苦しみを求めて
いつも応援してくださっている読者様へ。
大変申し訳ありません。
昨日の投稿で一周年突破とありました。
ですが第一話の投稿が去年の2月10日であることを忘れておりました。
以後このようなことがないよう、注意させていただきます。
どうぞ今後も本作をお願いします。
現状、この戦場は極めて拮抗している。
両軍ともに瓦解はせず、消耗しながらも戦線は維持されていた。
その意味では、最初と大差はない。
だが戦争が始まった当初とは、決定的に変わっていることがある。
両軍ともに、英雄と呼べる戦力がいないということだ。
仮に衝突し合っていたとしても、ナタが現れれば有利な陣地から戦力を出していただろう。
あるいは逆に、ナタが自陣営に不利な場所へ向かい、そこを盛り返していたかもしれない。
だが既に、ジョーの策によって『整理』が終わっている。
それはナタの参戦が決定打になることを意味し……。
ナタにとって、ただの処理であることを意味している。
Aランクハンター、元斉天十二魔将四席、大志のナタ。
圧巻のアッカのように歴代最強ということはなく、しかし狐太郎のように意味不明なほど弱くもなく、さりとて西原のガイセイや抹消のホワイトのように未熟でもない。
震君のジローと同じく、成熟した英雄である。
その彼は、決して万全の体調ではない。
南万と連日の戦いを経て、さらに大急ぎで王都まで来たのだ。
はっきり言って、疲れている。心身ともに、平常とは程遠く、最高のパフォーマンスを発揮することなどできない。
その彼は、この戦場にたどり着いた。
王都の南に達した彼は、西重の兵を見下ろしている。
その兵たちは、虫のように死体に群がり、踏みつけながら武器を突き立てていた。
その死体はもう、元が何なのかわからない。しかしその着ている鎧などは、憶えがあった。
彼は口を開いた。
何かを言おうとした。
それを、西重の兵は止めることができない。
圧倒的な強者を前に、金縛りにあっていた。
だがナタは、口から何も出せなかった。
公爵の家に生まれてきた彼の語彙に、この状況で出せる言葉がない。
だが体は動いていた。
とても悲しいことだが、彼の体は人を殺すことに長けている。
じゅう、という音がした。
死体の上に立っていた兵士たち、その周囲にいた兵士たち。
ざっと千人だろうか? 彼らは全員、体が上下に別れていた。
閃光属性のクリエイト技によって、全員の上半身と下半身が切り離され、更に断面を焼かれていたのである。
まさか傷がふさがるわけはなく、ここから復帰できるわけもない。
だが出血がなかったことにより、全員まだ生きている。痛みもなかったため、しばらくは生きているだろう。
もがく彼らは、声ではなくうめき声だけを出している。
ナタは周囲を見た。誰も、何も、ない。
あるのは、三つの死体。
役割をまっとうし、既に天へと上った仲間の元へと向かった、成すべきことを成し遂げた男たちの死体だ。
ナタは生きているだけの西重兵に囲まれながら、しばらくそれを見ていた。
恩人だった、仲間だった。生まれは違えども、自分より弱くとも、尊敬できる立派な近衛だった。
この死に様こそが、その証明だった。
死んで欲しくなかった、或いは一緒に死にたかった。
周りにいる、もがく西重の兵士たちが、その仇だったのだろう。
ナタは空を仰ぐ。
既に夕刻に近づいている、王都の空を仰ぐ。
だん、と彼は跳んだ。
たったの一歩ではるか前へ向かった彼は、南の本陣に群がる西重兵を見た。
彼の体は、極めて適切にクリエイト技を発動させる。
光の雨が、彼の掌から降り注いだ。
武装していようが負傷していようが、武将だろうが雑兵だろうが、一切関係なく貫いていく光線の雨。
それは少々の焦げ臭さだけ出して、南の本陣に達していた兵士たちを絶命させていく。
だん、と着地する。
そのころには、西重の兵士たちは全員横になっていた。
そして彼は、そこにいる人たちを見て、再び硬直した。
そこにいた人たちもまた、彼を見て硬直している。
少なくともナタは名乗らなかった、何も言わなかった。
彼のその、凄絶極まる雰囲気に、誰も口を開くことができなかった。
ナタはやはり、何かを言おうとして、何も言えなかった。
ナタが知っている人物は、ただ一人。
美しく成長した、先代大王の遺児ダッキ。
もちろん彼女もナタを知っているので、そのように驚いている。
なぜナタがここにいるのか、彼女は知らないのだ。
そしてナタは、なぜ彼女がここにいるのか分かる。
彼女は王族として、味方の士気を上げ、餌の役割を担うべく、王都奪還軍に参加したのだ。
その周囲には、力尽き寝転がっている亜人の女性を抱きしめる小柄な男と、貴族であろう整った身なりの若者四人がいた。
さらにその周囲には武装した、傷ついた亜人と女傑がいて、さらにハンターの恰好をした老人たちと、斥候の姿をした細い亜人たちがいた。
そして、英雄ほどではないとしても、強大な力をもった戦士たちも三人いる。
特に悪魔使いであろう二人は、全身が汚染され切っていた。
王族だった、近衛だった。
まったくもって、立派な王族と近衛であった。
挨拶をするべきだ、参戦の許可をもらうべきだった。
だがナタは、自分でも説明できないことに、無言で彼らの元から去る。
会釈さえせず、無礼千万にも彼らへ背を向けたのだ。
茫然とする王族と近衛を置いて、彼は更に北進する。
そこには巨大モンスターと、それにデット技で対抗する勇者たちがいた。
既にデット技も限界を超えているらしく、勇者たちの動きは鈍い。
ナタは迷わずに、手に持っていた矛を振るう。
閃光属性のエフェクト技による斬撃は、あっさりとモンスターたちを絶命させていた。
大きく分厚い胴体に閃光の斬撃が深々と刻まれ、もがく暇さえなく息絶えていた。
それのモンスターたちが倒れるよりも早く、彼は王都へ跳ぶ。否、跨ぐ。
荘厳な王宮を跳び越えて、その先に向かう。
大矛を、頭上で振り回す。
そして着地点にいる、巨大モンスターの群れを見る。
そのモンスターの足元で、仲間をかばって戦う、立派な戦士たちを見る。
ざざざん。
やはりあっけなく、そのモンスターたちも沈んだ。
その死体の上に立った彼は、またも襲われていた央土の兵を見た。
その中に、知っている顔があった。
以前に出会った、夢をかなえるために一生懸命修行をしていた、とても模範的なハンターの青年だった。
自分が手紙を送り、どうか頑張ってくれ、と願った相手だ。
彼は以前あった時点で、Aランクモンスターにも勝っていた。
その彼が今倒れているのだから、おそらく戦っていたのは敵の英雄だろう。
彼が生きているということは、おそらくその英雄はもうすでに倒されているのだ。
倒れている彼は意識がはっきりしているらしく、ナタに気付いたようだ。
目が合った気がした。ナタはやはり視線を切り、その場を去った。
北の主戦場に、彼は達した。
Aランクであろうドラゴンたちや、やはり大量にいる巨大モンスターたちに目が行きそうになる。
しかし彼の心へ深く刺さったのは、倒れている央土の兵たちだ。
余りにも、余りにも多い。
到底数えきれない、兵たちの死体。
彼らは将からの指示に、忠実に従って戦い、国家や家族を守るために戦って散ったのだ。
南の前線でも見た、国士たちの遺体である。
そして西重の兵が、余りにも多く残っていた。
もちろん央土と同じように、大量に死んでいるのだろう。
だが万ほどもいることは確実だった。
彼は、それを見た。
見たうえで、まず巨大モンスターたちを薙ぎ払うことにした。
そのモンスターと戦っていた竜騎士や一般兵たちが、大いに慌てて下がっていく。
歓声も上がっている気がしたが、耳に入らなかった。
一薙ぎだった。
Bランク上位程度であろう巨大モンスターなど、彼にとって問題ではなかった。
精々二十程度、本当の一息も必要ない。
ふと異物を感じ、ドラゴンたちの方を向く。
そこには人に似た姿の、豪華な服を着ている女性が見えた。
だがナタが視線を向けた瞬間に、突如として消えた。
直感的に、迷彩ではないと見抜く。
おそらく何処かへ逃げたのだろう、追うことはできまい。
そして、そうして。
彼は西重の兵たちの中に降りた。
口を開く、息を吐く。
果たして彼の顔は、どんなものか。
彼は武器を振りかぶり、走りながら襲い掛かる。
Aランク上位モンスターでさえ逃げ出したくなるような、英雄の進撃であった。
同じ英雄以外では、立ちはだかることもできない。
逃げることも、反応することもできない。
エフェクト技も、クリエイト技も不要。
ただ走って踏んで矛を振るって、それだけで人は死んでいく。
王都を占領していた西重の兵士たちは、自然災害に襲撃されるように、抵抗もできずに死んでいく。
西重の兵は叫んだ、嘆いた、後悔した。もう駄目だ、終わりだ、御終いだ。
そのナタが戦場で暴れだすことで、央土の兵たちは指示されるまでもなく下がっていく。
もはや包囲を作っているだけで、西重の兵は消し飛んでいく。
以前にホワイトが敵兵を全員生き埋めにしたのとは違い、一人一人を殺していく。
一網打尽に程遠い『手作業』だったが、効率云々が問題にならない早さで片付いていく。
ほんの数分程度で、万以上残っていた兵士たちは消え去っていた。
彼の殺意を受け止めるには、西重の残存戦力は少なすぎたのである。
※
「……だ、誰だ?!」
達観の境地で結果を待っていた狐太郎だが、突如の乱入者にはさすがに驚いていた。
先ほどクツロが倒したチタセーにも劣らぬ、正真正銘の英雄だと分かった。
おそらく敵ではないだろう、だが味方の英雄が来るなど聞いていなかった。
どんな極秘情報だったとしても、流石に総大将である狐太郎は知っていたはずである。
「ナタ……」
それに答えたのは、ダッキである。
まだナタが十二魔将だった時に会ったことがあり、彼女は当然よく憶えていた。
「ナタ?! 大志のナタ様ですか?!」
「Aランクハンターになるまで、最も十二魔将首席に相応しいと思われていた、あの大志のナタ様?!」
「公爵家のお生まれで、ギュウマ様のお弟子で、実力も家柄も才能も器量もコウガイ様やゴクウ様以上だと言われていた?!」
「正真正銘、本物の英雄じゃないですか!」
侯爵家の四人が、大いに興奮して叫んでいた。
本人たちにまったく悪気はないだろうが、狐太郎には結構傷つく言葉である。
だが、それが世間一般の認識である。
少なくとも狐太郎でさえ、臨時である自分たちの直ぐ後には、彼が首席に就任すると聞いていた。
「そうか……あの人が本物のAランクハンターか」
ガイセイやホワイトも、今はAランクハンターである。もちろん狐太郎自身もそうだが、『熟練の本物』を見るのは初めてであった。
(アレが基準なんだなあ……)
改めて、お前なんかAランクハンターじゃねえよ、と言われたことを思い出す。
なるほど、ナタが基準ならば、クズ扱いされても仕方ない。
というよりも、彼と同じような仕事を今日までやってきたことが、どれだけ無茶だったのか改めてわかる。
「まあとにかく……これで終わりだな」
狐太郎は、腑抜けた顔になった。
もう達観する必要も、諦念する必要もない。
彼がそう言ったことで、周囲のキョウショウ族やピンイン、侯爵家四人衆も腰を抜かしていた。
彼らの濃すぎる戦いは、これで終わったのである。
これは蛍雪隊も同様で、互いに笑い合っていた。
流石にネゴロ十勇士だけは警戒を保っているが、おそらく出番はあるまい。
「兄さん、大丈夫ですか」
「大丈夫ではないが、命に別状はない」
「こっちは死にそうだったけどね」
「いやはや……ササゲ様やご主人様はどうしているやら」
二人の悪魔使いと二体の大悪魔は、流石に分離していた。
ブゥと違って無理の利かない二人は、それこそ汚染され切っている。
戦うことだけで消耗したというよりも、コンロン山の頂上からここまで移動したことが、そのほとんどであろう。
ズミインはさきほどわずかに汚染を浄化されていたが、それを受けていないダイはほぼ瀕死であった。
「さて……狐太郎様。もうお気づきだとは思いますが、デット技を使用された、亜人の勇者の方々にも手を差し伸べるべきでは?」
「……あ、ああ、そうだった」
「ふふふ、ここは『忘れていなかった』という体をとるところですよ」
無尽蔵の体力を誇るノベルだけは元気であり、倒れているであろう亜人の勇者たちにも気遣いを見せていた。
デット技は限界を超えて使用すると、変身が解けた後に力を吸われて死に至るという。
彼らも死力を尽くしてくれたであろうし、助けるべきであった。
「では、特に活躍できなかった私も、多少は身を削りましょう」
ノベルの腕が、ふんわりとした土に変化する。
それを見た狐太郎は、やや嫌な予感がした。
「まさか、その腕を食べさせる気じゃ……」
「身を削るというのは、一種の冗談ですよ。まあ似たようなことは致しますが……」
そう言って彼女は、自分の腕に何かを植え始める。
すると程なくして、何かの野菜が土の中で成長を始めていた。
「私の腕を栄養満点の大富豪土に変え、冒険人参という滋養強壮に効く生薬を栽培しました。これを食べれば、命をなくすことはないでしょう」
(種や苗があれば、自分の体で栽培までできるのか……)
無尽蔵の体力を持つノベルの、彼女なりの体力譲渡手段であろう。
自分の中のエナジーを養分にして成長させ、それを食べさせるという話である。
栽培方法を見ると結構怖いが、治療と考えれば仕方あるまい。
「おそらく限界まで彼らも戦って来たでしょう、クツロ様のためにも救助してまいります」
「ああ、頼む」
もう戦場の音は鎮まっていた。
おそらくすべての戦いは、完全に終わったのだろう。
本当に最後の最後まで、どちらが勝ってもおかしくなかった。
ナタが救援に来なければ、どうなっていたのかわからない。
「……やれやれ、俺は結局間に合わせの偽物だったな」
「そんなことありません! 狐太郎様のご尽力あればこそ、戦局を五分まで持って行けたのです!」
本物のAランクハンター、本物の十二魔将首席。
それの登場が余りにも鮮やかだったため、卑屈なことを言う狐太郎。
その彼へ、ダッキは力強く肯定していた。
「きっとナタもそう言うはずです! この戦争の総大将なのですから、もっと胸を張ってください!」
「いや……そりゃ無理だ」
だがダッキが肯定したぐらいで、なんだというのか。
狐太郎の膝の上では、今もクツロが死にかけている。
おそらく他の三体も、同じようになっているだろう。
それを思うと、無力さを痛感せざるを得ない。
「公の場ではともかく……今は、無力を嘆かせてくれ」
※
知略、戦力の限りを尽くして敵の英雄をなんとか片付けた後で、いきなり現れた英雄がすべてを持っていった。
主力が倒れ、強敵がいなくなった後で、残った弱い敵を片付けた。
それを怒るものなど、この戦場に一人もいない。
消耗していく膠着状態を破り、自軍に勝利をもたらす。
それにケチをつけるなど、口が裂けてもできない。
ナタはこの国を救った英雄であり、王都を奪還した最後の一手であり、彼の活躍無くしてはすべてを失いかねなかった。
ナタという異分子がなければ、チタセーの策が成っていたかもしれない。
それほどに、彼の果たした役割は大きい。
だからこそ、央土の軍は彼を称えていた。
死なずに済んだのだ、兵が彼を称えるのは当たり前である。
だがその声が、ナタに届くことはなかった。
残っていた敵兵を片付けた彼は、敵の屍の山の上で茫然としていた。
他でもない彼自身こそが、自分の行動を恥じていた。
自分が一体何をしたのか、彼自身が評価している。
何もしていないと。
北で奮戦していたジョーをはじめとする将たち、抜山隊に連れられたガイセイたち。
彼らの誰もが、英雄にかける言葉を持っていなかった。
ナタの心中は察するに余りある。
彼は確かに王都を取り戻し、央土を救ったが、余りにも手遅れだった。
敵の屍の山で、味方の死を悔いる。
なぜ自分は、もっと早く来なかったのか。
もっと早く来ていれば、皆を助けられたのに。
他でもない自分こそが、誰よりも苦しい戦いをするべきだったのに。
それを他人に押し付けてしまったこと、楽な仕事をとってしまったこと。
それが、彼の心を責めさいなんでいた。
恥を知る彼へ、誰も何も言えない。
少なくとも王都奪還軍の誰が何を言っても、彼を傷つけるだけだろう。
そう思っていた時である。
王都奪還軍の主要メンバーが良く知る、この王都にいると分かっていた男が現れた。
「よう、ナタ」
「……アッカ様」
同じ苦しみを持つ同志。
彼に声をかけられて、ナタは反応を示した。
「アッカ様……!」
「ナタ、よく来てくれたな」
ナタの肩に、太くたくましい手を置く。
しっかりとつかみ、大事なことを伝える。
「お前が来てくれて助かったぜ」
「わ、私は……私だけが……」
「ほら」
ここに来るまでに涙を枯らしていた彼は、アッカに言われてようやく、アッカと一緒に来ていた女性に気付いた。
「ら、ラセツニ様……」
「ナタ、よく来てくれました」
もう一人の母が、そこにいた。
彼女はしっかりと彼の手を取って、感謝を伝える。
「ギュウマ様も、ゴクウも、コウガイも、ニョイシンも、ナンザンも、キンカクも、ギンカクも、ドッカクも、ハッカイも、ゴノウも、ハクリューも……貴方が来てくれて、安心しているでしょう」
誇らしきかな、十二魔将。
侵略者へ一歩も退かず、十一人そろって討ち死にす。
最後の一人が、この王都を奪還した。
「先代様も……先代様も……!」
十二魔将首席ギュウマの妻にして、三席コウガイの母。
かつての十二魔将ラセツニは、しかし涙をあふれさせていた。
「……!」
その体を、ナタが抱きしめる。
自分に残った少ないものを、彼に残された責務を、彼は壊れそうになるまで抱きしめていた。
「ふん、恰好悪いじゃねえか」
アッカはそれに背を向け、
懐かしき己の後進達の元へ向かう。
彼らにもまた、ねぎらいが必要だった。
「まあ、俺ほどじゃねぇがな……」
果たして、支払った犠牲に見合ったのか。
残されたものに幸せはあるのか。
戦争は終わり、央土が勝利し、王都は奪還された。
それが、この戦争の結果であった。




