スイッチ
この戦いの幕を開けることになった、クツロとチタセーの戦い。
周囲のあらゆるものを粉砕しながら続く戦いは、余りにも苛烈だった。
近くにいる狐太郎たちも、飛んでくる岩などに対応を強いられ、ノベルを筆頭とする戦力が何とか抗っていた。
そして、クツロが大きく吹き飛び、地面に倒れた。
うつぶせになり、立ち上がろうともがいている。
それを応援したい気持ちは狐太郎は当然のこと、亜人の戦士たちや、ダッキたちにもあった。
だが、声が出なかった。大将軍であるチタセーが、まだ立っていたからだ。
クツロに比べて小さいはずの老雄は、遠くから見ても分かるほどに健在で、偉大な姿をしていた。
その姿が、敵である狐太郎たちにとっては絶望的に見える。
クツロは強い、そのクツロを正面から倒し、なおかつ立っている怪物。
そんな英雄に、挑んでしまったこと。これから彼に攻撃されることが、とても恐ろしかった。
もちろんクツロも、それを理解している。
自分が立ち、倒さなければならない。
魔王の負荷、タイカン技による強化の負荷、爆発属性の攻撃による負荷。
それらが相まって、彼女でも立てなくなっている。
だがそれでも、立たねばならぬ。
目の前の相手が偉大な英雄だからこそ、絶対に勝ちたいのだ。
それは私的な理由であり、どうでもいいことだろう。
だがそれが、今の彼女にとって大きい。
そしてそれとは別に、当然ながら、最初からある気持ち。
(アカネ、ササゲ、コゴエ……!)
後ろに主がいる。
この男が強ければ強いほど、偉大であれば偉大であるほど、狐太郎に向かわせるわけにはいかない。
この絶対的強者を、なんとしても倒す。
彼女は巨体を持ち上げ、咆哮した。
「決着をつけましょう、西重国大将軍、チタセー!」
杖にしていた金棒を振りかぶり、最後の技の準備に入る。
「……そうだな」
皮肉だが、彼女の叫びと、その気迫が、彼を呼び覚ました。
意識を保って転がったクツロとは逆に、彼は立ったまま気絶していた。
クツロの戦闘意思に反応して目を覚ました彼は、最後のこの世を味わう。
「儂は、西重国大将軍、チタセー……西重の命運を背負うものである。だが……」
彼は最後の力を振り絞る。
あの時、アッカと戦った時、出せなかった分の力を出し切る。
「憶えておくがいい、鬼の王よ……儂が倒れても、西重は負けん。必ずや儂に代わり……軍の責務を全うするものが現れる!」
大将軍チタセー、最後の大一番である。
弱音は既に吐ききった、涙も枯らしておいた。
もう何も恐れることはない、ただ戦い抜くだけ。
「……この老いぼれ一人殺すことに、精魂を使い果たしたことを、後悔するがいい!」
爆発属性が、老雄の最後の矜持が、戦ってきた男の意地が、最大出力を突破する。
「ボムアルティメット!」
それを前に、彼女は退かない。
鬼の王は、何も恐れない。恐れることが、許されないからだ。
「鬼神が何を恐れるものか、之を避けず断じて行う!」
振りかぶった金棒が、肥大化し、ねじれ、暴力的になっていく。
それは彼女のもう一つのタイカン技、その予兆である。
既に自己強化のタイカン技を使ったうえでの、最大火力のタイカン技。
なるほど彼女の最大出力であろうが、それは正に限界を超えるもの。
それは忠義であり、誠意。
そして必勝のための、最後の力。
「男児の本懐ここに在り!」
「タイカン技! 鬼神断行!」
両者の、最後の力。
魔王と英雄の、末代にまで語られる一騎討ち。
その決着を意味する大激突は、戦場全体へ響き渡っていた。
※
東にて刃を交える、ブゥとカオシ、ヘキレキ。
彼ら三人の耳にも、その音は響いていた。
(合図だ!)
白兵戦を強いられていたブゥは、待っていたその音に注意を向けてしまった。
(チタセー様……!)
その瞬間を、カオシもヘキレキも理解している。
おそらくアルティメット技を使ったのだろう、もう命はあるまい。
だがそれは、既に覚悟していたことだ。
少なくとも二人は、ブゥの隙を見逃さなかった。
「おおお!」
「だあああ!」
斬撃属性の攻撃と、粉砕属性の攻撃。
それがブゥの体に、深くたたきつけられていた。
「……!」
ブゥは、声も出せなかった。
その代わりに、悪魔のエナジーではない、彼自身の血があふれ出た。
手ごたえがあった。
当然ながら、ブゥは人間である。モンスターのように、深く傷を負っても自力で治るということはない。
彼が負った傷は、余りにも深く、決定的なものだった。
だが、死んでいない。
それ故に、カオシもヘキレキも、一切手を休めない。
白兵戦に至るまでに、既に彼らもダメージを負っている。
ここを逃せば、完全に勝機が失われる。
絶対に勝つ、彼ら二人は更なる攻撃をしようとした。
『させないわ!』
直後、彼の体が爆発した。
否、彼の体から膨大な悪魔たちがあふれ出た。
まるで風船が膨らむように、悪魔が塊となって彼を包み守りこむ。
それに押される形で、二人も距離を取った。
この状況が何を意味するのか、彼らにはわからない。
もしかしたらただ暴走したのかもしれないし、もう死んでいるのかもしれない。
あるいは防御を固めているのかもしれないし、必殺の一撃を準備しているのかもしれない。
いずれにせよ、ここで多分大丈夫、と思えるほど二人は馬鹿ではなかった。
「スラッシュアルティメット!」
「ウォーター、ブレイク、アクセル! トリプルスロット!」
二人は最大の技を放つべく、力を溜める。
「巨竜殺しの大剣!」
「セブンシスターズ!」
※
ブゥが追いつめられたその時、コゴエもまたクツロの決着を確信していた。
コンロン山の頂上で戦っていた彼らだが、この高い山にまで振動が達していたのだ。
精霊たちが大いに騒ぎ、精霊使い達も察し、コゴエも理解した。
またトウダとビゼンも、決着を察する。だが二人は感慨にふけることはなく、ただ緊張した。
(勝負に出るとしたらここだ!)
(この決着、合図にはこの上ない!)
今の二人にとって尊敬する将軍の死さえも、ノイズではなく純粋な情報であった。
劣勢故の冷静さ、観察眼を得ていた二人は、全体の緊張を察する。
そして実際に、コゴエはその技を始動させた。
ずっと準備していた、何時でも撃てるようにしていた必殺技、タイカン技を発動させる。
「タイカン技!」
本来ならば、はるか高空で生成するはずの氷の柱。
しかしこのコンロン山は、まさにその高空。
今数多の精霊を従える彼女は、本来よりもはるかに大きく、はるかに高速で生成を終える。
(ビゼンならば!)
(トウダならば!)
両雄の動きに、一切迷いはなかった。
目くばせを行うこともなく、コゴエから、お互いから距離を取る。
タイカン技の子細は、昏でも把握していなかった。
だが実際に氷の柱を見た瞬間、二人は技の実態を理解した。
あの氷の柱を発射するのだ、であれば二人まとめて喰らわねばいい道理。
(これならば倒せるのはどちらか一人……)
(覚悟はできている……動揺なく倒してみせる!)
最大の必殺技は、その発動直前に隙がある。
しかし二人は、あえて撃たせることを選んだ。
発射直前の隙よりもさらに大きい、発射直後の隙を狙う。
懐中火山の効果も、タイカン技には及ぶかわからない。
仮に及んだとしても、半減程度では防げる気もしない。
だがそれでも、自分が死んだとしても、相手が死んだとしても。
その後の、確実な勝利を狙う。
「凍神の杖!」
的は二つ、狙えるのは一方。しかしコゴエの最大の技は、ためらうことなく発射された。
どこを狙うのか、最初から決まっているがゆえに!
※
北で行われている、大軍勢同士の戦い。
モンスターの軍勢や英雄同士の戦いさえも含む主戦場でも、反対側で起きた大爆発の大衝突は知覚できた。
(クツロ!)
アカネは、それを理解した。
今こそ勝負の時、彼女は今まで戦っていた昏のモンスターたちを、全員無視して技の発動に入る。
「はああああああああ!」
今までになく、大きく息を吸いこむ。
吸い込まれた大気が、圧縮され熱を発していく。
炎を越えたプラズマとなり、発射へのカウントダウンが始まっていく。
「全員! 絶対に止めなさい!」
その熱気を理解した瞬間、隊長であるスザクは叫んだ。
彼女の足元の土は、加熱の余りマグマと化していくが、それでもなお力づくで止めろと叫んだのだ。
今彼女がどういう意図で技を使うのかはわからない、しかし放たれれば絶対にろくでもないことになる。
(アレを食らえば……英雄でも死ぬ!)
技が発射される前から、それはわかっていた。
頑丈なドラゴンたちをして怯えるほどに、近づくだけでも死を連想するエネルギーだった。
だがそれでも、だからこそ、撃たせるわけにはいかない。
まさに戦局を変える、最大の一撃。それも、一発きりの一撃。
もしも失敗させれば、それだけで勝利に近づく。いや、勝利そのものが手に入る。
ここまで苦戦を強いられてきた昏のモンスターたちは、勝利を求めてアカネへ攻撃をしようとした。
ドラゴンたちはアカネの本気の攻撃に慄き、身動きが止まっている。その隙を突き、全員で殺到しようとする。
だが、Aランク十体、Bランク三十体。
スザクとミゼットを含めた、全モンスターの動きが止まった。
否、強制的に停止させられていた。
「拘束、低速、接続、停止、粘着、吸収」
体が指一本動かなかった。
計四十体からなるモンスターたちが、全員まとめて動きを封じられている。
張り巡らされた、エナジーの網でからめとられている。
(シャイン?! やはりここにいたのか……だ、だが?! な、なぜだ! なぜ全員動けない!)
当然ながら、当代きってのスロット使いシャインに対して、スザクは最大の警戒をしていた。
攻撃力こそ乏しいものの、圧倒的な拘束力を誇り、Aランク上位モンスターベヒモスさえ単独で封じきる怪物。
少なくとも力づくでは、絶対に拘束を突破できない。少なくとも、原種に比べて小さい昏では、絶対に無理だ。
だがカームオーシャンのように、強い酸などの特別な力があれば別だ。
彼女の拘束も万能ではなく、実際にそれを破れるAランクモンスターが昏にもいる。
そのうえで、彼女はたった一人で全員を封じていた。
(こ、この、体に走る痛みは?!)
全員が、その眼で見た。
自分たちをからめとっている、エナジーの形を見た。
それはまるで……。
「突風、電撃……八重属性! クラウドプリズン!」
風と雷の精霊が、エナジーの網で遊んでいる。
昏のモンスターを封じながら、楽し気に暴れている。
それの意味するところは、本来のスロット技に精霊が加わっているということ。
限界であるはずの六属性を越えて、二属性の精霊を加えることで、八属性を実現していた。
「今よ、アカネちゃん!」
彼女がどこに潜んでいたのか。
言うまでもない、クラウドラインであるウズモの、その雷雲の中である。
元より秀でていた彼女は、ここ数年間コチョウと共に、精霊と連携してのスロット技を使っていた。
精霊をそこまで好ましく思っていない彼女に、精霊を完全に使役することはできない。
特に維持をすることが、甚だ困難だった。
だがウズモの周囲には、常に雷と風の精霊がいる。
ならば、可能である。彼女一人でも、ウズモを利用してのギフト技が。
普段なら一人では拘束できない相手も、今ならばまとめて封じることができる。
「タイカン技!」
それが、一体どれだけ維持できるのか。
確実なことは、既に起きてしまったことは。
「レックスプラズマぁああああああああ!」
タイカン技の中でも屈指の高火力を誇る、火竜王アカネのブレスが発射されてしまったということだった。
(……?!)
その熱だけで、燃えやすいものは発火する。
その風だけで、弱いものは転がっていく。
だがそのどちらでもない者たちは、目を焼くほどの輝きが、どこに向かっていくのか見てしまった。
(なんで、そっちを?!)
※
場面は、コンロン山の頂上に戻る。
「タイカン技! 凍神の杖!」
最大にまで強化された雪女、コゴエのタイカン技。
巨大な氷の柱を加速させて発射する、凍神の杖。
命中さえすれば、どんな相手でも倒せるであろう技。
英雄二人を相手にしているコゴエは、迷わずにそれを撃っていた。
英雄の動体視力をもってしても、なお見失いそうになる高速の発射。
コンロン山の周囲を覆う雪雲、暗雲を切り裂いて飛んでいくそれを、彼らは見ていた。
(当たってない……いや、狙っていない?!)
(どこへ撃った?!)
第三将軍トウダ、第七将軍ビゼン。両雄は互いの無事を確認すると、喜ぶよりも先に困惑した。
暗雲の中で戦っていた彼らは、明後日の方向に向かってぶっ放されたそれが、何を狙っているのかわからなかった。
まさに狙っていたはずの瞬間、撃った後の隙を狙うことも忘れて、思わず軌道を追ってしまう。
そして彼らの目は、既に着弾しているそれを見ていた。
「ば、バカな!」
「あ、当たるわけが……?!」
混乱する両雄は、余りのことに愕然とする。
状況を正しく把握したがゆえに、彼らは決定的に隙ができていた。
そして、この場に潜んでいた手札が現れる。
「やるぞ、ズミイン」
「ええ、兄さん」
『アパレ、急げ!』
『分かっているわ、セキト!』
この、極限状況下。
精霊使いか、精霊そのものか。
あるいは特別なアイテムを持っている者しか、生存ができない場所で。
ルゥ家の悪魔使いと、ルゥ家に仕える大悪魔二体が現れる。
否、最初からずっと潜んでいた。
【最初からいない可能性を検証してどうする。先ほど到着したのではなく、既に雪山にいるのではないか? ある意味一番安全だろう】
【可能性はあるな……高位の精霊使いは、他の者にさえ環境に適応する力を授けるというし……】
そんな言葉を、二人は思い出してしまった。
まさに、走馬灯だった。
「デビルギフト、執着!」
英雄たちは、遅かった。
そして、悪魔使いたちは間に合った。
【生贄を攻撃した対象に、攻撃が必ず当たるようになる『必中の呪い』か】
懐中火山を持つがゆえに、悪魔の呪いに対して極めて無防備な二人は、攻撃が当たるようになる必中の呪いを受けてしまった。
もちろんではあるが、究極のモンスターのように、そのターゲット指定を乱す能力など持ち合わせていない。
一体なぜ、今になって呪うのか。
それを理解するよりも先に、茫然とし続ける二人はそれを見た。
「!!」
「?!」
はるか北の戦場から放たれた、竜王の咆哮。
氷の精霊が支配しているこの世界を、一瞬で蒸発させる超高温のブレス。
悪魔の呪いにかかっていなければ、絶対に当たることがない。それほど遠くからの、撃った本人も適当に狙っただけの一撃。
しかしそれは、斉天十二魔将第十席ダイ・ルゥと、斉天十二魔将第十一席ズミイン・ルゥによって、必中の一撃となっていた。
コゴエを挟む形になっていれば、どちらか一方が受けて死んでも、残った側が倒すはずだった。
だが遥か彼方からの熱線は、射線上の二人をまとめて呑み込んでいた。
※
「スラッシュアルティメット! 巨竜殺しの大剣!」
「ウォーター、ブレイク、アクセル! トリプルスロット! セブンシスターズ!」
再び、東の戦場。
防御を固めたブゥに対して、カオシとヘキレキは最大の攻撃を撃とうとしていた。
だが、『最大の必殺技は、その発動直前に隙がある』。
放ちさえすれば、全力で防御をしているブゥにさえ、確かに大ダメージを与えていただろう。
だが反撃のそぶりを見せず、動かなくなっているブゥに対して、二人は足を止めて力を溜めていた。
目の前にしか敵がいないのだから、とても当然のことだ。警戒する必要はなく、全力で倒すのみだろう。
だがだからこそ、コンロン山の頂上から放たれ、王都の上空を通過し、自分達に着弾した『凍神の杖』に気付かなかった。
音を感じようにも、超音速。
発射された音、空気を切る音は、着弾よりもはるかに遅い。
その巨大な弾丸は、全力で攻撃をしようとしている二人をまとめて潰していた。
二人は自分が死んだことにも気づかず、そのまま死んでいた。
「ぶふぅうう……」
タイカン技が付近へ着弾したことで、繭に包まれていたブゥにも振動が伝わる。
作戦が成功したことを理解して、彼は事実ズタボロのまま姿を見せた。
「し、死ぬかと思った……」
今まさに死んだカオシとヘキレキには、トウダやビゼンのように必中の呪いがかかっていたわけではない。
ブゥは彼らへその術を試みもしなかった。
ではなぜ戦場の反対側、西のコンロン山山頂から、王都を跨いだ反対側である東の戦地にいる二人に当たったのか。
如何に二人が足を止めているとはいえ、そもそも視認など不可能なはず。
相手がベヒモスやストーンバルーンのように超巨大ならまだしも、せいぜい三メートル程度の英雄二人がどこにいるのか分かる筈もない。
まさかブゥの防御を目印にしたのか、それともブゥが二人を目印まで誘導したのか。
『何をさぼっているの! 早くしなさい! きついのは貴方だけじゃないのよ!』
「わ、分かってます!」
内部のササゲに促されるままに、ブゥは何とか立ち上がった。
そして大ダメージを負って尚、英雄よりも格上の力で飛翔する。
その飛び立った後には、寒風吹きすさぶ荒野が残っていた。
ブゥとの戦いに熱中していた英雄二人は気付かなかったが、王都を挟んで戦場の反対側であるここにまで、コゴエの支配域は及んでいた。
もちろん大量の雪を降らせることなどしないが、氷や風の精霊を飛ばすことは十分に可能だったのである。
最大級に強化されたコゴエ。彼女の恩恵を受けた精霊使い達は、ランリ・ガオとは比べ物にならない精度と範囲を索敵可能だった。
そしてあらかじめ王都の上空に、西から東へ風の道を作っておけば、放った氷の柱を微調整させながら飛ばすことも可能だった。
凄腕の精霊使いを大量にそろえ、あらかじめ王都一帯を支配下に置いていたからこその、力技ではない芸術的な『狙撃』である。
※
昏のスザクは言った。提供したアイテムは、タイカン技にも効果があるのか保証できない。
だがそれは西重側の話である。まさかそれを、央土が把握しているわけもない。
仮に把握していたとしても、保証がないというだけだ。実際にやってみれば、効果があるかもしれないのだ。
使用すれば、そのまま戦闘不能になりかねない大技である。
通じるかもしれないし、通じないかもしれない、などという相手に使えるわけがない。
しかしタイカン技を封じて戦うとなれば、当然勝負は怪しくなる。
勝てるかもしれないし、負けるかもしれないのだ。
ではどうすればいいのか。
アイテムを複数持つことができない、という点を利用すればいい。
それに関しては、麒麟や獅子子たちの知識で、概ね把握できていた。
つまりあえて四方に大戦力を散らせることで、目の前の相手にだけ対策を取ればいい、と思わせたのである。
コゴエの対策を練っている英雄へ、悪魔の呪いで命中を合わせ、反対の属性のレックスプラズマを。
悪魔の呪いの類が通じないであろう英雄へ、精霊で狙いを定めて、精霊の大技凍神の杖を。
それぞれ、対策を取っていない技を当てることで、確実に倒そうとしたのである。
そしてそれによって、浅くない傷を負ったとはいえ、大戦力であるブゥの手が空いた。
彼は大急ぎで飛翔し、まるでたらいまわしのように、北の戦場へたどり着く。
「ぜ、ぜ……ふ、二人とも、ご無事ですか?!」
カオシとヘキレキから受けた傷を隠すこともなく、ブゥはホワイトとガイセイの元にたどり着いた。
「おう、なんとかな」
「いや、本当にぎりぎりだった……正直助かったよ」
そのブゥを迎えるガイセイとホワイトは、第二将軍センカジと第五将軍メンジュウとまだ戦っていた。
むしろ負ける直前であり、地面に倒れていた。
その二人を殺そうとしていた、西重軍最後の将軍たちは、彼が来たことに目をむいていた。
「ま、待て、なぜお前がここにいる……お前は、東にいたはずだ」
「そうだ、カオシとヘキレキと戦っていたはずだ……!」
ブゥの体には、斬撃属性と粉砕属性の攻撃を受けた跡があった。
東へ向かったのはカオシとヘキレキなのだから、ブゥが実際に東にいたのは確かである。
にもかかわらず、なぜここにいるのか。理由は余りにも明らかだが、その可能性を彼らは認めきれなかった。
だがそれでも、彼らは確かめなければならない。彼らは私人ではなく、責任のある将軍なのだから。
「お前が……カオシとヘキレキを、殺したのか?」
茫然としながら、センカジは問う。
「いえ、殺してませんよ」
ブゥは息も絶え絶えに、素直に答えた。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
英雄たち五人に、静かな時間が訪れる。
しかしそれも、直ぐに破られた。
「ではなぜ、お前がここにこれた。カオシとヘキレキは、お前を抑えているはずだ!」
もしかしたら、生きているのかもしれない。
そう期待してしまうメンジュウは、思わず叫んでいた。
「あの二人なら、コゴエさんが殺しましたよ」
やはりブゥは、素直に答える。
もちろんホワイトとガイセイはそれを知っているので、何も驚くことはない。
「……なにを、わけのわからないことを言っている!」
「コゴエとは、氷の精霊だろう! お前の戦場の反対側、西のコンロン山で、トウダやビゼンと戦っているはずだ!」
だがセンカジとメンジュウには、なにがなんだかわからない。
ブゥは一切隠さず本当のことを言っているのだが、まさか王都を跨いで攻撃をされたなど分かる筈もない。
「本当ですよ、首を賭けてもいい」
だがブゥは、今にも死にそうなうえで、なおも本当のことだと主張する。
「……でたらめを言うな!」
「この嘘つきが!」
だがしかし、この二人は信じない。ブゥの主張を、真っ向から否定する。
「いいえ、本当です。つまりこの賭けは、僕の勝ちですね」
そして、それが致命的だった。
ブゥは首を賭けて、本当だと言った。
それに対して、嘘だと言った。
もちろんブゥは嘘などついていない。
つまり二人は、賭けに負けたということである。
「ギフトスロット、レギオンデビル、執着」
ブゥとの賭けに負けたことで、二人に必中の呪いが付与される。
だがその呪いは、首の賭けによる呪いだ。
当然ながら、二人の首に対する必中である。
二人の首に、切り取り線が走る。
ぐるりと一周首輪のように、絶対当たる呪いがかかる。
「ウェーブクリエイト……」
「ソリッドクリエイト……」
「ギフトスロット、レギオンデビル、無関心」
個人に対して必中の呪いが付与されたなら、武器等で防御できる。だが首に対して必中の呪いが付与されたならば、それこそ首で受け止めるしかない。
もしも尋常の攻撃ならば、首に当たっても死なないだろう。英雄の首は、それだけ頑丈なのだ。
だが相手が英雄よりも強いのなら、それのフルスイングならば、如何に英雄と言えども斬られるしかない。
「クモンの時も思ったんですが、西重の将軍は教養がなくても務まるんですか?」
切り取り線を綺麗になぞって、二人の首が宙に舞う。
ブゥの方天戟は、二人の英雄を一振りで切り捨てていた。
「おお~~! 格好いいじゃねえか! クモンの時もそうしてくれりゃあよかったのによ」
「いやはや……実にスマートだ、嫉妬したくなるほどですよ」
「今回は前にも増して相手がバカでしたからねえ……」
どさっと、ブゥも地面に倒れる。
魔王の冠も効果を失い、彼は魔王の力を発揮できなくなっていた。
「大将軍以外なら、あんなもんですよ」
先日も共に戦った三人は、そろって寝転がる。
もちろん強敵との戦いではあった、彼らはアイテムを抜きにしても強かった。
だがしかし、それでもウンリュウほどではなかった。
「楽勝で勝ってそれを言えば、もっと格好良かったんだがな。俺は今回いいとこ無し、何を言っても恰好が悪いぜ」
「まったくだ、俺も今回は一人も倒してない……究極の奴に、何を言われるやら……」
「もういいじゃないですか、後は他の人に任せましょう……」
力を使い果たした三人は、そのまま動けなくなっていた。
あとは、他の者に託すだけである。
※
アカネがコンロン山へブレスを吐き、さらに東の戦場からブゥが来るのが見えた。
既に拘束が解けている昏たちだが、状況の悪さを理解して黙っていた。
「……そう来たか」
ぼうっとするスザクは、ただそう口にする。
おそらく彼女の脳内では、何が起きたのかを正確に想像しているのだろう。
そんな彼女に対して、ドラゴンたちも攻撃はしない。
レックスプラズマを全力で放ったアカネを守るべく、周囲に陣取り威嚇の構えを見せていた。
「なるほど、こちらの英雄は全滅したな」
スザクの言葉を聞いて、疲労しているシャインはやや驚いた。
この短い時間で、ジョーの作戦を理解したのである。
なるほど、ただのモンスターではない。
「皆、聞いて」
万事、ジョーの作戦通りだった。
七人もいた英雄は全滅した。
「戦闘を続行する」
それを聞いて、全員が驚いた。だが声以上に、顔を見て驚く。
彼女は自棄になったわけではなく、理性と勝機のある顔をしている。
「まだ負けてなんかいないわ、チタセー閣下の作戦通り!」
『憶えておくがいい、鬼の王よ……儂が倒れても、西重は負けん。必ずや儂に代わり……軍の責務を全うするものが現れる!』
『……この老いぼれ一人殺すことに、精魂を使い果たしたことを、後悔するがいい!』




