心を痛める
戦場とは、極限状態である。
だがだからこそ、絆という物が生じる。
西重からかき集められた軍も、最初はただの『集まっただけの軍』だった。
だが西の戦線を破り、王都を奪い、さらに訓練などを経ることにより、一般の兵と士官の間にも絆が生まれた。
優れた将とは、勝つ将ではない。兵の被害を抑える将が、真に優れた将である。
仮に勝っても被害が甚大では、後に続かない。
何よりも、兵士に嫌われる。
兵士という部下に嫌われた将など、将たりえない。
つまり……。
百人の敵を殺すのに、百人の味方を死なせるのなら。
それは将ではない。
盾と槍を配り、仲間と列を組んでまっすぐ進んで、死ぬまで戦ってこい。
そんなのは、将ではない。良いとか悪いとかではない、将ではない。
そう思われても仕方がない。
それならまだ『俺の思い通りになれば、少々の犠牲は出るが、大勝できる』という若手の世間知らずの方がましだ。
兵士たちに命令を出す、小さい部隊の隊長たち。
絆を結んだ兵士たちが、ばたばたと死んでいく。それを命じる立場の下士官たち。
彼らこそが、この作戦に憤慨していたのだ。
「……ふざけやがって」
それは純粋に怒りだった、呪いですらない。
もう打つ手がないが、それでもせめてと戦っているのなら分かる。
それならいっそ、ちくしょうと叫んで戦えただろう。
だがしかし、実際にはまだ戦いが始まったばかりだ。
こっちにはまだまだ戦力が残っていて、しかも様々な反則技さえ用意されている。
にもかかわらず、消極的になって、『相手が勝負に出るまでとっておく』と惜しんでいる。
そんなに惜しいのなら、そもそも戦わなければいい。
なぜそんな大決断をしておいて、貧乏性に走るのか。
「ふざけやがって!」
何を言いたいのか。
『助けを求めている各地の民へ『大王様も心を痛めているから我慢しろ』と、末端の者に言わせるのですか』
である。
今回の命令を聞いたその時点で、反発する小隊の隊長がいたのだ。
わざわざ選び選んで、真っ向からのつぶし合い。大軍同士の消耗戦。
士気がどうたら、練度がどうたら、各々がどうたら。
要は兵士たちを見捨てているのだ。
失敗して兵が死ぬのではない、最初から見捨てているのだ。
彼の部下たちは、決して悪い奴らではなかった。
幼いころから慕っている恋人がいたり、逆に顔も見たことがない婚約者がいたり、幸せそうに『取り替えたい』と言っている女房がいたり、今まで遊んでいたが帰ったら両親を安心させたいと言っている男たちだった。
武名を上げたいと言って来たが、現実を知ってさっさと故郷に帰りたいと言ったやつがいる。
この国の豊かさを知って、これを子孫に与えてやりたいと言っている奴がいる。
死んだ仲間の分まで、国家のために戦うと言っている奴らがいる。
全員へ、まとめて、ひとくくりにして、前へ進んで死ねと、名将であるというチタセーはほざいたらしい。
「ふざけやがって!」
これはもう、ただの口減らしだ。
敵と味方が共謀して、兵士たちを虐殺している。殺し合わせて、手間を省こうとしている。
どう言い訳をしても、そうとしか思えない。
打てる手があるのに、打たない。
無駄に犠牲をだしているだけ。
我慢比べとは言うが、命令をした者が、一体何を我慢しているのか。
「ふざけてやがる、敵も味方も! どっちもだ!」
彼は、まともだった。
余りにもまともで、部下思いで、国家に忠を誓っていて、軍を誇りに思っていた。
そして、裏切ったのは軍の方だ。軍は彼に、彼の部下に報いなかった。
事前の想定通りに、戦場は動いている。
双方の軍が真正面からぶつかり合い、しばらく不毛に殺し合った後、西重が先に崩れていた。
少なくとも彼のすぐそばでは、そうなっていた。彼の視界では、彼の認識ではそうなっていた。
仮に勝っていたとしても、この失望はぬぐえなかっただろう。
ましてや負けていれば、もはや反抗あるのみであった。
彼の周囲にいた、味方が逃げていく。
既に彼自身の配下には、下がるように指示をしている。
彼だけが、逃げていく友軍の中で残っている。
「死なせてたまるかよ、ああ、死なせないともさ!」
彼は、軍紀違反を犯していた。
軍の機密、保管されている兵器。
それを、奪ってきたのである。
「何が大将軍だ……何が名将だ! どうせお前がギョクリン閣下を殺したんだろう!」
もう周囲に味方はいない。
前方からは、大量の敵が向かってきている。
もうすでに、彼の周囲では追撃が始まろうとしていた。
多くの人が死ぬだろう。それが百なのか十なのかさえ、さほど重要ではない。
彼にとって、十人でも十分多くの人だ。
「最初っからな、こうすりゃよかったんだ!」
彼は、盗んできた兵器、それを乗せていた背負子を蹴っ飛ばした。
布に包まれていた『それ』は、中で割れる。
それによって、封じられていた物が噴き出るのだ。
「知ったことか、ああ知らねえ、何も知らねえ!」
Bランク上位モンスター、サイクロプス。
封印の瓶が叩き割られたことで出現したそれは、召喚を行った彼のことなど気にも留めず、それどころか気付いてもいなかった。
無理もあるまい、山にも例えられるその巨体では、召喚者はそれこそ股の間のアリである。
うかつに踏みつぶされても、まったく不思議ではない。
「はははは!」
自棄だった。これだけの兵器を持ち出して勝手に使えば、生き残ってもそのまま殺されるだろう。場合によっては、家族も巻き込まれるかもしれない。
それぐらいのことは、彼もわかっている。だがそれでも、このまま戦うよりは犠牲が少ないのだ。
彼の中の冷静な部分は、そう推測した。だからこそ、怒りが燃えるのだ。
「ひ、ひぃ! サイクロプスだ! Bランクモンスターだ!」
「お、お助けええ! 十二魔将様、将軍様! 助けてくれええ!」
威勢よく向かってきていた敵兵は、慌てて反転する。
巨人に比べてあまりにも短い手足を使って、なんとか逃れようとする。
「お、おおお! おおおお! 巨人だ、巨人だああ! ついに使われたのか!」
「遅いんだよ、ちくしょう! もっと早く使いやがれ!」
「やれ、やっちまえ! そのまま央土を食っちまえ!」
西重では逆に、歓声があがった。
今まで逃げていたのだが、逆転を理解して喝さいを上げたのだ。
「ははは! ははは!」
それを聞いて、彼は怒りながら笑っていた。
こうなると、誰でもわかっていたはずなのに。
なぜこうしなかったのか、彼にはわからなかった。
「最初からこうすればよかったんだ! おかげで……おかげで誰が何人死んだと思ってるんだ!」
死んだのが十人だとしても十分に虐殺ならば、千人単位で死んでいるのなら大虐殺だ。
敵も味方も本当に罪深い、軍の指揮官たちは万死に値する。
荒れ果てた荒野を進む巨人の背を見て、彼は自分の正しさを再確認していた。
勢いを取り戻した味方が戻ってくる、これでこのまま壊走させて終わりだ。
彼は正しさに憤り、正しさを嘆き、無意味を嘲って、理不尽を笑って、巨人が敵を踏みつぶすところをただ眺めていた。
「ショクギョウ技、忍法千鳥八塩折之酒!」
その直後に、巨人の足取りがいきなり不安定になった。
先ほどまでは無人の荒野を行くが如く、肩で風を切って悠然と歩いていた。
だがしかし、敵を踏みつぶすこともなく、いきなり酔いつぶれたようにふらふらし始めた。
「ショクギョウ技、侵略すること火の如し!」
さらにそのあと、勇壮な曲が響いてきた。
逃げかけていた央土軍の足が止まり、巨人の方へ向き直る。
「ショクギョウ技……クリティカルスラッシュ!」
そして、無敵にさえ思えた、山のような巨人の頭が割れた。
石臼のように太く短い首に乗っていた、潰れた饅頭のような形の歪んだ楕円の頭が、鉈で斬った桃のように割れていた。
ただの一撃で、巨人は死んでいた。ただ一人も殺すことなく、ただ一人も救うことなく、ただ少し騒いだだけで終わってしまった。
「……あ?」
山のような体は、そのまま西重側へ倒れてくる。
轟音と共に崩れてきたそれは、大量の血を流しながら動かなくなった。
ちょうど召喚者の前にまで、頭が来ていた。
幸運にも、彼は生き残っていた。
「あ、ああ?!」
Bランク上位モンスターが、あっさりと殺された。
大将軍のような英雄は、既にこちらの将軍たちと戦っているはずなのに。
それでも央土には、サイクロプスを一撃で倒すほどの猛者がいるのだ。
「おおおおおお!」
「斉天十二魔将、六席! 原石麒麟!」
「麒麟様! おお、凄い! 流石は十二魔将!」
「デカいだけのモンスターなんて、ただの一撃でこの通りだ!」
央土軍が、先ほどまでよりもさらに勢いをもって走り出した。
それを見た彼は、目を背けるように背後を向く。
「英雄だ、英雄がいるぞ! 向こうにはまだ英雄がいやがるんだ!」
「あんな化物をあっさり倒す奴が敵にいるんだ! 逃げろ、絶対に勝てないぞ!」
「ちくしょう、ちくしょう!」
そこには、先ほどまでよりもさらに勢いを増して、壊走している味方達が見えた。
いいや、彼の視界の及ぶ限り、先ほどよりも広い範囲で壊走が起きている。
サイクロプスが大きいからこそ、出現した瞬間に敵味方から視線が集まり、倒された瞬間も見られてしまったのだ。
それを見て『現実』が分からないほど、彼は愚かではない。
少なくとも西重軍のトップは、うかつに巨大モンスターを出せば、逆に倒されたあげく味方の士気が下がると分かっていたのだ。
だから、大掛かりな手が打てなかったのだ。彼らは決して、ただ心を痛めていたわけではないのだ。
「……俺は、なんてことを」
他にもっといい案があったかどうかはともかく。
彼の行動は、ただ自軍を劣勢に追い込み、敵の勢いを助長したのだ。
彼が行動をしたために、しなかった場合よりも多くの死者が出るだろう。
それが十人よりも多いことは、想像するまでもないことである。
「う、ううああああああ!」
絶叫する彼は、心を痛めていた。
被害を与えた彼の行動も、敵も味方も指揮官クラスなら理解する。
己たちのせいであると、申し訳なくさえ思うだろう。
しかしまさか、加害者も心を痛めているので我慢しろ、とは言うまい。
敵の進撃が彼の元へ達するまで、ほんの数分程度だろう。
だがその数分間、彼は地獄のような呵責に苦しんでいた。
敵の刃にかかったことは、むしろ救いであった。
彼にとっては、自国を滅ぼすほどの大罪だろう。だが流石に、そこまでの結果にはならなかった。
ある意味想定内だった西重軍は、前線を下げることで対応をした。
混乱している兵士たちをいったん下げて落ち着かせ、後方にいた兵士たちを前に出したのである。
ただそれだけで、一旦は前線が構築できた。とはいえ相応の混乱が生じ、犠牲が出たことも事実ではある。
もちろん、戦争全体へ著しい影響を与えたことも事実だ。
彼の行動は、まさに万死につながったのだった。
※
原石麒麟は、一人でも強い。
一人でもサイクロプスを撃破したほどに、なんの危うげもない戦士である。
究極と違って相性や弱点はなく、よほど地力に差がない限り負けることはない。
だからこそ、デバフや妨害、支援が生きる。
彼ら三人は各々でも役割を果たせるが、三人そろいなおかつ多くの有能な部下を率いたとき真価を発揮する。
彼ら三人は、そろってこそラスボスなのだ。
※
英雄は確かに強い。
だが英雄は、例えるのなら大量破壊兵器であり、一種の爆撃機である。
英雄は多ければいいだろうが、一般兵士が不要になるわけではない。
とはいえ、英雄は規格外に強い。人間の規格を大きく超えている彼らは、国家にとって大戦力である。
だからこそ、談合でもなんでもして、英雄同士の戦いは避けようとする。
英雄のつぶし合いになれば、双方に大きな被害が出てしまうからだ。
それは当人たちが死ぬだけではなく、周辺へ被害が生じるからだろう。
だがそれでも、一度始まってしまえば、戦う他なかった。
(でもできれば、戦いたくはなかったなあ……)
戦場の東を預かるブゥは、自分の方へ跳んでくる英雄二人を見て、やはりげんなりとしていた。
逃げる気はなかったが、逃げて欲しかった。そうなっていたら、小躍りして喜んだだろう。
だが相手は、英雄になるため努力して、英雄になって、わざわざ苦境に身を置いている真面目な将軍たちだ。
彼らが逃げることを期待するのは、それこそ討伐隊が逃げることを期待するようなものだ。
「……斉天十二魔将三席、ブゥ・ルゥ伯爵とお見受けする」
「え、ええ、まあ……」
「私は西重軍、第四将軍カオシと……」
「同じく第六将軍、ヘキレキと申す」
如何にも武人めいた姿と、怒りを抑えている顔。
どちらもやはり大柄で、その手足はとても太い。
その上これだけ悪魔がいる前で名前を名乗ったのだから、空論城の時のように何か対策をしているのだろう。
まったくもって、面倒なことである。
「……なにか、不満でもおありのようだが」
「いえまあ……」
ブゥが相手を観察したように、二人もまたブゥを観察している。
彼の背後には膨大な悪魔たちがいるのだが、二人はあくまでもブゥだけを見ていた。
大真面目に戦いに来た二人にしてみれば、邪悪の権化のような顔をしている悪魔と、悪魔使いを想像していたのだろう。
だが実際には、大真面目に戦う雰囲気を出している悪魔たちと、嫌そうな顔をしている悪魔使いである。
なぜか、悪魔を使役している本人が、一番浮いていた。
「悪魔使いを戦争に投入するなんて非人道的だとか、自分の力でなく悪魔の力で戦って楽しいのかとか、卑怯な手を使ってクモンを殺したんだろうとか、自分勝手な難癖をぶちまけるんだろうなあ、と思ってまして……」
それを聞いた二人の顔は、とても硬直していた。
引きつっていた、いっそ青ざめているほどだった。
もしも事前に『被害者面をするな』と言われていなければ、激怒していたかもしれない。
如何に呪われないようにアイテムを持っているとはいえ、この挑発に乗っていれば、それだけで逸り足を掬われていたかもしれない。
ヘキレキは、辛うじて堪えた。喉元にまで、まったくその通りだ、という言葉が出かかっていた。
己が侵略者であることも忘れて、正当性や正義を説くところだった。それは将軍として間違っていることである。
だがそれでも、堪えるのがやっとだった。もしも口を開けば、どんな言葉が出るのかわからない。
「……そうだな、本音を言えばその通りだ」
ヘキレキに代わって、カオシが返事をする。
まずは素直に、心中を明かした。
「クモンは、私たち黄金世代のトップだった。もしも生きていれば、そのまま大将軍になっていただろう。その彼が死んだことを、私たちは悔やんでいる」
「……勝手だなあ、そっちから攻めてきたくせに」
「そうだな……貴殿のおっしゃる通りだ」
カオシは、深く深呼吸をする。
努めて冷静に、という言葉を実践する。
「我らは宣戦布告もなく、一方的に攻め込んだ。ウンリュウ閣下やクモン、キンソウがカセイへ侵攻し、貴殿たちはそこに居合わせただけだ」
悪魔使いを人間にぶつけるのは、どう考えても非人道的である。
だが宣戦布告もなく一方的に侵略戦争を仕掛けることは、比較にならない程非人道的だ。
己たちの行動が卑しいことを認めて、彼は話を進める。
「……貴殿は貴族だ。自分の国が攻め込まれている時に、悪魔使いであることを理由に参戦を拒否すれば、むしろ咎められるだろう。どんな手段を使ってでも、防衛戦争では勝利を目指すべきだ」
正義ではなく、悪であると認める。それのなんと悔しいことか。
真剣に己を鍛え現在の地位に立ち、大王を尊敬しているからこそ、言い難いことであった。
「悪いと思ってるんなら、帰ってくれませんか?」
「そうはいかない、私も国家を背負っている」
「ああそうですか……居直り強盗だなあ……」
二人の想像している悪魔使いとは、著しく反する『陰湿さ』だった。
だが言っていることは事実である、だからこそ余計に腹が立つ。
「……ブゥ。さっきから何をやっているのかしら?」
「さ、ササゲさん……」
「普段ならよくやったと褒めるところだけど……真剣さが感じられないわ、イライラする」
「すみません!」
そう思っていたのは、悪魔たちも同じであるらしい。
そんな悪魔たちもまた、想像していた悪魔とは違い過ぎた。
膨大な悪魔のすべてが、ブゥに対して反抗的である。
であればよほどブゥが嫌われているのか、悪魔とはこんなものなのか、それとも四冠の狐太郎が凄いのか。
悪魔を初めて見る彼らには、分からないことだった。
「さて……じゃあ私も名乗らせてもらうわ。私は魔王ササゲ……四冠の狐太郎様に仕える、四体の魔王の一角」
美しい女性、それに似た悪魔が決意の視線を向けてきた。
「全力で、殺しに行かせてもらうわ」
その顔には、なんの遊び心もない。
他の悪魔たちもはやし立てることなく、全員が真剣に二人の英雄をにらんでいる。
「ブゥ、やるわよ」
「……はい」
「返事が遅いわ」
「はい!」
悪魔とは、すべての種族がBランク。
上位、中位、下位。
専門外の人間には見分けられない、膨大な悪魔の群れ。
それがすべて、ブゥの影に入り込んでいく。
普通の悪魔使いなら、一体入っただけでも汚染される、強力な悪魔。
それが千にも及ぶ数で入ってくれば、一瞬で腐敗し消え去っても不思議ではない。
だが、ブゥは健在だった。
あふれ出す悪魔のオーラを帯びながら、平然と人間の形を保っている。
「ギフトスロット、レギオンデビル!」
だがこの段階なら、英雄一人でも倒せる程度。
少なくともカオシもヘキレキも、一対一で負ける気はしない。
それどころか、勝負にさえならないと考えていた。
「代行王権! 魔王戴冠!」
だがしかし、ここからさらに上がる。
強化上限なし、悪魔による汚染なし。
二重の特異体質へ膨大な悪魔が注ぎ込まれ、更に一つの冠が爆発を招く。
「タイカン技、群像偶像!」
それは、巨大な闇であった。
膨大な悪魔の群れが山のように重なり、つながり、おぞましい悪魔の像をかたどっている。
それをご神体のように背後に立たせ、大地を闇に染めながらブゥが浮き上がる。
「ギフトスロット、レギオンデビル! アビューズ!」
普段よりもさらに濃度の高い方天戟を手に、ブゥは背後の邪悪な偶像さえ操る。
「さて……ではやりましょうか」
ここに来て、ブゥも真剣な顔になる。
ここで退いてくれるのなら、いっそありがたい。だがそうもいかない、ここで退くわけがない。
自分よりも強大な敵を前に逃げるのなら、彼らはここまで強くなっていない。
英雄は、最初から英雄だったのではない。
誰もが逃げたくなるような苦難を、自力で乗り越えてきたからこそ、彼らは英雄に至ったのだ。
「……スラッシュクリエイト、バスタード!」
第四将軍カオシの手に、巨大な剣が現れる。
純粋な斬撃属性による、切断に特化した両手剣。
目の前の邪悪な王を切り裂かんと、堂々と振りかぶっていた。
「ウォーター、ブレイク、アクセル……トリプルスロット、ナイアガラ!」
第六将軍ヘキレキの周囲で、水の竜が旋回をしている。
粉砕属性と加速属性による、攻撃力と機動力の両立。
縦横無尽に移動する滝のように、あらゆるものを呑み込み打ち砕かんとしていた。
(……この二人を相手に、呪詛と即死無しで勝つ。うう、嫌だ嫌だ)
力の総量では上回っていても、果たして勝てるものなのか。
英雄さえ凌駕する力を得ても、彼の心中に勝利の確信はない。
しかし、それでも自陣の勝利を目指している。
(策はある……できれば、使わずに済ませたいけども……!)
央土軍に、策はある。だがそれは、必勝ではなく危ういもの。
だがそれでも、この状況では心強い目標であった。
(本当に、お願いしますよ……皆さん!)




