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さて、試験である。
今回大公が招集した四人は、それぞれが魔物使いであると同時に、この魔境シュバルツバルトでも有用な能力を持っているはずだった。
しかし当の四人はこの森で実際に戦ったわけではないし、狐太郎たちがそれを確認したわけでもない。
であれば、普通の討伐隊試験のように、森へ実際に突入しようという話にもなるだろう。
「絶対嫌です!」
「勘弁してください、姐さん!」
「あんな化物がごろごろいる森なんて、冗談じゃねえ!」
「ああ、爺さんの言うとおりにしておけばよかったんだ!」
なお亜人キョウショウ族は嫌がっていた。
極めて冷静で的確な判断能力である。
彼らはこの森で働かなければならない理由はないし、少なくともここで退き返しても何も困らないのだ。
無駄足になると言えばそうだが、しかし損切は人生に必要な選択である。
「しょうがないねえ、あんたらはここに残りな。森に入るのは私だけにしとくよ」
そして、ピンインに彼らへ無理強いする権利はない。
絶対服従の呪いがかかっているわけで無し、ただの雇用者である彼女が嫌がる亜人を引きずっていく法はない。
「へ? 姐さんだけで森に入るんで?」
「ここに来る前も言ったじゃないか。普通なら討伐隊の試験では見殺しにされるけども、護衛隊の試験ならAランクのモンスターに守ってもらえるって」
ふと、キョウショウ族は冷静になった。
先ほどこの前線基地を襲っていた、大量のモンスターたち。
そして、この基地を一時的に離れるAランクハンター。
「……姐さんだけ危ないところに行かせるなんざ、キョウショウ族の名が廃るってもんでさあ!」
「死ぬときは一緒ですぜ、姐さん! 俺らも連れて行ってくだせえ!」
「姐さんを守るのが俺たちの仕事ですからねえ!」
彼らは勇気をもって前進を決断したのだった。
よくよく考えれば、あれだけ恐ろしい鬼神が自分たちを守ってくれるのだ、世界で一番安全と考えてもいいのではないだろうか?
「よく言ったよ、お前ら! さあシュバルツバルトに突入だ!」
こうして、四人の魔物使いは、全員が護衛隊の試験を受けることになったのである。
※
(ふうむ……場合によっては、今後もこのメンツで森に突入するんだよな)
シュバルツバルトに突入した狐太郎は、改めて周囲を見た。
亜人たちが前方と後方に分かれ、挟撃を警戒している。
自分たちの脇で、騎乗しているケイがいる。
肩を落として嫌そうに周囲を見渡しているブゥがいる。
周囲に風の精霊を漂わせているランリがいる。
もちろん、自分の戦力である四体のモンスターもいる。
前回森に突入したときほどの安定感はないが、それでも本格的に仲間が増えたという実感がある。
ほぼ全員が新顔と言うことで『自分の仲間』という感じも素敵だった。
(なんかこう……いいなあ、前進している感じがあるなあ)
ブゥはその限りではないが、他の面々は森に突入するやプロの顔になっている。
こんな言い方はどうかと思うが、アカネたちよりも頼もしい。
「うふふ……ケイがそうやって騎乗している姿を見ると、思わず涙が潤んでしまいそうだわ」
「からかわないでよ、リァン。今は仕事中なんだから」
「そうだったわね、試験の邪魔をしてごめんなさい」
とはいえ、リァンも一緒だった。
非常に今更だが、彼女は同行していていいのだろうか。
前回と違って、護衛の壁は大変に薄いのだが。
(まあそれを言い出したら、俺が一緒である意味がないけどな……まあ試験の責任者みたいなもんだし、命を懸けて同行しているんだろう。俺も命がけだし、リァン様だけ残ってるのも正直複雑だし)
今回の面々は大公が紹介してきたのだ。
大公の娘が『護衛が信用できないので残ります』と言い出したら、狐太郎も『なんでそんなのを紹介した』と言う話になってしまう。
非力な狐太郎を守るための四人とそのモンスターである、これに公女一人加わったぐらいで問題が生じる方がどうかしていた。
(それに、公女様と一緒の方が、みんなやる気出るだろうしな)
狐太郎は風の精霊使いを見た。
周囲に精霊を躍らせているランリは、その整った顔に冷や汗を流している。
(……どうしたんだろう)
レーダー係の人間が、顔を曇らせている。
一番戦況を把握している人間が、不安そうで緊張している顔になっているのだ。
知りたいようで知りたくない情報を、彼は集めているのだろう。
「ご主人様、彼の集中を妨げないようにお願いします」
ランリを見ている狐太郎へ、コゴエが静かに忠告をしていた。
「彼は多くの精霊が伝えてくる情報を集めて、私たちの周囲を把握しているのです。とても難しいことをしているのですから、ちらちらと見ては邪魔になるかと」
「そうみたいだな……わかった」
氷の精霊であるコゴエは、風の精霊とランリが『やりとり』をしていることを察していた。
それが集中を要する作業であることは事実である。だが精霊学部の学長が推薦するほどの術者であるランリにしてみれば、そこまで難しいことではなかった。
彼がこうも緊張しているのは、狐太郎が察したように『この森のモンスターがやたら強くて多い』ことだった。
風の精霊は、文字通り空気みたいなものである。
よほど多く群れているか、そこにいると確信して注視しなければ見つけることは難しい。
その精霊たちを自分の周囲に放ち、モンスターを探させて、その位置を調べている。
幸い風の精霊が見つけられないような、特殊なモンスターはいない。
しかし人間の脅威となる、警戒しなければならない強力なモンスターが多すぎた。
今のランリは、放ったすべての風の精霊から『目の前にすごく強いモンスターがいるよ』と報告され続けている。
情報が多すぎて混乱することもさることながら、強いモンスターの量に緊張してしまうのだ。
もしも一斉に襲い掛かってきたら。
そう思ってしまうと、周囲に精霊を拡散させていること自体が恐ろしくなってしまっていた。
なにせ手元に置いている精霊が少ないのである、彼の戦闘能力は著しく下がっている。
実戦経験の少ない彼には、『他人に自分の命を預ける』ことは初めてだったのだ。
それでも彼は誇りにかけて索敵に集中する。
リァンやコゴエの前で、無様は晒せない。彼は有能だからこそ、自分の役割を果たそうとしていた。
そして、左方の精霊からの報告に刮目した。
左でうろうろしていたモンスターが、こちらに気付いたと伝えてきたのだ。
「左から! モンスター多数、来ます!」
今彼には、精霊からの警告が続けて伝わってきている。
ランリが周囲へ警戒を呼び掛け始めた瞬間には、既にモンスターの群れがこちらへ走り出していたのだ。
最初は遠かったはずが、どんどん間合いを詰めてきているのだ。
あまりにも早かったため、彼がしゃべっている間に状況はどんどん悪化していったのだ。
「え?」
「え?」
ランリの叫びを聞いた狐太郎とブゥは、間抜けにも左を見た。
そこには、その瞬間には、モンスターがとびかかってきていたのである。
Cランクモンスター、ストームパンサー。
通常の森では単独で狩りをするが、この森では大量の群れをつくっている。
持久力こそ乏しいが、その加速と最高速度は著しい。よほど広範囲を索敵する技術を持っていても、準備を終えるよりも早く襲い掛かってくるだろう。
Cランクの中では比較的小さく、大きめの犬と変わりない。それでも一体で人間を食い殺すほどの戦闘能力をもっている。
非常に好戦的で、襲い掛かったその場で獲物を食ってしまう。
「は?」
果たして、二人の動体視力の脳内の情報処理能力で、状況を把握できていただろうか。
ランリが何か叫んで、左を見たら、大きな口を開けたネコ科肉食獣がいたのだ。
木々を足場にして、跳ね回るように立体的に襲い掛かってくる捕食者。
この森の中では最弱に分類されるCランクモンスターだが、それでも噛まれれば普通に死ぬ。
狐太郎たちがその脅威を視認して食われるまで、ほんの数瞬しかかからなかっただろう。
「ソリッドクリエイト、チェーンアロー」
その攻防は刹那だった。
ランリの叫びが耳に入った瞬間、ケイは左に向けて弓を引き絞っていた。
彼女は『硬質』のエナジーを具現化させて矢に変えて、モンスターが視界に入るよりも早く放っていた。
それも一本や二本ではない、何十本もの矢をでたらめに放った。
連射、広範囲。
それに重きをおいて、命中も威力も考えない射撃。
当たらずとも牽制になる。とにかく機先を制するための連続攻撃は、確かに効果を発揮していた。
彼女の矢の多くは外れたが、それでも先頭を走っていたストームパンサーの体へ刺さっていく。
空中で矢が刺さったことで、パンサーたちの体勢は崩れた。
それは精妙にして高速で駆けていたパンサーたちにとって、周囲の仲間や木々へ激突することを意味している。
「やるじゃないか……!」
狐太郎の知る常識から言えば、弓矢で連射というのはありえないことだった。
ケイの弓矢は、まるでマシンガンかショットガンのように、一瞬で大量の矢を放っていたのである。
しかし、称賛したピンインをはじめとして、他の誰も驚いていない。
しいて言えば、四体が『人間がここまで早く矢を射れるだなんて』と驚いているぐらいだろう。
「お前ら、行くよぉ!」
「おう、姐さん!」
だがピンインは驚かない、対応も早い。
彼女の配下も、相手がCランクモンスターだと気づいて即座につぶしにかかる。
「ブーストクリエイト! ブレイブマーチ!」
ピンインは魔物使いであり、亜人使いである。
彼女の属性は『強化』、対象の生物を強化することができる。
つまり彼女は、率いている亜人を強化して戦うのだ。
「ううおおおおお!」
キョウショウ族の絶叫が森に響いた。
主に機動力を向上されたキョウショウ族は、奇襲に失敗したストームパンサーへ躍りかかる。
キョウショウ族の手に持っている棍棒や盾は、木製ではあるが『この世界』の木である。
流石にギガントグリーンほど頑丈ではないが、見た目以上に重く硬い。
盾で相手を押し込みながら、当たるを幸いに殴り掛かる。蛮族らしい戦いぶりだが、極めて合理的で堅実な戦術だった。
「おら、おら、おらおらおら!」
「ビビらせやがって、このCランクが!」
「お前らなんて、敵じゃねえんだよ!」
数はストームパンサーの方が多かったが、もはやキョウショウ族の独壇場である。
ひるんだ個体、体に矢が刺さっている個体、まだ襲おうとしている個体。
どれも例外なく、キョウショウ族の棍棒に叩き潰されていった。
「援護の必要はなさそうね……」
その姿を見て、ケイは追撃を取りやめていた。
この場で唯一公募で選ばれたハンターだが、大公が選出しただけのことはある。
彼女も彼女のモンスターも、行動が極めて速い。
「また来る! 今度は上だ!」
だが息をつく暇もない。
再び精霊の警告を聞いたランリが、真上を見ながら叫ぶ。
そこには既に、大量のモンスターが木々の枝に隠れていた。
Cランクモンスター、ファングラビット。
見た目こそ兎なのだが、その実は肉食獣である。
その大きさも通常の兎の倍以上であり、大きさ相応の食欲を持っていた。
おそらくはストームパンサーのおこぼれか、あるいはその死体を求めてきたのだろう。だが一行が隙を見せれば、逃すことなく襲い掛かってくるだろう。
さりとて、獲物は遠く、木々は茂っている。地面から攻撃をしても、あっさりと避けられてしまうだろう。
「ラプテル!」
しかし、そんなことで対応に困る竜騎士ではない。
ケイは鐙を踏んでいる足で、ラプテルの腹を叩いた。
するとアクセルドラゴンたるラプテルは、ケイを乗せたままストームパンサー顔負けの速度で跳躍したのである。
「ソリッドクリエイト! アイアンアロー!」
再び鉄の硬度を持つ矢を生み出して狙いを定めるケイだが、驚くべきことはそこではない。
留まることなく激しく動き回るラプテルの背に乗っている彼女は、しかし狙いをしっかりと付けたまま射かけている。
流鏑馬という走っている馬の上から止まっている的を射る種目があるが、それどころの騒ぎではない。
まっすぐ走っている馬から弓矢を射るのではなく、縦横無尽に跳ね回っている竜の背から、隠れているモンスターを狙って射るのだ。
威力どうこうではない、まず当たるわけがない。先ほどのように当たるを幸いに連発するならまだしも、正確な射撃をすればかえって当たらないだろう。
だがしかし、一発も外さない。
木の枝を踏みながら跳躍して、射手のことなどお構いなしに動いているラプテル。
その信頼に応えるように、彼女は正確に隠れている個体を射抜いていった。
まさに百発百中、騎乗弓兵の見本、一人前の竜騎士である。
「逃げ始めたか……まあいいわ。降りましょう、ラプテル」
仲間が射殺されていくところを見たファングラビットは、獲物をむさぼるどころではないと退散する。
追跡しようと思えばできなくもないが、退散させればそれで十分と判断したケイは攻撃を止めた。
ラプテルは十メートルどころか二十メートル以上の高さから、一息に地上へ降り立つ。
膝を使って柔らかく着地したが、それでも背中に乗っているケイにも相当の衝撃がある筈だった。しかし、彼女はなんでもなさそうにしている。
仮に狐太郎が乗っていれば、地面に落下した衝撃で腰の骨などを折っていただろう。それどころか、樹上での機動に耐えられず気絶するか、あるいは落下していたに違いない。
人馬一体とはまさにこのこと、双方の高い実力、連携が見て取れた。
「凄いわ、ケイ! 本当に一人前の竜騎士だったわ!」
「まだまだお兄様には及ばないわ、お兄様なら逃がさずに全滅させていたもの。それに、相手の場所をランリ君が教えてくれたからだわ」
リァンからの称賛に照れるケイは、謙遜しつつもランリを褒めた。
「いやあ全くだよ! おかげで楽だった!」
ケイだけではなく、ピンインもランリを称賛する。
既に彼女の配下はストームパンサーのほとんどを叩き殺し、生き残りも退散させていた。
これにて、ひとまず戦いは終わったのである。
「ふ、フン! 当然のことをしたまでですよ!」
大公から紹介を受けるほどの実力者たちから褒められて、ランリも鼻高々だった。
普段から狐太郎が散々苦労しているように、奇襲とは本当に厄介なことである。
相手から最初の一撃をもらってしまう、というのは途方もなく不利なことであり、移動しながら護衛をするとなれば最大の脅威と言っていい。
ほんの一瞬前であれ、奇襲のタイミングや方向を警告してくれるのであれば、その有効性は疑う余地を持たない。
(……展開に頭が追い付かない)
そして、試験をする側であるはずの狐太郎は、ただ茫然としていた。
樹上から大きな兎の死体が降ってきたりしているが、何がなんだかわからないのだ。
彼と一緒にいる四体は状況を把握できているが、見事な手際に言葉もないようである。
「ええ、ランリさんも凄いです! 流石は首都にある魔女学園の、学部長から推薦を受けるほどのお方ですね!」
「ええ、そうでしょう! 僕にとっては、大したことではありませんけどね!」
ランリは周囲を見渡して、悦に浸る。
なにせAランクのモンスターである四体さえも、自分や風の精霊に感心しているのだ。
まさに途方もない優越感であろう。
しかし、その興奮に浸る暇をこのシュバルツバルトは与えない。
三度の襲撃を、彼の精霊は警告していた。
「……な?! 全方位を囲まれています! それに……Bランクの大物まで!」
「わかりました! リァン、私たちが守るから円陣の中心に!」
「お前ら、防御陣形だよ! Aランクが出たわけじゃないんだ、私たちでぶちのめすよ!」
「索敵をしている場合じゃない、精霊を手元に戻して僕も戦います!」
亜人たちが外周を守り、その中で戦闘の準備を始める魔物使い達。
その表情は既に、勝利の余韻から戦闘の緊張に切り替わっている。
「ブーストクリエイト! ファランクスフォートレス!」
ピンインは速度を中心にした強化から、防御を重点的に上げる強化へ切り替える。
「ソリッドクリエイト! スチールアーマー!」
ケイは自分だけではなく、ラプテルにも硬質を実体化させた鎧をまとわせる。
「スピリットギフト! ベクトルクリエイト! スラッシュウィング!」
ランリは周囲へ拡散させていた風の精霊を集めて、攻撃的な風を準備した。
各々が迎撃の体勢を取る中で、臆することなくモンスターはその姿を現した。
「……これは、デスジャッカル?!」
防御陣形の隙間から、リァンがそのモンスターを見た。デスジャッカル、Cランクのモンスターである。
当然ながら、その数は多い。ファングラビットやストームパンサーをあわせた分よりも、よほど多いのかもしれない。
だがしかし、そんなことは問題にしていなかった。
デスジャッカルが現れたということは、如何なるBランクモンスターが現れたのかもわかってしまったからだ。
「ははは……流石はシュバルツバルトだ……こんな大物があっさり出るなんてね……」
乾いた笑いが、ピンインの口から洩れた。
強がりが出せる一方で、余裕はほとんどない。
彼女の部下も、ランリもケイも、その相手に緊張を隠せなかった。
「タイラントタイガー……!」
デスジャッカルを従えて現れたのは、Bランクの大物タイラントタイガー。
以前に狐太郎が狩った相手だが、その時もササゲでさえ大いに手こずらされた相手だ。
四体が手を出さなくても勝てる相手ではあるが、ぎりぎりだと言っていいだろう。
だが、だからこそ三人は歯を食いしばる。亜人も、竜も、精霊も覚悟を固める。
ここで退くなど、自分が勝てる相手を強者へ任せるなど、戦いに身を置くものとしてできないことだった。
まずはデスジャッカルの群れを倒し、そのままタイラントタイガーを叩く。
三人は互いがどう連携をするべきなのか、脳裏で作戦を組み立てようとして……。
「あの、よろしいのですか?」
「え?」
リァンがブゥに話しかけた。
何が何だかわからないままに戸惑っていた彼は、この期に及んでも何もしようとせずに守られていた。
「何がですか?」
公女から話しかけられても、彼は何が何だかわかっていない。
「戦わなくてよいのですか?」
「……戦っていいんですか?」
「はい、お願いします」
誰も自分へ指示を出してくれなかった、なので何をしていいのかわからなかった。
ブゥはリァンから指示を受けて、ようやく何をするべきなのか理解していた。
「……よし、じゃあやるよ」
「ええ、やりましょう」
無造作に歩き出し、防御陣形から出ていくブゥ。
その彼の背後から現れたのは、当然ながら悪魔であるセキトだった。
二人とも、まったく警戒の色を見せない。
まるで街の中を歩いているかのような気やすさだった。
「デビルギフト、ルアー」
紳士の姿をしていたセキトが、ブゥの足元にある影へ入り込んだ。
直後、ブゥの足元から大量の手が伸びてくる。
それは悪魔の手と言うよりは、闇そのもののような手だった。
厚みのない二次元の手が、彼の体を覆っていく。
それは、ササゲと同じ悪魔の力だった。この森に存在しない、同種同類のいない力だった。
だからこそ、この森のモンスターは比較できない。今の彼が、どれだけ危険なのかわかっていない。
黒く染まっていくだけのブゥを、ただの餌としか認識していない。
一体しかいないタイラントタイガーはただ静観し、大量にいるデスジャッカルは襲い掛かろうとする。
「デビルギフト、ホステレリィ」
その区別なく、モンスターたち自身の影から大量の棘が飛び出した。
一行を包囲していたデスジャッカルは、胴体の真下から貫かれて動けなくなる。
Bランクの中位に位置するタイラントタイガーでさえ、四本の足を貫かれて地面に縫い合わされていた。
デスジャッカルたちは臓器を傷つけられて、動けなくなったまま死ぬのだろう。
泰然としていたタイラントタイガーは、動き出そうとするが動けない。
悠々と歩みを進める彼の背中から、立体的な腕が八本ほど現れた。どれもが暴力的な武器を握りしめている。
それは、鎖付きの鉄球だった。
厳密には金属でできているとはいえないので、鉄球ではないのだろう。
だがその形状は、明らかに棘の生えた鉄球だった。
八本の腕は、鎖が絡み合わないように鉄球を回転させる。
大道芸めいた光景だが、それはまさに一方的な暴力の予兆だった。
「デビルギフト、アビュース」
黒く染まったブゥは、Bランク上位に位置する悪魔の力を行使する。
ルゥ家当主、ブゥ・ルゥ。
大公ジューガーが、唯一指名して招集した少年であった。




