秒読み
交渉事の主導権は、余裕の有無による。
双方に余裕があれば、或いは双方に余裕がなければ、力の優劣によって決まるだろう。
だがこの場合、昏に余裕があるのは明らかだった。
交渉事の余裕とはつまり、契約が成立しなくてもいいか、どうかである。
祀や昏は、無理だと判断したらさっさと逃げるだろう。そして逃げ切れるだろう。西重との契約が成立せずとも、大きな痛手は受けない。
だが西重はそうはいかない。彼らは祀と契約を結べない場合、ほぼ確実に破滅する。だからこそチタセーたちは、王都を明け渡そうが西重へ戻ろうが、昏達へ大きな代償を支払わなければならないのだ。
(……ここまで、か。ここまで俺達は、追いつめられていたのか)
第五将軍メンジュウは、状況を今更のようにかみしめていた。
仲間の仇討や、国家を勝利へ導くという大義。それによって、燃えていた彼は、現状を思い知らされていた。
(いつからだ……いつから、こんな胡散臭い奴らに頼らないといけなかった)
今回の戦争は、今までになく順調だったはずだ。
堅牢だった西の防衛線を軽々と突破し、王都へ快進撃を続け、犠牲を出しつつも占領した。
そこから先、一度も戦っていない。だとすれば、何がどうしてこうなってしまったのか。
(最初からだ……! 俺達があれだけ快進撃を続けられたのは、周囲の力を借りていたから……俺達の実力じゃなかった!)
大義や陶酔に浸る暇など、将軍には許されない。
兵士達が知らずともよいことまで、否応なく思い知らされる。
(これから央土と戦って、勝ったとしても、それは俺達だけの成果じゃない……!)
この悔しい現実。
自分がその気になれば、まとめて消し飛ばせる程度の雑魚たち。
それを相手に助力を乞い、ましてや多くの事柄を差し出さなければならない。
これが、脚色なき西重の現状だ。
「では、どうやって確認いたしましょうか。まったく無効化できるわけではありませんので、受ければそれなりのダメージがありますが」
それを理解しているからこそ、彼女は泰然としていられるのだ。
「隊長が持って隊長が食らえばいいじゃないですか」
「ミゼットちゃん?! なんで私なの?!」
「隊長不死身ですし、Aランク上位ですし、私がやったら意味ないですし」
「確かにそうだけども! でも私に英雄の攻撃をもろに食らえっていうの?! 痛くないわけじゃないのよ?!」
もう泰然としていなかった。
「ほら見てください、隊長。他の子たちの視線を」
「隊長……凄い人なんだ……!」
「隊長、恰好いいっす……」
「隊長のこと、見直しました」
「隊長のおかげで彼氏ができました」
「隊長が届くのが楽しみです」
「隊長のレビュー、三ツ星半です」
「半分ぐらい酷いこと言ってない?!」
やはり不死鳥でも痛みを感じないわけではないらしい。
ダメージを計測する人形役になるのは、流石に嫌なようだ。
だが他の子たちも同様である。そして、実際にダメージを負うのなら、確かに彼女が最適だった。
「……チラッ」
「是非その性能を見せていただきたい」
「言葉遣いは丁寧ですね……ううぅ……わかりました、優しくしてくださいね」
※
十分後。
そこには将軍たちから攻撃を受けて、すっかりへこんでいるスザクがいた。
将軍からの攻撃に耐性を発揮しなければならないのだから、当然将軍以外の攻撃で確かめるわけにもいかず。
彼女は格上の攻撃を、アイテム有りとアイテム無しの二回ずつ受けることになっていた。
「不死鳥でも、怖いものは怖いのに……まだお嫁さんになってないのに……みんな、酷いわ……」
昏の他のメンバーも、それを見届けていた。
隊長であるスザクは、しっかりと役割を終えたのである。
泣いている彼女へ、拍手を惜しむことはなかった。
実際に格上の攻撃を肌で感じて、肉をちぎられて、骨を吹き飛ばされて、臓腑で味わった彼女。
それを見て、自分たちの身の程を改めて思い知っていた。
「隊長、お見事でした」
「白々しいわ……皆白々しいわ……!」
その一方で、将軍たちは同時に二つのことを確かめていた。
確かにスザクは、Aランク上位モンスターの性質と性能を持っている。
頭を吹き飛ばされても上半身を吹き飛ばされても、燃え上がるように一瞬で再生した。
それはもちろん、普通の人間に備わっていない力だ。
それを彼女は、当然のように持っている。
英雄には力で劣るものの、比類なき不死性を誇る。
それがAランク上位モンスター、最強の種族である。
「どうやら、本当にAランクモンスターのようですね」
「うむ……他の娘たちも同じようにモンスターの特性を持っているのなら、確かに戦力になるだろう。噂に聞く、Aランクのドラゴンたちとも渡り合えるはずだ」
アイテムの性能を確認すると同時に、昏のモンスターの性能も確認できた。
これだけ破壊検査をしたのだから、もう信じるしかない。
「それで……いかがでしたか、アイテムの効果は。私の体で確認できたと思うのですが」
まさか自分がダメージ測定に使われると思っていなかったスザクは、やや恨めし気に尋ねた。
これでもう一回やってくれとか、効果が実感できなかったのでいらないと言われた日には、いよいよ彼女も落ち込んでしまうだろう。
「アイテムを持っていないときと、アイテムを持っている時で、君の体の吹き飛び具合が違った。持っていないときは上半身が吹き飛んでいたのに、持っている時は頭が吹き飛ぶだけだったな……本物のようだ」
「……それは何よりです」
本当にダメージ測定されていた。
視覚的にわかりやすいほど、彼女の体はダメージ測定に向いていたらしい。
「しかし不思議なものだな……威力に関係なく、特定のダメージを軽減させるとは」
大将軍であるチタセーをして、なんとも意味不明な道具である。
物凄く頑丈な鎧を着て、一定以下のダメージが防げる、とかではない。
どんな威力であっても軽減する、というのは理に反している気がしていた。
「ええ、不思議ですね。私もどうなっているのか、さっぱりわかりません」
しかしスザクも説明を放棄している。
何分盗品だと明かしているので、原理が分からないこともまったく問題ではない。
どこでどうやって作ったのか、一切説明しなくていいのだ。開き直っていると、こんなにも強いのである。
「欲を言えば、全兵士に配りたいところだが……」
「そんなにありませんよ。あったとして、買えるんですか?」
「そうだな……詮無きことだった」
便利なアイテムである、優秀な防具であることはわかった。
しかしながら祀をして、そう大量に盗めるものではないらしい。
同時にこれに価値があること、高価であることも認めてしまう。
これをすべての兵士に配るなど、金銭で換算すればえらいことになるだろう。
「それから……いくつか注意事項が」
そして、やはりなんにでも言えることだが。
明記されている性能を発揮できるからと言って、欠点がないわけではないのだ。
「この手のアイテムすべてに言えることですが、複数持つことができません。同じアイテムを複数持つことも、別のアイテムを複数種類持つことも、機能が働かなくなってそれまでです」
身代わりの藁人形という、一定までの呪いを請け負うアイテムが存在する。
先日悪魔たちと戦ったBランクのモンスターたちには、当然それが支給されていた。
だが一定以上の呪いを受けることによって、朽ち果てて機能を停止してしまった。
普通に考えて、一個ではなく十個ぐらい持たせておけば、十倍の時間持ちこたえられただろう。
だがそれをしていなかったのは、そういう事情だった。
もちろん朽ちてから新しく持てば話は別だが、そう都合よくアイテムを管理できるわけもない。
「加えて言えば、アイテムそのものが砕ければそれまでです。絶対に壊れない、というわけではないので」
「当然だな」
「そしてもう一つ……タイカン技についてです」
現状、将軍たちの攻撃を受けることによって、逆に将軍たちの攻撃でも軽減できることはわかっていた。
もうすでに、この時点で有用性は明らかである。しかし絶対的に信頼できるかといえば、流石にその限りではない。
「魔王になった者だけが使える、タイカン技……アレに関しては、有効に働くか保証できません」
「我等以上の力が出せると?」
「デット技を使ってからのアルティメット技、と思っていただければ幸いです。負担も著しいですが、その分凄まじい威力を誇ります。直撃すれば、貴方がたでも耐えられないでしょう」
敵の最大技には耐えられる保証がない、という。
まあそうかもしれないが、それ以外には有効であろう。
だとすれば、有効性は十分であった。
「……解せないことが一つ」
挙手をして質問をしたのは、第七将軍のビゼンであった。
「貴女がたが参戦し、これらのアイテムを我らが使う……それでも余裕の勝利ではなく、ギリギリの勝利というのは納得しかねる」
強大なモンスターの力を持つ昏が参戦し、なおかつ七人の将軍たちがこうしたアイテムで武装する。
これならば、絶対に勝てる、というのも分かる。だがギリギリの勝利、余力のない勝利、というのは納得できない。
まだ何か隠しているのことがあるのではないか、彼がそう思ったのは当然であろう。
「……隠していることなど、ありませんよ」
それに対してスザクは、わざとらしいほどににやりと笑っていた。
「我々の把握していることで、戦況に影響を及ぼすものは、ほぼ伝えてあります。少なくとも、貴方がたが『聞いていない』と怒るようなことなど、一つもないのです」
すべての判断材料は、既に提示されている。
少なくとも昏と西重は、情報を共有し終えていた。
「問題なのは、貴方がたがそれをどう解釈し、どう認識するかです」
「……迂遠だな」
「いえいえ、直球ですよ。貴方がたが、魔王を舐めすぎだと言っている」
その時であった。
試し撃ちのために王都の外に出ていた一行の背筋に、冷たいものがはしった。
いや、彼らだけではない。
この王都にいる、すべての人々が、寒気に襲われていた。
とても単純に、寒さに震えはじめたのだ。
「始まりましたか……魔王の侵攻が」
まだ秋の半ばであり、冬にはまだ遠い。
にもかかわらず、空は雪模様。
ゆっくりと空から、白い粒が降り始めていた。
※
カンヨーの王宮にて。
事実上王宮を仕切っているアッカ公爵が、王宮の管理者たちを集めていた。
「王宮の中にある家財を、全部外に運び出せ」
「は、はあ?!」
「か、家財とおっしゃいますが、どれも高級で、どれも歴史あり、どれも手入れをしっかりしている物なのですよ?!」
「それを外に運び出せ?! 表に出せ?! 一体何のために?!」
王宮の中には、当然豪勢な調度品がたくさんある。
ただの成金趣味とかではなく、由緒ある工房で修業を積んだ職人たちが、精魂を込めて作った品である。
それを外に出せば、確実に痛む。そんなこと、許容できるわけもない。
「王宮の建物、その外にいる連中を、全員中に入れるためだ。このままだと全員凍死するぞ」
当たり前だが、王宮と言っても全部に屋根があり、全部に壁があるわけではない。
通路や庭、あるいは壁と壁の間などがある。
王都からの避難民は、大勢がそこにいる状況だった。
今まではそれでよかったのだが、これからはそうもいかなかった。
「王宮の中にそのまま詰め込んでみろ、入りきらねえだろ」
「それはそうですが!」
「いくら何でも乱暴すぎます、なにか他の手を……」
「じゃあ武器庫のもんを全部表に捨てるのか? それで足りるのか?」
「無茶苦茶だ!」
王宮の管理者たちにとって、調度品は一種の家族である。
精魂込めて普段から手入れをしている、使う芸術品だ。
それを実質捨てるなど、彼らの職業意識が許さない。
「良し分かった、お前ら全員ぶっ殺す。その分スペースもできるしな」
だがアッカを前にすれば、許すも許さないもない。
相手が公爵であり、この王宮を守っている男であるだけに、文句を言えない。
言った場合、殺されるだけだった。
「俺だって別に、必要性もないのに捨てろって言ってるんじゃねえ。それに絵やら宝石やら、かさばらないもんは取っておいていい。そのうえで聞くぞ、民と家具どっちが大事なんだ」
「家具……!」
言っていることはまともである。
少なくとも一貫性はあった。
この圧巻のアッカは、できるだけ民を助けようとしている。
それは戦後になっても、評価に値することだ。
先代の大王も、当代の大王も、アッカの判断を支持するだろう。
だがしかし、現場の人間としては耐えがたい。
狐太郎たち討伐隊は『前線基地もカセイも放棄する』と言われて大賛成したが、誰もがそのように考えるわけではない。
人によっては、先祖代々その仕事を継いでいる者もいるのだ。
それを自分の代で表へ放り捨てるなど、先祖へ顔向けできない。
「何をやっているのですか、ハクチュウ!」
そんなところへ、この宮殿内で唯一アッカへ抗議できるものが現れた。
他でもない、元十二魔将、ラセツニである。
「げ」
「げ、じゃありません、まったく……力で押すところは相変わらずですね」
彼女の登場に、管理者たちは希望を見る。
しかし……。
「とはいえ、指示はもっともです。全員、何をしているのですか、早く民を受け入れる準備をなさい」
「……!」
ラセツニもまた、家具より民であった。
目の前の彼らのこだわりも分かるが、結局家具に変わりはない。
少なくとも戦後に『家具を傷めるのが嫌なので、民を見殺しにしました』と報告すれば、それこそ全員宮殿ごと焼き討ちにされるだろう。
「別に、捨てろと言っているわけではありません。暇な者もいるのですし、可能なら簡易な小屋を作ることもできるでしょう」
「それはそうですが、寒さや湿り気を完全に防げるわけでは……」
「この状況で、民が大人しくすると思いますか? もしも暴れだせば、それこそ家具など壊されて薪にされますよ」
そしてラセツニもまた、現実を見ていた。
この寒さである、民が一斉に暴れても全く不思議ではない。
その場合、アッカは何もしないだろう、暴れて当然である。
「どうしても貴方達の務めをまっとうしたいのなら、可能な範囲で動きなさい。そして時間は刻一刻と過ぎているのですよ」
アッカとラセツニが同じことを言っているのだ。
そして実際、暴動を止める手立ては彼らにはない。
がっくりとうなだれつつ、要求に応じていた。
「外にも中にも、人は大勢います。雪が本格化する前に、さっさと計画を練って作業を始めることですね」
管理者たちは、うなだれつつも慌てて部屋を出ていった。
このままでは確かに、アッカが暴れるまでもなく民に殺される。
そして民たちにしても、『お前達を王宮に入れるから、中の物を運び出す手伝いをしろ』と言われれば協力するだろう。
「……ハクチュウ。この時期に雪というのは、ありえなくはないけども……出来過ぎね」
「ああ、大方旦那の作戦だろうよ。氷の精霊がいるんだ、それぐらいやるさ」
王宮の外では、双方の陣営が戦闘の準備に入っている。
おそらくどちらか一方が圧倒的に優位ということはなく、だからこそ衝突は避けられないだろう。
「……貴方は、どうしますか」
「俺? 俺が何をするってんだ」
戦況を変え得る最強の男は、しかし参戦の意思を示さなかった。
「俺は戦わねえよ。この王宮を、できるだけ守る。それが今の俺の仕事だ」
「……忌々しい、お前に守ってもらうだなんて」
「忌むなよ……今までもそうだろうが」
「直視したくない現実だわ……」
いよいよ、戦いが近づいてきた。




