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告げ口


 魔王になること自体が、既に負担をかける技である。

 にもかかわらず、更に自己強化をするなど、負担に負担を上乗せすること。

 通常のタイカン技よりも、さらに負担をかけることは想像に難くない。


 それで長時間戦闘し、さらに攻撃のタイカン技を使えば、それこそ目を覚まさなくても当然である。

 もちろんそこまでしなければ勝てない相手だったということであり、むしろそれでもよく勝った、といえる敵であった。


 同等の負荷を受け入れたキンカクたち三人の最期を思えば、やはり魔王の冠は破格のアイテムなのだろう。

 祀や昏が欲しがるのも、当たり前なのかもしれない。


(というか、そこまでしないと勝てないこの世界の英雄がおかしいんだけどな)


 狐太郎がそこまで考えていると、部屋の中に亜人の勇者たちが入ってきた。

 当然だが彼らもデット技の反動によりしばらく疲弊しており、今もあまり体調はよくなさそうである。

 それでも彼らが来たのは、他でもないクツロへの見舞いだった。


「鬼王クツロ様は、まだお疲れで?」

「見ての通り、まだ意識が戻らない。ずいぶん無理をさせてしまったからな……俺のせいだ」


 亜人の勇者たちも、病人への気遣いはある。まして英雄と戦い倒れたクツロへ、無礼な態度をとるなどありえない。

 彼らは大きな体に似合わぬ小さな声で、できるだけクツロへ迷惑をかけないように、静かに振舞っていた。


「無理もねえ……あれだけ暴れれば、そりゃあ起き上がれなくもならあ……」

「俺らも暴れに暴れたが、結局尻を他の英雄に拭かせる始末……鬼王様に比べりゃあ、みっともないったらねえ」


(そんなこと言い出したら、俺なんて何もしてないんだけども……)


 クツロは宣言通り、大将軍と戦い、打ち勝った。

 その彼女に対して、やはり勇者たちは感銘を受けていた。


 彼女は、勝ったのだ。

 あの戦場にあって、数少ない美であった。


 その彼女に誘われ、戦力として参加した。

 であれば己たちも、全身全霊を賭して勝つべきだった。

 そうでなければ、死ぬべきだった。


 流石にナタほど思い詰めていたわけではないが、彼らは落ち込んでいた。

 勇者である彼らは、自分の美意識を貫ききれなかった。

 

「あんなすげえ大将軍様と戦って勝ったクツロ様に比べて、俺達ときたら……あの木偶の坊相手に手こずっちまって……」

「これじゃあ故郷の奴らに顔向けできねえぜ。いっそどうだ、俺達を西重の残りにぶつけねえか? 今度こそ格好良く決めてやるぜ」


(弱い者いじめにしかならないと思う……)


 あいにくと、西重との戦いに名誉など残っていない。

 それは既に、彼ら自身が放棄している。

 あとはただ、政治的に弾圧するだけだ。


「まあそれよりも、クツロの武勇伝を広めてほしいんですが……そっちの方が喜ぶかと」


「そうは言うけどなあ、それじゃあ『お前は何したんだよ』って言われるだろ」

「クツロ様の武勇伝は、そりゃあド派手に伝えるさ。けどなあ、それで『俺らは敵と戦ったけど勝てなかった』じゃあ、恰好がつかねえ」


 狐太郎は話をうまくまとめようとしたが、うまくいかなかった。

 その理屈もわかりやすいので、中々反論がしにくい。


(亜人も愚かだ……でもまあ、それを人間が言うのもおかしいか)


 こうもあっけらかんと『恰好良く戦って死にたかった』と言われると、それこそ困る。もう少し命を大事にしていただきたい。

 しかしそれをこの戦場を作った人間が言うと、それこそずれきったことだ。

 人間の愚かさに比べて、亜人の愚かしさはなんとも慎み深い。

 この世界の住人と狐太郎では、身体的には著しく違う。しかし狐太郎は仮にもトップであり、自分と彼らは違うなどと言える立場にない。

 もっと言えば、彼の故郷も『こんなもの』であった。大威張りで『この世界の住人は野蛮だ』と言えるわけがない。


「これじゃあ人間以下だぜ」

「ああ、まったくだ……あいつらみたいに散ってりゃあなあ」


 そう思っていると、亜人からの評価が聞こえてきた。

 どうにも彼らは、人間を蔑んでいない様子である。


「なあ狐太郎サマよ。俺達の反対側、北側の戦場を見たか?」

「……いえ、心苦しいですが、まだここを離れられないので」

「ん、そりゃそうか! 悪いことを言ったな」


 総大将である狐太郎が、大量の戦死者を出した戦場を見ていない。

 それは不義理極まりないことであり、それこそ反発を受けるだろう。


 だが他でもない亜人の勇者たちは、狐太郎の配慮に義を見た。

 義理であり、義務である。狐太郎はクツロの傍に居るべきだと、彼らの価値観で判断していた。


「……すさまじかったぜ」


 一言だった。

 その一言で、狐太郎は落ち込んでしまう。


 それこそ、多すぎる人の死があったのだろう。

 亜人たちにとって大して意味のない、人間の死体。

 それが災害のように、膨大な数となって埋め尽くしていたのだ。


 そうでなければ、すさまじいとは言うまい。

 人間が普通の動物の死体をすさまじいとは言わず、膨大な数があって初めてそう感じるように。


「正直に言うとな、俺達はなんだって人間がデカい顔をしてるのかわからなかったんだ。そりゃあ本物の英雄様は……確かに英雄様だ。だがそんなの、本当に一握りだろ? 全員じゃねえ」


 中央値という意味では、亜人の方がよほど優れている。

 底辺層のハンターがCランクのモンスターにも勝てないように、大抵の人間はとても弱い。

 それはやはり軍隊も同じで、大抵の兵士はピンインに雇われている亜人たちよりもずっと弱い。


 そういう意味では、亜人の勇者たちが人間を軽く見るのは、とても当たり前だった。

 少なくとも、疑問を持つことは当然であろう。


 だが彼らは、その考えが吹き飛んだらしい。

 膨大過ぎる死体の山、死体の荒野が、認識を改めさせたのだ。


「……人間ってのは、あんなに死んでも戦うんだな」


 すべての戦争がそう(・・)だとは限らないが、少なくとも今回の戦争はこう(・・)だった。

 如何に非常事態とはいえ、両軍万単位の犠牲者を出しながら戦ったのである。

 人間の視点からしても、狂気の沙汰だ。まして亜人からすれば、それこそ狂気の生物であろう。


「俺達には無理だな。あんなに死ねば、気合の入ってない奴は逃げる。だが人間は逃げない、戦い続けるんだな……」

「あんな雑兵どもでも、ああやって死ぬまで戦うんだ。そりゃあ怖えわ、張り合う気も起きねえ」


 そんな生物と、縄張り争いなどできない。

 膨大な死体の山を築いてでも戦い続け、縄張りを、利権を主張する。

 なるほど、人が版図を広げているわけである。


「戦争が始まる前は、あんなに人間がいるんだなあって思ってたんだが……半分ぐらい死んでたぜ」

「ああ……あんなに沢山の人間を見たことはねえが……あんな沢山の死体も見たことがねえ」


 繁栄を勝ち取っているのは、強いとかどうとかではなく、相手が死ぬまで戦うから。

 それはやはり、クラウドラインの言っていた言葉を思い出してしまう。


「……なあ総大将様よ。なんだって人間は、あんなに戦うんだ?」


 途方もない疑問であった。

 確かに疑問に思うだろう、人間だってわからないのだ。

 だがそれでも、悲しいことに、狐太郎は回答を持っている。


「……先を、想像してしまうからでしょうね」


 狐太郎は、クツロの頭を撫でた。


「逃げてもいいことがないって……どうしても考えてしまうんです」


 他でもない狐太郎たちこそが、あのバカみたいな森からついぞ逃げなかった馬鹿である。

 一応なんとかなっているのだから、途中で放り出して逃げれば、周囲から信頼を失う。

 それはこれから先の人生に暗い影を落とすものであり、いざという時頼れないと考えてしまう。


 矛盾しているが、長期的な破綻を避けるために、短期的な破綻に身を投じるのだ。

 来年のこと、十年後のこと、将来のことを考えて、今死ぬかもしれない仕事をするのだ。


 そしてあの戦場にいた人々もまた、やはり……。


「先のことを想像して……今死んでしまうんです」


「……心配のし過ぎじゃないか?」

「分からなくもねえが、分かり切らねえなあ」


 亜人たちにも、もちろんそういう計画性はある。

 というか、ある程度長期的な視野がなければ、約束事など成立しない。

 だが敵味方合わせて十万以上の死体を見れば、流石にそれも揺らぐ。

 

「人間は、大勢で群れをつくるんです。だから……広い縄張りがないと生きていけない……大勢を守るために、大勢が死ぬんです」

「そういうもんかね」


 或いは、人間と亜人にそう大きな差はないのかもしれない。

 少なくとも他の生物からすれば、大差があるとは思えないのかもしれない。

 そしてこの認識の違いもまた、単に当事者であるかどうか、その一点なのかもしれない。

 だからこそ結論は、『理解できなくもないが、納得はできない』というものなのだろう。


 とはいえ、勇者たちもそんなに興味があるわけではない。

 元々見舞いに来たのだし、辛気臭いことばかり言うのは違うだろう。

 狐太郎がはぐらかさず、誠心誠意考えてくれたことも伝わった。

 であれば、ぐちぐち続ける意味がない。


「んじゃあ、俺らは一旦部屋に帰りますわ。クツロ様が目を覚ましたら、俺らも呼んでくだせえ」


 勇者たちが去ったあとには、寝ている四体の魔王が残っている。

 意識が戻らないのはクツロだけだが、他の三体もまだまだ寝がちだ。

 もちろんネゴロ十勇士やフーマの者、ノベルもいるのだが、誰もが静かにしている。


 狐太郎はクツロを撫でながら、考えを巡らせた。


(……俺は、今まで、何をやってきたんだ)


 ナタは何もできなかったことを苦しみ、亜人の勇者たちも力不足に苦しんでいる。

 であれば自分も、苦しむべきではないか。


 この、耐えがたい無力に苦しみ、もがき、あがくべきではないか。


(嫌な男だ、俺は)


 管理職という仕事を、軽んじる気はない。

 自分が利益をむさぼり、堕落にふけっているとも思っていない。


 しかしそれはそれとして、自己嫌悪には浸りたかった。

 いや、浸るべきだと思っていた。

 そうでなければ、余りにも他の皆が報われない。


(俺もいよいよ、お役御免だろう。そうでないと、誰も納得しないはずだ)



 さて、アカネの部下たちである。

 彼らは自己強化技や、自分へ著しく負担をかける技を使えない。

 それは格上に勝てないということであるが、同時に極端な消耗をしないということでもある。


 もちろんそれなりのダメージを負ったことは確かであるが、それでも一日二日で既に復帰していた。

 彼らは近所の魔境で適当に餌を食べつつ、竜の民に体の治療などをさせていた。


 そんな彼らは、やはり先のことを相談していた。


『……流石に俺らも帰っていいんじゃないっすかね』

『あれだけの戦争で活躍したんだし、文句もないっしょ?』

『俺らも卵を温めたいのになあ……』

『どんだけ武勇伝をつくっても、自慢できないと意味ないですよねえ』


『お前ら……俺もそう思う』


 いわゆるドラゴンは、最低でもBランクである。

 アクセルドラゴンのような雑竜でさえ、一人前のハンターでなければ勝てない相手なのだ。


 そんな彼らは基本的に高い知性をもち、とても社交性が高い。

 個体として生活することがある一方で、大きな群れも形成する。

 それ故に、ぶっちゃけハーレム願望もある。特に若い雄は、そんなもんである。


 ちなみに、ラードーンを頂点とする多頭竜は、頭が多いわりに知性が低く、個体で生活している。もちろん社会性も協調性も一切ない。

 その代わり、その強さは最低でもAランク下位。多頭竜はただそれだけで英雄以外で勝てない、正真正銘の怪物であった。


『俺はさ~~ほら、あの大百足退治もしたし! その時点で帰りたいぐらいだったんだけどさ~~』


『いやあ、ウズモさんも災難でしたね~~。俺らはいなくてよかったよかった』

『まったくだぜ、せいぜい人間の足代わりだしな』

『あっちいったりこっちいったりも楽しかったっすよ』

『行く先々でちやほやされたしな。普段は掟があるから、そうもいかね~し』

『英雄も怖いけど、祖父ちゃんたちも怖いしな~~』


 なお、ドラゴンたち。

 彼らは怪物とは言い難かった。


 彼らは割と普通に、理性的に物事を考えている。

 それが必ずしも知的とは限らないが、余り押し付けるのもよろしくあるまい。


 大体今は彼らのプライベートである。

 くつろぎながら仕事の愚痴を言う程度、許してあげるべきだろう。


 そして実際、周囲の竜の民も文句は言わず……。


『ん? おい、なんか聞こえないか?』

『お、おい! まずいぞ! じいさん達だ!』

『……いや、不味くはないだろ』

『そうだった、不味くはねえな……』

『何時も怒られてばっかりだったから、慌てちまったぜ』


 魔境で腰を下ろしていた竜たちを見つけて、降りてきた他のドラゴン。

 彼らもまた、文句を言う流れではなかった。


『お前達、ようやく見つけたぞ。その怪我はなんだ? 戦いがあったようだが……』


 若き竜たちとは違う、ドラゴンズランドの長老たち。

 彼らは状況の報告を求めていた。


『おじい様! お喜びください!』


 そして彼らは喜び勇んで報告しようとする。


『この私は、アカネ様よりウズモという名を賜り、配下に加わりました。大百足退治にも参加し、大いに役立ちましたとも! またつい先日も、配下と共にアカネ様の兵となり、盾となり、大いに貢献いたしました!』



『なに、本当か?!』



「それは本当ですが、その前に逃げていました」

 


 だが竜の民にチクられた。

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― 新着の感想 ―
[一言] まあ今回は婚共相手になかなか体を張って戦ってたし許してあげなよ
[一言] >「俺達には無理だな。あんなに死ねば、気合の入ってない奴は逃げる。だが人間は逃げない、戦い続けるんだな……」 よく考えたらプルートと大差無いよね。
[一言] ドラゴンズオチである。彼らの一番の活躍はオチ担当!たぶんきっとそれは世界の意思。
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