布石
究極のモンスター。
その吸収形態は、特定の属性が一つだけ穴となり、他のすべてを吸収するという無茶なもの。
そもそも特定の攻撃に対して、完全無敵という時点で無茶苦茶なのに、ほぼすべての攻撃を無効化するのだから、最強のラスボスと呼ばれるのは無理もない。
逆に言えば、攻撃の無効化というのはそれぐらい大変なことである。
キンセイ兵器のように大掛かりなパワードスーツを着込むならいざ知らず、何かのアイテムを懐に忍ばせたぐらいで、完全耐性を得るなど不可能であろう。
一定の威力以下の無効、特定回数の無効、或いは確率での無効。
それらが『懐に仕込めるアイテム』の限界であった。
昏が今回提供したアイテムの数々は、その中では最上級に位置する。
ほぼ上限なく、特定の属性の攻撃を半減する。あるいは、能力値の低下と即死を防ぐ。
それらは同レベルの相手と戦うにおいて、圧倒的なアドバンテージである。
だがしかしそれは、『相手の得意技を防げる』という程度のもの。
格上相手には、やや心もとないところがあった。
ましてやその格上が『得意技』を捨てれば、それまでである。
それこそゲームの敵ではあるまいに、馬鹿正直にターン制で決まった動きをするわけではないのだから。
「キョウツウ技、ホワイトファイア!」
魔王ササゲと一体化したブゥは、悪魔使いとしての戦い方を大体捨てて戦っていた。
彼に美学などない、侵略者を殺すのにやり方など考えない。
超高温、大規模な白熱の炎が、第四将軍カオシと第六将軍ヘキレキを呑み込んでいた。
「ウォーター、ブレイク、アクセル! トリプルスロット! ナイアガラ!」
しかし、無防備に受け止める英雄たちではない。
悪魔が火を噴いたぐらいで、一々驚くほど彼らは初心ではない。
相手はこっちを殺しに来たのだ、それぐらいするだろう。
白熱の炎と、すべてを呑み込む縦横無尽の滝がぶつかり合う。
当然水は一瞬で蒸発していくが、しかしそれもすべての水が一瞬で消えるわけではない。
拮抗なのか、刹那で負けるのか。
それはわからないが、数瞬防げたことが大事であった。
「スラッシュクリエイト、クレイモア!」
水の内側から、すべてを切り裂く巨大な斬撃が現れる。
ブゥも悪魔も、まとめて切り裂いてしまえと、巨大な刃が迫る。
「ギフトスロット、レギオンデビル! アビューズ!」
巨大な悪魔の像が、やはり巨大な方天戟を手に、しっかりと受け止める。
だがしかし、その剣戟は、方天戟の柄に食い込んでいた。
このまま押し切れば、そのまま切り裂かれかねない。
「アクセルエフェクト、ブレイブダッシュ!」
その切り込みに、ブゥの意識が向いていた。
その隙をついてヘキレキが単純に自己強化をし、炎と水の中を抜けながら拳を振るう。
「ギフトスロット、レギオンデビル! ホステレリィ!」
地面から無数の棘が跳び出す。
ヘキレキの体を貫けないまでも、絡みついて動きを封じようとする。
「ブレイクエフェクト、ブルターボ!」
しかしヘキレキは粉砕属性の使い手でもある。
彼に触れた闇の棘は、ことごとくが粉砕されていく。
「キョウツウ技、ブラックトルネード!」
「ウォータークリエイト! シートライデント!」
ならば遠距離攻撃だと、ブゥは黒い旋風を放とうとする。
しかしヘキレキは、吹き飛びながらも水の槍を放った。
(この人、ホワイトさんと同じタイプだ! めんどくさい!)
手にしている方天戟で何とか弾くが、しかし守勢に回ってしまう。
「スラッシュクリエイト、バタフライ!」
その守勢の隙を狙って、カオシが攻め立ててくる。
放ってくるのは、小さく、しかし鋭い、大量の斬撃。
さながら蝶の群れが如く、大量に襲い掛かってくる。
「ギフトスロット、レギオンデビル! サイドライツ!」
闇の幕を展開し、壁として自分の周囲を守る。
膨大な斬撃の嵐が、その壁に刺さり、少しずつ刻んでいく。
「……まずい」
ブゥの脳裏に、最悪の予感が浮かぶ。
そしてそれを裏切らず、斬撃が食い込んだ影の壁から、膨大な水が襲い掛かってきた。
「ウォーター、ブレイク、アクセル! トリプルスロット! イグアス!」
その膨大な水は、ただそれだけで脅威だろう。
その上粉砕属性の籠った水など、それこそ触るだけで大ダメージである。ましてや呑み込まれれば、全身がバラバラになりかねない。
「スラッシュクリエイト、ショーテル!」
比較的小ぶりで、半円のように曲がった形の刃。それを手にカオシも突入しようとする。
しかし水はあれども、ブゥの姿がない。
それを見たとき、二人は悟った。
相手は水が入ってくる前に脱し、逃げたと。
奇襲が失敗したのであれば状況は逆転する。
「ギフトスロット、レギオンデビル! マルム!」
残っていた巨大神像から、雨あられと闇の礫が降り注ぐ。
呪詛が通じないとしても、もしも当たればダメージを負う。
そしてそのまま、押し込まれる。
「ヘキレキ!」
「分かっている! ウォーター、ブレイク、ダブルスロット! グトルフォス!」
破壊の海が、防御壁として展開される。
雨あられと降り注ぐ闇の礫たちは、しかし分厚い破壊の海の中で藻屑となっていく。
どれだけ雨が多くとも、深海に達することはないのだ。
「ギフトスロット、レギオンデビル! インジューニュム!」
だが魔神の腕が海をぶち抜いてくる。
一本二本ではない、大量の手。
それも一つ一つが、彼らを握りつぶすほどに大きい。
当たれば、一撃で倒れかねない。
「スラッシュエフェクト! マンゴーシュ!」
両腕に斬撃属性を込めて、カオシが弾いていく。
当たるを幸いに打ち込んでくる打撃の嵐を、自分とヘキレキに当たる軌道だけ防いでいく。
「っづづづづづ!」
一撃一撃が、当然のように重い。
破壊の海を抜けながら打ち込まれてくる拳は、カオシをして手いっぱいである。
「一旦下がるぞ! アクセルクリエイト、バーストダッシュ!」
このまま受け続ければ、ただそれだけで潰される。
ヘキレキはとっさの判断で自分とカオシの機動力を上げ、後方に下がろうとする。
「そう来ますよね」
足元に広がる、膨大な闇の沼。
その中から上体を現したブゥが、方天戟で打ち払う。
「どれだけ早くても、軌道が分かっていれば!」
「おぐ!」
「あっ!」
完璧なタイミングだった。
全力で後方に下がった瞬間、後ろに待ち構えられてしまった。
「加速属性は、あくまでも速く動くものをより速く動かす属性……止まっているのなら……!」
自分達が速く動き過ぎたため、ダメージは大きく、また大きく吹き飛んでいた。
余りにも、隙だらけである。
「ホワイトファイア! マルム!」
ここが攻め時であろう。
白熱の炎と闇の礫を、同時に発動させて追い打ちをかける。
両者を焼きながら、大量の礫で削っていく。
「ぐぅ!」
「……ウォータークリエイト! クールエリア!」
とっさに出せる技を。
ヘキレキは苦し紛れではあるが、自分とカオシを水で包み込む。
礫を防ぎきることはできないが、絶え間なく水を出し続ければそれだけである程度炎と熱を防げる。
「クリアアイス! サイドライツ!」
しかし、攻めている時のブゥは強い。
炎を消し、水を凍り付かせながら、闇の膜で包み込む。
「あ……!」
「し、しま……!」
凍り付いていく水の中で、二人は手の内を脳裏で巡らせてしまう。
そしてそれは、やはり隙でしかない。
「アパシー! ブラックトルネード!」
巨大極まる鉄球を魔神像が振り回し、拘束した二人へたたきつける。
闇の幕も氷の塊も、まとめて叩き潰して打ち砕く。
もちろん中の二人も、五体満足のままではあるが、吹き飛んだまま意識を失っていた。
「インジューニュム! ホステレリィ!」
魔神の腕が、二つに減る。
吹き飛ぶ二人を逃すまいと、大いに伸びてぶん殴る。
だがそれで、二人は拳に固定されてしまう。
拳から伸びた棘が、二人に絡みつき拘束している。
「でぃやあああ!」
余りにも、荒い、粗い猛攻。
まるで硬い木の実を壊そうとしているように、拳に付けた二人の英雄を地面へたたきつけていく。
何度も何度も、壊れろ壊れろと地面へ埋め込んでいく。
「ふぅ……はぁ……あぁ……」
永遠に続くかに見えた、攻撃のパターン。
しかしそれは、攻撃をしているブゥの息切れによって止まった。
Aランク上位モンスターであっても、耐えきれないであろう猛攻。
しかし相手は英雄、到底安心しきれるものではない。
ブゥは一切油断なく、一旦仕切り直し、呼吸を整え続けていた。
「どうせ死んでないんだろうなあ……」
力の差は明らかだった。
もしも死んでいないとしても、諦めて逃げるか、降伏するだろう。
ただ強いだけの男なら、そうしてしかるべきである。
だが相手は英雄だ、死ぬまで戦い続けるに違いない。
「普段なら防御力を下げて脆くできるからいいけども……本当にめんどうくさい……」
押しているが、このままでは勝てないかもしれない。
そうよぎるほどに、英雄という生物は恐ろしい。
この星で最も強い生物は、強敵という環境に適応できてこそ最強なのだ。
「……生きているか、ヘキレキ」
「ああ、なんとかな」
そして実際、二人は生きていた。
暗い穴の底に押し込まれ、上に見える遠い空を見ていた。
「お互い、まったく頑丈になったもんだ……生きているのが不思議だな」
「ああ、まったくだ……まだ戦えるみたいだしな」
二人は、相手が格上であることを認めていた。
大将軍以外を格上と認めるのは難しいことだが、この場合は仕方がない。これだけ打ちのめされて、認めないわけにはいかない。
大将軍は、それこそ全員が尊敬に値する。尊敬に値するからこそ、格上と認められる。
ひるがえるにブゥは、それこそ他人の力を使っているだけで、性格も悪かった。
認めるのは、難しいところだった。
「あのブゥという悪魔使い、いったいどれだけ技を同時に使えるのだろうな」
「……少なくとも、俺よりもずっと多い。ああ、スロット使いの俺よりも、はるかに同時に攻撃ができる」
複数の技を同時に展開しながら戦うのは、それこそブゥの特技であり異常性である。
もちろん出力自体は悪魔によるものだが、制御することの難しさは想像に難くない。
「このままじゃダメだな、勝てない」
「……ああ、別の方法で戦わないとな」
二人で同時に攻撃しても、防御しながら攻撃される。
片方が防御、片方が攻撃を担当しても、やはり対応されながら反撃される。
最悪なことに、二人が防御に回っても、押し切られてしまうのだ。
「防御を捨てるぞ。小技は受けて、大技は避ける」
「そうするしかないな……俺は一応加速属性で支援するが、速さで翻弄しきれると思うなよ」
「分かってる……無傷で勝てる相手ではない」
二人は、受けることを放棄した。
喰らわないように避けるのではない、喰らいながら戦うのだ。
そうしなければ、血を流す覚悟をしなければ……上手く勝つのではなく絶対に勝つ覚悟でなければ、到底勝てない。
「行くぞ……アクセルクリエイト! スプリントランナー!」
両雄は、跳びあがった。
穴を飛び出て、そのまま走り出す。
「ブレイクエフェクト! ハンマーパンチ!」
「スラッシュエフェクト! マンゴーシュ!」
何があっても絶対に勝つ。
その覚悟をもって、二人は死地に向かっていく。
それを見るブゥに、必勝の覚悟はなかった。
(……被弾覚悟の正面突破か。嫌だなあ、こうされると厳しい)
エフェクト技での近接戦闘、肉弾戦。
それに振り切られれば、ブゥといえども辛いだろう。
もちろん接近するまでに倒せばいいだけだが、それも難しい。
(作戦の時が来るまで、なんとかこらえる……それまでに死なないといいんだけど)
皮肉なものだが、ただ勝とうとする者と、策を持って勝とうとするものでは、心構えが違う。
ただ勝ちに来るカオシとヘキレキに対して、ブゥは余りにも及び腰だった。
時が来れば、この二人を倒せる。
そう信じているからこそ戦えているが、だからこそ甘えがあった。
「ブゥ・ルゥ! お前を殺す!」
「全身全霊、俺達の命をかけて!」
その甘えは、二人にはない。
まさに強敵を討つ英雄の境地に達した二人は、一心不乱に向かってきていた。
※
さて、今回の作戦について、である。
コゴエ達がチョーアンを出る前に、十二魔将と四将軍、そして四体の魔王は集まっていた。
これから話すことが機密事項であるため、他の隊員には知られるわけにはいかなかった。
「今のところ我々は、なんとか西重軍に対抗できるだけの戦力をそろえた。これは狐太郎君の功績だ、本当にすごいと思う」
「いやあ……頑張りました」
「うむ……凄いことだ、おかげでなんとか策を練ることができる」
相手と同じぐらい強くなければ、相手の失敗を期待しながら戦うことになる。
相手と同等で初めて、ようやく策を練る余地が生まれる。
狐太郎が戦力をかき集めなければ、土俵に上がることもできなかったのだ。
「前回と違って、我々の手札は概ね相手に知られている。それ故に、相手はこちらへ最善の策を練るだろう。とはいえ、それは我々の、個々のスペックだ」
軍人とハンター。両方の視点を持つジョーは、信頼を込めて断言した。
「我々の作戦能力……連携に関してはその限りではない! 我等はあの森で、ありとあらゆるモンスターを狩った最強の討伐隊だ! 大将軍が率いる軍勢と言えども、対応しきれるものではない!」
裏表ない彼からの、生真面目な鼓舞。
それは全員に、等しく自信と勇気を与えていた。
「だが、それでも対応してくるのが大将軍だ。どんな作戦を実行するとしても……前回と違い、真っ先に大将軍を倒さなければならない」
しかし、大将軍は完全無欠。如何にその中ではやや劣るチタセーとはいえ、老雄故に策を見破ってしまうだろう。
今回の作戦が失敗すれば、それこそ大敗につながってしまう。
「なので最初に言わせてもらう。クツロ君……君が大将軍を討つ。それも、一切の策を用いずに! それが作戦開始の合図だ!」
無茶極まりない話だ。
少なくとも一度は大将軍を倒したガイセイでさえ、請け負いたくない要求である。
しかしそれでも、クツロは笑う。
「ジョー様、貴方は私を乗せるのが上手ねえ」
「君を信じているだけだ。そして……君の主である狐太郎君のこともね」
緊張した顔で、ジョーは続ける。
絶対に敵に勝てる策を見つけた、そんな甘さのない顔だった。
「……この策を、君たちならやり遂げられる。私は、そう信じている」




