不器用な自己主張
視点、というものは大事である。
狐太郎や央土の人々からすれば、いきなり四方八方からタコ殴りにされたあげく、西を食い破られ王都を占領され、大王も十二魔将も壊滅してしまった。
なんとか立て直そうとしているが、やはり状況は切迫している。北や東、南へも応援をよこせない状況だった。
気風がまったく違う三つの国を、短期間でまとめ上げたコホジウの手腕。
さぞ見事なのだろうが、央土からすれば『主人公補正』にしか見えない。
しかしながら、西重にしても想定外の計算外であった。
なにせ自軍の総力を注ぎ込んで奇襲を加えたうえ、他の三か国とも協調しているのである。
それでも全軍の半分が壊滅し、さらに全滅したはずの十二魔将もあっさりと再編された。
央土からすれば、狐太郎たち新十二魔将はありあわせの間に合わせだ。だが戦力的に考えれば、先代を越えている。
西重からすれば、裏十二魔将とか真十二魔将とか極十二魔将とか……まあそんな『ご都合主義』の代物だ。
※
現在央土の西側をほぼ占拠している西重。
一時治安が崩壊していたが、央土の王都から兵が戻ってきたことによって、山賊たちや無法者たちも大分収まってきた。
まあ山賊というのは央土の残存兵であり、無法者というのも央土の国民だ。
侵略した側が治安を求める、というのも一種倒錯しているようにも思える。
先住者を追い出した後の土地で、安心で安全な日々を過ごしたい、というのは人間らしいのかもしれない。
しかしながら、西重の民からすれば正当な行為なのだろう。実際にどうだったかは置いておいて、彼らの先祖は央土の土地から追われた、ということになっているのだから。
もちろん、新天地への移住など簡単ではない。
労力を支払ったのだから、いい思いをするのは当たり前。
なにも罪悪感を持たず、新しい生活を満喫していた。
その暮らしを守るのが、西重の政府である。
今彼らは、重大な岐路に立たされていた。
央土と和平を結び、他の三か国へ多額の違約金を払うか。
あるいは央土との戦争を続行し……その勝敗にすべてをゆだねるか。
その選択は、西重の若き大王コホジウと、その重臣たちにゆだねられていた。
そしてその最終的な状況確認のために、央土から戻ってきた使者の話を全員で聞いていた。
「……はい、間違いありません。私もこの目で確認しました、央土がドラゴンや悪魔を従えていることは本当です。他にも、多くの精霊使いをチョーアンに集めています」
情報の裏は取られた。
これで一応、チタセー達に報告ができる。
密偵が見ただけではなく、使者による確認もできたからだ。
だがしかし、これで状況は悪くなった。悪かったことに気付いたのではない、時間経過とともに悪くなっていたのだ。
西重が情報確認や情報伝達で右往左往している間に、失われた戦力を拡充していったのである。
これ以上は戦力を出せない西重を置き去りにして、広大な国内から戦力をかき集めていたのだ。
和睦の話し合いをしている間に、なんと卑怯な。
そう言いたくもなるが、そもそも先に攻め込んだのは西重である。
「王都奪還のための軍は、着々と訓練を進めておりました……」
「そうか……敵の本拠地から、よく戻ってくれた。しばらく休むがいい、お前のような素晴らしい人材を使い潰すことはできない」
「光栄の至り……」
央土から奪った城の中で、会議は開かれていた。
奪った時は晴れがましい気分だったが、今となっては敵の掌中で暮らしているようで、落ち着かなくなってきた。
央土を倒せていれば、話も違ったのだろう。だがなおも超大国として存在している現状では、家主が帰ってくることに怯える空き巣のような心境だ。
「……あえて、聞く。コンコウリよ、ここで和平を結んだとして……三か国から戦費の要求をされると言っていたな。どの程度をお前は想像している?」
コホジウは弱気な姿勢を見せないまま、確認を行う。
この場の面々も無能ではない、大王がコンコウリの意見をそのまま聞くとは思っていない。
だがそれはそれとして、コンコウリの言葉を誰もが待っていた。
大王が質問をしたのは、どちらかといえば、周囲の皆のためであろう。
「まず、南万ですが……我らが央土から奪った領地、その半分をよこせとでも言ってくるでしょうな」
「……半分か」
「大目に見て、です。交渉次第では少なくできるでしょうが、その場合魔境から離れた安全地帯は奪われるでしょうな」
三か国のうち一つだというのに、もうすでに暗い話であった。
とはいえ、ありえないとも、理不尽とも言えない。
このまま和平を結べば、南万は梯子を外されたようなものだ。
多くの戦費を費やして戦争をしたのだから、その対価は求めるだろう。
戦果として奪った土地の半分、というのは妥当である。
「次いで、東威。戦力を求めていましたので、生き残った将軍の内数名をよこせと言うでしょうな」
「……既に七人しかいない状況で、数名か」
「妥当でしょう。とはいえ、相手も乗っ取られることを懸念するでしょうし、多くて三人、現実的には二人でしょうな」
「それでも、痛手には変わりがない」
「ええ。我らが彼らに支払わせた痛手にも、一切変化はありません」
東威は、以前の戦争で痛手を被っている。
それでもなお今回の戦争に乗ってくれたのだ、さぞ無理を重ねているだろう。
それを思えば、英雄二人はむしろ軽いぐらいだ。
「最後に、北笛。ここは、そもそも話し合いにさえ応じないでしょう。央土を攻めているその足で、そのままこちらへ攻め込んで、略奪の限りを尽くして帰るでしょうな」
ありえない、とは言えない。
三つの国を戦争に巻き込んだ結果、三つの国へ賠償を支払うことになる。
とても当たり前で、なにもおかしくない。
「……コンコウリ、それでもお前は和睦を結ぶべきだというのか」
「もちろんです」
悪びれもせずに、コンコウリは答えていた。
「残った戦力。そのすべてを失うよりは、圧倒的にマシです」
断固たるものであった。
暗い未来を見据えたうえで、あえてそこを進むものであった。
そして、言っていることももっともだった。
このまま戦争を再開すれば、ほぼ確実に負ける。
それも戦力の過半、あるいはすべてを失う大敗だ。
その場合、今言ったことなど可愛く見えるようなことになるだろう。
「皆に問う。コンコウリの言うように、多くを失うと知ったうえで和睦を結ぶべきか」
コホジウは、厳しいことを聞いていた。
誰も、返事ができない。
誰もがコホジウよりも年上であり、彼が生まれる前から政治の世界にいた者もいる。
だが、一人も返事ができなかった。
発言には、責任が伴う。
だからこそ、うかつなことが言えない。
責任の重大さを知っているからこその、消極的な沈黙であった。
その意味で言えば、コンコウリもコホジウも、どちらも豪胆だと言えるだろう。
重大な責を背負ったうえで、忌憚のない発言をしているのだから。
「陛下、演出は結構。腹案を出していただきたい」
「……」
「何の案もないのなら、こうももったいぶる意味がないでしょう」
「そうだな、ここはそういう腹の探り合いをするべきではない」
コホジウは己の非を認めた。
そしてこれから口に出すことにも、一定の覚悟を決めていた。
「皆も既に察しているだろう。これから話すことは、到底受け入れがたいことだ」
コホジウの言うように、全員が既に嫌な顔をしている。
コンコウリでさえも、苦虫を嚙み潰したような顔だった。
コホジウだけが、真顔をしていた。
「祀に接触し、援軍の要請をした。散々嫌味を言われるのかとも思ったが、すんなりと助力を請け負ってくれた」
こうして話をしているだけで、祀が西重へどのような態度をとっていたのか、分かるというものであろう。
「Aランクモンスターを十体、Bランクモンスターを三十体、戦力として出してくれるそうだ」
さらりと言っているが、とんでもない話である。
当人たちが亜人であり、狐太郎という前例がいなければ信じられないことだろう。
「だがそれだけではない。Aランクの氷の精霊、およびAランクの悪魔への対抗装備も何とか用意する、と言っていた」
おそらくは、こちらが本義であろう。
氷属性を防ぐ装飾品、あるいは呪いを防ぐアイテム。
それらがあれば、英雄さえ超えるモンスターたちにも勝ち目が生まれるだろう。
「もちろん、頭から信じているわけではない。だが効果が確認できれば、チタセー達へ送るつもりだ。そして……」
「チタセー殿たちへ判断を仰ぐというわけですか」
「そうだ。どうやら奴らの事情も変わったらしい、今言ったもの以外にも多くの物資を供給してくれる。それ次第では、光明も見えるだろう」
この場で適当なことを決めるなどありえない、あくまでも専門家の意見を聞くべきだ。
だがそれはそれとして、提案できるだけの援軍は用意できた。
この腹案、検討に値しない、とは言えまい。
「コンコウリ、お前はどう思う」
「陛下、貴方はこの国の大王です。であれば、決定権は貴方にある」
コホジウの問いに、コンコウリはあっさりと答えた。
しかし、その顔は真顔である。だからこそ、全員が彼の心中を察していた。
「……言いたいことがあるようだな」
「お暇を頂きたく」
短い辞意に、誰もが言葉を失っていた。
内政において若き大王を支えていた男が、この非常時に辞意を示すなど暴挙である。
新しい土地を手に入れ、混乱にあるこの国を、彼は放棄しようとしている。
「大きく出たな」
「大きくなど……私の後任など、いくらでも用意できるはず」
その言葉には、断固たる決意があった。
もはや何を交渉しても、絶対に曲げない。その意思がみなぎっている。
だがしかし、本人の自己申告と違い、彼が抜ける穴はとても大きい。
「お前が私に反対して職を辞すれば、周囲への影響は甚だしいだろう。実務の穴はどうにかなっても、その影響は抑えられん」
「そうですな」
「ならば、なぜ辞する」
「貴方に愛想が尽きたからです、陛下」
直接的で、雑な言い方だった。
発言に責任が伴う場において、取り返しのつかなくなる言葉だった。
だが彼には、覚悟がある。この場で斬り殺されてもいいという、己の命を捨てる覚悟がある。
「……何時からだ」
「今、この場でです」
腹を割って話すという言葉があるが、これはもはやノーガードの殴り合いに近い。
火花が散る幻覚さえ見えるほど、お互いの譲れぬ思いがぶつかっていた。
「私は決して、今回の戦争の責任を貴方に求めているわけではない。むしろ逆です、高く評価しております」
当初の西重は、破竹の勢いで快進撃を続けていた。
央土の西を打ち破り、そのまま中央へと進軍していった。
しかし、肝心の王都とカセイで痛手を被った。
未知の戦力によって、大損害を受けたのだ。
「私たちは神ではない、ありとあらゆることを知るなど不可能です。であれば、今の状況も諦めるしかない」
責任者は責任を負うべきだ。
だがそれはそれとして、最善を尽くしても、絶対の正解を得られるわけではない。
それを求めてしまえば、どれだけ費用や時間があっても足りなくなる。
実務の人間にも限界はある、決して無理などさせられない。
時間をかけすぎて機を逸すれば、それこそ失敗だ。
「我らは想定外の戦力によって、多くの犠牲を払いました。ですがそれでもなお、交渉ができる状態になっている。それは貴方の手腕と言わざるを得ない」
事前に調べることができなかった、隠れた英雄たち。
彼らによって軍は半壊したが、それでも三か国を巻き込んでいることによって、なんとか相手も譲歩してきた。
もしも三か国を巻き込んでいなければ、今の時点ですべての国から袋叩きだっただろう。
「しかし貴方は今、すべてを知ったうえで賭けようとしている。それだけなら問題ではないが、侵略戦争で全賭けなどありえない」
万全の勝利など、そうそう望めるものではない。
よって、賭けに出ざるを得ないこともある。
だが国家のすべてを賭けるなど、正気ではない。ましてや、退く道があるのならなおさらに。
「防衛戦争ならば、それも仕方ないでしょう。ですがこれは侵略戦争です、退けるのなら退くべきです」
「どれだけの犠牲があったとしてもか……!」
「それが戦争でしょう、何を被害者面をしているのですか」
コンコウリに対して、コホジウは退かない。
彼の指摘は、言われるまでもないことだった。
知ったうえで、彼も決断を下したのだ。
だからこそ、許せないこともある。
「全てを賭して勝ったところで何だというのですか、国家経営はギャンブルではない」
「……私がギャンブルに出ていると」
「勝てば借金が帳消しという、程度の低いギャンブルです。勝算がどれだけあるかなど些細なことだ、勝って繁栄しようが負けて没落しようが付き合いきれない」
王都への進撃に関しては、把握している範囲において勝ち目が濃かった。
少なくとも、投入した戦力が全滅するなどありえないことだった。
そして実際、最悪のことが起きてなお、全滅はしていない。十分立て直せる、国家の滅亡などない。
しかし今回負ければ、全滅があり得るのだ。
「これが押しつけだとは分かっています。民意を問えば、或いは周囲の者ならば、貴方の提案に乗るでしょう。ですが私は乗らない、それだけです。国家の命運は貴方が判断すればいい、ですが私の進退は私が決めさせていただく」
チタセー達へ装備を送り、援軍を送り、それで判断を仰ぐとは笑わせる。
それをしてしまえば、退路は完全にふさがれる。彼らは戦うしかなくなる。
「……コンコウリ」
「陛下、私も貴方の気持ちがわからないわけではない。むしろ、貴方よりもよくわかっています。耐えて忍ぶことの、辛さと苦しさを」
コホジウに私情がないとはいえない、しかしその私情は国家全体の私情でもある。であればそれは、もはや民意だ。
ここで諦めれば、どれだけの不満や反発があるのか、想像もしたくない。
だが、そこで耐えるのか、挑むのか。その一点だけが、二人を隔てている。
「陛下……国民の誰もが、勝利の美酒の味を知ってしまった。もはや、知らなかった時には戻れぬのでしょう。ですがそれでも貴方には……負けを収める王になっていただきたかった」
勝つか負けるか。それは相手次第であり、時の運。
ましてや前線に立つわけではない大王が、その戦場へ干渉しきれるわけではない。
であれば、勝っても負けても、勝ち過ぎず負け過ぎぬようにする。それが王の器であると、コンコウリは信じていた。
「国家への愛が消えたわけではない、貴方の賭けが成功することを祈っております」
「……許すと思うか」
「酷なお人だ、私の進退さえ決めようというのか」
結局、相互理解は完璧である。
ただ解釈が、行動が違うだけのことだった。
だがだからこそ、歩み寄る余地がない。
「たとえ飾りであっても、今の位置にいてもらう」
「そうでしょうな、それが最善だ。少なくとも……このまま私を去らせるよりはよい」
コンコウリ自身、そうなるだろうと思っていた。
しかし今の彼には、もう一つ選択肢がある。
(国家に奉仕してきたが……その先が国賊とはな。先だった妻はともかく……息子たちには迷惑をかける。とはいえ、それは今更だな)
ここにきて、彼は笑った。
何かを諦めた、捨て鉢な笑みだった。
それは、彼らしからぬものだった。
もしや服毒自殺でもするのか、と身構えたほどだ。
「コンコウリ、滅多な真似は……」
「陛下、あえて告白いたします」
自決を選ぼうとすれば、力づくで抑える。
自分が傷を負う可能性さえ理解した上で、大王は踏み出そうとしていた。
その彼へ、どこか晴れがましいほどに、コンコウリは自白した。
「私は現在、央土国と密通しております」
聞き逃したくなるような、聞かなかったふりをしたくなるような、最悪の自白だった。
だが他でもない大王コホジウは、それを聞かなかったことにできなかった。
「……平時ならまだしも、この戦時中にそれを口にするとはな。一族郎党、皆殺しにされても文句は言えんぞ」
「覚悟の上です」
「お前の子供や、孫にも及ぶぞ」
「事実ですので、仕方のないことかと」
淡々としている、を通り越して、飄々としてさえいた。
だがだからこそ、危うさがあった。
「……そこまでして、お前は私から離れたいのか」
「既に何十万も死んでおります。今更私やその親族が全員死んだところで、誤差のようなものでしょう」
ここまで言われれば、政治の席を残すことさえできない。
彼の決意の固さに、大王も、他の者も諦めざるを得なかった。
「最後に、言い残すことはあるか」
「……陛下。ご決断されたこと、それ自体は素晴らしく思います」
場合によっては、この場で斬り殺されることもあり得る。
そのうえで彼は、最後に忠告を与えた。
「貴方の決断に、感謝する者もいるでしょう。むしろ、私の考えに従うよりも、よほど多いかもしれません。ですがそれでも、全員から合意を得るなどできません」
つまりは、咎めなかった。
コンコウリはあくまでも、大王を慰めていた。
自分の提案に乗らなかったことを、愚かとは言わなかった。
コンコウリの提案に乗っていれば、また別の者が同じようなことをしたかもしれない。
追い詰められた状態での決断とは、そうした犠牲をはらむものだと教えていた。
「……コンコウリは乱心している、自宅に軟禁しろ。一族の者には、接触だけを禁じろ」
そして大王は、彼を殺せなかった。
それが甘さだとは、誰も言えなかった。
それほどに、彼は国家へ忠を尽くしていたのだ。
※
自宅に軟禁。
それは門の外に兵がたち、さらに扉の前にも兵が配置され、中にいる給仕たちにも様々な制約が施される状態であった。
もちろん、コンコウリ本人が外出することは許されない。もちろん、家族でさえも中に入ること、手紙を送ることは禁じられていた。
それでも敵国と通じていると告白したのだから、穏当と言っていいだろう。
央土から奪った豪華な屋敷の中で、彼はある程度自由に振舞うことができていた。
そして重責から解放された彼は、自室に飾ってある一枚の絵を見ていた。
(……これが間に合ったこと、それだけは幸運だな)
その顔は、少しばかり嬉しそうだった。
酒を飲むことぐらいは許されているが、彼は水も飲まなかった。
もちろんハンガーストライキなどする気はない、ただ自室で待っているだけだった。
「さて……いるのかな」
「ええ、もちろん」
声は聞こえども、姿はない。
しかしこの状況で、話しかけてくる客など一人しかいない。
「もう姿を見せる気もないか」
「万が一に備えてのことです……無茶をなさいましたね」
「やはり見ていたか」
コンコウリは、椅子に腰を下ろした。
小さな声で何処かにいる獅子子へ話しかけつつ、その眼はやはり一枚の絵を見ていた。
「笑ってしまうだろう、追いつめられた小国などあんなものだ」
「……いえ、我が国も同じようなものです」
「お世辞でも嬉しいよ」
(悪魔が大笑いするぐらい酷いって、信じてもらえるかしら……)
明らかに、気が抜けている話し方だった。
あるいは本当に、僅かに乱心しているのかもしれない。
「全て放り出す、というのは気分がいいものだ。これでは陛下を咎められん。それで、私を殺すかね?」
「まさか……私は密使ですので」
「ああ、そうだったな……では、現状をそのまま伝えてくれ。さぞ笑ってくれるだろう」
戦争は、避けられない。
どちらも戦う準備を本格化させ、衝突に備えていた。
「……私は少し疲れたので、しばらく休むと言ってくれ」
「承りました……」
彼の捨て身の行動は、そのまま彼の戦後へ影響する。
彼は多くの命を危険にさらして、一つの可能性に賭けていた。
賭けに負けることを願いながら、最悪に備えたのだ。
「……ところでその絵は、以前ありませんでしたね」
コンコウリが見ている一枚の絵。
まだ乾ききっていないのか、絵の具の匂いを部屋の中に漂わせていた。
だからこそ、獅子子は嫌でも気づく。
その一枚の絵が、以前にはなかったと。
「ああ……取るに足らん、画家の卵の習作だよ」
一枚の静物画にはワインのボトルと、二つのワイングラスが描かれていた。
本当に、ただそれだけの、練習のための画だった。
「……何か意味があるのですか?」
「何、何でもないさ」




