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冷や水

 この空論城における抗争のルールは、狐太郎が決定し、評議会が許可を出していた。

 とはいえ参加を決定する前ならば、八人の支部長にも口出しする権利があった。

 だがそれは、実行に移されることはなかった。狐太郎の決めたルールに文句を言って、この抗争への参加権を失う可能性があったからであろう。


 とはいえ、それだけではない。

 狐太郎の決めたルールが、破綻していなかったからだ。


 とくに重要なのが、『自軍の手形は支部長が持つ』という点だろう。

 もしもこのルールがなかった場合、八つの組織すべてが手形を隠すはずだ。


 勝利にこだわるのならば、まず敗北条件を潰そうとする。

 加えて言えば、もし自軍が勝利できなかったとしても、他の組織にも十二魔将の席が渡らなくなるのだから、最悪のことは避けられる。


 だがその最善を尽くした場合、ゲームとして成立しなくなるだろう。

 八つの手形がそろう可能性が、ほぼなくなるのだから。


 勝つためには最善を尽くすべきだが、最善を尽くした結果ゲームが成立しなくては本末転倒だろう。

 ゲームを成立させるためにルールはあるのだから、制限を加えるのは当たり前だ。



 最適解とは、面白さから遠いものである。

 だがだからこそ、やられる側にとっては絶望的なのだが。



 戦い続け、傷を負う悪魔たち。

 彼らは『その時』を待っていた。


 当然ながら、彼らの敵である昏たちも、その時を待っていた。

 何かを仕掛けてくる、その時を。


 必ず迎え撃ち、倒す。

 それが副官であるミゼットとの約束だった。

 そして、スザクの鼻を明かしてやるのである。


「……頃合いか」


 大悪魔たちは、自分達や配下の負った傷を確認する。

 十分であると判断し、合図を送った。


「者ども! 勝利に徹した悪魔の禁じ手……見せてやれ!」


 悪魔たちが吠えた、雄々しく吠えた。

 下位も中位も、セキトもアパレも。

 狐太郎という男へ報いるべく、悪魔の群れの奥義を発動させる。


 悪魔らしからぬ咆哮に、狐太郎たちやスザクたちも緊張する。だが、戦闘している昏たちはひるまない。

 この程度の木っ端に後れを取るようでは、悪魔と知って悪魔と戦っていたうえでひるむのなら、自分たちに価値などない。


 悪魔たちから吹き上がる闇のオーラに、ひるむことなく迎撃態勢を整えた。

 そして……。


「い、いったい、なんなんだ、これは?」


 バリアに守られたままの狐太郎は、慌てて周囲を見る。

 否、他の面々も、昏たちも、スザクもミゼットも周囲を見る。


 何が起きているのか、まるでわからなかった。

 違う、悪魔使いの三人だけはそれを知っていた。


「おお……まさか自分の目で見ることになるとは……これが悪魔の群れの、最終奥義!」

「人間へ忠義を誓った悪魔でさえ、滅多なことでは使わないという……幻の戦術!」

「狐太郎さんが、ここまで彼らを動かしたなんて!」


 ダイもズミインも、ブゥも。

 その奥義の存在を知ってはいても、実際に見たことはない。

 それどころか、使われたという記録さえ見たことがなかった。


 その奥義を使えと命令することは、侮辱であるとさえ教えられていた。

 それを自発的に使わせる、狐太郎の威光に震えていた。


 だが、他の面々は、何が起きているのかわからなかった。

 そう、魔王であるササゲでさえも。


「ぶ、ブゥ君、これは一体?!」


 狐太郎は、バリアの中からブゥへ問う。

 何が起きているのか、まったくわからないがゆえに。


「これが、悪魔の群れの奥義……ガン逃げ(・・・・)です!」


 千体以上もいた悪魔たちは、一体たりとも残っていなかった。

 下位も中位も上位も、全員が一目散に逃げ散ったのである。

 四方八方へ、背中を向けて、散り散りになりながら逃げ去ったのである。


「……ガン逃げ?」

「はい、ガン逃げです!」


 なるほど、確かにガン逃げである。

 これはもう完璧に、逃げることしか考えていなかった。

 むしろ、逃げた後である。


「……ササゲ、悪魔逃げたよ?」

「殺すわよ」


 ぽかんとしたアカネが、思わずササゲへ問う。

 魔王であるササゲもよく理解していないのだが、馬鹿にされていることは知っている。


「なるほど、そういうことか」

「え、コゴエわかったの?!」

「ああ、確かに恐ろしい必勝法だ」


 悪魔使い達に次いで状況を理解したコゴエは、分からないクツロへ説明を始めた。


「今悪魔たちは、逃げて隠れて、遠くから呪っているのだ」

「……あ!」


 シンプル極まりない説明を聞いて、クツロは把握した。

 なるほど、簡単なことである。


 そしてその声を、昏の戦士たちも聞いていた。

 全員が慌てて、懐の中の藁人形を確認する。


「……わ、私の身代わりの藁人形が……ぼ、ぼろぼろに朽ちてきてる!」

「呪いを代わりに受け止めてくれているけど……このままじゃ朽ち切ってしまうわ!」

「ど、どうするんだよ! このままじゃ不味いだろ!」


 身代わりの藁人形。

 それは少々のデメリットと引き換えに、持ち主を悪魔などの呪いから守るアイテムである。

 しかしながら、呪いに対して完全無欠になるというわけではない。

 身代わりになるという性質上、藁人形自体の耐久力、許容量を超えると、藁人形が崩壊してしまうのである。


 もちろん、即死級の呪いならば、一撃で砕け散る。

 しかし能力が低下する程度の呪いなら、しばらくの間請け負ってくれるだろう。

 そして呪いを注いでくる間、悪魔たちも戦闘の手が緩む。その間に叩けば、確実に勝てるはずだった。


 だがしかし、悪魔たちは見えない。おそらく付近にさえいないだろう。

 その間も人形は朽ち続けている、今から悪魔を探して倒しても間に合わないだろう。


「……え、なに、こんなのアリなの?」


 なるほど、合理的である。呪いをかけるという意味では、むしろ正道だろう。それ故に、敵にしてみればたまったものではない。

 だが今までの悪魔が、相手と相対せずに呪うところを見たことがない。だからこそ狐太郎は、この状況に驚いていた。


「基本的に呪いというのは、相手と向き合っているほど、相手と関わっているほど、威力や効果が増します。ですが逆に言えば、相手から離れていても発動自体はするのです。効果が弱いだけで」


 長兄であるダイが、淡々と返答をした。


「この戦術を一体の悪魔で行った場合、ほぼ意味などありません。効果が弱すぎて、相手は認識できない程でしょう。ですが、複数がかりなら話は違います」

「……そりゃそうだ」

「この戦術は、安全圏から一方的に呪い、効果の弱さを数で補うというもの。悪魔の好まぬ、無粋な戦い方です」


 安全なところからの呪いは、効果が薄い。だから頭数で補う、集団で呪うことで成立させる。これは、人を呪うからには危ない目に遭うべきだ、という悪魔の美意識に反する。

 呪いを行うからには相手の反応を見たい、という嗜好にも反する。或いは相手にも抵抗の余地を残す、という思想にも反する。

 しかも、弱い呪いの重ね掛けであるため、自分は同じことの繰り返しであり、冗長になってしまうということもある。


 つまり悪魔たちは、一番合理的な戦い方を、あえて封じて生きているのだ。

 今回はそれを、完全に解禁している。


「本来ならば、一体を相手に行うもの。ですがこちらが千体もいるのですから、効果は十分でしょう。この呪い方ならば、下位の悪魔も参加できますしね」

「ハメ技だ……」


 狐太郎の言葉の意味は分からずとも、魔王や侯爵家四人も同調している。

 現に昏の戦士たちは、どうしていいのかわからない、と混乱していた。

 呪いの対抗策は機能しているが、その猶予時間を無駄に消費している。


「ど、どうするの?!」

「どうするって……!」


 経験不足が、もろに出ていた。

 実力の勝負では圧倒できていただけに、この劣勢へ対応ができずにいる。


 そう、悪魔が真っ向から来てくれたから、圧倒できたのだ。

 こうした特殊能力を活かす戦いになれば、悪魔の土俵である。

 結局のところ同ランクでしかないため、逃げに徹する相手を殲滅するなど不可能だった。


 むしろ、さっきまでがおかしかったのである。

 相手は数の利、相性の利を生かしているだけだ。

 ルール上、なんの問題もない。これで負けても、納得できないというだけで。


「ああ……!」


 そして、ついに藁人形が朽ち切った。

 その瞬間、彼女達へ千体の悪魔の呪いが襲い掛かる。


 即死攻撃ではないが、能力値を低下させる弱い呪いが、怒涛のように押し寄せる。

 一つ一つなら意識しないほど効果は薄いが、それを補うほどの量がのしかかってくる。


「ではいくか、ズミイン。ここまで矜持を捨てさせたのだ、応えねばなるまい」

「もちろんです、兄さん」


 満を持して、悪魔使いの兄妹が武器を構えながら前に出た。

 だが戦うのは二人だけではなく……。


「狐太郎様、よろしいですね」


 もう一人。

 狐太郎が過ごした館で、悪魔たちの側近を務めていた女性が、参戦しようとしていた。


「……あ、ああ。大丈夫かい?」

「もちろんです。既に私は、貴方様の道具。いかようにもお使いください」


 つまり、空論城の最強戦力(・・・・)

 悪魔たちの推薦した、十二魔将最後の一人。


「ああ、分かったよノベル(・・・)……頼む、戦ってきてくれ」

「お任せください」


 悪魔に長年仕えてきた彼女にとって、悪魔たちの喜びは自分の喜びである。

 その悪魔たちが、ここまで尽くしているのだ。であれば、彼女も、ノベルも奮起するのは当然であろう。


「斉天十二魔将十席、ダイ・ルゥ。これより昏との戦闘に参加します」

「斉天十二魔将十一席、ズミイン・ルゥ。同じく」

「斉天十二魔将末席、ノベル。参陣仕ります」


 討伐隊に参加しなかった戦士たち。

 ハンターではない三人は、しかし未知のモンスターへ決然として立ち向かおうとしていた。


「……ず、ずるい! 弱体化が終わってからくるなんて!」

「そうよ! 卑怯よ! こんなので勝って、何が嬉しいのよ!」

「お前達に誇りはないのか?! このタイミングで仕掛けてくることが、おかしいと思わないのか?!」


 その決然さが、昏たちには白々しく見える。

 相手を罠にハメて、弱り切ったところで出てくるなど、卑怯としか思えない。

 一切ルール違反を犯していないとしても、彼女達には納得できなかった。


(確かに)


 もちろん狐太郎も、四体の魔王も、侯爵家四人衆も、かなり同調していた。

 もしも自分達なら、かなり躊躇してしまうところだ。


「それが戦術だ」


 ダイは、まったく動じずに断じた。


「悪魔たちが呪詛を用いて弱らせること、役目を終えたので離脱すること、その機を我らが叩くこと。戦術として、まったく正常なことだ」


 その顔に、いっさいの後ろめたさはない。

 大きな矛を手に、弱った彼女たちへ平然と切りかかる。


「きゃ!」

「ううっ!」

「お前達が呪いを防ぐ道具を持ってきたこと……」


 悪魔使いであるダイ・ルゥは、現在悪魔を使っていない。

 素のままの彼はBランク中位程度であり、当然ながら十数体のBランク上位に勝てるわけがない。

 だが現在の昏は、悪魔によって能力値が大幅に下がっている。悪魔を使っていない悪魔使いに、力で押し負けてしまうほどに。


「お前達が、悪魔より強いこと……」

「ぐぅ!」

「あぅ!」


 こうなると、大矛を持っている分、ダイの方が圧倒的に優位だった。

 既に彼一人で、相手を押し込めるほどの優勢である。


「それらが、まったく卑怯ではないようにな」


 もちろん婚によって生み出された彼女たちは、素手でも強い。

 爪や鱗によって、きっちりと防御している。

 しかし普段なら浅い傷を負う程度の攻撃でも、今の彼女たちには負担だ。

 体の防御力も下がっているため、防ぐことに成功しても傷を負ってしまう。


「調子に、乗るな!」


 これがサイクロプスなら、野生動物なら、勝ち目がないと判断して逃げるだろう。

 もしも力に溺れただけの小物なら、スザクたちに助けを乞うだろう。

 だが彼女たちは戦士である。相手より弱くなった程度で、戦闘を放棄することはない。

 人数の利を活かすべく、大矛を振るうダイの背を狙った。


「ふん!」


 更にその背を、ズミインが叩く。

 不意打ちに対する不意打ちとして、容赦なく無防備な背中を斬っていた。


「ああっ!」


 体が深い毛皮でおおわれていたからだろう。背中を無防備に斬られてもなお、弱体化してなお、致命傷ではなかった。

 だが大ダメージであり、体は動かなくなる。


「卑怯ですか?」


 追撃をする。

 なんのためらいもなく、矛を振るう。


「うぐ!」


 地面に倒れた昏の戦士へ、容赦なく追い打ちをかける。


「卑怯だったらなんですか?」


 何度も何度も、何度も何度も攻撃する。


「それを指摘して戦況に変化が出るのですか?」


 動かなくなっても、ただ叩き続ける。


「やめろおお!」


 そんなズミインへ、昏の戦士が襲い掛かる。

 真正面から、その爪を振るおうとする。


「止めろとは、懇願ですか」


 ズミインは、地面に転がっていた昏の戦士を、真正面へ蹴り飛ばす。

 つまり自分へ襲い掛かってくる戦士へ、蹴ってぶつける。


「あ……!」

「私は貴方の命令を受ける立場ではありません」


 動きが止まった瞬間、真っ向から頭を割る。


「懇願は受け付けません」


 矛による刺突。

 既に気絶している仲間ごと、新しい敵にも深手を刻んでいく。


「ち、ちくしょう……この程度の奴に……!」


 彼女たちは悔しかった。

 本来なら、こんな二人に圧倒されることはないはずだ。

 自分達一人でも、二人まとめて、一方的に叩きのめせるはずだった。


「悪魔に呪われてさえいなければ……! お前なんて!」

「悪魔使いに言うことではありませんね」


 ぐしゃあ、という音がした。

 大悪魔さえ下す実力者二人が、地面へ倒れて血を流す。

 しかしズミインは、何の達成感も感じないまま、他の敵へ向かっていく。

 

「悪魔の住む城へ来て、悪魔に呪われる……当然でしょう。少々の道具で身を守った気になって、悪魔を退治できると思っているのなら……専門家を侮りすぎている」


 ダイもズミインも、劣勢の相手を襲うことになんの躊躇もなかった。

 流石は兄妹、息を合わせて互いの死角を補いながら戦っていく。


 二人はブゥと違い、単純に強い。

 ジョーやショウエンにも劣らぬ武人であり、悪魔を使わずとも地力を発揮できる。


「流石は、悪魔使いのお二人。見事なものです」


 この街の誰もが憧れた、十二魔将末席。

 その座を得た女性、ノベル。


「お、お前、降りろ! この、クソ!」


 彼女は既に、ドラミングゴリラの戦士を踏みつぶしていた。

 骨を折って動けなくしたうえで、上に乗っているわけではない。

 ノベルに踏まれている戦士は、なんとか起き上がろうともがいている。


「お、重い?! お、お前重力属性か?! クソ?! なんだよ!?」


 いくら力が下がっているとしても、一応はBランクのそれである。

 ましてやドラミングゴリラならば、筋力は特に強い。

 にも関わらず、女性一人に踏まれて動けないなど、ありえないことだ。


「私が、重力属性? いえ、いえ、違います。私はそんなことなどできません」

「その子から降りろ!」


 ただ立っているノベルへ、別の戦士が襲い掛かる。

 組み付き持ち上げ、なんとか下ろそうとする。

 しかし、まるで動かない。

 単純に、重すぎる。


「お、お前何でできてるんだ?! 体重はどうなってるんだよ!」


 モンスターである彼女たちは、人間であるノベルが化物に思えていた。



「私が何でできているのか、気になりますか」



 そして実際、彼女は化物であった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 悪魔にとっては封印されたり死ぬことよりもガン逃げ戦法の方が嫌なんだろうね 契約を完遂して面白いものを見せてもらったこと、そして自分たちの尻拭いをしてもらった主への誠意があるからこそこの封じら…
[良い点] 読み直してて思ったけど、この戦闘での昏の勝ち目ってどうやればあったのか気になる Bランク限定での戦闘だから街への攻撃はBランクがすればセーフだとか ガン逃げ見て即ルゥ兄妹やノベルを倒しきる…
[良い点] ガン逃げ、その手があったか! ホワイトと戦った悪魔も不利でも逃げようとしなかったし、死ぬほど嫌なんだろうなぁー…
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