勘違い系主人公
四冠の狐太郎。
Aランクハンターにして斉天十二魔将首席、征夷大将軍にして次期大王。
普通に考えれば『次期大王の箔付けだろ?』と思うであろうし、そっちの方が筋が通っている。
むしろそっちなら『うちの国も腐ってきたなあ』と悲観する程度なのだが、実際にはもっとひどい。
なにせ、国家が滅亡しかけているので、主要な人物が大分死んで、繰り上がりに繰り上がってこうなったのだ。
腐ってるとか歪んでるとかじゃなくて、あとちょっとで終わる勢いである。
カセイから避難した貴族や、チョーアンに元々いた貴族たちの中には、狐太郎がこれだけ偉いことに不満を持っているものも多い。
必要性は理解しているが、納得できないのだ。形式上、あの貧弱な亜人へ臣下としての礼を取らないといけないのである。
これに不満を持つな、という方が無理だろう。
しかもこのままだと、大王である。
普通に考えて嫌だろう。いくら戦時中とはいえ、出世し過ぎである。
今はジューガーが政権を担っているが、順当に行くと狐太郎が政権を担うのである。
これを好意的に思う貴族の方が、正直どうかしている。
「まったく、けったいなことになったものですな」
「違いない……ここまでくると、狐太郎とやらも哀れだ。大王様も酷なことをなさる」
元々チョーアンにいた貴族たちは、そろって歓談をしていた。
戦時中ではあるが、ちょっとした会食を開くことぐらいは許されている。
禁止してもいいのだが、ただ反発を招くだけである。
そして彼ら自身も、そこまで派手なことはしなかった。
精々十人程度で集まって、軽食と度の低いワインを並べて、ただ話をするだけの地味なものである。
楽士や踊り子を呼ぶことはなく、本当に静かな話をしているだけだった。
「四つも役職を押し付けられ、それをまっとうするために悪魔の巣窟にまで押し込まれるとは……」
「あそこは数多の大悪魔が治める魔境……シュバルツバルトとはまた別の意味で、恐るべき場所だ。如何に悪魔の王を従えているとはいえ、容易に帰ってこれる場所ではない」
「その上帰ってきたとしても、悪魔使いとして忌み嫌われ……行き着く先は釜茹でか服毒か……哀れなものだ」
悲しいことに、狐太郎のことを可哀想に思っていた。
全員がそろって、哀れんでいた。しかも全部狐太郎の想定していたことである。
「あのような亜人に頭を下げるのは正直腹立たしいが……妬む気にもなれん」
「うむ、策を弄するまでもなく、放っておけば自滅するからな」
「我らが余計なことをするまでもない。醜聞を流すまでもなく、民衆は奴を恐れ、火あぶりにしろと騒ぐだろう」
「如何に大王様と言えども、庇いきれるわけもない……もちろん我らが守るわけもないしな」
狐太郎の努力は、報われない努力である。
誰が陥れるとかではなく、彼が亜人で悪魔使いだという事実が彼自身を陥れる。
それは闇の力に手を染めた者として、当然のことであろう。
「それまでの間、精々崇めてやろう。どうせ墓も作られずに捨てられるのだ、今ぐらいは気分よく働かせてやろうではないか」
そこに、悪意はない。ただの諦念と、哀れみがあるだけ。
未来を予測した賢者たちが、過酷な道を進むものを傍観しているだけの会合である。
そう思っていた、その時である。
「な、なんだ?!」
「せ、背筋が……まさか、西重が?!」
彼らは血相を変えていた。
ここが安全地帯だと思っていたから、くつろげたのである。
自ら恐怖を感じれば、平静を保てない。
彼らは慌てて表へ向かう。そして、空を仰いだ。
そこには……。
※
西重の使者と、央土の外交官は、チョーアンの内部で和平会議をしていた。
剣を用いることのない舌戦は、当然ながら茶番である。
彼らは真剣にお互いの主張をぶつけているが、自分達の要求が通るとは思っていない。
「何度も言うが……我らの要求は王都からの全面撤退と、西重に占領された地で奴隷となっている国民の解放だ。それさえ呑めば、お前たちが今占領している土地ぐらいはくれてやる。寛大な提案だと思うがな」
央土国の外交官が言っていることは、とてもまっとうである。
むしろ、今占領している土地を明け渡すという意味では、とても後ろ向きですらあった。
だがしかし、これをそのまま呑むことは、西重には不可能だった。
「おやおや……我らが既に手に入れたものを、『くれてやる』とは笑わせる。それに王都を返してほしいだと? 何の血も流さずにか? あつかましい」
西重の外交官も強気だった。
しかし彼は、私心によって強気なのではない。
大王であるコホジウや、重臣であるコンコウリからの指示に従っているだけだった。
「王都も国民も、返してほしいのなら対価ぐらい払ったらどうだ。いったいどれだけ高値になるのか、分かったものではないがな」
外交官も、一人のコマでしかない。
彼は国家の代表であり、代理人。その一挙一動が、国家の主張である。
だからこそ、一歩も引く気はない。
「ははは。なるほど……お前達が巻き込んだ三か国に、戦争へ参加させた対価を払う当てがないのだな? 小国が背伸びをするからこうなるのだ」
しかしそれは、央土の代表も同じこと。
彼は全力で煽り、失言を引き出そうとする。
「儚い期待は捨てたらどうだ? お前達がどれだけ『貨幣』を払っても、三か国は受け取るまい。特に北笛は、大喜びでお前達を襲うだろうな」
世の中の悪口合戦で良くあることだが、言われるだろうと思っていても、図星を突かれるのは辛いものだ。
それが深刻な問題であればこそ、相手の愛国心を激しく刺激する。
「今我等と交渉が決裂して、困るのは其方だろう? さっさと両手を上げて、全面撤退したらどうだ」
「……!」
しかし、外交官、使者とはこの手のことの専門家である。
多少煽られたぐらいでは、破裂することなどありえない。
「なるほど……北笛は特に優勢のようだな。そうでなければ、北笛に我らを襲う余力などないからな」
「!」
「北の前線が押され気味で辛いか? 救援を向かわせたいか? だから我等との和平を急いでいるのか? その手には乗らん」
むしろ、煽り返す。それぐらいの胆力がなければ、敵地に乗り込む使者は務まらない。
「……そうだな、確かに辛い。だが前線が維持できていることも事実だ」
「苦し紛れだな」
「苦しいのは我等だけではない、奴らも苦しんでいる。果たして息切れするのはどちらが先か……」
舌と舌、脳と脳、言葉と言葉、我慢と我慢、悪口と悪口。
熾烈な争いは、火花を散らしていた。
「案外、せっつかれているのではないか? 何時になったら援軍に来るのだ、話が違う、急げ、とな」
「……」
「内心では『もう無理』と謝りたいのではないか。だから我等との交渉に臨んでいる」
平時ならともかく戦時では、戦況の推移がそのまま外交圧力になる。
そこに外交官の腕前は、ほとんど関係がない。
戦況が五分ならば、当然舌戦も五分だ。
彼らの戦いは、一進一退の削り合いである。
それは、内心でも同じことだった。
(大王様のおっしゃったとおりだな……奴らはこの地で偵察をしようとしている。つまり、こちらの戦力を測りかねているのだ……)
央土の外交官は、内心ほくそえんでいた。
戦時中に、敵国の使者が暫定首都に来る。この世界において、中々ないことである。
ましてや向こうの方からそれを言い出すなど、何か事情がなければありえないことだった。
その理由を、大王は読んでいた。
新しい十二魔将や将軍たちの、その戦力を測り切れていない。
斥候だけではなく、使者にも確認をさせるためだ。
(精々度肝を抜くがいい、そろそろ四冠殿が戻ってくる……あのクラウドラインの雄姿を見れば、肝をつぶすに違いない)
この使者が甲斐もない交渉を続けているのは、しばらく王都を留守にしているクラウドラインを確かめるため。
それを理解している外交官は、この豪胆を気取っている使者がひっくり返るシーンを心待ちにしていた。
(……本当にクラウドラインなんているのか?)
なお、使者の心中は懐疑的であった。怒った顔で話をしているのに、内心では怒ってなどいないのである。
まずそもそも、Aランクのドラゴンが人間に従っている、という時点で疑っていた。
これは西重の首脳たちも同じことなので、彼だけが異端というわけではない。
もしも自分の目で見れば話は違うのだが、現時点では欺瞞情報だと思っていた。
(この地へ送り込んだ密偵とはもう接触したが……首席とともに旅立ったと言っているし……ごまかしているとは言えなくもない……いや、嘘をついているとは思っていないが……)
コホジウもコンコウリも、嘘をつくのならもっとましな嘘をつくだろうと思っていた。
ましてや密偵たちが『自分の目で見ました!』と自分に言うわけがない。
(本人たちに確認したのだから、手紙のすり替えも起きていなかった……つまり少なくとも、密偵たちはクラウドラインを見たということだ。あるいは、見たと思っているのだ……)
彼が今疑っているのは、幻覚か催眠術の類だった。
もちろんそれを言い出したら何でもありになってしまうのだが、その方がまだ可能性が高かった。
クラウドラインが人に従っているというのは、それぐらい眉唾なのである。
最初から疑ってかかるぐらいが、ちょうどいいのだろう。
そういう人間だからこそ、確認する係に選ばれたのだ。
(クラウドラインを目にするまでは、この地を離れられん)
(クラウドラインを見れば、怯えて逃げ出すだろうな……!)
片や、疑念と決意。
片や、嘲りと確信。
双方は怒ったふりをしながら、会議を続けていく。
そして……。
同時に、背筋が凍った。
※
さて、トウエンの子供と、チョーアンの子供たちである。
彼らは数日が経過して、なんとか打ち解けなおしていた。
なお、親たちは『絶対に失礼なことしないでね!』と本気で危ぶんでいる。
一般市民からすれば四冠も第三将軍も、大差のない雲の上のお人だ。
怒らせれば首が危ないのだから、区別する意味がない。
「なあなあ……将軍様のところにいるって、なんで言わなかったんだ?」
「そうだよ、水臭いだろ!」
「水臭いっていうか、すげえびっくりしたよ! 俺なんて親父やおふくろにぶん殴られたんだぞ!」
第三将軍が預かっている子供が、「俺四冠の知り合いなんだぜ」と詐称したのだ。
子供たちからしても、なぜそこで嘘にするのかわからない。
「ん……リゥイ兄ちゃんが将軍になったのって、ちょっと前なんだよ。カセイにいたときは、ずっとBランクハンターだったんだ」
「それはそれで凄いけどな……」
「そうなのか? Aランクじゃないのに?」
「当たり前だろ、Bランクだぞ? Aじゃないけど、とっても凄いんだ!」
「将軍とどっちが凄いんだ?」
「それは……流石に将軍だと思うけど……」
子供たちは細かいことを知らないので、「なんか凄い」とか「どっちが凄い」でしか判断していない。
ふわふわとしたまま、話が行ったり来たりしている。
「っていうかさ、父ちゃんが言ってたけど、四冠様と新しい将軍様ってお知り合いなんだろ?」
「そうそう、俺もそういわれた。じゃあ知り合いだろ、嘘じゃないだろ」
「いや、それが……会ったこともないんだ」
リゥイに絞られたので、素直に白状する。
これが先日までなら、『そうだぜ、嘘じゃないぜ』と言っているところだ。
まあ狐太郎からすれば、同僚の親戚ぐらいなものなので、知り合いでもなんでもない。
やはり彼の言葉は、嘘以外のなにものでもない。
「リゥイ兄ちゃんやグァン兄ちゃん、ヂャン兄ちゃんはよく会ってるらしいけど、あんまりお話を聞いたことがないし……」
将軍とか副将軍とか将軍補佐を、兄ちゃんと呼ぶ少年。
一般的な感性からすれば、十分雲の上の住人である。
そしてそこまで行っているのなら、なんで会っていないんだろう、とさえ思ってしまう。
「いや、会っておけよ……せっかく会えるんだからさ」
「そうだよ、もったいない」
それは大会社に親が勤めていたら、その会社の社長に会える、みたいな話である。
不可能ではないが、相当無茶な話だった。
「本当に一回も会ったことないのか?」
「ん~~……遠くから見たことはあるよ」
それは、その少年に限ったことではない。
カセイの住人ならば、一度は狐太郎を見ている。
あの忌まわしき日、西重軍の侵攻を受けた日。
森を封じていた討伐隊がそれを破り、凱旋したときのことである。
あのパレードで主役だった狐太郎を、彼も一応は見ていたのだ。
「すげ~大きい猫みたいなやつに乗って、偉そうにしてた」
「へ~~……偉そう? 偉いじゃなくて?」
「うん、全然強そうに見えなくて、怖そうにも見えなかった」
子供とは、残酷である。
事実を事実のまま、所感を所感のまま伝えてしまうのだ。
「俺でも殴ったら倒せそうだった」
「そんなに弱いのか?」
「そんなに弱くても、偉くなれるんだ!」
「じゃあ俺が殴っちまおうかな!」
子供は、大はしゃぎするものである。
そして、その時が来た。
※
チョーアンの最奥にて、大王とダッキは話をしていた。
というよりも、大王に対してダッキが抗議をしているのだが。
「大王陛下! やはり、私も空論城へ向かうべきではないでしょうか! 妻として!」
「……お前は絶対にダメだ」
悪魔と一番相性が悪そうな、失言をべらべら口にする王女。
多少責任感が芽生えたとはいえ、思ったことを言ってしまうことに変わりはなく、やはり空論城へ向かわせることはできない。
「それにだ……キンカクたちも、今は忙しい。お前の護衛に割く人材はいない」
「それはそうですけど……それなら最初からご一緒したかったです」
「悪魔相手に、王族の威光など通じん。悪魔のことは、専門家に任せるのが一番だ」
ズミインもダイも、どちらも多くの悪魔を討伐した実績を持っている。
交渉に向く人材ではないのは事実だが、それでも『失言をしない』という意味では適正だ。
悪魔相手に怯えることもなく、言質を取られて利用されることもない。
今回の狐太郎の護衛には、うってつけであろう。
そういう意味では、ブゥも心得たものだろう。
少なくとも、他よりはましだし、何よりも英雄だ。
彼と魔王が一緒なら、最悪のことは避けられる。
「……陛下は、その恐ろしい地でも、狐太郎様がお仲間を得られると思っていらっしゃるのですか?」
「そうだな……その通りだ。正直、期待しているよ。そうでなければ、彼をあそこへ向かわせはしない」
十二魔将の席を選ぶ権利、という大きなチップを持たせたことも、必要であると同時に期待してのことだ。
彼は魔王を従えている、優れた魔物使いである。彼ならば或いは、大悪魔たちを口説くことも可能だろう。
「流石にすべての悪魔を従えるのは無理だろう。だが一時の協力を取り付けたり、一部の大悪魔と契約を結ぶことならできるはずだ」
「でも……もしかしたら逆に僕にされてしまうかもしれないのでしょう?」
「そうならないように、言質に気を使うのだ。彼らならば、それもできるだろう」
本人が思っているほど、狐太郎は無能ではない。
もしもそうなら、一灯隊の面々や、他の隊員たちが長と認めるわけがない。
彼自身の頑張りは、周囲にも伝わる。
そして一生懸命頑張っているものは、悪魔も応援するものだ。
「それに、これだけの大戦争だ。お祭り好きの悪魔なら、首を突っ込みたくはなるだろう。その意味でも、無謀ではないと思っているよ」
「そううまくいくかしら……心配ですわ。やはり妻として、内助の功を……」
「お前が行くと足を引っ張ると言っているのだがな……」
その時である。
最高権力者である彼らの背に、冷たいものが走った。
「こ、この感覚は……!」
彼は慌てて、外へ向かう。
この街の人々の多くがそうするように、突き動かされるように、空を仰ぎ見た。
「おお……」
「ああ……」
巨大な竜が膨大な暗雲と共に、低空でこちらへ接近してきている。
だがそれだけではない、遠くからでは点にしか見えない小さな何かが、大量に編隊を組んでいる。
それが悪魔であると、専門外の人々にさえわかった。
※
狐太郎たちを乗せたウズモが、いよいよチョーアンにつくという時であった。
それまで普通に飛んでいた悪魔たちは、一斉に闇のオーラを吹き上がらせたのである。
「うわ、なに?! いきなりどうしたの?!」
「もしかして、敵襲かしら」
「違うだろう、雲の精霊たちはおとなしい。おそらく、単に示威をしているだけだ」
いつもと同じように、コゴエの周囲には大量の精霊が群がっている。
今回は特に雲の精霊が多く、その密度の高さから暗雲になっていた。
しかしその精霊たちは、特に騒いでいない。
敵が接近しているわけではないのだから、単なる示威行為であろう。
「……おいおい、チョーアンは味方だぞ。味方に示威をしてどうする、直ぐに治めさせろ」
「まあまあいいじゃないの、ご主人様。こうやってわかりやすく力を示したほうが、箔が付くじゃない」
「箔が付き過ぎて、メッキの重ね塗りになってるんだが……」
もちろん狐太郎は、止めさせようとした。
しかしながら、上機嫌のササゲは止める気が無いようである。
「だってほら、これだけ悪魔がいるのに、Bランクばっかりでしょう? ブゥと一体化して戴冠しないと、ウズモにインパクト負けしちゃうじゃない」
「それは、まあ……そうかもなあ」
今更だが、ウズモはAランク中位である。今回招集した悪魔たち全部と戦っても、まず負けることはないだろう。
そんなウズモと一緒に帰ってきたら、確かに彼らが目立たない。戦力を確保したのだと知らしめなければ、周囲も安心を得られないだろう。
散々危ない目にあったけど、ウズモ以下ですよ、では彼らもいまいち成果を実感できまい。
「そうはいうけども、ガイセイやホワイト君が困ってるかもしれないだろ。今頃『悪魔に操られているんだ、撃ち落とせ!』とか言われているかもしれないし」
悪魔の巣窟へ向かったのだ、悪魔に操られて帰ってきたと勘違いしても不思議ではない。
膨大な悪魔が一緒なら、なおのことだ。
ましてやこれだけ膨大な闇のオーラを放てば、攻撃をされても文句は言えない。
「じゃあ教えてあげればいいんじゃないの? ウズモに言わせるとかさ」
「……またコイツの宣伝をさせるのか?」
連日『俺はすげえんだぞ』と言いふらしていたウズモである。
しばらくは看過していた狐太郎やアカネも、流石に恥ずかしくなってきたので、そろそろ止めようと思っていたのだ。
頭上から大声で叫びまわっているので、騒音が酷いのである。
「ねね、いいでしょう、ご主人様! 私たちを従えた凄いご主人様を、みんなに教えたいのよ!」
「その愛情表現、歪んでるぞ」
「悪魔だもの!」
「……まあ、命がけで戦ってもらうわけだしな」
悪魔の価値観から言えば、狐太郎の働きは生涯の忠誠を誓うに充分であった。
だが狐太郎の価値観から言えば、『これだけしてやれば一生俺に従うだろう』という程ではない。
余り無茶なことをさせる気はないが、戦場に立たせること自体がヤバいわけで。
「……ウズモ、俺が帰ってきたと言ってくれ。もちろん俺が悪魔を従えたこともな。それから、サカモのことも呼んでくれ。流石にお前に乗ったまま、チョーアンに入れないからな」
『承知しました』
狐太郎は、なんとか事務的に問題を解決しようとしていた。
それに対して、悪魔使い三人やノベルは、特に文句をつけていない。
彼らにとっても、この状況は大したものではなかったからだ。
だがしかし、侯爵家四人にはとんでもないことだった。
「あ、あの! 狐太郎様!」
声を張り上げて、ロバーが叫んだ。
その顔は、すっかり青ざめている。
「ん……ど、どうしたんだ?! 凄い顔だぞ!?」
振り向いて確認した狐太郎は、凄く驚いていた。
ロバーだけではなく、他の三人も死人のような顔色である。
「こ、この悪魔のオーラにあてられてしまいまして……狐太郎様は、ご無事ですか?」
「ああ、この服のおかげでな。攻撃的じゃないから、防げてるみたいだ」
狐太郎の着ている服は、環境の変化などにとても強い。
周囲の闇のオーラにも、ほぼ適応できているようだった。
そうでもなければ、魔王になったササゲの傍に居るなど不可能だろうが。
「ば、バリアを張ってもいいですか? 我等自身を守るバリアを……」
「ああ、もちろんだ。俺のことはいいから、自分の身を守ってくれ」
さて、この時狐太郎は、少し勘違いをしていた。
(闇のオーラを出している悪魔に囲まれたら、そりゃあ気分が悪くなるよな)
直近で包囲されているからそうなったのだ、と思っていたのだ。
悪魔たちは数こそ多いがBランクなので、そこまで気にしていなかったのである。
それが、この後の混乱に直結していた。
悪魔のオーラを舐めすぎたのである。
※
『四冠の狐太郎様のご帰還である! 人間ども、畏れ敬い、出迎えるがいい!』
膨大な暗雲と闇のオーラに包まれたクラウドラインが、仰々しく叫んでいた。
Aランクのドラゴンの叫びである、それはもう威圧的であった。
『千さえ超える空論城の悪魔、そのすべてを従えての凱旋である! 無礼や失礼は許さぬぞ!』
彼の叫びに同調して、暗雲の中で雷が響いた。
凝縮した暗雲の中で、溢れて弾ける雷たち。
それにも負けぬ怒声が、チョーアンに届いていた。
『サカモ、サカモはいるか! 鬼の王より命が下ったぞ! 狐太郎様を背に乗せ、チョーアンへとお送りするのだ!』
そしてそのクラウドラインが、避難民たちのいる仮設住宅の端で、頭を下ろした。
そこへ向かって、Aランクのモンスターが走っていく。
しばらくしたのち、クラウドラインは頭をあげ、暗雲と共にチョーアンの上空へ上昇していき、そのまま旋回を始めた。
そして、暗雲の立ち込めるチョーアンに向けて、狐太郎たちが凱旋する。
Aランクの雷獣、鵺に乗った狐太郎。
彼の周囲には、やはり魔王たちが控えている。
そしてその後ろには、膨大な異形の群れが従っていた。
異形、異形、異形。
通常のモンスターがまともに見える、生物離れした姿の悪魔たち。
それらが軍勢のように、整然として続いていた。
仮設住宅の中にある『大通り』の中を、狐太郎は悠然と進んでいく。
多くの悪魔を引き連れて進む彼をみて、人々は一様にひれ伏していた。
(やっぱり征夷大将軍は偉いんだなあ……鵺も怖いしなあ……悪魔もいっぱいだしなあ……)
狐太郎は達観したまま、ただ前を見ている。
その姿を見て、やはり人々は恐れて敬うのだった。
そうして長い大通りを進むと、やはりチョーアンの門へとたどり着く。
その門は普段と変わらず、戦時中の厳戒態勢であった。
『四冠の狐太郎様のご帰還であるぞ! 門を開けよ!』
これだけ大量の悪魔を通していいものか、困惑している門番たちだったが、サカモの叫びに慌てて門を開ける。
サカモが通れるほどの大きな門が、大急ぎで開かれていた。
そして城門をくぐって、狐太郎は更に奥へと進む。
「あ、あれが四冠……!」
「ひぇえええええ!」
その姿を、遠くから子供たちも見ていた。
その子供たちならずとも、狐太郎の乗っている鵺と、その背後に続く悪魔たちを見れば、ただ怯えて震えるばかりである。
(街の皆もすげえびくびくしている……やっぱり次期大王は偉いんだなあ……次期大王がいきなり街に現れたら怖いもんな……)
膨大な闇のオーラは、悪魔たちが発揮したものである。
もちろん狐太郎が出しているわけではないが、それこそ虎の威を借りる狐であり、悪魔の威を借る狐太郎であった。
遠くから見れば、狐太郎が膨大な闇を背負っているようにしか見えない。
そしてそんな彼が、チョーアンの奥へ進むことがやはり恐ろしい。
空を見れば、暗雲と竜が。まさに魔王の軍勢が街を占領したようである。
「あ、ああ……あんなに、たくさんの悪魔が……」
「あ、あの男……一体どうやって、あれだけの悪魔を……!」
狐太郎のことを哀れんでいた貴族たちも、血相を変えていた。
千を超える悪魔たちの、膨大な闇に怯えていたのである。
「ひ、ひいいいいい!」
「ぎゃああああああ!」
その悪魔たちの接近を悟って、西重の使者と央土の外交官はそろって逃げ出していた。
もちろん、そんなことに狐太郎は気づかない。
悪魔たちは怯えている民衆を察してご満悦だが、整然とした行進を崩すことはなかった。
そして……。
狐太郎はチョーアンの宮殿、その庭にたどり着いていた。
庭には大王であるジューガーと、その姪であるダッキがいた。
狐太郎は鵺から降ろしてもらうと、膝をついて二人へ礼をする。
それに合わせて、四体の魔王とサカモ。侯爵家の四人と、十二魔将の四人、膨大な悪魔たちも礼をしていた。
異形の悪魔が、異形のまま敬意を示していたのだ。
「大王陛下、王女殿下……四冠の狐太郎、戻りました。空論城の悪魔、すべて配下に収めて御覧に入れました。これより彼らは我が兵となり、死をも恐れず勇敢に戦うでしょう。そして……」
狐太郎が合図をすると、ノベルが前に出た。
狐太郎のすぐ後ろにつき、再度礼をとる。
「これなるは、十二魔将の末席……大地の精霊使い、ノベルでございます」
「紹介に与りました、ノベルと申します。悪魔の下で飼われていた身でありますが、これよりは狐太郎様の……大王陛下の兵となりましょう。どうか、ごひいきに」
その性能を示すように、彼女はその全身を黄金へと変化させた。
誰が見ても分かるほど、異常で異質な能力。それを目の当たりにした大王は……。
「……想定をはるかに超える成果だ。流石、四冠の狐太郎だ」
「恐縮です」
とりあえず、素直な所感を口にしていた。
(狐太郎君、想定を超え過ぎだ……!)
(よかった~~これで一安心だな)
二人とも、素直だった。




