ラスボス
双方ともに犠牲を出しながら、さらに膨大な犠牲を出すことを覚悟しながら戦っている。
しかし別に、犠牲を出すことが目的ではない。むしろ大きな犠牲を避けるために、小さな犠牲を出しながら戦っているのである。
双方の陣営には、それぞれ無体ともいえる『手札』がある。
やはり同等の手札をぶつける以外では解決できない、戦局を一変しうる札である。
それが、敵の陣営のどこに潜んでいるのかわからない。相手が何時それを切ってくるのかわからない。
だからこそ、自分の手札を切ることを躊躇する。
そして自分が手札を切るときは、できるだけ多くの手札を引き出したい。
そうして相手の手札を枯渇させてから、自分の札をぶつけたいのだ。
だからこそ、昏の出陣によって切られた札が、一枚なのか二枚なのか。
それは次の展開へ、多くの影響を与える。
※
その女性が出てきたことを見て、昏の隊長であるスザクは、まず引きつった笑いを浮かべて慄いた。
いきなり、自分たちの知らない敵の登場である。ただでさえギリギリの戦局が、さらに悪化したことを感じ取る。
(笑うしかないな……いきなり私が『想定外の戦力』に遭遇するとは。できれば当代きってのスロット使いと名高い、シャインを切ってほしかったが……)
ドラゴンの群れに交じる、強大な力を持ったモンスター。
心なしか自分達と似ている雰囲気をもつ彼女は、膨大な力を垂れ流しにしながら近づいてくる。
(ま、仕方ない。これだけの戦力が隠れているよりはましだな)
スザクは一瞬で切り替えた。
当然想定されていたことが起きただけだ、脅威ではあるが驚くには値しない。
そう、このタイミングまでは。
「……わ、私はやるべきことを!」
ドラミングゴリラを元にした戦士が、自陣営を強化するべくドラミングを行う。
それによって、ただでさえ強化されている昏が大幅に強化された。
「私だって……!」
Bランク上位モンスター、クマゼミクジラ。
それをもとにしている戦士が、ドラゴンを含めて音波をぶつける。
それによって、現れた女性を含めて敵全体の動きを一時的に鈍らせる。
自陣営を強化しつつ、敵陣営を弱体化させる。
定石、という他ない。
だが、だから失敗する。
「コユウ技、アルティメットレゾナンス」
定石通りの戦いは、このモンスターの前で、絶対にやってはいけないことなのだ。
「う、ううあああああああ?!」
「きゃああああ?!」
「お、おい! なんで私たちにまで音をあててるんだよ!」
「ち、違うわ……もう音を止めているのに……なんで?!」
彼女たちが気付いたのは、自分たちにクマゼミクジラの音がぶつかってきたことだ。
強化されたのである程度は耐えられるが、それでも弱体化がかかってしまった。
それも一時であるはずの効果が、継続して続いてしまっている。
「ま、まさかこの効果は……! そんな、まずい!」
スザクは相手の正体を見抜いたが、しかし既に遅かった。
「コユウ技、レゾナンスインパクト!」
先ほどまでよりも、さらに強化された女性が殴り掛かってくる。
強化や弱体化のかかった相手へ、特効をもつ単体攻撃。
それがよりにもよって、Bランクのモンスターへ襲い掛かる。
「させません!」
「あら……そういえば貴女がいたわね」
しかし、それはなんとか防がれた。
副隊長のミゼットが、絶対防御を誇る貝殻で受け止めたのである。
そして受けられたことに対して、彼女はさほど驚かない。
堅牢極まる貝殻を攻撃したことによって、逆に拳が痛んでいる。
だがしかし、それさえも一瞬で回復してしまう。
「……なるほど、貴女は究極のモンスターですね」
コンウ技の発動によって、ドラゴンたちを圧倒するはずだった。
しかしドラゴンたちに紛れていた究極のモンスターによって、それがあっさりと覆った。
その上、その後の行動も最悪である。
「みんな、よく聞いて! 自分を強化する技や、敵を弱くする技を使っちゃいけないわ! このモンスターは、それを永続化して跳ね返す! 治療するか無効化するまで、ずっとそのままになってしまうの!」
「何ですかソレ?!」
「意味わかんない?!」
「とにかくそういうものなの! 弱体化も強化も……やればやるほどドツボにはまるだけ……!」
もう遅いと分かっているが、スザクは相手の能力を全体へ教えていた。
確かに改めて説明すると本当に無茶苦茶である。だがそれが究極のモンスターだ。
まさか遭遇するとは思っていなかっただけに、スザクも慄いている。
「あらあら、私に詳しいわね、不死鳥さん」
「貴女に詳しいというより、歴代の英雄のファンでして……まさか三人目の英雄に敗れた新人類だけではなく、二人目の英雄に倒された貴女までいらっしゃるとは……」
「前回の戦争では、そんなに活躍できなかったのよ」
「酷い話だ……笑ってしまいますよ」
談笑して終わらせたい、と思っても、しかし彼女の背後には『イケる!』と思って盛り上がっている賢いドラゴンたちがいた。
相性が最悪ではあるが、こうなっては当初の予定通り戦う他ない。
「この女性の相手は、私とミゼットでやるわ! 他のAランク隊員は、竜王陛下とクラウドラインの相手を! 残ったBランクの隊員三十体で、Aランク下位を抑えて!」
迅速で適切な指示ではあった。
だがそれを聞いた時、各隊員は思わず顔をこわばらせる。
想定外の戦力である究極のモンスターに、最大戦力である二人を持っていかれたのだ。
本来はスザクとミゼットで竜王を抑えるはずだったのだが、その予定が完全に狂ってしまった。
だがそれでも、確かにそうするしかない。一度攻撃を受けたミゼットは、その指示が正しいと判断していた。
「隊長の指示に従いなさい!」
「了解!」
「なんでミゼットちゃんの指示に従うのかしら……」
「普段の行いが悪いからですよ……指示は適切です」
最強戦力である、Aランク上位モンスターを元にした、隊長と副隊長。
戴冠した竜王でさえも押し込める自信を持つ二人は、しかし緊張した表情で究極と向き合っていた。
「で、隊長。究極のモンスターとは一体?」
「二人目の英雄が倒したという、人間の作ったモンスターだ。あとで詳しく話すけど……とにかく倒せると思わないほうがいい。特にこの状況だと、私の天敵だわ」
「……戦い方とかは?」
「もう普通に戦うしかない。ただ、倒せないから足止めに専念する」
「消極的ですね」
「仕方ないでしょ」
スザクも本音を言えば、帰るかして仕切り直したい気分だ。
初手を大いに失敗したので、もう苦戦しかない。
「作戦会議は終わったかしら……!」
ごう、と凄まじい力があふれ出している。
それは最強種の力を継いでいる二人をして、震撼するほどのオーラだ。
物腰は穏やかな彼女だが、しかしその表情は傲慢なほどに調子に乗っている。
おそらく彼女の人生で、こうも上手くはまったのは初めてなのだろう。
「コユウ技、レゾナンスインパクト!」
もはや特効がどうとかではない。最強種の持つ力を、今の彼女は完全に上回っている。
英雄の域にさえ達している破壊力で、スザクの胴体を完全に吹き飛ばしていた。
「痛くない、わけじゃないんだけど!」
しかし、胴体が吹き飛んだぐらいで、不死鳥は死なない。
炎の翼の残滓で、炎を吹き荒れさせる。
「あら……!」
如何に防御力が上がっているとはいえ、無傷では済まない。
燃え盛るフェニックスの翼が、究極のモンスターを焼いていた。
無傷では済まない、と言っても大したダメージではない。
一瞬動きがとまった、それだけである。
「そこ!」
その隙を、ミゼットは逃がさない。
膨大な水を噴射しながら、腕の貝殻を突き込む。
「!」
普段の究極ならば、当たればただでは済まない一撃だった。
強化されている今でも、それなりには効いていた。
横腹に食らった彼女は、その部位を抑えてうずくまる。
渾身の一撃をあてたはずが、その程度。ミゼットは思わず顔をしかめた。
(相手が強化されているだけじゃないわ、私自身が弱くなってる……あの音波による弱体化が、持続しているのね……!)
忌々しい話だった。
こうして戦っている間も、風邪でも引いたように体が揺れている。
戦えない程ではないが、全力には程遠い。
(せっかくのコンウ技が……?!)
そう思っていると、何の冗談か究極は平然と立ち上がった。
まるで不死鳥のように、ダメージが完全に回復している。
「凄いわね、一瞬で治るなんて……」
治った本人も驚いている。
どうやら彼女としても、驚きの結果のようだ。
「ま、まるで隊長みたいに……!」
再生能力を持つモンスターは数多い。
だが、不死鳥ほどの再生能力を持つものなど、それこそAランク上位の中にもいないはずだった。
「……私みたいじゃないわ、そのまま私なのよ」
胴体が吹き飛んだにも関わらず、既に復元しきったスザク。
彼女は慄いているミゼットの隣に来て、状況を説明する。
「知っての通り、私はどんな傷を受けても復帰するわ。特定の倒し方をしない限りね……でもそのお人は、相手が再生すると、それさえコピーしてしまうのよ」
「……つまり、隊長が足を引っ張っていると」
「……ねえ、もうちょっと言い方があるんじゃないかしら」
要するに、スザクが回復し続ける限り、究極のモンスターも回復し続けるのである。
どれだけダメージを負ったとしても、スザクを殴れば究極も回復してしまうのだ。
「それに、コンウ技は体力回復の効果も有るでしょう。それもコピーしているから、私が下がっても意味がないわ」
「微々たるもののはずでは?」
「全員分ならどうなのかしらね」
「……反則過ぎる」
敵が多ければ多いほど、まともに連携をするほど、定石どおりに戦えば戦うほど。
どんどんドツボにはまっていく、まさに最強のラスボスであろう。
「そうでもないわよ……正直これだけ強くなっているから、二人まとめて片づけるつもりだったけど……!」
究極もまた、困っていた。
なにせ相手はAランク上位モンスター、もっとも死ににくい生物である。
(私が再生するとはいえ、不死鳥も再生する。それにどれだけ攻撃力が上がって、どれだけ特効が乗っても、ノットブレイカーの貝殻は壊せない。アレを壊すには貫通形態にならないと駄目なのよね……)
一対一なら、すぐにでも倒せるだろう。
だが二対一では、どうしても『倒し方』を実践できない。
(知性があって連携する、不死身のモンスター……厄介ね)
自分のことを棚に上げて、究極は内心で愚痴を言う。
しかしながら、まったく負ける気はしなかった。そして実際、負ける要素などなかった。
圧倒的に不利なのは、昏の二人である。素の力はともかく、この状況では能力値に差が出過ぎている。
死なないだけでは、勝ち目などない。
(逆に言えば、私がこの子たちを抑えている限り、アカネちゃんたちが負けることはないわ)
しかしそれは、スザクにも言えることだ。
(究極のモンスター……彼女を他の戦場に行かせるわけにはいかないわね……私たちとは相性が悪いけど、それを抜きにしても軍にとっては脅威となる上に、英雄でも倒せない)
不死身の体を活かして、食らいついて彼女という札を食い止める。
それが友軍である西重への責務だった。
「究極のモンスター……貴女とはいろいろと話したいことがあるのだけど……私も英雄からここを任されているのよ。痛くても、食らいつかせてもらうわ」
「……そう、貴女も真剣なのね」
※
西重と央土。
本軍同士の戦いは、やはり西重に傾きつつあった。
第三軍の将軍、リゥイ。彼に匹敵する強者が、戦場に散っているのである。
突破力は発揮できないが、その分全体としての圧が強い。
「央土軍など、この程度だ! 全員崩れず、私について来い!」
「おおお! 隊長に続け! 央土軍を蹴散らせ!」
「王都を守っていた奴らに比べれば、雑兵みたいなもんだ!」
信頼する隊長が、すぐ傍に居る。
目の前の敵兵を、率先して蹴散らしていく、陣形を破っていく。
それを間近で見れば、士気は大いに上がる。最前線のいたるところで、それが起きている。
これで央土が有利になるなど、到底あり得ないことだ。
「う、うう……ち、ちくしょう! 西重なんて、大したことないんじゃなかったのかよ!」
「もうやってられねえ、俺は逃げる!」
膨大な味方がいる状況で、最前線に立つ。
その上、相手はやたらと強い。それで士気が下がるのは当たり前だ。
央土の前線は、崩壊の危機にあった。
「待て、逃げるな! 敵前逃亡は死刑だぞ、この戦いには国家の存亡がかかっているのだ!」
「だからなんだ! 戦ったって死ぬだけだろうが!」
この世には、囮にされたり、壁にされたり、捨て駒にされて恨みを持つ主人公の物語が多くある。
しかしそれは、戦場において当然のように存在するものだ。誰でも最前線にいれば、逃げ出したくもなる。
国家の為と言われても、一兵士がやる気になるわけがない。ましてや多くの仲間がいるのなら、自分が逃げてもいいと思うはずだ。
そして、自分だけではなく多くの仲間が逃げれば。
それは戦線の崩壊を意味する。
(ちくしょう……そろそろ俺が前に出るんだ……いやだ、もう逃げちまおう)
(皆と一緒に逃げればいい、それなら俺が逃げたってわからない!)
(何が斉天十二魔将だ、何が将軍だ、俺達のことなんか助けてくれないだろうが!)
到底、咎められるものではない。
誰だって命は惜しい、殺されたくなどない。
ましてや相手が強大なら、どうやったって戦う気など失せる。
戦場における、負けの前兆。
軍隊の崩壊、逃走の始まりである。
そうなれば、どれだけ残っていても意味がない。
あとは無防備になった背中を、敵に叩かれて終わりである。
だが当然ながら、それはわかり切っていることだ。
将軍たちは、既に札を晒している。
「すすめ、すすめ……?!」
進軍する西重兵たち。
彼らの周囲に、白い煙が立ち込めてきた。
特に異臭はないのだが、視界はまったくもって遮られている。
「な、なんだ、クリエイト技か?! それとも火計か?!」
「クリエイト使いが近くにいるのか?!」
「落ち着け! ただの煙だ! こんなもの、目くらましにすぎん! まずは防御を整えろ! 周囲の仲間を確認しろ!」
その時である。
視界が遮られている状況で、荒々しい音楽が聞こえてきた。
戦場での鼓舞に、音楽が使われることはある。
しかしまさか、最前線で響くとは。いったいどれだけ果敢な楽士たちなのだろうか。
そんな考えが、西重だけではなく、央土にもよぎった。
「ショクギョウ技、忍法煙玉の術」
「ショクギョウ技、侵略すること火の如し」
相手の視界を奪い、行動を封じる妨害技。
周囲の味方全体の、攻撃力を上げる支援技。
それらが同時に発動し、次に起きることは何か。
「ショクギョウ技、クリティカルスラッシュ」
煙が晴れたその時、圧倒的優勢を誇っていた西重軍は既に地面に倒れていた。
黄金世代が率いる部隊が、一瞬で全滅していたのである。
その屍の上には、央土の部隊が立っていた。
斉天の旗を掲げる、精強なる近衛兵たちである。
「斉天十二魔将六席、原石麒麟。部隊を率い、救援に参りました」
その姿を見て、煙玉の範囲にいなかった西重達が怯む。
それに対して、央土の軍勢は逃走を止めていた。音楽を聴いているだけで、勇気が湧いてくる。力がみなぎってくる。
「さあ……ここから一気に巻き返しますよ!」
亜人の近衛兵が、号令を発する。
そうなった瞬間、周辺の西重軍が逆に逃走を始めた。
「ま、待て! 逃げるな!」
今度は、西重の隊長たちが静止する番だった。
だが当然、斉天十二魔将とその部隊を前に、対抗する気力などない。
ましてやその部隊の背後に、勢いを取り戻した央土の大軍がいればなおのことに。
「く、ぞ、雑兵など……!」
そして黄金世代の隊長たちも、バフをかけられた兵が殺到してくれば、到底抗えるものではない。
勢いに呑まれてしまうのは、彼らも同じ。英雄ならざる彼らは、数の力には無力であった。
「皆さん、聞いてください。私たちは、また別の戦線へ向かいます。他の箇所でも、救援を求めている人が大勢おりますので!」
原石麒麟は、獅子子や蝶花、抜山隊を率いて戦線を横断していた。
元より彼は、普通に強い。その普通に強い彼が、右腕と左腕である蝶花と獅子子を連れ、抜山隊まで率いていれば。
崩壊しかけた前線を逆に押し返すなど、朝飯前のことだった。
「ですが、ここがまた劣勢になれば、必ず助けに来ます! どうか最後まで戦ってください!」
圧倒的強者、妨害とデバフ、広範囲の強化、精強な兵士たち。
極めてまとまった、高レベルの遊軍だった。彼らがいる限り、央土の前線は崩壊しえない。




