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生死の境

 痛ましい戦いは、多くの爪痕と多くの遺体を残した。

 本来なら一人一人を見分し、遺族の元へ返すべきなのだろう。

 だが数が数であり、敵味方入り乱れての乱戦であったため、それは無理だった。

 まさかドッグタグなどつけているわけもなく、結局ある程度だけ儀礼をした後で、まとめて焼き払うことになった。

 結果的に敵もまとめて焼き払うが、弔うのはあくまでも味方だけである。


 兵士たちも疲れているということで、その儀礼をおこなうのはごく少ない主要人物であった。

 つまりは四人の将軍、リァンとダッキ、アッカとラセツニ、ナタと一部の上級将校である。

 本来なら十二魔将も参加するべきだったのだが、彼らは先日の戦いによる疲労が抜けておらず、結局は不参加ということになった。


 荒れ果てた大地に倒れている、両国の戦士たち。

 彼らは等しく国家の命令に従って戦い、義務に殉じた。

 

 ナタだけは、その双方へ等しく嫉妬する。

 無念に死んだ彼らは、しかし蔑まれるべきではない。


 一体この中の誰が、死に値するほどの対価を約束されていたのだろうか。

 少なくとも、ナタほどではあるまい。ナタはこの場の誰よりも国家から厚遇を受けていたにもかかわらず、五体満足で弔う側にいる。

 生真面目な彼は、自分が殺した敵にさえ合わせる顔を持たなかった。


「まずは……この地に倒れた、多くの英雄たちに感謝を。彼らの貴い犠牲がなければ、我らが国家は滅びていたでしょう」


 王族を代表して、リァンが悼みの言葉を述べる。

 長く語ることはなく、短いものではあったが、それでも上級将校たちや将軍たちの目を潤ませていた。


「今ここに倒れている、王都奪還軍だけではありません。先代大王陛下と共に、王都を守るために全力を尽くした王都防衛軍もまた、姿はなくとも国家の礎となったのです」


 名もなき人々。

 しかし罪なき人々。

 彼らの犠牲は、国家にとって多大な損失だった。

 いったいどれだけの悲しみが、この戦争で生まれてしまったのか。

 それは、戻ることのない傷だ。


「皆さん……央土は勝ちました」


 この一言の、重さ。

 彼らの犠牲が、無駄にならなかった。それは救いであり、呪いである。

 この言葉を言うために、命は失われてしまったのだ。

 この言葉が救いだったとして、それは死後のやすらぎになるだろうか。


「皆さんの雄姿は、決して消えることはありません。きっと、語り継がれていくでしょう」


 楽園の世界で語られる、名前のない英雄たち。

 その彼らとはけた違いに多く、まとめられてしまう『名前のない英霊』たち。

 その彼らに、せめてもの慰めを。


 リァンは短くまとめると、アッカやナタに礼をした。


「……さて、やるぞ」

「はい」


 圧巻のアッカと、大志のナタ。

 二人は電撃と閃光を迸らせて、大地を撫でた。

 全力ではないとしても、強大な二人の浄化。

 それは争いで倒れた人々を、煙のように変えて空へと送っていく。


 余りにも荒々しい、しかし荘厳な儀式であった。

 少なくとも、この場にいる者たちは、彼らを見送った。

 見送られたからこそ、彼らは天国に行ったのだ。


 無念の内に死に、そして無念の結果に至った西重の兵たちの魂は、大地に積もって消えていく。

 そう思えるほどに、あるいはそう思いたいほどに、葬儀は厳かに行われた。


「……自分の無能を呪います」


 総指揮を担ったジョーは、煙を見上げながらそうつぶやいた。

 余りにも多くの死が、彼の手によって行われた。

 勝ったは勝ったが、胸を張れる勝ちではない。


「彼らは西重に殺されたのではない、私が殺したのです」


 ナタの無念とは違い、ジョーの無念は極めて実務的だ。

 現場にいながら、準備ができながら、この結果である。

 到底、申し訳が立つものではない。


「貴方だけではありません、ジョー隊長。私もまた、同じです」


 第二将軍を務めたショウエンもまた、空を仰ぐ。

 そこには自由の空はなく、ただ見上げて遠い天国があった。

 いや、地獄か。


「上の無能が、下に押し付けられました。我らが死に、彼らが生きているべきでした……」


 途中、敵の一部で戦術的ではない動きがあった。

 散発的だった動きは、おそらく現場の指揮官の独自の動きであり、むしろ隙であったが。

 しかし、それは……無能ではない。むしろ無能は、こうなると分かって戦った、両国の長にある。


「それでも、マシでしょう」


 第三将軍であるリゥイも、空を見ながら、しかし表情は固かった。

 彼だけは、この結果を受け入れていた。


「生きてさえいればいい、生きていくことしかできない、他の選択肢を選べない。そんな生き方が、生まれる前から決まる人生よりは……!」


 この場で唯一、生まれが下の彼である。

 だからこそはっきりと、国民が皆アレになるよりはずっといいと言い切っていた。


「……リゥイ隊長がおっしゃるのなら、そうなのでしょう。私には想像もできませんが、それほどなのでしょうね」


 第四将軍、コチョウ。

 既に軍籍を抜け、学生に戻ると決めている彼女は、自分の意見を言えなかった。


「私は……私には……戦場は広すぎました」


 四人の将軍たちは、犠牲になった魂を前に、戦場の現実を口にする。

 誰もが失われた価値を見失わず、しっかりと悼んでいた。


 その四人へ、ラセツニは頭を下げた。

 良き将たちだ。彼らが痛みに耐えながら戦ったからこそ、勝ったという現実に至っている。

 同じように犠牲を出して、負けたとあっては、それこそ浮かばれない。


 たとえそれがどれだけ愚かだったとしても、犠牲を無駄にしないために犠牲を重ね、勝利という結果へたどり着いたのだから。


 この儀礼は、余りにも寂しい。

 後日正式な慰霊が行われるとはいえ、参加者が少なすぎる。

 もちろんその全員が上位の者であり、慰霊の心は本物だが、それでもやはりもっと多くの者で送ってやりたかった。


 その心が全員にあったが、その中の一人が口を開いた。


「ダッキ殿下、リァン殿下。不敬を承知で申し上げてもよろしいでしょうか」


 上級将校の一人、壮年の男性が怒りをにじませながらダッキとリァンへ発言の許可を求めた。


「……もちろんです」


 一瞬覚悟をしてから、リァンは許可を出した。

 しかしその内容がどんなものか、既にダッキもリァンもわかっている。

 他の誰もが、それを分かっている。


「征夷大将軍閣下、狐太郎様がここに来ないこと。それはどうお考えですか」


 当然だが、狐太郎もここに来るべき男であった。

 もちろん彼も消耗していたが、歩けない程ではない。

 その彼がここにいないことが、上級将校たちにとっては不満だった。


「歩けないほど疲労している他の十二魔将は仕方がありません。ですが狐太郎様と、その護衛を務めるノベル様が、参加されていないことが不満です」


 仮にも次期大王へ、不満と言い切る。

 彼の目には、死の覚悟さえ宿っていた。


「もちろん、まだ意識を取り戻していない、鬼王クツロ様についていることは存じています。大将軍チタセーを討ち取った彼女へ、最大級の礼を払う気持ちはわかります。ですが……」


 おそらく、彼もこの戦争で多くを失ったのだろう。

 それこそ、自分の今後の人生さえ、意味を感じなくなるほどに。


「それでも! 私は! ここに来ていただきたかった! 最高司令官である彼に、その義務を果たしていただきたかった!」


 狐太郎が遊び惚けているとは思っていない。

 事前に連絡は受けていたので、急遽断ったわけでもないと知っている。

 クツロに気を使うこともわかる。


 だがそれでも、何日も離れるわけではないのだから、一時でも参列して欲しかった。

 死者に敬意を払って欲しかった。


「私だけではない、多くの者がそう思うでしょう! その点に関して、貴女がたはどうお考えか! どう応えるのですか!」


 狐太郎が武勲を上げたこと、四冠の役目を果たしたことは認めている。

 そうでなければ、むしろ参列を断っていただろう。


「あの方が偉大だからこそ……名もなき彼らを見送っていただきたかった!」


 実質の指揮をジョーがとったとしても、実際に司令官として名を出していたのは狐太郎である。

 この軍に参加した者たちは、狐太郎の名前の下に集まったはずだ。


 ならば、殉じた者たちを送る義務があった。

 今回の欠席は、後日正式な儀礼を行うとしても、割に合うものではない。


「私が答えましょう」


 リァンではなく、ダッキが返事をした。

 それには流石に、ラセツニやアッカが驚いていた。

 もちろん質問をした上級将校も、質問をしていなかった他の上級将校も驚いていた。


 彼女は毅然とした態度で、彼へ敬意を示しながら話をする。


「まず……事前に連絡を頂いたのは私であり、許可をしたのも私です。であれば、私が返事をするのが筋というもの」

「……おっしゃる通りでございます。ではなぜ許可をしたのか、教えてくださるということですね?」

「もちろんです」


 しっかりと、彼女は答える。


「貴方の不満はもっともです。おそらくこの場に参列した者の中で、同じように考える者もいるでしょう。そしてそれは……少なくとも、この場にいるものであれば、思う権利や口にする権利もあることです」


 もしも安全地帯でのうのうとしていた者が、狐太郎の揚げ足を取るためだけに調子よく指摘すれば、それこそ全員が怒るだろう。

 だがこの場にいる者たちは、それこそ当事者である。狐太郎の不在に、不満を持つ権利があった。


「ですが貴方自身も認めているはずです。大将軍チタセーと一騎討ちをし、力尽きて倒れた、鬼王クツロ様へ最大の礼儀を払うことを」

「……もちろんです」

「申し上げにくいことですが、これはどちらが正しいと言い切れないことです。クツロ様の元を片時も離れないことも、一時離れてここに参列することも、どちらも正しく、どちらも不満を生みます」


 魔物使いではないこの場の者たちでさえ、容易に想像できることだ。


 主の命令に従い全力で戦い抜いたモンスターが、目を覚ました時、主がいるのか、いないのか。

 或いは、片時も離れずにいるのか、他の仕事があれば抜けるのか。

 

 そこには、大きすぎる差がある。


「狐太郎様は不満が向くことを承知の上で、戦いに倒れた従者の傍に居ることを選んだのです。よって不満に思っても仕方ありませんが、それは咎めることではないはずです」


 上級将校が不満に思い、それを口にする。

 それはとても正しく、否定できないことだ。


「かく言う私も、先日は生き残った者を置いて、父や兄たちの遺品に縋り付き、泣いておりました。それを恥じる気持ちはありませんが、皆にそれを強いる気はありません」


 だがしかし、狐太郎に『罪』があるのか。

 それは流石に、あるとは言えない。


「それともあなたは、強いることを望むのですか。死んだ者と生きた者。同じく役目を果たした者たちへ、明確に優先順位をつけるのですか」

「……」

「……どうか、この場で明かしたことは、この場にとどめてください。彼はもう……この国を守るという、最大の義務をまっとうしたのです」

「おっしゃる通りでございます……私が浅はかでございました」


 傷つき倒れた者の傍に居ること、死者を弔うこと。

 そこに優劣をつけるなど、できることではない。

 どちらも等しく、貴く、大事なことだった。

 であれば、狐太郎は咎められることをしていない。


「お許しください、ダッキ殿下」

「いえ……貴方も多くを失ったのでしょう。王族として、感謝しております」


 そのやり取りを見て、ナタの目から多くのものが溢れた。

 彼が良く知る、王の末娘ダッキは、こんな立派な女性ではなかった。

 だが今の彼女は、あるいはキンカクたちが最後に見た彼女は、かくも立派な王女だったのだ。


「だ、ダッキ様……ご、ご、ご立派になられました……!」


 であれば彼らは、きっと救われながら戦ったのだろう。

 あの時、あの場所に彼女がいるだけで、ダッキの成長はわかっていた。

 だがそれでも、実際に彼女が王族としてふるまっていると、心が震えて止まらない。


「ええ、本当に……ギュウマ様も、きっとお喜びに……」


 ラセツニも同じだった。

 滂沱の如くではないが、涙が止まらない。


 倒れた者たちの代わりを務めるべく、毅然と振舞う彼女。

 決してうまくやろうとせず、しかし敬愛をもって、分かりやすく伝えようとする彼女。

 不器用に理解を求める彼女は、余りにもまぶしい。


「やれやれ……見送った時はあんなに立派じゃなかったんだがねえ……なあリゥイ」

「……そうでしたね」


 アッカから話を振られたリゥイは、今更のように思い出す。

 もともとダッキがカセイへ向かったのは、その性根を叩きなおすためだった。

 彼女に怖い思いをさせて、他の人の仕事へ敬意を持ってもらうためだった。


「……まさかこんなに遅くなるなんて、思っていませんでした」


 同じことを、リァンも思い返す。

 ダッキは確かに成長を遂げた。

 だがそれは、余りにも多くの痛みによるものだ。


 つり合いが取れる、とは到底言えなかった。


「それでも……」


 ダッキを元の人格に戻したら、この犠牲がなかったことになるのなら。

 それは迷わず、ダッキを元に戻すだろう。


 だがそれに何の意味もない。

 だからこそ、せめて。


「自分にできることを、一つずつやらなければ」


 もう何もできなくなった者たち、やれることをやり抜いた者たち。

 彼らが天に昇っていく姿を見ながら、リァンは両足で大地に立っていた。

 生きている者たちは、生きている限り安寧が許されない。だがそれは、悲しいことではないのだ。



 狐太郎は相変わらず、倒れている四体の傍に居た。特にクツロの傍に極力いるようにしている。

 コゴエの意識は既に戻っていたが、やはりクツロの意識は戻らない。

 モンスターに殺されない限り死ぬことはない魔王ではあるが、それでも彼女の苦しみは嘘ではない。


(……クツロ。目を覚ましたら、お前は俺を見るんだろうな)


 彼女は大将軍と真っ向から戦い、勝利した。

 ならば目を覚ました時、最初に見るものはなんであるべきか。


 それは敵将の首などではない、彼女の背にいた自分であってほしかった。

 それを、彼女に喜んでほしかった。


(他のどんな仕事よりも、俺にしかできない、俺だけの仕事だ。もちろんアカネたちもいるけど……それでも、最初に俺を見て欲しい)


 狐太郎が思い出すのは、ダークマターによって倒れたとき、多くの人が来てくれたことだ。

 そして意識を失い、長く寝て、目を覚ました時。その時も、多くの人がいた。


(俺がお前のことを大事にしていると……皆がお前を大事にしているんだって、感じて欲しい)


 辛いとき、苦しいとき、悲しいとき。

 誰かが寄り添い、悲しんで苦しんでくれる。

 そして助けるために、守るために、救うために、全力を尽くしてくれる。

 不満をぶちまけても受け入れてくれる。


(俺が……そうしたいんだ)


 それがどれだけ幸せなことか。

 今の狐太郎は、よく知っていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 大規模な葬儀の描写がある作品はありますが、それに自発的に欠席するのを見るのは初めてかもしれません 死者を悼む、生者を労わる どちらの立場も理解も共感も出来る、いい話ですね
[良い点] 現代の真っ当な社会人の感覚の狐さんが国家規模の儀礼を断るのは並大抵の心痛なわけがないわけで しかも、前線の兵が一人でも多く生き残れるようにほぼ裸単騎で反対側の戦場で囮になった大将軍に前線で…
[良い点] バチバチ戦闘する回もみんな全力でカッコイイんですけど、やっぱりこういう落ち着いた回でも成長した姿が見れたりととても面白い話でした。
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