不死身の怪物
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昏のモンスターたちは、ドラゴンを相手に苦戦を強いられていた。
数では圧倒的に有利なのだが、素の力で大いに負けている。
究極のモンスター。
彼女がいたために、最大戦力であるスザクとミゼットが封じられ、さらに全体へデバフがかけられてしまった。
コンウ技による強化があるとはいえ、常に耳鳴りを抱えながら戦うことになるのである。
その状態で万全の格上と戦うなど、苦戦を強いられるのが当たり前だった。
「でぃやあ!」
赤い甲殻を持つ少女が、その拳を振るう。
彼女の手はまるでミトンのようになっており、人差し指から小指までが大きな指となっていて、これに親指が加わっている。
外側は丸く、内側は多くの棘がある。蟹のハサミにも似ているが、その割には先が尖っていない。
甲殻型Bランク上位モンスター、グローブロブスター。
鋏脚と呼ばれるハサミがボクシングのグローブのようになっており、挟むのではなく殴ることで狩りに使用している。
その特徴を継いでいる彼女は、当然ながら高い打撃力を誇る。
その俊敏性は非常に高く、フットワークを生かしながら痛打を見舞いつづける。
普通の人間なら、一撃で頭が砕けるような拳。
それを高速で当て続ければ、Bランク上位モンスターでもかなりのダメージを負うだろう。
現に空論城の悪魔たちは、彼女を相手にして、大いに負けていた。
「!」
しかし相手は、Aランクのドラゴンである。
丙種、或いはドラゴン型Aランク下位モンスター、トライホーン。
トリケラトプスに酷似した外見を持つドラゴンであり、しかしその肉体強度は『恐竜』を鼻で笑う程である。
身長や体重だけはサイクロプスなどに大きく劣るが、このドラゴンはそのサイクロプスに踏まれようが殴られようが、まったくダメージを負わない。
ブレスを吐いて弱らせたところで、突撃して角で串刺しにしてやれば、ただそれだけで瞬殺できる。
それほどの圧倒的なフィジカルを持つこの怪物には、機動力と敏捷性に能力を振り、代わりに重さを失った拳など、ほぼダメージにならない。
象と家犬ほどの戦力差そのままに、全身を動かしながら尻尾で一打ちにする。
「う、ぐううう!」
とっさに、両腕を使ってしっかりとガードした。
だが頑丈なはずのハサミは、腕ごと甲羅を砕かれ、痛々しく粉砕されていた。
当然彼女自身も大きく吹き飛び、地面に転がる。それでも致命傷にならず、なんとか立ち上がろうとしているあたりが、流石はBランク上位。
しかしその彼女へ、トライホーンは追撃を仕掛けようとする。その体格差とパワーを活かし、踏みつぶそうとしてきたのだ。
「スター! 下がって!」
そこへフォローしに入ったのは、突端に大きな岩のようなコブの有る尻尾の生えた女性だった。
爬虫類型Bランク上位モンスター、スピニングリザード。
突端が重い尻尾を、鎖分銅のように振り回してたたきつける、トカゲのようなモンスター。
その特徴を持つ彼女は、バレリーナのように全身を横回転させながら、加速させた尻尾をトライホーンの顔にたたきつける。
その一撃を食らって、トライホーンはやや怯んだ。
顔に比べて小さい目は、しばしぱちくりと開いたり閉じたりしていた。
だが、それだけだった。人間でたとえれば、いきなり顔にゴムボールがぶつかった程度のダメージだった。
「きゃ?!」
「スピン!」
顔にいきなりぶつけられたトライホーンは、首を動かしてその尻尾を咥える。
そのままぶんぶんと振るい、地面へとたたきつけていた。
ぶちんと、その尻尾は根元からちぎれる。
結果放り捨てられることになった彼女は、地面をゴロゴロと転がった。
「スピン、大丈夫?!」
「うん、なんとか……」
トカゲの尻尾切り。
一部のトカゲは自分の尻尾を切り離すことができ、また再生することができる。
あまりにも有名なその特徴は、彼女の元になったスピニングリザードにも存在し、当然彼女自身もそれができていた。
今回は尻尾を固定されたので切り離すという、極めて正しい自切の使い方だと言えよう。
これ以上振り回されないように自分の尾を根元から切り落とした彼女だが、既に新しい尾が生えはじめていた。
流石はBランク上位、驚異的な回復力である。
「スター、その手は……」
スピンの尻尾が根元からちぎれたように、グローブロブスターのスターの腕は、肩からちぎれていた。
「私も自切しただけだから大丈夫」
多くの甲殻動物は、非常に高い再生能力を持っている。
目がつぶれても代わりに触覚が生えるなどのことがあり、また腕がちぎれても新しく生えてくることがある。
実際に彼女の両肩からは、既に新しい腕が生えて来ていた。
グローブロブスターもスピニングリザードも、最大の武器が再生可能、取り換えられるというのは、なんとも驚異的で合理的と言えるだろう。
だが当然ながら、再生可能部位はそこだけである。全身のあらゆる部位が都合よく完全再生する、ということは一切ない。
格上を相手にダメージを覚悟で戦うなど、それこそ不可能なことであった。
また、構造的にちぎれるようになっているとはいえ、まったく痛くないわけではない。
振り回されたダメージも、吹き飛んだダメージも、治ることなく蓄積していた。
所詮はBランク上位モンスター。殺し方など必要ない、殴っていればそのうち殺せる。
「ま、また!」
トライホーンは、まったくひるまない。
小回りが利く相手なので中々攻撃をあてることができないが、ほぼダメージを負わない格下相手に怯むはずがない。
元々このトライホーンにとって、Bランク上位などただの餌。目方の小さい彼女達など、ただ面倒なだけであった。
賢い彼は、これなら大丈夫だと判断し、まったく恐れずに突っ込んでくる。
再生が終わったばかりで、まだ満足に動けない二体。
そこへ、もう一体がさらにカバーに入った。
「二人とも、危ない!」
己の力で、二人を吹き飛ばす。
その代わりに、自分の体がくの字になって吹き飛んだ。
さながらヘラジカに掬い上げられたように、体がまったく動かないまま空へ舞い上がる。
その彼女の口から、大量の『中身』がこぼれた。
血糊などのトリックではない、本物の臓器。
それが大量にこぼれて、トライホーンの顔に返り血としてへばりついていく。
「ま、マナコ!」
「マナコちゃん!」
尻尾や腕がちぎれても、適切な治療さえすれば死ぬことはない。
たとえ生えてこなかったとしても、生命に支障は出ない。
だが内臓は違う。どう考えても、絶対に助からない。
マナコという女性に助けられた二体は、慌てて地面に落下した彼女を起き上がらせる。
「大丈夫、マナコ!」
「マナコちゃん、返事をして!」
「うん、大丈夫! 当たり所が良かったみたいで、内臓が全部出るだけで助かったよ!」
彼女はなんとか立ち上がった。
「……大丈夫なの?」
「内臓全部出たんでしょ?!」
「私ナマコだよ、忘れたの?」
棘皮動物型Bランク上位モンスター、ポイズンイーター、別名フグナマコ。
多くのナマコと同じように、捕食者に対して内臓を吐き出して応戦し、そのまま逃げだすという性質を持っている。
吐き出した内臓は、もちろん再生する。
またその名前から察せるように、好んで毒性のあるモンスターを捕食する生態をしており、その内臓にはため込んだ毒が含まれている。
ぶちまけられた内臓は、食べればもちろん死んでしまうし、目に入れば失明は免れない。
「私の内臓は猛毒だからね、それを浴びせたからこのドラゴンも……」
だがそれは、大抵の動物が相手のことである。
毒性の有るモンスターを食べる、襲うのはドラゴンも同じ。
非常に高い毒耐性をもつこの怪物を殺すには、彼女の内臓は量が少なすぎた。
失明さえすることなく、それこそ色のついた水を顔にかけられたように、物凄く怒っていた。
「……一応言っておくけど、私は内臓しか再生しないからね。二人みたいに尻尾とか手とかがにょきにょき生えてこないからね、そんなに気持ち悪い生き物じゃないからね」
「毒のある内臓をぶちまける女の子に、気持ち悪いとか言われたくないんだけど」
「毒の有ること言わないでよね……!」
「しゃべってないで戦いなさいよ! 三人とも気持ち悪いんだからケンカしないで!」
「本当だわ! 真面目に戦いなさい! 私たちはどこも再生しないんだから、そんな風に戦えないのよ!」
尻尾も腕も内臓も治っても、失われた命は二度と戻ってこない。
命をかけた戦いは、いよいよ苛烈さを増していく。
※
Bランク上位が三十体と、Aランク下位が五体。
その戦いは、当然激しいものであった。
だがさらに激しいのは、ウズモとアカネに襲い掛かる、Aランクのモンスター八体の戦いであろう。
飛行可能なモンスターたちは、雷雲を纏うウズモに。
大地を走るモンスターたちは、火を吐く火竜王アカネに。
四体ずつ張り付き、なんとか両者を抑えようとしている。
しかしながら、若年とはいえクラウドラインであるウズモは強く、アカネは更に強い。
隊長と副隊長がいない昏では、大いに不足があった。
「シュゾク技、ヘルファイア!」
「よ、避けろ!」
「当たったらひとたまりもないぞ!」
シュゾク技、ヘルファイア。
相手を炎上させる、継続して燃やし続ける、非常に殺傷能力の高い炎のブレスである。
普段のアカネならば、人語の通じる相手に使うようなことはない。
一種の非人道的な攻撃であり、それこそシュバルツバルトのモンスターのように、知性のない相手にしか使わない技である。
だがそれを躊躇いなく使うのだから、彼女の本気が窺えるだろう。
別に昏が憎いというわけではないが、内心大いに焦っている。
ダークマターの時もそうだったが、彼女も不機嫌になれば呵責なく暴れる。
目の前の相手が、明確に敵意をもって阻むのなら尚のことだ。
そしてドラゴンの王である彼女は、素のスペックが極めて高い。
戦闘の幅が極めて狭い分、能力は際立って高い。
相手がAランク上位のような格上ならともかく、同格や、格下がそのブレスを食らえば、大ダメージは免れない。
ましてや殺傷能力の高いヘルファイアなど喰らおうものなら、数分間燃えて苦しんだ後に息絶えるだろう。
「……これが、冠の力。私たちの婚とは、格が違う」
「冠の力だけじゃないわ。先代様を倒した後も、シュバルツバルトの森で英雄と肩を並べ甲種と戦い続けた、歴戦の怪物」
「どうあっても私たちが倒さないといけない……天帝の僕、冠頂く魔王!」
慄いている昏たちだが、アカネもまた厄介に思っていた。
彼女自身、威嚇の気などない。普通に焼き殺すつもりで攻撃しているが、一度も当たっていない。
(……小さくてすばしっこくて、しかも頭がいい。このままだと、負けないけど勝てない。シャインさんが来てくれれば、一瞬でどうにかできるのに)
元々アカネは、クツロと違って器用ではない。
必中技、先制技、全方位攻撃などが苦手である。
もちろんやろうと思えば広範囲も焼き尽くせるが、そうなれば他のドラゴンたちも危なかった。それでは本末転倒であろう。
そもそも彼女は、自分よりも小さい相手と戦った経験が少ない。
ましてや魔王になった姿で、自分よりもずっと小さい敵と戦うのは初めてである。
戦い方に悩んでいることも事実であった。
「……よし」
だが逆に、大きな敵と戦った時、何が嫌だったのかは憶えている。
大事なのは大技の連発ではなく、緩急をつけることだと思い出す。
「シュゾク技、ヒートブレス!」
アカネは炎ではなく、口から熱波を吐き出した。
それも全開の威力ではなく、かなり弱め、その代わり広範囲にしたもの。
普通の人間なら即死だが、この場で戦うモンスターの中で、食らって死ぬものは一体もいない。
当然ながら避けることは難しく、同時に避けなければならない、という意識も薄くなる。
タールベアーのトーチは、避けきれずに食らい、そのまま防御してしまった。
「こ、この程度!」
熱もさることながら、風圧もすさまじい。
彼女の持つ油分が燃え上がるが、彼女を火達磨にすることなく、むしろ風圧で吹き飛んでいく。
トーチの後方へ火が流れていき、まるで彗星の尾のようであった。
「馬鹿! 早く逃げなさい!」
海渡のイナバが叫ぶが、しかし遅かった。
「あ、ああああああ!」
アカネがやったことは単純である、当ててから火力を上げたのだ。
弱く息を吐いていたところを、途中から強く吐く。
ただそれだけのことで、トーチはあっさりと耐えきれなくなり吹き飛んでいく。
「トーチは臭いけど仲間なのよ……止めていただきます、竜王様!」
竜の鱗を持つ女性が、口から猛烈な毒のブレスを吐いた。
しかしそれに対してアカネは反応し、逆にブレスで吹き飛ばす。
「ぐ!」
トーチを狙ったのは本当だが、妨害による攻め手を誘うものでもあった。
それを理解した彼女は、自分の毒息を浴びながらも後悔する。
そして毒の息、その煙が晴れたときには、竜王の尾が見えていた。
「シュゾク技、テイルスイング」
ぼん、という音とともに、彼女の首の上にあったものがつぶれながら吹き飛んだ。
おびただしい血が流れた後に、体は地面に倒れる。おそらく彼女は、痛みを感じる暇もなかっただろう。
「クサナギ?!」
頭部。言うまでもなく、生物にとっての急所。
プラナリアのようなごく一部の例外を除いて、頭が生え変わる生物などそうはいない。
「あ、頭が吹き飛んだ……なんて威力……頭以外だったら即死だったわ……!」
そして、彼女はその例外である。
頭は急速に生え変わり、焦った顔のまま立ち上がっていた。
九死に一生を得た表情のクサナギだが、それに対してアカネは冷ややかである。
「……もしかして貴女、ラードーンだったりする?」
彼女の鱗の形やブレス攻撃からして、ドラゴンであろうと察しを付けた。
そして、同種だと認めたくはないが、首がちぎれても死なないドラゴンなど、彼女の知る範囲ではラードーンぐらいである。
「その割には弱いけど……」
「私をあんな化物と一緒にしないでください!」
どうやら種族が違ったらしい、猛烈に怒りだすクサナギ。
「私は多頭竜型Aランク中位モンスター、八岐大蛇、クサナギですわ!」
「……」
「今似たようなものだと思いませんでしたか?!」
「……ごめんなさい」
やはり多頭竜ではあったらしい。
頭が生えてくる能力といい、毒の息と言い、ラードーンの近隣種ではあるようだ。
「まったく……あんな不死身の怪物と一緒にされては困ります。私は同じ多頭竜でも、全然別の場所から頭が生えてくるような化物ではありませんので」
しゅるり、と。
彼女の背中から、七つの首が伸びてきた。
さらに彼女の臀部からは、八つの尻尾が生えてきた。
「つまり胴体を潰せば死ぬんだね、分かったよ」
「そう簡単につぶせると思わないでいただきたいですわね……私には、守らないといけない仲間が沢山いますので!」
八岐大蛇の頭は、何度潰しても生えてくる。しかし仲間は潰れれば生き返らない。
「首から上なら、いくらでも差し出しますわ!」
彼女はかけがえのない仲間のためなら、替えの利く頭などいくら潰されても構わなかった。
「……そこまでしてくれなくてもいいよ?」
その仲間たちは彼女の身を案じていた。
※
怪物同士の戦いは、人間同士とは違う。火力どうこうではない、生命力の戦い。
その最上位たる者の戦いも、まさに不死身の対決となっていた。
「たぁ!」
不死鳥のスザクが、究極のモンスターへ炎を浴びせる。
少なからずダメージを負わせているが、彼女はまるで動じない。
「レゾナンスインパクト!」
ただ一発の拳が、スザクに迫る。
彼女は翼で自分の身を包みながら、その内側で両腕を交差させる。
しかしその一発で、燃え盛る翼が破られ、腕もちぎれていた。
「~~~!」
もう完全に、地力が違う。
素の能力値が違い過ぎる。
そう思うよりも先に、何でもない普通の拳が迫る。
たおやかな女性の拳が、スザクの腹部を貫く。
ただ穴が開くだけではない、その余波で胴体部が吹き飛んでいた。
さらに追撃。
胸部と一緒に宙に浮いていた頭部までも、火の粉のレベルまでちぎれとんだ。
「おのれ、何度も!」
ミゼットが甲殻で突撃する。
頭部に当たったそれは、究極の首をわずかに曲げていた。
「!」
究極の側頭部、甲殻の当たった部分から、血が流れていた。
だが、それだけだった。頭部からの出血は勢いが強いはずだが、それでも流れる量はとても少ない。
それだけ、与えられたダメージが少ないということだった。
「それはこっちのセリフよ。この甲羅以外は、そんなに頑丈じゃないんでしょ?」
究極は自分の頭にぶつかっている甲殻を、片手でつかんだ。
ただそれだけで、空中に固定されているように、ミゼットは自分の甲殻を動かせなくなった。
「これならどうかしら」
甲殻を掴んだまま、下段蹴り。
ミゼットの両足が、ちぎれるはずの攻撃。
それに対して彼女は……。
「くぅ!」
一瞬で、甲殻の中に全身を突っ込んだ。
「は?」
足が、全身が甲殻の中に引っ込んだので、下段蹴りは空を切った。
空振りした以上に、一瞬で甲殻の中に引っ込んだことに驚いた究極は、思わず変な顔をしてしまった。
「ちょ、ちょ……え? それってあり?! ある意味普通だけど?!」
例えにもなっていないが、ヤドカリが貝の中に引っ込んだようだった。
一瞬でしゅぽっと引きこもった姿は、モンスターというか野生の小動物である。
「ミゼットちゃんを離しなさい!」
究極の負っていた傷が一瞬で回復する。
それはつまり、不死鳥であるスザクが一瞬で復帰したということ。
「……キリがないわね」
粗雑に、甲殻に引っ込んだミゼットをスザクへ投げた。
ミゼット自身は無事だったが、スザクの体は吹き飛んで地面に転がる。
「ぐ……ミゼットちゃん、行くわよ!」
もちろん一瞬で復元したスザクは、甲殻の中に引っ込んだままのミゼットを掴み、鈍器のように振り回してたたきつける。
「無敵の盾、無敵の矛にあらずね……その甲殻が無敵でも、無敵なだけだと武器にならないわよ?」
究極は、軽々とそれを受け止めていた。
どれだけ甲殻が頑丈で無敵でも、ただそれだけ。
絶大なダメージを与えるような、特別な効果があるわけでもない。
ならば片手で防げるのも当たり前だった。
「それは私も承知ですよ」
「!」
甲殻の突端を掴んで振り回せば、その底面、入り口が究極側に行くのは道理。
そこから出てきたミゼットは、全力で水を噴射しながら離脱する。
もちろん、その甲殻を掴んでいるスザクも同じだった。
「あらら……私の体、びしょびしょよ……ねえこれ、体液なのかしら、もしもそうなら嫌なんだけど」
「ミゼットちゃんの体液ってことはないはずよ。精々口に含んだ水、ぐらいじゃないかしら」
「私の噴水について議論しないでください」
お互いやる気はある、というかまったくダメージを負っていない。
この過酷なる世界においても最強に位置する、ノットブレイカーとフェニックス。
その力を継いでいる隊長と副隊長は、他の面々と違ってまったく疲れていない。
そのスザクの生命力をコピーしている究極もまた同様であり、傷も疲れもなかった。
ならばこそ、この後も全力で戦うつもりだ。
だがお互いが不死身すぎて、まるで攻め手が見いだせない。
(隊長は手足も胴体も翼も頭も復元できるけど、私は手足がやっと……甲殻が無敵でも、他は脆い……崩れるとしたら私からね)
ミゼットは冷静に、しかし緊張感を保っている。
やはり相手も賢い。単純な攻撃しかできない分、戦術で対応しようとしてくる。
(私が戦えなくなれば、隊長も危ない……フェニックスの倒し方を実行されてしまう!)
甲種、最強種、Aランク上位。
不死身ぞろいの中でも、さらにプルートと並んで不死身と恐れられる、不死身の中の不死身、フェニックス。
しかしノットブレイカーがそうするように、殺そうと思えば殺せる、然るべき手順を踏まれれば死んでしまうのだ。
一対一になれば、今の究極ならば簡単である。
「それにしても隊長、あの究極のモンスター、さっきよりも強くなっていませんか?」
「多分アンガーオクトパスのコハルちゃんが、再生するたびに強化しているからね。その分が加算、蓄積されているのよ」
「……つくづく、厄介ですね」
初期値そのもの、素の力はさほどでもないのだろう。
だが一旦型にはまると、手が付けられない。
最善を尽くそうとすればするほど、どんどん強くなっていく。
「我らの天敵、といっても差し支えない。今後は彼女がいるかいないかで、戦い方を大きく変える必要があるほどに……!」
「いなきゃいないで、いたらどうしようって怯えるわね」
「……士気を下げないでください」
両者一旦手を止めて、思考をリセットする。体が不死身とはいえ、心は繊細なのだ。
まったくダメージを受けていないミゼットと違い、ダメージを受けている、痛みを受けている究極とスザクは精神的に参っていた。
そして実際、目の前の相手を拘束していれば、それだけでお互いの役割は果たされている。
「……貴女を見ていると、アイツらを思い出すわね。私を倒したあの英雄の、そのパートナーを」
だからだろう、スザクの口が軽くなったのは。
「英雄鴨太郎の仲間、初めて婚の宝で生まれた新種モンスターたち四体……そいつらに目がそっくりだわ」
「もしかして、褒めているのかしら?」
「そうでなければ、嫉妬かしらね。私は結局……貴女と同じ」
ラスボスは、ラスボスを見ていた。
「英雄に負けたモンスターだもの」




