央土の英雄
さて、現在の状況である。
念願の『祭の宝』は完成し、実際に想定されていた機能が十分に発揮された。
ノベルがこの世界に存在する金属や土に変身できるのと同じように、祭の宝はこの世界に存在する植物やモンスターを魔境で生産できる。
だからこそ、『ケーキでできたお城』とか『酒池肉林』のように、実在しない物語のようなものを生み出せるわけではない。
無限の食料を確かに生産できるのだが、完成済みの料理がぱっと出てくるわけではない。
収穫も加工も、労力を割かなければならないのだ。
そしてこの問題は、皮肉にも知性があり高等な社会性を持つ、昏や祀だからこそ生じるのである。
もしもアクセルドラゴンのような、家畜のような扱いを受けるモンスターなら、それこそそのままでも文句言わずに食べるだろう。
だが人間のようにふるまう彼ら彼女らは、未加工の食材をそのまま食べることがないし、食べることができてもいやがるのである。
もっと言うと……彼らも彼女らも、そこまで料理が得意というわけではないし、食材といっても調味料を都合よく用意できるわけでもないので……。
「あんまり美味しくない……」
出来上がった料理の数々に、誰もががっかりしていた。
特に昏たちは、今まで食べていた盗品の保存食(楽園製)とのギャップに苦しんでいた。
この、あんまり美味しくない、というのがただの事実だった。
彼らもバカではないので、ちゃんと調理している。だがそんなには美味しくないのだ。
労働の対価がこれ、と思うとがっかりする程度である。
空腹は最高のスパイスというが、労働が辛すぎると期待値も上がるのである。
「ははは、まあこんなものよね~~」
焼き上がった芋をほくほくと食べているスザクは、困った顔をしながらも笑っていた。
火加減もばっちりな焼き芋ではあるのだが、それは品種改良されているわけでもない、野生の芋。
瘴気を含んでいるので彼女たちには普通の芋より効果があるのだが、それは味とは別の要素である。
「いきなりやって上手くいくはずもないし、むしろ成功の部類なんじゃないの? 完成したけど動きませんでしたとか、完成したけど使い方が分かりませんでした、とかよりいいじゃない。あとは祀の方がいろいろ考えてくれるわよ」
「それはそうですけど……隊長はへこたれませんね」
「あのね……この間私が何回吹き飛んだと思ってるの? それに比べれば、こんなの辛いの内にも入らないわよ」
周りの隊員から感心されると、むしろ不満に思って反論するスザク。
「体が治るタイプの子はわかってもらえると思うけど……痛くないわけじゃないのよ?」
「いえ、その……隊長の再生能力って段違いですから、一緒にされても困るんですけど」
「この間の戦闘の時、ちらちら隊長を見てたんですけど、同じにされるのが困るぐらいでした」
「私たちを甲種と一緒にしないでください……っていうか、たぶん私たちと隊長ってかなり違うと思います」
共感を求めるスザクだが、誰もが賛同してくれなかった。
手足、尻尾、内臓、頭部。それぞれ再生できる部位がある隊員も、灰になっても蘇るスザクは化物めいているらしい。
それだけ甲種、Aランク上位モンスターがぶっ飛んでいるということだろう。
「全員種族が違うのに、なんで私だけ疎外感を……」
「それはしょうがないでしょう、隊長と私だけがAランク上位なんですから」
悔しそうなスザクを、ミゼットが慰めた。
目立っていないが、彼女の甲殻の防御力も大概である。
それを自覚しているだけに、彼女だけは共感をしている。
「それで隊長、具体的なアイデアはあるのですか? このままでは我らは、大望を果たすどころではありませんよ」
「そうよね、どうにかして働かずに食べていける方法を探さないとね」
「……まあそうですね」
言い方が悪い、と言おうと思ったが実際そうだった。
働けば食えるのだが、働きたくないのである。
嫌な言い方もなにも、農業の辛さに耐えかねているだけの根性なしなのだ。
「一番簡単なのは、労働者として昏を生産することよね。今まではBランク上位以上に絞っていたけど、それ以下も作って農業をしてもらうのはどうかしら」
「めちゃくちゃ気分が悪いから止めましょう、少なくとも最後の手段にしてください」
働きアリのように、労働者として生まれ、労働者の子供を産み、労働者の先祖となる。
ある意味普通だし、戦士として生まれ戦士の母となる、今の昏よりは幸せかもしれない。
しかし昏たちとしては、倫理的に嫌だった。こういう、なんか嫌、というのは尊重しあわなければ社会にならない。
「それじゃあアレね……人間に売りましょう。収穫したものをそのまままとめて、ワープして売りに行きましょう」
次いでスザクの提案したことは、ある程度働くけれども、しかしある程度労働を抑えられるものだった。
「かなり買いたたかれるでしょうけど、元手は無料なんだから損ってことはない。相手も不審には感じても、背に腹は代えられないでしょ。で、売ったお金で適当にいろいろ揃えると」
「……収穫は私たちがやるんですね」
「仕方ないじゃない、目立つ拠点を構えられないんだから」
昏たちは強く、祭の宝によって資源も確保している。
しかし英雄と戦えるだけの戦力がない。
それだけなら今までもそうだったのだが、今は央土や狐太郎と敵対しているのである。
大拠点を作っても居場所が見つかれば、英雄が一人飛んでくるだけでおしまいなのである。
そんな状況で千から万からの集落、国家なんか作れるわけがない。
「この世界に人工衛星の類はないけど、天帝の部下であるドラゴンたちは空を好き勝手に飛んでるのよ? 空から見られて『なんか新しい国があるな~~』って茶飲み話で報告されたら逃げるしかない。だから魔王の冠とEOSが必要なのよ」
「問題が山積みですね」
「それでも決定的な破綻には至っていない。まだまだ、絶望するには早いわよ」
お世辞にもいい状況ではないが、それでもスザクは前向きだった。
「一気に改善する必要はないわ、大事なのはトライアンドエラー。失敗しても問題ない程度で試行錯誤すればいい。私たちは確実に前進しているんだから、それでいいでしょう」
その姿を見て、隊員たちは一種の敬意を向けていた。
そうした者たちを代表して、ミゼットが彼女へ依頼をする。
「隊長。貴女は進退を私たちにゆだねていますが、私たちは隊長に続投を願いたいです」
「あら、いいの? この間、あれだけ苦労させて、なんの成果も出せなかったのに」
「正直今回の課題が分かるまでは、隊長を解雇して下働きにしてこき使うつもりでした」
「……それは流石にへこむわね」
「ですが、貴女が欲していたものの重要性が分かりました」
特に重要ではないもののために戦って負けることと、重要なもののために戦って負けること。
それらは同じ負け戦でも、受け止め方が違うのである。
「我々には労働力がない、そして必要です。前回の戦いで勝っていれば、冠だけではなくそれも手に入っていました。いえ、勝っていなくても、です。西重が私たちと手を組んで生き残っていれば、冠が手に入らなくても国家を得られました」
スザクは交渉の席で、西重に和睦を勧めていた。
それは冠を得るという目的からすれば間違っているが、それでも英雄と労働力を同時に得られていたのである。
「……貴女は失敗しましたが、欲しがっていたものの大事さはわかりました。そして、人間がなんのために戦っているのかも」
「そこまで持ち上げないでちょうだい。私もこうなるまでは、労働力がそこまで大事だとは思っていなかったし」
なぜ大王を殺された央土が、それでも他の前線を維持していたのか。
それを愚かだと思っている昏もいたのだが、理解した。
「国は強いわね……ますますほしくなってきたわ」
狐太郎が一番全力で怒ったのは、フーマ十人衆に狙われた時である。
シュバルツバルトのモンスターに比べればはるかに弱い相手だが、それでも彼にとっては耐えがたいことだ。
モンスターに食われても仕方ないと諦めることはできても、暗殺者に狙われるのは諦められない。
これは今回起きた問題と、だいたい一致しているのだ。
強大な敵と戦うことは辛いが我慢できる、しかし農業は辛いので我慢できない。
これには矛盾などない。人によっては逆になることもあるだろうが、それが分業であり社会。
自分のやりたくないことをやってくれる誰か。
それを支えるために、他人がやりたくないことを積極的にやる。
そして自分のやりたくないこと、我慢できないことをやってくれる人がいないと、それこそやらなければならないことにも支障をきたす。
だからこそ、英雄は民を守るしかないのだ。これは美学美意識ではなく、必要なことなのである。
※
西重の大将軍チタセー。
彼と一世一代の大勝負をした、鬼王クツロ。
長く倒れていた彼女は、誰よりも遅く目を覚まし、誰よりも長く起きることができなかった。
そして……。
「ご、ご主人様……! も、もういいのよね、もういいのね?! いえ、もう我慢しない……できない! ああ、うわあああああ!」
長く入院をしていた彼女は、ようやくそれを得る。
勝利の美酒、である。
「おっ、うっ、おっ、うっ!」
目を覚ましたばかりの彼女は、自分の看病をしている狐太郎を最初に見た。
無事な彼から勝利を聞き、何か欲しいものはあるのかと聞かれて、答えたのはもちろん肉と酒だった。
もちろんダメだった。
しばらく禁欲的な、お体によろしいものだけを食べていた彼女は、数日の治療を経てようやく肉と酒を解禁されていたのである。
見ているだけで口の中が脂まみれになりそうな大量の肉、見ているだけで吐きそうになる大量の酒。
それを机の上にこれでもかと並べまくってくれ、と狐太郎に頼んだ彼女。
そんな彼女のささやかな夢は、ここに顕現していた。もう無我夢中で食いついて、ひたすら無言である。
その顔は、美味しそうを通り越してもはや怒っている。
料理されている肉を食べているだけなのに、狩猟をしているように必死である。
食器も使わずに、剛毅に手づかみ。
咀嚼が終わっていないのに、どんどん口の中へ突っ込んでいる。
はっきり言って汚い。見ていて食欲が失せる。
しかも音がうるさい、しゃべっていないのに煩い。
(もしもこれを料理した人がここにいたとして、美味しそうに食べているなあと喜ぶんだろうか。それとももっと綺麗に食べて欲しいと思うんだろうか)
それを見ている狐太郎は、やはり複雑な心境である。
クツロが元気になったことは嬉しいのだが、彼女の下品な姿を見ていると嬉しくないのである。
(しかしここは公式の場じゃないし、好物をずっと我慢していたんだし、物凄く一生懸命頑張ってくれたし……そもそも止めるほど嫌なわけでもないしな……)
普段は礼儀正しい彼女も、食事は汚い。
そして今は、特に汚い。
だがそれも許してあげるべきなのだろう、嫌だったとしても。
「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ!」
(俺、テーブルマナーを真剣に習ったほうがいいかなあ……)
クツロがいま食べている料理は、酪農家が育てた家畜を、輸送隊が運搬し、料理人が調理したものである。
膨大な人口を抱える央土という国家だからこそ、狐太郎はちょっとお願いをしただけで、指一本動かさずに彼女へ用意できるのだ。
こういう立場を守るために、狐太郎たちは頑張ってきたのである。
でもこの光景を見守るのも、かなり頑張らないといけないことだった。
「んふ、んふ、んふ!」
「美味しそうに食べていますね、ご主人様」
「ああ、そうだな」
なお、こうなることはわかっていたので、アカネとササゲは既に離席している。
今この場にいる魔王は、雪女のコゴエだけであった。
食欲というものを持たない彼女は、それ故に食事が汚いことに不満を持たないのである。
「それにしても……このままずっと食べ続けそうな勢いだな」
「流石にそれはないでしょう、そのうち満腹になるのではないですか」
「それはそのはずなんだけども……」
噂に聞くテラーマウスではあるまいに、自分よりも大きいものを食べるなどできまい。
だがそれを裏切りそうな勢いで、クツロはひたすら食べている。
「元気になったなあ……いろんな意味で」
「元気が一番でしょう。私も安心しました」
「……そうだな、安心はした」
精魂を使い果たしたクツロは、もしかしたら自分が生きている間に目覚めないのではないか。
狐太郎がそう思うほどに、彼女は力を出し切ったのだ。それがここまで復調したのだから、嬉しくないわけがない。
央土は大いに傷つき、多くの人々が死んだ。
家族を失った、財産を失った、生活を失った人がたくさんいる。
その中で狐太郎は、自分が仲間を失わなかったことを、後ろめたいほどに喜んでいた。
「これならば、ご主人様だけではなくクツロも、戴冠式に出席できますね」
「……そうだなあ」
他の三つの国との戦争も終わり、三方の前線を支えていた大将軍たちも集まってきた。
つまり央土という大国の、最大戦力が……英雄たちが、狐太郎とジューガーの下に参じたということである。
(あんまり会いたくないなあ……)
ガイセイやホワイト、ブゥに対しては余り抱かなかった感情。
正真正銘の英雄に対する、強い劣等感。
自分と同格の彼らへの、罪悪感に等しい思い。
それを抱きながらも、彼は彼らと会うことから逃げられずにいた。
※
南方大将軍、カンシン。
北方大将軍、ガクヒ。
東方大将軍、オーセン。
Aランクハンター、震君のジロー。
カンヨーに集まった四人の英雄たちは、そろって同じ部屋にいた。
(オーセンと一緒というのは……嫌ですねえ)
(先生と一緒なのはいいが、オーセンと一緒なのは嫌だな。何が嫌と言えば、こいつと同じ役職であることを認識するのが嫌だ)
(オーセンか……西の大将軍の代わりに、こいつが死ねば良かったのにな)
そのうち三人が、オーセンに嫌そうな目を向けている。
本来四方に散っている彼らは、一か所にそろうことがそうない。
だがだからこそ、一度関係が決まるとそう変わらない。
三人はオーセンを露骨に嫌っていた。
「オーセン。東威とにらみ合いをしていたお前が、こうして王都へ来るとはな。どういう風の吹き回しだ」
最初に噛みついたのは、大将軍の中で一番若いガクヒであった。
「どういうも何も、東威から和平の申し出が出たからですけども? その状態で王都に呼ばれて、来ない理由がないでしょう。来なかったら叛意ありと疑われてしまう」
同格三人から嫌悪感を向けられていても、オーセンは飄々としたものだった。
実際行動そのものは間違っていないので、一切反論ができない。
「むしろ、我等がそろっている状況で、いきなり不満を漏らす貴方の方が、叛意ありと思われるのでは?」
「それだけお前が嫌われているのだと自覚しろ、オーセン」
この場で一番の年長者であるジローは、弟子であるガクヒよりも強く否定を始めた。
「一番戦力に余裕があったのは、間違いなく東だ。にも関わらず、救援に向かわなかったことはどう考えている?」
「ああ、北はかなりボコボコだったとか? ジロー元大将軍やガクヒ大将軍がそろっても、なお劣勢だったとか」
「……北笛は強いからな」
「東威だって強敵ですよ」
「だが疲弊していたはずだ! 先の戦争から傷が癒えていなかったからな!」
びきびきと、三人の間に緊張感が満ちる。
もちろん暴れることはないが、険悪なのはよろしくない。
「まあ皆さん、落ち着いて。せっかく国難を乗り切ったのに、我らがいがみ合ってどうするというのですか」
個人としてはこの場で一番弱いカンシンは、なんとか全員を諫めようとする。
せっかく西重から取り戻したカンヨーを、身内の争いでぶっ壊すなどシャレにもならない。
「オーセン殿はしっかりと役目を果たされました。そもそも各前線を支えることは、大王様の命令であったはず」
「そ~そ~、命令通り」
「お前への気遣いにもとれるがな、オーセン」
「その通りだ。陛下も先代も、お前やアッカにはやたらと甘かった!」
カンシンがオーセンをかばうが、北の師弟は怒るのを止めない。
そして実際のところ、その主張はカンシンも内心認めてしまうところだ。
「おうおう、みんな元気だねえ」
「……」
そんな悪い空気の中に、さらに空気を悪くする男が現れた。
圧巻のアッカ、この部屋で最強の男である。
「お、兄者! 久しぶり!」
「オーセン、元気だったか?」
そしてオーセンと仲のいい男でもある。
二人の益荒男が仲良く拳をぶつけていると、なお北の師弟は腹を立てていた。
「な、ナタ君……彼らを止めたほうがいいのでは……」
「私に……何かを言う権利など……」
一緒に入ってきたナタは、参戦できなかった。
やはり未だに、落ち込んだままである。
「どうせつまんねえ話してたんだろ? 陛下がお呼びだ、ついてきな」
英雄たちが集い、央土は再出発を始める。




