譲り合いの心
つい先日まで、この王都は西重の将軍たちに占拠されていた。
Aランクモンスターさえ屠る英雄たちが七人もそろい、のさばっていたのである。
だがその七人をもってしても、今この道を歩いている男たちには大きく劣るだろう。
大将軍が三人、Aランクハンターが三人。チタセーと同等以上の完成された怪物たちが、己の国の王宮を歩いているのである。
(すげえ……!)
王宮を守るカンヨーの兵士たちは、その六人を見て思わず生唾を呑んだ。
中には先代十二魔将がそろっていた時代を知るものさえいたが、それでもなおこの六人がそろって歩いていることに震撼せざるを得ない。
本来四方に散って大国を守っている男たちが、並んでいる。
その異様さは、当人たちの関係性もあって背筋が凍る。
Aランクハンター、震君のジロー、圧巻のアッカ、大志のナタ。大将軍、カンシン、ガクヒ、オーセン。
そろうどころか、滅多に会わない彼らは、だからこそ歩きながら口論をしてしまう。
「いや~、兄者のことは全然心配してなかったんですけど、ご家族がご無事でよかったですよ」
「本当にそれだよな、家族が無事でよかったぜ。ラセツニの手前偉そうなことは言えないけどよ……家族を守れて、今更ながら強くなっておいてよかったな~感がある。分かるだろ?」
「すげえわかりますぜ! 俺も家族ができてから、守りに入っちゃいましたよ~~! まあ俺の場合、もう孫とかいるんですけどね」
「……そういやお前、俺と一緒に戦ってた時から子供いたよな。昔は全然興味なかったから、完全に忘れてたぜ」
「普通ですよ、普通! 兄者が遅いぐらいですよ」
「……」
「そこで真面目にならないでくださいって!」
「悪い悪い……まあいろいろ考えちまうよなあ~~……」
元々ハクチュウ伯爵家の跡取りだったアッカは、若き日に東方戦線で戦っていた。
その際に現大王であるジューガーとも縁を結んだのだが、同じように弟分であるオーセンとも兄弟分となっていた。
お互いの気性もあってそうそう会うことはないが、それでも会えば親友としてじゃれ合う。
変わっている己と相手、されど関係性に変わりなし。
それは超絶の力をもつ両雄にしても、常人と変わらぬ喜びがあった。
「……ふん、良く言えたものだ」
「御崩御された先代も、現陛下も酔狂をなさるものですな」
だがそんな二人を、ガクヒとジローは苛立たしく見ていた。
二人が強いことは認める、仕事をしていることは認める、苦難があったことも認める。
しかし不真面目というのは許しがたい。
強く、仕事をこなし、苦難を越えて、なおかつ真面目。
そんな師弟からすれば、この兄弟の姿勢は耐えがたい。
自分達と同格であることが、許しがたいのだ。
軍人の頂点に立ち、その規範足らねばならぬ大将軍。
その座にいるのが、コレでは、それこそ真面目な軍人が報われない。
「おやおや、ガクヒ閣下。不敬罪に問われそうなことは口にしないほうがよろしいですよ? 人の口に門はたてられません、この話を聞いている誰かが、今の戯言を真に受けてしまったら」
オーセンは自分の口の前に、指を一本。
「大将軍ならば、叛意ととられかねない言葉は慎むべきでは?」
「!」
忠言耳に逆らう、良薬口に苦し。
オーセンの的確なアドバイスは、ガクヒにとって逆鱗だった。
この男に大将軍かくあるべしと言われるのは、それこそ耐えがたいことである。
「そこまで言うのなら、貴殿も少しは軽口を慎むべきではないか、オーセン大将軍」
ガクヒが怒るより先に、ジローが怒っていた。
弟子に後を譲り退いたとはいえ、彼も元は大将軍。
怒る権利は十分にある。
「はぁ……師弟仲良く戦ったお二人には理解していただけないでしょうが……私は東を守り、兄者は中央を守り……ともに国家へ奉仕する立場でありながら、重責ゆえに長く会えませなんだ。再会を喜び合うことぐらい、大目に見ていただきたいですなあ」
ああいえばこういう。
なんとも開き直った態度に、ジローはなお苛立つ。
「これぐらい、大目に見ていただきたいですな。それともジロー様は……私の振る舞いに疑わしいところでも?」
違法行為はしていない、という主張のモラルハザード。
これを受け入れるには、ジローもガクヒも真面目過ぎた。
「まあまあ、皆さん。我らは大王陛下に呼ばれている身なのです、ここは……」
「おいおいジローさんよ、俺の弟分にケンカ吹っかけてるけどよ、そもそも大王の旦那に呼ばれてるところだぜ? まずはせ参じるのが筋だろ」
カンシンが大王のことを持ち出そうとしたところで、アッカが同じことを言い出した。
二人はほぼ同じタイミングで話し始めて、アッカの声が大きかったのでそちらに注目が行った。
カンシンに言われるならともかく、アッカに言われると癪なので、ジローもガクヒも引く姿を見せない。
「な、ナタ殿……私だけでは力不足、どうかお力添えを」
「いえ……私に発言権など……」
カンシンは同じく穏健派であるナタに助力を請うた。
しかし自信を喪失しているナタは、消沈して応じない。
さてまさか殴り合うことはないとしても、周りの者たちが怯えだしている。
四人が超絶の力を持つと知っているがゆえに、警備の兵士たちは既に気絶しかけていた。
さて、何が起きるのか。
まさか和気あいあいと和合して、仲良くそろって大王の元へ行けるわけもなし。
されば……。
冷や水が必要であろう。
「!」
六人の男たちは、同時に同じ方向を向いた。
表情に緊張感などないが、明確に何かを認識している。
「失礼いたします皆様、四冠の狐太郎様の使者として参りました。少々お時間が押しているようですので、どうかお急ぎを」
大将軍やAランクハンターは、意識して黙った。
そして兵士たちは、慌てて自分の口を抑えた。
アッカたちの向かっていた方向から、悪魔が現れたのである。
それも一体や二体ではない、百を超える悪魔の『近衛』が、まるで執事のように整然と並んで迎えに来たのである。
(くくく、他の連中もびっくりしてやがるなあ)
(無理もありません。悪魔をよく見るのは、悪魔使いか裏社会の住人だけ、歴戦の雄でも今まで見たことがあるかどうか)
悪魔の群れが、王宮にいる。
もしも事前の情報がなければ、周囲がどうなろうと吹き飛ばしていたかもしれない。
いいや、彼らが完成された英雄でなければ、うっかり速攻でつぶしていたかもしれない。
それほどの異常事態である。
悪魔が大勢いる、それが異常なのだ。
ましてやその悪魔の群れが、実際には全員ではなく十分の一程度であり、全員が一人の人間に忠義を誓っているなど。
異常どころの騒ぎではない。
「ガクヒ、無駄口が過ぎたようだな」
「そうですね、急ぎましょう」
「ははは……噂には聞いていましたが、驚きですね」
ジロー、ガクヒ、カンシン。
彼らは意図して、悪魔に返事をしなかった。
当然の警戒であり、配慮である。
彼らは攻撃する気を持たない一方で、絶対に悪魔へ応答をしなかった。
「では皆さま、どうぞこちらへ」
悪魔の後ろについていく、というのは英雄たちでさえ不気味なことである。
だがそれでも、事前に話に聞いていたからこそ、誰もが神妙な顔をしつつ続いていた。
(話には聞いていたが……こりゃあ凄い)
無言で悪魔についていくオーセンは、心底から畏怖していた。
大量の悪魔を、完全に支配している悪魔使いなど聞いたことがない。
(こりゃ謀殺は無理だな~~、誰にもまねできないけども)
とにかく数が多すぎる。悪徳貴族は数いれど、これだけの数の悪魔と張り合おうとする狸爺など一人もいない。
結託してだの、流言を流布してだの、そんなからめ手を打てる相手ではない。
実物がヤバすぎて、陥れるとか歯向かうどころか、足を引っ張ることさえ躊躇われる。
(逆に言えば、これだけの悪魔を従えるってことは……狐太郎は相当の狸だな、どんだけデカいタマしてるんだか)
やや下品な考えではあるが、同じようなことは誰もが考えている。
悪魔とは、それこそ絵本の悪役である。
そして絵本とは、大抵ありえないほど残酷だ。
その残酷で愉快な悪役が、全員頭を垂れて崇拝している。
まさに迎え一つで、格を示していた。
暴れれば一瞬で倒せる英雄たちも、しかし気を引き締めて謁見の間へ向かう。
これから向かう先に、未知の英雄がいる。
四冠の狐太郎という、史上最強の魔物使いが。
※
謁見の間とは、玉座の有るべき場所である。
もちろん儀礼の場であり、基本的に室内だ。
だが現在カンヨーの王宮では、玉座は屋根の上に置かれている。
屋上ともいえるスペースに、じゅうたんが敷かれ荘厳な玉座も設置されている。
もちろんそれらだけでも荘厳なのだが、やはり本物の謁見の間には及ばない。
そのはずなのだが、一同は目を細めながら周囲を見た。
王宮の上なのだから、周囲の視界を遮るものはない。
だが巨大なドラゴンであるクラウドラインが、まるで屋根になっているように周囲をうねっている。
若き竜の周囲には大量の精霊が騒いでおり、また屋上と同じ高さに悪魔たちが整然と並び、屋上の上には亜人の勇者たちもそろっている。
「……聞きしに勝るとはこのことか、北の大王もここまで従えることはできまい」
「なるほど……噂はすべて本当か。四冠の狐太郎、すべてのモンスターの王だというが……」
「……なんという数、なんという量、なんという兵。軍に換算すれば、いったいどれだけの価値があるのか?!」
「やれやれ、大王様も粋なことをなさる。これでは確かに、謁見の間では狭すぎるな」
ナタとアッカは既に見ているが、他の四人にとっても驚きの光景である。
己一人でも殲滅できるがゆえに、圧倒されることはない。だがそれでも感嘆の念を抱くには十分であった。
「アッカ、遅いぞ」
「悪いな、ジューガーの旦那。案の定ガクヒとジローさんとぶつかっちまってな!」
「申し訳ありません」
「……ナタ、そう謝らずともよい」
玉座にいるのは、当然ながら大王に就任したジューガーである。
先代大王の弟であり、兄の死によって自動的に大王となった彼であるが、このカンヨーを奪還したことは決して自動的ではない。
彼の周囲には、四軍の将軍たちと、九人の十二魔将、そして四体の魔王が控えている。
流石にその姿には、英雄たちも緊張の色が隠せない。
膨大なモンスターたちよりもなお恐ろしい、この国最強の軍団。
それがそろって、英雄たちを迎えていた。
「狐太郎君、打ち合わせ通りに頼む」
「しょ、承知しました」
おそらく事前の情報がなくば、ただの従者にしか見えない小男。
しかし大王のすぐそばに控え、魔王を従えている彼を、軽んじるものなど一人もいない。
「控えよ! 御前であるぞ!」
小さな男が、声を張り上げた。
小さな声だったが、それに対して六人全員が跪く。
巨漢である彼らがそろって膝をついた音のほうが、狐太郎の全力の大声よりも大きかったが、失笑するものなど誰もいない。
「ん、ん……央土国を守る英雄たちよ! 崇めるがいい! ここにおわすお方こそ、央土国大王、ジューガー陛下である!」
ジョーをはじめとする四人の将軍たちも、あわせて膝をつく。
その一方で、近衛である十二魔将たちは何時でも戦えるように立っていた。
「そしてこの我こそは! 王都奪還軍総大将、征夷大将軍、虎威狐太郎である!」
この国において、大将軍たちの上に当たる軍人は一人しかいない。
その役職こそ征夷大将軍、四方を守る彼らでさえも、主として礼を取るべき唯一の男であった。
「我が命に従い、よくぞ前線を守り抜いた! お前達こそ我が国の防人、今後も励むがよい!」
故に、彼の上から目線の労いに、三人の大将軍はまったく異論を唱えない。
三人のハンターもそれに倣い、決して反抗的なふるまいは見せなかった。
これは儀礼として、極めて正しいことである。むしろここで下手に出る方が、無礼千万と言えるだろう。
茶番ではあるが、必要な茶番であった。
「ん、ああ、ごほん……げほっ……」
喉が破れそうな勢いで叫んでいる狐太郎は、深呼吸をしようとしてむせた。
それで笑いそうになる者もいるが、流石に控えている。
「しからば! 汝らにも征夷大将軍の資格はあろう! 我に異論があれば、その誇りを賭けて名乗り出るがよい!」
これは一種の『俺って役に立ってるかな……』という誘い受けである。
ここで大将軍たちは『そんなことないよ、頑張ってるじゃん』と褒めなければならないのだ。
儀礼とは面倒なものである。
「南方大将軍、カンシンでございます。征夷大将軍、狐太郎閣下。私めに異議を唱える資格などありませぬ」
そしてここで、適当に茶を濁す英雄はいない。
発言に飾りを入れるとしても、異議があれば本当に異議を言う。
ここで狐太郎を褒めるのであれば、それは意味としては本心からの賞賛だ。
「南万を相手に膠着し、救援に向かうことができずじまい。この体たらくで夷戎を滅ぼす征夷大将軍に名乗りを上げるなど、ありえざることでございます!」
カンシンは声高に己の恥を詫びていた。
本来ならば南万を破り、いざ鎌倉とカンヨーへ向かわねばならなかった。
南万内部の騒乱がなくば、ナタ一人を送り出すこともできなかった。
それは彼の落ち度であろう。
「北方大将軍、ガクヒにございます。征夷大将軍、狐太郎閣下。私めに異議を唱える資格などありませぬ」
体を震わせ、義を全うできなかったことに憤るガクヒ。
彼は自責の念を吐き出しながら、感謝の言葉を送っていた。
「師であるジローと共に当たりながら、北笛を相手に苦戦を続け、大いに押し込まれておりました。閣下が西重を滅ぼさねば、北笛はなおも攻め込んでいたはず。閣下に救われた私に、征夷大将軍へ名乗り出るなどおこがましいにもほどがありましょう!」
北笛が引いたがゆえに、ジローとガクヒはここに来ることができた。
しかしそれは二人の手柄ではない、西重の敗北を知って北笛が自ら引いただけなのだ。
であれば狐太郎によって救われたも同然である。
ガクヒは全身全霊で狐太郎やその周囲の者へ感謝を叫んでいた。
「北を代表して、御礼を申し上げまする!」
「では……東方大将軍、オーセンでございます。征夷大将軍、狐太郎閣下。私めに異議を唱える資格などありませぬ」
最後の大将軍であるオーセンも、まったく好意的に彼を認めていた。
「此度の大戦、その大任。国家すべてを背負うそのお姿、私には到底かなわぬこと。敬服の念を向けざるをえませぬ」
責務をまっとうした狐太郎を、彼は労っていた。
まったくもって、本当に真似できないことである。
「……異論はないな。では改めて布告する! 我こそがこの国の軍、その頂点に君臨する、大将軍の中の大将軍! 国家の全権を担う者、征夷大将軍、四冠の狐太郎である!」
満場一致をもって、今更のように、狐太郎はこの国の総大将として正式に認められていた。
ここに央土国初めての、亜人の征夷大将軍が誕生したのである。
「では、陛下……」
「うむ、ありがとう」
緊張しきりの狐太郎へ、魔王たちが拍手をする。精霊や亜人、竜や悪魔たちもまたそれに倣って騒いでいた。
物凄く恥ずかしい気持ちの狐太郎は、顔を赤くしながらジューガーへ発言権を返していた。
それを受け取って、大王は布告した。
「ではここに……征夷大将軍の独裁権を満了とし、現斉天十二魔将も任期を終えたものとする!」
承認、解散。
こうして狐太郎の征夷大将軍としての、十二魔将首席としての仕事は終わったのだった。
※
独裁者というのは、なんでも一人で決められるのである。
それはどんなルールでも速やかに決められるということだが、同時に議論や推敲がされないということである。
スピードが重要なので仕方ないが、国家の一大事が一人のハンコで決まってしまう。
もちろん責任重大であり、私腹を肥やす馬鹿ならともかく、まともな人間なら嫌がる仕事だ。
征夷大将軍はそれを可能にしてしまう制度だが、一秒でも早く終わらせたいのがまともな姿勢だろう。
「みな、楽にしていい。ここからは少々砕けて話を進めるとしよう」
独裁権を返上したあとで、スピードを求めて略式に切り替える。
人間とはなんとも不自由なものであるが、それへ不満を言う者は流石にいない。
王都を奪還するために頑張った狐太郎たちとしては『はい、解散』で終わっていいのだが、集まった英雄たちだって前線で戦ってきたのだ。
そのかれらへ『お疲れ、あざーす』というのは、流石にかわいそうであろう。
「改めて、皆よくやってくれた。まだ西重をどうするかは決めていないが、とにかくさっさと独裁権を終わらせて通常に戻したかったのでな……もう非常事態は終わったということだ。本当に、皆には感謝している」
王都奪還軍や大王は、本当に疲れた顔をしていた。
かなり休息を挟んでいたのだが、精神的な重圧からの解放によって、疲れが一気に来たのだろう。
そしてそれを見ても、やはり文句は出ない。
今回の儀礼は、三方を守っていた者たちへの儀礼でもある。
それが終わったのだから、文句を言うのは筋違いだ。
一刻も早く独裁権を正式に返上すべき、という点に同意しているわけでもあるのだが。
「さて……聞いているかどうかは知らぬが、私の近衛である斉天十二魔将は一度解散とする。これは当人たちの希望によるものだし、私としてもこれ以上彼らに無理強いをしたくないのでな。だがもちろん、組織そのものを解体する気はない、十二魔将は再編する」
シャインなど特に顕著であったが、今回戦時昇進した者たちは、その重責に苦しんでいた。
やり切った今、休暇こそが最大の報酬である。とはいえその役目は誰かに引き継がねばならず、当然それはこの場の英雄たちを交えて行うべきだった。
他にもいろいろあるが、これが最大の関心ごとなので、さっさと終わらせることにしたのである。
「私は大王として、任ずる。Aランクハンター、元斉天十二魔将四席、大志のナタよ。お前が次の主席となり、新たな十二魔将を作るのだ」
「!」
それを聞いて衝撃を受けたのは、ナタだけだった。
他の誰もが、まあそうだよな、という雰囲気である。
それこそ王都奪還軍が編成されるときから、確定事項じみていたことだ。
しかしここで彼がいやがることもまた、ある意味確定事項であった。
この王都を奪還するための戦争で決定打となった彼だが、それは漁夫の利を得たようなもの。
彼の心に決着をつけるには、余りにも温すぎる禊であった。
「……受け入れがたいか、ナタよ」
「私などに、十二魔将が務まるとは……」
「気持ちは分かる。だが周りを見てみろ、この国の英雄英傑がそろっているが、しかし誰も異論を唱えないぞ」
元十二魔将であり、Aランクハンター、公爵家の生まれ。
実力も性格も家柄も、何もかも非の打ち所がない最高の男。
しかし彼自身は、自らの誠実さゆえに苦しんでいた。
誠の心は、損を受け入れる心、傷つく覚悟を決めた心。
彼の心は傷ついているが、体に傷が少なすぎた。
もっと苦労をした果てに得たのならともかく、今受け取るには体が寂しすぎる。
「王都奪還軍を率いて西重を破り、ダッキ様を守った狐太郎様。四冠の重責をまっとうされたお方を押しのけて、その席に座るなど私にはできません……!」
(いや、座ってくれ。遠慮なくどっしりと座ってくれ、マジで)
席を譲り合う心。
双方ともに自分では無理だと思っていて、切実なほど相手に座ってほしい。
だがそれでは問題が解決しない、というジレンマである。
「はぁ……ナタよ。お前の気持ちも分かるが、ギュウマの仕事を見てきたお前こそが一番の適任なのだ。そう思っているのは、私たちだけではないのだぞ」
そう言って、大王は人をこの謁見の間にいれた。
入ってきた女性は、元斉天十二魔将にして、ギュウマの妻でありコウガイの母。
ナタにとって、もう一人の母と呼べる女、ラセツニである。
「ナタ」
「ラセツニ様……」
やはり来るか、とナタは身構えた。
断った時から、こうなると分かっていた。
わかったうえで、断ってしまった。
恩人を煩わせてしまったことで、ナタはますます顔を曇らせる。
「ラセツニよ、ナタこそが十二魔将首席……ギュウマのあとを継ぐにふさわしいと思わぬか?」
「思いません」
シンプルに否定された。
これを聞いて、流石に全員が驚いていた。
まさかラセツニが『ナタには無理』というとは思っていなかったのだ。
むしろ彼女こそが、一番推してくると思っていたのに。
「もちろんいずれは、ナタが首席になるべきでしょう。ですがそれはいずれのこと、今すぐは無理です」
「……未熟ということか?」
「左様です」
あくまでも今は無理、ということらしい。
すこし落ち込みかけたナタは、少し安心していた。
自分が相応しいとは思っていないが、恩人から相応しくないと言われるのはそれはそれで辛いのである。
「今この国で、十二魔将に相応しい実力者は……この場にいる者たちだけです。もう逆さにしてひっくり返しても、一人もいないでしょう。つまり新しい十二魔将首席には、後進を育てる手腕が必要です」
「……そうだな」
「ナタは実力こそ十分ですが、まだ人を鍛えたことがない。であればそれができる者を据えるべきでしょう」
「もっともだな、では誰を推す?」
この場の誰から選ぶのか。
ラセツニの口から出た名前は、ある意味一番意外な名前だった。
「圧巻のアッカです」
「俺かよ?!」
「もちろんガクヒ大将軍を育てた、震君のジロー閣下にも可能でしょう。ですがジロー閣下は、北を守る任がある。であれば既に引退し、役目を負っていないアッカこそがふさわしいでしょう」
「こういう時だけ俺のことをアッカと呼びやがって……っていうか俺の都合無視かよ!」
理路整然としたものだった。
確かに王都奪還軍の大半は、アッカの元部下たちである。
アッカに人を育てる手腕があることは、この結果からも明らかだろう。
「それに、この王都を守ったのも彼です。ナタもアッカの下で学ぶことに、忌避感はないでしょう」
「……ラセツニ様」
「ナタ、貴方は次席として、次の主席としてつくのです。それならば受け入れるでしょう」
「……痛み入ります」
「俺の都合は?!」
アッカは困った顔をしていた。
まさかラセツニが自分をギュウマの後任にするとは思っていなかったのだ。
だがしかし、看取ったものとして思うところもあり……。
「まあ、ラセツニと旦那がどうしてもってんなら……」
「異議あり!」
だがこれに異を唱える者がいた。
「アッカがやるぐらいなら、私がやる!」
もう一人の適任者、震君のジローであった。
(……誰でもいいよ)
四冠の狐太郎は、どうでもいいのであった。




