正しい選択
ノベルの身長は2mを越えるが、決して肥満体ではない。
むしろモデルのような、脂肪の少ない体である。
その彼女が、重い。如何に弱体化しているとはいえ、Bランク上位モンスターを原型とする昏たちが、動かせないなど異常である。
これが何かへ固定されているのなら、まだ話は分かる。だが違う、本当にただ重いだけだった。
「んん!」
「んん!」
アンガーオクトパス、あるいはドラミングゴリラ。
共に強化を得意とする原種の特徴を持つ彼女たちは、この理不尽に困惑していた。
ノベルは立っているだけで、抵抗などしていない。
ただ重いというだけで、ここまで動かないなどありえるだろうか。
「……私の名前はノベル。先ほどそう名付けていただきました」
その彼女は顔色を変えずに、淡々と話す。
そこには何の熱もないようだった。
そして、実際に二体のモンスターも気付いた。
彼女の体が重いだけではなく、冷たいということを。
「お、お前……そもそも人間じゃないのか?!」
「ほ、他の世界のモンスターか……!」
人間ではない、というより有機物でできていない。
彼女の体が、他の物質によって構成されていると、彼女達は見抜いていた。
しかし、結論は見当違いである。
「安易な。なんでもかんでも、そうやって『未知』だと決めつけるのは、かえって経験不足の現れでしょう」
ノベルは明らかに、嘲っていた。
見当違いな結論を推理で導き出した、小娘二体を笑っている。
「くそ……この!」
アンガーオクトパスは、その劣化した力で大地を揺らした。
それは固定されているわけではないノベルの、ドラミングゴリラの戦士に乗っている彼女の重心を崩すのには十分だった。
「ほう」
「だああああ!」
アンガーオクトパス、或いはそもそも蛸。
この種族は八本の足を、獲物を捕えることにも使うが、当然移動にも使用する。
柔らかい体を大きく変形させながら、八つの足で一気に加速する。
その特徴を用いる突撃は、全身での体当たり。
射程距離こそ短いが、その威力は絶大である。
それを受けたノベルは、大きく吹き飛んで転がっていた。
「うう……た、助かったよ、ありがとう……?!」
「大丈夫だ、気にしないで……すぐ治る」
踏まれたままだったドラミングゴリラの戦士は、起き上がって礼を言う。
しかし礼を言われた方は、それどころではなかった。
アンガーオクトパスが再生を前提としている柔らかい体の持ち主とはいえ、自分で突撃したにも関わらず、甚大なダメージを負っていた。
「しかし……クソ、こいつやっぱり人間じゃない……! エフェクト技を使った形跡はなかった……それに、マジックアイテムの類も使っていない……!」
「そうだな。でも……とっかかりは掴めたぜ」
対するノベルは、平然と起き上がってきた。
その体には返り血がこびりついているが、なんのダメージも負っていない。
「どういうこと?」
「コイツ……軽くなった!」
起き上がる彼女だが、それによって地面がへこむということはない。
今の彼女は、少なくとも先ほどよりは軽くなっている。
「お前の攻撃が当たる直前、軽くなりやがった……つまりこいつは……」
「見た目にはわからないけど、変身しているってこと?」
「そうだ、重くなったり硬くなったりな!」
常に硬く、常に重いのなら、それはそれでどうにもならないだろう。
だが変身するということは、常に最大値を保てないということだ。
「ボトムゴールド」
そんな二体を無視して、ノベルは語りかけた。
「……は?」
「ボトム、なんだって?」
「ボトムゴールド、という物質を知っていますか?」
ボトムゴールド、二体はまったく知らない物質である。
そしてそれを聞かされても、ただ困るだけだった。
「貴金属の代表である、金。それは王水のような例外を除き、酸などの劣化に強い性質を持っている。加えて比較的柔らかく、加工も比較的容易。糸のように細くすることさえできる。それによって、細やかな金細工が多くつくられている」
「……」
二体とも、困っていた。
何故ゴールドについて話し始めたのか、まったくわからない。
「あまり知られていませんが、電気、雷を極めて通しやすい性質も持ちます。またとても単純に重い、同じ大きさの水の二十倍だとか」
「だ、だからなんだ!」
「その金の中でも、特に重い金。深海の海底にごく微量だけ沈んでおり、その海底を浚う砂食いクジラの死体から、稀に見つかる最も重い金属。それがボトムゴールドです」
直後、彼女の体が金色に輝きだした。
そして彼女の体が、地面へ沈み始める。
まるで柔らかい砂浜に、鉄の杭を置いたように、両足が埋没し始めている。
「今の私は、全身がそれ。純度百パーセントのボトムゴールド……ふふふ、果たして一体どれだけ重いのか、わかりますか?」
「……」
「まあもっとも、貴女も私も女性。体重を直接聞くのは、マナー違反ですね」
その輝きが収まると、彼女は普通に地面から足を抜いた。
再び地面に足を乗せると、今度はまったく沈まなかった。
「今は、か……もう違うな」
「その通り。私はもう、ボトムゴールドではない」
今度の彼女は、白くに輝き始める。
「鉄。植物や動物、人間の体の中にも存在する物質であり……硬く、加工が簡単で、広く使われている。人にとって、最も身近な金属でしょう」
「……その鉄の中でも、ってやつ?」
「その通り、今の私はジェネラルスチール。ボトムゴールドほどではないが重く……強い硬度と靭性を誇る鉄です」
時折混同されることもあるが、硬度と靭性はまったく別の物である。
どれだけ硬かったとしても、頑丈とは限らない。硬いということは変形しないということであり、衝撃をすべて受け止めるため、脆いという特徴もある。
絶対的な硬さのイメージがある宝石、ダイヤモンド。
しかしそのダイヤも、鉄のハンマーでたたけば、あっさりと壊れてしまう。
叩かれても変形するだけで、壊れることはない。
それが靭性であり……しかしこれが高かったとしても、傷がつかないわけではない。
生卵さえ優しく受け止める衝撃吸収材も、ナイフで表面へ傷をつけることは簡単だ。
硬度と靭性。どちらか片方あれば、強固というものではない。
それらが両立しているジェネラルスチール。その塊に体当たりをすれば、如何にBランク上位モンスターと言えども、無傷ではすむまい。
「古の昔、その金属で大将軍の武具をつくったそうな……本当かどうかは知りません。なにせ希少で加工が難しいのですから」
「金属に変身する能力ってわけだ……」
やはり、人間ではない。
数多ある金属へと変身する能力を持った怪物。
おそらくはゴーレムの一種か、そう推測するのも当然だろう。
「……ふん、馬鹿々々しい! 相手にするのも面倒だ!」
「そうね、あっちの応援に!」
通常時なら、もう少し戦いようもあるだろう。
だが今の二体では、ノベルへダメージを与えることもできない。
ならば話は早い。
残る二人の悪魔使いは叩けるのだ、其方へ向かうだけのこと。
この二体は、強化能力を持っている。
ある程度ならばこの呪いに対抗でき、加えて仲間を助けることもできる。
であれば、頑丈なだけの相手と、無駄に戦う必要はない。
極めて正しいだろう、極めてまともだろう。
彼女達は馬鹿ではなかった。
「おかしなことをおっしゃいますね」
しかし、それをつらつらと陳べるノベルは、当然馬鹿ではない。
わざわざ相手に自分の情報を開示したのは、まったく問題ないからだ。
「私の能力が金属に変身することだけ、など言っていませんが?」
直後だった。
ノベルへ背を向けて走り出した、二体のモンスターが同時に転倒した。
極めて無様にみっともなく、地面へ転がったのである。
「あ?!」
「な、なに、これ?! 一体どういう……!」
彼女たちの足元が、彼女たちの周りが、沼に変わっていた。
普通の地面を走る気になって沼へ足を突っ込んだのだから、転ぶのは当然だ。
だがなぜ足下が沼になったのか、まるでわからない。
「相手が人間程度の大きさで、助かりました。私にとっては、こちらの方がやりやすいので」
体が大きいことと小さいこと、体が重いことと軽いこと。
それらは決して、上下関係ではない。
彼女たちは体が小さいため、原種に比べて馬力に劣り、しかし回転力や敏捷性に優れている。
だが体が小さいということは、狭い範囲にしか通じない術の影響を、強く受けてしまうということ。
「アメンボがなぜ水の上に立てるのかご存知ですか? 表面張力というものがあるのは事実ですが、もっと単純に軽いからです。アメンボが重ければ、表面張力でも支えきれませんからね」
ノベルは、沼の上を普通に歩いていた。
足跡が沼に残っているのだから、浮いているわけではないことは明らかだろう。
沼の上に立ち、歩いている。
それは彼女が、別の何かに変身していることの証明だった。
「タンポポ御影という『岩石』はご存知ですか? 非常に軽い岩石で、しかも脆い。仮に砕かれると、まるでタンポポの綿毛のように、破片が風に乗って飛んでいくそうです」
彼女の体からは、人間が持つ肌の質感も、金属の光沢もない。
あるのはただ、文字通りの岩肌だった。
「金属だけではなく、岩石にも変身できるってか?!」
「それに、地形まで変えるなんて……!」
周囲の地形が、沼から土に戻る。
転んでいた二体が普通に起き上がれることを意味し、ノベルが彼女たちに追いついていたことを意味していた。
「逃がしませんよ。お二人が強いことは存じています、だからこそ抑えさせていただきます」
「みたいだな……!」
「今は脆いんじゃないの?!」
ここまでいいようにされて、コケにされて、黙っているなどできなかった。
今は脆くなっているはず、速攻で勝負を決めに行く。
しかし二体の攻撃を、彼女は回避しながら通り抜ける。
「遅いですね。私も速いわけではありませんが……こうも遅いと、避けるのは簡単です」
金属に変身していない、だからこそ軽く、早い。
ノベルはあっさりと回避して、通り過ぎていた。
その両手は、二体を斬った血で濡れている。
すれ違いざまの一撃は、二体の肌を浅く広く切っていた。
「漆黒曜という石は……古くは古代人が、モンスターを狩るための石器にも使われたとか。その特徴は硬さと、割れたときに尖りやすいことだとか」
二体にとって、手刀で軽く傷をつけられたことなど、まったく問題ではない。
少々血が出ているが、致命傷には程遠い。
だが、しかし、彼女達の肌には変調が生じていた。
「な、なんだ、これは?!」
「私たちの肌が……!」
二体の肌が、かぶれていく。まるで毒草を触ったように荒れていく。
「ですが生物が肌で触ると、かぶれてしまうそうです。そのため加工だけではなく取り扱いも面倒で、使われなくなっていったとか。ご安心ください、致死性ではありませんので」
「ふ、ふざけるな!」
「この……!」
致命傷ではないが、集中力は著しく乱されていた。
少なくとも、彼女達は戦うことを放棄したがってさえいた。
肌のかぶれが、かきむしりたいほどにうっとうしい。
「おや、このような小技はお嫌いですか。ならば……このような大技は如何ですか」
今度は、ノベルの体が赤熱化する。
周囲に陽炎を生むほどに、圧倒的な熱をまき散らし始めた。
「こ、今度はマグマか?!」
「いえいえ、マグマではありません。マグマとは、高熱によって溶けた岩石……これはただ、熱くなっているだけですよ」
足元の土が燃えている、周囲の草も燃え始めている。
彼女がただそこにいるだけで、周囲が焦げ、湿度が失われていく。
「マインクリスタル、という水晶はご存知ですか? 魔境の地中深くで眠っていることがある、空気に反応して激しく発熱する結晶体です。地面に埋まっている時は無害ですが、人が掘り起こすことで爆発的に燃えることから、大地の罠とも言われています」
「お、お前……!」
「ええ、今の私は全身がマインクリスタル……味わってください」
走り出した彼女は、発熱する体で二体へ接近する。
もちろんそれだけでも苦痛を伴うが、直接触れればそれどころではない。
「エレメンタルギフト……バーンタックル!」
肌がかぶれるどころではない。高熱の体当たりで、彼女達は火傷を負っていた。
本来のドラミングゴリラやアンガーオクトパスならば、体の一部が焦げるだけだろう。
だが小さい彼女たちは、当然全身に火傷を負ってしまうのだ。
「え、エレメンタルギフト……お、お前、精霊使いなのか?!」
屈強な体を持つ二体は、骨にも筋肉にも支障をきたさないまま、地面に倒れて動けなくなっていた。
高い生命力を持つがゆえに致命傷ではないが、それでも身動きは取れなくなっている。
「ええ、私は精霊使い……大地の精霊使いです」
その時二体は見た。
彼女の髪が金に輝き、足が岩石のようになり、腕が宝石のようになり、胴体が水晶のようになっており、顔は人間になっていると。
「とはいえ、大地の精霊使いだからと言って、誰もがこんなことをできるわけではありません。もしも私以外がこんなことをすれば、死ぬでしょうね」
「……ブゥと同じってことか」
「何かの特異体質が複合したもの……」
誰がどう考えても、全身がこうも意味不明なことになっていれば、普通に死ぬだろう。
人間に限らずどんな生物でも、こんなにも大地と一体化すれば死ぬのが普通だ。
であれば彼女は、普通ではないということだろう。
「その通りです。三席であるブゥ様は、悪魔を宿しても影響を受けないことと、強化に限界がないという二重の特異体質をお持ちですね。私も同じようなものですよ」
ノベルは、陳べていく。
自分が如何なる能力を持っているのか、つらつらと言い並べる。
「私の特異体質は、見ての通り……大地の精霊と完全に共存している体。普通ならありえないことですが、私は大地の精霊に限って、どれだけ同調しても死ぬことがないのです。完全に同調し、あちらにいらっしゃるコゴエ様と同様の体になっても、この通り平気です」
精霊使いというよりも、精霊そのものになっているノベル。
おそらくコゴエと同じような状態であり、ほぼモンスター同然だろう。
「加えてもう一つ……エナジーの蓄積です。ブゥ様は強化に上限がありませんが、私は蓄積できる量に上限がない。通常の精霊使い、精霊によるギフト技は周囲の環境によって性能が激しく変化するのですが、私は大地のエナジーを蓄積できるため、常に最大の力を発揮できるのですよ」
自然界に存在する、数多の物質。
それらそのものが彼女の能力の上限であり、ブゥのように青天井の強化が可能というわけではない。
しかし数多の素材へと巧みに変化する彼女の強さは、それこそBランク上位、その中でも上に位置する。
「私は『生きた宝石』、この世で最も巨大な『天然の宝』」
悪魔よりも強く、しかし悪魔に従う彼女。
この世でもっとも美しい宝石である彼女を、十二魔将として送り出す。
それこそまさに、悪魔の忠誠の証であり。
悪魔にとって、彼女が価値ある娘だということ。
「悪魔より賜りし名は、『玉の肌』。狐太郎様より賜りし名は、陳。斉天十二魔将末席、ノベルと申します。どうか今後とも、ごひいきに」
※
悪魔たちの取った戦法、ガン逃げ。
持てる能力を最適に発揮した結果ではあるが、仲間からでさえ評判は良くなかった。
見ていて、余りにも辛い。
見るも無残なほど弱体化した昏の戦士たちを、万全の三人が容赦なく叩きのめしているのである。
そこには、悪辣ささえない。
ルールなき戦いの最適解など、ただの作業である。
そこに一切の悪意がないとしても、強者が弱者をいたぶるだけという醜悪があった。
悪魔が嫌がる禁じ手とは、なんのことはなく、最善手を打ち続けるだけのこと。
相手の嫌がることを全力でやる。
なるほど、戦術とは卑怯の極みなのかもしれない。
昏の戦士たちは、健気に抵抗していた。
大幅に落ちた能力値の中で、なんとか最善を探ろうとする。
しかしダイもズミインも、どちらも『真面目』な戦士だ。
一切油断なく、容赦もなく、痛めつけつつもそれに愉悦を見出さない。
つまり順当に、失敗なく進めていく。
相手がどんな姿をしていても、どんな状態にあっても、そこに感情を挟まない。
よって逆転の余地などない、ただ圧倒されるだけだった。
(悪魔使いが、嫌われるわけだ……)
悪質な能力を、遊び心なく最適に運用する。
ただそれだけのことが、ここまで恐ろしい。
もう全員が倒れるか、という時。
ようやく一体のモンスターが降参を申し出た。
「ここまでだ」
甲種モンスターを元に生み出されたスザクが、威風を解き放ったうえで、なお下に出ていた。
「四冠の狐太郎様。この戦い、我らの負けです。もうこの空論城から、手を引かせていただきます」
鶴の一声ならぬ、不死鳥の一声である。
苛烈に戦っていた三人をして、一旦手を止めていた。
この声に対して、是非を応えるのは一人だけだ。
「……わかった。引いてくれるのなら、ここでこれ以上戦う理由はない」
バリアに守られていた、安全圏にいた狐太郎は、短く答えた。
双方の指揮官が戦闘の終了を宣言したのである、これで話は終わりだった。
だがそれは、理屈の話である。
「待ってください」
昏の副官を務めるミゼットは、明らかに怒った顔になっていた。
そのうえで、撤退しようとするスザクを咎めようとしている。
どう見ても、戦いの続行を望んでいた。だがしかし、それを誰も意外に思わなかった。
仲間がここまで徹底してやられて、黙ってなどいられない。
「隊長、いいんですか? このまま下がって!」
「じゃあどうするの?」
「私たちはまだ戦えます! あいつらとの約束を破って、このまま暴れてやりましょう!」
なるほど、仲間想いであろう。
そこにあるのは、一種の友情だ。決して利己的な感情ではない。
まだ意識の有る部下たちは、彼女の言葉に震えながら涙を流していた。
それは無念さと喜びの入り混じったものだった。
「私たちには藁人形があるんです、約束を破っても問題ありません!」
なるほど、不可能ではない。
この空論城を崩壊させることができれば、それだけで意味があるのかもしれない。
「こんな負け方納得できません!」
果たしてそれに対して、スザクはどうこたえるのか。
「お前の気持ちなんて、どうでもいいの」
燃え盛る不死鳥は、冷ややかに見下していた。
「ミゼットちゃん。貴方の気持ちも、みんなの気持ちも、そんなに重要じゃないの、分かる?」
命令に異議を唱えるものへ、彼女は冷静に指摘をしていた。
「この戦いで勝つまでやって、それでなんになるの? なにかいいことあるの?」
感情で判断しようとする部下を、蔑んでいた。
「負けるのが嫌だから暴れる? 気持ちよく勝てるまで続ける? 舐めてるの?」
それは、とても正しい判断だった。
「そんな簡単に勝てる相手だと思ってたの? そんな気でここに来たの? 勝てなくて逃げる可能性を、考慮せずにここへ来たの?」
「……!」
「負けは負けよ。負けても終わりじゃない、ただ退くだけのこと」
部下の心境よりも、自分の判断を押そうとする。
なぜならば、部下が間違っているからだ。
「ここで退かなかったら全滅するわ。死にたいなら、お前ひとりで死ね」
戦いに参加した者たちからすれば、憎い敵に一矢報いたいだろう。
だがそんな心中に配慮をすれば、全滅は免れない。
心中に配慮した結果が全滅では、笑うものも笑えない。
「私たちが一生懸命頑張ったぐらいで勝てるのなら、こんな面倒なことしてないの。弁えなさい、私も貴女も彼女達も……最強でも無敵でもなんでもないのよ」
「……はい」
ミゼットは納得した。
少なくとも、今はスザクが正しい。
今は、死を覚悟するような状況ではない。
「狐太郎様、御見苦しいところをお見せしました」
「……いいさ、退いてくれ」
「ええ……では、また戦場でお会いしましょう。一人目の英雄と、その魔王様がた」
ワープが発動し、倒れていた者たちを含めて昏の戦士が消えていく。
残ったのは、勝った方だけだった。
「祀に、昏か……強敵だな」
引き際を弁えている、潔い敵。
狐太郎とは違うが、なるほど強敵である。
負けるまで戦い続ける、とは違う。
何度も挑んでくる、そんな怖さがあった。
今回は勝てたが、だからこそ……。
次は、もっと強くなるだろう。それを予感させる接敵だった。
得た力は大きいが、対峙している敵の強さも、底知れなさも感じた。
己の敵、決して侮れるものではない。




