう。さて、アッカ。お前の復帰は嬉しいが、ジローの気持ちも分かる。よってお前へあえて何かを言うことはない」
「おうおう、分かってるって奴かい、旦那。格好いいねえ」
「黙っていろ。さて、ジロー」
アッカが不適当である理由は、それこそ経歴と素行である。
少なくとも今の彼は、普段通りに半そで半ズボンにサンダルである。
どう見ても、大王の御前に相応しくない。
これでは『お前だけは駄目だ』と言われても反論の余地はない。
「敢て言うが……お前はそもそも、国家に忠義を誓っても、王家に忠義は誓っていなかった。少なくとも、私や兄上にはな」
(……?)
「アッカを首席に座らせたくないからといって、私直属の部下になるなど、それこそおかしなことだと思わんか」
ジューガーの言葉は、王都奪還軍にはよくわからないことだった。
流石に他のAランクハンターや大将軍は察しているが、それでも黙っている。
「それでも言わねばならぬことはありましょう」
「……確かにな」
アッカの恰好を、改めて大王は見る。
確かにこれは、文句を言われても仕方ない。
「さて……この場の誰もが私を大王と認めているのなら、私に任命権がある。だがナタとアッカ、ジローの三人の中から選ぶとなれば、この場で無理やり決めればしこりが残る」
大王は王都奪還軍の面々や、周囲のモンスターたちを見る。
「あっさり決まると思って、今口にした。だがそれは私の不手際によって、こじれにこじれた。であれば、これは一旦保留とする。異論はあるまい」
斉天十二魔将を決めるのを保留、それは余りいいことではない。
だが確かに今無理に決めれば、アッカとジローは納得しないだろう。
それは避けるべきであり、結局先送りもやむをえまい。
「だがこうなっては、この場の面々で審議をする必要があるだろう。であれば狐太郎君、君の力を借りたい。しばらくここを離れられない彼らの代わりを、各地に派遣してくれまいか」
「……承知しました」
各地から集まった実力者たちは、長く任務先を留守にできない。
外国が攻めてこないとしても、モンスターなどで被害が出かねないからだ。
いざという時英雄が不在では、それこそ国家の一大事である。
「アカネ、ササゲ。東と北と南に、ドラゴンと悪魔を派遣してくれ。一応言っておくが、ドラゴンは一体も残さなくていい。悪魔の方はセキトとアパレ、その眷属が残れば十分だろう」
元はただの示威であったが、狐太郎のモンスターは既に配置されている。
この場で命令すれば、そのまま軍として進行可能だった。
「うん、わかったよご主人様。ウズモ、聞こえた~~?!」
『お任せください、竜王様。では私が東へ、二体を北へ、三体を南へ送りましょう』
「空論城の悪魔たち、聞こえたわね? 千体を三隊に別けて、ドラゴンについていきなさい」
「承知いたしました、速やかに編成いたします」
さらりと、Aランクのドラゴンが六体、Bランクの悪魔千体が軍として三方へ『散る』ことが決まった。
命じたジューガー本人をして、少々驚くことである。
ましてや狐太郎の手腕を初めて見た英雄たちは、そろって度肝を抜かれていた。
(これが史上最強の魔物使い……! 瞬く間に、我らが抜けた穴がふさがった! これならAランク上位か英雄が現れない限り、対応できないということはない!)
大将軍ガクヒは、これから各地へ派遣される戦力に震えた。
これ見よがしに誇示された戦力が、大王の命令一つで動き出す。
(すんげ~~……流石は兄者の後釜だ。首席と征夷大将軍、Aランクハンターと大王、全部兼任できちまうわけだぜ)
大将軍オーセンもまた、感心するしかない。
目の前の小男一人が、英雄四人分の働きをすると証明している。
噂には聞いていたが、これは正に四冠だ。
(素の力が高いドラゴンに、呪いを得意とする悪魔たちが三百以上……! 私ならば問題なく勝てるが、他の誰がどうやって勝てる?! しかも魔王とやらを動かさずしてコレ……!)
大将軍カンシンは、脳内で彼のモンスターと戦うことを想定してしまった。
だが彼自身が率いてさえ、相手にもならないと分かってしまう。
戦術もへったくれもない、ただ強いモンスターと、厄介なモンスターの群れ。
こんなの勝ち目があるわけもない、よって戦う前から白旗であった。
(究極ちゃんは、ご主人様の傍を離れたがらないとか言ってなかったか? まあそれは、四体の魔王の話だろうが……)
一方でアッカは、以前に究極と話をしていたことを思い出した。
話の流れからして、四体の魔王は最初から動かさないのが当たり前なのだろう。
(……素晴らしい信頼関係だ、端的な指示で何もかもが回っていく。これが……これこそが、首席のあるべき姿)
大志のナタは、むしろ大王の望みがあっさりと叶うことに胸を痛めていた。
大王が良きに計らえと言えば、首席は速やかに解決へ動き出す。
自分がやっているかどうかなど関係ない、大王の命ずるままに国家を守ってこそ十二魔将首席。
狐太郎は、まさにそれを体現していた。
(よき主従だな……知性の高いモンスターを従えていると聞いていたが、信頼関係がしっかりとある)
一方で震君のジローは、主従たちの受け答えに安堵をしていた。
おそらく彼らにしてみれば容易な仕事という認識なのだろうが、それを含めても余計な受け答えがない。
主従の上下がはっきりしているうえで、それに不満を持たない者ばかりだからだろう。
それはとても単純で、大事なことであった。
そうして三方向へ向かっていく軍に比べて、人間たちのなんと愚かなことか。
異なる種族でさえ手を取り合い、力を合わせているのに。
いや、同じ種族だからこそ、なのかもしれないが。
※
さて、ナタがごねたせいで、面倒なことになってしまったわけである。
しかし既に十二魔将は解散されており、しかも候補自体は既にいるので、狐太郎たちにとっては無関係なことである。
もちろん考えようによっては『え、用済みになったら解雇? しかも次は公爵家のお坊ちゃん?』と認識されることもあるだろう。
だが今回は大勢の戦死者がでた。勝ったは勝ったが、大いに悲しみが残った。
その責任を取って、辞任する。それは周囲から見ても、納得の人事であろう。特に遺族や負傷兵にとっては、むしろ温いと思われるかもしれない。
ともあれ、あとくされなく任期満了。
そのはずだったのだが……。
(なんで?)
現在カンヨーにある狐太郎の部屋に、二人の英雄が訪れていた。
一人は長いあごひげを伸ばした男、震君のジロー。
もう一人は半そでに半ズボンという恰好をした、圧巻のアッカであった。
現在いがみ合っている二人が、そろって狐太郎の元へ訪れていたのである。
「この度は大任をまっとうされ、大変ご立派でございました。この震君のジロー、深く感謝いたします」
「……おいジローさんよ、どう見ても迷惑そうだろ。こんなむさい爺さんがそろって、若い兄ちゃんの部屋に押し掛けるとか、もはやいじめじゃねえか」
丁寧にあいさつをするジローだが、むしろ文句を言っているアッカの方がまともに聞こえる。
それだけアッカの感性がまとも、ということなのかもしれない。
(ナタさんといいこの人といい……真面目な人って、迷惑なんだな……)
感謝とかどうでもいいので、さっさと出て行ってほしかった。
狐太郎、心からの願いである。
「お、お二人とも……どのようなご用件で、ご一緒に?」
さっきまで殴り合いでも始めそうだった二人が、狭い部屋でそろっている。
しかも雰囲気は険悪なままであり、気が休まらないにもほどがあった。
「俺はジローさんに引っ張られてここに来たんだよ。こっちも迷惑してるんだぜ?」
「……実は狐太郎様に、我等の実情をお話ししようかと」
真面目なジローは、やはり真面目に切り出していた。
(なんで?)
用件はわかったが、動機が分からない。
なぜこの二人の男の、仲が悪い理由など知らなければならないのだろうか。
(シュバルツバルトが懐かしい……あそこは自分の都合とか、話してくる人はいなかった……!)
面倒な役職を切り上げたはずなのに、なぜか面倒が襲い掛かってくる。
狐太郎は理不尽な世の中に不満を抱いていた。
「っていうか、それ俺いるか?」
「お前がいなければ、私が一方的に主観だけを伝えることになる。お前にとって、反論の機会を与えないのは不公平だ。そのような印象を与えないためにも、お前はいる」
「じゃあなんだって引退した兄ちゃんのとこに押しかけてるんだよ、もう関係ねえだろ?」
(まったくだ)
裏事情とか隠された真実とか、英雄たちの関係とか、もうどうでもよかった。
不真面目なアッカの方が、よほど正しい。
「何を言う、狐太郎殿はいずれダッキ様と結婚し、この国の大王となるお方だ。つまり十二魔将を決めるのなら、そのまま関係者となるだろう」
(まず俺の婚約破棄を発表しておけばよかったな……)
狐太郎は今更ながら、大王の根回し不全を呪っていたのだった。




