そういうところだぞ
さて、狐太郎はこう思っている。
なんで俺が次期大王なんだろう、と。
ごもっともすぎて、誰もが同調している。
なんで外国人が次期大王なのだろう、と。
元をただすと、ダッキは先代大王の第一王女……末っ子長女であった。
何人もの兄がおり、当然ながら王位継承権はかなり下の方である。
だからこそ、仮とはいえ狐太郎との婚約が許されていたのだ。
彼女が王位を継ぐ可能性があるとすれば、それこそ兄たちが全員死んだ時である。
もちろん普通ならありえないことだが、今回はそうなってしまった。
現在は先代の実弟であり、国内第二位の権力者だったジューガーが継いでいるが、やがては彼女が継ぐことになっている。
あくまでも形式上は、ではあるが。だが、形式上というのは馬鹿にできない。余計な政治的混乱を招かないためにも……この有事に乗じて、兄の政権を奪ったということにされないためにも、ダッキは次の王にならなければならない。
しかし、カセイ防衛(できてない)に貢献した狐太郎との関係を破談に、などできず……。
結果的に、狐太郎はいきなり大王になってしまうのだ。
例え本人が全力で拒否していたとしても、形式上はそうなるのである。
そして今回の王都奪還に成功すれば、自ずと総大将である狐太郎の手柄となり……いよいよダッキと狐太郎は結婚して大王になる。
王都奪還に失敗すればその限りではなく、むしろ責任を取らされることになるが、当然央土にとってまったく望ましいことではない。
狐太郎の没落を願う貴族たちも、流石に央土の領土が半分になっていい、と思っているわけではないのだ。
ともあれ、狐太郎が王都を奪還すれば、中途半端な言いがかりをつけても意味がない。
なにせ救国の英雄である、大抵のことは許されてしまうだろう。
だからこそ逆に、その英雄でも許されないような言いがかりが必要だった。
どれだけ手柄を上げていたとしても処刑を免れないような、絶対的な『口実』が必要だったのだ。
それがどんなものになるのかはわからないが、歴史に汚名を刻むことになるのだろう。
本当にどれだけの功績も帳消しにするような、大罪人としての大汚名であろう。
まず国民の多くが、『外国人が大王ってどうよ』と思う。
単一の理由ではなく、複数の理由が考えられるだろう。
大王の一族に、外国人の血を、亜人の血を入れたくないという考え方。
外国人を国家の君主として、崇めたくないという考え方。
外国人に政治のトップを任せたくないという考え方。
そう思う者たちは、狐太郎を陥れるために、大罪をでっちあげる。事実に反したとしても気にしない。
それこそ現大王ジューガーでも庇いきれない、大量の人間の『希望』が押し寄せてくる。
処刑は免れても、放逐は免れまい。
というのが、大筋であった。
程度はともかく、そうなるだろうとほぼ全員が考えていた。
狐太郎自身、そうなるだろうなあ、と思っていた。
だが状況が変わった、変わりすぎた。
もっと具体的に言えば、周囲からの視線が変わったのだ。
空論城を制圧し、千を超える悪魔を従えて帰ってきたのだ。
それも、全面的に服従させる形で。
大罪人として、大悪党として、大魔王として裁きたいとは思っていても、実際に大魔王になられると困るのである。
竜も亜人も精霊もまだいい、英雄ならば一人で全滅させられる。
魔王の冠をもっていればその限りではないが、それは周知されていない。
だが、悪魔はマズイ。場合によっては、英雄でさえも支配してしまうからだ。
それを千体も従えていたら、むしろ英雄を関わらせたくなくなる。
そして暗殺も、無理だ。むしろ最悪の一手と言っていい。
千を超える悪魔が崇拝の対象を失ったことで暴れまわると、誰でもわかってしまう。
魔境に縛られぬ、変幻自在の悪魔が、央土に敵意を向ける。それは避けなければならない。
大事なのは、誰でもわかる、ということだ。
あれだけの軍勢を見れば、それだけで心が折れる。
たった一人の軍隊ならぬ、たった一人の国家。
必要に迫られて力を集めた狐太郎は、もはや『外国人』ではなく『外国そのもの』となっていた。
誰もが、それを理解してしまったのだ。
※
さて、今までチョーアンの外にある役場では、ひっきりなしに『チョーアンの中へ入れろ』と文句を言う輩がやってきていた。
しかしあの大名行列ならぬ大魔王行進を見て、むしろここがヤバいと思って、別の土地へ逃げ出す者が続出した。
その結果、チョーアン外周の役場は、ある程度暇になっていた。
もちろんそれはそれで、『空き家』の位置や場所を確認し、清掃するなどの仕事ができたのだが、ともあれ熱狂的な大騒ぎはなくなったのである。
「この間のアレ、凄く怖かったな。狐太郎様って、あんなことする人だったか?」
「大王様からヤレって言われたんじゃないか? 大王様なら言うだろ」
「やれって言われたらやるだろうな。あの人、大王様には忠実だし、自分で考えて行動するような人でもないし」
暇になった、チョーアン外部の役場にて。
前線基地で役場の職員を務めていた者たちは、食堂でそんなことを話していた。
仕事上の付き合いでしかなかったが、狐太郎の人となりはそれなりに知っている。
数年間同じ職場にいて、それなりに接した間柄である。
良くも悪くも、等身大の狐太郎の一面をしっかりと把握している。
あくまでも一面であり、すべてを把握しているわけではないが、一面だけでもしっかり知っていれば、恐怖というものはなくなるのだ。
彼の人となりを知っていれば、怯えるなど馬鹿々々しい。
「しっかし、どうやったらあんなに悪魔を従えられるんだか。ササゲ様の時は『そういう趣味』なのかとも思ったけど、大分違うしな」
「あの人にそんな欲ないだろ? 麒麟様もそっちには積極的じゃなかったし、そういう亜人なのかもな」
「はぁ……そんなに欲がないんなら、こっちと代わってほしいもんだ。せっかくの地位が、なんの意味もねえ」
高い地位、権力、イコール私腹を肥やして好き放題アンド他人に仕事を丸投げ。
そう考えている彼らは、まさに下劣な人間であった。
食堂にいる他の職員からは、白い目で見られている。
しかしその一方で、『狐太郎』の話に耳を傾けてもいた。
彼らは安心を欲していたのだ。
元犯罪者の職員が『狐太郎様』の話をしていても天罰やら何やらが落ちてこないのだから、自分たちが何を思って何を言っても罰されることはない。
そう思うために、彼らの噂を聞いていたのである。
「街の中から逃げた奴もいたらしいな……怖がり過ぎだろう!」
「まあ無理もないけどな! あの街の中が安全なのに、それもわかってねえ」
「狐太郎様は嫌な気分になっても顔をしかめるだけで、特に暴れたり何かしたりしねえのになあ」
職員たちの噂による『狐太郎像』は一貫している。
面白みがなく大王に忠実で、あんまり怒らないし行動的でもない。
ある意味では民衆にとってありがたい、寛大な大魔王であった。
「街の中では、狐太郎様を排除しろっていう奴もいるかもな」
「大王様に忠実なんだから、大王様から言ってやってくださいよってか?」
「そんなことしたら、リァン様が黙ってねえだろ。黙って殺しに来るかもしれないけどな」
ここで、役場の職員たちが黙る。
「……あの時の掃除、大変だったもんな」
食堂で食欲の削がれる話は、やめてほしいところだった。
※
さて、街の中でのことである。
蛍雪隊の隊員と、その家族たちは……。
「……ねえアンタ、本当に大丈夫かい?」
「だから大丈夫だって言ってるだろう」
ベテランハンターの元へ来た、妻と嫁と孫たち。
彼女は悪魔の姿を見てから、ふとした時に闇へ怯えるようになっていた。
悪魔が実在して、悪魔の被害も多くある世界で、大量の悪魔がこの街に住み着いているのかもしれないのである。
その状況で怯えていないのは、それこそ狐太郎を知る者たち、前線基地の関係者ぐらいであろう。
他のものは、ふとした拍子に怯えてしまうのである。
「狐太郎様は、俺達みたいな木っ端が何を言っても……言っても……気にはするだろうが、一々監視しねえよ」
「気にするんじゃないかい!」
「だ、大丈夫なんですか? 実は隠れているとか……」
「そんなことないから大丈夫だ。大体、そんなに暇だと思うか?」
集められた悪魔たちは、あくまでも戦力として招集されたのである。
間違っても独裁国家の監視員として招集されたわけではないし、その仕事に就く暇もないだろう。
「ねえお祖父ちゃん、お祖父ちゃんは、悪魔の王様とも友達なの?」
「……友達じゃねえだろうなあ」
知らない程ではないが、友人ではない。
同僚ではあるのだが、しっかりと顔を見分けられるほどではないだろう。
蛍雪隊の隊員は、孫からの質問へ正直に答えていた。
「シャイン隊長も、ササゲさんとはあんまり親しくないだろうし……どっちかというと、アカネさんやらコゴエさんと親しかったしな」
「へえ~~……!」
竜王と氷王が、この間会った祖父の上司と親しい。
それを聞くだけでも、子供の心はときめいてしまう。
「まあとにかく、悪魔が聞いていたとしても気にしなくていいさ。滅多なことを言わなけりゃ、聞かないふりをしてくれるだろう」
悪魔は約束の権化であるため、逆に話をしていない相手と関わりを持とうとしない。
もちろん若い悪魔はその限りでもないが、とにかく噂話をしている相手のところへ首を突っ込んで『ケンカ売ってるのか』と聞くほど野暮ではない。
「めったなことって?」
「そうだなあ……悪魔なんて大したことないとか、悪魔なんて怖くないとか、悪魔にビビるなんて小心者だなあとか……そういう舐めた口の利き方だな」
悪魔は怯えられることを好む。
それ故にこうして大きな街の住人たちから『悪魔がいるかも』と怯えられるのは好む。
変な話だが今の街の人々の不安は、悪魔たちにとって『お給料』並みに有益な感情だった。
こんなに私たちに怯えてくれるなんて、私たちの主を怖がってくれるなんて……この街を守らなければ!
とさえ思っているだろう。
そういう、性格の悪い生物なのである。
「そっか~~……」
「言うなよ?」
言ってはいけない、と言われると言いたくなるのが子供である。
みんなが怖がっている悪魔へ、『大したことない』と言って自慢したくなるのが子供であろう。
「……お義父さん、変なことを教えないでくださいよ」
「ああ、うむ……そうだなあ。まあ、子供がそんなことを言っていても、驚かしてくるくらいだろうが……」
それこそ妖怪変化のように、驚かして泣かせるぐらいはするかもしれない。
だがその程度の笑い話、昔話ぐらいで、本気で暴れることなどないだろう。
少なくともセキトもアパレも、その眷属たちも、人に仕えるときは真面目だった。
「本当にヤバいのは、一灯隊とその隊長たち……それからリァン様だ」
老雄は、本気で忠告する。
その顔は、悪魔よりも恐ろしいものを知っている顔だった。
「いいか、あの人たちの前で……悪いことをするなよ。前触れもなく殺しに来るからな」
※
街の中での治安維持を担当する憲兵隊。
その本部では、今日も抜山隊との、定期的な交流がされている。
流石に何度も戦っていると、苛烈に痛めつけて遊ぶ、ということもなくなる。
憲兵隊たちも素人ではないので、格上との戦いによって実際に体が鍛えられてもいた。
とはいえ、訓練の中で抜山隊の面々も本調子に戻りつつあり、実力差はさほど埋まらなかった。
人となりからすれば、対極に位置する集団である。
しかし何度か拳を交えていれば、それなりには互いへ親しみも湧いていた。
なにより根本的に、抜山隊は王都奪還軍の一員である。
国家の命運を左右する戦いへ参加する彼らを、真面目な憲兵隊が蔑むわけがなかった。
「皆さんは、三つの軍の内、どこへ所属するのですか」
「俺達は麒麟のところで……独立……遊軍ってやつになる予定だ」
「そうそう、遊軍遊軍。いざってときの予備戦力らしいぜ」
「……そうですか、窮地への支援というわけですね」
チョーアンの憲兵隊は、今回の戦争に参加しない。
治安維持は重要な仕事であり、そうそう抜けることができないのだ。
街の外に『住民』がいる関係で、可能な範囲で戦力を残しておく必要もあった。
とはいえ、憲兵隊の隊員としては心苦しくもあった。
戦う力がありながら、国家の総力戦に臨めない。
それは真面目な彼らとしては、罪悪感を覚えることだった。
ましてやこうも粗野な集団が、怯えることなく参戦しようとしている。
力で劣ることは仕方ないとしても、心意気まで負けているのは悔しくもあった。
「なあに! カセイでの戦いにくらべりゃ全然楽勝さ! なあ!」
「あんときは全然数いなかったからな! 後半は威嚇しながら走ってるだけだったけど!」
「まったくだ! 西重なんて、大したことねえよ!」
十万の敵に突っ込めと言われて突っ込んで、全員生還してきた伝説の『討伐隊』。
その一員たちは小悪党と同じようなことを言っても、まるで意味が違っていく。
「……もしも皆さんが負ければ、そのままチョーアンも呑まれるでしょう。情けないことですが、我等はただ健闘を願うことしかできません」
「兵でありながら、征夷大将軍が率いる軍に参加できぬのは……末代までの恥です。本当に、情けない」
征夷大将軍、その役職を聞いて抜山隊は大いに笑った。
「はははは! 征夷大将軍か! あの兄ちゃんがなあ!」
「あんまり笑わせんなよ! 狐太郎が大将軍様だなんてよう!」
「いひひひひ! 腹筋がつっちまう!」
征夷大将軍という言葉に、笑う場所などどこにもない。
だが抜山隊は、不敬なことに大いに笑っていた。
本来なら、憲兵隊の前でわざわざこんなことをすれば、それこそ逮捕されても不思議ではない。
だがこの抜山隊の隊員たちは、他でもない征夷大将軍の同僚だ。それも数年間にわたって、カセイを一緒に守った仲である。
であれば、笑っているのも、一種の親しみなのかもしれない。
一度誤認逮捕をしてしまった身なので、なおさら咎めるのが難しかった。
「……その、現在の閣下は、多くの悪魔を従えているお人です。その彼を笑うというのは、悪魔の不興を買うのでは?」
「悪魔どもが、そんなこと気にするかよ。もしもそうなら、一灯隊の連中なんてとっくに死んでるぜ?」
「一灯隊……第三軍の中核となった方々ですね」
聞けば、抜山隊の隊員の質は、前線基地ではそこまでではないという。
一灯隊という部隊は、それこそ抜山隊以上だと聞いていた。
隊長たちが第三軍の将を任されているのだから、それは本当なのだと分かってしまう。
「ああ、あいつら過激だからなあ……しょっちゅう狐太郎の文句ばっかり言ってたぜ」
「とくにヂャンの奴なんて、最初に殺そうとしたらしいぞ」
「リゥイもグァンも、かなり反抗的だったもんな」
あまり、聞きたくないことだった。
即席の軍は、それ故に結束が脆い。
ましてや第三軍の将軍が、征夷大将軍と不仲というのは、余りにも悪い材料だ。
「……ではもしや、離間工作などをされているのでは」
「そうかもな」
そこで、抜山隊はまた笑った。
「アイツらに犯罪を持ち掛けるなんて、御愁傷様だな!」
※
リゥイ、グァン、ヂャン。
第三軍のトップに就いた三人は、眉を寄せながら集まっていた。
彼らの話し合う内容は、軍に関係あると言えば関係あるのだが、かなり不名誉なことだった。
「……実はな、俺のところに西重への寝返りを勧めてきた兵長がいたんだ。この国は悪魔に支配された、もう駄目だってな」
「ヂァンのところはそうか……私のところは、西重の密偵が直接来たぞ。こっちについて、狐太郎を倒そうとな」
「二人のところにもか……俺のところには、狐太郎が危険だ、排除しろ、って貴族が来た。なんでも、空論城とかかわりがあったらしい」
三人とも、ため息をつく。
少なくともショウエンとジョーのところには、実母以外にそうした輩は現れていないというのに。
なぜ自分たちが何時も狙われるのか。真面目に生きている彼らには、まったくわからなかった。
「これもあの野郎のせいだ……畜生!」
「こんな国どうなってもいい、とか言って逃げ出そうとしたくせに、大将軍……!」
「まったく、陛下もどうかしている! 必要性はわかるが、もっとやり方があったはずだ!」
三人は大声で愚痴を言う。
口から出るのは、やはり狐太郎への不満だった。
もしかしたら他の誰かが聞いているかもしれないが、それでも彼らは躊躇わないだろう。
「で、兄貴たちはどうしたんだ? 俺は埋めた」
「不用心だな、ここはシュバルツバルトじゃないんだぞ? 私はちゃんと行方不明にした」
「二人とも、俺達はもう将軍なんだぞ? 昔と同じことをしていたら駄目じゃないか」
さて、三人のとこへ来た者たちはどうなったのか。
「俺のところに来たのは、全員リァン様に引き渡した」
全員死んだらしい。




