地獄に仏
北の戦場で倒れている、二席西原のガイセイ、三席ブゥ・ルゥ伯爵、四席抹消のホワイト。
彼らはセンカジやメンジュウの死体のすぐそばで、そろって力尽きていた。
ブゥの中には大量の悪魔もいたが、彼らもまた疲労しきっている。
到底身動きできる状況ではなく、救援を待つ状況である。
「……めちゃくちゃ強かった」
「そうですねえ」
「まったくだ」
前回の戦争では、大いに活躍し大勢を決した三人。
今も戦いが続く中で、彼らは寝転がって戦いの感想を口にしていた。
そう、今回彼らが戦った四人は、決して弱くなかった。
経験の浅さ、あるいは仲間が討たれたことへの憎しみからか、言動に若さが溢れていたが、しかし強かったことは事実だ。
だからこそ、少々の便利アイテム一つで、ここまで押されてしまったのである。
「……俺らがもうちょっと持ちこたえてれば、今頃勝って終わってたのになあ。後で言われそうで怖いぜ」
「僕もそう言いたいところなんですけど、僕自身かなりやられちゃいまして……」
「心に油断があったのは俺達も同じか……」
改めて、未熟さを思い知る。
六人の将軍たちは、やはり大将軍ではなかった。
だが自分達三人もまた、大将軍ではなかったのだ。
真の英雄になる道は、余りにも険しい。
Aランク上位モンスターを倒せる程度で、たどり着ける場所ではない。
まだこれから、同等の強者と、より一層の切磋琢磨が必要だったのだ。
センカジやメンジュウのように、憎い敵を前に普段以上の力を出すこと。
カオシやヘキレキのように、敵へ敬意を払い全力で臨むこと。
トウダやビゼンのように、劣勢の中だからこそ相手を観察すること。
それらを何度も繰り返し、成功と失敗を繰り返して、それでようやく……。
ウンリュウやギョクリン、チタセーのような、真の英雄になれるのだろう。
「……クツロの奴は、ウンリュウの旦那と同じ、大将軍に勝ったんだろうな」
「そうでしょうね」
「そうでなかったら、この戦場はとっくに終わってる。少なくとも戦闘不能にしたんだろうな」
ウンリュウにはやや劣るのだろうが、チタセーもさぞ立派な英雄だったのだろう。
その彼と小細工なしで戦い、打ち勝った。それが四体の魔王の一角、鬼の王クツロだ。
狐太郎の保有する戦力の中で、四分の一でしかない。
「まったく、近づいたつもりが遠さを思い知るな」
「まあ僕の場合、ササゲさんがいてようやくなんですけどね」
「実際、今の俺がナタさんに匹敵しているとも思えない。順当だよ」
やはり、狐太郎を総大将に据えて正しかったのだ。
三人の若き英雄たちは、自分たちの位置を思い知る。
まだ強くならなければならない、無力さに苛まれる。
「隊長、ブゥさん、ホワイトさん! 大丈夫ですか!?」
遠くから麒麟の声が聞こえてきた、傷ついた体に染み渡る音楽も聞こえてくる。
まったく戦闘できなくなった三人の元へ、麒麟が率いる抜山隊がたどり着いたのである。
深手を負い消耗している三人、彼らへ蝶花が治療を始める。
しかし傷は深く疲労も濃く、到底復帰できるものではない。
今彼女が治療をしていても、それは命を繋ぐためであって、この戦場を決するためではない。
「皆さんが生きていらっしゃって、あそこに敵の英雄二人が転がっている。やはり作戦は成功したようですが……成功した上で、上回られたようです」
まだ戦いが続いている状況を見て、麒麟は気を引き締めた。
周囲には敵軍も遊軍もおらず、完全に孤立している状態だ。
だがだからこそ、これから何が起きるのかわかってしまう。
それを裏切らずに、麒麟の周囲に大量の封印の瓶が現れた。
空中に出現したそれは、落下と同時に割れて、中からモンスターが出現する。
完全に想定通りではあるが、それは想定されていた苦戦だった。
「僕たちがそろってここにいる以上、貴方達のことは大丈夫です。いざとなったら、三人を連れて逃げます」
「おいおい、そこはもうちょっと格好つけろよ」
「そうしたいのはやまやまですが、結構疲れてまして……」
「……格好いいじゃねえか」
常に蝶花から支援や回復を受け続けていたが、抜山隊のほぼ全員が疲れていた。
無理もあるまい。前回と違って、逃げる敵を追い散らすだけではない。向かってくる敵を倒し、場合によっては殲滅しなければならなかったのだから。
この戦場に投入されたばかりのサイクロプスたちは、まったく元気そのものだった。これでは撤退を視野に入れても仕方ない。
「ここからは、泥仕合ですね。諦めたほうが負けです」
「……その気はねえみたいだな」
「ええ。僕はしつこいので、それは知っているでしょう?」
「ああ、そうだったな……お前はそういう奴だった」
※
南の戦場に置いて、ノベルは大いに活躍していた。
金属や土、石に変身できる彼女は、攻撃よりも防御に秀でている。
大量の敵を一気に殲滅できない一方で、相手の攻撃を気にせず戦い続けられるのだ。
敵を一気に殲滅できない一方で、敵は彼女に傷をつけることもできない。
もちろん彼女を倒すことが目的ではないが、彼女を放置しては、味方が死に続けるだけである。
「ファイヤークリエイト、ナパームボール!」
「ヒートクリエイト、ホットエリア!」
「ボムクリエイト、ファーストブラスト!」
この戦場に投入されていた黄金世代たちが、彼女に立ち向かう。
殴る蹴るしかできない相手なら、遠くから攻撃すればそれまでだ。
どんな金属に変身するとしても、炎や熱には強くないはずである。
「おやおや、炎や熱で攻撃ですか? まあ当然のことですが、問題ではありませんね」
黄金世代、武将の力を持つ者たち。
彼らからの火炎属性、高熱属性、爆発属性の攻撃を食らっても、彼女にはまるで通じていなかった。
「ステンレスタングステン……極めて酸化しにくく、且つ熱に強い金属に変身させていただきました。もちろんまったくさびないわけでも、燃えないわけではなく、どんな熱にも耐えるというわけではありませんが」
むしろ熱を帯びた金属となり、それを攻撃力に変えて襲い掛かる。
「この程度の温度なら、問題になりません。足りませんねえ、威力や温度が」
「あ、あああああ!」
高熱の塊となった彼女は、近づく者を焼く。
今彼女に接近すれば、それだけで重度の火傷を負ってしまうだろう。
ましてや彼女に殴り掛かられ、それを武器で受け止めれば、それこそ溶鉱炉のすぐそばに顔を置くようなものだ。
「考えが甘い、そうは思いませんか?」
高熱の塊になった彼女へ、さらに別の黄金世代たちが襲い掛かる。
「スラッシュクリエイト、レイジングムーン!」
「ピアスクリエイト、ビッグホール!」
「ブレイククリエイト、サンドメイカー!」
斬撃属性、貫通属性、粉砕属性。それらのクリエイト技が彼女に命中する。
「方向性は正しいのですよ。強度と靭性、それの両立は難しい。ましてや熱を帯びていれば、大抵の金属は脆くなるか柔らかくなる。あるいは燃えるでしょうね」
傷がつきにくいのは、強度が高い物質。
壊れにくいのは、靭性の高い物質。
また受ける衝撃の種類によっても、強弱は存在する。
そして温度によっては、金属の性質も変化する。
今の彼女は高熱なのだから、別の何かに変身してもそれは引き継がれるため、普段なら耐えられる攻撃も耐えられなくなるかもしれない。
「私をもっと加熱できれば、私へもっと強い攻撃を浴びせることができれば、ダメージはあり得たかもしれません。しかし貴方達では無理ですね」
ジェネラルスチールに変身した彼女は、まったくダメージを負っていなかった。
なんのことはない話である。
いくら金属に弱点があるとしても、生身よりは格段に強い。
ましてや希少金属ならば、英雄以外やAランクモンスター以外からの攻撃にはほぼ無敵である。
「さて、このまま……?!」
とにかく数を減らさなければならない。
そう思ってさらに走り出そうとした彼女だが、その動きが止まっていた。
「ストップクリエイト!」
「コネクトクリエイト!」
「スティッキークリエイト!」
「ベアトラップ!」
停止属性、接続属性、粘着属性。
三属性による拘束が、彼女を縛っていた。
黄金世代三人による、全力の拘束であった。
「……ハンターならまだしも、この手の使い手が軍人にいたとは。いえ、西重ではモンスターも軍人が担当するのでしたね」
不覚をとったことを、彼女は認識する。
昏のメンバーがそうであるように、彼女もまた小型のモンスターのようなものである。
的が小さくて攻撃が当たりにくい分、動きを封じる技にはそこまで強くない。
しばらくもがけば突破できる上に、その間一方的に攻撃を受け続けても問題にはならない。
だがしかし、そのしばらくが、この状況では値千金である。
「いけえええ! 今の内だ!」
「……」
ノベルは黙った。
極めて適切な判断である。
ノベルは決して、機動力が高くない。
一旦振り切られれば、追いかけるのは難しい。
そしてなにより、彼女が一定時間抑えられていれば、その間に状況は決しかねなかった。
※
「捕まえろ! なんとしても捕まえろ!」
「絶対に、絶対に捕まえろ!」
「この男を捕まえれば、我等の勝利だ!」
敵の総大将が、目の前にいる。
しかも護衛の兵は極めて少ない。
その状況でなら普段はやる気のない兵士でも、士気が完全に振り切れるだろう。
ごく普通の戦争であっても、餌が目の前にいれば殺到するものだ。
ましてや国家の命運がかかった大一番、勝てば一生遊んで暮らせる金が、あるいは歴史に名前が刻まれる。
あらゆる兵を差し置いて、あらゆる将を差し置いて、あらゆる英雄を差し置いて。
それが彼らの目から、一切の恐怖を消していた。
「まったく、こうなるとモンスターも人間も変わらんな!」
「ふん! これでは森の中も外も変わらんわい!」
「キョウショウ族の戦士よ、ピンイン殿よ! どうか壁となっていただきたい!」
「我らも全力を尽くし、前線を後ろから支えさせていただく!」
「お前ら、分かってるね! 爺さんやひょろい斥候に、度胸で負けるんじゃないよ!」
「おおおっす!」
だがそれは、決して勝利とイコールではない。
決して強力な援軍とは言えないが、後衛として蛍雪隊とネゴロ十勇士が参加してくれた。
キョウショウ族の戦士たちが壁となれば、後方から爆弾や毒煙が放たれる。
元より強化されたキョウショウ族は、強く堅い。近づいてくる敵が減ってくれれば、後は普通に殴るだけだ。
先ほどのように精鋭部隊ということはなく、負傷者の多い、陣形の乱れた雑兵ばかり。
数がまばらということであれば、彼らが負ける要素などない。
つまりは、捌ける範囲を越えないこと。
それが南の本陣の士気を維持していた。
「これは……行けるか」
四人でバリアを展開しているロバーは、そうつぶやいた。
今自分たちが狐太郎をしっかりと守っていることも含めて、今のところ何とかなっている。
サイクロプスたちに襲い掛かっている亜人の勇者たちも奮戦しており、今のところ破綻の兆しは見えない。
もちろん些細なきっかけで崩壊しかねないが、希望の兆しは十分に見えてきた。
「そうだな、いけるかもな」
そんなロバーの言葉を、狐太郎は肯定する。
ここで気の抜けた顔、希望で気を緩めることもない。
彼はあくまでも、先ほどと同じ顔をしていた。
それがある意味、全体の緊張感と士気を保っている。
彼は現場にいるが、足を引っ張っていなかった。
彼を中心として、防衛が成されている。
「……なあクツロ、憶えているか? お前は言ったよな、どこであっても、一人じゃないならパラダイスだって」
狐太郎は、気絶しているクツロに話しかける。
自分に抱き着いてくるダッキは無視して、なんの反応もしないクツロに語る。
「ここは地獄だ。みんなが必死になって戦って、それでもすぐ死ぬかもしれない……地獄だよ、まったくな」
先代魔王の言っていたこととは違う、むしろモンスターと人間が手を取り合って、敵と味方に別れている戦場。
だが戦場は、ただそれだけで地獄だった。しかし狐太郎は、地獄でも微笑んでいる。
「それでも……一人じゃない。みんなが俺やお前を守るために、一生懸命頑張ってくれている」
だんだん、近づいてくる敵が増えてきた。
ノベルが捕まり、キンカクたちの勢いが弱まり、蛍雪隊やネゴロ十勇士の武器が減ってきたのかもしれない。
このままでは、押しつぶされるかもしれない。
希望の芽は、あっさりと潰れそうだった。
「……まったく、心強いよ」
だがそれでも、まだ潰れない。
誰もが一生懸命に、狐太郎を守ろうとしている。
戦場で多くの敵に狙われることが報いならば、多くの敵から守られていることもまた報いであろう。
「クツロ……ここは楽園だな」
耳を疑う言葉だった。
能天気すぎる言葉だった。
余りにも修羅場、余りにも鉄火場、余りにも土壇場。
皆が命をかけて戦っているのに、しかし……。
「狐太郎様ぁあああああ!」
轟音とともに、接近してきた兵たちが吹き飛んだ。
黒い方天戟を手にした、悪魔で武装した男。
斉天十二魔将十席、ダイ・ルゥ。
西のコンロン山から、文字通り飛んできた男。
大悪魔セキトと融合したまま長距離を移動し、既に体を汚染されている彼は、それでも周囲の敵を薙ぎ払っていた。
「ご無事ですか。ダイ・ルゥ、遅ればせながら参上いたしました!」
「ああ、ありがとう。間に合ったよ、助かった」
「もったいないお言葉です!」
体のほとんどが汚染されている彼は、それでも間に合ったことに安堵した。
「ノベル殿のところには、ズミインとアパレが向かいました。既に合流し、敵の殲滅を行っています」
「そうか、頼もしいよ」
南の本陣、まったくもって盤石なままである。




