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火花を散らす

 平和は尊い。

 確かにそうだ、少なくとも戦場のほとんどの者がそう考えている。


 戦争など、ごめんだ。

 この戦場に立つほとんどの者が、戦争を嫌がっている。


 むしろ、他の誰でもない自分が死ぬのかもしれないのだから、彼らこそが嫌がるだろう。

 よほど武勲を求めるもの以外は、心のどこかで戦いを嫌がる気持ちがある筈だ。


 だが、戦うのだ。


 社会の基本は、助け合い。

 拡大し発展した社会は、やがて分業する。


 本来は自分が全部やらなければならないはずが、やがていくつかの仕事を他人へ任せてしまう。

 楽しい仕事ではない、嫌な仕事を。


 兵士も、軍人も、将軍も、結局は同じ。

 彼らは他人から『戦う』という仕事を、押し付けられている。



 この度の大戦争、その総大将は四冠の狐太郎ではあるが、しかし実際に策を練ったのは第一将軍であるジョー・ホースであった。

 シュバルツバルトの討伐隊の実質的な主であり、管理者。全員から一目置かれている彼は、やはり大王からも信が厚かった。


 強いは強いが、それだけではない。彼は正しい男であった。正義の男ではないが、正道の男であった。

 だからこそ、この度の『頭がおかしい作戦』を提案しても、誰も咎めなかったのである。

 もしも他の誰かが同じ作戦を立てても、その指示に従っていたとは思えない。


「……老将チタセー、やはりそう来たか」


 実質の最高指揮官である彼は、王都からあふれてきた西重の軍勢をきつくにらんでいた。

 地上から昇る流星のように、六つの英雄たちが飛び立ってもいるが、それは彼の担当ではない。


 向かってくる、十二万の軍。王都にて鋭気を養った、遠征の疲れも抜けきった、殺気の有り余った兵士たち。

 王都を守る軍を破った、この国に仇成す者たちである。


「想定通りの、大敵だ」


 彼の周囲には、白眉隊時代からの側近に加えて、新しく参じた老兵の軍師たちが控えている。

 彼らは向かってくる、普通に布陣して、普通に進軍してくる敵を、厳しい目で見ていた。


「奇策に惑わされず、定石を打ってくるとは見事の一言。流石は老将……手強い!」


 家老という言葉がある、大老という言葉がある。

 老とは、決して悪い意味ではない。


 今目の前に展開されている通常の軍もまた、一切蔑みの余地がない。

 想定出来ているとはいえ、それが安易とは限らないのだ。


「……王都奪還軍、第一軍! これより進軍を開始する! 全員に告げよ、敵は強大であるとな!」


 布陣を遠くから見れば、ある程度は敵の傾向を読み取れる。

 現在敵の陣形は、何一つ面白くない正統派の陣形。

 リゥイ達に勝るとも劣らぬ実力を持った若武者たち。黄金世代と呼ばれる彼らが一人一人、各々の配下を率いて隊を組み、それが更に中隊を成し……軍となっている。

 本当に、ただそれだけの陣だった。


 だからこそ、恐ろしい。一灯隊が無数に現れ、白眉隊に率いられているようなものだ。

 王都が陥落するのも当然であろう、これでは大王が率いてもなお勝てるものではない。


(獅子子君が確認した限りでは、前回の戦いでは若い将が代理を務めていたそうな。彼の判断も、間違いではなかった。だが……上手く(・・・)やろうとした。この敵にそれは無い(・・)


 想定外の奇策に対して、適切な策を練り実行する。

 それは上手くいけば、状況を解決できるだろう。

 だがそれには、遊びがないのだ。


 それでは、想定外に潜む更なる想定外に対応ができない。

 裏の裏には、裏一枚では対応できない。


 犠牲が出るとしても、定石で対応する。

 使い慣れた定石ならば、定石が破られた時も更なる定石で対応できる。

 なぜなら定石とは、破られた後のことも既に想定されているのだから。


(そして、今回第一軍にある裏の札は、遊軍は……麒麟君が率いる抜山隊、これ一枚。しかも第二軍との共用……これは苦しい、と言わざるを得ない。であれば定石を打ちあうだけだが……)


 定石と定石の打ち合い。それは双方が崩れぬように戦うということであり、突き詰めれば単純なぶつかり合いである。

 前線には、両軍の死体が並ぶだろう。両軍の屍を踏み越えながら、両軍の血の混じった水たまりで足を汚しながら戦うのだ。


(心苦しい……!)


 アッと驚くような奇策、計略、神算鬼謀。

 それを指示できる身なら、どれだけ気が楽か。


 到底、通じる相手ではない。

 逸るまい、焦るまい。

 既に相手の将は、腰を据えている。


「全軍進軍せよ! しかし、走るな! 叫ぶな! 槍を手に、盾を手に、腰を据え、歩いて向かえ! 息を切らすな! ただ整然と戦え!」


 鬼畜の所業だ。

 いっそ叫んで立ち向かわせれば、恐怖を紛らわせることができるだろうに。

 だが相手もそうしてくるのなら、とにかく崩れぬように戦う他ない。


「この戦い、崩れた方が負けだ! 心胆を見せろ、侵略者を下し、堂々と凱旋する!」


 王道の戦い、それは血まみれの戦いだ。

 犠牲、犠牲、犠牲。

 もううんざりだ、と相手が逃げるまでの根競べ、我慢比べ。

 心苦しいにもほどがある。


 だが、ここで投げることはできない。

 ここで大任を投げ出すことは、狐太郎へのこの上ない裏切りとなる。


(この反対側で……君は、間違いなく英雄と戦っている! 私はその影と戦っているだけだ……退けるわけがない!)



 若き竜たちは、人間の群れの手前、整然としているつもりだった。

 しかしながら、接近してくる気配へ緊張が隠せない。


 如何に小さいと言えども、格上の存在から力を継承しているモンスターたち。

 それを相手にするなど、正直逃げたいほどだ。


 だがしかし、自分達の先頭に立つのは、竜王アカネである。

 決然として、戦う構えを見せる彼女を置いて、逃げ出す。

 賢い竜としては、それをやりたいところだ。もちろん実行すれば、それこそ凄惨なことになるだろうが。


(はあ……アカネ様、逃げるって言ってくれないんだろうな……)


 賢いからこそ、豪胆さが恨めしい。

 ある意味この場の誰よりもまともなドラゴンたちは、己たちの王に対して細やかながら恨みを抱いていた。


 しかし、英雄の相手をしなくていい。それも事実である。

 あの大百足を単独でどうにかする怪物と、戦わなくていいのは本当に救いだった。


 それを思えば、まあマシだった。

 少なくとも、アカネがいれば、アカネが何とかしてくれる。

 その安心感が、彼らにはあった。


 もちろん、アカネはそんなことなど考えていないのだが。


(クツロ……ご主人様をお願いね)



 東に陣取っている悪魔たち。

 彼らは悪魔らしくもなく武者震いをしており、やはり遊び心を置いている。

 元より命など惜しまぬ悪魔ではあるが、命よりも大事な遊び心より、さらに狐太郎を大事に思っているのだから異常だ。

 それを成したのが、あの狐太郎である。まったくもって、最強の悪魔使いであった。


(そしてそれに巻き込まれた僕……)

 

 その最強の悪魔使いから、悪魔の運用を委託されている、斉天十二魔将三席ブゥ・ルゥ伯爵。

 もとよりこの国の貴族なので、この国の危機には立たなければならない。

 しかしまさか、千の悪魔を率いて、孤軍奮闘することになるとは思わなかった。

 周囲には一人も人間がいない。いるのは、闘志を燃やす悪魔だけ。


「逃げるとか言わないわよね?」

「言いませんよ。それに……僕もまあ……やるだけやらないといけませんし」


 退く道はない。それは彼も理解している。

 狐太郎の側近中の側近である彼は、やはり覚悟を決めていた。

 覚悟を決めなければ、逃げ出したくなるような男ではあるけども。


「……ササゲ様は、その、やっぱり心配ですか」

「ええ……相手は英雄だもの」


 気を使われたササゲは、素直に心中を明かす。

 人の愚かしさも、今は呪わしい。だがここで役目を放棄することは、悪魔である彼女には無理だった。

 いや、狐太郎の部下である彼女には、無理だった。


(クツロ……もしもの時は、恨むわよ)



 コンロン山の山頂では、現在猛吹雪がうなっていた。

 山頂に雲の傘が、というレベルではない。すっかり山頂は暗雲に包まれ、その中を雪がふぶいている。


 精霊使い達は、正直に言えば戦いにもならないと思っていた。

 如何に大将軍たちと言えども、この極地では耐えきれないと思っていた。

 もちろん英雄ならば山ごと吹き飛ばすことも可能だろうが、それを防げるほどに、今のコゴエは力を増している。


 彼らが接近してきて、直接叩いてくる。

 それだけが勝機だが、それは不可能なはずだった。


 だがしかし、流星のように気配が接近してくる。

 楽観していた精霊使い達は、やはり忌々しそうに顔をしかめていた。


 やはり、やらなければならない。

 できれば戦わずに済ませたかったが、それは無理だった。

 であれば、最善を尽くすしかない。


 大百足と戦った時よりも、さらに増大している自分たちの精霊。

 それを制御しつつ、英雄との戦闘に備えていた。


 もちろんコゴエも、いつでも戴冠できるように構えている。

 だがその一方で、心は下界に向いていた。


「……やはり、ご心配ですか」

「もちろんだ。だが、問題ない。クツロに託した以上、私は自分の役目をこなすだけだ」


 コチョウの気遣いに、彼女は淡々と、長々と答えた。


 嫌な話だが、危険地帯へ狐太郎を置き去りにして戦うことは、討伐隊にとってたまにあることだった。

 だからこそ、今回の作戦も妙な既視感と共に許可されたのである。


 結局、いつもと変わらない。

 いつもと同じように、命がけだった。


 そんな主が、誇らしい。

 そんな主を守る友たちが、頼もしい。


 だがそれでも、彼女の心は凪いでいる。

 寂しい、不安。それがどうしても、心から去らない。


(どうか、ご武運を)


 そしてそんなことはお構いなしに、敵の気配が急接近してくる。

 彼女の戦いもまた、もうすぐであった。



 開戦を宣言した老将チタセー。

 彼を見て、キンカクたちやダッキは、否が応でもギュウマを思い出していた。


 無論ギュウマを討った憎い敵であり、ギュウマよりもさらに歳を重ねている。

 驚嘆すべきは、それでもなお現役だということ。


 あのギュウマ率いる十二魔将と戦い、さらにあのアッカとさえ戦って、なお生き残った大将軍。

 大将軍として戦ってきて、まだ死んでいない。その事実に、歴戦の雄どころではない脅威を感じる。


 対して、亜人たちは。

 亜人の勇者たちは、やはり初めて英雄を見た。


 おとぎ話で語られる、伝説神話の怪物怪異。

 それらを葬り去る、亜人の勇者をはるかに超える最強の戦士。

 それが、目の前にいる。全身が震える一方で、心はどこか弾んでいた。


 これが、最強の戦士。

 下劣さも、弱さも、言い訳もない至上の益荒男。

 その堂々たる振る舞いには、敬意を感じずにいられない。

 ただ老いただけ、ただ長生きしただけでは、到底到達できない境地である。


 そして、その前に立つのは、己たちの誇りであった。


「ご主人様、お下がりください」


 女の身でありながら、男にも負けぬ巨躯。

 見ほれるような筋肉を備え、幾多の戦いを越えた傷を刻まれた皮膚。

 角をとがらせた、太い女(・・・)


 鬼の王が、一体で英雄に向かう。


「ああ、分かってる……クツロ」

「はい」

「……頼む」

「……ええ」


 クツロは悟っていた。

 目の前の老いぼれが、今まで戦ったどんな怪物よりも強いのだと。

 何時だったか、自分が辛うじて倒したガイセイよりも、さらに上の実力者だと。


「……ふふ」

 

 鬼が笑う。

 鬼が、笑うのだ。この状況で。


「我こそは亜人の王、鬼の王、魔王(クツロ)! 冠頂く四体の王、その一角なり! 征夷大将軍、四冠の狐太郎、その冠が一つなり!」


 見得を切る。

 金棒を向ける。


「御老人! 主命につき容赦はないぞ!」


 この世界で一番強い生物へ、亜人風情が立ち向かう。


「ほざけ小娘、とっとと冠とやらを被るがいい」

「応、応、応! 人授王権、魔王戴冠! タイカン技、鬼王見参!」


 巨大化する、異形に転じる。

 より強く、より大きく、より太く。

 怪物の王は、膨れ上がって英雄を見下ろしていた。


 だがこれで勝てるわけもない。

 相手は英雄、最強の戦士。

 魔王になっただけで勝てるのなら、世話はない。


「鬼が笑うぞ、鬼が泣くぞ、鬼が叫ぶぞ、鬼が来るぞ!」


 どこか楽し気でさえある、技の予兆。

 力が溢れて、風となって嵐となる。


 力、力、力。


「鬼が怒るぞ、鬼が怒ったぞ、鬼が怒ってしまったぞ! さあ逃げろ、逃げろ、逃げろ……鬼の怒りは(とど)まらぬ!」


 鬼の王のタイカン技。



「タイカン技、鬼面赫神!」



 力が噴火した。

 他に言い表しようもなく、魔王となったクツロが、その体が溶岩のようになっていた。


「見たか、鬼の王の威容!」


 煙が、熱気が上がる。

 それは亜人の勇者たちをして、恐れ多いという他ない威容。

 先ほどまでよりも、段違いの迫力を見せる。

 巨体はそのままに、しかし圧が増しに増している。


「さあ鬼の王の英雄退治……とくと御照覧あれ!」


 百人でも持ち上がらぬような、巨大な金棒。

 それを軽々と振り回して、鬼の王が前に進む。


 この荒れ果てた土地で、その足跡が刻まれる。

 永劫の先にまで残る恐竜の足跡のように、一歩一歩が大地に刻まれていく。


「それが全開か……思ったよりも小さいな、これでは小山さえ跨げぬわ」


 最強の生物は、泰然としている。

 見上げる怪物を、小さいと断じる。 


「小娘……似合いの花を添えてやろう」


 ぱちり、ばちり。

 火花が散る。

 まるで花火が炸裂するように、彼の掌で炸裂が起きている。



「ボムクリエイト、ジニア」

 


 老雄、チタセー。爆発属性を操る大将軍である。

 そのクリエイト技は、発動すると同時にクツロの巨体を覆った。


「ぬぅううううう!」


 冬の入り口、真昼に、荒野に、花火が咲いた。

 色鮮やかな火の粉の花弁が、クツロの全身を包んで離さない。


「……い、いつまで続くんだ!」


 基本的に、爆発属性の攻撃は一瞬しか発動しない。

 その一瞬でエナジーを消費しきるからこそ、瞬間的に高い力を発揮できる。

 だが大将軍の放つそれは、灰さえ残さぬ勢いでクツロを覆い続けた。


 その火花一つ一つに、途方もない熱が込められている。

 その熱に耐えながら、亜人の勇者たちは慄く。


「このまま、消し飛ばす……!」


 花火は、続く。

 十秒か、二十秒か。

 容赦なく、徹底して攻撃が続く。


 そして、花火が動いた。

 否、花火に包まれたままの大鬼が動いた。


「おお……」


 亜人たちが、感嘆する。

 骨まで砕き焼き尽くす爆発の中で、亜人の王は前に進む。

 あくまでも泰然と、金棒を振り回しながら、一歩一歩前に進む。


「ぬう……!」

「シュゾク技、鬼の金棒」


 爆発を受けながら、クツロは金棒を振るう。

 それに対して、チタセーは受けを選んだ。


(鉄壁城金……いかばかりか!)


 余裕があるうちに、あえて受ける。

 タイカン技なる物には効果が期待できないと言っていたが、果たしてこれはどうなのか。

 わからぬからこそ、全力で受けつつ確認する。


「ボムエフェクト、エキノプス!」


 指向性を持たせた爆発。

 それによって、爆風による風圧の盾を生み出す。

 クツロの体が大きければ大きいほど、その風圧を受けて吹き飛ぶだろう。


「んんん!」


 爆風は発生した、風圧はクツロに届いた。

 何よりも、彼女を覆う爆発は持続している。


 だが、彼女の金棒は、防御に徹しているチタセーを叩いた。


「!」


 奇妙な感覚を覚えた。

 力で負けているのに、威力が薄い。

 押し込まれているのに、ダメージが少ない。


(ありがたい……感謝するぞ、スザク……!)


 信じがたいことに、この鬼は確かに己の力を越えている。

 老いてなお英雄である男を、この鬼は超えている。


 だがそれでも、耐えられる。

 このアイテムは、確かな助けになる。


「シュゾク技、鬼拳一逝」


 そう思った刹那、全身に拳が襲い掛かった。


 弾かれて、吹き飛んだ。


(……!)


 何が起きたのか、彼にはわからなかった。

 抗えぬ何かによって、押し飛ばされた。

 ダメージは少ないが、まるで踏みとどまれていない。


 手足が、宙をさまよう。

 耳も目も、目まぐるしく変わる光景をとらえきれていない。


「んんんん!」


 爆発に包まれたままのクツロは、きりもみ回転しながら吹き飛ぶチタセーを、跳躍して掴んだ。

 チタセーが掴まれて圧迫されることは当然だが、それよりも爆発に巻き込まれることを意味している。


「お、おぐぅああああ!」


 自分の爆発によって、自分がダメージを受けている。

 若いころの失敗が、脳裏に浮かぶ。それほどに懐かしい痛みが、体を襲っていた。


(ま、不味い!)


 当然だが、チタセーの爆発は、意図しなければ、自分さえ攻撃する。

 爆発属性の危険性を知るがゆえに、彼はとっさに解除する。


「ふん!」


 火花に包まれていたクツロが、再びその姿をさらす。

 だが何の変化もなく、掴んでいた男を、そのまま地面へたたきつける。


「ボムエフェクト、ペンツィア!」


 だがそれは、百戦錬磨の英雄に、次の行動を教えるものだった。

 皮肉ではあるが、攻撃の意図が、そのまま彼に自分の状況を教えたのである。


 一瞬前に自分が吹き飛ばぬよう爆発を抑えながら、しかし即座に自分ごと爆発する。

 それでもクツロは拳を振り抜くが、しかし空振りする。


 爆発によってクツロは吹き飛ばず、チタセーも吹き飛ばぬ。だが地面が吹き飛んでいた。

 たたきつけるべき地面が、喪失していたのである。


「ふん!」


 空を切った、その隙にチタセーは脱する。

 そして身をひるがえしながら、なんとか着地した。


「この老いぼれ一人殺せぬとはな……鬼の王とやら、ずいぶんと温い」

「……ふぅん、なるほどなるほど、何か持っているわね」


 両者は、理解した。お互いの状況を、把握した。

 そして、その戦いを見ている者たちは、見ているだけでも息がつまりそうだった。

  

「一寸法師の針、頼光の星兜、桃太郎の黍団子……人間らしいわねえ」

「卑怯だとののしるか?」

「こっちも王冠を使っているしね……ふふ、私は鬼らしく戦うまでよ」


 両者、己の役割を脳裏で再確認した。

 そして、相手の役目も確かめた。


 ならばどうして戦うのか。

 結果が見えているのなら、そこに至るまでもあるまいに。

 もういいと投げ出さないのはなぜなのか。


(アカネ、ササゲ、コゴエ……安心して、私はやり切ってみせる!)

(ギョクリン、ウンリュウ……見ていろ、この老いぼれの花道を!)


 彼らの命は、彼らのものではないからだ。 

 彼ら自身が、それを捧げたからだ。


(ご主人様……貴方を守る!)

(陛下……この老いぼれに最後の力を!)


 ささげた相手が、泣いてくれる。

 そのために、彼らは戦うのだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ついに開戦 6将軍はともかく、チタセーにも死んで欲しくないけどどうなるか [一言] チタセーの技は花の名前とはお洒落ですね 爆発属性はプルート戦で東方の将ウメイさんが使ってた、最低でもクリ…
[一言] お互いに狙いは時間稼ぎっぽい もしかして、チタセーのおじいちゃんだけが生き残るのかもなー…将が一人でも残らないと撤退出来ないもの 死にたい奴に限って死なない法則
[一言] 更新お疲れ様です。 英雄たちとの大勝負、いいですね!
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