表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

351/545

王侯将相寧んぞ種あらんや

 英雄が民衆に殺される、つまりは罰を受けいれて死ぬ、というのはこの世界でもよくあることだ。

 もちろん中には不満に思って他の国へ逃げるものや、或いは反逆する者もいる。

 しかし大抵は、政治的な理由での死を受け入れて死ぬ。本気で暴れれば、あっさりと覆せるにも関わらずだ。


 これに対して、疑問を持つものは多い。

 反逆するだとか祖国を裏切るだとかは、余り褒められたことではない。だがそれを抜きにしても、大人しく謀殺されるというのは納得できないだろう。

 規格外な力を持つ、この星で最強の生物でありながら、なぜ肥え太った役人たちの都合に従うのか。


 これを突き詰めると、なぜ大将軍は大将軍なのか、という疑問に達する。

 なぜこれだけ強いのに、好き勝手に振舞わないのか。あえて他の軍人と同じように、政治家に従って生きているのか。


 これを大将軍たちに聞くと、むしろ不思議そうな顔をする。

 なんでそんなバカなことを、自分たちに聞くのか。それが分からないのだ。

 彼らにしてみれば、愚問愚答の極みだというのに。



 たとえばボクシングの世界チャンピオンに向かって


『なんでわざわざ強い挑戦者と戦うんですか? 貴方は大抵の人より強いんですから、わざわざ選んで強い人と戦わなくていいのに』


 と聞くぐらい馬鹿である。



 ボクシングの世界チャンピオンが強い理由。

 それは才能があるとか努力をしているとか、そういう理由もあるのだろう。

 だが『ボクシングの世界チャンピオンになりたい』という目標、動機があるからこそだ。


 ボクシングの世界チャンピオンが、世界で一番強い理由。

 それは最強を目指して鍛えたからであって、最初から最強というわけではないし、なんとなく鍛えたから世界で一番強くなったというわけではない。

 そしてそれは、とても普通のことだ。なぜ質問をするのか、そっちの方が間違っている。

 むしろ、何も鍛えていないのに世界チャンピオンになる奴や、あるいはただ何となくトレーニングをしていたらチャンピオンになった、という方が驚きだろう。


 世界チャンピオンになるには、物凄いトレーニングを積み続けなければならない。

 同じぐらいトレーニングを積んでいる連中と競い合い、殴り合っていかなければならない。

 もちろん途中で体を壊すこともあるし、むしろ世界チャンピオンになった後でも壊れるだろう。


 とても真似できない、苦難の道。

 それを歩み切った者たちが、チャンピオンなのだ。

 だからこそ、その道の人間からは尊敬されるのである。


 これは大将軍やらAランクハンターも同じだ。

 英雄になるには物凄く大変なことがわんさかあって、実際に英雄になっても物凄く嫌な仕事ばっかりで、しかも雇用者に従わないといけない。

 それでもいい、それでも頑張る、という人間が英雄になるのである。


 そんな英雄に向かって『なんで英雄の義務なんかしたがってるの』と聞く方が馬鹿だ。

 英雄が苦労してないとか、英雄に恩人がいないとか、そんな極端な考え方をしているのだろう。


 英雄だって凡人と同じように苦労しているし、正規兵と同じように鍛錬を積んでいるし、一般の成功者と同じように恩人がたくさんいるのだ。


 好き勝手に振舞うことが目的なら、適当なところで鍛えるのを止めている。

 Bランク中位を倒せればそれで十分実力者扱いなのだから、そこで甘んじてしまうだろう。


 英雄とは基本的に、真面目で志高いものだ。

 そうでなければ、強くなどなれない。


 だからこそ、王都を占拠している英雄たちも、一人として逃げようとしなかった。

 たとえ己よりも強大な存在に挟まれようとも、自分だけ逃げて楽をしようと思わない。

 それが、英雄になった者だ。



 普通に行われる季節の移り変わりと、コゴエの影響。

 その双方が合わさって、王都は寒さを増していた。

 既にちらほらと積雪が始まり、日が照っても一向に溶ける兆しを見せない。

 まさに、冬本番というところだろう。


 さて、宮殿である。

 無駄に広く、無駄に天井が高く、無駄に通路が多い。

 だからこそ人々が大勢入っても大丈夫なのだが、だからこそ問題も多かった。


 ただでさえ閉鎖的な生活を強いられていた人々は、さらなる閉鎖に苦しんでいた。

 元より宮殿の壁の外には、西重の軍勢がひしめいている。そんな状況では、人の心も荒んでしまう。


 中には宮殿の物を懐に、という者もいた。

 しかしそのうち飽きて、元の場所へ戻してしまう。

 この状況では、換金できないし、できても使うことはできない。


 唯一、食料ぐらいは価値があったが、それはほぼ飽和している。

 この冬が終わればいいという状況なので、避難民には十分温かい料理が振舞われている。

 よって、食料にさほどの希少性はない。この非日常では、窃盗さえ不能に陥る。


 そんな大人たちと違って、子供には娯楽があった。

 寒さに負けない元気を持つ彼らは、無人となって広くなった屋外に出て、雪合戦などを始めたのである。


 夜は特に冷えるが、日が照っていればそこまでではない。

 直ぐに室内へ入れるということもあって、子供たちは時折室内へ戻りながら、疲れるまで雪で遊んでいた。


「はあ……子供は元気だねえ」


 現在王都の民を守る、唯一の戦力、圧巻のアッカ。 

 屈強な彼は特に冬らしい恰好をすることもなく、半そで半ズボンのサンダル姿で子供たちを見ていた。

 もちろん自分の小さい子供も遊ばせているが、他にも多くの子供たちが戯れている。

 その姿を見て、彼は荒んでいた心を癒していた。


「……俺にあんな時代はなかったな」


 人並みの親の幸せ、それは子供の健やかな成長を見守ることであろう。

 彼はそれを満喫しているが、どうしても若いころのことや幼いころのことを思い出す。

 自分を省みると、親にろくなことをしなかったなあ、としか思えなくてへこむ。


 今自分の目の前で、子供が転んで泣いている。

 しかしそのうち起き上がって、また遊ぶ。

 そんな姿を見ても、どうしても共感しきれない。


「俺は、酷い子供だったなあ……」


 たくさんいる子供たちが、子供同士で雪をぶつけ合っている。

 だんだんと泣き始める子供がいて、面白そうに更にぶつける子も出てきて……そういういじめる子を、さらに諫める子も出てきた。


 それを、ただ見ているだけでも満足できる。

 もしも現役時代の自分なら、少し見ているだけで飽きて、どこかへ行ってしまっただろう。


「そのうえ、酷い伯父だったな。おまけに今は、大して強くもなくて……過去の栄光にすがってるだけのおっさんだ。そりゃあ勘当した親父たちも、慧眼ってもんだ。人生は、これからが本番だってのに」


 独白する、毒を吐く。自虐し、自嘲し、自罰する。

 もう現役ではないと口にしていても、やはり負けたこと、勝ちきれなかったことが悔しかった。

 いや、情けない。悔しいのなら、それこそ奮起していただろう。情けない、というのは反発さえない感情だ。


「力を振りかざして、威圧して……いうことを聞かせて……嫌な男だ、まったく」


 過去の行状を、しみじみと後悔していく。

 それができる現状を、それなりに憂い、しかし激しいものは湧き立たなかった。


 諦念、達観。

 それが彼の、行き着いた感情だった。


「はっはっは! 最強の男が、ずいぶんとしょぼくれたもんじゃのう。今ならわし一人で殺せそうじゃわい」

「……アンタか」


 どかりと、大柄な老人がアッカの隣に座った。

 本来なら、この場に居てはいけない男。

 しっかりと武装し、自分の身分や役職を露わにしている男。


 西重軍総大将、チタセーである。


「お主をぶち殺し、そのまま槍にでも飾って、央土の軍へ晒す……やってみたいのう!」

「ん、やるか?」

「はははは! できればよかったのじゃが……ま、言ってみただけじゃ」

「格好悪いなあ」

「ほほほ、その通り。口だけの男は恰好が悪い」


 老雄というには、まだ若いアッカ。

 そして引退寸前といった風貌のチタセー。

 両者は特に気負いなく談話を始めた。


「結果のともなわない男は、何をしても、何を言っても、何を考えても恰好が悪い」

「まったくだな。歴代最強のAランクハンター様も、御覧の通りだ」

「いい人生ではないか……子供がいて、妻がいて……」

「爺さんにもいるだろう」

「もちろん。もうとっくに、妻には先立たれたがのう。大将軍になって尚、躍起になって手柄を求めて、戦場でその報告を聞いて……」


 両軍の最強戦力とは思えない、男同士の会話だった。


「どうだった?」

「どうとも思わなかった。それよりも、戦況が大事だった」

「酷い男だなあ……だが軍人の鑑だ、恰好がいいぜ」

「そうじゃな……戦場では、何人も死んでいる。感覚がマヒしたのかもな」


 二人は、迂遠な話をしていた。

 本題などごめんだと、両方とも考えているようだった。


「お主は、人相手ではなくモンスター相手の専門家だったそうな……やはり、人々から無心の感謝をされたのか?」

「ぜんぜん。多分俺が守ってた街の連中は、俺の顔も名前も、役職だって知らねえよ。そんなもんだろ、英雄なんて」

「ははは! そうじゃな! 英雄なんてそんなもんじゃ!」


 ああ、どうしてこんな会話だけで人生が終われないのだろう。

 どうしてこの平和が、世界全てに、永遠に続かないのだろう。


「英雄にならず、妻を愛し、子を愛し……普通の人間として生きて死ぬ。それが豊かな人生だったのかもしれんな」

「それをぶっ壊したことのある俺からすれば、のんきなことだぜ。豊かだろうが何だろうが、守れなきゃ意味がねえ」

「違いない。それを守るために、儂は英雄を志したのかもしれんな。まあ……もう憶えておらんが」

「憶えてないなら、そんなに大事じゃねえんだろう。俺が英雄になろうと思った理由は、一度だって忘れてねえ」


 父と母、婚約者と義理の弟。

 まっとうに生きていたはずの、いい領主たち。


「家族に復讐したかったが、正当性が欲しかった。だから英雄になろうと思ったのさ」

「陰湿じゃな……趣味が悪い。もっと剛毅な男かと思っておったがな」

「ははは! はあ……まったくだ。腐ってるよ……俺は」


 自分は、いい父になりたい、いい夫になりたいと思っている。

 しかしいい子供ではなかった、それだけは貫徹してしまった。


「で、剛毅な侵略者様。なんの御用で?」

「この王宮の人間を皆殺しに来た」

「ほ~~……いよいよ最後の戦争か。つまりは……王宮のやつを殺されたくなかったら、俺に手を出すなと」

「そういうことだ」

「いいさ、最初からそのつもりだ。どのみち、誰かがこの王宮を守らないといけないからな」


 剛毅な侵略者。

 その言葉を聞いて、反芻して、テンポを遅らせて、チタセーは笑った。


「ははははは!」

「何がおかしい?」

「剛毅な侵略者……なるほどなるほど、儂は、剛毅な侵略者か」

「そうだろう」

「ふっ……儂は剛毅か、そうか」


 まるで北笛(ほくてき)の大王のようだ。 

 いっそあそこまで突き抜ければ、なるほど汚名にしても清々しい。


「お主の前にある、この平和。儂が踏みにじる!」

「もう踏みにじった後だろ、何言ってるんだ」

「ははは、違いない! まあとにかく……うむ、我らが大王陛下にも、そちらの大王にも……開戦の報せを送った。後はもう、戦うだけじゃな」


 もう、戦うだけだ。

 彼は自分の手元にあるすべて、国家のすべてを賭けて戦うだけだ。


「ウンリュウを討ち取ったお主の後輩ども……儂が全員ぶっ殺してやるわい」

「はっ、無理だな。アイツらは強いぜ~~? 俺がいなくなった後も、あそこで戦ってたんだ、肝の据わり方が違う」

「自信満々じゃな」

「当たり前だろ。退くべきか否か、なんて贅沢な悩み、アイツらにはねえんだからな」


 さきほどまでしょぼくれていた男とは、とうてい思えない覇気にみなぎった顔と口調だった。


「ジョーやリゥイ、グァンやヂャン。あいつらにはヒトを使う素質がある。元々軍人向きだった奴らだ、将軍だってこなすだろう」


 歴代最強のハンターは、自分の元部下を自慢げに語る。

 そこに、一切の影はない。


「ガイセイとシャインは、そういうのはあんまり得意じゃねえ。だがその分とっても強いぜ。特にシャインは天才だからな」


 彼は知っている。

 己の在り続けた戦場が、どれだけ過酷だったのか。

 そこに踏みとどまり続けた者たちが、どれだけ偉大な戦士なのか。

 真のハンターへ、彼は賞賛を惜しまない。


「他の隊員だって、他所の連中とは比べもんにならねえぐらい強いぜ。心も体もな……奴らは、絶対に負けねえよ」


 勝つではなく、負けない。

 その言葉には、光がある。


「大した自信じゃな。じゃが、お主の後釜はどうかな? 噂では、地位を与えられただけの男とか」

「ははは! アンタもずれてるな! わかってるだろ?」


 歴代最弱、評価のしようがないほどの弱い男。

 四冠の狐太郎が、もうじきここに来る。



「ただここに来る、その意味がな!」

「違いない……ただここで待つ身としては、な」



 国家の命運を背負って、ここに来る男。

 そこには、弱さがあるわけもない。


「央土の運命を背負う男……相手にとって不足はない。我がすべてを賭して、打ち砕くのみ」

「砕けるのは、お前だぜ」

「それならば、本望。砕け散り、血路を開くのみよ」


 混じり気なしの軍人、兵士、男。

 この世でもっとも純粋な戦士が、腰を上げて去っていく。

 余分なものは、もうすでに吐き出し終えていた。


「我は西重国大将軍、チタセーなれば!」


 現役の大将軍は、正に気骨をもって立ち上がり、背を向けて出ていく。


「……格好いいねえ」


 老雄、憂いなし。

 万人が望む英雄の体現者を、アッカは敗北感を味わいながら見送った。



 数日後、西重の首脳たちへ開戦の意思が届き。

 そして、チョーアンにもまた、再開の意思が示された。



 戦いが、再開する。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] チタセーとの約定があったとはいえ、アッカもどれだけ耐えて決着を見つめていたのか… 切ないなぁ
[良い点] 英雄だった男と英雄であり続ける男 アッカとチタセーどちらも格好いい [一言] アッカが討伐隊の面々を誇りに思っているのは嬉しいですね しかし改めて考えてもAランクハンター不在の前線基地で戦…
[良い点] 苦労して強くなったわけでも無ければ、恩人と呼べるのも大王ジューガー一人ぐらいしか居ない、なりたくもないのになってしまった英雄が 苦労して強くなった真面目で志の高い真っ当な英雄7人を蹂躙しに…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ